「あなたは……誰なんですか?」
今のミシェルの脳内には、自身の知らない記憶がいくつも存在していた。その中には、父との記憶もあった。
その記憶の中で、ミシェルは見てしまった。
テイルの過去の姿を。
『おい、#/&/&!部品どこに置いたんだよ!』
これは、僕の中で解き放たれた記憶の一部。意識を失っている最中、僕は朦朧とした意識の中で、様々な物が散らばっている部屋で、自身の父と何者かが話している様子を見ていた。
『知らなーい。自分で探して』
『お前なぁ……そういうところはマジで直した方がいい!友達無くすぞ!』
父さんは低い声だが、活発で前向きだった。これまでの僕の父さんのイメージとは、かなりかけ離れていた。
すると、僕の身体から通り抜けるように一人の人物が現れた。今気づいたが、僕は霊体となってこの光景を見ていたのだ。
『私も研究で手一杯なの。贅沢言わないで』
その凛々しい声を発した女性は、先程自分の身体を通り過ぎた人だった。白衣を着ており、長い赤髪で、身長は僕の父と同じくらいだった。かなり大きい。
それと同時に、その女性に僕はどこか既視感を感じていた。
『まっ、私のはもうそろそろ出来上がるわ。後は実験ね』
女性は近くの椅子に座り、足を組んで父さんがあたふたしているところを静観していた。その光景では、二人とも口では文句を言いつつも、どこか楽しそうな雰囲気を僕は感じていた。
『どう?子供の調子』
座っている女性が父に問いかけた。
『全然元気だな。まぁ少し内気なのが気になるが』
『そこはあなたの奥さんの遺伝でしょうね。勉学と魔法はどうなの?』
『すごかったぞ!飲み込みが早いんだ。一昨日だって少し辞書を読んだだけでその読んだ言葉をスラスラ話せちまった。それに魔法だってもう上級の魔法まで使えちまった。コントロールはちょっとアレだけどな』
『へぇ。そこは天才のあなた譲りね』
二人は手を進めながら、僕の事について和やかに話している。だが、突如として二人は黙ってしまった。僕が困惑していると、女性は父さんが弄っているものを指差した。
それは腕輪のような物で、全体的な色は金色で透明な素材がラインのように付けられており、大きな真っ黒な宝石が目立つように埋め込まれている。
『これがあなたの作ろうとしてる物なの?』
『あぁうん。俺の自信作にして最高傑作になる予定の物だ!これがあれば、どんな奴がミシェルに襲いかかってきても返り討ちにできる!』
『なかなか言うじゃない。それを……』
『あなたの子供に埋め込ませる気なの?』
衝撃的な言葉に僕は驚きを隠せなかった。
あれを僕の中に埋め込ませる?できるはずがない。あんな物を身体に埋め込んだら、身体にどんな支障が起きるかわからない。
『できるの?そんなこと』
僕の疑問を代弁するかのように、女性は言ったが、
『できる。そもそも物理的に埋め込むわけじゃない』
軽々しく僕の父は言ってしまった。父とはいえ、その発言に僕は引いてしまった。
『人には生まれつき魔力の核が付いてくる。その核に、この腕輪を魔力化した物を流し込むんだ』
僕でも聞いたことのない方法だ。心のどこかで父さんの事が嫌いだと思っても、このような事を思い付いてしまうのは父さんらしいと少し尊敬してしまった。
『リリスに目を付けられた以上、ミシェルにどのような危害が加えられるかわからない。だから、こうして身を守れるようにするのさ』
その時の父さんの顔は真剣だった。僕はまだ成人にも満たない時を思い出す。
今思えば、短い間に見れた父さんの表情はあまり多くなく、僕が遊んでいるところを見て微笑んでる表情が印象的だった。
そんな父さんがどんな思惑といえど、このような真剣な顔を見るのは僕にとっては初めてだ。
突如、視界に砂嵐のようなノイズが走り、僕は目を瞑った。目を開けると、さっきの部屋とは全く違う場所にいた。
明かりがついておらず、複数ある台の上には、ハサミやメスといった医療に使う器具が置いてあった。どうやらそれは既に使用済みのようで、赤い血がびっしりとついていた。
『ふぅぅぅ……』
どこからかうめき声が聞こえた。周りを見てみると、手術台の上に、全裸の背の小さな少女がいた。その天井には、アームのような物が複数あり、それにも血がついていた。
少女は起き上がりながら笑い始め、声も段々と高くなる。
『や……やったわ……これで成功よ!』
機械の音が、その少女の腰から聞こえる。そこには尻尾が付いており、付け根に乾いた血がこびり付いていた。
『ふふ……私にも出来るのよこのくらい……!あいつに頼らなくたってね……!』
少女が手術台からおり、裸足で通路を歩いていく。僕もその後をついて行った。
(誰かに……似てる?)
