塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.18 「鳴羽田の短い一日」

 

【マザー】《mother》

 母、母親、母性愛。

 起源、根源。

 

 

 * * *

 

 

「空ちゃんの推測、当たってたよ」

「それは本当に何よりです、分倍河原(ぶばいがわら)さん」

 

 俺の一日は、一本の煙草(アメスピ)と観察からはじまる。

 新しい住処、鳴羽田(なるはた)の小さめのビルの三階の窓から道行く人々を眺める。

 今日はそんな風景を眺めながら、携帯電話でお話だ。

 

「前々から、消せる時と消せない時の違いが良くわからなかったんだ。まさかこんなに単純な話だとはなぁ」

 

 『一度実験してほしい』と空ちゃんに頼まれていた事は、俺自身気になっていたことだった。

 俺の個性『二倍』で増やしたものを消す際、消そうと思って消せない時と、消せる時があった。

 ……そりゃもちろん、破壊するなり骨を折ったりすれば消せてはいたが。

 

 空ちゃんとの面接の時、運良く指パッチンで消せた事で格好いい仕草ができたと俺は満足していた。問題は面接の後で、空ちゃんに個性のことをしつこく質問されまくった。

 

「消せるのなら、必ず法則があると思ったんです。後は推測するだけ」

「今度からは、分身体の骨を折ったりしないで済むよ」

 

 あの面接の時は、茶目っ気の罰として分身体の額に「2」と書かれてしまった。

 ところがそれが大正解だった。 

 俺自身が「1」であると認識していると、「2」や「3」を自由に消すことができる。

 

「必要なのは、主従の認識だったんです。他人や無機物を増やした場合、分倍河原(ぶばいがわら)さんにとってどちらが本物なのか区別しにくいから消せなかった。一方で自分を増やした場合は、自分が主で、増やした自分が従だとわかります。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」

「シュジューはともかく、要は俺が一号さんってわかってりゃいいんだろ? 前に言われた『今後自分を増やす際は、増やすたびに2号だの3号だの名付けて、可能なら服に油性ペンで数字を書き込む』、それに何の変わりも無い。覚えやすくてわかりやすいってのは、いい話さ」

 

 最近は資格勉強漬けで、息抜きの大事さがよくわかる。

 九月から正式に就職が決まり、それまでに資格を取れるだけ取っておくと給与がさらに入る。

 ……目標があるってのは良いことだ、特にそれが生きる目標なら。

 

「個性『二倍』で他人を増やす時は気をつけた方がいいし、数字を書かずに自分を増やしすぎるのも危険だということです。数字を書かずに自分を増やしすぎると、誰が一号さんなのかがわからなくなって、自分で自分の骨を折るハメになります。最悪の場合、自分同士が殺し合うのをただ見つめることしかできない、なんてことも」

「ハハッ、そりゃ怖ェ。空ちゃんは、まるで見てきたようにモノを言う。やっぱ小説家の才能あるぜ」

「あはは、ありがとうございます。気になるのは、分倍河原(ぶばいがわら)さんの給与を計算する人の胃に穴が開きそうで心配、ぐらいでしょうか」

 

 電話向こうの、少女の声がクスクスと笑う。

 

「そんなに難しい話なのかい? 給与、20万ぐらいは貰えるんだろ?」

「月収ベースですか? 初月から一桁違うのでは? 仕事に慣れた分倍河原(ぶばいがわら)さんが、一日20万貰ったとしても私は何も不思議に思いません」

「……一日2万じゃなくて?」

「一日2万は流石に過小評価しすぎです。建設業関係の資格って、学歴だけじゃなくて実務経験年数でもいけるんです。オススメなのは、分倍河原(ぶばいがわら)一号さんが資格試験に集中して、二号さん以降が仕事をすることでしょうか。今の分倍河原(ぶばいがわら)さんは、増やした自分の骨を折らなくても消す方法を理解したわけですから、現場に応じて人数を微調整できます。……工期計算どうなるんでしょうね? 経理の人だけじゃなくて監督も発狂しそうな気がしてきました」

「勉強漬けってのは変わらないってことか」

 

 俺は苦笑する。

 電話の向こうの可愛い声は、恐ろしい事を言ってきた。

 

「あ、そうだ。分倍河原(ぶばいがわら)さんの、11年前の件ですけど。二社の経営権を事実上握っておいたので、お望みなら分倍河原さんをクビにした社長と、難癖をつけてきたお得意先の役員とやらをホームレスに出来ますけど、どうします?」

 

 ……反撃がすげぇな、空ちゃん。

 何をどうやったのか、俺にゃさっぱりわかんねぇよ。

 

