【レミニセンス】《reminiscence》
回想,追憶(通例:楽しい思い出をいう)。
思い出す過程(特に精神的努力によって情報を取り戻す過程)。
* * *
LINEで兄に「漫喫部屋を使わせて貰うね」といつものように連絡を入れる。
どうせ返事は「好きにしろ」だとわかっているので、返事すら待たずに合鍵で侵入する。
「お邪魔しまーす」
当然だが、返事はない。
兄は一人暮らしだけど、必ず広いアパートに住む。
特徴的なのは、兄が住む場所には必ず用意されている書庫部屋だ。
引っ越しの度に段ボール20箱以上の紙書籍を泣く泣く処分している兄は、部屋一面が漫画や小説の本棚で埋まる書庫部屋を常に用意している。
最近は電子書籍も併用しているようだけど、紙書籍だけで部屋一つが丸ごと埋まっているのにiPadの中にも1万冊以上入っているから割と頭おかしいんじゃないかと思う。
Blu-ray棚にも、封すら開けられていない映画やアニメが沢山詰まっている。
積んでるものがありすぎる。買うだけで満足しちゃったのが多すぎ疑惑?
兄は武術オタで、物語オタだ。
この場合の『物語』というのは、漫画・小説・アニメ・映画・ゲーム、とにかく物語を扱うもの全てを指す。
兄は幼少時から宮本武蔵で有名な二天一流や、古流柔術や合気といった日本系の武術を習っていて、既に達人級だ。それなのに、さらに他の色々な武術を出稽古と称して手当たり次第に学びに出かけている。武術関係の本も、大学の研究者レベルの書籍が書庫部屋にギッシリ詰まってる。
「この平和な現代日本でそこまでする必要ある?」と兄に聞いた事があるけれど、返事は「妹よ。ある日突然ゾンビアポカリプスになっても、日本ではホームセンターで銃が入手できない。地球にダンジョンが生えてローファンタジージャンルになるかもしれないし、ビルの屋上で魔法少女と共闘して恋愛に発展する可能性があるかもしれない。そうだろう?」だった。
兄が精神科に行くべきか脳神経外科に通うべきかはわからない。
確実に断言できるのは、兄の部屋は漫画喫茶級に蔵書があるので、部屋に行くだけで幾らでも『物語』を堪能できるということだ。
兄のiPadを手にとり、教えて貰ったパスワードを入力する。
流石にアダルトな電子書籍は指紋認証が必要だから読めないが、一般書籍だけでも5000冊ぐらいあるから、全然飽きない。
書庫部屋の本棚に詰まった紙書籍の冊数は、数える気にもならない。
私は適当な漫画を選び、ソファに寝転がって読みふけり始めた。
* * *
「ただいまっと。何読んでんの?」
帰宅した兄が、りんごジュースを注いだコップを二つ持ってきてくれた。
「『僕のヒーローアカデミア』」
私はソファから起き上がり、コップを一つ受け取る。
兄は手持ちのりんごジュースを、あっさり一気飲みしてしまった。
「ヒロアカかぁ。本編? ヴィジランテ?」
「本編。ヴィジランテってやつから読んだ方がいい?」
「いや、たしかにヴィジランテは前日譚だけど、順番的には本編からだね。アニメの劇場版をアマプラで見てもいいかも。ちなみに劇場版は四本ある」
「お兄ちゃん的には、ヒロアカってどうなの?」
「うーん」
兄は腕組みをして暫く考え込むと、指を立ててこう言った。
「世界観的にはかなりふわっとしてる。武術的にはふわふわのふわふわ。あとキャラが多くて覚えるのが大変……ってのを踏まえても面白い漫画だと思うよ。全世界で一億部突破は伊達じゃない」
「そんなにふわふわなの?」
「ハーメルンとかの二次創作許容サイトで、アンチ・ヘイトタグがつきそうな説明をあえてしてみようか。例えば、テレフォンパンチ使いがテレフォンパンチ使いに対して『お前のパンチはテレフォンパンチだ』と言うシーンがあるぐらいにはふわふわしてる。それ以前に、JKが2階から平然と飛び降りたり、空を飛ぶ個性がなくてもジャンプ数回で高層ビルの屋上に行けたり、5kgの印鑑をレーザー光線のように投げる人がいる世界だから、そもそも基礎体力が違いすぎるというか『個性が現れてから人間という種全体が進化している』と前向きに受け止めた方がいいかな」
