塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.23 「スキャンダル」

 

【スキャンダル】《scandal》

 

 醜聞、スキャンダル、不祥事。

 恥辱、不面目、言語道断なこと。

 

 

 * * *

 

 

 香港、ネイザン・ロード。

 ここは香港の九龍半島を南北に貫く目抜き通りで、ゴールデン・マイルとも呼ばれている。

 ホテル、ショッピングモール、レストランなどが立ち並び、ネオンがひしめく賑やかな通りだ。

 

 長身で大柄、目深に被ったフード。大きなジムサックを背負った男が、薬局に入っていく。

 古めいた薬局には、店員として老人が一人だけ。

 老人の奥には木製の大きな薬棚が置かれており、その上には沢山の壺が並んでいる。

 

 長身で大柄の男は、老人に話しかける。

 

我想(ウォーション)搵食(ワンセッ)你度(ネイドウ)有点心(ヤウディムサム)賣無(マイモウ)?」

 (なにか喰いたいんだが、点心はやってるか?)

 

呢度(ニドウ)係藥房(ハイヨッフォン)嚟㗎(レイガ)

 (うちは薬局だよ)

 

聽過(テングォ)醫食(イーセッ)同源(トンユン)未啊(メイア)?」

 (医食同源というだろう)

 

你係(ネイハイ)遊客呀(ヤウハッア)? 邊度(ビンドウ)嚟㗎(レイガ)?」

 (あんた旅行者かい? どこから来た?)

 

遠方(ユンフォン)過嚟(グォレイ)轉咗(ジュンゾー)七個(チュッゴ)彎先到(ワンシンドウ)彌敦道(ネイザンドウ)

 (遠方より七度曲がって彌敦道(ネイザンロード)に)

 

 老人は、長身の男を訝しむように眼鏡をずらし、ピントを調整する。

 

「……入去(ヤップホイ)裏面(レイミン)

 (……奥へ入れ)

 

 事務的に老人は告げ、雄黒(いわお)を店の奥に案内することにした。

 

 

 * * *

 

 

 いつものように、私は雄黒珠緒(たまお)さんの病室に見舞いに来ていた。

 通い続けた関係で、(そら)ちゃん、珠緒さんと呼び合う仲になっている。

 

 テレビをつけっぱなしの関係で、ずっと番組が垂れ流されている。

 でも、私も珠緒さんもテレビは見ていない。

 

 珠緒さんはリハビリとしてギターの練習をしているけれど、ギターを弾く手の動きは拙い。

 左目が蜂に寄生されていたのもあり、片目のハンデも背負っている。

 だからギターの練習音を聞かれたくないらしく、テレビをつけっぱなしにしている。

 

 私は私で珠緒さんの傍らに座って、病院の売店で買った週刊誌を読んでいた。

 週刊誌の煽り文句が気になったから買ってみたんだけど、中身はもう笑うしかない。

 

 

 * * *

 

 

【週刊ヒーロー・スキャンダル】

 

 独占スクープ! あの“抹消”ヒーロー、プライベートは消せない!?

 イレイザーヘッドに熱愛発覚!? お相手は『謎の黒髪美女』か

 

 夜の密会、路地裏のランデブーを激写!

 クールな地下系ヒーローが見せた、意外すぎる素顔とは――

 

 今、アングラ界隈で密かに注目を集める実力派ヒーロー、イレイザーヘッド(本名・年齢非公開)に、まさかのロマンスの噂が飛び込んできた!

 メディア嫌いで知られ、合理性を信条とする彼だが、どうやら恋の合理性は計算外だったようだ。本誌取材班は、鳴羽田地区の喫茶店で、彼が特定の女性と頻繁に会っているという情報をキャッチ。一ヶ月に及ぶ張り込みの末、ついにその瞬間を捉えた!

