「これって…」
袋の中には、綺麗に整えられた一式の服が入っていた。
「ミシェルがお詫びの品に…だってよ」
ゲイルはそう伝え、再度椅子に座る。フィーネは袋の中の服の一つを取り出す。
埃一つなく、とても軽い服だった。フィーネはここまでしてくれたミシェルに多少の感謝を抱きつつ、少し不満に感じてしまった。
だが、それと同時にこうも感じた。ミシェルがただの詫びでこんな立派な物をくれるのかと。あんな無愛想な奴がこんなことをするのかと。フィーネにはこの詫びが、待っているというメッセージとしか思えなかった。
「とりあえず…ありがとうな。おっさん」
「お礼を言うならミシェルに…っておいっ!?」
突然、フィーネがボロボロになっていた服を脱ぎ始めた。咄嗟にゲイルは目を閉ざした。薄着を着た後、ジャケットを素早く身につける。ショートパンツを履き、黒い靴下を履いた後に、底の厚い靴の紐をキュッと閉めた。
踵を叩き、身体を曲げ、軽くジャンプする。フィーネは一息履いた後に両手を勢いよく上へ挙げた。
「よーしっ!良い感じ!」
今にも走りそうになる足を抑えながら、フィーネはゲイルに問いかける。
「おっさん!ミシェルって今どこに行ってんの?」
「…あいつならナイツ・エンパイアに行くはずだが…行くのか?」
「行くに決まってんだろ!早く鍵開けて!」
ゲイルが牢屋の鍵を開けると、すぐさまフィーネが出て、走り出した。
「サンキューおっさん!またな!」
そのままものすごい速度で、フィーネは上へと上がっていった。
「お、おう………あっ」
が、ここでゲイルはある事を伝えないといけなかった事を思い出す。呼び飛べようにも既にいなくなってしまっているし、いたとしても話を聞かないだろう。ゲイルは少し後悔してしまった。
「…
酒場のドアを勢いよく開け、フィーネは勢いよく走る。今のフィーネは誰にも止めることのできない衝動に身を任せながら、ただがむしゃらに足を動かしていた。
「待ってろー!ミシェル!」
そのままフィーネは、町の外へ走っていった。
その後数日道を迷い、自然発生した生物に殺されかけるが、それをなんとか退け、この影に覆われたナイツ・エンパイアに辿り着いた。
影の"エイリ"が握り締めた拳を、下にいるフィーネに振り下ろす。フィーネは身軽に避け、倒れているパルクを背負い、エイリのいる場所とは少し遠い場所へ向かった。
「なるほど…」
影はその場を動くことなく、じっとこちらを見つめていた。
それを見たフィーネは一つの仮説に辿り着いた。おそらく、エイリは移動が不可能になっている。巨大化することで大きな攻撃能力を得るのと引き換えに、移動能力を犠牲にしたのだろう。
パルクを下ろし、再度エイリへと向かおうとしたフィーネだが、その直後に一人の人間が現れた。
「お前は…!」
フィーネはその人の姿を見た瞬間、目をギラつかせた。まさしく、行方を探っていた人物だったからだ。
ボサボサの金髪、子供のような容姿。ハナ町で出会ったミシェルという男に間違いなかった。
「あ、あなたは…なんでここに!?」
「やっと会えたァ!ここまで来るのに数日かかったんだぞ!何回野垂れ死にかけたか…」
「反省してるんじゃ…」
「罪が無くなったんだよ!」
「はぁ!?」
苦虫を潰したような顔をしたミシェルを気にせずに、フィーネは肩を掴み揺さぶり続けた。
ミシェルは、何故フィーネがここに来ているのか、牢屋にいるのではなかったのか、情報と状況が一致しない状態に困惑してしまった。それと同時に、強敵と戦っている最中にそれと同じか、またはそれ以上に面倒くさい存在が現れたことに半ば絶望していた。
だが、目的に達していない以上、ここで死ぬわけにはいかない。だから、ミシェルはあの影の対策を考え、思いついた。今からそれを実行しようとしたが、それをフィーネに阻まれている。
(…いや、待てよ?)
