塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.17 「鳴羽田の長い一日」

 

【マジカル】《magical》

 魔法のような、不思議な。

 魅力的な、神秘的な。

 

 

 * * *

 

 

「太極拳の攻防は、大きく分けて四つ。それぞれ、発・()・打・化じゃ。発は出て行く、()は遮る、打は制する、化は溶かして変える」

 

 鳴羽田(なるはた)功夫(クンフー)道場。

 今日も私は、師父(シーフー)の教えを真面目に受けている。

 

(ちまた)では寸勁だの発勁だの色々言われとるが、結局のところ(けい)は『力の流れ』と捉えた方がわかりやすい。だから発勁なら『力の流れを発する』というわけじゃ」

 

 OFAの発勁と、本来の発勁は似て非なる事が、わざわざ単行本のコラムで説明されている。

 お兄ちゃんが何度もいらついていたので、三代目のブルースさんは反省してください。

 

「発勁を用いて相手を打つ時、必要な動作がある。発勁がデコピンなら……」

 

 師父(シーフー)はデコピンの構えをして、指に力をグッと籠めた。

 

蓄勁(ちくけい)。力の解放前に、力を貯める動作のことでの。力を貯めて解き放つと発勁になるんじゃ。以前も言うた通り、寸勁だのなんだのは距離による打法の違いに過ぎん。これが、太極拳の「八極拳もじゃ!」「形意拳を忘れるでない!」……太極拳をはじめとした中国拳法全般の考え方であり、前提となる」

 

 健康体操を踊っているお爺ちゃん達から、何故か強烈なツッコミが入る。

 私も真似をして、指をデコピンの形にしてみる。

 

「デコピンの、蓄勁(ちくけい)……」

「ただ、相手を打つ前にいちいちデコピンの構えをしとったら、間に合わんじゃろ。そこで化勁(かけい)、つまり相手の攻撃を流して無力化する技術が絡んでくる。この化勁(かけい)も意地悪でな、沢山の意味がこもっておって、どれも正しいからタチが悪い。例えば化勁(かけい)の化は、日本語では『変える、変化させる』といった意味じゃ。そして中国語では『溶かす、消化させる』などの意味もある。ゆえに化勁は『力の流れを変化させる、相手の力を溶かす、消化させる』というのが大意となる。これは儂の定義であり解釈になるが、太極拳の化勁は『相手の力を無力化した上で相手と一体化し、吸着化する』と考えると早い」

 

 師父(シーフー)が、右拳で打ってこいというジェスチャーをした。

 だから右拳を師父(シーフー)に向かって伸ばす。

 

 師父(シーフー)の右手が、私の右腕を払うように触れた瞬間に私の体勢が前に崩れた。

 師父(シーフー)の右手は私の右腕を掴んでいないのに、師父(シーフー)の手は吸着して離れない。

 螺旋の力で貼り付く、粘という技術。

 

 気がつけば師父(シーフー)の左脚が外から私の右膝にかかり、師父(シーフー)の左腕が私の右腕を内から押さえる形になっている。

 足で膝を崩されれば倒されるし、腕で身体を押されても倒れるし、そもそも体軸が崩され続けて力が入らず抵抗できない。

 套路(とうろ)の一つ、野馬分鬃(イエマーフェンゾン)の用法だ。

 ただでさえ私は無力化されているのに、師父(シーフー)の右手は完全にフリーで、私の身体は殴り放題の()けるサンドバッグになってしまった。

 

「攻防一体と言うじゃろ。相手を崩しながら蓄勁(ちくけい)をする。相手は崩れとるから耐えることもできん。そこを発勁で打つ。打っても終わらん。近づいて、糸のように纏わり付く。相手との接触点が増えれば増えるほど、相手を意のままにできる」

 

 説明しながら、師父(シーフー)は私の崩れた体勢を元に戻してくれる。

 師父(シーフー)の説明を聞いて、私は考えを口に出す。

 

「相手を吹き飛ばすのは格好いいけれど、接触点を減らしてしまうから手加減、なんですね」

 

 

 前世で『マジカル☆八極拳/Zero』みたいな名前のアニメがあった。

 タイトルはうろ覚えなので、ちょっと違うかもしれない。

 なんとなくアニメを見てたら、マジカル☆八極拳使いのおじさんと、銃使いのおじさんが戦う戦闘シーンだけお兄ちゃんが覗きに来た。

 案の定、お兄ちゃんはツッコミばかり入れまくっていた。

 

「なんで初手が上段回し蹴りなんだオルァ! しかも相手の回避に対応できてねぇ!」

闖歩(ちんほ)でも膝抜きでもなく、ただ滑る運足に何の意味がある。重心移動舐めてる?」

「百歩譲って箭疾歩(せんしっほ)のミリしら想像だったとしよう。八極拳ではなく八極螳螂拳?」

衝捶(しょうすい)でも冲捶(ちゅうすい)でもなく、弓歩(きゅうほ)も崩しも震脚もないただの右ストレート?」

「吹き飛ばしてどうすんだ、沈墜勁(ちんついけい)で落とすか、せめて浸透させろ」

「相手は銃使いなんだから銃を弾き飛ばすまで油断するなよ、残心ぐらいしろボケが」

化勁(かけい)が下手過ぎる、ちゃんと流して崩すか踏み込んで(カオ)しとけ」

「全然八極拳してねえぞゴルァ! 責任者出てこい!」

 