「いや、いいよ。11年前のことより、九月からの就職のことで頭が一杯だ」

「不当解雇を認めた件を公正証書にさせたので、手紙が届いたら押し入れにでも放り込んでおいて下さいね」

「コーセーショウショ?」

「ただの嫌がらせです、ふふっ」

「よくわかんねぇけど、アメスピが美味くなる話だっていうのはわかった」

「一階の喫茶ジェンラバ、オススメですよ。息抜きにどうぞ」

 

 テレビもネットも、連日不安を煽るだけの井戸端会議を垂れ流しちゃいるが。

 俺の不安は、アメスピが切れそうだな、ぐらいだった。

 

 ……喫茶ジェンラバ、行ってみるか。

 

 

 * * *

 

 

「……空ちゃん、何やってるの?」

 

 洗面所でがさごそしている私に、怪訝そうな声の真さんが声をかけてくる。

 

「うん? 1DAYカラコン」

「えっ、空ちゃん、カラコンはしないって前に言ってたのに」

「流石に今日は、殴り合ったりしないと思うから」

 

 おー。

 カラコンが入ると別人になるな、と私は私自身に嘆息した。

 目にハイライトが入るだけで、ここまで変わるものなのか。

 

「でっ、デートなの?」

「デートじゃなくて、向こうの親御さんに挨拶」

「親御さんに挨拶!?」

 

 いつもの三つ編みは解いて、ベレー帽を被る。

 肩までかかるような、大きなフリルの襟がついた白いブラウス。

 首元に黒いリボンタイを結ぶと、一気にガーリー感が出て小顔効果もある気がする。

 

 高級感のあるツイード生地で、千鳥格子(チェック)柄の台形ミニスカート。

 トップスをスカートにインしてハイウエストで履くことで、腰の位置を高く見せて脚長スタイルに。

 足元は、少し長めの白い靴下。

 スニーカーではなく、厚底の革靴(ローファー)を合わせる予定。

 全体的に白黒のトーンでまとめたから、落ち着いた感じに仕上がってるはず。

 

 自撮りして和歩ちゃんに写真を送ったら「結婚式はいつにする?」って返事が来た。

 身内とはいえ褒めすぎだと思う。

 

「あわわわ」

「どうしたの真さん」

「すっ、すかっ、すかーと」

「……学校の制服の時点でスカートじゃないですか」

 

 リビングのテレビでは、ニュース映像が流れている。

 無機質で早口な女性キャスターの声と、それを補足する男性コメンテーターの重々しい声。

 

「……鳴羽田・無血開城の両事件を受け、与野党はヴィラン対応に関する緊急合意に至りました。焦点となったのは『現場指揮権の独立』です。従来、大規模な制圧活動には所轄警察署からの出動要請、および個性使用許可が必要でした。しかし今回のように警察とヒーロー間のホットラインが断絶してしまうケースでは、承認待ちによる初動の遅れが致命的な被害拡大を招くことが浮き彫りとなりました。この教訓を受け、政府は『あらゆる法的手続きよりも人命救助を最優先する』として、事実上の事後承諾システムへ移行する構えです。今回の法改正により、警察の要請を待たずにヒーロー単独での制圧活動、および救助活動が可能となり……」

「ヒーローは本来『警察の協力者』という立ち位置ですが、目の前の犯罪、つまり現行犯に対しては独自の判断で動けます。しかし『大規模な作戦』や『災害レベルの(ヴィラン)』相手だと、警察や公安委員会の指示待ちになってしまうジレンマがありました。今回の改正は、現場のヒーローを信じて鎖を解く英断と言えますが、裏を返せば、失敗した際の全責任をヒーロー個人が負うことにもなりかねません。まさに諸刃の剣と言えるでしょう」

 

 原作の、オールマイトの台詞を思い出す。

 『ヒーローだからこそ力を振るう時にはきちんと手順を踏まなきゃいけない、そのことは分かってるつもりだよ。でも、書類が揃わないせいで人助けができないなんて、本末転倒じゃないか』

 原作のキャプテン・セレブリティは『警察からの要請もまだだから、いま出動する義務はない』と、超大型(ヴィラン)が暴れているのに放置してのんびり構えていた。

 正直、なんか変だなって首を傾げてた。

 ヴィジランテから本編に移行するまでに、法的な変化があったんだろうなとは思っていたけれど、このタイミングだったのかと私は納得した。

 

「れ、例の航一さん?」

「航一さんで合ってます、病院に見舞いに来てくれた人」

 

