塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.15 「分倍河原仁」

 

【ポシビリティ】《possibility》

 ありうること、可能性、実現性。

 見込み、発展の可能性、将来性。

 

 

 * * *

 

 

 昔から、目つきのせいでよく怖がられてた。

 両親は俺が中学の頃に、(ヴィラン)犯罪に巻き込まれて死んだ。

 だから、住み込みで衣食住を世話してくれる会社に就職できた事は幸運だった。

 

 決定的に躓いたのは、16の頃だ。

 

 バイクに乗っていた俺は、横断歩道の無い場所で死角から突然飛び出してきた男とぶつかった。

 当然だがバイクに接触した男は吹き飛び倒れ、腕を骨折した。

 

 法は遵守していた。

 法定速度を守って走っていたはずの俺は、八割悪いことになった。

 幾つもの法を破った男は、二割だけ悪いことになった。

 

 過失割合とやらは、そういう決まりになっているらしい。

 警察も保険会社の代理人も、「不運でしたね」と声をかけてくる。

 事情聴取の時、警察は俺に「人生躓いてもやり直せます」と告げた。

 

 ……やり直せる?

 きっと、警察は知らなかったんだ。

 もちろん俺も。

 

 躓き方によっちゃ、人はどこまでも転げ落ちちまうって事。

 

 二割だけ悪い男は、会社の取引先の役員だったらしい。

 八割悪い俺は、会社の社長に殴られ、疫病神と罵られ、会社をクビになった。

 

 俺に落ち度は、あっただろうか。

 あったとすれば……運を持たずに生まれたことか。

 

 

 * * *

 

 

 最初の何年かは、頑張った方だ。

 日雇いのバイトを繰り返して、なんとか生き延びた。

 

 だが、馬鹿な俺だって気づく。

 丸一日頑張って働いても、日給は八千円。

 なんだかんだ引かれて、七千円ぐらい。

 

 俺より働いていない、サボってばかりの同僚は倍近い賃金を貰ってる。

 同じ肉体労働のはずなのに、資格や学歴とやらは随分と差をつけるらしい。

 

 給与の高い、酒場の店員の仕事があったから面接に行ってみた。

 店主は煙草を吸いながら、俺の身体を上から下まで眺めてこういった。

 

「客が望んだら一緒にホテルに行って、あんたは客のモノをしゃぶってケツを振る。客が払った金を、こっちとそっちで半分ずつ分ける。()()()()()さ」

「……酒場の店員の仕事なんじゃ」

「ここはそういう酒場だよ、坊や」

 

 帰り際、細身の店員とぶつかりそうになり会釈をした。

 細身の店員は、濁りきった瞳で会釈を返してくれた。

 ……彼はきっと、()()()()()で何もかも磨り減らしながら生きているのだろう。

 

 なけなしの金でスーツを買い、就職を目指した。

 不動産の営業で、朝9時出勤の夕方6時までの勤務時間という話だった。

 勤務初日の退勤時間は深夜0時だった。

 同僚達は「この前は朝4時だったから今日は早い」と笑っていた。

 家に帰って飯を食い、シャワーを浴び、寝て起きたら朝の8時だった。

 朝食を食い終わると丁度出勤時間になったが、行く気が起きなかった。

 

 一日だけで退職しても一日分の給与を貰えるらしいが、受け取りには行かなかった。

 

 やり直し方が、わからなかった。

 

 

 * * *

 

 

 腹が減りすぎて、コンビニでプロテインバーを万引きしたのがきっかけだった。

 どうにでもなれと思って実行した万引きは、バレなかった。

 

 ()()()()()

 捕まる可能性があったのに、楽になれてしまった。

 

 転落中の人間に、転落の成功体験があれば、後は突き進むだけだ。

 自分の身体を増やせば、出来る事の幅は広がった。

 

 窃盗、強盗、呼び方の違いはわからない。

 金や金になりそうなものを、持ってる奴から奪う方が楽だと思った。

 法を守っていても八割悪くなるのなら、法を遵守する必要はどこにもない。

 少なくとも、朝の9時から朝の4時まで働くよりはマシだと感じた。

 

 笑い話だが、法を遵守していない連中は大金持ちだった。

 時代遅れの極道、いわゆるヤクザは良いターゲットだった。

 一度襲撃すれば、数年は暮らせる金があっさり手に入る。

 なにより、俺のチンケな良心も痛まない。

 