 ……脚本の人、そこまで考えてないと思うよ。

 

 あ、でも。

 師父(シーフー)の話を聞いていると、お兄ちゃんの叫びが少しわかってきた気がする。

 銃を所持している相手に近づくことができたのなら、蹴りを放つ前に相手にくっついて銃を撃たせなければいいっていうのは、私にだってわかる。

 

 

「……纏絲勁(てんしけい)で相手を吸着化できるのなら、打つ必要すら無くなりませんか?」

「おう、いい質問じゃの。その通りじゃよ。武術というのは面白いもんでの、わかってくればわかってくるほど、怠け者の横着者になるでの」

「怠け者の、横着者……?」

 

 よくわからずに私が首を傾げると、師父(シーフー)は笑った。

 

「『先に開展を求め、後に緊湊に至る』。最初は大きく、段々小さくと言い換えてもええの。例えば今見せた化勁は、相手の攻撃を受け流す動作じゃから誰の目から見てもわかりやすい。じゃが歳を取ってくると、手を伸ばすことすら億劫になってくる。わざわざ殴る蹴るとか面倒な真似をせんでも、相手を無力化できると気づく日がくる。そうなると……」

 

 師父(シーフー)が、もう一度右拳で打ってこいというジェスチャーをした。

 だから私は同じように、右拳を師父(シーフー)に向かって伸ばした。

 

 師父(シーフー)の左手が、私の右腕を払うように触れた瞬間に私の腰が落ちた。

 私の重心、あるいは腰の中にある骨、もしくは回る独楽(コマ)を一瞬で崩された。

 落ちたくないから耐えようと、私は踏ん張る。

 

 私は師父(シーフー)の左手を振り払いたい。

 なのに、私の右腕は安定を求めて師父(シーフー)によりかかろうとする。

 結果として師父(シーフー)にしがみつく感じになって、それ以外に何もできなくなってしまった。

 

 私はゆっくりと四つん這い、右腕を伸ばしたままだから三つん這いの体勢にされていく。

 何もできない、耐えられない!

 右腕を伸ばしたまま、私は平伏の姿勢になろうとしている!

 

 そんな私を眺めながら、師父(シーフー)は淡々と言う。

 

「人間というのは、もたれかかりたがる生物なんじゃ。壁でも、手すりでも、何かあれば人は寄りかかる。電車やバスで吊り輪があれば誰しも掴みたがる。そうしないと、バランスを(たも)てんからそうするんじゃよ。人間は生物の中で唯一、二足歩行をし、脊椎を垂直に維持しているから、四足の動物と比べて非常に不安定な立ち方をしちょる。不安定だからこそ、何かにもたれたがり、すがりたがる。化勁の吸着化現象は、この人間特有の生態を利用して『人為的に藁にもすがる状態を作りだす』んじゃ。日本の古武術では合気捕りと呼ばれとる。剣術に使っている流派もあるの」

 

 師父(シーフー)の手が、私から離れた。

 私は四つん這いの体勢で息も荒く、呼吸を必死に整えている。

 目の前に床があったのに、永遠に奈落の底に落ち続けたようだった。

 

 合気捕りは知っている。前世のお兄ちゃんの得意技だ。

 合気捕りを覚えると、手が触れるだけでいいから上半身がオマケになると言っていた。

 

 手が触れた瞬間に終わるって、ガード不能技ってレベルじゃないんですけど!?

 

弟子(トゥーディー)よ。套路(とうろ)の最中に、球を感じたことがあるじゃろ?」

「はい。内旋と外旋の球でした」

 

 内旋は、身体の内側への回転だ。

 例えば両足をハの字にすると、左足は右回り、右足は左回りになる。

 この回転が、内旋と呼ばれる。

 

 外旋はその逆、身体の外側への回転。

 両脚を逆ハの字にすると、左足は左回り、右足は右回りになる。

 この回転が、外旋と呼ばれる。

 

 実際には横回転とか縦回転とか色々あって、もっと複雑だ。

 

「うむ。それを太極球という。慣れてくると、太極球を自由自在に循環させることができるようになる。これを乱環圏(ランファンチュアル)と呼ぶ。日本語では制空圏とでも表現すべきかの? 乱環圏(ランファンチュアル)を理解している者に近づくと、圏内に入った瞬間に崩され、無力化されてしまう。円運動の境地の一つといったところじゃの」

「太極球、乱環圏(ランファンチュアル)……」

 

 私は右手を握ったり、開いたりして確かめる。

 手を握るだけでも、球は発生する。

 

「なんにせよ、『蓄勁(ちくけい)したから発勁しました』、『化勁したから発勁しました』などと言っていてはダメじゃ。全てを無意識で瞬時に出来るようになって、そこではじめて実戦に使える。最終的には套路(とうろ)も何も無く、ただ流れだけがそこにあるようになる。……ま、そこまで辿り着いたら、儂からは卒業かの」

 

 そう言って師父(シーフー)は笑う。

 でも私は、苦笑するしかない。

 