 

 

◆ 夜の「作戦会議」? それとも……

 

 写真は先週末の夕方過ぎ。

 パトロールを終えたと思われるイレイザーヘッドが、雑居ビルの一角にある喫茶店に入店。

 そこで待っていたのは、眼鏡の奥に知的な瞳を光らせる、黒髪の若い女性だった。

 目撃者によると、二人はテーブルに大量の資料を広げ、PC画面を指差しながら熱心に話し込んでいたという。

 

《カフェの窓際で、PCを操作するTさんを覗き込むイレイザーヘッド(※粗い画像)》

 

「ウチは紅茶と珈琲の両方に力を入れていますが、二人は一度も紅茶を注文してくれないのです。しかしリスナー諸君、私は負けない! これより始まる紅茶浪漫、目眩(めくるめ)からず見届けよ!」(店主・談)

 

 さらに驚くべきは退店後だ。並んで歩く二人の距離は、同僚というには近すぎる。別れ際、彼女が彼のマフラーを引っ張り、耳元で何かを囁く姿も目撃されている。あの抹消ヒーローが、されるがままになっている姿は衝撃的だ!

 

《路上でマフラーを掴まれ、たじろぐ様子のイレイザーヘッド(※粗い画像)》

 

 

◆ お相手は美人モデルにして才女?

 

 本誌の独自調査によると、お相手の女性は都内有名大学に通う女子大生・Tさん(21)。

 彼女はモデルのような美人でありながら、某有名海外ヒーローのプロデュースに関わっているという噂もあり、単なる一般女性ではないことは明らかだ。

 関係者は語る。

 

「YEAAAAAHHH! ついにスッパ抜かれたかコノヤロー! 遅ぇよメディア! 俺はずっと言いたくてウズウズしてたんだぜェ! アイツらさァ、『非合理的だ』とか『需要と供給が』とか、デートじゃなくて討論会だろそれ、 みたいな感じでよォ! 甘すぎて見てらんねぇゼ! 俺はもう結婚式の司会やる気満々だからな、スピーチの原稿も3時間分用意してるぜ!  観念して幸せになりやがれェェェ! ぷちょへんざぁっ(PUT YOUR HANDS UP)!」

 

 

◆ ミッドナイトも公認!?

 

 この件について、イレイザーヘッドと親交の深い18禁ヒーロー・ミッドナイトを直撃したところ、彼女は意味深な笑みを浮かべてこう答えた。

 

「あの堅物を落とすなんて、彼女もやり手よねぇ。私は全力で応援してるわよ、青春!」

 

 どうやら、周囲のヒーロー仲間公認の仲である可能性が高い。

 これまで「仕事人間」「万年睡眠不足」のイメージが強かったイレイザーヘッド。彼を支えるパートナーの存在は、今後の活動にどう影響するのか?

 合理的な彼のことだ、もしかすると近々、電撃的に「婚姻届の提出」という最も効率的な手続きを踏む日が来るかもしれない!?

 本誌は引き続き、この異色のカップルの動向を“抹消”されずに追い続ける!

 

(文・写真/芸能特捜班)

 

 

 * * *

 

 

 マフラーじゃなくて捕縛布、っていうのは普通の人にはわからないよね。

 炭素繊維に特殊合金を編み込んだ布だから、触り心地はどうなんだろう?

 

 『夜の』ってつけると、どんな単語でもエロくなるってお兄ちゃんが言ってた。

 

 関係者の山田ァ! もう少し正体を隠そう?

 

 Ms.ジョークは大丈夫? 息してる?

 仮に結婚式を挙げるところまで関係が進行した場合、イレイザーヘッドのことだから、平然と彼女に招待状を送るよね?

 想像すると怖い……真顔で無言になるのか、笑いながら泣くのか、どっちなんだろう。

 

 ミッドナイトさん、余裕ぶっこいてると本気で後悔しますよ?

 女の稼ぎなんて、甲斐性のある男から見れば本気でどうでもいいんですよ?

 女の稼ぎに惹かれて寄ってくる男ってただのヒモ系ですから(実感の籠もったマジトーン)。 

 ひとり暮らしで猫を飼うと婚期が遅れる、とか言ってたのはなんなんですか。

 そんなに堂々とイケメンサイドキック軍団を侍らせてたら、どんなにいい男だろうがドン引きして寄りつきませんよ?

