【カリスマ】《charisma》
超人的な資質や能力。
民衆を引きつけ心酔させる力。
* * *
「えっ、出版!?」
「
誰に見せるでもなく私が書いていた論文を読んでしまった真さんに、是非論文を完成させてほしいとお願いされて、完成品を手渡してから一週間程度。
真さんが両手を合わせて、私に拝み倒してくる事態になってしまった。
「『ヒーロー社会学概論』の
「ええと、それで? 本にするには分量足りないと思うんですけど」
「だから本にするための文章量追加と……あと、新書化に伴いタイトルをもう少し過激に」
「多少は売れそうな改題要請というわけですね」
「流石
なんだか、話が大きくなってしまった。
でもあの論文って、ヒーローにも警察にもヴィランにも、色んな所に喧嘩売ってる内容だけどいいのかなぁ?
「本にするには過激すぎる論文だと思うんですけど……」
「だからこそ社会に一石を投じるべきなのよ!」
真さんが、ぐぐっと拳を握る。
私は、呆れ気味に了承した。
「わかりました、適当に文章量を追加しておきます。担当編集さんのメルアドとか貰えるなら、後はこっちでやりとりしておきます」
「ありがとう、ごめんね
「真さんも、自分の論文頑張ってくださいね」
「はぁーい」
テヘペロをする真さんに、苦笑する。
私の著作が、将来真さんが出版する『
仕方ない。とりあえず文章量を追加しつつ、編集さんにメールをしてみよう。
* * *
塚内空は担当編集に原稿を送るたびに、もう少し過激にしましょうと指摘された。
こういうのは右ストレートでぶん殴るぐらいで丁度いいんですよと何度も力説された。
結果として、全ての読者を真顔にさせる、全方位をぶん殴る本が仕上がった。
過激なタイトルを、とも熱望されたが、元が論文なので無理があった。
三案を担当編集に投げつけて、先方に選んで貰うことにした。
・『システムによる寛容 ~需要の人工的インフレーション~』
・『聖なるゴミ ~偶像化されたナルシシズムの解剖~』
・『構造的悲劇 ~制度的ネグレクトの分析~』
担当編集は、二つ目のタイトルを選択した。
塚内空が執筆した『聖なるゴミ ~偶像化されたナルシシズムの解剖~』は、予想以上に売れてしまった。
話題性を求めた担当編集が勝手に追加した煽り文句や著者紹介文(司法試験合格の史上最年少記録を10歳に塗り替えた天才少女、など)もあって、物珍しさで手にとった人が多かった。
しかし中身は至って真面目に社会に警鐘を鳴らすものだったので、読んだ人達がX(旧twitter)などで思い思いに感想や意見を呟いた。
結果として、多言語翻訳されるぐらいの国際的な大べストセラーになってしまった。
* * *
英雄の理念に奉仕する凡骨に過ぎない
この鳴羽田の街には、悪党があまりに多すぎる。
信念なく力を振るうこと、それを罪という。
罪が
罪を断つ、すなわち断罪。
命の赤と、死の黒。
歪んだ社会だからこそ、正道は貫かれなければならない。
そんな凡骨たる
『今、売れてます!』『世界的大ベストセラー!』というポップと共に、一冊の本が大量に平積みされているのが目に入った。
売れているからこそ、本屋の店員は気合いを入れて宣伝をする。
【「
輝けるヒーロー社会の足元にあるものとはなにか?
現代のヒーローは、本当に正義の味方なのか?
放置された弱者や環境問題という聖域に切り込んだ意欲作!】
積まれた本の奥にはタブレットが置かれており、本専用のPVまで流れていた。
PVとPVの合間に、どこかのニュースのインタビュー映像が流れている。
恐らくは著者なのだろう、私立聡明小学校の制服を着た少女がそこに映っていた。
インタビューの聞き手に対して、少女は堂々と受け答えをしている。
「……確かに、ヒーローは『発生したヴィランを倒す』ことで報酬を得ます。
しかし、なぜ彼らがヴィランに堕ちたのか、その根本原因の解決には一銭の報酬も出ません。
貧困、個性の差別、家庭環境の不和……社会の深淵には、ヒーローの拳一つで解決できない問題が
もし社会福祉やカウンセリングが正常に機能していれば、ヴィランの発生は激減しているはずです。しかし現実には、ヴィランは減っていません。
この純然たる事実を、私達は真摯に受け止めなければなりません。
特に、個性カウンセリングの指導教本は、大変危険であると指摘せざるをえません。
どのような規格外の個性であっても『普通となるように矯正せよ』と記述しています。
なればこそ、あえて問いましょう。
この超常社会における『普通』とは、一体なんなのでしょうか?
