「困ったな…」
ミシェルは現在、王宮付近の冒険者達に歯車についての情報を聞いてた。だが、ミシェルの表情はあまりよろしくなかった。
結論から言うと、情報集めは難航していた。
都心に近い人間なら、歯車に関するいい情報があるかもしれないとミシェルは思っていた。だが、現実はそう甘くなく、想像を超えるような情報は一切現れなかったのだ。
「いや、まだほんの一部の冒険者に聞いただけだ。別の場所でも聞いてみよう…」
歩き出そうとしたミシェルだが、ふと気づく。
既に太陽が沈んでいた。ついさっきまで来たばかりのような感覚だったが、実際にはもう何時間も経っていた。ミシェルは一度区切りをつけ、近くの宿で一夜を過ごそうと歩き出した。
(どんなことだって歯車を見つける為の一歩…無駄にはならないはずだ)
小さい頃に見た小さな歯車。ミシェルはその歯車に目を奪われ、手に入れたいと思った。あの時の心の奥底の昂りは何日経っても忘れられないものだ。
だから、手に入れる為にミシェルは動いた。家を出て、力を身につけた。その経験は無駄にはならない。
その行動を、その衝撃を忘れずに、ミシェルは宿に向かって行った。
そして、ミシェルから少し離れた場所には黒い人影があった。アーシャである。
「うぅ〜…出るタイミング逃しちゃったかな?」
アーシャは影に入りながら、情報を集めているミシェルをずっと監視していた。アーシャはこういった事は慣れているらしく、カーテンから少し見える黒い瞳でミシェルを見ていたのだ。
突然、アーシャの影から黒い腕が生えてきた。だがアーシャはそれを知っていたかのように振り返った。
「あっ…エイリ…どうしたの?」
エイリと呼ばれた腕はアーシャに、抱きつく仕草をした。アーシャは最初はピンとこなかったが、エイリがジェスチャーをもう一度繰り返すと、アーシャはエイリの伝えたいことがわかった。
「で、できるかなぁ…やったことないし…」
エイリは腕をグッとして、「できる!」と言いたそうな表現をする。
「わかった…やってみる…!」
アーシャは、再度影に潜った。そして、そこから数時間が経った後、ミシェルが入った宿の電気が消え、ミシェルもそれと同時にベッドに入り眠りについた。
ミシェルが眠った後、部屋が暗くなった。いや、この都心全体が暗くなっていた。
しかし、それを眠っているミシェルは気づかなかった。そして、ベッドから人の腕が生えてきた。女性と思われる肌が綺麗な人の腕が。そのまま腕はミシェルをそっと抱いた。強引にではなく、子供を扱うかのように優しい抱擁だ。
ミシェルは眠っていながらも、少し違和感を感じた。だが、ミシェルが目覚めるより先に、
ズルっと、腕がミシェルを影へ引き込んだ。
ミシェルは、どこかを掴もうとしたが、どこにも掠らずにそのまま影へ落ちていった。そして、一瞬その腕の主と思われる人物の顔が見えた。
綺麗な小顔、黒い瞳、そして
優しい微笑みが
影に引き込まれたミシェルは、硬い何かの上に落ち、背中に強い衝撃が走った。
「いっ…」
ミシェルはすぐさま立ち上がり、どこまでも続く黒い空間のその先を見つめた。
そこから現れたのは、あの路地裏で出会った黒髪の女性、そして、影に引き込まれた際に一瞬見えた顔と同じ人物であった。
「わ、私はアーシャ・ミリエッタです。ええっとその、別にあなたをどうこうしようとしてるわけじゃないんです。ちょっと話しをしたくて…ですから回答次第ではすぐに解放します……しますからぁ…」
「…一旦その武器、しまって欲しいですぅ…」
ミシェルは右手に斬波の剣、左手には雷鳴剣を既に持っていた。雷鳴剣の電気の音が鳴るごとに、アーシャの身が震えるのを見る限り、雷鳴剣の雷撃がよほど怖いようだ。
ミシェルにとっては、そのまま雷撃を放ってもいいが、アーシャが話をしたがっている事はわかっていた。
なので、ミシェルは両手の武器を地面に置き、アーシャの要望に応えた。
「…で、なんですか話って」
アーシャは、不機嫌そうなミシェルに怖がりながらも、震える口を必死に動かした。
「そ、その…」
言葉が詰まり、一瞬何もない時間が生まれてしまう。アーシャは、その人見知りで怖がりな口を決死の思いで、もう一度開いた。
「歯車を諦めてくれませんか!!」
大きい声で放たれたアーシャの言葉、早口で言われた為、普通の人なら一度で聞き取るのは少し難しい。
しかし、ミシェルにはくっきり聞こえた。
歯車を諦めろと。
アーシャはミシェルを見つめる。暗い空間でミシェルの顔はよく見えなかった。だが、全体的に見ると何やら身体が震えていた。ギリギリと手を握りしめている音も聞こえた。
アーシャにとって、ミシェルは少し怖かった。
「大丈夫ですよ…だ、だって、人生色々あるし…そもそも、歯車如きにそんなにま、真面目にならなくても…」
「ふざけるなよ」
何気ないアーシャの一言には悪意はなかった。だが、ミシェルはその一言で、完全に感情が抑えられなくなった