僕はこの少女に既視感を感じていた。可愛らしくも凛々しい声、高圧的な口調。先程の女性と特徴が一致していた。髪は明かりがついておらずに、全く見えない。
少女が一つの部屋にたどり着く。鏡があり、顔を洗うための洗面台がある部屋。
『……?』
明かりがつき、鏡に映っている少女の顔の全体が見える。
ミディアムの赤髪、そしてその顔は……
(あれは……)
あのパーティ会場で見た赤髪の女性と全く同じものだった。その瞬間、僕の記憶の中の赤髪の女性とその少女の姿が完全に重なった。
『あーあ、勿体無い』
突如少女の声が聞こえた。その声は僕が意識を失う前に見た少女の声と全く同じものだった。
しかし、振り向こうとした瞬間に、僕は意識を取り戻してしまった。
「なんであなたは僕の父さんと一緒にいるんですか?」
ミシェルはテイルに問い詰める。肝心のテイルは沈黙を貫いており、ミシェルは拳を握り締め、口の奥で歯を食いしばる。
「僕の記憶の中で、何故かあなたはいたんだ!」
「教えてください!あなたはなんで父さんと一緒にいたんですか!?僕のことを知っていて、なんで何も声をかけなかったんですか!!」
「僕の中に……何があるんですか!?」
ミシェルは自身の胸に手を当て、グッと握る。
少し後に意識を取り戻したフィーネと側で見ていたパルクは、ミシェルの身に何が起こったのか分からず、唖然としていた。そもそも、何も話されてない中で、目覚めた瞬間、焦り出しながらテイルに対して問い詰めているミシェルの姿の心情が理解できないのは当然だ。
だが、二人の様子とは反対に、テイルは困惑するような仕草すら見せず、口をつぐんだままだった。表情すらも、機械型のマスクとアイマスクに包まれ、完全に隠れている。
「おいどうしたんだよ?そんなに焦って」
フィーネはミシェルの肩に手を置く。だが、ミシェルはその腕を振り払う。
「ミシェル……どうしたんだよ?今日のお前なんか変だぜ」
困惑するフィーネを無視し、ミシェルは再度テイルを問い詰めようと口を開こうとする。
「何か言ったら……!」
それと同時に、ホテルの扉が勢いよく開く音が、ロビー中に響き渡った。
全員がその方向を向くと、そこに一人の女性がいた。
「お、遅れた〜!」
陽気な声を出しながら、女性はヘナヘナと床に座り込む。
その様子を見た全員が困惑していた。困惑しているのはその女性の態度ではなく、姿にだった。紫色に染まった髪、帽子を被っており、走ってきたのだろうか、多少ズレているが仮面を付けている。白色のタキシードに黒いマントを羽織り、下には少し長めの白いスカート。
「……ん?」
全員に既視感がある姿だった。少しの静観の後、全員がほぼ同時にその既視感の正体に気づいた。
「はぁ!?」
フィーネがあまりの驚愕で声を荒げる。そう、その女性の姿は少し違えど、先程まで戦っていた人物とほぼ同じだったのだ。
「おいテメェ!」
「へ?」
フィーネがその女性に飛び掛かり、床に押さえ付けた。女性は痛がり、悶絶しながら床を叩く。
「わざわざ戻ってくるなんて好都合だ!このままあの女の事を吐いてもらうぞ!」
「ま、まってぇ!何のことぉ!?ワタシついさっき遅れてきたんだよぉ!」
「とぼけんじゃねぇぞ!どう見てもお前はミリエラだろうが!!」
「ミリエラだけどさぁ!!」
「ま、待ってください」