「卒業も何も、まだ外功というか、鉄砂掌とか色々やってますし」

弟子(トゥーディー)がずっと真面目に鍛錬しとるから、外功の進みが思いのほか早いんじゃ。おぬしの内功は、気づきさえあれば階段を上れる状態。そして弟子(トゥーディー)は、套路(とうろ)の中に『発・()・打・化』がどこにどう詰まっとるのかを最初から考えながらやっとる。なんだかんだで、実戦使用のレベルに到達しているはずじゃぞ?」

 

 ……実戦使用は、いいのだけれど。

 一つだけ、気になっていることがあるというか。

 

 元々、身体的な強化限界が高く、成長速度も早い世界。

 例え無個性であっても、十ヶ月の鍛錬で1トンの軽トラを持ち上げることができる世界。

 

 出久君が持ち上げた1トンは、前世の重量挙げ世界記録の五倍以上。

 255kgのオールマイトを背負っていたという、その事実だけでオリンピック優勝レベル。

 

 今世の私は、五歳の頃から真面目に太極拳をやっていて、今年で六年目。

 道場以外でも、毎日欠かさずでんでん太鼓(スワイショウ)套路(とうろ)をやってます。

 だから高校に入学する頃には、太極拳歴が十年目になる予定なんですが。

 

 今世の世界の法則上、『マジカル☆太極拳』使いになってしまいそうで、少し怖い。

 

 

 * * *

 

 

「あれっ」

 

 リビングテーブルの上に、私の作ったお弁当が忘れ去られていた。

 最近のお父さんは、トリガー関連で忙しくてお昼の時間も不規則らしい。

 

 現時点で「オノムラ薬品工業を洗った方がいいです」と言えるわけもないので、大人しく見守るしかない。

 せめてお弁当ぐらいは、と思ってお父さんのお弁当を作ることにしたのだ。

 

 丁度今日は祝日で、学校は休み。

 考え事をまとめるために、出歩いてみたい気分だったのもあった。

 だから鳴羽田(なるはた)警察署まで、お弁当を届けることにした。

 いつものパンツスーツ姿よりは、制服姿の方が警察署に入りやすいかもしれない。

 学校は休みだけど、私立聡明小学校の制服を着てみた。

 

 白い制服に身を纏い、お父さんの弁当を片手に私は家を出る。

 右手を握ったり開いたり、にぎにぎしながら街をゆっくり歩いていく。

 通学時のように走ったりはしない。

 歩くのは何かを考えるのに良い行為だと、どこかで聞いた覚えがある。

 

 

 師父(シーフー)は、無駄な説明を殆どしない。

 なんでもないような過去の発言と、最新の発言が繋がってたりするから侮れない。

 

 ……なんか、こう。もどかしい。

 すぐそこに答えがあるようで、なかなか辿り着けない感じ。

 蓄勁(ちくけい)。発勁。化勁。合気捕り。寸勁。零勁。触れ合気。

 

 師父(シーフー)の左手が、私の右腕に触れた時を思い出す。

 波のような力が、私の腕、肘、肩、首、背骨を通って腰に流れた気がした。

 帰宅してからネットで人体の骨について調べてみたけれど、私は仙骨を崩されたのだと考えた。

 

 支点・力点・作用点?

 私はデコピンではなく、指を狐さんにしてみた。

 狐さんは、何も教えてくれなかった。

 

 

 * * *

 

 

 その日の鳴羽田(なるはた)は、大変なことになっていた。

 二つの大事件が同時に発生し、しかも片方はニュースで流されていなかった。

 事件の重大度を鑑み、警察からの要請に基づき、メディアが自主的に報道を自制していた。

 

 一つは、「鳴羽田(なるはた)の怪獣事件」。

 体長15メートルほどの怪獣型ヴィランが、街で大暴れしていた。

 にも関わらず、警察からヒーローに出動要請が降りない。

 だからヒーロー達は、目の前で暴れる怪獣に対して手も足も出せない状況に陥っていた。

 壊れていく鳴羽田(なるはた)の街、避難に懸命な一般市民達。

 法律とはなんと歯がゆいのか、と皆で歯ぎしりをするしかなかった。

 

 もう一つは、「鳴羽田(なるはた)警察署の占拠事件」だ。

 ディクテイターと名乗るヴィランが数十人の職員を「人間の盾」にして立てこもり、政府に自らを日本の支配者として認めるよう要求してきたのだ。

 ディクテイターの個性『独裁』は、他人の身体を本人の意思と無関係に勝手に操る。

 拳銃を所持した警察官も操られており、迂闊に手を出すと手を出した側が撃たれるか、あるいは人質となっている人間の盾が文字通り撃たれてしまう。

 誰か人質が死ねば責任問題となり、話は余計にややこしくなる。

 警視庁は個性『盾』を持つプロヒーロー・クラストに連絡をとり、急いで駆けつけてもらうように打診した。

 仮に強行突破の決断を下した際、全身に盾を生成できるクラストは最も有利な個性ではないかと考えられた。

 

 最悪だったのは、警視庁が鳴羽田(なるはた)警察署の占拠事件を優先した結果、鳴羽田(なるはた)の怪獣事件への対応が遅れてしまったことだ。命令系統の混乱が、致命的なすれ違いをヒーロー達との間に発生させてしまった。

 

 

 * * *

 

 

「うーん、日本の警察はどうしたんだろうねぇ?」

 