 そう言いながら、テレビの片隅に表示されている現時刻を確認した。

 今出かければ、買い物や掃除の時間もちゃんと取れるだろう。

 

「行ってきます。お父さんのご飯とかよろしくお願いします、真さん」

「あ、あ、うん」

 

 

 * * *

 

 

 姪が出かけるのを呆然と眺めていた真だったが、背後の気配に思わず振り返った。

 心労で寝込んでいたはずの兄・直正が、いつものトレンチコート姿に加えて追加装備を着用していた。

 

 マスク。ゴム手袋に腕カバー。そして足カバー。

 ドラマや映画では、白い手袋を着用し、立入禁止ロープをくぐる刑事の姿がよく描写される。

 だが実際は、あらゆる証拠保存のために割と重装備化する。

 

 そんな現場保全用の重装備姿の兄が、いつの間にか背後にいた。

 

「……兄さん?」

「なんだ」

「どうしてそんな格好を?」

「現場に指紋と下足痕(げそこん)を残したくない」(※下足痕:靴底の跡)

「兄さん?」

 

 急いで自分も着替えよう。

 真は慌てて自室に飛び込んだ。

 

 

 * * *

 

 

 漫画やドラマでありがちな描写として、独身男性の部屋に女性が訪れた後に家主の男性が寝てしまい、男性が起きると部屋が綺麗に掃除されていて、時にはラップがかけられた手料理がテーブルの上に載っていたりすることがあります。

 あるいは、男性が起きると台所で女性が朝食を作っていたりする光景。

 

 すいません、普通に無理です。

 

 そもそも掃除道具が無かったりします。

 綺麗にしようとしても洗剤が切れてたり、不可能なケースが大半。

 

 あと冷蔵庫を開けて、ちょうどよくご飯が作れる程度の食材が入ってることはまずありません。

 一般家庭ですらそうなのに、一人暮らしの男性が『ふらりと現れた第三者がちょうどご飯を作れるようなもの』を冷蔵庫に入れていたりするでしょうか。

 賞味期限内の食材が冷蔵庫にある家は、男女問わずで()()()です。

 

 冷蔵庫がぎっしりドクターペッパーで埋め尽くされていたり。

 冷蔵庫の全てがビールとツマミで埋まっていたり。

 ミネラルウォーターが二本だけ入っている、ラブホテルの一室みたいな冷蔵庫とか。

 人によっては研究用のシャーレとか、生物を飼ってたりとか、なんか色々。

 

 ……冷蔵庫の中身ってわりと闇が深いので、安易に触れてはいけない場所です。

 

 繰り返します。

 漫画やドラマみたいなことは、事前に下準備をキッチリしないと無理です。

 

 前世のお兄ちゃん部屋の掃除経験があるからわかりますが、掃除用品やら食材やら何やら買いそろえて普通に五桁のお金が飛ぶ下準備が必要になります。

 部屋の汚れ具合によっては、ゴミ出しや家具の移動に男手が必要になるので、その意味では家主の男性が寝ていたら女性的には蹴り起こす一択です。

 

 なので私は、航一さんの住処に行く前にきっちり買い物をしました。

 激落ちくんスポンジとか、激落ちくん重曹スプレーとか、万能洗剤とか雑巾とか。

 

 

 航一さんの家は呼び鈴的なものが無い欠陥住宅なので、普通にコンコンとノック。

 

「こんにちは、航一さん」

「う、うわぁー! 待って待って師匠ちょっと待って」

 

 部屋の中から、どっすんばったん音がする。

 音的には、寝ていたから慌てて起きて、急いでズボンを履いてる感じ。

 

「よ、ようこそ師匠!」

 

 暫く待ったのち、扉が開いた。

 寝不足気味なのか、航一さんの顔には疲労が濃い。

 私はちらりと、部屋の奥を覗く。

 

 キッチンのシンクに、山と積まれた食器。

 溜まりきった洗濯物。

 部屋中に散乱しているゴミと空き缶。

 

「……まっ……馬子にも衣装だね、師匠!」

 

 【馬子にも衣装】

 ・どんな人間でも、身なりを整えれば立派に見える。

 ・つまらない者でも立派な衣装を着れば、立派に見える。

 

 ゾロっとよりは、マシなのだろうか?

 正直、反応に困る。

 

 私は買ってきた掃除道具や食材の類をどさりと玄関に置くと、エプロンを取り出した。

 手術(オペ)を宣言する医者は、こんな気分なのだろうか。

 

「航一さんは洗濯物を。私は食器からかたします」

「……師匠?」

「返事」

「はい!」

 

 ……航一さんなりの、精一杯の褒め言葉、だったのかなぁ?