ミシェルはフィーネに向かってそう言い、フィーネが押さえ付けていた腕を手で掴み退かした。解放されたミリエラと思わしき女性は、フィーネを見た瞬間、音が外れた楽器の様な声を出して後ずさってしまった。
フィーネは掴まれた腕を振り払い、ミシェルの服の胸ぐらを掴み上げる。
「何しやがるミシェル!さっきから訳わかんねぇこと言ってるかと思ったら、今度は錯乱して邪魔するつもりかよ!」
フィーネは怒鳴り、掴んでいる服の胸ぐらを更に上げた。ミシェルは首元を絞められながらも、フィーネの手首を掴みながら口を開く。
「よく…見てください。その人は…さっきのミリエラ・ドールズじゃない!」
フィーネは迷いながらも、ミシェルの胸ぐらから手を離した。そのまま、ミリエラと思わしき女性の元へ歩いていく。
腰が抜け、立ち上がることのできないその女性の前にフィーネは立つ。
フィーネは腰を落とし、女性の顔面を見つめる。
「………」
「え……」
「……えぇ?」
フィーネの困惑が更に加速した。フィーネの脳内に持つ「勘」が、この女性は先程のミリエラではないと伝えてきた。
直感で動くフィーネにとって、自身の「勘」が伝えてくる事は嘘ではないはずだ。
だからこそ、フィーネは混乱した。今までに顔も姿もほぼ同じの人間を見た事がないのだから。
「はぁぁぁぁ!?」
フィーネの諦めとも、困惑とも捉えられる叫び声が、ロビーに響き渡った。
ミシェルは椅子に座り、大きめの溜息を吐いた。
あの後、ミシェル達は本物のミリエラ・ドールズに今日起きた事を伝えた。
最初は信じてもらえなかったものの、外で放置されていたパーティの参加者を見てもらい、何とか信じてもらう事ができた。
ちなみに、肝心のミリエラは何をしてたかと言うと……
『いやあのですね……昨日人形作りがかなり進んでて……ドーパミンドバドバで……寝るの忘れてました」
どうやら本物も人形に対する熱意は大きいらしい。
そのままミシェルとフィーネはドールズホテル内の部屋を、ミリエラからのご厚意で無料で貸してもらえることになった。
テイルとパルクはそこから別々の移動になったが、ミシェル自身疲れていたこともあり、詮索はしなかった。
ミシェルはベッドに倒れる様に横たわる。柔らかい感触が全身に伝わり、忘れていた疲れが重くのしかかる。
「ふぅ……」
ふと、あの時に溢れ出した記憶を思い出す。
あれがミシェルの父の過去だと言うのなら、父はミシェルの記憶を封じていたことになる。何故そのようなことをしたのか考え、記憶の中で父が言っていた人物の名が脳裏をよぎった。
「リリス……アダムの最初の妻の名だ」
アダムの最初の妻リリスは、アダムと別れた後、大いなる悪魔の妻となった……と昔読んだ本にそう書いてあった。この話が作られたのは旧人類の時代なのだが、その歴史の中でも相当古い話らしい。
ホテルの部屋に向かう前に、ミシェルはパルクからリリスという少女に自身が気絶させられた事を伝えられた。
その少女は、知ったばかりの言葉を使うただの女の子なのか。それとも、現代に甦ったリリス本人だとでもいうのか。
だが、今のミシェルには、その情報を整理するほどの力は残っていなかった。
「もう……寝よう」
溢れるほどの睡魔に身を任せ、ミシェルは静かに瞳を閉じた。
ミシェルの寝顔が、カーテンの隙間からの、夜の月の明かりに照らされていた。