 キャプテン・セレブリティは、ソファで寝転がるかのように空中で寝そべっていた。

 彼の個性『飛行』は、優雅な休憩すら場所を選ばない。

 本国で訴訟と醜聞を幾つも抱えて身動きが取れなくなり、彼は仕方なく日本に活動の場を移した。

 そこまでは良かったが、序盤から既に(つまず)いている。

 

「AGGHHH!」

 

 怪獣の咆哮が、市民達を怯えさせている。

 

「怪獣は今、一丁目のあたりだし! みんな逃げて!」

 

 マイクを手にした一般市民の少女が、ビルの上を跳びはねながら避難誘導をしている。

 

 キャプテン・セレブリティは、実のところいつでも救助に行けた。

 マスコミ各社との連携も地元ヒーローとのチームアップも出来ているし、地上スタッフと要救助者の確認も済ませている。

 ついでにいうならDJも待機済みだからいつでも音楽をかけられるし、美女揃いのチアガール達も待機している。

 

 だから、そう。

 鳴羽田(なるはた)警察署からの出動要請さえあれば、目の前の怪獣なんて5分もかからない。

 ただでさえ訴訟沙汰で雁字搦めだから、日本の法律を遵守したいだけ。

 なのに、肝心の出動要請が降りてこない。

 

「……警察からの要請がまだだから、いま出動する義務はないんだよね」

 

 懸命に避難誘導をする少女を眺めながら、どうしたものか、と悩み続けた。

 

 

 * * *

 

 

 ジェントル・クリミナルは、やりにくいと感じていた。

 周辺に『手を出したいが出せないヒーロー達』が大勢いるので、迂闊にヴィジランテ活動ができない。

 下手にヴィジランテ活動をすると、腹いせで捕まりかねない。

 せめて、誰か一人でもヒーローが怪獣に向かってくれればそれを言い訳に動けるのだが。

 

 ゆえにジェントルは仕方なく、和歩と共に住民達の避難誘導に徹していた。

 

「一体どうしたのだ、何があったというのだ……」

 

 流石のジェントルも、様子を伺うしかなかった。

 

 

 * * *

 

 

 片手というか、手首から先だけを動かしながら、私は歩く。

 なんか周囲が騒がしいけど、どうせいつもの鳴羽田(なるはた)だろう。

 

 色々試していると、わかったことが少しある。

 

 前世の映画、確か『ジャッキー・チェンの酔拳』。

 馬歩の鍛錬の際に、ジャッキーが人差し指を立てていた。

 

 なんでジャッキーは人差し指を立てているんだろうと、首を傾げた記憶がある。

 お兄ちゃんに聞くと説明が長くなるので、前世ではあえて尋ねなかった。

 

 でも、今ならわかる。

 あれは人差し指を立てているのではなくて、掌を前に出したから勝手に中指・薬指・小指が曲がってしまったのだ。

 結果的に、曲がらずに残ってしまったのが人差し指、ということになる。

 

 確認のために、動作を繰り返してみる。

 力を抜いた右手から、掌を前に押し出すように手首を曲げる。

 勝手にというか、連動して指が三本曲がる。

 

 なんだか面白い。

 あとなんか、手首から肘の内側までが引っ張られる感覚がある。

 手首を曲げただけなのに、連動して色々なものが動いていく。

 

 してん、りきてん、さよーてん。 

 腕が力点で、作用点が腰?

 支点が首だと、ポキッと折れちゃいそう。

 

 うーん、多分違うな、これは。

 

 

 * * *

 

 

「おっ、おい、見ろ! 少女が規制線を通り抜けていったぞ!」

「なんだって!?」

 

 今の鳴羽田(なるはた)警察署は、大量の黄色いテープと大勢の警官で封鎖されている。

 ヴィラン・ディクテイターが、中の職員を丸ごと全部人質にしているせいだ。

 

 だが、何も無かったかのようにテープをくぐりぬけ、一人の少女が警察署の中に入っていってしまった。

 誰一人として少女を止められなかった理由は、簡単だ。

 

 少女には何の悪意もなく、敵意も無く、考え事をしながらただ歩いているだけだった。

 だからその場に居た全員が『そこにあって当たり前の背景的なもの』として認識してしまった。

 

 もし、少女が立ち入り禁止の規制線に気づいていたのなら。

 あるいは、周辺の景色の異様さに気づいて一瞬でも意識を警官に向けたなら。

 その途端に、誰かが気づいて大慌てで少女を制止しただろう。

 

 それぐらいに、少女の行動はあまりにも自然過ぎた。

 ()()()()()()()()()()()()()なように。

 皆が気づいた時には、何もかもが手遅れだった。

 

「……プロヒーロー・クラストの到着はまだなのかッ!?」

 

 鳴羽田(なるはた)警察署を囲んでいた警視庁の警視は、思わず叫んだ。

 

 

 * * *

 

 

 私はお弁当箱を左手に持ったまま、右手の指を折り曲げながら考える。

 てくてくてくてく、警察署の中を奥へと歩いて行く。

 

 

 ニュートンのゆりかご、というものがある。

 

 簡単に説明するなら、金属の球が5個くらい並んでつるされている玩具だ。

 端っこの球を持ち上げて、パチン! とぶつけると……反対側の、端っこの球だけがポーンと跳ね上がる。

 だけど、真ん中の球は動かない。

 跳ね上がった球が戻ってきてまたぶつかると、今度は最初の球が跳ね上がる。

 コンコン、コンコン。これが何度も繰り返される。

 

 例えるなら、ドミノ倒しみたいなもの。

 最初の球が持っていた「動く力」が、球と球がぶつかることで次々と伝わっていって、最後の球まで届く。

 

 難しく説明するなら、運動量保存則と、力学的エネルギー保存の法則と、弾性衝突の物理法則を視覚的に示したものという言い回しになる。

 

 なんかこう、気とか言われる凄い力が、ニュートンのゆりかご的に腕から腰に伝って……?

