塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.16 「麗日建設」

 

【ソリシテーション】《solicitation》

 勧誘、誘い、誘惑。

 懇願、請願、要請。

 

 

 * * *

 

 

 家の中なので、カラコン無し、タンクトップに短パンという、ラフな格好の真さん。

 そんな真さんが胡座(あぐら)をかいているから、隙間から下着とか見えそうで普通にエロティック。

 

「私が代表で新規事業!?」

 

 ラフでエロティックな真さんは、私の要請に素っ頓狂な声をあげた。

 

「真さん、既に色々やってますよね? 子会社としてもう一つ抱えるだけの話です。株式会社で」

「合同でも合資でもなく、株式……」

「持ち株比率は私が100%。法律上、持ち株は親権者、つまりお父さんの管理下になります」

「空ちゃんはどういう扱いになるのよ」

「真さんが代表取締役で、私が取締役。親権者、つまりお父さんの許可を得れば未成年でも合法です」

「待って、待って空ちゃん、私が一円も払わなくていいのは理解したけど」

 

 流石の真さんも、動揺していた。

 私はジト目で真さんを見る。

 

「いやー、なんか知りませんけど、誰に見せるでもなく書いてた論文が全世界デビューしちゃって……個人事業主として、そんなに利益があがらないよう調整してたのに全部ムダになっちゃったから、もっと大きなお金を扱う節税対策をしないといけなくなっちゃったんです。なんでこうなっちゃったんでしょうかねえ」

「あははー、なんでだろうねー」

 

 わざとらしく、目を泳がせる真さん。

 

「あー、ゴミが。ゴミが落ちちゃいました」

 

 私は棒読みで、一枚のペラ紙を真さんの目の前に落とす。

 真さんは、私が落とした紙を拾って硬直した。

 

 

 * * *

 

 

論文題目: 自警主義(ヴィジランティズム)商業主義(コマーシャリズム)~ヒーロー社会の因数分解(ファクタリング)

 

 【要旨】

 

1. 序論:ラベルの貼り替えによる価値転換

 

 歴史的経緯において、個性の黎明期に発生した自警団(ヴィジランテ)こそが現在のヒーローの起源であることは明白である。しかし、現行法における「ヒーロー」と「ヴィラン(および違法自警団)」の境界線は、行動の善悪や道徳性によってではなく、「国家資格というライセンスの有無」のみによって規定されている。

 本稿では、現代社会における「正義」を、道徳的概念としてではなく「商業的価値を持つパッケージ商品」として再定義する。「プロヒーロー」と「ヴィラン」が、実は本質的に同一の係数(暴力装置 × 自己顕示欲)を持つ同義の存在であることを証明する。

 

2. 本論:正義の市場価値と「敵」の供給

 

 現代のヒーロー活動は、高度にシステム化されたエンターテインメント産業である。

 数式化するならば、以下の通りとなる。

 

 Pro-Hero = ( 武力を伴う個性行使 + パフォーマンス ) × ライセンス

 

 ここで注目すべきは、ライセンスという乗数が「マイナス(非合法)」になった瞬間、左辺は「Villain(敵)」、あるいは「Criminal(犯罪者)」へと反転する点である。つまり、両者を分かつものは「社会の承認(あるいはスポンサー契約)」という外的な枠組みに過ぎない。

 また、商業主義(コマーシャリズム)の観点において、ヒーロー産業の維持には「倒されるべき敵」の安定的供給が不可欠である。

 プロレスリングにおける「ヒール(悪役)」と同様、ヴィランは「正義の商品価値を高めるための対立項」として市場に組み込まれている。社会がヴィランの根絶を真に望まないのは、「平和すぎる社会」がヒーロー市場の大暴落(=失業)を招くという経済的リスクを、無意識に回避しているためと推測される。

 

3. 結論:あまり(剰余)としての「真の自警」

 

 最後に、この因数分解において割り切れずに残る「剰余(あまり)」について考察する。

 金銭的報酬(コマーシャリズム)も、社会的承認(ライセンス)も求めず、ただ目の前の困窮者を救うためだけに個性を行使する存在――これこそが、原義的な意味での「ヴィジランテ」である。

