友人に「最終編をクリアした後の方がいいよ」とお座りを食らっていた為、オラトリオ編の伏線になりそうな描写は出来る限り独自解釈も含め、個々の話に挿入していきますが...ゲームも小説も、じっくり進めていこうと思う所存です。
長くなりましたが、本編をどうぞ!
《...もしもし、黒服か?》
沈黙。
《あぁ...まだ、ギリギリ契約できるだろ?》
沈黙。
《...そういうこと。お前の手術、受けるよ》
沈黙。
《...まぁ、友達と軽くない喧嘩をしたんだ》
沈黙。
《大切、って言ったら大切な奴だったよ...》
沈黙。
《...はいはい、もう決意はできてるっつーの。だから座標を...》
沈黙。
《支払い先への手紙?...それはまた、悪趣味な》
沈黙。
《...無くても全然いいけど、強いて言うなら...》
沈黙。
──惑わされるな。悪い大人であろうと。
──次の俺で、あろうとな。
*
"...ん"
無意識に、小さく喉を鳴らす。
網戸越しに流れ込む朝の気流が、カーテンをわずかに揺らしていた。
胸の奥に溜まっていた空気を吐き出すように、深く息をついた。
置き時計の針が進む音を耳にして、急いで時刻を確認する。
──6月1日 8:29
──もう、朝か。
身体を起こしながら、ぼんやりと昨夜の出来事を辿ろうとして──思考が途中で引っかかる。
いや、正確には
...昨日は、何をしていた?
確か、夕方を丁度過ぎた頃に、黒服との定期報告を終えて──
それからすぐ家に帰って、シャワーを浴びて、着替えて、そのまま眠った。
...はずだ。
なのに、その直後。
確か、病院にいて。
確か、セイアと会話していて──
白い天井、消毒液の匂い、妙に静かな空気。
"(...は?)"
思い出そうとした直後、自分自身で否定が走る。
この
昨日、セイアとは学園外で一回も会っていない。
そもそもの話、病院へ行った記憶自体が最初から最後まで、霧がかかったように曖昧だった。
"...まあ"
ベッドの縁に腰掛け、軽く頭を振る。
余計な映像を追い払うように。
"変な夢でも見たんだろ"
そう口に出して、無理やり納得させる。
妙に生々しく、妙な感触まで記憶に残っている気もするが、説明できない以上は夢だ。
夢は夢。
現実ではない。
いつから間違えていた?
"(...よし、支度しよう)"
静かに立ち上がり、腕を上げて身体を伸ばす。
関節は滑らかに動き、違和感は一切ない。
疲労もない。
喉の痛みは
体調は、驚くほど良好だった。
昨夜は黒服との定期報告を終え、
それだけだ。
正直、もう少し拘束されるかと思っていたが...拍子抜けするほど、あっさり解放された。
"(...逆に不気味だったな)"
そう考えつつ、棚から一般的に着られているブレザーを取り出す。
見慣れた布の感触が、指先に現実感を与えた。
...前もって黒服に頼めば、特徴的な改造制服の一着や二着、すぐに手配してくれるだろう。
性能も、見た目も、文句なしのものを。
だが、それは今じゃなくていい。
味を足すのは、今ある環境、今ある時間を──
まだ噛み砕き切れていない、この幸福を、もう少し味わってからでいい。
それが、門廻カイトという身体を生きる上での、
俺なりの罰であり、魂の仇討ちなのだから。
"...まあ、あんまり罰とは言えないかもな"
そう寂しく呟いて、ブレザーに腕を通した。
*
"...鏡、どこだっけ"
身支度を終えたところで、ふと髪の具合が気になった。
寝癖一つで印象が変わる世界。
理由として、この世界は美形が多すぎる。
そのせいで、最低限の身だしなみに対する基準が、異様に高く感じられた。
前の世界では、特別整った顔立ちでもなかった俺だが──
門廻カイトの容姿は、正直、反則級だった。
整った輪郭。
無駄のない手足。
化粧品とは無縁なのに滑らかな肌。
体毛に至っては、遺伝を疑うレベルでほとんど存在しない。
ファンタジーに出てくる王子様、と言われた方がまだ納得できる。
そんな身体を与えられている以上、多少は調子にも乗る。
...ほんの少しだけだが。
"(あ、あった)"
引き出しの中で裏返しになっていた鏡を見つける。
それを手に取り、何気なく覗き込んだ──その瞬間。
"(...なんだ、これ)"
思わず、鏡を近づけて見つめ直した。
瞳孔が、どこか歪な輝きを帯びている。
ハイライトが強調されたような、深い煌めき。
まるで、澄み切った青空を、そのまま瞳の奥へ閉じ込めたようなスカイブルー。
──色の濃さが、
数秒間、言葉を失った。
自分で言うのもどうかと思うが──
見惚れてしまうほどには、綺麗だった。
いつから夢を見ていた?