 

 とか思ってたら、珠緒さんのギター音に紛れて、番組がニュースに切り替わった。

 なので私は、読んでいた週刊誌からなんとなくテレビに視線を移す。

 

 

 * * *

 

 

【報道番組『HEROES UP!』特集コーナー】

 

 【特集】輝く笑顔の裏側で……

 『強すぎる』がゆえの孤独? 女性ヒーローの深刻な「晩婚化」事情

 

ナレーション(深刻なトーン):

「華やかな活躍、市民からの歓声。今やトップチャートの3割を占める女性プロヒーローたち。しかし、その輝かしいキャリアの裏で、彼女たちはある深刻な問題に直面しています」

 

【フリップ:女性ヒーローの未婚率データ】

 20代後半の未婚率:一般女性60%に対し、女性プロヒーローは85%

 30代の未婚率:一般女性35%に対し、女性プロヒーローは72%

 

ナレーション:

「数字は嘘をつきません。一般女性と比較しても、女性ヒーローの未婚率は突出して高いのです。彼女たちはなぜ、結婚できない――あるいは、しないのでしょうか?」

 

【街頭インタビュー:一般男性の声】

 会社員(28)「いやぁ、憧れはありますけど……奥さんが自分より強くて、しかも年収も上ってなると、男としてのプライドがねぇ(苦笑)」

 自営業(32)「命懸けの仕事でしょ? いつ怪我して帰ってくるか分からないし、ヴィランに逆恨みされて家族が狙われるリスクを考えると、結婚対象としてはちょっと」

 

ナレーション:

「『強さへの萎縮』と『リスクへの懸念』。この二つの壁が、彼女たちの婚活市場を冷え込ませています」

 

 

【匿名インタビュー:現役女性ヒーローPさん(27・戦闘系)】

(音声は変えられ、目に黒の横線が入っている。美しい金髪や、水色を基調とした尻尾の生えたコスチュームはボロボロになっている)

 

「キュートにキャットにスティンガー! 合コンとか行っても、職業言った瞬間に引かれるんですよね。『え、あのヴィラン倒した人!? 握手してください!』で終わっちゃうんです。確かにファンも欲しいんですけど、合コンならやっぱり彼氏が欲しいっていうか。それに、デート中も緊急速報が鳴ったら飛び出さなきゃいけないし……。『俺と平和、どっちが大事なんだよ』って言われてフラれた回数、両手で数えきれません」

(記者の質問)「同業者の男性ヒーローはどうですか?」

「ねこねこねこ……稼いでる男性ヒーローは、だいたい若くて守ってあげたくなるような一般の子か、サポート企業の令嬢に行っちゃうんですよねぇ……でも、苦労したあとならきっと楽しいことがある! ザ・アメとムチ!」

 

 

【スタジオトーク】

(スタジオ:MCのアナウンサーと、コメンテーターのヒーローや社会学者が座っている)

 

社会学者(コメンテーター):

「これは構造的な問題ですね。強力な個性を持つ女性ヒーローの場合、相手にも相応の強さを求める傾向がある一方で、男性側は自分が負けることを恐れる。このミスマッチが解消されない限り、晩婚化は避けられないでしょう」

 

宮城大角(MCの片角アナウンサー):

「先日、イレイザーヘッドさんと一般の女子学生の熱愛が報じられましたが、ああいったケースは稀なんでしょうか?」

 

ピクシーボブ(コメンテーター):

「待ってください、なんで私スタジオに呼ばれてるんですか!?

 私はまだ20代です、この特集に呼ばれる(いわ)れはありません!

 ただ、女性ヒーローに必要なのは『私より強い男』じゃなくて『ボロボロで帰った時に、何も聞かずに温かいスープを出してくれる男性』です!

 世の男性諸君! ヒーローだって普通の女の子で心は18歳なんです!

 怖がらずにアプローチしてください!」

 

宮城大角(MCの片角アナウンサー):

「守られるヒロインではなく、守るヒーローを選んだ彼女たち。

 その孤独な背中を支えるパートナーが現れる日は、来るのでしょうか――」

 

ピクシーボブ(コメンテーター):

「そんな意味深な終わり方をしないでーッ!」

 

 

 * * *

 

 

 (ヴィラン)連合のスピナーは、堂々とこう言った。

 『ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!』。

 

 ヒーローだからって、そこまで滅私奉公しなくていいと思う。

 聞いてますか、ステインさん。

 

 なのでヒロアカのキャラ一覧を、ざっと脳裏に思い浮かべてみた。

 

 ウォーターホースとエンデヴァーとロックロックとコンパス・キッドとキャプテン・セレブリティしかまともに結婚できていない……?