 現金は良かったが、問題は『金になりそうなもの』の換金だった。

 だからブローカーの義爛(ぎらん)と出会えたのは、幸運だったと思う。

 運を持たずに生まれた俺の、数少ない幸運だ。

 

 

 * * *

 

 

 ナンチャラ法で、ヤクザの類に対する締めつけが厳しくなったらしい。

 指定(ヴィラン)団体として(ヴィラン)リストに組み込むだの、なんだの。

 義爛(ぎらん)が親切に「これ以上連中に手を出しても旨味が無いから辞めろ」と教えてくれた。

 

 そうなると、今の手持ち金が切れた時が問題だ。

 法を遵守している連中から金品を奪うことになる。

 ……結局、今更の話か。

 

 俺はいつ終わってもいいから、警察の交番前だって普通に歩く。

 交番前の看板には、全国指名手配犯の顔がズラリと並んでいる。

 このまま落ちれば、俺もいつかはここに載るのだろうか。

 

 指名手配犯の顔を眺めていたら、義爛(ぎらん)から電話連絡があった。

 なんでも、俺を紹介してほしいと女子小学生様がご指名らしい。

 警官に会釈し、交番から離れながら義爛に詳しいことを聞いていく。

 

「……あんまり若いと、同意でも駄目だと聞いたぞ、義爛」

「未成年淫行の話なんざしちゃいねェ。分倍河原(ぶばいがわら)、会うか会わないか決めてくれ」

「あんたが持ってきた話なら、受けるよ。あんたは信頼してる」

「……そうかい。あんがとよ」

 

 

 * * *

 

 

 一階が喫茶店で、二階と三階が住居部分になっている建物。

 その三階部分の空き部屋が、待ち合わせ場所らしい。

 扉をノックすると、可愛らしい声の返事が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 俺は少し、茶目っ気を出すことにした。

 二人に分かれ、自分は廊下で待機したまま、増やした自分を入室させる。

 

 懐から、煙草(アメスピ)を取り出して口に咥えた。

 火をつけようとライターを手に取ると、室内の可愛い声が疑問符を出した。

 

「二号さんですか? 一号さんはどちらに?」

 

 扉の隙間から、室内を覗く。

 増やした俺は、扉の奥、すぐそこにいる。

 玄関から入って、対象の少女と握手をしただけだ。

 

「いや、俺が分倍河原(ぶばいがわら)(じん)、本人だが」

 

 俺の分身体は、慌てて言い訳をしていた。

 パンツスーツ姿の女子小学生は、握手をしたまま小首を傾げる。

 

「でも、骨も筋肉も内臓も感じられません。()()()()()()()

「はあ!?」

「腕……のようなものを折ってみせたほうが早いですか?」

「うおぁっ!?」

 

 分身体は、少女と右手同士で握手をしていた。

 相手の少女が左手を分身体の右腕に添えた瞬間、分身体の身体は大きく前につんのめった。

 少女は腕力を行使していないし、まして個性も使っていない。

 

 だが俺の分身体は、右腕を真っ直ぐ伸ばした状態で前に倒れた。

 少女は身をかがめ、分身体の右腕を少しひねりながら、右肘の上に自身の右膝を載せた。

 たったそれだけで、俺の分身体は苦痛に顔を歪めて動けなくなっていた。

 

「なるほど、本人は骨があると思い込んでいるから有効なんですね」

 

 俺の口から煙草(アメスピ)が零れ、通路に落ちた。

 スーツ姿の少女は、俺の方を見てにこりと笑う。

 

「そこに居ましたか、一号さん」

 

 俺は昔から、目つきのせいでよく怖がられていたが。

 この子も似たような人生を送っているのかもしれない、と少女の目を見て思った。

 

 

 * * *

 

 

「……改めて、分倍河原(ぶばいがわら)(じん)だ」

「はじめまして、分倍河原(ぶばいがわら)さん。塚内(そら)と申します」

 

 物だけはあるが、人が住んでいない部屋。

 そんな場所で、俺は少女――塚内空と向き合っている。

 

「俺の個性のことを、知っていたのか?」

「握手をしたら、泥人形か何かと握手したような感覚でした。そこから分身系の個性と推理しただけです」

「泥人形……ねえ?」

 