 

 

 * * *

 

 

「コーイチ、来たネ」

 

 掃除を進めていると、突然の来客があった。

 扉から顔を覗かせているのは、羊の大きな巻き角が生えている美少女こと、深夜(しんや)おねむさん。

 チームIDATENの、サイドキックの女性だ。

 中国の民族衣装・漢服(ハンフー)と、ベトナムの民族衣装・アオザイを足して生足で割ったような服装。

 

「あれっ、深夜(しんや)さん、どうして?」

 

 首を傾げる航一さん。

 はあ、と深夜(しんや)さんがため息一つ。

 

深解(ふかかい)が言ってたネ。急用で偽彼女ができなくなったから、代わりに行っといてネと」

「あれーっ、エニグマさんには来なくていいよって伝えたはず……既読がついてない!」

深解(ふかかい)らしいネ」

 

 慌ててLINEを確認した航一さんが、絶望の声をあげる。

 『深解(ふかかい)はてな』は、エニグマさんの本名だ。

 

「はじめまして、深夜(しんや)おねむさん。同じく偽彼女の、塚内(そら)と申します」

 

 私が一礼をすると、深夜(しんや)さんは笑う。

 

深夜(しんや)おねむ、チームIDATENの職場体験でサイドキックをしている女子高生ネ」

 

 小学生の私に言われたくないだろうけれど、深夜(しんや)おねむさんは()っちゃくて可愛い。

 とか思っていたら、さらに新たな人物の登場。

 ふわふわガーリーな印象のワンピースに身を包んだ、ゾロっとした和歩ちゃんだ。

 

「あのっ、こここ、こんにち……」

「ようこそ、和歩(かずほ)ちゃん」

「もしかして、新たな偽彼女ネ?」

 

 私はともかく、ヴィジランテ正ヒロインと、読者参加企画で選ばれた美少女。

 面構えが違う。あと身体のラインも違う。

 職場体験ってことは、深夜(しんや)さんはヒーロー科の女子高生?

 

 ・塚内空(JS6)……160cm

 ・羽根山和歩(JC1)……158cm

 ・深夜おねむ(JK1)……147cm

 

 そして一番年下の私が、一番背が高い。

 ちなみに真さんは168cmなので、私もそれぐらいの身長に育つ可能性はある。

 

 当然だけど、和歩ちゃんがキレる。

 

「えっ。なんで三人もいるの」

「用がないなら帰るネ、と言いたいけど、この部屋の惨状を見ちゃうと気が引けるネ」

 

 苦笑しながら、モップを手にする深夜(しんや)さん。

 私は、和歩ちゃんに抱きつかれる。

 

「あーもー、空ちゃん可愛い! 結婚しよ?」

「あはは……」

 

 和歩ちゃんは私をハグしながら、ムキーッと航一さんを睨みつける。

 

「余計に駄目でしょコレ! 偽彼女が三人とかバカじゃないの!?」

 

 航一さんは航一さんで、開き直りを見せはじめた。

 

「こうなったら、せめてできる限りのモテモテ感をアピールしておきたい」

「あんた自分のそういうところがトラブルの原因だって分かってる!?」

 

 予備のエプロン、買っておいて良かった。

 四人がかりなら、掃除も早く終わるだろう。

 

「エロ本探すネ。絶対隠してあるネ」

「うわーっ、うわーっ、うわーっ!」

 

 エロ本は冷蔵庫と同じで、そっとしておいてあげたい。

 原作の航一さん、えっちな衣装に照れたりしてるから性欲はあるんだろうし。

 ……真さんをフって和歩ちゃんとか、流石主人公様は贅沢ですね!

 

「きっとベッドの下ネ。三人がかりで探すネ」

「やめてお願い」

「キッチン、ポリ袋捨てちゃいますね」

「あんた、このカフェラテ飲みかけじゃない!」

 

 わいわいと皆で騒ぎながら、私達は掃除を進めていった。

 

 

 * * *

 

 

「『駄目でしょ、彼女が三人とかバカじゃないの』……うーん、読みにくいな」

「兄さんが読唇術できるだなんて思ってなかった」

「駄目だな、もう少し近づければいいんだが」

 

 塚内兄妹は、灰廻航一宅の室内が見えるギリギリの場所に隠れていた。

 塚内直正は、わざわざ双眼鏡まで持参してきている。

 

「モテモテ……エロ……ベッド……三人がかり……ちんぽ……フェラ……?」

「何言ってんの兄さん」

「死体が見つかるとそこから割れる。気をつけなければ……」

「兄さん?」

 

 

 * * *

 

 

 ばーんっ!

