塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.29 「私立聡明中学」

 

【スムース・セーリング】《smooth sailing》

 順風満帆。滑らかな航海。

 物事が支障なく、容易に進むこと。

 嵐の前の静けさ。

 

 

 * * *

 

 

 キャプテン・ニンジャ・セレブリティは、無事に帰国した。

 奥さんのパメラとも仲直りし、本国での栄達も確定した感じで幸せそうだった。

 

 真さんは、アメリカ留学を完全に取りやめた。

 イレイザーヘッドが教師になるのを全面的に支援する構えだ。

 この世界の教員免許ってどうなってるんだろう?

 その辺を考え始めると思考が突然鈍り出すので、多分考えたらいけないやつ。

 今後は確実に建築界隈が熱くなる。

 真さんにはM&Aの推進と、リニア関係の特許級技術開発に手を伸ばせないかと相談しておいた。

 

 オールマイトさんとは、何も無かった。

 そういうことにしましょうと、こちらから提案してあげた。

 『本当にすまない、塚内少女』という文面がとても寂しそうだった。

 

 ジェントルのスカイエッグ持ち上げ動画は、なんと八桁再生を記録した。

 途中からオールマイトが引き継いだはずだけど、その辺はカットされてた。

 ラブラバの編集が絶妙すぎて、笑うしかなかった。

 

 むしろ、『ソラダンス』が世界規模のネットミームになって絶句した。

 TikTokで真似して踊る女子高生が沢山出現した。

 「聖なるゴミの作者が踊ってるぜ、マジで学生かよ!」と騒がれた。

 著書発刊時の真面目なインタビューと、ソラダンスの比較動画まで作られた。

 

 忘れかけていたけど、私は『YouTube動画収益化事業の会社』たる月下往来の代表だった。

 仕方なく、私と和歩ちゃんとお茶子ちゃんでソラダンス動画を撮影してアップした。

 

 私の踊りを無断撮影したうえに動画をアップした人にイラッとしたので、肖像権を盾に『ソラダンス』動画の収益が全部私に流れるように申し立て、受理された。

 大人げない感じですっごく虚しかった。

 

 荼毘さん、本気でごめんなさい。

 そんなつもりは無かったんです。私は無罪を主張します。

 

 なんでしたら、一緒に踊りましょう。

 エンデヴァーの心をへし折る煽り台詞なら任せてください。

 

「エンデヴァーさんは21歳で個性婚をした計算になるんですけど合ってます? No.1を諦めるの早すぎですよね。 エンデヴァーは努力って意味なのに、20代前半で遺伝子ガチャに逃避してどうするんですか。

 あと、典型的な児童虐待及びDV事案です。知らないようだから教えてあげます。轟家のような長期間かつ深刻な虐待なら、『親権停止』を越えた『親権喪失』が一発で確定です。

 離婚からの巨額の慰謝料、養育費、さらに冷さんの人生を奪った逸失利益の賠償で、エンデヴァー事務所ごと差し押さえですね。

 養育費を払い続ける生きたATMになってください、元お父さん!

 ああ、面会交流なんて夢は見ないでくださいね?

 DV防止法に基づく保護命令で、貴方は家族の半径500メートル以内に近づくことすら許されない他人()()になるんですから!

 今日まで元気でいてくれてありがとう……エンデヴァー!」

 

 そうしたら、やめてあげてと哀願してくる荼毘ならぬ轟燈矢(とうや)君の姿を幻視してしまった。

 考えてみれば彼は家族として復讐したかったので、家族の縁を切ったら駄目なのかもしれない。

 

 ……んー、まぁ。

 なるようになるでしょう。多分。きっと。めいびー。

 

 

 * * *

 

 

 変な話だけど、個性に目覚めた時と、中学生になった時の二回、レベルキャップ的なナニカが外れた気がする。

 

 例えば今まで「レベル20(MAX):余剰経験値大量」だったとする。

 個性『否定』に目覚めたことで「レベル30(MAX):余剰経験値沢山」になって。

 中学生になったら「レベル34:next 5000exp」とかの表示になったような。

 実際にステータス画面が見えるわけではないけれど、なんていうかこう、体感として。

 

 オールマイトが爆豪君に「レベル1の力とレベル50の力……成長速度が同じなハズないだろう?」と言っていたけれど、レベルやステータス数値が裏で管理されていてゲーム世界のようになっている……なんてこと、無いですよね?

