翌朝。
俺は再びトリニティ総合学園への道を歩いていた。
今日は入学式の翌日、本格的な学園生活の始まりだ。
"(昨日の訓練...効果あったのかな)"
昨夜、消しゴムを浮かせる訓練を十回ほど繰り返した。
拒絶反応が減ったかどうかは、正直分からない。
でも──続けるしかない。
"(少しずつ、でいいか)"
そう自分に言い聞かせながら、俺は歩き続けた。
しばらく歩いていると──後方から、女子生徒たちの声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、みんなはどの部活に入るの?」
「うーん、悩んでるんだよね。正義実行委員会とか興味あるんだけど...」
「えっ、ホントに? あそこ厳しいって聞くよ?」
「でも、やりがいありそうじゃない?」
楽しそうな会話。
恐らく部活に関しての話題だ。
俺は少しだけ歩調を緩め、自然と彼女たちの会話が耳に入るようにした。
盗み聞きするつもりはないが──入学したての生徒から見た部活の印象は、今の俺には貴重だと思う。
「私はティーパーティーに入りたいなぁ」
「ティーパーティー!? あそこって、選ばれた人しか入れないんじゃ...」
「そうなんだけどね。でも、サンクトゥス分派だから、もしかしたら...」
「あー、分派がサンクトゥスかフィリウスかパテルなら、推薦してもらえる可能性があるもんね」
分派、か。
黒服から聞いた話だと、俺はフィリウス分派に所属させられているらしい。
つまり──俺がティーパーティーに入る資格は...一応あると。
「私はシスターフッドに入ろうかなって...」
「シスターフッド? あそこって、あんまり目立たないけど...」
「そうなんだけど、落ち着いてて良さそうだなって思って」
「確かに。あ、そういえば体験入部ってあるんだっけ?」
「あるよ! 来週から始まるって、掲示板に書いてあった」
「じゃあ、とりあえず色々回ってみようよ!」
体験入部...
"(そうだ、部活だ)"
俺は改めて、自分も部活を決めなければならないことを思い出した。
元の世界では、運動部に入っていた。
でも──今の俺には、それは難しい。
呪言が暴発するリスクがある以上、連携とかが必要なスポーツ系統は避けた方がいい。
"(せめて文化部...かな)"
図書委員とかがあれば、そういう静かな立ち位置も良いかもしれない。
いや、でもやっぱり──
"(今度、体験入部で決めようかな)"
実際に見てみないと、分からない。
そう結論づけて、俺はトリニティ総合学園の門をくぐった。
*
教室に着くと、既に何人かの生徒が席についていた。
俺は窓際の自分の席に座り、鞄から教材を取り出す。
今日の授業は──確か、キヴォトスの歴史と、同じくキヴォトスの古文...だったはずだ。
"(復習しておくか)"
昨日配られた教材を開き、内容を確認する。
キヴォトスの成り立ち、各学園の歴史......元の世界では学べない内容ばかりだが、不思議と頭に入ってくる。
"(...門廻カイトの記憶はもう無いけど、この肉体が覚えてるのか...?)"
そんなことを考えながら、俺は黙々と復習を進めた。
──その時。
ポケットの中から、小さな振動音が鳴った。
"(...ん?)"
俺は周囲を確認してから、そっとポケットに手を入れる。
通信機だ。
黒服からの...メッセージか?
画面を見ると──文字が表示されていた。
『軽く調査した所、トリニティ総合学園では決して小さいとは言えない"いじめ"が横行しているようです。ある程度、周りの目に気をつけてください』
"(...いじめ?)"
俺は眉をひそめた。
いじめが横行している、だって?
でも──昨日会ったミカは、すごく優しかった。
他の生徒たちも、少なくとも悪意は感じなかった。
"(本当に、いじめが横行しているのか...?)"
疑問が頭をよぎる。
もちろん、黒服が嘘をつく理由もメリットもない。
でも──実感が湧かない。
俺はメッセージをもう一度読み返した。
『ある程度、周りの目を気をつけてください』
"(...まぁ、気をつけるに越したことはないか)"
そう結論づけて、俺は通信機をポケットにしまおうとした──その時。
隣から、人差し指が肩に触れると共に声がかけられた。
"(...!)"
