小鳥が囀る音が聞こえる。ギアフィールドの朝は、昨日の騒動があったとは思えないほど静かだった。
「……」
ミシェルは目を覚まし、ゆっくりと目を開く。窓の隙間からの太陽の光が、顔面を照らしていた。
ミシェルはベッドから起き上がる。タキシードのまま寝てしまったため、一度服を脱いだ後、いつもの服装に着替えた。
ミシェルは睡眠のおかげか、綺麗スッキリと軽くなった頭の中で、昨日起きた事を整理した。
一つ、パーティに現れたミリエラとその後に現れたミリエラは別人で、本物は後者だ。
二つ、リリスという少女の存在。彼女は僕の中に歯車を埋め込もうとしたが、その理由はわからない。
三つ、ミシェルの脳内で溢れ出した知らない記憶。その記憶の中には父の断片的な過去の記憶と、テイルの過去の姿、そして、父から最後に伝えられた言葉。
『中央に来い』
ミシェルは顎に手を置く。
恐らくその伝言は、このワールドアイランドの中心という事だ。そこにあるのはアレしかない。
ミシェルはミリエラから届けられたバッグから地図を取り出した。ワールドアイランド全体が見れる一般的な地図だ。そこからミシェルは、その地図内の島の中央を指差した。
「霧の孤島……」
霧の孤島。現在開拓が進んでいるワールドアイランドの中でも、最も危険で謎に包まれた場所。
孤島全体が霧に包まれており、遠くからは何処にあるかすらわからない。おかまないなしに島に突入した人物もいたらしいが、その人物はその後帰らぬ人になってしまった。
父の言葉は途中で途切れてしまった。だが、言葉の文脈を見て考えれば、その霧の孤島に何かがある事が予想できる。
(そうだとしても……一体そこに何があるんだ?)
ミシェルには父の考えている事がわからなかった。
そこに行けば父がいるのか。それとも、また別の物があるのか。もしかすると、何もない可能性だってある。
それに、未だ開拓が進んでいない土地に突入するのは、今はリスクが多い。もう少し情報を掴んでからでもいいはずだ。
ミシェルは身支度が終わり、バッグを背負い部屋のドアを開いた。
「よっ!ミシェル」
部屋の外にはフィーネがいた。だが、フィーネは腕で誰かを抱えている。
「……何やってるんですか?」
「どうも!ミリエラです!」
陽気な声が廊下に響き、咄嗟にミリエラは口を手で押さえた。
ミリエラは何故か、フィーネに抱えられている。ミシェルはその理由をフィーネに聞いた。
「その……フィーネさん。どうしてミリエラさんを?」
「ん?あぁこいつか」
「こっ!?初めてこいつって呼ばれましたよ!?」
ミシェルとミリエラを抱えたままのフィーネは、そのまま廊下を歩き、一階のロビーへ向かった。
その間に、フィーネはミシェルに事の経緯を話した。
「確かに私の勘がこいつは本物だって言ってるんだけどな、なーんか納得いかなくてな」
「私に着いて来させることにしたんだよ。あんまり、こいつを一人にさせたくない」
「あのですねぇ……」
抱えられているミリエラは、不服そうな顔をしていた。どうやらミリエラ側も、言いたい事があるらしい。
「この人ホントに失礼!正直に言ってくれたらすぐ着いて行くのに、信用できなーいって言って私を抱えたんですよ!」
「しょうがねぇだろ!」
「しょうがなくねぇですよ!私はここの社長なんですよー!無礼ったらありゃしない!」
現状の扱いにかなり不満を持っているミリエラに、ミシェルはある疑問を問いかけた。
「そういや、パーティ前日まで人形作りをしていたって言ってましたが、一体何を作ってたんですか?」
その時、ミリエラの表情が温かみのある笑顔に変わった。
「よくぞ聞いてくれました……」
自身に満ち溢れた声を出し、両手を胸に当てた。表情はまた変わり、目を閉じながら頬を赤らめ、口が波のように動いている。
「これは、長年長年ドールズ家が作り上げてきた人形……」
ミリエラは目を開き、手をグッと握る。その目には、炎が燃え盛っているような、ミリエラ自身の途轍もない自信が表れていた。
「家事、医療、防衛!なんでも出来るスーパー人形の制作を、現在国全体で取り組んでいるんですよぉ!ここまで来るまでに、色々あったんです。そう、あれは……」
「止まれ止まれ!わかったから!凄いことやってんのはわかったからその口止めろ!」
フィーネは長くなりそうな話を聞きそうになる予感を感じ、咄嗟にミリエラの口を止めさせた。
ミリエラは話をして満足したのか、さっきよりかは機嫌が良くなっていた。
「あっでも、ちょっと変だなってところはあったかもですね」
「変?」
「はい。いつもは疲れが出てすぐ寝落ちちゃうんですけど、あの時はその……全く疲れなかったんですよ。それに便乗してどんどん作業してて、気づいたらこの日の夜まで寝ちゃってたんですよ」
突然の体調の変化。パーティが始まる前から、偽物の方のミリエラは準備を進めていたということか?
