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結果的に述べるのであれば、入学式は無事に終わった。
"(緊張したなぁ...)"
心の中でそう呟きながら、俺は式場から出る生徒たちの流れに紛れ込んだ。
大勢の生徒がいる中で、俺は目立たないように──いや、むしろ目立ってしまわないように、静かに歩いていた。
入学式自体は、まぁ普通だった。
生徒会──いや、この学園ではティーパーティーと呼ぶらしい。
そんな挨拶があって、新入生代表の言葉があって、校歌斉唱があって。
元の世界とそう変わらない。
ただ一つ違うのは、生徒全員が頭上にヘイローを浮かべているということくらいだ。
そして──新入生代表の言葉を務めたのは、桐藤ナギサという少女だった。
"(すごかったな、あの子...)"
ナギサは壇上で、堂々とした態度で言葉を紡いでいた。
一言一句に重みがあり、聞いている生徒たちの視線を一身に集めていた。
カリスマ、とでも言うべきか。
あの場を支配していたのは間違いなく彼女だった。
今日の姿を見れば、それも納得だ。
"(俺には、ああはなれないな)"
そんな自虐的な事を考えながら、俺は自分のクラスへと向かった。
廊下を歩く。
周囲の視線が、距離を置いて俺に集まっているのが分かる。
要するに、めちゃくちゃ見られている。
"(...やっぱり、目立つよな)"
男子生徒は珍しい──黒服からもらった資料にはそう記されていた。
だが、実際にこうして視線を浴びると、想像以上に居心地が悪い。
「ねぇねぇ...あの子って」
「あれ、男の子だよね...?」
「珍しい...」
「でも、なんか静かそうだね」
ヒソヒソと囁く声が聞こえる。
別に悪意があるわけじゃない。
ただ、物珍しいだけなのだろう。
だが──それでも、視線は重い。
"(早く教室に着きたい...)"
足早気味に歩き続け、やがて自分のクラスの教室にようやく辿り着いた。
1年A組。
扉を開けると、既に多くの生徒が集まっていた。
皆、自己紹介をしたり、友達を作ろうとしたり、賑やかに話している。
"(...うわぁ)"
正直、苦手な雰囲気だ。
元の世界では、こういう場面でもそれなりに話せたんだけど──今の俺には、それができない。
俺は教室の端、窓際の一番後ろの席に座った。
ここなら、目立たないだろう。
鞄から本を取り出す。
これも黒服が用意してくれた、キヴォトスの歴史に関する本だ。
集中しているフリをして、周囲との関わりを避けよう。
"(これで、しばらくは...)"
だが──その目論見は、すぐに崩れてしまった。
「ねぇねぇ」
明るい声が、俺の耳に届いた。
顔を上げると──数人の女子生徒が、俺の机の前に立っていた。
その中の一人が、笑顔で話しかけてくる。
「君さ、男の子だよね? すっごく珍しいんだけど!」
"(えぇ、早すぎ...)"
いくらなんでもだ。
...よく分からないが、トリニティの生徒は全員一軍レベルなのか?
俺は本を閉じ、彼女たちを見た。
その中に──一人、特に見覚えのある顔があった。
ピンク色のロングヘアーに、夕焼けのような瞳。
そして、これは見た目からの偏見でしかないが──どこか純粋な善意を纏った少女。
"(この子は...入学式で元気よくスキップしてた子か)"
彼女は他の生徒たちとは少し離れた位置に立っていたが、確かに俺を見ていた
「私達、友人になりませんか?」
「じ、自己紹介し合おう?」
別の女子生徒が、元気よく言う。
他の生徒たちも、期待するように俺を見ている。
"(...不味い、どうする?)"
喋れない。
いや、喋ることはできるが──呪言が暴発するリスクがある。
少しでも感情的になったら終わりだ。
俺は鞄の中から、たまたま用意しておいたメモ帳とペンを取り出した。
そして、ゆっくりと文字を書く。
─────────────────────────
ごめんなさい 俺は喋れない病気にかかっているんです
─────────────────────────
書き終えたメモを、彼女たちに見せる。
一瞬、沈黙が降りた。
「え...喋れないのですか?」
「病気...?」
「大丈夫なの?」
戸惑いの声が上がる。
当然だろう。
いきなりそんなことを言われたら、誰だって驚く。
俺は再びメモに書き足す。
────────────
俺の名前は門廻カイトです
────────────
今年はよろしく
───────
それを見せると──
「なるほど、それは失礼しましたわ...」
「つまんないなぁ...」
「でも、まぁ仕方ないよね」
少し残念そうな反応が返ってきた。
"(...まぁ、そうなるよな)"
喋れない相手と友達になろうとは、普通思わない。
これで、俺は孤立できる。
それでいいんだ。
そう思った──その時。
「カイト君の病気が、1秒でも早く治りますように...なんちゃって!」
ピンク色の髪の少女が、俺の手にそっと触れながら、そう言った。
"(...へ?)"