驚いて顔を上げると──ミカが、俺の机の横に立っていた。
「おはよっ! カイト君」
ミカは笑顔で手を振った。
俺は慌ててメモ帳を取り出し、───おはよう───と書いて見せる。
「へぇ、真面目なんだね? もう復習してるんだ」
ミカが俺の教材を覗き込む。
俺はなんだか少し照れくさくなって、視線を逸らす。
「あの...カイト君」
ミカが少し声量を抑え、俺に近づいた。
「お昼ご飯、一緒に食べない?」
"(...え?)"
俺は驚いて、ミカの顔を見た。
ミカは変わらず笑顔で、俺を見つめている。
"(昨日も手を振ってくれたけど...まさか、誘われるなんてな)"
俺は少しだけ戸惑いながらも、頷いた。
ミカの表情が、ぱっと明るくなる。
「やった! じゃあ、昼休みになったらまた来るね」
そう言って、ミカは自分の席に戻ろうとした──が。
俺は慌ててメモに書き足す。
──────
後ろの人は?
──────
それを見せると、ミカは「あっ」と声を上げた。
「そうだった! ちょっと待っててね?」
ミカは教室の後ろの方に駆けていき──一人の少女の手を引いて戻ってきた。
"(...あの子は)"
その少女を見て、俺は息を呑んだ。
長い茶色を薄くしたような光沢を持つ髪、凛とした佇まい。
そして──どこか儚げな、静かな雰囲気。
入学式で新入生代表の言葉を述べた、あの少女──桐藤ナギサだ。
「はい! ナギちゃん、挨拶して?」
ミカがナギサを俺の前に連れてくる。
ナギサは少し戸惑ったような表情で、俺を見た。
「...は、はじめまして」
ナギサが静かに口を開いた。
「私はフィリウス分派に所属している"1B"の桐藤ナギサです...」
そして、少し心配そうな顔で続ける。
「えっと、貴方は"持病によって喋れない"とミカさんから聞いていますが...何かご迷惑をおかけしていませんか...?」
"(ミカの友達で、いいんだよな...?)"
ナギサの言葉は丁寧で、柔らかい。
でも──その声には、どこか不安が混じっている気がした。
「ちょ、ちょっと待ってほしいな!?」
ミカは俺が初めて見る焦燥的な表情と同時に、ナギサと俺の間に割って入った。
「そ、そんな迷惑だなんて掛けてないはずだから!」
ミカが頬を膨らませて、ナギサを睨む。
どうやら、相当痛いところを突かれたようだった。
「"はずだから"ってなんですか...」
ナギサが困ったように眉を下げる。
「それにミカさんは、時々周りが見えなくなるじゃないですか」
「うぐっ...」
ミカが顔を硬直させる。
その様子を見て、俺は少しだけ笑いそうになった。
"(...仲がいいんだな、この二人)"
俺はメモ帳に書き始める。
───────────────────────────────────
全然大丈夫ですよ、桐藤さん。俺は門廻カイトです。よろしくお願いします
───────────────────────────────────
それを見せて、軽くお辞儀をする。
ナギサは目を丸くして──そして、ほっとしたように微笑んだ。
「ナギサと呼んで下さい...ですが、迷惑をかけていないようなら良かったです」
「ほらね! 大丈夫だったでしょ?」
ミカが得意げに胸を張る。
ナギサは苦笑しながら、ミカの頭を軽く撫でた。
「はい。でも、無理はさせないで下さいね?」
「分かってるよー!」
そんなやり取りを見ていると──
チャイムが鳴った。
授業開始の合図だ。
「じゃあ、お昼休みにまた来るね!」
ミカがそう言って、ナギサと一緒に自分の席に戻っていった。
俺は小さく手を振り──そして、教材に視線を戻した。
"(...優しい人たちだな)"
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
*
午前の授業が終わり、昼休みになった。
「カイト君!」
ミカが俺の席に駆けてきた。
その後ろには、ナギサもついてくる。
「行こう、お昼ご飯に!」
ミカが俺の手を引いた。
"(うわ、急だな...)"