ミシェルが考えている間に、三人は一階のロビーに着いていた。階段を降りたすぐ横にあるソファーには、黒い軍服を着たパルクが座っていた。
「パルクさん?」
「よっミシェル。それとフィーネさんはなんでその人を?」
「あぁちょっとな。あとさんは付けなくていい」
「ちょっと!?私をちょっとで片付けないでください!」
フィーネはミリエラを下ろし、ミリエラ以外の二人はソファーに座った。
どうやら、パルクはただミシェル達の様子を見に来た訳ではないらしい。
「……」
ミリエラもその空気を感じ取ったのか、気配を消しながらホテルの外へ出ていった。
「ミシェル。今回はお前にある事を伝えに来た。先輩には何も言わずに来てるから、ここでの話は秘密な?」
「はい。それである事って?」
パルクの爽やかな笑顔が消え、真剣な表情に変わる。その時点でミリエラ以外の二人は、パルクが今背負っている状況が良くないものだという事が理解できた。
「……これから15日後、ワールドアイランドの中心にある霧の孤島に突入する」
霧の孤島。その言葉を聞きミシェルに衝撃が走った。
「なぜ?」
「一旦現物を見せた方がいいな」
そう言い、パルクは一つの手紙と複数の写真を取り出した。
写真には、ミシェル達が見たリリスの名を持つ少女と、ナイツ・エンパイアで戦ったアーシャ・ミリエッタ、昨日戦ったばかりの偽物のミリエラ・ドールズが、壊れた町の中で佇んでいる姿が写真に写っていた。その他にも、その三人が別々の場所で破壊活動を行っている写真もあった。
その写真を一通り見た後、ミシェルは同時に出された一つの手紙の中を見た。
『近いうちにこの世界の人類を選別する。阻止したければ、霧の孤島で我は待つ』
「この手紙は、俺らの仲間全員に配られていた。何も知らされずに懐やポケットに入っていた」
フィーネはその手紙の内容に若干の違和感を感じていた。昨日見たリリスは、まずこのような硬い文字を書くような性格ではないはずなのだ。
恐らくこの文章は、自身の力を認知してるからこそ出るもの。つまりは……
「私達、舐められてねぇか」
「だろうな」
フィーネは、昨日リリスからの攻撃を喰らい、気を失った。その攻撃が直撃する瞬間に、フィーネの脳内にこれまで経験してきた様々な事が途轍もないスピードで流れてきた。いわゆる走馬灯と呼ばれるものをフィーネは体験した。
だが、フィーネは意識を取り戻した。あの経験をしてからこそ、その時のフィーネはわかってしまった。
自分は鼻から見られていない。目にも掛けられていないという事を。
その時から、フィーネの心情はリリスに対する屈辱に満ち溢れていた。
あの時、確かにフィーネの拳は障壁に当たっていた。それでもリリスには目向きもされなかったのだ。それは自身の力ではあの障壁を突破できないという現実を、突きつけられたと言うのにも等しい。
それに加え、フィーネに叩きつけられたデコピンは、フィーネを殺すには十分だということは、フィーネ自身がよくわかっている。それすらも手加減され、今こうして生きている。
フィーネは悔しくてたまらなかった。自身の力不足を呪った。だが、いつもでもそうしている訳にはいかない。
フィーネは立ち上がり、握った手を自身の胸に当てた。
「どうしたんですか?」
唐突な行動を見たミシェルは困惑していた。それに対して、フィーネは真剣な表情を崩さず、ミシェルに目を向けた。
「ミシェルを倒す前に、一つやらなきゃいけない事がある。それはあのリリスとかいうクソガキをぶっ飛ばす事だ」
その言葉を聞いたパルクは立ち上がり、フィーネの前に立った。
「……悪いが、まず無理だ。思い知っただろ?あれはあんたが相手取れる奴じゃないんだ」
「今のままだったらだろ?」
パルクの放つ強い言葉に押し負けず、フィーネは目を逸らさずに言い返す。
「私は強くなる。なって見せる。私はミシェルをぶっ倒すって決めた時から、迷ったことなんか一つもない」
「気持ちの話じゃない!あれはそういう話ができる域に達してないんだ!」