 志村菜奈さんは息子が生まれたばかりで夫が戦死してるし。

 オールマイトは56~58歳で童貞って公式設定にあったけど、異性関係を切り捨てないといけない『平和の象徴』って真面目に地獄のような……?

 

 最終回で描かれた、8年後のプロヒーロー達。

 彼・彼女らが、少しでも結婚していることを祈らずにはいられない。

 傑物学園の真堂さん(ヒーロー名:グランド)、クラスメイトの中瓶(なかがめ)(たたみ)さん(ヒーロー名:タートルネック)とちゃんと結婚してますよね!?

 むしろ公式設定で付き合ってるって書かれているだけ、マシです。

 

 ピクシーボブは、焦りがあるからきっと大丈夫だと思う。

 そこいくと和歩ちゃん(12)と航一さん(19)は……ええと、ヴィジランテ時間軸で三年経過して15歳と22歳になるから、そこからさらに三年経てばセーフ!

 アニメ版ヴィジランテだと年齢が高校生に調整されて、外見も身長も明らかに違うから余計にセーフ!

 

 

 なんて考えていたら、髭もじゃの雄黒(いわお)さんがいつの間にかそばに来ていた。

 

「よう、小僧。久しぶりだな」

「小僧じゃないです。つ・か・う・ち・そ・ら、です」

「……ほら、土産の煙草だ。父親にでも渡すといい」

 

 中国製の煙草の箱に、SDカードが挟まれている。

 私のお父さん、煙草は吸わない人だったような?

 

 私は煙草の箱ごと受け取って、ビニール袋に包まれたケータイ用ケースを懐から取り出した。

 それをそのまま、髭もじゃの雄黒(いわお)さんにプレゼントする。

 

「子会社に作らせている、ケータイ用ケースの試作品です。お守り代わりには、なるはずです」

「頑丈なんだろうな?」

「ミルスペックの、モールシステム対応です。抜かりはありません」

 

 ファラデーケージ構造の、ケータイ用シールドケース。

 簡単に説明すると、EMP攻撃からケータイを守ってくれる。

 私の自室のパソコンも、対EMP仕様に改造済みだ。

 

 MIL(ミル)スペックというのは、軍用規格のこと。

 落下、衝撃、振動、高温・低温、粉塵、耐水など、厳しいテストをクリアしているという意味。

 

 MOLLE(モール)システムは、軍隊の兵士達の装備に対応しているということ。

 兵士達の装備に、簡単に装着できるようになっている。

 

「……ヒゲ、汚い」

 

 珠緒さんが、ぼそりと呟く。

 

「ああ……外出(そとで)が長かったからな」

「……汚いヒゲ、剃れよ」

「すまんな、珠緒。もう大丈夫、年末はゆっくりするつもりだ」

 

 もじゃもじゃの髭をさすりながら、雄黒(いわお)さんが笑う。

 私は椅子から立ち上がり、親子の時間のために去る準備をする。

 

「お父さんの怪我も治ったようだし、お土産の煙草は快気祝いとして渡しておきます。『加速』の個性持ちでただでさえ素早いのに、手足を爆弾にして警察を吹き飛ばせる犯人とか、最近の(ヴィラン)は怖すぎですね」

 

 私の言葉を聞いて、雄黒(いわお)さんはナックルおじさんの顔になった。

 

「そういう奴をブチのめすために、俺がいる」

「珠緒さんが高等学校卒業程度認定試験に合格してくれれば、株式会社オールライトで雇用できます。結婚式の晴れ姿も含めて、ちゃんと見守ってあげてくださいね」

「……ふん」

 

 ナックルおじさんにちゃんと釘を刺しておかないと、自殺前提の作戦を立てそうで怖い。

 原作では、珠緒さんの存在を忘れたかのごときKAMIKAZE作戦を呼吸するように実行してたし。

 

 

 * * *

 

 

 家に帰ると、渦中の真さんが、コタツに入って幸せそうにトロけていた。

 コタツのテーブルに頭だけゴロリと転がして、何かを思い出しながらニヤニヤしている。

 

 デートで素敵な思い出が増えたんですね、わかります。

 

 『週刊ヒーロー・スキャンダル』を真さんの頭の上に載せてから、自室でパジャマに着替えた。

 真さんがいる場所に戻っても、頭の上に載せた週刊誌は微動だにしていなかった。

 末期症状だと思いつつ、週刊誌を頭の上から外してあげる。

 ニヤついたままの真さんの顔が、そこから現れる。

 