 俺は隣りに座っている俺と目線を合わせ、同時に首を傾げた。

 茶目っ気の罰として、隣に座っている俺こと分身体の額には、黒の油性マーカーで「2」と書かれている。

 二号と握手をしてみたが、さっぱりわからない。

 俺は理解を諦めて、少女に向き直った。

 

義爛(ぎらん)の紹介だから来たが……俺に何の用があるんだ?」

「貴方を救うことはできるのか。もうとっくの昔に落ちきって、どうにもならなくなってしまった後なのか。やり直せる可能性が残されているのなら、どれぐらい残っているのか。それを知るためです」

(そら)ちゃん、だったか。随分突っ込んでくるじゃんか」

 

 咥え治した煙草(アメスピ)に、火をつける。

 煙を肺の中まで目一杯吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

「何故、そんなことが知りたい。他人の転落話なんざ、聞いて面白いもんでもないだろう」

 

 目の前の少女は、俺の額をちらりと見てから、俺の目を見た。

 ……なんだ? 俺の額に、何かあるのか?

 ()()()()()()()()()()が。

 

「これから私は、嘘をつきます。とりあえず、私の嘘を最後まで聞いていただけますか」

「……ああ。聞こう」

 

 俺は指を鳴らす。隣りにいた俺が、溶けて無くなる。

 ソファに寄りかかり、天井を仰ぎながら煙草を吸う。

 

「プロヒーロー、サー・ナイトアイ。彼の個性『予知』は、相手の未来を覗きます。私は彼と握手したことがありますが、何故かその時、脳裏に貴方の未来が浮かんで見えました」

「……俺の、未来?」

「はい。今後貴方は犯罪を重ね、全国指名手配犯となります。その後は(ヴィラン)連合という、殺人を含め何でもやる人達と一緒に悪事を働き続けます。沢山の悪事をして、多くのプロヒーローの死に加担して、最後は公安に殺されて終わります。つまり先ほどの推理発言は嘘で、貴方の個性のことは最初から知っていました」

「どこからどこまでが嘘なのか、わかんねぇ。嘘にしちゃあ、随分真実味がある。(そら)ちゃんは小説家になれるよ」

「ありがとうございます。サー・ナイトアイの予知は外れないそうですが、外してみたくなりました。『予知』が外れれば、これもただの嘘になります」

 

 俺は天井を見ていた視線を、少女に戻した。

 

「余計にわかんねぇな。たったそれだけで、俺を救う気にはならんだろう」

「もちろん、利もありますよ。私は、私の手が届く範囲の人達を幸せにしたいと考えています。もし、分倍河原(ぶばいがわら)(じん)さんが私の仲間として、私の手の届く所に居てくれるのなら……可能性の幅が沢山広がります」

「幸せ、ねぇ……5000兆円とか?」

 

 軽い気持ちで俺がそういうと、少女はクスクスと笑う。

 

「5000兆円は無理です。まず、日本にそこまでのお金がありません。あと使い切れないし……税金が凄いことになります」

「税金をまともに払ったことがねぇから、よくわかんねぇ」

「累進課税といって、稼げば稼ぐほど国にお金を持って行かれるんです。所得税で45%、住民税で10%、いきなり半分以上が消えます」

「なんだそりゃ」

 

 俺が笑うと、少女は微笑を浮かべる。

 

「仮に5000兆円がそのままあっても、一日2000億円ペースで使い切らないと無くなりません。分倍河原(ぶばいがわら)さんが美女でハーレムを作ったとしても、一日2000億を使い切るのは無理でしょう?」

「まいった。その辺で勘弁してくれ。月イチでBBQ(バーベキュー)できるぐらいでいい」

「もうちょっと攻められると思いますよ。億万長者は余裕です」

「はあ!?」

 

 少女は肩をすくめる。

 

「もちろん、すぐにとはいきません。転げ落ちた分、這い上がるところからはじめないといけませんから。言い換えれば、転げ落ちた分を取り戻せるレベルの犯罪歴なら……分倍河原(ぶばいがわら)さんは週一でBBQ(バーベキュー)できるようになります」

「おっ、いいね。週一BBQ(バーベキュー)、想像しやすいわ」

「では、聞かせてもらえませんか、分倍河原(ぶばいがわら)さん。貴方がどのように、どこまで落ちてしまったのかを」

「いいだろう。もう既に、奈落の底って奴だと思うんだが……」

 

 俺は、覚えている限りのことを話した。

 少女は真剣に俺の過去を聞き続けたが、途中でへなへなと崩れ落ち、テーブルに突っ伏した。

 

 

 * * * 

 

 

 あっぶな。あっぶなぁぁぁぁ!