『普通』とは、一体誰のための
普通の社会からあぶれるとどうなってしまうのか、考えたことはありますか?
現実問題として、社会は『悪を倒すショー』に熱狂し、『悪が生まれない土壌作り』を軽視しています。
そして最も罪深いのは、『正義』をプロの資格を持つ者だけの専売特許だと
『どこかの誰かがきっとやってくれる』
『ヒーローはきっと、すぐにやって来る』
市民の皆さんが思う『きっと』は、残念ながら来ません。
平和ボケという名の、集団的無責任。
傍観者効果こそが、最大の病魔です。
そもそもオールマイト一人に寄りかかって、何も不思議に思わない世界こそが
だからこそ、私はこの言葉が本来の持ち主……市民の元へ返って欲しいと願います。
困り果てた隣人、人生に迷った友人、路地裏で泣いている子供に。
資格を持たない者こそが、こう言って手を差し伸べる社会であってほしい。
『大丈夫、私が来た』と」
オールマイト一人に寄りかかって、何も不思議に思わない世界こそが歪。
* * *
薄暗い部屋。
重要な文章に赤線を引きまくり、「これこそ真理!」と感嘆の書きこみすら乱舞させた。
……彼らはなぜ、海岸を埋め尽くすゴミを拾わないのか?
答えは残酷なまでにシンプルだ。「ゴミ」は彼らにとって、金にならないからではない。
ゴミこそが、飯のタネ(Sacred Trash)なのだ。
放置された環境は、犯罪者の温床となる。
社会の澱みは、ヴィランを生む培養液だ。
ヒーロー産業とは、澱みを浄化することではない。
澱みから怪物が生まれるのを待ち、カメラの前でそれを狩ることで成立する養殖業に他ならない。
ゆえに、彼らはゴミを拾わないのではない。
「拾ってはいけない」のだ。
自らの存在意義と銀行口座を守るために、彼らは無意識に社会が腐ることを望んでいる。
その薄汚い欲望を、彼らは「正義」という名の煌びやかなスーツで隠しているに過ぎない。
これを「
「……なるほど、理解した」
これまで、ヴィランを「悪」だと信じて断罪してきた。
だが、この本を読んだことで、その印象はガラリと変わった。
ヴィランという「現象」を生み出し、それを養分にして肥え太る「ヒーローという病巣」こそが、真の悪ではないのか?
「
『
表紙に書かれたタイトルを、指でなぞっていく。
Sacred... Trash... Anatomy... Idolized... Narcissism...
指が止まる。
浮かび上がった言葉は、S.T.A.I.N.(染み)。
「そうだそうだ、嗚呼、確かにそうだ。俺は
それは人間を越えた存在、スタンダール。
断罪者の
取り出した赤と黒のマスクを、彼は足で踏み割った。
「……断罪すべきは『
命の赤と、死の黒は手の内にある。
虚飾の仮面は、既に捨て去った。
ならば後は凡骨を捨て、偽りの顔を捨て、正道に尽くす
* * *
「ハイ、矯正していきましょう、『普通』に」
「はい」
いつもの人が、いつものように言ったから。
だから彼女も、いつものように答えた。
「この社会ではよくあることです。正して消していきましょう」
「はい」
中学二年。
多感な年頃の少女は、どうも人間ではなかったらしい。
顔は怖いし、笑えば怖いし、根っこから違うらしい。
ヒーローとヒーローが守る人たちだけが、人らしい。
いつものカウンセリングを、いつものように終えた。
はい、はいと返事をすればいいだけ。
それだけで、大人は笑顔で満足する。
私は『普通』に、なれたのだろうか。
カウンセリング場所からの帰り道。
とぼとぼと歩いていた少女の耳に、聞き捨てならない台詞が飛び込んできた。
「この超常社会における『普通』とは、一体なんなのでしょうか?