「見てるだけで胸焼けしそう」

「クリスマスイブにデートの予定がはいれば、誰だってこうなりますぅー」

 

 うにゃにゃん、うにゃにゃん。

 大きい猫が思い出し笑いをしながら、コタツでごろついている。

 相澤さん、早く引き取りに来て下さい。

 

「……キャプテン・セレブリティ関係の係争は、どうにかなりそうなの?」

「うん、年内でキッチリ。ハニートラップ、パパラッチ、訴訟ゴロの合わせ技」

「カウンターし放題だね」

 

 訴訟大国アメリカ。

 訴訟していいのは、訴訟返しされる覚悟のある人だけです。

 日本とは比較にならないぐらい、文字通り桁の違う賠償請求で殴り返すはず。

 

「キャプテンの奥様も出産予定が決まったし、キャプテンは無事に本国に帰れそうだし」

「それはなにより」

「とにかく全部、順調よ。空ちゃんのニンジャ・アドバイスのおかげだわ~」

 

 ドーモ、真=サン。ニンジャ・アドバイザーです。

 

「ニューヨークのマーベラス中央大学に留学する件は?」

「キャンセル~。消太さんと離れたくない~」

 

 この猫は、もう駄目ですね。

 

「相澤さんはキャプテン・セレブリティみたく、ほいほい浮気するような人じゃないから大丈夫だと思うけど……イレイザーヘッドとしての彼は色々な人に言い寄られていたはずだし、仕事の関係で偽装デートとかもするはず。変な嫉妬で話をこじらせて、シングルマザーとかはやめてよ?」

 

 Ms.ジョークは一旦脇に置いておくとしても、イレイザーヘッドはカニ子さんこと蟹屋敷(かにやしき)モニカと仕事でデートしたりするから、そこをパパラッチに撮られて話がこじれるのは御免被る。

 

「シングルマザー、ねぇ……キャプテン・セレブリティの奥さまと知り合った頃は、メンタル的に彼女はとても不安定だったの。『夫が善良な人物であることはわかっているけれど、あまりにも人が良すぎる。こんな状況では子供を育てられない。生まれてくる子は自分がひとりで育てるつもりだ』ってこぼしてたぐらいには、彼女は一人で生きる決意を固めてた。流石にそこまでには、ならないと思うわ」

 

 私は軽くジト目で真さんを見る。

 

「……原文は?」

 

 テーブルに頭を押しつけるようにごろごろしていた真さんの動きが、ピタリと止まった。

 真さんの上半身だけが起き上がり、私の顔をじっと見つめてくる。

 

「That fucking idiot... That spineless, muscle-brained man-child!」

(あのバカが……背骨のない(=主体性の無い)脳筋デカブツ幼児が!)

 

 奥さん(パメラ)の口調そのままで、真さんが右手の中指を立てるジェスチャーをする。

 

「I know he's got a goddamn heart of gold underneath that spandex, but he's too fucking stupid to use it right! He's a sucker! A total pushover who lets every skirt-chaser and lawyer walk all over him!」

(あのピチピチタイツのコスチュームの下に、腐っても黄金の精神(=善良な心)があることくらい知ってるわよ。でもアイツは、それを使うにはあまりにもクソ馬鹿すぎるのよ。アイツはただのカモ! 女の尻を追いかけて、弁護士に食い物にされて、いいように利用されてるだけの腰抜けじゃない!)

 

 真さんが、親指で喉元をかっきるジェスチャーをする。

 

「I'm done cleaning up his shit. I'm not raising two babies! If I have to deal with that fucking mess, I'd rather raise this kid on my own! Tell him to go to hell!」

(アイツのケツを拭くのは、もうたくさん。私は二人の赤ん坊(=夫と子供)を育てる気はないわ! あんなクソみたいな状況に付き合うくらいなら、この子は私一人で育てる! 地獄へ落ちろって伝えて!)