 

「来たわよコーイチ!」

 

 勢い良くドアが開いて、妙齢の女性が入ってきた。

 

「どうも母さん、久しぶり」

「はじめまして」

「はっ、ははははじ……っ」

「はじめましてネ」

 

 掃除が終わり、部屋は見違えるように綺麗になった。

 折角なのでお茶を入れて、四人でテーブルを囲んで一息ついていたところだった。

 

「あらあらまあまあ」

 

 航一さんのお母さんは、私、和歩ちゃん、深夜(しんや)さんと順番に見て、微笑んだ。

 靴を脱いで部屋に入りながら、尋ねてくる。

 

「皆さん若いわね、学生さん?」

「はい、小学六年生です」

「ちゅちゅちゅ、中学一年です」

「花のJKネ」

「……」

 

 一通り答えを聞いた航一さんのお母さんが、笑顔で黙り込む。

 

「母さん、彼女達は俺のカノっ!?」

 

 ビシッ!

 

 航一さんのお母さんが右手を振ると、距離が離れているはずの航一さんの後頭部にダメージが入った。

 彼女の個性『ハエたたき』は、地味に便利そうな個性だ。

 

 ビシッ! ビシッ! ビシッ!

 

「あだっ! いてっ! あたぁっ!」

「またお前はつまらない見栄を張って! こんなお嬢さん達がお前なんか相手にするわけないでしょ!」

「わー、いきなりバレた! しかも理由がヒドい!」

「パパ活だか援助交際だかなんだか知らないけどね! 何万円払ったの! 本当にあんたはもう!」

 

 JS、JC、JK、揃い踏みです。

 お金は貰ってないというか、むしろこっちが掃除用具代や食材費を出してます。

 前世のお兄ちゃんがここに居たらドヤ顔で「まず一人一冊。三人ハーレムで一冊。最後に書き下ろしの後日談を加えた総集編で一冊、計五冊で荒稼ぎだ」とか言いそう。

 

「こうなるとヒーロー云々も駄目そうだわ、やっぱり連れ戻すか……」

「最悪の展開!」

 

 航一さんがリアルで頭を抱えている。

 仕方が無いので、私はぺこりと頭を下げた。

 

「お母様、航一さんは取得難易度の高いヒーロー免許資格に合格して、都内有数のヒーロー事務所・チームIDATENでサイドキックとしてキチンと活躍しておられます。本当に私達の誰かとお付き合いする可能性もあります。どうか、長い目で見てあげてください」

「……物言いがはっきりしてるトコはいいわね。あなた、名前は?」

「塚内(そら)と言います。こちら名刺となります」

「株式会社オールライト、取締役、塚内空……」

 

 疑い深そうに、航一さんのお母さんはすかさずケータイで検索をかけた。

 

「……あら。子会社を複数抱えた親会社!? 随分でかいのね……」

「恐縮です」

「うちのコーイチがごめんなさいね。灰廻(はいまわり)掌子(しょうこ)、コーイチの母です」

 

 しょうこ、という響きを聞いて、私は少し涙目になってしまった。

 掌子(しょうこ)さんが、慌てて心配してくれる。

 

「……あらっ? どうしたの、大丈夫?」

「いえその、二年前に亡くした母の名もショウコなので、思い出してしまって。飛翔の翔で、翔子(しょうこ)でした」

「あら。お母様は余程しっかりした躾けをあなたになさったのね」

 

 そう言って、掌子(しょうこ)さんは私を優しくハグしてくれた。

 一切空気を読まず、航一さんは他の二人を紹介しようとする。

 

「母さん、この子はポッ、ブォッ!」

 

 和歩ちゃんの肘打ちが、航一さんの鳩尾(みぞおち)に炸裂する。

 

羽根山(はねやま)和歩(かずほ)って言います!」

「え~、この子は近所の~、よく遊びに来る子で~」

 

 原作でも指摘されてたけれど、航一さんは嘘をつくのが下手過ぎる。

 

「なんで近所の子があんたのところに遊びに来るの」

「私も興味あるネ」

 

 そう言いながら深夜(しんや)さんも、掌子(しょうこ)さんに頭を下げる。

 

深夜(しんや)おねむ、チームIDATENのサイドキック、つまりヒーローのコーイチの同僚ネ」

「ヒーローねぇ……」

 

 はぁ、と掌子(しょうこ)さんはため息をつく。

 