『普通』とは、一体誰のための
普通の社会からあぶれるとどうなってしまうのか、考えたことはありますか?」
本屋の店頭、小さな画面の中。
年下の女の子が、なにやら誠実に語っていた。
積まれている本を手に取って、表紙を眺めてみた。
タイトルは小難しくてわからなかったが、著者名だけは覚えた。
著者名、塚内空。
それが画面の中の、女の子の名前。
この子にも、綺麗な血が流れているのだろうか。
この子なら、『普通』を教えてくれるのだろうか。
塚内空に、なりたい。
塚内空を、殺したい。
多感な年頃の少女は、多感にもそう思った。
* * *
お父さんは、私が真さんに巻き込まれて本を出版したことに最初は笑っていた。
ニュース番組がインタビューに来た時までは、微笑ましい目で喜んでくれていた。
出版社からの献本をお父さんにあげたら、読後のお父さんは憔悴した顔で「ごめんな、
ちょっとよくわからなかったので、夕飯の時にキンキンに冷えた生ビールを添えてあげた。
それはともかく。
私は内心で小躍りしながら、お父さんと一緒に朝ご飯を食べていた。
テレビで流れている朝のニュース。
耳にイヤホンをつけ、手にマイクを持った現場リポーターが、歓声をあげていた。
「見てください、このゴミ一つ無い綺麗な海岸を!」
なんか見覚えのある浜辺だな、と思いながら私は味噌汁をすする。
「こちらは市営多古場海浜公園、ゴミの不法投棄問題で有名だった場所です! ご覧下さい、今やゴミ一つありません!」
ん?
「今もゴミ拾いをしている方がいます! 少し聞いてみましょう!」
現場リポーターが、ゴミ袋を片手に空き缶を拾っていた人達に声をかける。
「多古場海浜公園の不法投棄問題は有名でしたが、生まれ変わりましたね!」
「ええ、みんな『聖なるゴミ』を読んだ影響だと思いますよ。空き缶一つだけでも拾っておこう、っていう人が増えた結果だと思います」
ぶほっ。
味噌汁が変なところに入って、思わずむせた。
現場リポーターは浜辺を歩きながら、案内を続ける。
「こちら多古場海浜公園は、海流の関係で漂着物が多く、不法投棄も増えていました。相乗効果で海水浴に使用できないレベルにまで悪化し、近隣住民も完全に諦めていました。べストセラー書籍『聖なるゴミ』内において、環境悪化の例として名指しされていたことは多くの方がご存じかと思います。しかし、手の空いたヒーローだけでなく、一般市民達までもが多古場海浜公園に駆けつけ、この区画一体の水平線は蘇りました」
お父さんが、私の背中を優しくさすってくれた。
「……良かったなぁ、
「静岡県は遠いってば、お父さん」
「行政の怠慢は、他人事ではない気がしてなぁ」
ヴィジランテでも本編でも、大阪と静岡と横浜と東京が一駅単位ずつしか離れてないぐらいの感覚でどこにでも出現していたお父さんに言う台詞ではなかったかもしれない。
でもやっぱり東京-静岡間は遠いと思う。
それはそれとして。
緑谷
多古場海浜公園のゴミ、全部無くなっちゃったみたいだけれど!
……キミはヒーローになれる!
「目指せ合格アメリカンドリームプラン」がきっとなんとかしてくれる!
本編主人公の成長の邪魔をしてしまったから、私はヒーローになれない。
『システムによる寛容――需要の人工的インフレーション』
Systemic Tolerance: Artificial Inflation of Need
『聖なるゴミ――偶像化されたナルシシズムの解剖』
Sacred Trash: Anatomy of Idolized Narcissism
『構造的悲劇――制度的ネグレクトの分析』
Structural Tragedy: Analysis of Institutional Negligence