 ニアピン賞? かすった? 微妙に合っていて微妙に違うような……?

 

 してん、りきてん、さよーてん。

 

 ・支点:回転の中心となる点

 ・力点:力を加える点

 ・作用点:力を及ぼしている点

 

 ……うん?

 作用点が、そのまま力点になった?

 

 テコは一つじゃなくて、複数存在する?

 

 手から肘、肘から肩、肩から首。

 それぞれにテコがあって、作用点がそのまま力点になっている。

 

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。

 四つ目のテコが、首を力点、背骨を支点として、腰を作用点にした?

 

 

 * * *

 

 

 鳴羽田(なるはた)警察署を占領していた(ヴィラン)、ディクテイターは驚いた。

 ディクテイターの個性『独裁』で身体を操られ、口を開くこと以外何も出来ない鳴羽田(なるはた)警察署の数十人の職員も驚いた。

 さらに言うと、拳銃を構えていつでも誰かを射殺できるようにさせられていた塚内直正警部は、拳銃を口に咥えたくなったぐらいに驚いた。

 

 鳴羽田(なるはた)警察署で働いている人間なら、誰もが知っている。

 塚内直正警部の一人娘、塚内空。

 

 私立聡明小学校の制服を着て、左手にお弁当を持った彼女が、いつの間にかディクテイターのすぐ目の前にいたのだ。

 

 ディクテイターの周囲には、幾重もの警察職員達が壁のように並んでいる。

 ディクテイター自身も、敵意のある者が近づいてこないよう必死に警戒していた。

 

 実際、疲弊してズタボロになっていた緑谷出久は、戦う気と救う気満々でディクテイターの前に立ちはだかったから、ディクテイターが操る一般市民達に攻撃されてしまった。

 大・爆・殺・神・ワンチャンダイブ・ダイナマイト・爆豪のかっちゃんの徹甲弾(A・P・ショット)でディクテイターの出番は一瞬で消えてしまったが、本題はそこではない。

 

 どんな人間にも、色々なセンサーが最初からついている。

 悪意や攻撃に対するセンサーは、鍛錬をしていない人間でもちゃんと稼働している。

 

 だが、例えば街中において、自分を見もせず意識もせず、ただ横を通りすぎる通行人に意識を払うだろうか?

 その辺の柱に寄りかかって、必死にケータイとにらめっこしている人間を警戒するだろうか?

 

 それと全く同じ現象が発生した。

 

 つまり、その場にいる誰も見ず意識もせず、ただ横を通りすぎる通行人として、塚内空がディクテイターの目の前に来たに過ぎない。

 そして塚内空が停止したのは、人混みを通り抜けたかったのにディクテイターという障害物が行く手を塞いでいただけに過ぎない。

 

「すいません、どいてくださ……あれっ?」

「はぁあぁぁあ!?」

 

 そこではじめて顔をあげた塚内空と、塚内空に気づいたディクテイターの視線が交錯した。

 驚いたディクテイターは、個性『独裁』を使って少女を射殺しようと、両手を使って銃持ちの警官達を操ろうとした。

 

 ディクテイターの動作の起こり、つまり肩の動きに気づいた塚内空は、何かをしようとしたディクテイターに対して迷わず踏み込んだ。

 塚内空は左手も使いたかったが、お弁当を持ってるから右手だけでいいや、と考えた。

 

 右手で小さな円を描いてディクテイターの右腕に絡め、螺旋の力と共に少しだけ右手を引いた。

 ディクテイターは背が低い上に、頭の位置が変な場所にある。

 わかりにくいけれど、異形も混じっているのかもしれない。

 

 まぁそんな考察はどうでもいいか、とばかりに塚内空はそのまま右手の円を膨らませる。

 フィボナッチ数列が描く黄金比の螺旋がディクテイターの右腕を持ち上げ、体軸を崩した。

 ディクテイターの右腕が垂直にあがったその時、塚内空の右手もまたあがっている。

 

 刹那、落下に関する地球の力を全て借りた塚内空の右拳が、鉄槌打ちとなって垂直に振り下ろされた。

 金剛搗碓(こんごうとうたい)、右半身のみの変形。

 

 塚内空の右拳鉄槌と右膝が、ディクテイターの後頭部と顔面をサンドイッチせしめた。

 一瞬でディクテイターは気絶し、個性『独裁』は解除された。

 

「だっ、大丈夫かね、キミッ!?」

 

 そこへ、焦り顔のプロヒーロー・クラストが声をかける。

 鳴羽田(なるはた)警察署に何も知らない少女が迷い込んだと聞いて、到着するなり強行突入したのだ。

 