 

「スーパーマリオブラザーズやったことあるか!?」by プレゼントマイク

「負担の大きい超必(ちょうひ)です!」by 麗日お茶子(超必は作中何度も発言する)

「悪かったな……レベルが違い過ぎた」by轟焦凍

「今回はゲームオーバーだ/コンティニューだ/クリアして帰ろう」by 死柄木弔

「ゲームのMPみてぇなもん……」by 爆豪勝己

「そんな弱連打じゃ、ちょい痛いだけだがな!」by オールマイト

 

 ……無いですよね?

 

 『本来ならば致傷ダメージを与えるような攻撃でも、命中判定に-4のペナルティを受けることで非致傷ダメージに変更できる。累積した非致傷ダメージがヒットポイントの値を超えたら、死亡ではなく気絶する』

 僕のヒーローアカデミアTRPGの世界に転生したとか、そういうわけじゃないですよね?

 

 

 ヒロアカ世界のゲーム説に関しては、お兄ちゃんが悲しい瞳で補足説明をする箇所があった。

 

 原作においては、『先読み』という言葉が沢山使用される。

 出久君は過去の研究によって、爆豪君に対して『人読み』で勝利したりする。

 冬のインターンでは、尾白君と砂藤君は『手数と先読みの力』を学んだ。

 

 で、武術オタのお兄ちゃん曰く。

 先読みや人読みは、格闘ゲームか、ルールのある格闘技の思考なんだそうな。

 「きっとこうするだろう」「こう動くに違いない」という期待に発想が「居着いてしまう」のは、武術的にはアウトなのだと何度も聞かされた。

 

 

 武術は、理解度が上昇していくにつれて段階がある、らしい。

 

 虚実の駆け引きを行っている段階。

 相手が何をどうしようが全対応できる段階。

 相手が動く前に、ただ自分のやりたい事のみを通す段階。

 相手を自分の意のままにしてしまう最終段階。

 

 前世のお兄ちゃんは、最終段階に届かないと嘆いていた。

 残念ながら最終段階に到達する前に、お兄ちゃんは交通事故で死んでしまった。

 

 だから、個人的には静音性の高い自動車アタック最強説を推したい。

 お兄ちゃんは剣と魔法のファンタジー世界にでも転生して、思う存分最終段階を目指せばいいと思う。ハーレムってやりすぎると飽きると思うから、そこだけは気をつけて欲しい。

 

 私は余裕の一段階目。

 鉄砂掌と呼ばれる外功鍛錬によって、年単位で身体作りをし続けた。

 今は中学生になったのもあって、本格的な実戦用法を教えてもらってる。

 

 太極拳の思考は、基本的に『発・()・打・化』。

 発は出て行く、()は遮る、打は制する、化は溶かして変える。

 

 この『打は制する』の指導の時が、ちょっと面白いというか。

 打で倒すのではなく、相手を無力化する流れの中で相手を制するために打を使う。

 この話を師父(シーフー)がすると、八極拳や形意拳のお爺ちゃんが必ず絡んでくる。

 

 「打で制して無力化に繫げる」vs「打で殺せば良かろう!」。

 

 『相手をどう無力化するか』の考え方が違うだけの気がする。

 太極拳には震脚という名の脚を踏みつける動作があるけれど、八極拳にも震脚はある。

 むしろ八極拳といえば震脚というぐらいには、震脚は八極拳の方が有名かもしれない。

 

 ただ、この震脚動作。

 地面が押し返してくる力を任意のベクトルに変換する動作であり、なおかつ相手を打った際に相手の身体が反発して押し返してくるのを無効化する補助動作だというのを『理解』できてしまうと、全く意味が変わってくる。

 太極拳にしろ八極拳にしろ、ううん、他のどんなナントカ拳にしろ、「今からお前を殺すけどいいよね? 返事は聞いてない」という打撃に変換できちゃう。

 

 うーん。

 轟焦凍君が、USJでヴィラン達にこう言った記憶がある。

 

「このままじゃ、あんたらじわじわと身体が壊死してくわけなんだが」

 

 あの氷結攻撃は、どう考えても壊死じゃ済まないと思うんですけど。

 劇場版でも、平然とヴィランを氷漬けにしてましたよね。

 

 【殺意や悪意のある攻撃じゃないと死なない法則】と、お兄ちゃんは言っていたけれど。

 殺意や悪意を籠めた直接攻撃は、相手に動きを読まれてしまう。

 

 だから、殺意も悪意も、できれば打つという意念も起こりも全部消した方がよくて……。

 

 あっ、だから渡我(トガ)被身子(ヒミコ)ちゃんは強いのか!

 うん、相手にしたくない! 絶対怖い!

 

 挨拶代わりに、ナイフをトスッとされたくない!

