【ディスガイズ】《disguise》
変装、仮装。
見せかけ、ごまかし。
* * *
「あら、いい匂い。これって入浴剤?」
「大阪出張の
左手を吊ったままのお父さんが、真さんに紙袋を手渡した。
「海外のブランドね。けっこう
「バラの香りの入浴剤、だそうだよ」
「ふぅん……
真さんが、取り出した入浴剤を片手に笑ってみせる。
原作だとオールマイト事務所について踏み込んで質問したことで、入浴剤は真さんの手に渡ることはなかった。
和歩ちゃんはポップ☆ステップとしてヴィジランテ的活動はしていないし、路上ライブもキチンと許可を取っている。
航一さんは今やサイドキックだし、さらに言うと大阪の事件になんら関与していない。
私の事件の関係でオールマイトと私が知り合いなのを真さんは知っているし、付け加えると私が投げ捨てた中途半端な論文っぽいゴミを真さんが拾った関係で、原作のようにオールマイトについてしつこく尋ねることもない。
なのでバラの香りの入浴剤は、あっさり私と真さんの物になってしまった。
「まっ、まだ空には早いんじゃないのかっ!?」
「何言ってるの兄さん、空ちゃんだって年頃なんだから」
「うわーっ! やっぱりそれはやらん!」
「返さないけど?」
原作と違う理由で没収されそうになった入浴剤は、原作と違う理由で真さんが強奪した。
* * *
きっかけは、航一さんの部屋の片付けが一段落した時だった。
休憩中に、航一さんが新技としてどうか、と考案した技を私に見せてきたのだ。
技といっても、原作だとナックルダスターとの戦闘練習中に見せていた足払い。
物凄く見覚えがあるものだった。
「えー、まずフェイントを交えつつ相手に近づいて……」
変則的なジグザグムーブで、航一さんが地面をスライドしてくる。
今の航一さんは空を飛べるけれど、地面を滑走するのはそれはそれで安心するらしい。
「相手の足下をすり抜けながら、足を横に伸ばして引っ掛ける!」
ズシャアという格好いい音と共に、航一さんが私に足払いを当てるフリをした。
地面を滑走している航一さんは、そのまま振り向きざまにターンする。
「これを避けられても、急停止して反転足払い! ……どう、師匠!」
「注意点があります」
私はもう一度同じ事をやってみて、と指先をクイクイして合図する。
航一さんは同じような足払いを私に見せてきた。
「ここです。このタイミング」
私の目の前で足払いの形をしている航一さんの、伸ばした右足。
その伸ばした右脚の膝部分に、靴裏を当てる、フリをする。
「テコの原理で、足を折られる可能性があります」
「ひえぇ……」
「体重差や勢いがあれば、靴裏なら押し切れるかもしれません。でも全体重で来たら……」
私は靴裏ではなく、しゃがみこんで右膝を両腕で押さえつけた。
そっと優しく、航一さんの右膝を上から押してみせる。
「女性でも簡単に男性の足を折ることができます」
「怖っ」
「だから相手が足折りに来たら、その時点で一旦待避するか、開き直って体当たりでいいんじゃないかと」
「おおー!」
* * *
そんな流れの中。
私は何故か、航一さん相手に太極拳の簡単な講義をしている。
どうしてこうなったのかは、本当に良くわからない。
「太極拳の練習法には、大きく分けて
「はい師匠!」
私自身、未熟な弟子のはずなのに、師匠と呼ばれてしまうのはなんだかむず痒い。
「
私は、航一さんの右手の甲と自分の右手の甲を重ね合わせる。
「腕同士が触れあっていればそれでもう
航一さんの右手を少し押してから、少し引く。
「単
本来なら顔を殴ろうとしてみて、と言うところなんだけど、航一さんは優しすぎるから『顔に触ってみて』とお願いするぐらいで丁度いいかもしれない。
そして指示通りに右手を伸ばしてくれた航一さんの右手を、すかさず右に逸らしてみた。
「相手を見ていなくても、接触点がある、相手に触れている、というたったそれだけで相手の気配を察知できます。今は航一さんが私に触ろうとしたので、逸らしてみました」
「は~、すごい」
「
私は右手同士を押したり引いたり、の動作を大きくしてみた。