 彼らは、損得勘定で動くシステムにとってのバグ(不純物)である。

 なぜなら、「金にならない正義」の実践は、「正義を売り物にしているプロたち」の欺瞞を暴いてしまうからだ。

 現代社会が違法ヒーロー(ヴィジランテ)をヴィラン以上に警戒し排除しようとする理由は、彼らが治安を乱すからではない。彼らが「ヒーロー産業の市場独占を脅かす、無料の競合他社」だからに他ならない。

 

 

 * * *

 

 

「ずっ、随分過激なゴミね?」

「そうですね。もし新野(あらの)猛安(たけやす)教授あたりが見たら『少し皮肉が過ぎるし、業界への配慮が足りない。評価はBだ』とか言われてしまいそうです」

「つまり手直しが必要――」

 

 読み返しかけた真さんの手から、ペラ紙を容赦なく引き抜いた。

 真さんは慌てて、ペラ紙を取り返そうとする。

 

「わーっ、わーっ、わーっ!」

「真さんならこんなゴミ要りませんよね? 参考にはなるかもしれませんが」

「論文の出版の件は本当に悪かったわ、ぞら"ぢゃん"~~~!」

 

 涙目の真さんに、下半身をがしっと掴まれ泣きつかれた。

 私はため息をついて、ペラ紙を真さんの手に戻す。

 

「資本提携の名目でM&A()()するだけです。私が15歳になったら、独立させて私の会社にします」

「……空ちゃん、何をするつもりなの? 空ちゃんが15歳で何をするのか想像できない」

「やだなぁ真さん。私にも、夢があるだけですよ」

「えっ、それ気になる。どんな夢?」

 

 私は両手の人差し指で自分の口角を持ち上げて、にこりと笑った。

 

「落ち込んでる人を、笑顔にしてあげたいんです」

 

 

 * * *

 

 

「新幹線、早いねえ! もうついちゃった!」 

 

 参宮線の名古屋行き快速で名古屋まで出て、名古屋から東京まで新幹線。

 地図を見る限りでは東京はとんでもなく遠かったのに、三重県から名古屋駅に辿り着くまでの時間と、名古屋駅から東京駅までの時間が大体同じだった。

 文明の利器って、凄い。

 

「流石にこっちは人が多いな。手を繋ぐか?」

「お茶子、あんまり走らんといてね」

「わかっとるよ、父ちゃん、母ちゃん」

 

 麗日(うららか)お茶子は、はじめての東京に興奮を抑えられなかった。

 打ち合わせ先の好意で、家族全員の旅費代や宿泊費などを全額負担してくれるとかなんとか。

 初日に打ち合わせ、そのままホテルで一泊、その後は東京観光と、予定が詰まりまくりだ。

 

「家族旅行コミって、なんだか凄そうな打ち合わせねぇ」

 

 母親が、不安気な顔を見せる。

 父親は苦笑いを見せる。

 

「先方の要望が、麗日(うららか)建設の東京移転なんやわ。話が本決まりになれば、当然っちゃが東京に引っ越すことになるけん。となれば、三重県で打ち合わせするよりは、東京で打ち合わせした方が下見も兼ねて良かとの配慮や」

「東京に引っ越すのー!?」

「まだわからんわ。ただ、悪い話やなか」

 

 真面目な表情で、父親はお茶子の両脇を抱えて持ち上げた。

 

「やっぱなぁ、お茶子は軽すぎると思うんよ。もうちょい肥えてエエわ」

「女の子に何言うてはるの」

 

 母親が、父親の後頭部にツッコミを入れた。 

 下ろして貰ったお茶子は、首を傾げた。

 

「打ち合わせって、どこなん?」

「ここから乗り換えて、すぐや。鳴羽田(なるはた)っちゅー駅で、先方が待っちょる」

 

 

 * * *

 

 

 鳴羽田(なるはた)駅のすぐそば、立派な高級ホテル。

 内装も豪奢で、空気を味わうだけでも緊張する。

 

「おおお……」

 

 ホテル内のレストラン。

 大きなお皿に小さいお肉やお魚がちんまりと載っていて、見栄え良くソースがかけられた料理がお茶子の目の前に並べられていく。

 

「食前酒はいかがなさいますか?」

「ノンアルのカクテルをお任せでお願いします」

「かしこまりました」

 

 向かいにいる美人のお姉さんが、手慣れた感じで受け答えをしている。

 

