【スタンダール】《Stendhal》
[1783~1842]フランスの小説家、マリー=アンリ=ベールのペンネーム。
社会批判と心理描写にすぐれ、近代リアリズム小説の先駆者とされる。
小説「赤と黒」「パルムの僧院」、評論「恋愛論」など。
* * *
『珠緒ちゃんRTA(個性無使用、門限を守る、父娘決着トロフィー取得)』はしたものの、街中にばら撒かれた弱個性改善薬こと『トリガー』が消えてなくなるわけではない。
当然だけど、国内無認可のヤバいやつ。
なのに『指定薬物ではない』からって、微罪処分として簡単に釈放されてしまう。
……ちょっとおかしいと思う。
被害者はガン無視ってこと?
赤ちゃんとか私とか、普通に死にかけたんですけど。
ハンバーグの種を作り終えた後になんとなくテレビをつけたら、夕方のニュース番組で丁度その事を話していた。
深刻な表情のニュースキャスターが、スタジオで記事を読み上げている。
「――鳴羽田で発生した、薬物使用によるとみられる暴走事故と、容疑者の死亡に関するニュースです。
VTR映像に切り替わる。
規制線が張られた路地裏、破壊されたコンクリート壁、ブルーシートで覆われた一角。
次いで、
『岩甲明 容疑者(25) 傷害・器物損壊罪で執行猶予中』と、テロップが表示されている。
「調べによりますと、暴走の通報を受け警邏が現場に到着する直前、岩甲容疑者は何者かの襲撃を受けており、その場で死亡が確認されました。警察関係者によりますと、岩甲容疑者の遺体には鋭利な刃物のようなもので付けられた
リモコンでさっくりテレビを消した。
さらに言うなら、
……まあ、
原作の航一さんは一人暮らしの大学生だったこともあって、夜の外出も自在だった。
原作のポップちゃんというか、羽根山家は放任主義すぎて心配になる。
私に門限があるから付き合ってくれてるけど、和歩ちゃんは平然と夜間外出しちゃうタイプ。
夜の鳴羽田で美少女が一人で出歩くのは危険が危なくて危険です(語彙消失)。
だからスタンダールは、多分、月夜の晩にナックルダスターとエンカウントして……。
あれっ?
今、ナックルダスターは家族のために休業状態だから、原作のような出会いが発生しない?
犯して殺すマン(
航一さんは、日中頑張ってお仕事してるから夜の巡回はしてない。
だとすると、廃墟の洗面所で割れた鏡に向かって鼻を削ぐスタンダールがいない?
『……今の俺には足りないものが……多すぎる』
『情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ!』
『そして何よりも――術理が足りない!』
前世のスタンダール物真似お兄ちゃん、ちょっと黙ってて。
スタンダールが日本刀を棒術的に扱っている話は、耳にタコが出来たから。
因果律的な何かで、スタンダールはステインになるのかな?
だってステインがいないと、本編時間軸で
……あれー、どうなんだろ。
なんだかもう、わかんなくなってきた。
私はため息を一つついて立ち上がり、真さんの部屋に向かった。
真さんの部屋にそこそこ書籍がある関係で(流石に前世のお兄ちゃんほどではない)、いつ入っても良い許可は貰っている。
本棚の中、
アニメ版のヴィジランテだと、中身の数ページ分が真面目に書かれているので、前世では一時停止して思わず読んでしまった記憶がある。
ほんの数秒しか出番の無い、ページをめくる場面のためだけに書かれた本の中身に感心したのだけれど、今世ではその実物が目の前にある。
なんだか変な気分だ。
私は思わず苦笑してから、『ヒーロー社会学概論』を手に取ってパラパラめくった。
叔母の真さんは、今でこそ
そこで発表した論文『
でも航一さんが大学にいないから、真さんはどうなるんだろう。
ジェントルのところに、突撃取材に行ったりして。
……もしかして、そろそろキャプテン・セレブリティが来日してくる?