 

 最後に親指を下に向けて、真さんは罵倒が詰まりまくった台詞を言い終えた。

 私は簡潔に、感想を伝える。

 

「意訳って凄い」

 

 日本人としての感覚ではピンと来ないけれど、F爆弾(=Fuck)は向こうではピー音でかき消されるぐらいセンシティブな単語。

 日本はともかく、アメリカでは厳密な意味での生放送というのは無い。

 どんなライブ中継でも数秒の遅延(7-second delay)を設けて放送していて、Fワードが出た瞬間に検閲担当者がボタンを押して音声を消す。

 連邦通信委員会(FCC)の規制により、地上波テレビやラジオで "Fuck" や "Shit" などの汚い言葉(Profanity)を流すことは厳禁とされている。

 仮に今のがアメリカの地上波ネットワーク(NBC、ABC、CBS、FOXなど)の生放送インタビューだとしたら、パメラが話し始めた瞬間から「ピーーー(Beep)」音だらけになり、なんなら映像も一瞬切られるか、放送事故扱いになる。

 (※ケーブルテレビは例外。CNN、AMCなどではFワードは基本的に自粛、または無音処理。深夜枠なら通ることもある。HBOやNetflixなどは規制が無く、Fワード連発でも問題無し)

 

「だから、『私に任せて』って返したの」

「Did you really say 'Leave it to me'? Like, verbatim?」

(本当に『私に任せて』って言ったの? 一言一句その通りに?)

 

 呆れ顔で私が尋ねると、真さんはニヤリと微笑んだ。

 

「Hell is exactly where we're heading. I'll make sure he survives it.」

(まさに今から地獄(=修羅場)へ向かうところよ。彼が生きて戻れるようにしておくわ)

 

「意訳って凄い」

 

 私は、コタツの上のみかんを手に取って剥き始めた。

 モグモグとみかんを食べながら、会話を続ける。

 

「じゃあ、キャプテンの帰国イベントで締める感じ?」

「ええ。来年の三月末に、ボスのお別れイベントを予定してるわ。でもニンジャ人気が出過ぎちゃって、鳴羽田(なるはた)市民ホールだとキャパ的に無理っぽいの。いっそのこと、東京スカイエッグにしようと思って。日米ヒーロー交流をテーマに掲げたビッグイベントとして盛り上げるわ!」

 

 キャパ五万人の会場を現役女子大生が抑えるんだから、真さんは真さんでやってることが頭おかしい。相澤さんか航一さんみたいな性格でもなければ、真さんの彼氏にはなれないと思う。

 

 さしあたって。

 仮にスカイエッグをNo.6が狙ったとして、EMP攻撃がそこではじめて実行されるはず。

 私の指示で開発した対EMP装備『ファラデーケージ構造のスマートフォン用シールドケース』は、現時点では見向きもされない。

 でもスカイエッグ戦以降なら、対EMPサポートアイテム開発において一歩か二歩、先を行くことができる。そうなれば、普及や進化も含めていい感じにEMP対策が広まるはず。

 

 結果として、三年後に訪れるはずの『鳴羽田(なるはた)ロックダウン』、つまりNo.6との最終戦闘で大規模なEMP攻撃が展開されたとしても、被害は最小限に抑えられるはずだし、対EMPサポートアイテムの売り上げはさらに伸びるはず。

 どうせ回避できないクソイベントなら、商機に換えてしまいましょう計画。

 

「ふーん……三ヶ月あるのなら、例のケータイ用ケースを年明けにプレスリリースして、急いで発売しちゃってもいいかも。最近の(ヴィラン)は過激だから、それなりに注目されると思う」

「それはいいけど、商品名がまだ無いわよ? コードネームの『NO-ZAP』はイヤなんでしょう?」

 

 Zapは、電撃の擬音。

 これはこれでわかりやすいと思うんだけど、結果にコミットするダイエット企業を想起してしまうのでなんとなーくイヤだった。

 

「……決めた。製品名は『デンパ・シャット・ダウン』」

「本気?」

「キャプテン・ニンジャ・セレブリティを広告塔に起用して、ニンジャ系サポートアイテムとして大々的にテレビCMを打つ」

「MIL規格準拠・MOLLE対応・ファラデーケージ構造というガチ仕様だから、自衛隊や警察からも見本寄こせって言われるレベルのブツなのよ?」

「覚えやすくてわかりやすいでしょ」

「はぁ……取締役様の、仰せのままに」

 

 代表取締役は、そう言ってため息をついた。

 

「なんだ、二人で悪巧みかい?」

 

