塚内空はヒーローになれない   作:RAP

10 / 76
EP.10 「アイドルヒーロー」

 

【アイドル】《idol》

 偶像、あこがれや崇拝の対象。

 転じて、キャラクター性を魅力とする芸能人。

 

 

 * * *

 

 

「あの運命の日の恩人と、感動の再会! 時を超えて初めて伝わるその想いとは――」

 

 羽根山家の居間で、和歩はぼんやりとテレビドラマを眺めていた。

 大画面の中、男女の俳優が抱きしめあっている。

 

 感動的な光景ではあるが、これと同じものを沢山の人達が見ているんだな、と感じた。

 同時に、和歩は画面の向こう側に興味を持った。

 

「お母さん。テレビに出る人って、どうやってなるの?」

 

 台所で洗い物をしていた母親は、娘が自分のエプロンを掴んでいる事に気がついた。

 

「テレビに……? ああ、有名人ってことね? ヒーローとか、芸能人とか」

「……どっちがカンタン?」

 

 和歩は、なんとなく質問してみた。

 

「そうねえ……きっとどっちもカンタンじゃないけど、好きな方を頑張ってみようか」

 

 難易度の高さを知っている母親は、優しく誘導を試みた。

 

「困ってる人のところに行って助けたりするのと、歌ったり踊ったりして人に楽しくなってもらうのと、和歩ちゃんはどっちがやりたい?」

「……」

 

 少し前までの和歩なら、歌ったり踊ったりすることを選んでいた。

 

 川に落ちそうになった時に(そら)に助けられて、心の底から安堵したことを思い出した。

 自分を助けながら、さらに別の人を道案内で助けていた(そら)の姿は格好良かった。

 悔しいけど、落ちた自分を助けてくれたコーイチも格好良かった。

 

「両方! 歌ったり踊ったりするヒーロー!」

「あらあら。じゃあ、アイドルヒーローね」

 

 母親は、愛しい娘に微笑んだ。

 

 

 * * *

 

 

 鳴羽田(なるはた)功夫(クンフー)道場。

 

 砂鉄の詰まった袋が、高さを調整された台に置かれている。

 私はその袋に、色々なものを何度も何度も放り投げていく。

 

 手の甲。手の平。手刀。五本の指先。曲げた手首。伸ばした腕。 

 

 手で叩く、のではなく放り投げる。

 手を放り投げると、結果として『叩く』という呼称の動作になる。

 

 力は篭めてない。筋トレではないから。

 むしろ逆で、脱力している。でも脱力という言葉も正確ではない。

 力を入れるべきところに入れて、力を抜く所は抜く。 

 日本語では抜力(ばつりょく)、中国語では放鬆(ファンソン)というらしい。

 

 散々叩いた袋を、今度は上に放り投げる。

 右手で掴むようにキャッチして、放り投げる。

 今度は左手で掴むようにキャッチして、放り投げる。

 

 お手玉というかジャグリングというか。

 砂鉄が詰まった袋なので、ジャグリングにしては重い。

 

 受付のお姉さんが、受付席から凄く優しい瞳で私を見てくれている。

 ……生温かい眼差しというか、ドン引きの目に見えなくもない。

 

 でもこれ、結構疲れる。

 身体の使い方が悪いのかな?

 

 お兄ちゃんは、下半身で生まれた力を上半身から伝えた方が合理的だと言っていた。

 

 そもそも私達は二本足で立っていて、立っているから地面が押し返してくる。

 人体というか、骨と筋肉は地面からの力を螺旋状に上に伝えている気がする。

 私達には足が二本あるから、二つの螺旋の力が腰で合流して背骨に伝っている。

 表現しにくいんだけど、背骨の脊髄反射が散らばって流れが分散している気がする。

 

 ん? ……あ、もしかして。

 背骨で合流した力を、背中、肩、腕、手と流していけば疲れなくなる?

 

 とりあえず試してみたら、砂鉄袋をより深く掴めて、より高く放り上げられるようになった。

 ジャグリングってこんな感じなのかな?

 

 

 * * *

 

 

白爺(しろじ)、エエんか? 数段階すっ飛ばして上にいっちまいそうな雰囲気だが」

白爺(しろじ)、あの子くれ。わしの弟子にする」

白爺(しろじ)翻浪勁(ほんろうけい)を仕込もう。翻子拳と形意拳を教えよう」

白爺(しろじ)、八極拳じゃ! 八極拳の全てをあの子に伝えるんじゃ!」

「うるっさいわお前等! 散らんか!」

 

 鉄砂掌と呼ばれる鍛錬が終わり、一息つく。

 呆れ顔の師父(シーフー)が、雲南白薬(打ち身に効果のある薬)のスプレーを渡してくれた。

 私は手や腕に、念入りにスプレーをする。

 

寸勁(すんけい)化勁(かけい)を少しずつ進めていこうかのう」

 

 私の手や腕が怪我していないか、師父(シーフー)が触診しながら告げる。 

 