俺は慌てて弁当を掴み、ミカに引かれるまま教室を出た。
「お昼ご飯、一体どこへ...?」
ナギサが少し不安そうに尋ねる。
「ふふ、いい場所があるじゃんね!」
ミカが笑いながら、廊下を進む。
そして──階段を上り始めた。
"(...上?)"
俺たちは階段をどんどん上っていく。
三階、四階、五階...
そして──最上階の扉を開けた。
「ここ!」
ミカが言っていた"いい場所"とは──尖塔だった。
トリニティ総合学園の象徴とも言える、高い尖塔。
その最上階に、柵に囲まれた小さなベランダがあった。
「今日の掃除当番がここだから、鍵を借りてきたんだー!」
ミカが鍵を見せながら、得意げに笑う。
「ほら。ここなら静かだし、景色もいいじゃんね!」
確かに──窓から見える景色は、素晴らしかった。
トリニティの校舎、その向こうに広がる街並み。
青い空と、白い雲。
「綺麗...ですね」
ナギサが小さく呟いた。
俺も頷く。
"(...ここ、いい場所だな)"
三人で床に座り、それぞれの弁当を開く。
俺の弁当は、相変わらず黒服が用意したシンプルなもの。
ミカの弁当は、彩り豊かなオムライス...美味しそうだ。
ナギサの弁当は、丁寧に作られたシンプルな、ロールケー...は?
「「いただきます」」
ミカとナギサは、同時にそう言った。
"(な、え...なんでロールケーキなんだ!?)"
俺の情緒を除いて、静かに食事が始まった。
*
"(...平和だな)"
そんなことを考えながら、俺は弁当を食べた。
──その時、ふと思い出した。
黒服のメッセージ。
『トリニティ総合学園では、決して小さいとは言えない"いじめ"が横行しています』
"(...こんな優しい人たちがいるトリニティに、いじめなんてあるのか?)"
俺は目の前のミカとナギサを見た。
二人とも、穏やかな表情で食事をしている。
"(ありえないだろ...)"
黒服の言葉は、正直信じがたい。
もちろん、大きな学園だから、どこかにそういう問題はあるのかもしれない。
でも──少なくとも、俺の周りには感じられない。
"(...まぁ、いいか)"
俺は筆談でそのことを質問しようかと一瞬思ったが──やめた。
せっかくの楽しい時間に、暗い話題を持ち出す必要はない。
可能性を否定し、考慮から消す。
「カイト君、お弁当美味しい?」
ミカが尋ねてきた。
俺は頷いて、親指を立てる。
「そっか! また一緒に食べようね」
ミカが嬉しそうに笑った。
ナギサも少し、微笑んで俺を見る。
「カイトさんは...部活は、何か考えていますか?」
部活、か。
俺はメモに───まだ決めてない。体験入部で決めようと思ってる───と書いて見せた。
「そうなんですね。私は...ティーパーティーに入る予定です」
ナギサがそう答える。
「私も! まぁ、ナギちゃんとは違う分派だけどね...」
ミカが元気よく手を挙げた。
「カイト君も良ければ、ティーパーティー入らない?」
ティーパーティー、か。
黒服から聞いた限りでは、かなり忙しそうだったが...
俺は───考えておく───とメモに書いた。
「やった! 楽しみにしてるね!」
ミカは笑顔でそう言った。
そして──昼食が終わった。
三人で片付けをして、教室に戻り始める。
*
「またあとでねー! カイトくん!」
ミカが元気な声と共に、手を振った。
ナギサも小さく会釈をする。
俺も手を振り返し──広い教室にある自分の席に戻った。
"(...今日は、いい日だったな)"
胸の奥が、温かい。
ミカとナギサという、"優しい人"たちと過ごせた時間。
黒服のメッセージにあったいじめなんて、本当にあるのか分からない。
でも──
"(ただ、今は...)"
小さく息を吐く。
"(この幸せを、皆と食べた食事と一緒に──噛み締めよう)"
そう思いながら、俺は午後の授業の準備を始めた。
窓の外では、春の風がやさしく吹いていた。
セイアはまだ少し先です。
主人公の所属部のアンケートです 作者の力が及ばず、二つしか選択肢を作れませんでした
-
ティーパーティー(フィリウス分派)
-
正義実現委員会