 

 

 * * *

 

 

 塚内空が、司法試験合格の最年少記録を更新したことは聡明中学では有名だ。

 中間テストは1位だったし、授業の受け答えも完璧。

 体育も大活躍で、文武両道を地で行っている。

 彼女の著書『聖なるゴミ』には、感銘すら受けた。

 

 そんな彼女が、心ここにあらずといった様子で授業中にぼんやり外を眺めていた。

 飯田天哉はその理由がわからず、思わず声をかけてしまった。

 

「塚内くん、授業中に窓の外を凝視するとは……! いささか集中力を欠いているようにお見受けするが、何か悩み事だろうか!? 君ほどの卓越した知性を持つ者が、そのような『心ここにあらず』といった態度は、実に君らしくない! もしや体調不良か!? それとも難解な法的解釈の思考の迷宮へ入り込んでいるのか!? 僕にできることがあれば何でも言ってくれたまえ! クラス委員長、あるいは友人として、君の憂いを晴らすことは僕の義務でもあるのだから!」

 

 塚内空は、飯田天哉の言葉に内心で苦笑した。

 

 ヒロアカ世界は、実はゲームシステム説だの。

 殺意も悪意も意念も起こりも全部消した打撃を放つ方法だの。

 オール・フォー・ワンを念入りに折って畳んで千切る方法だの。

 そんな事を考えていましたなんて、口に出すわけにはいかない。

 

「ヒーローは、(ヴィラン)を捕まえる為にその拳を振るっています。殺すのではなく、生かすために……。それは高尚な行為である一方、実行難易度は遙かに高い。凶悪犯に対してすら、ヒーローは毎日のように心の強さを問われ続けています。個性終末論を考慮するなら、いずれ世界は生かしたままで捕まえることが不可能な(ヴィラン)ばかりになってしまう。そうなれば、ヒーローの身は危うい……飯田くんのお兄さんであるインゲニウムも例外ではありません。(ヴィラン)を生かすのではなく、殺す選択から逃げ続けることはできないのではと――そう、考えていました」

「なんという高い志……! 僕としたことが、単なる『上の空』だと勘違いして声をかけてしまった!」

 

 飯田天哉は、拳を強く握って感動する。

 しかし麗日お茶子は、最近なんとなく塚内空のことがわかってきた。

 

 (そら)ちゃん、いま適当に返事をでっちあげたよね?

 

 お茶子がジト目で空を見ると、空は深窓の令嬢のように微笑してお辞儀をしてみせた。

 

 

 * * *

 

 

 エコーロケーション。

 日本語で『反響定位』と呼ばれる行為がある。

 発した音や超音波の反響で物体の距離や方向、大きさなどを知る方法。

 コウモリやイルカがエコーロケーションを行っていることが知られている。

 

 そしてこれは、人間にもできる技術だ。

 視覚障害者が舌打ち音や環境音を使い、まるで見えているかのように移動する姿を見たことはないだろうか?

 

 音の反響によって、ブロック塀の有無や形、空間の広がりなどを把握する。

 あくまで技術なので、習得対象は視覚障害者に限らない。

 視力に不自由の無い健常者であっても、その気になれば習得することができる。

 

 イギリスにある大学の研究チームは、12人の視覚障害者と14人の健常者を相手に、10週間にわたって20回のエコーロケーション訓練を行った。

 研究の最後では迷路を移動してもらったが、視覚障害者も健常者も変わらず迷路の中を移動することができた。

 視覚障害者に対しては訓練後に三ヶ月の追跡調査を行い、大半がエコーロケーション技術に熟達していたという論文が発表されている。

 

 で、あるのなら。

 前世地球と違い習熟速度が段違いの今世において、ガチでエコーロケーションの訓練をしたらどうなるのか?

 

 塚内空は、私立聡明中学への通学時に毎日エコーロケーションをしてみることにした。

 流石に目隠しまですると周囲の人に驚かれてしまうので、単純に目をつぶって移動するだけ。

 

 これを週に五日、通学の往復なので一日二回。

 移動教室などで校庭や体育館に行く際も、可能な限りエコーロケーション。

 太極拳の推手(すいしゅ)で磨いた聴勁(ちょうけい)を併用し、自身のレーダー機能を磨き続けた。

 

 始めた頃は、通学時の往復だけで死ぬ思いをした。

 

 一ヶ月経過する頃には、普通に人を避けて通学できるようになっていた。

 

 二ヶ月経過する頃には、全力疾走できるようになっていた。

 

