主人公は1話の後に黒服に頼んで、試験を免除している設定です。
初っ端から描写不足で申し訳ございません。
あれから丁度一週間が経った。
俺は、黒服が用意した小さなアパートで目を覚ます。
この一週間、俺は必死だった。
キヴォトスという世界の常識、トリニティ総合学園の情報、そして門廻カイトという人物の表面的な設定。
黒服から渡された資料を読み込み、なんとか一般程度の知識は頭に詰め込んだ。
そんな世界である、学園都市キヴォトス。
幾千もの学園が集まり、生徒たちが日常的に銃火器を持ち歩く世界。
ヘイローという名の後ろ盾があるから死なない──そんな非常識が常識として成立している場所。
正直、理解が追いつかない部分も多い。
だが、生きていくためには必要なことだ。
そう自分に言い聞かせて、俺は今日という日を迎えた。
トリニティ総合学園、入学式。
だが──その前に、確認しておかなければならないことがあった。
"...呪言、かぁ"
呟きながら椅子に座った俺は、机の上に置かれた消しゴムを見つめた。
黒服から聞いた話では、門廻カイトは呪言という能力を持っていたという。
命令形で相手を物理的に従わせる力。
そして、代償として"反動"が返ってくると言っていた。
"本当に使えるのか? 呪言って..."
試さないわけにはいかない。
万が一、もし学園で暴発したら──そう考えると、背筋が寒くなる。
俺は消しゴムに視線を集中させ、静かに口を開いた。
"...消しゴムは、浮く"
何も起こらない。
消しゴムは机の上に、ただ静かに置かれたままだ。
"(そりゃそうか。そもそも、命令形じゃなかったし...)"
もう一度、深呼吸をする。
そして──
"浮け"
瞬間、消しゴムがふわりと浮き上がった。
"おぉ..."
消しゴムは数センチほど宙に浮いたまま、ゆっくりと回転している。
マジかよ。
本当に浮いてる。
そして──喉に、違和感。
軽い痛み、というよりは"圧迫感"のようなもの。
まるで何かが喉に引っかかっているような、そんな感覚。
"これが...反動、か"
数秒後、消しゴムはストンと机の上に落ちた。
同時に、喉の違和感も消える。
"(命令の効果時間は短い。そして、反動は軽微...この程度の物体を浮かせるだけなら、大した負担じゃないのか)"
次は、もう少し強い命令を試してみる。
"...吹っ飛べッ"
消しゴムは瞬き一つする間に壁を強打し、床に転がる。
直後──喉に、微かな痛みが走る。
"っ...?"
思わず喉を押さえる。
さっきよりも明らかに強い反動だ。
まるで喉の奥を軽く叩かれたような、そんな痛み。
"...これは、ヤバいな"
呼吸を整えながら、俺は理解した。
命令の強度、そして対象に比例して、反動も強くなる。
そして、喉への負担が蓄積していく。
"使い方を間違えたら、マジで死ぬな...これ"
黒服が言っていた通りだった。
呪言は強力だが、諸刃の剣。
下手に使えば、自分の喉や命が潰れる。
"...学園では、極力使わないようにしよう"
そう決意して、俺は地面から拾い上げた消しゴムを机の引き出しに仕舞う。
喉の痛みは、数分後には完全に消えた。
回復も早い──これは、ヘイローに守られているからだろうか?
"(とにかく、感情的になったらアウトだ。冷静に、慎重に...)"
