「はぁ…」
フィーネが大の字で倒れていた。
受付嬢の仕事をしている時、あるお偉いさんの息子に出会うことがある。その息子にフィーネは「睨みつけられた」と、難癖をもらい、その連れに裏に連れてかれボコボコに殴られたのだ。
どの受付嬢にも対応は変わらないらしく、これが原因で仕事を辞めてしまった人もいる。
フィーネは自分の腕を見た。
「…我慢だ…我慢だぞフィーネ」
力、フィーネが持つ尋常じゃない力。だが、フィーネはその強力な力を他人に振ることを嫌っていた。たとえ、その対象が憎い存在だとしても。
そして、大体のことは力を振るわずに解決できていた。だから、拳を振るう必要はないと、フィーネは思っていた。
今の現状に不満を覚えることはあるが、フィーネはそれを我慢で隠していた。ただ、この我慢をすることはフィーネにとっては、とても気分が悪かった。
スクっと立ち上がり、大きく息を吸い、吐いた。その時には、いつものような元気のある顔に戻っていた。
「よーしっ!仕事に戻ろーっと!」
フィーネは自分に蓋をした。嫌なことがあれば、更に蓋を押さえ込み、溢れるのを防いでいた。
だが、そこから溢れる物は止まることはなく、お構い無しに増えていく。それでもフィーネは蓋を押さえ込んだ。
何度も
何度も
何度も蓋を押さえて
そして、遂に蓋は剥がれ、決壊した。
「………………」
目の前に、白い天井が見えた。
フィーネは起き上がろうとするが、少しでも身体を動かそうとすると、あの時喰らった電撃と同じ痛みが襲いかかり、まともに動くことはできなかった。
幸いにも顔と首は動かせたので、できる限り状況を知ろうと、フィーネは首を動かした。
見覚えのある家具、寝室から見えるベランダ、そして極め付けは棚に置いてある写真。
間違いなく、そこはフィーネの家だった。
(…あいつに連れてかれたのか…)
フィーネは今までしてきたことを思い出し、そんなことをして逃げていた自分に呆れていた。
「はは…」
散々育ててくれた人に迷惑をかけて、自分勝手に駄々を捏ねて、沢山の人を傷つけてきた。本当に馬鹿な奴だと、フィーネは自分を罵倒した。
片隅からドアが開く音がした。そこから現れたのは、フィーネを倒した男、ミシェルであった。
ミシェルは無言で机に向かい、手に置いてあった。
そしてミシェルは、ベッドで寝ているフィーネに声をかけた。
「やっと目が覚めましたね」
フィーネはミシェルの方に顔を向けた。戦っている時、闘争心剥き出しだったフィーネだが、今は既にその闘争心を引き出す気力すら出なかった。
「何か言ったらどうです?」
「…私って…バカだよな!」
「バカ…どこがです?」
フィーネは自分の顔を腕で隠しながら言った。
「今までやってきたこと思い出してみたら碌なもんじゃなかったわ。婆さんに迷惑かけてやることが喧嘩だぜ?しかも、あんたに負けて全部水の泡だ!こんなことなら大人しく捕まってたほうが良かったぜ!」
ミシェルは真顔でその様子を見ていた。
フィーネは今、自己嫌悪に陥っていた。過去に自分がやったことに対して後悔、それに加え、ミシェルに敗北したことで更に自分を見下している。
「ほーんと!ただの我儘野郎だわ私は!!」
だが、ミシェルはフィーネが言ったことに対して、少し違和感を持っていた。
フィーネの主張はただの強がりにしか見えなかったからだ。
「…どこがですか?」
「え?全部だよ全部…」
「どこがバカなんですか?」
ミシェルの一言で、フィーネの口の動きが止まった。
フィーネは、先程のような嘲笑の含んだ喋り方ではなく、少し落ち着いたような喋り方で話した。
「
腕をどかし、顔を露わにした。
怒りでもなく、悲しみでもない、ただただ失望した顔だった。
「正しさも、仲間も、信念も、何一つ手に入れられてない。元々持ってた強さも、お前に奪われた」
フィーネは無意識に、自分の手を握りしめていた。情けない自分に怒るかのように。
「そんな奴が…これ以上何を持ってるんだよ…」
「…じゃあ…」
「あなたが僕を"
「えっ…」
フィーネは言葉を失った。立て続けにミシェルは話した。
「確かにあなたの言ってることは合ってると思いますよ、我儘です。でも、ただ我儘な人間が、倒れ間際に啖呵を切ってくるとは思いませんよ?僕は」
「あれは…思いつきというか…その…」
「思いつきなら尚更ですよ。だってそれって、自分で思ったことを咄嗟に口にできたってことじゃないですか。」
確かに、フィーネは他人から見れば、我儘な人間だろう。だが、フィーネがただの我儘な人間なら、あの時倒れた際に、あの言葉が出るのだろうか?
ミシェルはフィーネの前に立ち、見下ろした。そこには、侮辱の意味ではなく、「待つ」という意味があることをフィーネは感じ取った。
「僕はあなたの理解者でもありません。親友でもありません。だから、あなたを慰めるつもりはないです。でも、あなたがあの時言った言葉が嘘だとは僕は到底思えない」
ミシェルは、フィーネに手を差し伸べた。
「超えたいなら、超えてきてください。あなたが僕を見下せるぐらいに。僕はあなたのことは気にしないので、先に進みますけど」
何故だろうか、イラつく口調なのには変わりない。だが、フィーネにはこの言葉が期待しているかのような意味合いに感じた。本人にその気が無くても、自分を鼓舞しているかのように感じた。
フィーネはミシェルの顔を見た。大人とは思えない子供の顔、だが、そこにはミシェルの持つ確固たる信念が見えた。
ミシェルの手は、小さいが完成された形だった。その手が、今フィーネに対して差し伸べられている。
フィーネは自分に再び問答した。
また、自分に蓋をするのか?自分に嘘をつくのか?
このまま、自分の信念を捨てるのか?
フィーネは即答した。
そんなの…
そんなの…
そんなの…
絶対に…嫌だ!!
ミシェルは驚いていた。それと同時に安堵した。
フィーネが手を握ってくれたことへの安心、そしてその握る強さがかなり強かったこと。少し痛みがあったが、ついさっきまでの無気力なフィーネとは大違いだった。
「やっぱりバカだ…本当にバカだ…」
「ウジウジして、未だ自分が持ってる信念に気づいてなかったんだからな…!」
フィーネの顔は、既に生気に満ち溢れ、口角が上がっていた。
「超えてやるよ!てめーのそのイラつく口調が止まるくらいに!てっぺん突き抜ける勢いで超えてやる!!」
フィーネは、勢い良くベッドから身体を起こした。
ビリッ
「……」
「あっ…」
勢いのあった起床がぴたりと止まった。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
まだ、夜で暗かった村に、一人の元気な悲鳴が鳴り響いたのだった。