 三ヶ月経過する頃には、ビルの屋上を使ったパルクール機動すらできるようになっていた。

 

 言い換えると、原作ヴィジランテにおいて蜂須賀九印(はちすかくいん)やスタンダールがやっていた高層ビル級のパルクールは、『個性発現+中学生』の条件下で可能になると塚内空はアタリをつけた。

 仮定の話だが、高校生になって更にレベルキャップ的なナニカが外れた場合は、無個性であってもナックルダスターのように高層ビル級のパルクールが出来るのではないかと推測した。

 恐らく、大半の人が『出来ない、無理』と思い込んでいるだけの話だと思うが、世界の法則として深層心理的に神様が仕込んでいるケースなのかもしれない。

 

 どちらにせよ、オリンピック開催が不可能な程に超常社会となってしまったこの世界では、個性がどれだけ強かったとしても身体を鍛えておいて損は無い。

 つけくわえるなら、競馬などのギャンブル類も壊滅気味なので、個性保持者が相当暴れたんだろうなともわかってしまう。

 そして、創作方面もヒーローやヴィランを下地としたものが未発達。

 

 ヒロアカ世界は、エンターテイメント方面が微妙に弱い。

 和歩がアイドルに憧れる理由も、その辺にあるのかもしれないと塚内空はなんとなく考えた。

 

 

 * * *

 

 

 目を瞑ってのパルクール全力疾走は、流石に疲れる。

 でも時間が経てば、これにすら慣れてしまうだろう。

 

 そうなれば、今度はタバタトレーニングを導入する。

 正式名称は『タバタ・プロトコル』。

 「20秒の全力運動+10秒の休息」を8セット、計4分間で行う、高強度インターバルトレーニング(HIIT)の一種。

 その効果は、有酸素性と無酸素性のエネルギー供給系を同時かつ最大に刺激すること。

 たった4分で、長時間のエクササイズ数回分に匹敵する効果が得られる超効率的プログラムであり、かつてはオリンピック選手も採用していた。

 

 (ヒロアカ世界は個性のせいでオリンピックが廃れてしまった。比較に意味が無いから比較するのを辞めたはずなのに、雄英体育祭という殺し合いじみた過激な祭りが大人気になっている。雄英体育祭を見に、東京ドームの二倍の収容可能人数を誇る会場まで用意されてしまうのは、なんていうか、闇の深さを感じてしまう)

 

 エコーロケーションプラス、パルクールプラス、タバタトレーニング。

 最大の問題は、タバタトレーニングは『疲労困憊になる事を目的とする』ものであること。

 つまり、実行すると必ず汗でぐっしょりになる。

 

 ……毎朝、登校直後に学校のシャワーを借りることになりそう。

 

 そんな事を考えながら校舎に向かって走っていたら、飯田くんがカクカクと手を振る走法で後ろから近づいてくるのがわかった。身長差もあり(私160cm、飯田くん179cm)、一歩の歩幅が違い過ぎるので、遠慮して道を譲ってあげた。

 

「おはよう、飯田くん」

 

 すると、飯田くんは私に併走しながら、物凄く驚いた顔をしてみせた。

 

「つ、塚内くん! 僕はまだ『おはよう』と言っていない、エンジンも吹かしていない! いわば『サイレント・ランニング・モード』で接近していたはずだ! それなのに君は、振り返りもせず、まるで背中に目があるかのようにスムーズに道を譲った……! それは背後からの僕の接近に、気がついていたということ。僕もまだまだ修行が足りないということか! ありがとう塚内くん! 朝から目が覚めるような刺激をいただいた!」

 

 飯田くんはそう言って敬礼をした後、爆速で走り去った。

 

 ……いえ、飯田くん。

 貴方の足音は大きいので、エコーロケーション関係無く誰にだってわかります。

 全然サイレントしてません。

 

 説明するのも面倒なので、走り去る飯田くんに対して深窓の令嬢のように微笑をしてみせた。

 

 

 * * *

 

 

 ……ヒロアカ世界は、中世ベースのファンタジー世界よりはマシかな?

 食事はしっかりしてるし、水洗トイレはあるし、生理用品もあるし。

 

 でも、冒険者=ヒーロー、モンスター=ヴィランと置き換えることもできる。

 ヴィラン退治した時の賞金も、ばっちり出てるわけで。

 

 だとするなら、異形の人達はエルフとかドワーフとかウンディーネとか、そういう方向性?

 リューキュウさんとか、思いっきり竜人だし。

 

 個性は魔法?