私は『ヒーロー社会学概論』を片手に、自室に戻った。
パソコンの電源を入れ、モニタとキーボードに向かい合う。
なんとなくiCloudメモを起動して、思いついたことをだらだら書き連ねていった。
* * *
「たっだいま~」
いつもなら元気に返ってくる姪の返事が、聞こえない。
家の中の電気はついているから、在宅だろう。
塚内真は、空の部屋の扉がかすかに開いていることに気がついた。
そっと近づいて、ちらりと室内を覗いてみる。
キーボードをモニタの前に押しのけ、大きなパソコンデスクに突っ伏すようにして、空が寝息を立てていた。
見れば、デスクの端に『ヒーロー社会学概論』が置かれている。
「そーらちゃん」
声をかけながら、静かに室内に侵入する。
帰りの遅い父を待っている間に、お腹がすいて眠ってしまったのだろうか。
兄を無視して、姪だけでも夕飯を食べてしまえばいいのに。
そう思いながら、真は床に落ちていたブランケット――恐らく膝にかけていたが、寝ているうちにずり落ちてしまったのだろう――を手に取り、軽く埃を払ってから姪の肩にかけてあげた。
空の肩にかかったブランケットがマウスを押しのけた関係で、パソコンのスリープモードが解除され、二枚のモニタの電源が入った。
姪の空が書いていた文章がモニタに映し出されたので、真は興味本位で覗いた。
* * *
【超常社会における「治安の産業化」と構造的矛盾について】
参考資料:『ヒーロー社会学概論』 著・新野猛安
1. はじめに:飽和するヒーローと放置される環境
現代社会は「ヒーロー飽和社会」と定義される。しかし、この定義には重大なパラドックスが含まれている。
供給(ヒーロー)が過剰であるならば、需要(犯罪や事故、環境問題)は限りなくゼロに近づくはずである。
しかし現実には「多古場海浜公園の不法投棄問題」に見られるような、明らかな環境悪化や軽犯罪の温床が、行政およびプロヒーロー双方から長年黙殺され続けた事例が存在する。
なぜ正義のプロフェッショナルたちが「目の前のゴミ」を無視し、結果としてヴィランの発生を許容しているのか。
そのメカニズムを「経済的インセンティブ」と「治安のマッチポンプ仮説」から考察する。
2. ヒーロービルボードチャートの弊害と「割れ窓理論」
プロヒーロー制度は、基本的に歩合制と人気投票(ビルボードチャート)によって支えられている。
・高エンタメ性案件への偏重: 派手な個性によるヴィラン制圧はメディア露出が高く、ランキング向上に直結する。
・地味な社会奉仕の敬遠: ゴミ拾いや巡回といった「予防活動」は、サイドキックの業務またはボランティアと見なされ、プロとしての評価(=報酬)に反映されにくい。
この経済原理により、ヒーローは「事件が起きてから対処する」という対症療法的な行動を優先するようになる。
犯罪学における「割れ窓理論(Broken Windows Theory)」に基づけば、海浜公園のような環境悪化を放置することは地域住民のモラル低下とヴィラン発生を誘発する。
だが、皮肉にも「ヴィランが発生してくれた方がヒーローは稼げる」という構造が出来上がってしまっている。
3. 司法の空洞化と「平和の象徴」へのフリーライド
個性の強力化に伴い、ヴィランによる被害規模は拡大しているが、再犯率は依然として高い水準にある。
これには以下の要因が考えられる。
・「更生」という名のコストカット: 個性持ちに対応した収監施設(タルタロス等)の維持費は莫大である。軽〜中犯罪者に関しては、法的な厳罰化よりも早期の社会復帰(釈放)が優先される傾向にある。
・オールマイト依存症(All Might Dependency): 「彼がいるから大丈夫だ」という社会全体の強烈なバイアスが、本来必要な司法制度の厳格化や、根本的な犯罪者ケアの拡充を遅らせている。
社会は「絶対的な抑止力」にタダ乗り(フリーライド)し、本来払うべき治安維持コストを支払っていないと言える。
4.構造的マッチポンプ説の検証
ヒーロー業界の利益のために、意図的にヴィランを野放しにするマッチポンプは考えにくい。
社会学的な観点からは、「システム全体の構造欠陥(Systemic Failure)」と結論付けるのが妥当である。
ヴィランがいなくなれば、ヒーロー産業は崩壊する。
社会構造自体が「適度な頻度でヴィランが発生し、適度な難易度で制圧され、適度な期間で再犯する」サイクルを無意識に保存しようとする力学が働いている。
ヒーローという職業が「正義」であると同時に、「悪の存在を前提としたビジネスモデル」であることを認識し、その矛盾と向き合う必要がある。
多古場海浜公園の事例を参考に、「金にならない正義」と「商業化されたヒロイズム」の境界線について、・¥12...
* * *
塚内真は、モニタ画面を思わず二度見した。
……しょうがくろくねんせい?