自分に言い聞かせて、俺は深く息を吐いた。
"...行く前に、顔でも確認するか"
呟きながら、俺は机の上にあった手鏡を掴む。
そして映っていたのは──見知らぬ少年の姿。
年齢は十五、六歳くらいだろうか。
中性的な顔立ちで、どこか儚げな印象を受ける。
黒髪は少し長めで、前髪が目にかかりそうなほど。
そして──頭上には、二重の輪のような形状をした天使の輪。
ただ、少し輪郭が曖昧だ。
"...これが、門廻カイトか"
鏡に映る自分に向かって、そう呟いた。
違和感しかない。
この顔は俺じゃない。
この体も、俺のものじゃない。
でも──これが今の"俺"なんだ。
"(カイト...お前の分も、ちゃんと生きるからな)"
心の中で、慰めるようにそう言った。
返事はないが、当たり前だろう。
門廻カイトの魂は、もうこの世界には存在しないのだから。
俺は手鏡を机に置き、黒服が用意した制服を隣の棚から取り出し、袖を通した。
トリニティ総合学園の制服。
白や黄金色を基調とした、どこか神聖な雰囲気を漂わせるデザイン。
ミッション系の学園らしい、心が清らかな印象だ。
"...似合ってるのか、これは"
誰かに聞く訳でもなく、そう呟く。
鏡に映る自分は──まぁ、悪くはないが良くもないといった感じだろう。
でも、少なくとも浮いてはいないだろうと自分をなんとか励ました。
時計を見る。
午前8時2分。
もうすぐ出発しなければ、入学式に間に合わない。
"行くか"
椅子から勢いよく立ち上がる。
短い言葉で自分を奮い立たせてから、俺はアパートを出た。
*
外に出ると、キヴォトスの街並みが広がっていた。
空の遙か先には、青白く光った輪がいくつもある。
不思議な光景だ。
まるで、複数の時代が同時に存在しているような──そんな違和感。
だが、歩いている生徒たちは皆、当たり前のようにその景色を受け入れている。
人それぞれの頭にヘイローを浮かべ、銃を背中に担いでいる少女。
小型の装甲車を運転している少女。
手榴弾らしきものを持ち歩いている少女。
"(...戦車は流石に、ちょっと怖いな)"
小さく呟いて、俺はトリニティ総合学園へと続く道を歩き始めた。
道すがら、色々なことを考えた。
元の世界のこと。
家族のこと。
友達のこと。
もう、会えないんだろうな。
俺が死んだことを知ったら、みんな悲しむんだろうか。
それとも──時間が経てば、忘れてしまうんだろうか。
"...考えても、仕方ないか"
俺はその考えを振り払った。
今は、前を向くしかない。
そして──
"不幸せだったカイトが生きられなかった命も、幸せだった俺には生きる必要があるんだろうな..."
そう呟いた。
門廻カイトは、呪言という能力のせいで孤立していた。
両親に避けられ、周囲から恐れられ、それでも必死に生きようとしていた。
だが──黒服の実験の失敗で、彼はその命を失った。
俺は、カイトの代わりにここにいる。
カイトが生きたかった人生を、俺が生きている。
なら──
"...ちゃんと、生きないとな"
少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。
トリニティ総合学園が見えてきた。
巨大な門、その奥に広がる広大な敷地。
尖塔を持つ校舎が、青空に向かって聳え立っている。
まるで、中世ヨーロッパの修道院のような──荘厳な雰囲気。
"...すげぇな、これ"
思わず呟いた。
こんな学園、元の世界じゃ見たことがない。
門の前には、多くの女子高生──言い直すならば、生徒達が集まっていた。
皆、新入生なのだろう。
緊張した面持ちで、友人と話している者もいれば、一人で淡々と門をくぐる者もいる。
俺は──孤独に門をくぐることにした。
"(さて、と)"
深呼吸。
緊張はある。
だが、不思議と怖くはなかった。
むしろ──少しだけ、前向きな気持ちになっていた。
ここは、元の世界じゃない。
俺は、元の自分じゃない。
でも──それでいいんだ。
新しい世界で、新しい自分として。
門廻カイトとして、ちゃんと生きていく。
それが、俺にできる唯一のことだから。
"よし..."
小さく呟いて、俺は一歩を踏み出した。
トリニティ総合学園の門をくぐる。
その先に何が待っているのか、俺にはまだ分からない。
でも──
"...行こう"
俺は、前を向いて歩き始めた。
新しい人生の、始発点から。
本来のプロットの想定では、もう少しチート能力感を出す筈だったのですが...見事に書き進め方を根本的に間違えました。