正直なところ、パルクはこれ以上彼らを巻き込みたくはなかった。この二人は冒険者だ。これから新たな依頼を受けて、生計を立てていく。そんななんの変哲もない日々を過ごして欲しかっただけなのだ。ここからの仕事は自身の本来の職が持つものでもあるから。
その考えを、ただ「リリスをぶっ飛ばしたい」という気持ちの一点張りをしてくるフィーネに、パルクは苛立っていた。
「一発当てられたのがなんだってんだ!」
「あんただってわかっているはずだ!リリスには勝てないってことぐらい……」
「お前はそう思って私らに声かけたのか!?」
パルクの口が止まった。
今思えば、確かにおかしなことだった。巻き込みたくないのなら、何も知らせずにそのまま立ち去れば良いのだから。それをせずに、自分はミシェルとフィーネに声をかけた。
自身の行動には、何故か思惑と行動に矛盾が生じている。
「……私なりの考えだけどさ」
フィーネはゆっくりとソファーに座った。表情は崩していないが、今のフィーネには少し優しさを感じる雰囲気があった。
「多分、助けて欲しいってだけだと思うんだ」
パルクの心はパルク自身がよくわかっているはずだった。だが、時折パルクは違和感を感じる事があった。
任務を終えた後も、仲間と話した後も、休みを過ごしている時も、心のどこかにある思いの断片を感じる事があった。
「助けて欲しい。っていう一言を、自分に責任を負わすためにわざと封じ込めてるんじゃないのかなーって思ってんだけど……」
フィーネは、パルクがどういう人間かはあまりわかっていない。ただ、今パルクに対して思った事を話しているだけだった。
(封じ込める……か)
だが、その言葉に心の中でパルクは少し納得した。
本心を隠してはいなかった。だが、本心の中で言いたくないものをただ省いていただけだった。
人に責任を負わせないために。自分に責任を負わせるために。
『パルクは……何も背負う必要なんか……ないんだよ?』
パルクの記憶の中で、思い出したくない過去から、一つの言葉を思い出した。
ピンク髪の少女との記憶。彼女に負わされた責任を背負っていくと決めたあの頃から、思いの断片が生まれたことを、パルクは思い出す。
「……ふっ」
「あっははははははは!」
パルクは笑った。驚くミシェルとフィーネを気にせずに笑い続けた。
痛む腹を押さえながら、パルクはゆっくりとソファーに座る。
「それもそうだ!今考えたらおかしいなそりゃ!」
笑い済んだパルクは表情は、爽やかだった。
フィーネはドン引きしていたが、パルクの表情を見た瞬間、どこか安心したような表情を見せた。
「パルクさん」
ここで、沈黙を貫いていたミシェルが口を開いた。
ミシェルの目が、パルクの目と完全に合う。
「僕は歯車を手に入れたい。その為には、リリスを知る必要があります」
ミシェルは身体の向きをパルクの方に向け、手を差し出す。
「僕も立ち止まってはいられないんです。ですので……」
パルクがその差し出された手を握ろうとした瞬間、ミシェルがパルクが出した手を掴み、強引に引っ張った。
「あなたの情報、詳しく聞かせてください」
ミシェルには目的がある。それを達成する為には、パルクの内情はほぼどうでもいいにと言っていいほど、考えてはいなかった。
「ミシェル……俺が何も言わなくても行くつもりだったな?」
「そうですけど」
当たり前のように回答するミシェルを見たパルクは、少々自分が馬鹿らしく思えてしまった。
「やっぱり……変わんないよ。初めて会った時から」
パルクは一度、自分の中の思いの断片を開くことにした。
後悔を、これまでに生まれた違和感をスッキリと無くすために。
真っ白な空間。白以外何もない場所で、白いワンピースを着たリリスは、空中に寝そべり目を閉じながら、人差し指で何かを操作していた。
かなり楽しそうに操作しており、鼻歌まで歌っている。
「リリス様」
何もない空間に、女性の声が響いた。
リリスが振り向くと、そこにはアーシャ・ミリエッタがいた。アーシャの足元には精霊である"エイリ"が、アーシャの影として身を潜めている。
「なーに?アーシャ」
「あの……今日から15日後にここに攻めてくる人達がいるって本当……なんですか?」
アーシャはナイツ・エンパイアでの戦闘でしばらく気を失っていたのだが、その間に起きた事はあまり知らされていなかった。