「うちのコーイチは子供の頃からヒーローになりたがって、オールマイトの真似とかして。それだけならまだともかく、他所様の喧嘩に首を突っ込んで怪我をしたり、誰かを助けようとして自分が危ない目に遭ったり、ほんとこの子は昔から頼りないというか危なっかしいというか……根本的にヒーローに向いてないと思うのよ。人間フツーが一番、この子の人生がおろそかになる前にヒーローなんて辞めた方が……」

「いえ、そんなことはありません」

 

 思わず、口を挟んでしまった。

 

「今の航一さんは、例えるなら大会社でキャリアを積んでいる状態です。いずれはプロヒーローとして独り立ちし、大きく羽ばたくでしょう。そうなれば、私達の方が航一さんに『サイドキックにさせてください』と頭を下げる未来もあるかもしれません。空を飛べる航一さんの個性にとって鳴羽田は狭すぎますから、やがて日本全国、あるいは世界を相手に飛び回る日々もありえます」

「おお……師匠……ありがおぶぁっ!?」

 

 よろよろと、航一さんが私に近づこうとした。

 多分私にハグをしようとしたと思うのだけれど、深夜(しんや)さんの右ハイキックが航一さんの顔面に、和歩ちゃんの左ボディフックが航一さんの肝臓(レバー)に、掌子(しょうこ)さんの個性『ハエたたき』が航一さんの後頭部に同時に炸裂した。これは航一さんのオートバリアも、反応しきれないやつなのでは。

 

 悶絶した航一さんが、床に倒れて痙攣している。

 深夜(しんや)さんが、小首を傾げて私に聞いてきた。

 

「そういえば、なんで呼び名が『師匠』ネ?」

「あー……」

 

 私は苦笑しながら答える。

 

「今でこそ航一さんは空を飛べていますが、私と知り合った当時は地面を滑走できる能力だ、ぐらいにしか航一さんは思ってなかったんです。応用範囲がとんでもなく広くて、多分まだまだもっと色々な事ができる個性のはずなのに、勿体ないなって思って……『こんなことも出来るのでは?』って色々提案していたら、いつの間にか師匠呼びになっちゃいました」

「そうなの? コーイチはそんなに色々出来るの?」

 

 和歩ちゃんの疑問に、私は頷く。

 

「航一さんが無意識に手加減しちゃってるぐらい潜在能力(ポテンシャル)が高いというか……私の見立てでは、多分10の60乗分の1%すら使ってません」

 

 私の答えに、掌子(しょうこ)さんと和歩ちゃんと深夜(しんや)さんが同時に首を傾げる。

 

「……10の」

「……60乗分の」

「……1%?」

「はい。1の後に0が60個続く分の1%です」

 

 私たちが観測できる範囲にある「星や銀河などの物質」をすべてエネルギーに換算したとする。

 観測可能な宇宙には、約1080個の原子があると言われている(重さにして約 1053kg)。

 これをアインシュタインの E=mc2(エネルギー=質量×光の速さの2乗)にあてはめる。

 答えは約 4×1069 ジュール、四捨五入して 1070ジュールぐらい。

 

 航一さんがジェット機のように飛んだとして、108(1億)ジュール 程度使ったとする。

 航一さんは計算上、バッテリー残量のうち10の62乗分の1しか使ってないことになる。

 

 パーセンテージにすると二桁ずれるから、「0.00...(0が合計60個)...001 パーセント」。

 

 よく「AFOは何故航一の個性を奪わなかったんだ?」と疑問に思う人がいる。

 くしゃみ一つ、寝返り一つで太陽系が蒸発しかねないエネルギーを抱えながら、あえて「空を飛ぶ程度の出力」に抑え込んでいる航一さんに対してAFOが戦いを挑んだとして、個性を奪うのを少しでもミスったら銀河系どころか、周囲の銀河団まで消滅しかねないので本当に辞めて欲しい。

 本編出禁主人公の強さを舐めないで欲しい。

 

「あのね、優しい空ちゃんが、コーイチをフォローしてあげたい気持ちはわかるんだけど」

 

 和歩ちゃんが、呆れた顔で私を見つめる。

 

「それ、コーイチが全然本気出してないってことネ」

「あー」

 

 本気を出すと地球がヤバイのでやめてください。

 

 

 * * *

 

 

「……コーイチとやらが、一斉に殴られて倒れた」

「浮気なのかハーレムかはわからないけれど、母親にバレて怒られた雰囲気?」

 

 塚内兄妹が双眼鏡を貸し借りしながら、航一の家を見張っている。

 

「ああ……なんて痛ましい光景なんだ。人は何故傷つけ合うのだろう」

「き、きこえるぞ……やつのこえ。かんじるぞ……やつの……におい!」

 