「寸勁って、よく聞きます。なんかこう、どーんって吹き飛ぶやつですよね?」

 

 私が質問すると、師父(シーフー)は鼻で笑うような態度をとる。

 

「距離による打ち方の違いにすぎん」

 

 師父(シーフー)はそう言って、右腕を水平に伸ばす。

 

「例えば相手との距離が肩から拳先まで離れちょるのなら、一腕の打ち方」

 

 右肘を曲げる。

 

「肘から拳先までの距離なら、一肘の打ち方」

 

 手の平を握って、グーの形にする。

 

「手首から拳先までの距離なら、一拳の打ち方」

 

 人差し指だけを伸ばして、私の胸の上に置く。

 

「寸の距離の打ち方なら寸勁というだけじゃ。つまり……」

 

 師父(シーフー)は腕を振りかぶったりしていない。

 伸ばした人差し指で、私の身体を押したりもしていない。

 

 師父(シーフー)に人差し指で触れられていただけだったのに、私は1メートル以上、後ろに弾け飛んだ。

 いつの間にか私の後ろにいた白鶴拳のお婆さんが、私を受け止めてくれた。

 

「零距離なら、零勁となる。沖縄空手では当破(アティファ)。合気では触れ合気と呼ばれとる。ゆーちゅーぶとか言ったか、動画であがっとる。末端の移動量ゼロで、威力だけを相手の中に伝える技じゃ」

「ほわぁ……なんか凄い……」

 

 まるで魔法だった。

 よくわからないうちに、私は吹き飛ばされた。

 

「吹き飛ばすのは、手加減じゃの。力の向きを外に逃がしてやった結果として吹き飛ぶ」

「力を外に逃がさないと、どうなるんですか?」

 

 師父(シーフー)はニッコリ笑って、こう言った。

 

「運が悪いと死ぬ程度じゃの」

「ひえっ」

「一拳の距離で一肘の打ち方をすると浸透勁となり、力が逃げずにとどまる。浸透勁を人間相手に練習する時は、必ず相手に防具をつけさせなさい」

「は、はい」

 

 私を受け止めていたお婆さんが、笑顔で教えてくれる。

 

「例えば相手が手で攻撃してきたとするでしょ? 相手の攻撃を寸勁で(はじ)きながら、相手の内に入り込むの。そうすれば相手の腕は壊れるし、こっちは内に入ってやりたい放題。攻防の中に寸勁を組み込むのが本来の用途なの」

 

 八極拳のお爺さんが、ガハハと笑う。

 

「相手に触れた瞬間に崩しを入れるじゃろ? 打つじゃろ? 相手は崩されとるから、身体に力を入れて耐えることすらできんじゃろ? 格ゲー風に言えばガード不可というやつじゃな!」

「あー、必殺技というやつですか」

 

 私がそう言うと、師父(シーフー)はにんまりと笑った。

 

「必ず殺す技と書いて必殺技というのなら、全てが必殺技じゃよ」

 

 

 * * *

 

 

 和歩ちゃんがステージ衣装を作ったというから、和歩ちゃんの家に遊びに行った。

 私を待っていたのは、スク水の上にスカートを履いた和歩ちゃんが、コウモリの羽根に蝶ネクタイをつけた姿。

 100円ショップのパーティーグッズで着飾って、目の(ふち)を黒く塗っている。

 

 その姿は、まさしくポップ☆ステップ。

 具体的には、過去回想に出てくる初期型バージョンだ。

 

 私が部屋に入るなり、ベッドの上に立った和歩ちゃんが、ずびしと指をさしてくる。

 

「コーイチがヒーローとして独立したら、あたしがサイドキックで、空ちゃんが経営でサポート。空ちゃんはあたしにそう言った」

「……う、うん。言った」

 

 ぴょい。

 和歩ちゃんが、私の前に跳躍で飛び降りる。

 

「あのね、空ちゃん。空ちゃんは、もう諦めちゃったの?」

「諦めたって、なにを?」

「ヒーローへの道」

「えっ?」 

 

 和歩ちゃんは、私の顔をじーっと見つめてくる。

 

「ジェントルさん達にそうしたみたく、空ちゃんはプロデューサー的立ち位置に回ろうとしてる」

「う、うん。というか和歩ちゃん、アイドルを目指してたんじゃないの?」

 

 そもそも、和歩ちゃんのステージ衣装を見に来たつもりだったのだ。

 YouTube事業を通して、和歩ちゃんにはアイドルになってもらうつもりだった。

 

「そだよ。ゲリラライブとかいいなって思ってたし」

「げ、ゲリラライブは駄目だよ。すぐに警察が来ちゃう」

「うーん。そういう難しいのは、プロデューサー兼マネージャー兼雑用の空ちゃんに任せます」

「あっはい」

 

 マネージャー業務と雑用(AD)がオマケについてきた。

 

「コーイチがなれてるんだから、空ちゃんだってヒーローになれるはず」

「航一さんと和歩ちゃんの仲を邪魔するつもりはないんだけど」

「あんたねぇ……」

 

 なんか、すごく残念な子を見る目で見られた。

 

「コーイチのことはこの際どうでもいいの!」

 

 箱推しなんですけど。

 でも和歩ちゃんは、ずずいと私に顔を近づけてくる。

 

「ねえ、空ちゃん」

「はい」

「私はヒーローになれないって顔してる」

 

 えっ?