 そう言いながら、帰宅したお父さんがトレンチコードを脱ぐ。

 コタツテーブルの上に載っている『週刊ヒーロー・スキャンダル』を見て、お父さんは複雑な表情を見せる。

 

「イレイザーヘッド……相澤さんとのこと、本気なんだな?」

「本気も本気よ、兄さん。止めるとか言わないでよね? 今が踏ん張りどころなのよ」

「そりゃぁ……応援はするさ。お前のことだから、家族計画的なものはしっかりしてるだろうしな」

 

 お父さん。

 真さんはがっつりピル飲んでるから、薄いエロ同人が厚くなっているはずです。

 多分、ねちょねちょのぐちょぐちょで、しっとりです。

 

「これは内緒の情報なんだけど、ミッドナイトが来年の春から雄英教師になるみたいなの。それで、プレゼントマイクとイレイザーヘッドにも、一緒に教師をしないかって声をかけてるみたいで……だから消太さん、今の風来坊みたいなプロヒーロー生活ではなく、雄英の教師になって安定収入化する路線を考えてくれてるみたい。そうなったら私、静岡県に引っ越すかも」

「海外留学がどうだの、外資系がどうだの言っていたのに、全部投げ捨てて静岡県か」

 

 そう言って、お父さんは苦笑する。

 

「空ちゃんが雄英に通うのなら、丁度いいんじゃない?」

「待って。仮に雄英に行くことになったとしても、新婚生活家庭を邪魔するのは断固拒否します」

「しんこん、せいかつ……」

「私が高校生になる頃までお付き合いが続くようなら、とっくに挙式はしてるよね?」

「いやーん♡」

 

 コタツのテーブルに、頭をぐりぐりしはじめた真さん。

 そんな真さんを見て、お父さんはため息を一つついてから風呂場に向かおうとした。

 

「あっ、お父さん」

「なんだい、空?」

「これ、雄黒さんからの香港土産」

 

 SDカードが挟まれた、中国製の煙草の箱。

 煙草を受け取る一瞬だけ、お父さんの顔が刑事の顔になった。

 

「ありがとうって、伝えておいてもらえるかい?」

「はーい」

 

 私は残りのみかんを口に放り込んでから、夕飯を作るべく台所へと向かった。

 

 

 * * *

 

 

 真さんが海外に行くのを辞めて、C.C.コーポレーションのゼネラルマネージャーになる道を選ばないというのなら、こちらも色々とやりようがある。

 

 分倍河原さんの救済をきっかけに、真さんに株式会社オールライトを設立してもらった。

 不当解雇や取引先へのくだらない嫌がらせをはじめとして、後ろ暗いことをしまくっていたブラック企業の黒い部分をついて内情を暴いてから安価でM&Aしたりした。

 麗日(うららか)建設をはじめ、地方で苦しんでいる建設会社を関東圏に引っ張り込んだ。

 あげく、軍事に転用可能な対EMPサポートアイテム開発にまで手を広げ始めたのには、ちゃんとした理由がある。

 

 分倍河原さんは、ネットミーム的に5000兆円なんて単語を出していた。

 あの時は日本にそこまでのお金はない、なんて答えたけれど……それはあくまでも前世の話。

 

 今世では、5000兆円とまでは行かずとも、それに近いレベルで凄まじい桁のお金が動く事業が確定で発生する。株式会社オールライトは、その事業に乗り込んで一枚、いや複数枚嚙ませて貰う為の下準備に過ぎない。誰にも話していなかった私の意図を全部真さんに話すだけで、真さんは水を得た魚のように動き回ってくれるはずだ。

 

 分倍河原さん。

 分倍河原さんは、私が貴方の勉強代や資格代、年金や生活費など、全部援助することにびっくりしていましたよね。

 お金を返さなくていいのかと何度も尋ねられましたが、大丈夫です。

 むしろ貴方こそが、私の計画の鍵であり、要であり、最重要人物なんです。

 

 だから教えてあげます、分倍河原さん。

 法を遵守していない連中からぶんどるお金って、一回で終わってしまうんですよ。

 

 どうせお金をぶんどるのなら。

 総資産が不明なお金持ちから、合法的に何度も大金を貰う方が効率が良いんです。

 

 

 世界的偉"人"だろうが金づる(パトロン)にしか思えないから、私はヒーローになれない。

 

 

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