いつもの落ち着いた口調ではなく、どこか震えている、怒りを感じる声。
「僕は決めたんだ…歯車を手に入れるって」
ミシェルにとって歯車は、人生そのものだ。それを諦めろと突きつける事は、ミシェルのこれまでの行動を踏み躙る行為と同然だった。
「それをあなたなんかに…迷惑しかかけられないあなたなんかの為に…僕の目的を消させてたまるか…!」
その言葉を節に、アーシャの口の震えが止まった。
彼女にとっては聞き慣れた言葉であると、同時に聞きたくなかった言葉。
でも、何故か怒れなかった。彼女とっての主がいる事で、感情を自重できたのかもしれない。
回答は拒否だった。
リリス様は断られたら半殺しでって言ってたけど…
リリス様が出会ってたらどの道殺されてたんだし…変わらないよね
「ごめんなさい…時間の無駄でしたね」
「じゃあ、もういいです」
今のアーシャにあるのは、
だから、アーシャは怖がらずに純粋な殺意をミシェルに向けた。
空間が割れる。それと同時に破けるような音が鳴り始める。ミシェルは危険を察し、防御体制を取る。
そして、空間が破れたと同時に、先程ミシェルがいた宿は粉々となった。
ミシェルは受け身を取り、地面に着地する。
煙が晴れると、宿だった場所にはアーシャと、路地裏で召喚された精霊。いや、それよりも更に巨大に、強靭になっている。
アーシャはその精霊の肩に乗り、ミシェルに冷徹に言い放つ。
「今ここで、殺してあげます」
ミシェルは、生成した二つの剣を引き寄せ、真剣な表情で構える。
「今ここで…あなたに殺されるわけにはいかない」
影が一瞬でミシェルとの距離を詰め、拳を振り下ろす。ミシェルはそれを避け、影の巨大になった腕を辿り、肩に座るアーシャの向かって刃を振り下ろそうとする。
が、アーシャが突然落ちたことにより、その刃は当たらなかった。アーシャが落ちた先にはまたもや影があった。それは先程の人型ではなく、砂のような影が束になったようなものだった。その影がアーシャを受け止め、風のようにミシェルとは正反対の方向に進んでいき、数メートル進んだ後にぐるっと方向転換し、ミシェルの方向へ速度を上げて進んでいく。
ミシェルは、受け止める構えを取ろうと足を動かそうとした、だが…
「っ!」
何かに足が引っ張られ、バランスを崩した。見ると、そこには影に沈んでいた足。アーシャが飛ぶ寸前に仕掛けたものだった。
「しまっ」
飛行してきた影に衝突する。ミシェルは振り払おうと足掻くが、衝突した身体も影に掴まれ身動きが取れない。そのまま速度を上げ、住宅の壁目掛けて進んでいき。
そのままミシェルごと衝突した。
つら重なった住宅が大きな音を立てながら破壊されていく。
音が止み、煙が晴れる。そこには破壊された数多の住宅だった物。そこからは住んでいると思われる人の悲鳴がいくつか聞こえた。
ミシェルも無事ではなかった。身体中が傷だらけになり、至る所で血が流れている。だが、そこに共に衝突したアーシャの姿はなかった。衝突すると同時に影に潜ったとしか考えられない。
間髪入れずに人型の影が追撃を仕掛けていく。振り下ろされた右腕がミシェルに飛びかかる。ミシェルは横に避けるが、影の空いた左腕がミシェルのいる方向に急に伸びた。ミシェルは避けようとするが既に遅く、掴まれてしまう。
そのまま影は左腕を振り上げ、そのまま地面に叩きつけた。何度も繰り返す激しい音が鳴り続ける。叩きつけられる毎にミシェルの血が辺りに飛び散る。
衝突音が止み、ミシェルは意識を失いかけていた。力を入れても影に更に強い力で押さえつけられてしまう。
影は左腕を縮め、ミシェルを近づける。
「いいよ」
いつの間にか影の肩に乗っていたアーシャが命令すると、影は左腕の力を強める。ミシェルの身体からミシミシと音が鳴る。ミシェルの身体に激痛が走り、意識が途切れ始める。ミシェルの抵抗も虚しく、激痛が止むことはなかった。
そのままミシェルが意識を失いそうになったその時、
ミシェルを掴んでいた影の左腕が切り離された。
離れた腕は消え去り、ミシェルはそのまま地面に落ちる。アーシャは突然の状況を飲み込めず、気配を感じた左へ顔を向けた。
そこには、路地裏で出会った金髪の男性、パルク・メーティスがいた。
「ギリギリセーフってか!!」
パルクは槍を構え、矛先をアーシャに向ける。
アーシャは、邪魔されたことで不快な気持ちが出ていた。それに加え、パルクの得意げな顔が更に不快な気持ちを加速させた。
「…はぁ…面倒が増えちゃった」
同時刻、より暗くなった都心を歩いていた女性がいた。そして轟音が鳴った瞬間、音が鳴った方向を向いた。
「…今のって…やっと見つけたァ!!」
すかさず、女性は猛スピードで走り始めた。
「待ってろよ!ミシェル!!」
そのまま女性は音の発信源へスピードを緩めることなく向かっていった。
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