 だって、私はサー・ナイトアイのお墨付きで――

 

「あたしがヒーロー科に入ることで、あたしだって歌って踊れるアイドルヒーローになれるって証明してみせる。コーイチもあたしもヒーローになれたのなら、空ちゃんだって絶対に、ぜーったいに、ヒーローになれるはず!」

 

 がしっ、と両肩を掴まれた。

 和歩ちゃんの吐息が感じられるぐらい、彼女の顔が目の前にある。

 

「あたしが応援する、だから諦めないで!」

「……記念受験にしかならないと思うけど」

「諦めないで空ちゃん、あたしもあたしに言うから!」 

 

 和歩ちゃんが、私を抱きしめる。

 私の耳元で、CV:長谷川育美が甘く囁いた。

 

「『あなたはステキ』『とってもデキる子』って」

 

 ぞわわっ。

 背筋に走るものがあった。 

 

「あたしも色々調べてみたんだよ。『keep off』『keep on』って英語が、日本語の『希望』に聞こえるとか」

 

 ……私はヒーローに、なりたい?

 

「救難信号のメーデーが日本語の『(めい)で』に聞こえるとか」

 

 それとも、ヒーローになれない?

 

「空ちゃんの『月下往来』は結果オーライってことなんでしょ?」

 

 そもそもヒーローという選択肢すら無かった。

 

「空ちゃんは希望(keep off)希望(keep on)大丈夫(All Right)!」

 

 立ち入り禁止(keep off)続ける(keep on)往来(All Right)

 

 和歩ちゃんが近すぎてドキドキするので、一旦身体を離す。

 女性同士といえど、スク水ベースのポップ☆ステップとのハグは変な気分になる。

 

「待って和歩ちゃん、なんの話?」

「えっ? 歌詞だけど。一緒に作詞したら、空ちゃん作曲お願い」

 

 作詞協力と作曲と編曲が私の仕事に加わった。

 和歩ちゃんは色々な単語、思いついた歌詞の一部をメモした紙を持ってくる。

 

「あたしのこと、空ちゃんのこと、コーイチのこと、ジェントルさん達のこと、みんなのこと。全部入れちゃおう」

「歌のタイトルは?」

「けっかおーらい」

 

 あー、そうくるのね、と私はぼんやり考えた。

 家に帰ったらDTMソフト買わないとなぁ、使い方わかるかなぁ、と遠い目をした。

 なおDTMソフトは、鼻歌入力とかAI編曲等のサポートが充実してて全然大丈夫でした。

 

 和歩ちゃんの持ち歌『けっかおーらい』は、こうしてこの世に生まれたのでした。

 

 

 * * *

 

 

 ヒーローになりたい?

 ヒーローになれない?

 

 ヒーローに、なってはいけない。

 ヒーローに、なる資格が無い。

 

 自分がヒーローになっているビジョンが見えないから、私はヒーローになれない。

 

 

 * * *

 

 

 それから、月日はあっという間に過ぎ去り。

 私は小学六年生、和歩ちゃんは中学一年生、航一さんは19歳になった。

 

 これがどういうことかというと。

 『僕のヒーローアカデミア』の前日譚である『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミア ILLEGALS』の時間軸に到達したことになります。

 つまり、個性因子誘発物質を含む弱個性改善薬「トリガー」との戦いがはじまるわけで。

 

 私がモブであろうとしても、世界がそれを認めない。

 あるいは、神様(ジャンプ(プラス)編集部?)がそれを許してくれない。

 

 でも、航一さんは(実力はともかく)既にザ・スカイクロウラーになってるし。

 和歩ちゃんはアイドルとヒーローの二兎を追うとか言ってるし。

 活動拠点を鳴羽田に移したジェントルとラブラバは元気にヴィジランテやってるし。

 サー・ナイトアイはオールマイトのサイドキックとして頑張ってるし。

 

 アメリカのお天気キャスターことメリルさんは「ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでハリケーンを引き起こす」と、バタフライエフェクトのことを話していたけれど。

 最初にテキサスでハリケーンが発生した場合、ブラジルでは何が起こるんでしょうか。

 

 ……だったらもう、助走をつけてぶん殴りに行った方が早い気がする。

 珠緒ちゃんRTAとかできそうで怖い。

 

 けっけっかおーらい!

 

 




寸勁の動画はそこら中に転がっていますが、零勁は「合気技法からみた中国武術 #008 合気の応用としての発勁」で検索をかけると見られます。フィクションではなく現実の技です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。