 いつの間にか真横にいた気配に、塚内兄妹が振り向く。

 そこには、二人の男が立っていた。

 

 白いフードコートの、フードを目深(まぶか)にした青年。

 バイザーをつけ、異様な表情を見せる蝙蝠男。

 

「僕らはみんな煉獄に生きる、悲しい罪人だね」

「ザ・スカイクロウラーッ! 俺が……最速だッ!」

 

 唖然とした塚内兄妹の隣を、白コートの青年がずいっと前に出る。

 

「僕の願いはただひとつ……今すべてを振り捨てて、このしがらみの大地から輝く大地へと――」

 

 白コートを脱ぎ捨てた青年が、その下の裸体と白鳥のような羽根を露わにした。

 青年の個性『スワン』が、頑張れって感じのデクになった。

 フルカウル20%が50%になっていくのを、塚内兄妹は間近で見てしまった。

 

「テイク・オフ!」

 

 全裸の青年が、さあ僕を見てくれとばかりに美しく跳ねた。

 塚内真は、思わず大声で叫んだ。

 

「キャーーーーーーーッ!?」

 

 

 * * *

 

 

「悲鳴!?」

 

 突然の悲鳴に倒れ伏していた航一が身を起こした瞬間、航一邸の窓が突如ぶち破られた。

 物凄い勢いで侵入してきた蝙蝠男が、航一に襲いかかろうとする。

 

 塚内空は、航一が身を起こしたばかりだったので、急いで間に立ちはだかった。

 だが今日はオシャレをしていた関係でカラコンをつけていたし、そもそもスパッツなどのスカート内を見せて良い準備を何もしていない事に気がついた。

 そのせいで、塚内空が一瞬だけ硬直してしまう。

 

 ザ・スカイクロウラーに捕らえられ、彼に恨みを抱いていた個性『コウモリ』の夜早川跋人(よばやかわばっと)は室内を見て怒り狂った。

 美少女三人と一緒に居て、仲良く一緒に茶を飲んでいる光景だとッ!?

 

 蝙蝠男は、目の前に立ち塞がった少女を捕まえれば、ザ・スカイクロウラーは動揺して何も出来なくなるだろうと考えを切り替えた。

 ザ・スカイクロウラーの匂いがする航一に蹴りを入れるのではなく、少女を拉致して嘲笑してやろう。

 

 迂闊に動くと、カラコンが目を傷つけてしまう。

 別に見えて減るもんでもないけど、航一さんに下着を見られるのは、なんかイヤだ。

 様々な不運が重なって、塚内空は蝙蝠男の鉤爪に捕らえられてしまった。

 

 立ちはだかった少女こと、塚内空を掴んだ蝙蝠男は、せっかく掃除した室内を荒らすがごとくUターンをし、突入した窓から外へ出て行った。

 

「空ちゃーーーんっ!」

 

 和歩の必死な叫びは、届かない。

 

 

 * * *

 

 

「――それは許されざる飛翔。傲慢さゆえに限界を超えた穢れた魂は、灼熱の太陽に焼かれまばゆく燃え落ちる。それが僕の罪と罰――」

 

 塚内真は、青年と視線を交錯させたくなかったが結果として交錯してしまった。

 

 嗚呼。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 さらに。

 建物の中から、男(どうでもいい)と男(どうでもいい)と美少女と美少女と美少女が出てきた。青年のフルカウル50%は、美少女三人を見て100%となった。

 

「イカロス・フォーリング・エクスタシー!」

 

 そう叫ぶと、羽根を生やした青年は空中で大きく身体を広げる。

 頑張れって感じのデクが張り切りすぎて、マンダレイの親戚の少年・出水(いずみ)洸汰(こうた)の個性『水鉄砲』が先走りする勢いだった。

 

 航一邸の外には洗濯物が大量に干されている物干し竿が二本あったが、塚内直正はそれら洗濯物を勝手に投げ捨てて物干し竿を一本引き抜いた。

 

「うおおおおおっ!」

 

 塚内直正は飛び上がり、雄々しく手を広げて落下してくる青年に対して、力任せに物干し竿を振るった。

 物干し竿は青年の頑張れって感じのデクに対して、ワン・フォー・オール1,000,000%デラウェア・デトロイトスマッシュを決めてみせた。

 

 ぱきょっ。

 

 なにやらしてはいけない異音がして、謎の青年は墜落した。

 墜落した青年のそばに深夜(しんや)おねむがすかさず近づいて、周囲を確認してからあくびをした。

 謎の青年は股間の被害がやばいことになっていたが、深夜(しんや)おねむの個性によって熟睡した。

 