武術的な検証が絡むと、兄は凄く早口になる。
私はりんごジュースをちびちび飲みながら答える。
「炎にしろ氷にしろ、それ普通に死ぬ、みたいな攻撃をしても死なずに生きてるよね」
「うん、そこも前向きに行こう。ヒロアカ世界は『殺意や悪意のある攻撃じゃないと死なない法則』が働いている可能性が高い。悪意の攻撃で傷ついたインゲニウム兄弟がわかりやすい例かな。つけくわえると『漫画的アクションの攻撃じゃないと通じない法則』もあると神様が決めた可能性がある」
ヒロアカ世界には、様々な法則が働いている。
【殺意や悪意のある攻撃じゃないと死なない法則】。
【漫画的アクションの攻撃じゃないと通じない法則】。
【個性が現れてから人間という種全体が進化している】。
「うん、ふわっとした物語と解釈するより『ヒロアカ世界の神様がそう決めた』って考える方が、好きかも」
「武術的には、個性のせいで武の術理が滅びかけてると考えた方が自然だね。ヒロアカ世界にも確実に残ってると断言できる武術はあるんだけど、
旧人のネアンデルタール人と新人類のクロマニョン人。
超常以前と以後の人類の違いは、多分そんな感じ。
【個性のせいで武の術理が滅びかけてる】。
【環境や状況の変化に従来の無個性武術が対応しきれなかった】。
【個性に対応するために我流を生み出すしかなかった】。
「そんなに我流が多いんだ」
「うん。A組でいうなら尻尾があって好きなモノが武術な尾白猿夫。彼は祖父の代から続く
「お兄ちゃんすっごい早口。あとステインが可哀想になってきた」
【ステインの剣術をはじめ、術理の無い人が多い】。
言われてみれば、作中では蹴りのことを『シュートスタイル』と表現してた。
でもシュートって、いわゆる
「バトル漫画はどうしても武術的な目で見ちゃうんだよ。99.9%は漫画的な演出にするしかないとわかりきってるんだけどね。蹴りなんて一対多を想定した局面ではまず使わないし使っちゃいけない。でも蹴り技は見た目に格好いいから、読者や神様は喜ぶ」
「脚の力は手の何倍もある理論は漫画でよく見るけど」
「下半身で生まれた力を上半身から伝えた方が合理的」
なにか難しいことを兄が言い出した。
合理的とか言われると、相澤先生の顔が浮かんできてしまう。
「ヒロアカ世界に残ってる武術ってなに? さっき言ってたマーシャルアーツ?」
「確実なのは太極拳。詠春拳は残ってる可能性がある程度」
「空手すら無いの!?」
この兄、武術関係のチェックは本当に細かい。
「ヒロアカの序盤、無個性のデクにオールマイトが鍛錬メニューを渡す場面がある。原作漫画には無いけれど、アニメで一時停止をするとオールマイトの鍛錬メニューの中に有酸素運動として太極拳が入ってる。ヴィジランテの作中には
「太極拳はあるんだ」
【ヒロアカ世界の武術は廃れているが、太極拳は(アニメに単語が出たから)ある】。
「でも太極拳の術理を、オールマイトもデクも使ってないんだよ! 立身中正、
「うわっ。魂の叫びだ」
兄が突然叫んだので、びっくりした。
【太極拳の術理を、オールマイトもデクも使ってない】。
「前向きに行こう。誰がオールマイトに太極拳を教えたのかは知らないけれど、オールマイトの太極拳の師の時点で太極拳が正しく伝わってない。だからオールマイトは太極拳を正しく理解していない。当然だけどデクにも太極拳は正しく伝わっていない。彼らがやっていたのは、恐らく健康体操としての太極拳だ。少なくとも内功を含めた太極拳の術理をオールマイトが正しく理解していたら、原作漫画にしろアニメにしろ、あんな戦い方にはならない。むしろ大半の戦闘が瞬殺で終わって漫画が成立しなくなる」
確かに、大半の戦闘が瞬殺で終わっちゃったら漫画として盛り上がらない。
オールマイトがニンジャ=カラテ使いだったら盛り上がったかもしれない。