 テーブルのこちら側には、麗日母、麗日父、お茶子。

 テーブルの向こう側には、超やり手の美人お姉さんと、白くて可愛い制服を着た女の子。

 

「改めまして。株式会社オールライト、取締役代表の塚内真と申します」

「取締役、塚内空と申します」

 

 どこのモデルかと思うような美人の笑顔の挨拶に、麗日父は照れた。

 テーブルの下で、麗日父の脇に麗日母からの肘打ちが入る。

 

「ご丁寧に、ありがとうございます。……失礼ですが、塚内空さんのご年齢は?」

 

 麗日父が尋ねると、塚内空と名乗った少女は微笑を浮かべる。

 

「学年で言えば、そちらのお茶子さんと同じです。小学六年生、11歳です」

「ほわあ……」

 

 東京の女の子は全然違う、と三重の女の子は感嘆した。

 

「お父さん、この子、じゃない、空さんをテレビで見たことあるわ」

「テレビで!?」

 

 麗日母が首を傾げ、麗日父が驚く。

 

「ああ、多分……出版時のインタビューをご覧になったのかと」

 

 そう言って、塚内空は一冊の本を取り出した。

 『聖なるゴミ ~偶像化されたナルシシズムの解剖~』と書かれた本だった。

 

「献本が余っておりまして。ご笑納いただければ幸いです」

「はあ、これはどうもご丁寧に」

「お腹もすいたことでしょう。まずは乾杯と食事を。その後、ゆっくりお話をしましょう」

 

 取締役代表に相応しい服装と化粧をした塚内真が、にこりと笑った。

 

 

 * * *

 

 

「なるほど、鳴羽田(なるはた)では仕事に困ることがないのですな」

「人手不足、重機不足、資材不足。様々な要因が絡み合って、鳴羽田には廃墟同然の建物が多いです。行政も一手遅れがちで、治安も正直良いとは言えません。しかしビジネスチャンスという観点から見ると、ここは宝の山なのです。だからこそ、技量も経験も豊富にあるのに、それを持て余している地方の人材を丸ごと引っ張りこみたい。故郷を捨てて頂くことにはなりますが、需要と供給が完全に噛み合うのです」

「お話はわかりました。それで治安も考慮して、お茶子を私立中学に……というわけですか」

 

 塚内真の説明に、麗日父は感心したように腕組みをした。

 全ての提案が練られていて、根拠があり理由がある。

 

「もちろん、編入試験に合格していただく必要はあります。ですが、娘さんはかの雄英を目指していると伺いました。であれば私立中学程度、問題は無いかと」

「私らのために、ヒーローで稼ぐといいよるんですわ」

「立派なお(こころざし)だと思います」

 

 塚内真の微笑に、お茶子は照れた。

 後を追うように、塚内空が説明する。

 

「私立聡明中学校には、私も通います。一緒のクラスになれるかどうかは、わかりませんが」

「いえ、今回のお話通りになれば、ご近所さんになるということでしょう。新天地でお茶子の友人が最初からいるというのは、なんとも心強いですわ」

「移転や引っ越し、初期の立ち上げに関する諸々の費用はこちらで負担します。親会社と子会社の関係として、麗日(うららか)建設には鳴羽田(なるはた)でその力を振るって頂ければと思います。付け加える条件こそありますが」

 

 塚内真は、そう言って空を見る。

 塚内空は頷くと、一人の男性の写真を麗日(うららか)一家に見せる。

 

「彼の名前は、分倍河原(ぶばいがわら)(じん)。建設業界は未経験ですが、玉掛けや大型、大型特殊など様々な資格を現在勉強中です。彼を雇用した上で、将来的には足組みや高所作業など、何でも出来る建設のスペシャリストに育成して欲しいのです。それがこちらの出す、たった一つの条件です」

「ふむ? 個性の問題など、何かそういったものが?」

 

 遠回しに、彼は無個性なのかと麗日父が質問した。

 そう言うと、塚内空は首を左右に振る。

 

「いいえ。個性については、彼の給料を算出する経理の人が、発狂してしまうかもしれません」

「……そこまで?」

 

 冷や汗を垂らしながら、流石に嘘でしょう、という反応を麗日父は見せた。

 しかし塚内空は、真剣な表情で告げる。

 