 

「ポップ!」

「わかってる、受け止めるから!」

 

 航一は、本当は『ザ・スカイクロウラー・TSUPPARIスタイル』とか言いながら突撃するつもりだった。

 だが、泣きそうな顔の塚内空(カラコンが動いてちょっと目が痛い)を見た瞬間、何もかもが頭の中から吹き飛んだ。

 

 次の瞬間、航一の光り輝いた拳が、蝙蝠男の下顎に突き刺さっていた。

 蝙蝠男の下顎粉砕骨折、歯も下の列は全てダメになっただろう。

 地上と空中の直線、移動した距離自体は短いはずだったが、音が遅れてやってきた。

 

「きゃあっ!?」

 

 ドンッ! パパパリィン!

 航一の家の窓ガラスが全て割れ、衝撃波で和歩は吹き飛びそうになった。

 深夜(しんや)おねむのスカートが風圧でめくれそうになり、彼女は思わずスカートを押さえた。

 

「師匠、怪我は!?」

 

 心配そうに、声をかける航一。

 航一が秒速約340メートルを越えて移動してしまったせいで、衝撃波が発生してしまった。

 カラコンが目を刺激してしまい、塚内空はポロポロと涙を流している状態だった。

 

「良かった……無事で」

「航一さん……」

 

 航一が塚内空をお姫様抱っこしようとした時。

 

「もういいよね? 返事は聞いてない」

「うわぁっ!?」

 

 空中の航一を突き飛ばして、和歩が塚内空を持っていった。

 蝙蝠男を片手に持っていた航一は、バランスを崩して落下した。

 

「よいしょっと。んー、よしよし」

 

 和歩は塚内空を抱きしめたまま落下して、オシャレ服姿の空に頬ずりをした。

 

 何がなんだかよくわからなかったが、灰廻(はいまわり)掌子(しょうこ)はため息をついて警察に連絡を入れた。

 チラリと息子の部屋を確認したが、部屋中が割れたガラスで散乱していて、とてもではないが今夜宿泊するとは言い出せない惨状だった。

 

 塚内空は、何故か現場にいる父と叔母を見てジト目になっていた。

 

「……お父さん、真さん、どうしてここに?」

「あー、いや、そのー。テヘペロ♪」

 

 塚内真は、なんとか必死に誤魔化そうとした。

 

「空、彼の名前は?」

 

 塚内直正は、近づいてくるパトカーのサイレンの音を聞き、証拠隠滅を諦めた。

 母親らしい人物もいるのだから、まずは正攻法で対象の情報を仕入れておこうと考えた。

 

 なお、蝙蝠男の舌も全裸青年の舌も、真っ黒に変化していた。

 蝙蝠男に至っては、身体そのものが半永久的に変異していた。

 さらに、致死量の数倍の濃度の個性因子誘発物質(イディオ・トリガー)が検出された。

 突発性(ヴィラン)のさらに変種、人為的に改造を施されたナニカである、と警察は調査を進めることになった。

 

 休暇をとったはずの塚内警部の目がギラついていたので、三茶(さんさ)は遠い目をした。

 塚内警部はもう少し休んでも許されると三茶(さんさ)は思ったが、諦めることにした。

 

 

 * * *

 

 

(そら)ちゃんもカズホちゃんも、コーイチのことお願いしますね。悪いことしたら叩いちゃっていいですから」

「ええー? 母さんもう帰っちゃうの? もっとゆっくりしてけばいいのにィ~」

「心にもないことを言わない!」

 

 航一さんのお母さんこと掌子(しょうこ)さんは、東京観光をしてから帰って行った。

 私達お目付役がいるのなら、大丈夫だろうと苦笑いを浮かべていた。

 

「コーイチは、空ちゃんの衣装、ちゃんと褒めてあげたの?」

 

 呆れ顔で尋ねる和歩ちゃんに、航一さんが胸を張る。

 

「もちろん。馬子にも衣装って褒……」

 

 車田正美タッチになった和歩ちゃんが、航一さんにアッパーを放った。

 空中に吹き飛んだ航一さんが、ズシャアという擬音と共に頭から地面に落下した。

 

「それ褒めてないから」

 

 地面に倒れて痙攣している航一さんに対して、ぺっ、と和歩ちゃんが唾を吐いた。

 

 

 私も殴っていいかなって考えちゃったから、私はヒーローになれない。

 

 




『深解はてな』や『深夜おねむ』が出る二次創作は少ない気がする……!
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