「あ……」

 

 塚内空は周囲を見直すと、改めて状況を把握した。

 倒れているヴィランの姿に見覚えはあるが、記憶に薄い。

 

 ただ、警察の人達の作戦を台無しにしてしまったことだけはわかる。

 できれば面倒を避けたい、そう塚内空は考えた。

 

「クラストさんが倒したことにしてもらっていいですか?」

「い、いや、それは構わないが……」

「気が引けるなら、報酬としてLINEの連絡先を教えてください」

 

 そう言ってクラストに背を向け、塚内空は一人の男のところへ歩み寄った。

 

 ディクテイターの個性『独裁』によって愛娘を射殺しようとしていた塚内直正警部は、唇を嚙みきる勢いで抵抗し、自分の右腕を必死に左手で押さえていた。

 自分に近づいてくる愛娘の姿に、絶望で満ちていた塚内直正の顔が緩み、頬に一筋の涙が伝う。

 

(そら)ぁ……」

「お弁当忘れてたから、持ってきたよ、お父さん」

 

 恥ずかしそうに笑う愛娘を、塚内直正は拳銃を投げ捨てながら抱きしめた。

 拳銃が暴発したらマズイと判断した三茶(さんさ)が、ダイビングキャッチで拳銃を受け止めた。

 

 父親が本気で死にそうな顔をしていたので、塚内空は頭を撫でてあげた。

 

 

 * * *

 

 

「C.C――キャプテン・セレブリティ!」

「おっ来たね! こちらC.C」

 

 キャプテン・セレブリティのスタッフから、待望の通信が入った。

 

鳴羽田(なるはた)警察署からの出動要請を受理しました!」

「準備OK、いつでもどうぞ!」

 

 キャプテン・セレブリティは、待ってましたとばかりに空中でポーズを取る。

 イヤフォンから、スタッフの声が聞こえてくる。

 

「C.C――On your mark! Get Set!」

 

 キャプテン・セレブリティは、飛び出す準備をした。

 

 たった一つ問題があったとすれば、鳴羽田(なるはた)の怪獣被害が膨らんで多くのヒーローが駆けつけていた事態にも関わらず、鳴羽田(なるはた)警察署からの出動要請が遅れ、到着して待機していた全てのヒーローが怒り心頭だったことだろうか。

 

「それでは諸君、エンジンを回せ! チームIDATEN、全開運転(フルスロットル)!」

「煌めく眼でロックオン!」

「猫の手 手助けやって来る!」

「どこからともなくやって来る……」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」

「私の矯正を待っている者が大勢いる……タイトなジーンズで心身共に引き締めよう」

「困っている子がいる、これがもっとも重要よ!」

「WOOO……ワッシャ!」

「――エビバリ LISTEN TO ME! 避難場所はこちらだぜ!」

「リスナー諸君! これより始まる怪傑浪漫! 目眩(めくるめ)からず見届けよ! 私は救世(ぐぜ)たる義賊の紳士、ジェントル・クリミナル!」

 

 そして、鳴羽田(なるはた)の街に響き渡る青年の声。

 

「チェンジ・エニグマさん!」

「ほいよー、ええだがー」

 

 チームIDATENのサイドキック、エニグマが巨大化して怪獣型ヴィランの行く手を塞いだ。

 エニグマの頭の上で、東映版スパイダーマンのポーズをしている青年がいる。

 その青年は、オールマイトパーカーにバイザーをつけたデザインのコスチュームをしていた。

 

「よくも鳴羽田(なるはた)の街を荒らしたな! 俺は情け無用の男、ザ・スカイクロウラー!」

 

 ちゃーちゃらーっちゃちゃら!(1カメ)

  ポポポポポポポポン(2カメ)

 ちゃらっちゃらー!(3カメ)

 

「うおお、(気合いを)(ギュッとして)()()()()(ドーン)!」

 

 

 凄まじい勢いで、チームアップしていないヒーロー達が活躍をはじめる。

 撮れ高の違いもあり、マスコミ各社がそちらに流れていく。

 唖然としていたキャプテン・セレブリティに、スタッフからの通信が入る。

 

「C.C.! GOです、GO! 急いで!」

「あっ、ああ、わかっているとも! It's SHOW TIME!」

 

 急ぎ出撃したキャプテン・セレブリティのチアガール達が、彼を応援する。

 

「「「Go! Go! C.C Go!」」」

 

 華やかで美人揃いのチアガール達だったが、状況的に、微妙に空気を読めていなかった。

 アメリカ流のショーアップは、ただでさえ日本には受け入れがたいもの。

 鳴羽田(なるはた)の街は被害を受けすぎているのに、ショーアップしてどうするという話だった。

 

(あっちゃー……まずいかも)

 

 チアガールのリーダーとして、ヘソ出しミニスカの大胆な衣装で応援ダンスをしながら、塚内真は冷や汗をかいていた。

 キャプテン・セレブリティのスタートダッシュに、致命的なミスが発生した気がする。

 

 海外の大学に留学してから、外資系企業に行くのも悪くないと考えていた塚内真だったが。

 C.C.コーポレーションのゼネラルマネージャーを目指すルートは考え直していいかも、と思ってしまった。

 

 

 * * *

 

 