「彼の個性が本気を出せば、全ての工期は理論値最短で終わります。むしろ重機や資材といった、他が追いつかない」

「ど、どのような個性で?」

 

 麗日父が気になって尋ねると、塚内空は楽しそうに微笑んだ。

 

「それは、麗日(うららか)建設が子会社として、鳴羽田(なるはた)に来て頂けるということでよろしいですか? もちろん、お茶子さんの中学入学に合わせて、で構いませんが」

「いえいえ、このままでは気になって夜しか眠れませんわ。そうですな、お茶子の夏休みを準備期間として、私立聡明小学校へ転校する案はどうでっしゃろ。お恥ずかしい話ですが、三重県は大手が最安値で引き受けるもんですから、中小の仕事が激減してどんどん潰れとるんですわ。ウチも正直ギリギリの低空飛行っちゅー案配でして……お茶子が今までの友人と別れることになるんが申し訳ないけん、塚内空さんがフォローしてくれるいうんなら助かります」

 

 塚内真は頷いて、書類の束を取り出した。

 

「では麗日(うららか)さん、こちらにサインと捺印を。……私も聞いてないんだけど、その分倍河原(ぶばいがわら)さんはどんな個性なの、空ちゃん?」

 

 塚内空は、苦笑する。

 

「増やせるんです。自分を。好きなだけ」

「はぁ!?」

 

 塚内空は過小評価(ナーフ)した嘘を伝えたが、過小評価(ナーフ)になっていなかった。

 ノリと勢いで設定したら収拾がつかなくなった個性なのではと、塚内空は内心で思った。

 

 

 * * *

 

 

 私達が、ホテルから出た瞬間だった。

 

「出たぞサッカー強盗だーッ!」

「ドリブルしながら人混みをごぼう抜き!」

「まさに窃盗界のファンタジスタ!」

 

 いつもの鳴羽田(なるはた)がそこにあったので、私は遠い目をした。

 ……麗日(うららか)建設が鳴羽田に来てくれなくなったらどうするの。

 

 でも銀髪碧眼の紳士な髭ダンディ(20代)が、赤毛のツインテール少女の前でポーズをつけているのが見えた。

 

「リスナー諸君! これより始まる怪傑浪漫! 目眩(めくるめ)からず見届けよ! 私は救世(ぐぜ)たる義賊の紳士、ジェントル・クリミナル!」

「キャーッ、ジェントルーッ!」

 

 カメラマンは静かにしていた方がいいと思います、ラブラバさん。

 サッカー強盗はそんな二人を一瞥して、物凄い早さでジェントルの脇をすり抜けようとする。

 

「ひったくりよ、自らの行いを恥じるがよい……ジェントリー・リバウンド!」

 

 不可視の空気の膜に、サッカー強盗はトランポリンのように弾かれた。

 弾かれたサッカー強盗は、凄まじい勢いで私達の方に吹き飛んできて……えっ!?

 

「セイ!」

 

 私の前に飛び出た麗日(うららか)お茶子ちゃん(小学六年生)が、片手でサッカー強盗を受け止めた。

 ……と思ったら、ふわふわとサッカー強盗が宙に浮かんで、空中でじたばたと藻掻き始めた。

 お茶子ちゃんの個性、『無重力(ゼログラビティ)』だろうか。

 

「おお……凄い……」

 

 私が思わず声を漏らすと、お茶子ちゃんはこちらを向いてニヒヒと笑った。

 

「ジェントリィィィィー・サンドイッチッ!」

 

 空中で藻掻くサッカー強盗に、さらに上から蓋がされた。

 無駄に格好良くお辞儀をするジェントルに、はしゃぐラブラバ。

 

 下からは、無重力(ゼログラビティ)

 上からは、弾性(エラスティシティ)

 

 ……酷いコンボだ。ウメハラが捕まえて画面端でバースト読んでまだ入っちゃう奴だ。

 私だと、吹き飛んできたサッカー強盗を下に()()()大怪我させちゃってただろうなぁ。

 

 こういう時に無傷で無力化できないから、私はヒーローになれない。

 

「ところで空ちゃん、チアガールに興味無い?」

「無いです」

 

 真さんの何気ない問いかけを、私は笑顔で拒絶した。

 

 

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