最後の行の文末は、寝落ちした姪の右手がキーボードからずり落ちたせいだろう。
それはそれとして、もう一度全文読み直した。
アメリカなら、姪は飛び級で大学を卒業しているはず。
そもそも小学生で司法試験に合格している時点で、何もかもがおかしい。
「私の代わりに論文を書くバイトに興味は?」
塚内真は、熟睡している姪に禁断の言葉をかけた。
返事は「ハンバーグ」という寝言だった。
* * *
ポップ☆ステップに握手を願う為にトリガーを打とうとした鰻沢
だから和歩ちゃんや私が小麦粉まみれになるようなことは無かった。
疾風怒濤三兄弟は、ジェントルが華麗に捕まえてくれた。
ジェントリー・リバウンドで三人まとめて一発だった。
ただ、原作と違ってトリガーを打った疾風怒濤三兄弟だったので、最初から覚醒状態だったのが問題だった。初手から『ハイパートルネード脱衣』をされて、パンツスーツ姿の私の下着すら抜き取られてしまった。
当然だけど私はガチギレした。
原作ではギャグ気味に流されていたけれど、刑事告訴と民事訴訟の両面で追い詰めてあげた。
向こうの弁護士は「迷惑防止条例違反(痴漢)」や「窃盗」に落とし込もうとした。
でも私が訴訟側のサポートについている以上、そういう小技は不可能。
刑事では不同意わいせつ罪、強盗罪、個性行使規制法違反(※原作準拠の法律。公道での個性使用禁止)に仕立てあげた。
執行猶予無しの有期懲役刑として、タルタロスに叩き込んであげた感じ。
民事では共同不法行為責任(民法719条)として、痴漢事案の相場を大幅に超える慰謝料を請求してさしあげた。
個性『コウモリ』の
原作通りに空を飛んで逃げようとしたところを、ザ・スカイクロウラーがさっくり確保。
メンドクサイ・オブ・ザ・イヤーこと
彼にしか見えないスタンダールと戦った結果だと思うけど、
ちょっと手遅れな感じの麻薬中毒患者だったし。
* * *
キャプテン・セレブリティことクリストファー・スカイラインが来日する関係で、真さんが多忙になった。
スタンダールがステインにならず、断罪マンとして活動している関係でお父さんも忙しい。
つまり塚内家に、門限を無視して夜間に出かける事が可能な隙が発生してしまった。
相手の要求である『直接会ってから決める』を叶えるには、今しかなかった。
私はいつものスーツ姿で、指定場所に向かった。
電話で連絡を入れるたびに、あちらへ行け、こちらへ行け、1分待て、あっちへ行け。
人工音声が、淡々と私の案内をしてくれる。
散々ぐるぐる回らされた後、辺鄙なビルへと誘導された。
恐らくは、面接のためだけに用意された特別な場所だ。
相手が誰であろうと、やることは変わらないのだろう。
奥の奥、簡単には逃げられない場所、私を消そうと思えば消せる部屋がゴール地点だった。
誰も居なかったビルの最奥で、彼は待っていた。
沢山の携帯電話を並べた机の後ろで、椅子に座っている。
灰色の短髪にグラサン、無精髭に欠けた前歯。
派手なシャツ、よれよれのスーツ姿。
片手に携帯電話、片手に拳銃、口には
ブローカー・
彼は片手の拳銃を口元に近づけると、引き金を引いた。
拳銃から吹き出た小さな炎が、彼が咥えている煙草に火をつける。
「……はじめまして、
私が喋ると、彼は私の姿をじっくり観察してきた。
前情報の女子小学生という話が真実なのだと、改めて理解できたはずだ。
「商売ってのぁよ。
ブローカー・
「俺ァ俺が気に入った人間としか取引しねぇ。嬢ちゃん、あんたなんで俺んとこに来た?」
「貴方が、積まれた札束だけでは動かない人だから」
「札束は必要さ、嬢ちゃん。裏の相場はちと高ェ。だが、それを知らずに来たわけでもないだろう」
煙草を味わいながら、
私は、彼の目を真っ直ぐ見ながら言う。
「最初ですから、
「その
「まずは人の紹介を。ふっかけるのも結構ですが、やりすぎは貴方の命を縮める、とだけ」
私がそう言うと、
命を脅す女子小学生を、楽しんで貰えたようだ。
「……いいだろう。初回だけ手数料を倍、以後は普通の取引を約束する」
「オンライン送金は大丈夫?」
「もちろん。携帯の数だけ抜け道がある。それで、俺は誰を紹介すればいい?」
ニヤつく
「
私の即答に、彼の顔色が変わった。
「……嬢ちゃん、あんた何をするつもりだ」
「落ちきったのかどうかを、確かめるだけです」
彼はまだ、全国指名手配犯になっていない。
今はヒロアカ本編時間軸の約四年前。
彼が
彼が重ねた窃盗と強盗の件数。
犯人として警察に割れている件数。
どちらも現時点では不明な情報だ。
既に落ちきっていて、どうにもならないかもしれない。
救いたくても、救えないかもしれない。
手を取ってあげられないかもしれない。
何もかも、全てが博打。
でも、もし。
まだほんの少しでも、彼に可能性があるのなら。
手数料が倍とかそういう話は、どうでもよくなる。
この世界の人達は、ヒーロー、ヴィラン、ヴィジランテ、一般市民の四つに分類される。
ヒーロー社会学的な仕分けにおいては、私は
この世界で定められた線引きは、数が足りない。
私はアンチヒーローのはずだから、私はヒーローになれない。