「おーいきーてんのかー。私の声聞こえてるー?」
(こいつは…)
利用できる。よくよく考えてみたら、一人であの巨体を相手するのは無理に等しい。今考えている作戦が成功すれば、あの影を大いに弱体化できる。そうすれば僕一人でも対処できる。
なら、一人の人間の命の一つくらい犠牲にしても、問題ない。
「じゃあ、一つお願いして良いですか?」
フィーネに作戦の内容を伝えた後、ミシェルは再度身を隠した。
フィーネは背伸びをして、影の方へ走る。近づけるまで近づいた後、影の胸の中にいるアーシャに向かって、フィーネが挑発とも見える手招きをした。
「こいよ」
影は何も言わずに、身体から無数の針を放つ。フィーネは右へ走り出し、向かってきた針を回避する。
影の身体が地面に染み渡る。そして、フィーネはそれを踏んでしまった。
「あ、あれっ?」
何かに足を掴まれ、動けない。そんなフィーネに向けて、影は拳を放つ。
咄嗟に、フィーネは地面に拳を叩きつける。その衝撃で地面がひび割れ、クレーターが出来上がる。地面が消えた瞬間に、フィーネは自身の足が解放されたのを感じた。
クレーターにも影が染み渡っていく。そして、本体も横から腕を薙ぎ払うように振る。腕が地面を抉りながら向かってくる。
やられてたまるかと、フィーネは一か八か、魔力を使い上空へ移動。そのまま右折し、まだ倒壊していない家の天井に着地しようとするが、バランスを崩し受け身を取れずに家の屋根と頭から衝突した。
幸い、屋根からは落ちなかった。フィーネは起き上がり、ぶつけた頭の額をさする。
「いってぇ〜。流石に飛行はきついか…」
魔力を使用すれば飛行をすることが可能になる。だが、それをするには繊細なコントロールと技術が必要。感覚で魔力を操作している今のフィーネには、流石に不可能だった。実際、ナイツ・エンパイアに向かっていた頃のフィーネは魔力による飛行を試したが、上がったと思ったら急降下して地面へ頭から衝突、を何度も繰り返したので、飛行を諦めていた。
影は間髪入れずにフィーネに向かって手を開いて振り下ろした。巨大な黒い手がフィーネを押し潰そうとするが、フィーネはそれを待っていたかのように、向かってきた腕へ飛びかかった。
向かってくる手を、指に間から通り抜ける。そのまま腕を伝って顔面部分にたどり着く。
フィーネは後頭部に移動し、力を込めた右腕で一発拳を叩き込む。影は衝撃で前のめりになるが、首を180°回転させフィーネを確認する。
影の目元に何かが光っていた。その光はすぐに強大になった。その光は甲高い音と同時に飛び出し、一瞬で空に到達した。
「うおっ!?」
咄嗟に避けたフィーネは、一度地面に着地し、後ろへ下がる。
フィーネは先程の攻撃に手応えを感じていた。影が実態を持っているのに驚いた後、胸の中にいるアーシャを見る。
フィーネは先程伝えられた作戦を思い出す。
(精霊を消すには主を狙う必要があります。けど、その主は今影の中にいる)
(つまるとこ、あの影を最初に対処するってことか。どうやって?)
(影が強くなるなら…
言葉を濁されたせいで、意味がわからなかったフィーネだが、ミシェルがどうにかしてくれるという期待を抱き、この囮役を担当した。
ただ、囮役としての自覚はフィーネにはない。あの影をぶっ飛ばす事を目標にしているのだから。
「…ふっー」
影の拳がふいに向かって飛んでくる。直撃すれば、無事では済まない。相殺することは不可能。
「…その不可能をォ!」
だが、フィーネは恐れず、怯まず、立ち竦まずに、身体全体に力を入れ、魔力を身体にフル回転させる。
闘気と魔力が混ざり合い、荒れ狂い、迸る。
影の拳が至近距離に近づく。それと同時にフィーネも拳を向かってくる影の拳に叩き込む。
「ぶっ壊す!」
フィーネの拳と影の拳が衝突。周りのあらゆる物が衝撃で吹き飛ばされる。拳と拳が拮抗し続ける。
だが、フィーネの拳に影の拳が徐々に押されていく。
「これが…私の必殺!!」
影の拳が、砕ける。
アーシャの腕に苦痛が走る。腕が折れ、血が飛び散った。
ありえない
エイリが負けるはずがない。ないのに、力で負けた。全力を出しているはずなのに。この小さな女に負けている。なんで。
エイリが探している原因。それは単純な物。フィーネが出したのは
フィーネの身体に宿る元々の力。
フィーネが持つ魔力。
そして、魔力で強化した身体の力。
フィーネに宿る力。その全てを拳に込め、放った究極の一撃必殺の技。その名は…
"極拳"
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