「『漫画的アクションの攻撃じゃないと通じない法則』と『殺意や悪意のある攻撃じゃないと死なない法則』の二つに違反するってこと?」
「別の作品の話を例に出すけど、『史上最強の弟子ケンイチ』というアニメ化もされた漫画がある。この物語の主人公は空手・柔術・中国拳法・ムエタイと様々な武術を習得していくのに、太極拳だけはあまりに危険すぎて教えて貰えなかった。敵役として登場した太極拳使いも、少年誌で連載できるぐらいにマイルド化されたギリギリの劣化表現になっている」
「
「そもそも武の術理を持ち込んだ時点で少年誌の漫画連載として成立しなくなるだろうから、仕方ない。金的に目潰し、鼓膜潰し、鼻の穴の引き裂き、人体の折りたたみ、頸椎破壊、そういう人体破壊を淡々と実行するヒーローとか怖すぎる」
【武の術理の無い戦いは、少年誌連載的には仕方が無い】。
金的や目潰しのある戦いを子供が真似したら、大問題の発生だ。
「ヒロアカ世界で武の術理というか、武の深奥に一番近いと断言できるのは
「
「意念と起こりの無い挙動。右手を軽くあげる自然な挨拶を回避できるかどうか、っていう話。ヒロアカの作中でも、反応できない速度で攻撃すればいいとかそういう台詞が出るけれど、テレフォンパンチの時点で武術的にはどんな速度だろうと躱せる。人間の防御反射を舐めちゃいけない」
兄がよくわからないことを言い出した。
こういう時はもう少し説明させるに限る。
「もっとわかりやすく」
「あー。ヒロアカの最終戦闘付近のネタバレになっちゃう。
「ネタバレは今更。できるだけ短く」
「要は速度的に早い攻撃をしてくる敵より、攻撃を危険なものとして感知できない攻撃をしてくる敵の方が、武術的には相手にしたくない敵ってこと」
「最初からその説明でいいんじゃ?」
「うーん、もっと細かく話したくなる」
素人的には、マスキュラーみたいな、筋肉ムキムキの
だけどこの疑問を私が口にしたら、きっと長時間、兄の口が止まらなくなるだろう。
「じゃあ葉隠
「えっ? 俺でも倒せるヒーローだよ、彼女は」
「そうなの?」
「彼女が何処に居るのか、わかる自信がある。武術的には透明の個性は弱い」
【透明人間は武術的には弱い】。
「話を変えるね。無個性は弱いの?」
「いいや」
兄の返答は早かった。
「個性には個性因子があり鍛えられるし意志も宿る。そして個性持ちは新人類だから強い。ここまではいいとしよう。だが『無個性も個性』というか、別に無個性は弱くない。無個性の人間も、現代地球人から見ると頭がおかしいぐらいの領域まで身体を鍛えることができる。作中の描写を見ていると、個性持ちの方が身体的な強化限界が高い可能性はあるけれど、その点を考慮しても無個性もかなり強い」
「『個性が現れてから人間という種全体が進化している』という法則かな」
「恐らくはその法則だね。例えば無個性で14才のデクが255kgのオールマイトを背負ったりしてる。トレーニング開始から一年経過してないのに、荷台こみ総重量約1トンの軽トラを持ち上げて運んだ形跡が原作にある。ヴィジランテでは無個性vs個性持ちで無個性側が勝ったりしたけど、無個性側は個性を奪取された人だから厳密に無個性かというと少し微妙」
細かい。武術が絡むと兄は本当に細かい。
でも言われてみれば確かに、デク君の成長速度は無個性なのに異常だった。
【個性持ちの方が身体的な強化限界が高い可能性】。
【無個性もかなり強くて成長速度が早い】。
「はー。ヒロアカ世界に転生とかしたら大変そう」
「個性ガチャで当たりを引ければラクだと思う。あるいは自分ならこんな個性が欲しい、みたいな願いがヒロアカ世界の神様に通じるかどうか」
「欲しい個性、って言われてもなぁ……」
私はなんとなく、思いついた個性を口に出した。
兄はそれを聞いて真剣に脳内シミュレーションをしてから、苦笑した。
「駄目だな。確かに強いけど、ヴィランにバレた瞬間にAFO自らが速攻で殺しに来る」
「駄目かぁー。お兄ちゃんなら?」