 結果として娘に助けられたが、経緯を聞く限り決して褒められるようなものではなかった。

 父親の自分に弁当を届けようとし、考え事に夢中すぎて周囲の変化に気づけなかった。

 気がつけば目の前にヴィランがいて、何かされそうだったから反撃で気絶させた。

 

 反撃で気絶といっても、小学生の護身術が偶然良い方向に傾いただけだ。

 

 もしかしたら。

 もしかしたら、自分は。

 その手で愛娘を、撃ち殺していたかもしれなかった。

 

 考えれば考える程、鬱になる。

 事件の事後処理をしながら、塚内直正は疲れた顔で三茶(さんさ)の腰辺りをぼんやり見つめた。

 

「どうかしましたか、塚内警部?」

 

 視線に気づいた三茶(さんさ)が尋ねると、塚内直正は自嘲気味に笑った。

 

「いや、な。ロシアンルーレットについて考えていた」

 

 三茶(さんさ)は、自分がつけているSAKURA M360Jを見た。

 そして視線を、塚内警部のSIG P230JPに移す。

 

 ・SAKURA M360J:リボルバー(ロシアンルーレット可能)

 ・SIG P230JP :セミオート(ロシアンルーレット不可能)

 

「塚内警部、休みましょう。有給余ってるでしょ。上に掛け合ってきますよ」

 

 引き攣った笑顔で、三茶(さんさ)は塚内警部に優しく声をかけた。

 

 

 * * *

 

 

 操られた人々を誰一人傷つけることなく解放し、ディクテイター本人を無力化。

 プロヒーロー・クラストは、見事に死傷者ゼロで事件を解決した。

 ヴィランが仕掛けた「無血開城」を、ヒーローによる「無血開城」で打ち破った。

 この「無血開城事件」は、クラストの実力と、人命を第一に思う信念を世に知らしめることになった。

 

 おまけだが、プロヒーロー・クラストのLINEの連絡先が一件追加された。

 

 

 * * *

 

 

 周囲が完全に目に入らず、気がついたらヴィランの目の前に居た。

 これって結構やばいというか、マズイ気がする。

 作業しながら音楽をかけていても、集中が高まると音楽が聞こえなくなっちゃうんだよね。

 だから作業通話の類は、私には無理。

 作業中に話しかけられても、作業に夢中すぎて返事ができない。

 

 今回の件を意図的にやれてたら格好良かったんだけど、現実はそうもいかない。

 

 お父さんが心労で寝込んでしまったから、私はヒーローになれない。

 

 

 * * *

 

 

「お父さんもだけど、真さんも大丈夫?」

「……キャプテン・セレブリティの再プロデュースと、プロジェクトからの離脱案を天秤にかけてる……」

 

 お父さん同様、真さんも疲労が凄くて寝込んでいた。

 

 無血開城事件のせいで鳴羽田(なるはた)の怪獣事件の解決が遅れてしまい、結果としてキャプテン・セレブリティが救助対象の選り好みをしていたことがマスコミに報道されてしまったのだ。

 例えば犬のマサヒコを助けなかったり、足を怪我したお姉さんとお相撲さんの二人を同時に救出したほうがいい場面でお姉さんだけ優先してお相撲さんを泣かせてしまったりしていた。

 それだけならまだともかく、妻子がいるにも関わらずチアガール姿の真さんを口説いてる光景を撮影されてしまったり、怪獣事件の被害によるセキュリティ低下につけこんで銀行強盗をした犯人を捕まえなくていいのかと尋ねられた際に「どうでもいいよそんなの」と言ってから真さんを口説こうと迫る場面がパパラッチに撮影されていたり、あげく救出活動中のサイドキックに「ダサイカッコでボクの足下チョロチョロするのはやめてくれる? YOUがテレビに映り込むと画面全体がダサくなっちゃうんだよね」と言い放ったことが一般市民のケータイで撮影されていたりしていた。

 

「キャプテン・お騒がせ・空飛ぶ種馬・セレブリティは自覚と反省が足りなさすぎるから、離れてもいいかも」

 

 原作では、スカイエッグ事件前後からイメージ改善に成功していた。

 だけど救助対象の選り好みも、ハニトラ絡みの裁判を沢山抱えているのに真さんを口説いていたのも、何もかも全部原作でやっちゃった事実であり、今回はそれを撮影されてしまっただけに過ぎない。

 あなたは本当に、奥さんを愛しているんですかキャプテン・セレブリティ?

 

「取りこぼしていた男性層の獲得と、醜聞(スキャンダル)イメージの払拭を兼ねて大胆な路線変更を模索していたのだけれど……どう思う?」

 

 ソファに寝転がって、げんなりしている真さんから紙を手渡された。

 そこには、キャプテン・セレブリティの再プロデュース案が色々書き込まれている。

 原作で選択された、ヤンキー系ジャパネスク硬派路線もきっちり書いてある。

 ……原作ではギャグで流されていたけれど、現実問題としてこの路線はまずいと思う。

 

「ヤンキーって不良とかイジメのイメージが強いから、いじめられた経験を持っている人達からの反発が凄いと思いますよ? コンビニ前でうんこ座りしてる不良達と同一レベルにキャプテン・セレブリティを落とし込むんですか? 盗んだバイクで走り出したり、校舎裏で煙草を吸ったり、学校の窓ガラスを割っちゃうのを推奨するヒーローってことなんですか?」