 

 彼が手を出したヤクザは大きく二つ、東堂組(原作17巻に一言だけ登場)と阿辺川天忠會!

 つまりトゥワイスに狙われたことが遠因で、東堂組はゆるやかに衰退して潰れた。

 阿辺川天忠會は、もう既にスタンダールが一刀皆断しちゃってるはず。

 

 ヤクザは金を奪われたことを意地でも認めない傾向にある。

 だから『なにもなかった(棒)』!

 

 残るは窃盗(プロテインバーの万引き)一件、強盗一件。

 窃盗は……お店に行って謝罪して、あとは流れで賠償&示談。

 

 問題は強盗一件、被害金額8万円。

 日本の執行猶予は「3年以下の懲役または禁固」「50万円以下の罰金」の場合にしかつかない。

 だけど強盗罪の法定刑は5年以上の有期懲役だから、示談が成立するかが勝負になる。

 示談さえ成立すれば執行猶予がつく可能性はある。

 初犯・単独犯・被害金額10万円以下・被害者にケガをさせていない、プラス示談なら、不起訴の獲得もありうる。

 

 強盗致傷でないのならワンチャン、いえツーチャンぐらいはある……!

 

 

 私はテーブルから起き上がり、その辺りのリスクを分倍河原(ぶばいがわら)さんに全部話した。

 弁護士代も示談金も何もかも私が用意するから、キチンと謝罪して終わらせましょう、と。

 仮に示談に失敗して有期懲役になっても、決して悪いようにはしないと説得した。

 

 示談とは誠意。

 誠意とは……金!

 

 札束ビンタと拡大解釈のグレーな海を前世で泳ぎ続けてきたから、私はヒーローになれない。

 

 

 * * *

 

 

 窃盗に関しては、コンビニの店長に謝罪して、万札を渡したら無かったことになった。

 強盗に関しては、(そら)ちゃんが人差し指を一本立てたら双方の弁護士が頷いて不起訴になった。

 

 八割どころか十割俺が悪いはずなのに、何も無いことになった。

 なのに全ては法律通りだと彼女は言う。

 よくわかんねぇ。

 

 一つだけ確かな事は、待ち合わせに使った三階部分の空き部屋に引っ越しが決まったことだ。

 キチンとした就職先を手配するから、「玉掛け技能講習」「大型特殊免許」「大型免許」「フォークリフト運転技能講習」「第二種電気工事士」など、色々な資格をとっておいて欲しいという。高卒資格も含めて、挑戦する資格の金銭面は全て支援してくれるらしい。

 

 年金とかも、遡って支払える分は全部彼女が負担してくれた。

 生活費の援助もあるから、なんだか至れり尽くせりだ。

 

 ただ、一つだけ強い約束をすることになった。

 今後自分を増やす際は、増やすたびに2号だの3号だの名付けて、可能なら服に油性ペンで数字を書き込んで欲しいとの指示だ。強い念押しで困惑したが、断る理由も無かった。

 

 11年前に辞めた会社の詳細を教えて欲しいと(そら)ちゃんに言われた。

 何をどうするのかは知らないが、事故の相手のことも含めて全部伝えた。

 

「不当解雇には時効が無いんですよ、分倍河原(ぶばいがわら)さん。あと平然と相手を殴ったり、立場の弱い相手を甚振(いたぶ)る人達って、叩けば埃しか出ない人達でもあるんです」

 

 そういって、彼女は不敵に笑ってみせた。

 多分この子は、敵に回しちゃいけないやつだ。

 

 

 ブローカーの義爛(ぎらん)と出会えたのは、幸運だった。

 塚内(そら)と出会えたのも、幸運だった。

 二人と出会えた事は、運を持たずに生まれた俺の、数少ない幸運なのだろう。

 

「なんだかよくわかんねぇが、人生なんとかなりそうだ、義爛(ぎらん)

「そうか、そいつは何よりだ。必要なものがあれば言ってくれ、高値で用意する」

「高値かよ!」

 

 電話の向こう側から、義爛(ぎらん)の笑い声が聞こえた。

 だから、俺も笑った。

 

 




【補足】
分倍河原仁が指パッチンで2号を消していますが、ミスではなく理由がちゃんとあります。
後々のエピソードで説明します。
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