彼女の声は、明るかった。
冗談めかしているけれど──その言葉には、確かに温もりがあった。
俺の手に触れる彼女の手は、温かい。
まるで──俺を気遣ってくれているような、そんな温もり。
"(...この子)"
俺は、彼女の顔をまじまじと見た。
黄色の瞳が、俺を見つめている。
「私は聖園ミカ、気軽にミカって呼ん...いや、この場合は書くなのかな。まぁよろしくね、カイト君!」
そう言って、ミカは微笑んだ。
"(...ミカ、か)"
その名前を、心の中で繰り返す。
他の女子生徒たちは、それぞれ自己紹介をして去っていった。
だが──ミカだけは、少しの間俺の前に立っていた。
「カイト君、困ったことがあったら言ってね。筆談でも大丈夫だから!」
そう言った後、ミカは自分の席へと戻っていった。
彼女の背中に持つ大きな羽を、はためかせながら。
"(...優しいな、あの子)"
胸の奥が、少しだけ温かくなった気がした。
*
それから──授業が始まった。
トリニティの授業は、黒服から聞いていた通り、BD教材を使った自習が中心だった。
教師は教室にいるが、基本的には生徒が各自で学習を進めるスタイル。
質問があれば教師に聞く、というシステムらしい。
俺は黙々と教材を進めた。
幸い、内容は難しくない。
元の世界の中学三年生レベルの知識があれば、十分についていける。
自慢っぽくなってしまう気がするが、元の頭は少なくとも悪くない自信はある。
"(まぁ、なんとかなるか)"
そう思いながら、俺は淡々と勉強を続けた。
昼休み。
周囲の生徒たちは、グループを作って昼食を食べている。
俺は──一人で、弁当を食べた。
黒服が用意した質素な弁当。
シンプルだが、味は悪くない。
"(一人で食べるのは...まぁ、慣れてるし)"
元の世界でも、たまに一人で食べることはあった。
だから、別に寂しいとは思わない。
そう自分に言い聞かせるように、俺は弁当を食べ続けた。
ふと、視線を感じた。
顔を上げると──ミカが、生徒達が屯する遠くの席の間から俺を見ていた。
目が合う。
ミカは、小さく手を振った。
"(...なんだろう、この子)"
俺も、小さく手を振り返す。
ミカは微笑んで、また自分の友達と話し始めた。
"(...不思議な子だな)"
なんで、俺なんかに優しくしてくれるんだろう。
そんなことを考えながら、俺は昼食を終えた。
*
午後の授業も、特に問題なく終わった。
そして──下校時間。
俺は教室を出て、校門へと向かった。
周囲にはまだ多くの生徒がいるが、俺は誰とも話さずに歩く。
やがて、校門を出た。
帰路を歩く中、ふと人気のない路地に入ったところで──俺は立ち止まった。
"(...黒服に聞いてみるか)"
ポケットから、黒服が渡してくれた通信機を取り出す。
小型の端末で、ボタンを押せば黒服と通話ができる。
ボタンを押す。
数秒後、黒服の声が聞こえてきた。
『どうかしましたか? カイトさん』
"...単刀直入に聞く。呪言を治療できないか?"
俺はハッキリと聞いた。
今日一日、俺は喋らずに過ごした。
メモで筆談をして、コミュニケーションを取った。
でもこれが、三年間という長期間、ずっと続くのか?
そう考えると──少し面倒だし...何より辛い。
『治療...ですか』
黒服の声が、少しだけ低くなった。
『可能か不可能かで言えば、可能です』
"本当か!?"
思わず声が大きくなる。
『ただし──』
黒服は続けた。
『どのようなリスクや後遺症が残るかも分かりません』
間を置いて、続ける。
『元々の門廻カイトのように、"崇高"のバランスが崩れ、魂のテクスチャが崩壊する可能性もあります。意識が消える可能性もあります。最悪の場合、呪言すら消えず、後遺症を背負っていくしかなくなる可能性もあります』
"...それは"
言葉が詰まった。
つまり──下手をすれば、俺自身が消えるかもしれない。
もしくは、今以上に酷い状態になるかもしれない。
...というか、崇高ってなんだ?
『おすすめはしません。今の貴方のように、言葉を制限して会話をするしかないかと』
黒服は、淡々とそう告げた。
"...そうか"
俺は、気づけば深く息を吐いていた。
やっぱり──簡単にはいかないんだな。
落胆が、心の底に広がる。
このまま、何があってもずっと喋れないままなのか。
"...仕方ない、か"
諦めて、接続を切るボタンに指をかけたその時。
『大人の話は最後まで聞くべきですよ...カイトさん』
終わったと思った黒服の声が、再び聞こえた。
『...貴方の呪言は、解除ができなくとも──適応できる可能性があります』
"...詳しく聞かせてくれ"
その言葉に、俺は餌に釣られた魚のように食いついた。
トリニティの生徒は真面目なタイプ、元気なタイプ、慎重なタイプを混ぜています。