「あー、そうじゃなくて、応援団路線というか……」

「格好が同じだから、区別がつきません」

 

 私が一刀両断すると、真さんは力尽きたように腕を投げ出した。

 

「あーもー、どうすりゃいいのよォ……!」

「大きく分けて四つ」

 

 私が指を四本出すと、ソファに寝転がったままの真さんの目がキラリと光る。

 

「詳しく」

「一つ目は、同じショーアップでもアッパーカーストのジョック路線ではなく、アメリカンプロレス方面に走る案。用意済みのDJもチアガールも雇用継続できるし、なんなら実況と解説をつけてもいいですね。向こうのプロレスって必ず開催場所の街を褒め称えるから、同様に街を褒める台詞を必ず添えます。『俺がナンバーワンの理由は分かるか? それは、この街と君たちを愛しているからだ! And that's the bottom line, 'cause Captain said so!(問答無用、キャプテンがそう言ったからだ!)』とかなんとか。実況が『さぁ出ました、必殺のセレブリティ・スプラッシュ! これは決まったーっ!』とか言って、解説が『今の攻撃、ヴィランの動きを完璧に読んでいましたね。派手さだけじゃない、彼のヒーローとしての基本性能の高さが光ります』とかさりげなく褒め称える路線」

「ふんふん」

「二つ目は、いわゆる勘違い日本を信じるアメリカ人路線への転向。サムライ・ニンジャ・スシ・ゲイシャ。サムライ・ソウルを持つキャプテン・セレブリティは、ゲイシャガールの妻にスシを喰わせるために、ニンジャ=カラテでヴィラン達を倒していく。映画『ブレードランナー』を参考に、天丼の海老を四本入れようとするお茶目さを混ぜたりする。とりあえずオジギでアイサツしてニンジャ=カラテで粉砕して全部解決」

「……それはそれで」

「三つ目は、物語を持たせる路線。普段は冴えない新聞記者だけど、実はキャプテン・セレブリティだった、みたいな。折角だから奥さんと和解して、家族との時間を大事にする夫の姿を前面に押し出す。なんなら、普段はホームセンターでバイトをしていたり、料理屋の店長をしていたり、犬の散歩に一生懸命とかそういうイメージも混ぜる。でもいざ事件が起これば上着を脱いで、上着の下からキャプテン・セレブリティのスーツが見えるっていう感じ」

「いけそうなイメージ」

「四つ目は、ハニトラ・パパラッチ・訴訟沙汰の合わせ技を喰らってるキャプテン・セレブリティの係争を全部解決したように見せかけつつ、奥さんとの訴訟に一本化。その後で奥さんを訴訟に勝たせて、キャプテン・セレブリティを借金で雁字搦めにして、解決金の名目で奥さんと報酬を山分けして、華麗に撤退」

「……えげつなっ」

「離脱でいいんじゃ無いですか? 正直、そこまでリターンがあるように思えませんが」

 

 私がそう言うと、真さんは悔しそうに顔を歪める。

 

他人(ひと)事だと思ってェ~!」

他人(ひと)事ですし」

 

 あとは、まぁ、なんていうか。

 

 航一さんをアメリカに持って行かれてしまうのは、ちょっとイヤだった。

 あー。ええと、航一さんが和歩ちゃんとくっつくのはわかってるよ?

 わかってるけど、航一さんがアメリカに行くのは、なんかこう、イヤだなぁって思った。

 

 

 * * *

 

 

 夜、ベッドで横になろうとしたら、ケータイからピコンと音がした。

 見ればLINEで、私と和歩ちゃんと航一さんのグループ部屋が出来ている。

 

航一:(困り顔スタンプ)

航一:母さんが同窓会のついでに明日泊まっていくって言い出した

航一:んだけど

航一:大変

航一:怒られる

和歩:怒られるって、子供じゃあるまいし

航一:なんていうか話の流れで盛っちゃって

航一:「職場でも認められて、充実した生活です」

和歩:いいんじゃないの?

和歩:大体合ってるでしょ

航一:「素敵な彼女もできました」

航一:盛りすぎた

航一:どうしよう

和歩:なんでそんな馬鹿な嘘つくの!?

和歩:(あかんべえスタンプ)

空:偽装彼女が欲しいってことですか?

航一:うん

航一:(泣き顔スタンプ)

和歩:ほんとにバカなんじゃないの!?

空:いいですよ。お母様が来られる予定時刻はわかりますか?

空:(指サインのOKスタンプ)

和歩:はぁ!? 放っておけばいいじゃない!

航一:ヒーロー免許もとってサイドキックしてるのに

航一:ヒーローなんか辞めろってうるさくて

航一:なんとかになんとか

空:売り言葉に買い言葉

和歩:なんで解読できるの

空:航一さん、掃除できてます?

航一:わからないけど

航一:多分大丈夫

和歩:それ駄目な奴

空:じゃあ、早めに航一さんの家に行きますね

和歩:もー! あたしも行く!

和歩:(激怒スタンプ)

 

 ふふっ。

 和歩ちゃん、素直じゃないんだから。

 

 ……それはともかく。

 明日、何着ていこう?

 

 睡眠時間が、ガリゴリ削れる予感がした。

 

 

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