トリニティ総合学園所属、隠れ呪言師です。   作:トチ

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3800文字に纏め上げました。


無意識下

"(...こっちの道か)"

 

俺は今、家へと続く道を細々と歩いている。

黒服との定期報告を終え、道中にあった自販機で買ったアップルジュースをちびちびと飲みながら、ふと空を仰いだ。

さっきまで柔らかな紅色を纏わせていた大空は、気づけばゆっくりと紫色の闇を濃くしている。光が裏側へ落ちていく境目を眺めていると、一日の終わりという感覚がじわりと身体に染み込んでくる。

 

"(にしても、家から遠すぎるよなぁ...)"

 

そう心の中で呟きながら、片手の携帯に視線を落とす。

画面にはモモマップと呼ばれるアプリケーションが開かれ、現在地と帰路が示されていた。小さなアイコンが揺れ、地図の上を頼りなさげに跳ねる。

 

"..."

 

正直、このキヴォトスにも携帯があることには驚かざるを得なかった。

俺の憑依前の世界にも携帯は存在したが、まさか全く同じ名称で、ほぼ同じ機能を持つものがあるとは思っていなかった。

だからこそ、黒服に用意させた時も若干の違和感を覚えたが...便利なものは便利だ、異論は実際に異世界転生した俺が認めない。

 

...それよりもさらに驚いたのが、この世界には人工衛星も通信局舎も存在しないという事実だ。

憑依直後の一週間で頭に叩き込んだ一般常識の中に、セントラルネットワークと呼ばれる通信技術があった。詳細はまだ上っ面しか知らないが、どうやらサンクトゥムタワー──常に空の中で浮かぶ巨大なヘイローらしきものの発生源となるかなり高い塔。

それらを中心としてキヴォトス全域の行政や情報管理を担っているらしい。

常識の基盤が異なるというだけで、自分が異世界にいるという実感が改めて湧いてくる。

 

"...ふぅ"

 

深く息を吐いた。

駅まではまだ距離があり、タクシーやバスなどの乗り物の通りもないので徒歩で行くしかない。

夕暮れが完全に終わりきる前に、街灯の光がぽつり、ぽつりと灯っている。

その一つひとつが夜の到来を静かに告げているようにも思えた。

 

"..."

 

しばらく歩いた頃、ふと視界の奥に人影が見えた。

三人ほどの集団で固まり、こちらを意識しているようにも見える。距離があるので表情までは分からないが、視線の向きだけがはっきりと伝わってきた。

 

"(...怪しすぎんだろ)"

 

右手を後頭部に回し、黒い上着のパーカーを深く被る。

この黒い上着には、勿論理由がある。

トリニティの生徒は基本的には金持ちで、指定の制服だけを着て郊外などに出歩くと、身代金目当てで不良どもに狙われるケースが多いらしい。

それが分かってから、学園外であればなるべく目立たない格好で外に出るようにしている。

 

...ゲヘナ学園なんかでは、治安部隊の目の前だろうとお構いなしに生徒へカツアゲする、なんて話まで聞いたことがあるし、キヴォトスはどこも治安が良いとは言い難いな。

 

「...小隊長、あいつがターゲットですか...?」

「...あぁ、分かっている。私達がターゲットの死角になった瞬間に襲撃する」

「...了解」

 

歩くこと自体に特別な執着はない。

だからこそ俺は視線を逸らし、その集団を避けるように横を通り過ぎようとした──

 

──直後。

 

"...っは?"

 

喉の奥から、情けないほど間抜けな声が漏れた。

 

"(脚を、撃た...)"

 

理解が追いつくよりも早く、内蔵が直火で焼かれるような激痛が全身を貫く。

意識が一瞬で白く弾け、息が止まりそうになった。

 

"──ッぐ!"

 

血がどくどくとふくらはぎから流れ落ちる感触が、妙に生々しく伝わってくる。

 

逃げろ、今すぐに。

 

そう脳が、思考が叫んでいるのに、足に、腕に、指先が動かせない。

まるで見えない枷で体中を固められているようで、金縛りに遭ったような圧迫感が背筋を凍らせた。

 

"はぁっ...はぁ...ッ"

 

はっきりした痛みとは裏腹に、辛うじて器を保っていた俺の意識はどんどん削られていく。

視界の端が暗く滲み、耳鳴りが雪崩のように押し寄せてきた。

 

"(なん、だ...毒...? 麻酔、銃...なの、か...?)"