最初は問題無く対応できていた航一さんの重心は、大きく振り回され過ぎて、やがて崩れた。
航一さんの重心が崩れたところで、一歩踏み込む。
たったそれだけの私の動作で、航一さんは投げ飛ばされそうになった。
……ので、優しく航一さんを引き戻す。
航一さんは驚いて、目をぱちくりさせている。
なお、掌の中心に
「双推手は、両手を使うから双推手です。単推手と違って両手を使うから、より近距離の攻防になります」
私は航一さんに近づいて、航一さんの両手を手に取って持ち上げた。
そして、航一さんの両手の内側に自分の腕を差し込む。
心なしか、航一さんの顔が赤くなった気がする。
「単推手と違って相手との距離が近く、両手を使えるので双推手で出来ることは多いです。投げ、体当たり、頭突き、金的、打撃、何でもアリです。なので、そういう対人技術を学ぶのも確かに双推手の目的の一つではあるんですが……」
私は右手と左手を同時に動かした。
ただし、右手は大きくて強い動き、左手は小さくて弱い動き。
「双推手の本質は、情報操作の技術を会得することだと思っています。例えばこういう風に、右手を大きく強く動かすと、そっちに意識がいっちゃいますよね?」
航一さんが、私の強い動きの右手(航一さんから見て左側)を見て頷く。
頷いたところで、私は左手の情報を消して掌打を放った。
私の左掌がいつの間にか航一さんの右頬に触れていたので、航一さんが動揺した。
「うげっ」
「接触点に対する虚実というか……フェイントの一種です。先ほどの単推手の時と同じように打ったのなら、航一さんなら余裕で回避できたと思います。でも航一さんは私の右手に意識を集中させていたから、左手の動きに気づかなかった」
「うわー、本気でわからなかったよ、師匠!」
形意拳や
体内の勁を『∞』の文字を描くように操作するんだけど、この
No.6のような瞬間8撃は無理だけど、
(※ 翻浪勁による瞬間5撃の例「翻子拳 宮平保」で動画検索)
健康体操のお爺ちゃん達が寄って
でも
「四正推手は、自由組手の双推手と違って型稽古に近いです。
「なんだか麻雀みたい」
「麻雀なら、ポン・リーチ・チー・カンでしょうか」
「師匠、麻雀できるの!?」
「一応は」
アカギとか咲とか凍牌とか、アニメ化した漫画で覚えました。
講義後に、タオルで汗を拭いていたら。
「師匠は、バラの匂いがするんですね」
航一さんが恥ずかしそうに言ったので、私もすごく恥ずかしくなってしまった。
* * *
帰り道。
女子校の前で、空手の道着を着た人達が四人ほど、校門前を陣取っていた。
……正確には四人目の肩に一人小さい人が乗ってるから、五人?
「たのもーう! 我ら
肝心の女子生徒達は悲鳴をあげて、逃げ回っている。
空手部。
そういえば、前世のお兄ちゃんはヒロアカ世界に明確に残ってる武術として空手の名称を挙げなかった。
この人達ってロケットパンチするから、お兄ちゃん的には彼らが空手と名乗るのは
私も、ロケットパンチする人達が太極拳とか名乗ったら真顔になると思う。
でも、空手道部の四人全員が同じ個性『ロケット正拳』を持っている確率ってどれぐらいなの?
増強系個性が存在する確率とは、ワケが違うと思うんだけど。
計算したら鼻血吹きそう。
「あのー」
「ぬっ! なんだ貴様ッ!」
思わず話しかけてしまった。
空手部部長っぽい人が、荒っぽい返事をしてくる。
「我が校伝統の超硬派ナンパに意見するかッ!」
硬いのか柔らかいのか、どっちかにしてほしい。
じゃなくて。
「ナンパは、清潔感と服装センスが無いと成功しませんよ? 最低限、清潔感は必須です。武道は礼に始まり礼に終わると聞きますが、
「アイエッ!?」
「グワーッ!」
「アバーッ!」
「サヨナラ!」
私の台詞を聞いて、空手部の人達が全員吹き飛んで倒れて痙攣をはじめてしまった。
確か原作の最終回あたりでナンパに成功してたはずだから、この人達は放置しておこう。
――戦いは、いつもむなしい。
* * *
喫茶ジェンラバの扉の前に、捕縛布でぐるぐる巻きにされた
……腕が八本、脚が二本、身体は大きくて黒い。
これって被検体コードネーム『オクトイッド』?