「俺? 劇場版三作目ボスの個性『リフレクト』以外ならなんでもいい。『リフレクト』はキスやセックスどころか手を繋ぐことすらできなくなるから断固拒否。そういう意味では別に無個性でも構わない。原作のどの時間軸で生まれたのかによって出来ることが変わってくるけれど、原作破壊RTAの実行に個性は必要無い」
原作破壊RTA。
単語を聞くだけで怖い。
そんなの絶対やりたくない。
「例えばどんな?」
「うーん」
兄は暫く考えてから、こう続けた。
「年齢の要素は大きい。例えば教師陣と同年代に生まれたのなら、白雲の遺体強奪の邪魔に挑戦してみたいし、ヴィラン連合メンバーの過去に関与して引っかき回してみたい。
「ふぅん。エロ同人コースは男の夢っていうのはわかる。無個性でもいいっていうのは意外」
エロにも使える個性が欲しいとか言われると思った。
「無個性なら無個性で、オールマイトを曇らせてみたい」
「どうやって?」
「簡単だよ。オールマイトの目をまっすぐ見つめて『自分は無個性ですが、半径3メートルを守るヒーローになります』と宣言するだけでいい。多分すっごく曇ってくれるはず」
「ネタバレ乙」
「ごめんごめん。でも、自分の手が届く範囲しか守れないのは事実だからさ。ヒーローネーム・リーチとかそれっぽいかも」
「なんか麻雀みたい」
「それな」
兄は苦笑してから、真顔になった。
「ヒロアカ世界に転生したと仮定しよう。一つだけ気になる問題が発生する。その答え次第で、ヒロアカ世界の物語はこちらが何もせずとも勝手に壊れてしまう危険性がある」
「えっ、なにそれ気になる」
私は首を傾げる。
兄はふふ、と笑う。
「掲載誌の違いだよ。前日譚となるヴィジランテは少年ジャンプ
「……えっ……ええっ? それ、ヒロアカが成立するの?」
その視点は無かった。
週刊少年ジャンプではなく、編集方針がエログロバイオレンス路線時代の少年ジャンプ
「『終末のハーレム』はエロすぎて有害図書指定を受けたりした。『カラダ探し』では無惨な死を迎える女子高生が、『神様、キサマを殺したい。』では殺人を行う中学生が描写された。そんな漫画が掲載されていたジャンプ
ちょっと想像が追いつかない。
ヒロアカ単行本の続きを読む目が変わりそうだ。
「――なんてね。実際にヒロアカ世界に転生してみないと、答えはわからない」
「確かに。思考実験としては面白そうだけど」
ヒーローとして生きるにしろ、ヴィランとして生きるにしろ大変そう。
むしろ一般市民として生きていくだけでも地味にきつそう。
「もし本当にヒロアカ世界に転生しちゃったら、俺ならエコーロケーションとパルクールの練習をしておくかな。特にエコーロケーションは、個性があろうがなかろうが絶対に役立つはず」
「ふーん」
「練習すれば誰でもできるようになるのに、個性級の便利さだからね。習得に年単位の時間がかかろうと、覚えておいて損はない。ヒロアカ世界に限らず、異世界ファンタジーをはじめとして、SF世界だろうがなんだろうが全般的にエコーロケーションは便利だと思う。冒険者ギルドにエコロケ出来ますって申請すれば重宝されると思うよ」
【エコーロケーションは練習すれば誰でも出来るのに個性級に便利】。
「冒険者ギルドで絡まれてみたいとは思う」
「それな! とりあえず、ヒロアカの原作をどこまで読んだかに応じて、劇場版を見てみようか。原作のこのあたりの時間軸にこの話といった感じで、劇場版の時間軸も決まってるんだ」
兄は笑いながら、
アマプラ検索から、ヒロアカ劇場版の一作目を表示させた。
原作を読み進めながら、アニメの劇場版を挟む。
兄妹二人で感想を言い合いながら、ヒロアカを堪能しまくった。
月曜祝日こみの三連休だったのもあって、ヒロアカ漬けだ。
「そういえば、健康体操じゃない本当の太極拳ってどんな感じなの?」
「
公園で、老人の皆様が時々踊っている体操、というイメージがある太極拳だったけど。
兄の説明を受けたら、健康体操の全てに人を殺す要素が含まれていて、私は腰を抜かしそうになった。
* * *
地球人どころか、宇宙人と戦っても勝てるのでは?