 

事の重大さに気づいた頃には、既に視界から光がこぼれ落ちていく。

抵抗も、判断も、声を上げることすらできない。

ただ痛みと時間だけが、自分の心に容赦なく積み重なっていく。

 

まさか黒服が、何か仕向けたのか?

 

こいつらは、本当にただの不良なのか?

 

「...目標沈黙、拘束は想定通り私が行う」

 

"...?"

 

最後の力で絞り出していた思考が断ち切られるように、誰かの声が耳へと滑り込んできた。

でも、その前に力が途切れるように抜け、視界には夜空が広がった。

 

"(...)"

 

その瞬間、ようやく悟った。

もう、意識を保つための魂すら、俺には残されていないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

襲撃者の一人が、腰のポーチから拘束具を取り出した。

金属製の、冷たく硬い手錠。

それをカイトの手首へはめ込もうと、ためらいもなく、冷静にフレームの取り付けを試みる。

 

──その時。

 

カイトの体が、わずかに震えた。

痙攣にも似ているが、それだけでは片づけられない異質な動き。

 

「...ん?」

 

襲撃者が手を止め、不安げに眉をひそめる。

 

 

 

その直後、カイトのヘイローが、

 

 

 

再び、浮かび上がる。

 

 

 

それも、空間そのものが拒絶しているかのように、不規則なノイズを走らせながら。

 

「こ、こいつ──ッ隊長!」

 

本能的に後退しようとした、その瞬間。

 

──カイトの瞼が、静かに開いた。

 

「──ッ!?」

 

襲撃者全員は、硬直した。

その瞳にはハイライトが無い。

焦点はまるで合っておらず、虚ろで、何かを見ているようで、今はまだ何も捉えていない。

だが──その身体は、確かに直立しようとしていた。

力の抜けた人形が糸で引かれるように、ゆっくりと立ち上がる。

 

「な、何だ...麻酔は確かに当てた筈じゃ...」

 

そんな一人の声を遮るようにして、リーダー格が声を荒らげた。

 

「撃て! もう一度撃て!!」

 

二人の襲撃者が即座に銃口を向け、引き金を弾く。

パンッ、と火薬の破裂音が木霊する。

 

だが──

 

《止まれ》

 

カイトの唇が、かすかに動く。

冷え切った声。

感情という概念すら欠落したような響き。

 

──次の瞬間、銃弾はカイトの目前で止まった。

 

「──は?」

 

三人が、同時に目を見開く。

空中に浮かぶ弾丸は、まるで時間が断ち切られたかのように静止している。

数秒後、重力を思い出したようにカラン、と地面に落ちた。

 

「何だ、今の...!」

 

困惑と恐怖が声になって漏れる。

しかし──その間にカイトの眼球が不気味にリーダー格へと向く。

 

直後、カイトは一歩、踏み込む。

その動きは、異様なほど滑らかで無音だった。

まるで重力から一瞬だけ解放されたような軽さと、圧迫感を伴う重みが同居している。

 

「──ッ!」

 

正面からの対峙に気づいたリーダー格は、反射的にナイフを抜き放ち、相手の首元へと振り下ろした。

素手で挑む相手に対し、圧倒的な装備差がある。

その光景は、残る二人の目にはまるでリーダー格の勝利が約束されたかのように映った。

だが──直後、カイトの体がリーダー格の視界から掻き消える。

ひねるように身を傾け、刃の軌道から離脱する。

訓練で磨いたというより、熟練者の勘が自然に動いているような回避。

 

続け様に、カイトの腕が静かに伸び──リーダー格の衣服、その襟を乱雑に掴む。

 

「何を...!?」

 

襲撃者が息を呑むより早く、カイトは視線を腹部へ向けた。

 

そして──

 

ドス、と鈍い衝撃が響く。

拳が腹部へ沈み、リーダー格の体が強張る。

 

「ぐっ...!」

 

うめき声。

だが、カイトは顔色ひとつ変えずにその腕を掴み、関節を押し込んだ。

 

「ぐあああッ!!」

 

悲鳴が弾ける。

メキ、と小さく嫌な音が鳴り、力が抜けた腕がぶらりと垂れた。

 

「──か、囲め! 私一人じゃ勝てない!」

 

リーダー格の怒号。

残る二人が左右から挟み込みにかかる。

銃床が振り上げられ、同時に蹴りが放たれる。

 

だが──

 