アーシャが目を覚ましたのは、ちょうどドールズホテルでの騒動が終わった頃だった。その時、リリスがミリエラを連れて帰ってきたのを目撃しており、その事を目覚めたミリエラに対して聞いたのだが……
「………」
ミリエラは口笛を吹きながら、何も言わずに去ってしまった。
リリスにもその事を聞こうとしたが、アーシャはリリスに対して狂信に近い憧れを抱いているせいか、怒られるのを恐れ、それを言葉にする事はなかった。
だがその次の日に、アーシャはミリエラのとある話を聞いてしまった。
『15日後かぁ……それまでにドールズの修理を終わらせなくては』
『ミリエラちゃん』
『えっいたんですかあなた』
『15日後に何が来るの?』
『…………』
『兵隊さんですよ?』
アーシャには自信がなかった。今の自分にその兵隊を追い返せるのか、それまでに自分が何をすればいいのかすらもわからなかった。
だがらこそ、アーシャは今リリスの指示を仰ごうとしている。
「わ、私……どうすればいいのか、わからなくて……と、とってもふ、不安で……」
指を合わせ、身体をモジモジさせながら、アーシャはあまり動かさない口で、自身の心境をリリスに伝えた。
リリスは起き上がり、ゆっくりとアーシャに近づいていく。アーシャは思わず後退り、真っ赤っかになりかけている顔を両手で必死に隠した。
至近距離まで近づいたリリスは、アーシャの両手を優しく退かし、赤くなっていたアーシャの顔を見た。
「赤くなってる」
可愛らしい少女の声がアーシャの耳に届き、思わずアーシャは身体が震えてしまう。
その様子を見たリリスは、クスッと微笑んだ後、優しくアーシャに抱きついた。
「大丈夫。なーにも考えなくていい。私が言ったとーりに動けばいいの。だって、あなたは出来る子なんだから」
リリスの声を聞き、アーシャの不安は何故か段々と消えていた。
その心には、ただリリスに抱きしめられた事による安心感だけがあった。
「だからさ、これから私の言う事に……従ってくれる?」
「……はいっ!」
今のアーシャには自信と体力に満ち溢れていた。
母であり、全てを認めてくれるリリスに従うことを、アーシャは身体と心の栄養としているのだから。
そして、場面は変わる。
とある国の吹雪が吹き荒れる町で、リリス、アーシャ、ミリエラの三人は空からその町を見下ろしていた。
「ふふ…」
リリスが地上を指差し、その指から光が放たれた。
その光はリリスの指と共に大地を焦がしながら上へ動いていき、指が真上に向いた瞬間、その光が通った場所が爆発した。
「あはははははははは!たっのしー!!」
上を見上げ、口を大きく開き笑うリリス。地上にいる人々が悲鳴を上げる中、その様子をミリエラは退屈そうに見ていた。
(町を燃やす……国に対する脅しとしてはまぁまぁですね。だがしかし)
市民に被害を及ぼしながら、国の目線を自分に釘付けにする。そうすることで、国に緊張感を持たせる。ミリエラはリリスの行動の考えを、このように捉えていた。
だが、ミリエラはリリスの行動に何か裏があることを見抜いていた。
(まーるで誰かを誘き出そうとしてるみたい)
リリスは再び光を振るう。家は燃え、人は焦がれ、悲鳴が一層大きくなる。
その様子を見て、リリスは更に笑いながら指先の光を地上の町に向けて放つ。
(そうやりすぎちゃうのも、その誰かに罪悪感を抱かせて表に出すための行動……なんですかねぇ)
リリスはこの状況を本心で楽しんでいる。その心にほとんど嘘はないのだ。
だがその本心の中には、隠しの布で隠れている箇所があるのを、ミリエラは見逃さなかった。
(けどまぁ……退屈ですねぇ。反抗してくる人が一人でもいれば……)
あくびをしながら、ミリエラは逃げ惑う人々を観察する。
「ん?」
その中にただ一人、こちらを見つめている男がいた。
黒い軍服を着込み、その上に黒いコートを着けており、黒い帽子を被っている。若干尖った白髪の髪が見え、ミリエラのいる空中から見ても、まぁまぁ目立っている。
そしてその男の白い眼球がリリスを捉えると共に
「みーっけ」
リリスもまた、その男を捉えた。