それぐらい身体を鍛えて武術に通じていた兄だったが、交通事故であっさり死んでしまった。
人類は、高級外車の暴走には勝てなかったようだ。
兄の死は事故ではなく事件の可能性があるということで、兄の恋人が兄の部屋を借り続けることにしたらしい。
形見分けとして、兄の趣味が詰まりまくっているiPadを兄の恋人から譲り受けた。
その上で、いつでも兄の部屋を使っていいからと、新しい合鍵も渡された。
『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミア ILLEGALS』のアニメ第一期が配信をはじめてから、まだ二ヶ月ぐらいだったのに。
来年頭から第二期がはじまる発表もされたのに。
……二人で一緒に、わいわい言いながらアニメを見たかった。
兄の部屋のいつものソファに寝転びながら、私はぼんやりしていた。
iPadの電源を入れて、本のアプリを開く。
なんとなく勢いで、ヒロアカの本編もヴィジランテも全部再読した後。
iPadを抱きかかえ、ソファで寝転んだまま、私は熟睡してしまった。
* * *
気がついたら。
ヒロアカ世界の塚内直正と塚内翔子(聞いたことがないキャラ!)の一人娘、
突然死をしたというのであれば、まだわかる。
寝て起きたら、生まれたばかりの赤子として泣き喚いていた。
本当に意味不明だった。
えっ、どうしよう。
どうすればいいの?
とりあえず、できるだけ原作をいじらないように、大人しくしていよう。
何がどうなるのか全然わからない以上、ひっそり静かにしていたい。
兄が言っていたような原作介入とか、怖くてできない。
原作破壊RTAなんて、もってのほかだ。
* * *
塚内直正と塚内翔子の夫婦は、いわゆる学生結婚だった。
二人とも刑事を目指していたので、子供を産むなら就職前だと決めていたらしい。
私を産むことで、お母さんは数年間、警察への就職が遅れてしまった。
私が幼稚園に通える年齢になるまで待っていたらしい。
その数年間で、お父さんの階級はお母さんより上になったけれど、二人共幸せそうだった。
両親共に警官なだけあって、教えは単純だった。
『嘘はよくない』『困っている人は助けよう』、この二つ。
ただ、すぐに『優しい嘘は有効』と手の平を返され、判断基準がわからなくなってしまった。
だから優しい嘘はともかく、困っている人は助けようと素直に思っていた。
* * *
私の母、塚内翔子は
だから雨が降った次の日は、地面がドロドロになったり川の増水もあって、空を移動できる系統の個性持ちにとっては危険が一杯なのだと、うんざり顔の母から何度も教えてもらっていた。
でも私自身に空を移動できるような個性が発現していないから、自分にはあんまり関係無い話だと思っていた。
忘れもしない、五年前のあの冬。
雨が降った次の日、地面がドロドロで危ない場所を個性で飛び跳ねている女の子の腕を、つい掴んでしまった。
目の前が増水した川だったので、落ちそうで危なかった。
「良かった。川に落ちるところだったよ?」
「……ど、どうも」
オールマイトパーカーを羽織った男子中学生が焦った様子で走りながら、すぐそばを通過した。
「うわー、遅刻ヤバい! アレ? 駅こっちじゃないの?
「駅は橋を渡って真っ直ぐ!」
「ありがとねー!
オールマイトパーカーの『シルバーエイジVer.正規カラー版』を羽織った男子中学生は、笑顔で手を振りながら走り去って行った。
……あれ?
私は川に落ちそうになっていた少女を改めて見直して、挨拶をしてみた。
「私は、
「……はっ、
やばい。やばい。やばい。
それって確か、ポップちゃんの本名だったような……?
「よろしくね、和歩ちゃん」
「……そ、空ちゃん?」
「うん。六歳です」
「あたしの方が年上だし!」
ひっそり静かに暮らしていく計画が、いきなり崩れた予感がした。
* * *
後日、都内学校の制服を着た見覚えのある青年に道ばたで偶然出会って、挨拶をされた。
「
ヴィジランテの主人公に似ている気がする。
私は思わず、尋ねてしまった。
「合格おめでとうございます。私は、
「えっ、俺かい? フフフ……俺の名は、
東映スパイダーマン的な決めポーズで、ビシッと挨拶されてしまった。
「まあ、まだ仮免すら持ってないんだけどねー」
「絶対にヒーローになれると思います。応援します、航一さん」
私がそう言うと、ヒロアカ本編を含めて最強格になれるポテンシャルを秘めた青年は、へにゃりと嬉しそうに笑った。
* * *
川に落ちそうになっていた女の子がいたから、助けた。
道に迷っていた青年がいたから、道案内をしてあげた。
両親の教え通りに生きていたら、原作破壊RTAに繋がってしまった。
なんていうか私は、デク君達が最終戦闘をしている時にお祈りをしている一般人A子さんになるものだと、ぼんやり思い込んでいた。
全然そんなことは無かった。
おのれ、少年ジャンプ
絶対に許さない。
逆ギレで世界の神に責任転嫁しているぐらいだから、私はヒーローになれない。