"(...考えるのはよそう)"
直感的に、そう判断する。
今は掘り下げるべきじゃない。
鏡を戻し、玄関へ向かう。
靴に足を滑り込ませ、扉の前で一瞬だけ立ち止まった。
"いってきます"
誰に向けたわけでもない言葉を、
俺は静かな玄関に残した。
*
桜がまだ落ちきっていない舗装路。
ほんのりと暖かさを含んだ春風が、頬を撫でていく。
花弁が足元で転がり、踏まれるたびにかすかな音を立てた。
そうして学園に到着し、
綺羅びやかに整備されたトリニティの校門を潜った──その時だった。
視界の端に、微かな違和感が引っかかる。
気づけば、いつも授業の質問対応をしているトリニティの職員が、こちらへ真っ直ぐ歩み寄ってきていた。
偶然ではない。
呼び止められる前から、明確に
そのまま俺の目前で立ち止まり、
胸元に備え付けられたスピーカーらしき装置から、淡々とした声が流れる。
「...門廻カイトさんで、お間違いないでしょうか?」
"ん? ああ、そうだけど...何か用?"
特に身構えることもなく答える。
すると、職員の義眼がこちらを正確に捉えた。
──いや、義眼というよりモニター。
それでいて、全身がほぼ機械だ。
義体と言うのもそうだが、サイボーグという表現すら生ぬるい。
無言のまま、ほんの一瞬。
視線だけが交錯する。
沈黙を破ったのは、向こうだった。
「サンクトゥス分派の百合園セイアさんより、手紙が貴方宛に届いております。こちらをお受け取りください」
"...ん? ありがとう...?"
差し出された一枚の紙。
俺はそれを、
*
最近始まった自主学習の開始直前。
人の出入りが少なく、静まり返った教室の中で、俺は一人椅子に腰掛けていた。
前髪を左手の指で無意識に弄びながら、職員から渡された《手紙》を机の上に置き、じっと見下ろす。
深く、ひとつ溜息をつく。
それから、裏返し、表に戻し、封の部分を指先でなぞる。
紙質は上等で、折れ一つない。
雑に扱われていないことだけは、嫌というほど伝わってきた。
"(うーん...開けてみるか...?)"
そう思いはするが、別にセイアを疑っているわけでも、何か悪意を感じているわけでもない。
ただ、この手紙には一つだけ、妙に引っかかる点があった。
──表の左下に貼られた、ティーパーティーのロゴ。
"(セイアは、ティーパーティーに入ってたのか...それに、サンクトゥス分派の次年度代表って言ってたし...)"
考えれば考えるほど、頭の中に疑問が並んでいく。
とはいえ、内容そのものが不安というわけではない。
トリニティは、他の学園に比べても特に
例え事件を起こそうが、他自治区で問題を起こそうが、即座に退学処分、ということはまずない。
段階を踏み、正式な手続きを経る──それが、この学園のやり方だ。
...流石に、誰かのヘイローを壊した場合は別だろうが。
少なくとも、俺にはそこまでの心当たりは一切ない。
呪言も、人に対しては
不気味なほど情報網を持つ黒服にすら、何の指摘もされていない。
つまりこれは、警告でも処分でもない。
注意程度なら、そもそも職員が直接言いに来るはずだ。
"(...普通に考えれば、何かしらの誘いか?)"
一瞬そう考えて──すぐに否定する。
ティーパーティーのロゴがある時点で、その線は薄い。
誘いにしては、あまりにも事務的すぎる。
もっと深く考えるべきだったかもしれない。
だが──
"(だああぁ! 分かんねぇ、もう見よう!)"
頭が疲れ、面倒臭さが勝った。
これ以上考えたところで、答えが出るとも思えない。
俺は丁寧に、封の開け口だけを破り、中身を取り出した。
中身に記されていたのは──
──▧▧年度の体験入部のスケジュールについてのお知らせ。
"(...は?)"
肩の力が一気に抜ける。
"..."
門廻カイトの身体に憑依してから初めて、
羞恥という防御不可の感情に、真正面から殴られた気がした。
主人公の所属部のアンケートです 作者の力が及ばず、二つしか選択肢を作れませんでした
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ティーパーティー(フィリウス分派)
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正義実現委員会