タコとイカを合わせた改造
タコベースなら脳みそが9個あるはずだし、イカベースなら心臓が3つあるはず。
人間の頭だけで腕8本を操作しきれるとは思えないから、もしかしたら肩の異様な膨らみにサブ脳が2つぐらい入っているのかもしれない。
記憶が確かなら、この人は
ヴィジランテ時間軸は猫カフェ店員として無事に終わるけれど、問題は本編時間軸。
ドクターによって脳無へと改造され、林間合宿襲撃に投入されてしまう。
「ネホヒャン!(猫ちゃん!)」と叫んでいたのが印象深い。
神野事件の際に
うーん。
私の手に余るというか、どう考えても彼を助けられない。
仕方なく、見なかったことにして素通りする。
「いらっしゃいませなのよ!」
ラブラバの声に迎えられて、喫茶ジェンラバの中に入る。
客層というか、お客さんが変な感じだった。
四人用のテーブル席に、イレイザーヘッド、ミッドナイト、お父さん、真さん。
少しだけ離れた席に、雄黒
パッと見、ミッドナイトだけ紅茶を飲んでいて、他は全員コーヒーだった。
原作でイレイザーヘッドは『ブラック』としか言ってない。
真さんに至っては公式設定で『好きなもの:コーヒー』だし。
ジェントルが紅茶を頼んで欲しそうな目をしていたので、苦笑しながら紅茶を頼んであげた。
紅茶もちゃんと美味しいのに、何故かみんなコーヒーを飲んでいく喫茶店。
注文はしたので、空いている席に座ろうとしたらミッドナイトさんから手招きされた。
「ねねっ、
「はい?」
思わず、私は問い返した。
それを聞いたスーツ姿のお父さんが、激昂する。
「……何を言っているんですか、ウチの娘が変な男の毒牙にかかったらどうするんですか!」
「変な男の毒牙にかからなければいいんでしょう?」
ミッドナイトさんが、楽しそうに笑ってる。
イレイザーヘッドが、不機嫌極まりない顔で言う。
「学生の相手なんか、俺には務まりませんよ」
ミッドナイトさんは、ニヤニヤしてる。
「何言ってんの、相澤くんだって学生時代はあったでしょうに」
「勘弁してくださいよ、香山先輩」
「ええと、待ってください。話の流れ上、つまり……」
真さんが、話の流れを切った。
「
「青春っぽくていいでしょ!」
ミッドナイトさんの即答。
待ってください、話についていけません。
「他の男役はどうするんです。そういうお話であれば、当初予定のロックバンドの起用は断固拒否します。ミッドナイト
「もー、カタいわねぇ塚内警部。だったら、
「……例えば?」
話に反対しているお父さんが、疑い深い目でミッドナイトさんを見る。
「いまこの店にいる人達」
自信たっぷりの顔で、ミッドナイトさんが両手を広げる。
席は離れていたものの、話だけは聞こえていたのか、雄黒
「……俺は構わんが」
「
私は、なんだか嫌な予感を抱えながら、空いている席で紅茶を飲み始めた。
うん、やっぱり美味しい。
とりあえず、現実逃避をしておこう。
こういう時に流れを変える力が無いから、私はヒーローになれない。
* * *
「かんぱーい!」
飲み屋における、十人規模の個室。
そこに集まった八人の男女が、手にしたビールやドリンクで乾杯をした。
「ショータ。バンドでベースを弾いている」
物凄く不機嫌そうな顔の
「ギターのJIN。合コンなんて、初めてだぜ!」
楽しそうな顔の
「ゴクッゴクッゴクッ、プハッ。ドラムのイワオ、大学八年生だ」
大ジョッキのビールを既に一気飲みし終えているニヤリ顔の雄黒
「ボーカルのSORAと申します。よろしくお願いします」
無表情の塚内空、11歳。男装(身長160cm)。炭酸アップルビネガー(ノンアル)。
「
黒髪ショートボブ女子。
「ヒナです」
茶髪の目隠れ女子。19歳。ジンジャーエール。
「カオリです!」
ミッドナイト、27歳。雄黒と同じ、ビールの大ジョッキ。
「マコトです。よろしくお願いします」
塚内真、21歳、仁波大学(言ってない)。ブラッディ・メアリー。
「ビール、大ジョッキ追加。後は……枝豆、ほっけの一夜干し」(イワオ)
「……とり皮ぽんず。たこわさび」(ショータ)
「肉刺し盛り合わせと、鉄鍋餃子! 刺身盛り合わせ五人前も!」(JIN)
「炙り姫鱈と、とりユッケ、湯葉豆腐サラダをお願いします」(SORA)
現役大学生が八人中三人しかいない合コンが、はじまろうとしていた。
あと、童顔低身長イケメン王子様の注文内容が渋すぎて、みんなびっくりした。