《動くな》

 

また、カイトの声。

先程と同じ、温度の欠けた命令。

 

──瞬間。

二人の体は硬直した。

 

「な、何...! なんで体が...!」

 

手も足も動かず、息すら浅くなる。

金縛りに近いが、それよりも強く、逃れようのない圧迫。

 

カイトは、そのまま視界の左端にいる一人へ歩み寄る。

軽く回転を挟みながら足踏みを刻み、流れるようなステップで懐へ侵入し──

踏み込んだ一歩で体勢が跳ね上がる。

 

刹那。

ゴウッ、と空気を裂く音。

襲撃者の肩に衝撃が叩き込まれた。

 

「がはッ...!?」

 

襲撃者は理解する暇もなく壁へ弾き飛ばされ、そのまま意識を手放して崩れ落ちる。

カイトはその姿を一蹴し、後方のもう一人へと向き直る。

 

「──ッく、来るなぁッ!」

 

恐怖が滲んだ声で、襲撃者は銃を乱射した。

立て続けにマズルフラッシュが散る

 

だが──

 

《止まれ》

 

銃弾の速度をもねじ伏せる反射速度、鋭く放たれたその一言で、銃弾はまた空中で動きを失った。

静止したまま、まだ落ちる気配すらない。

 

カイトは、駆けた。

低い姿勢で、滑るように距離をゼロへ。

襲撃者の懐へ潜り込み──

 

掌底を、腹部へ叩き込む。

 

「ゴホッ...!」

 

襲撃者が膝を折った瞬間、

カイトは後頭部を掴み、地面へ押し倒すように叩きつけた。

鈍い衝撃音が響き、動きが途切れた。

 

残るは、リーダー格たった一人。

 

「──クソ、クソ、クソ...!」

 

震えながら銃を構えるが、その腕はもはや狙いをつけられる状態ではなかった。

 

「...くッ!」

 

背を向け、必死に走ろうとしたその時。

 

《吹っ飛べ》

 

カイトの肉声が、背後からゆっくりと染み込むように響いた。

その声音は荒々しさも激情も欠いている。

ただ静かで、命令とも呟きともつかない奇妙な重みだけが、空気を震わせた。

 

──その瞬間。

 

リーダー格の体が、見えない力に弾かれるように後方へ跳ね飛んだ。

自分の足ではなく、何かに肩を掴まれたかのような、理屈の通らない速度。

空気を裂く音が遅れて耳に届き、すでに彼女の体は制御不能のまま宙を舞っていた。

 

「ぐッ──!?」

 

悲鳴とも呻きともつかない声が、空中で千切れる。

次の瞬間──

道路脇に停められていた車の正面に、リーダー格の体が激突した。

鈍く重い衝撃音。車体がわずかに揺れ、金属が軋む。

人間側の質量と速度だけでは到底起こらないはずの後退が、車を強引に押し下げるように生じた。

 

車の前面はひしゃげ、浅い凹みを作りながら怯えるように沈黙した。

だが次の瞬間──

ビィィィィ──と防犯ブザーが悲鳴じみた音で鳴り響く。

甲高いその音は、まるで異様な光景を嫌々照らすスポットライトのようだった。

 

《...》

 

静かだった路地に、倒れ伏した三つの影が並ぶ。

 

一名は、壁際に崩れ落ちている。

まるで糸の切れた操り人形のように、体の形がそのまま重力へ沈んでいた。

 

もう一名は、地面に横たわっていた。

衝撃の名残で身体が微かに痙攣し、アスファルトの冷たさがその動きを奪っていく。

 

そして最後の一人は──

前面の潰れた車にめり込み、ずり落ちるようにしてヘイローが消える。

砕けた金属片が地面に散り、ただ月明かりを反射した。

 

カイトに相対できる者は、最早この場のどこにも存在しなかった。

 

フロントが半壊した車から鳴り続ける防犯ブザーだけが、夜の空気を震わせている。

その甲高い音色は、魂の意図を離れたカイトの無意識下の勝利を告げる鐘のように、どこか祝福めいて響き続けていた。




セントラルネットワークなどの設定は原作準拠で進めていきたいのですが、もし原作との違いやミスに気づいたら、この話は削除して丸々書き直すかも知れません

主人公の所属部のアンケートです  作者の力が及ばず、二つしか選択肢を作れませんでした

  • ティーパーティー(フィリウス分派)
  • 正義実現委員会
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