トリニティ総合学園所属、隠れ呪言師です。   作:トチ

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筆が乗らず、投稿が遅れました。


生年月日

───1月2日。

 

────()()()()高等学校。

 

アビドスの冬は、音が少ない。

砂漠の冷えた空気は、昼間に残っていた熱をすべて置き去りにして、夜になると急激に温度を落とす。

生徒会室の古い窓は、その冷気を遮るにはあまりにも頼りなかった。

 

空調は、ついていない。

今は()()使()()()()のに、つける理由がなかった。

 

桃色の髪の少女は、生徒会室の中央にある机に腰掛けていた。

椅子の脚が床を擦る音が、やけに大きく響いた気がしたが、すぐに気にならなくなる。

この部屋では、いつもそうだ。

音は一瞬だけ主張をして、すぐに沈黙に飲み込まれる。

 

ふと今日は、何の日だったか。

考えようとして、やめた。

 

「...」

 

考えなくても分かることを、あえて思い出すのは無駄だった。

 

...祝う相手もいないし、祝われる準備もしていない。

 

それに――

今のアビドスに、そういう()()はない。

 

ポケットから端末を取り出す。

画面を点け、カイザーローンのアプリを開く。

 

確認する理由は、単純だった。

 

気づいた頃に、すぐ見ておかないといけない。

そうしないと、ふと気が緩んだ瞬間に、

──あの日々と、重ねてしまいそうになるから。

 

自身の先輩と過ごした、あの毎日。

それなりに笑って、それなりに忙しくて、

それなりに、楽しかった時間。

 

あの頃は、支払いの期限なんて、意識しなくてもよかった。

忘れても、いつも傍に居た誰かが代わりに払ってくれた。

 

今は違う。

 

夢と現実の境界を曖昧にしないために、

少女は、意識的に数字を見る。

 

画面が切り替わり、残高が表示された。

 

一瞬、理解が追いつかなかった。

 

桁が少ない。

明らかに、前回の支払い後と違う。

 

少女は、瞬きを一度だけしてから、もう一度画面を見る。

見間違いではない。

何度見ても、同じ数字がそこにあった。

 

二億四千万円。

 

心臓が跳ねる、という表現は正しくない。

実際には、何も起こらなかった。

鼓動は変わらず、息も乱れない。

ただ、頭の中で何かが静かに止まっただけだった。

 

──どうして。

 

疑問は浮かんだが、声にはならない。

問いというより、空白に近い。

理由を探す前に、嫌な予感が先に立ち上がっていた。

 

振込名義。

 

そこに表示されていた文字を見た瞬間、

少女の視線が、わずかに下がった。

 

「...黒服」

 

その名前には、覚えがある。

忘れたくても、忘れられない。

過去の記憶の中で、何度も聞いた声。

重く、不気味で、それでいて底が見えない、大人の声。

 

──なぜ。

 

頭の中で問いが形を持ち始める。

なぜ、今。

なぜ、ここに。

なぜ、この金額。

 

考えれば考えるほど、答えに近づくどころか、

最悪の可能性だけが、自然と浮かび上がってくる。

 

少女は、端末を強く握った。

画面越しに伝わる冷たさが、やけに現実的だった。

 

発信音。

数秒の後、聞き慣れた声が応答する。

 

『...おや。ホシノさん』

 

その一言、口調で、確信してしまう。

これは()()ではない。

 

「...どういうこと」

 

声は低く、感情が乗っていない。

怒りかどうかも、自分では分からなかった。

 

『答える義務はありませんよ』

 

その言葉を聞いた瞬間、

心の奥が、ひどく冷えた。

 

『ただ...生徒会室のポストに入っている手紙は、もう読みましたか?』

 

「...は?」

 

一拍。

それ以上、会話は続かなかった。

 

少女は、何も言わずに通話を切った。

指先が、わずかに震えていたが、それもすぐに収まる。

 

生徒会室の入口。

そこに備え付けられた、小さなポスト。

 

今まで、気にも留めなかった。

見たことはあった。

だが、確認した記憶がない。

 

──どうして、今まで。

 

自分に向けられた疑問だった。

誰かを責めるより先に、そう思ってしまったことが、ひどく嫌だった。

 

ポストを開ける。

中には、封筒が一つ。

 

紙は上質で、折れも汚れもない。

丁寧すぎるほどだった。

 

封を切る指が、少しだけ止まる。

開けてしまえば、何かが終わる。

そんな予感が、根拠もなく胸に広がっていた。

 

それでも、開けない理由はなかった。

 

中身を読んだ瞬間、

少女は、その場に立ち尽くした。

 

文章は短い。

言葉も多くない。

 

それなのに、

一行一行が、過去の記憶を正確になぞっていく。

 

誰の名前も書かれていない。

だが、分かってしまう。

 

「...ぁ」

 

喉が、ひどく乾いた。

息を吸うのを、忘れかける。

 

あの時の言葉。

距離。

喧嘩。

その後の沈黙。

 

そして、もう会えないという事実。

 

すべてが、一つの線で繋がった。

 

──気づくのが、遅すぎた。

 

自責が、静かに沈殿する。

叫びにはならない。

涙も出ない。

 

ただ、理解だけが残った。

 

少女は、手紙の縁を握り締めたまま、

ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 

「...」

 

窓の外では、冷たい風が砂を転がしている。

それは、誰かの誕生日を祝う音ではなかった。

 

「...最低だって自覚、あるのかな」

 

誰かの命が終わり。

 

「カイト...」

 

誰かの呪いが、始まる音だった。




次回

体験入部

主人公の所属部のアンケートです  作者の力が及ばず、二つしか選択肢を作れませんでした

  • ティーパーティー(フィリウス分派)
  • 正義実現委員会
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