 炎の大魔法使い。エンデヴァー。

 土の魔法使い。芦戸三奈、ピクシーボブ。

 風の魔法使い。夜嵐イナサ。

 闇の魔法使い。常闇踏陰。

 

 ドラゴンクエスト3の女僧侶姿のリカバリーガールを想像して、思わず笑ってしまった。

 (ヴィラン)受取係と揶揄される警察が冒険者ギルドなら、お父さんはギルドマスター?

 塚内直正ギルドマスター。案外似合うかもしれない。

 

 ドラクエ3のラスボス、ゾーマに対しては「ひかりのたま」で「闇の羽衣」を剥がす。

 でもAFOは、顔が既に「ひかりのたま」だよね。

 AFOの顔が光って、服が剥がれて全裸になる。

 

 そんなことをなんとなく妄想していたら、噴き出しそうになった。

 教室の掃除中だったのに。

 

 

 * * *

 

 微笑みながら(噴きそうになったのを必死に我慢しながら)掃除をしていた塚内空。

 そんな彼女に驚愕する少年が、大声で褒め称えた。

 

「塚内くん……皆が面倒がり、苦痛に感じてしまうこの掃除という反復作業を楽しんでいるのか? 『一室を(はら)わざる者、(いずく)んぞ天下を(はら)わんや(自分の部屋一つ掃除できない者が、どうして天下の掃除=世の中を正すことができようか、の意)』。汚れを落とす行為を通して、自らの精神を研鑽し、世を正そうというのか! まるで『清掃の女神』のようだ!」

 

 飯田が発した『清掃の女神』という単語を聞いて、流石の塚内空も硬直した。

 彼の中で、塚内空という女性は一体どういう人間像になっているのか。

 

 お茶子は聞いた瞬間にブフッと噴いた。

 空のことをしばらく女神様と呼ぼうと、お茶子は決意した。

 

 

 * * *

 

 

 珠緒(たまお)さんの見舞いに行く時に、思うところあってレンタル楽器でベースを借りてみた。

 片目の喪失だけはどうにもならなかったけれど、退院は近いと聞いている。

 

「空ちゃん、それは? 新しいギター?」

「いえ、ベースです。リズム隊の方が珠緒(たまお)さんに合いそうな気がして」

「ふーん?」

 

 借りてきたベースをいじりながら、珠緒(たまお)さんが適当に練習をはじめる。

 ……本当に初ベースなんですか? というぐらい音色が違う。

 

「あっ、やりやすいかも。その気になればギターっぽくも出来るし」

「そういうのって高等テクのはずなんですけどね……」

 

 私は、初ベースを手慣れた感じで扱う珠緒(たまお)さんに苦笑する。

 

「なんでしたら、退院祝いでベースをプレゼントします。その代わり、私の知り合い達と、お試しでバンドを組んでみてもらえませんか?」

「バンド? ……別に、いいけど」

 

 珠緒(たまお)さんの言質をとったので、私はすかさず和歩ちゃんに連絡をとった。

 

 

 * * *

 

 

「あたしと……FeatherS(フェザーズ)の二人と、珠緒さん?」

 

 電話の相手こと、和歩ちゃんが首を傾げているのが声でわかる。

 

「東京スカイエッグの時に挨拶はしたけれど、FeatherS(フェザーズ)とは正式に連絡先の交換まではしてなくて……和歩ちゃんなら、美羽さんと由羽さんに連絡とれるかなって」

「そっ、そりゃーとれるけど? でも、バンドかぁ……」

「とりあえず一旦顔合わせと、音合わせして欲しい」

「……空ちゃんは?」

「私? いつもの通り、プロデューサー兼マネージャー兼スポンサー兼護衛兼雑用、だよ」

 

 和歩ちゃんは、苦笑してからOKを出してくれた。

 

 

 * * *

 

 

 夏休み。

 無事に退院した珠緒(たまお)さんと一緒に、皆と顔合わせをした。

 

「フェザーズの美羽(みう)でーす♪」

由羽(ゆう)でーす♪」

「えーっと、ポップ☆ステップこと、和歩(かずほ)です」

「雄黒珠緒(たまお)です。よろしく」

「プロデューサー兼マネージャー兼スポンサー兼護衛兼雑用の、(そら)と申します」

 

 顔合わせとはいえ、本格的に演奏ができる場所を借りたのでみんなビックリしてる。

 

「そ、空ちゃん、ここ、お高い部屋なんじゃ?」

 

 焦る和歩ちゃんに、私は指先をチチチと振る。

 

「これは私の勘ですが、この四人の組み合わせは絶対にイケると思います。もう一人ぐらいならメンバー追加はアリかもしれませんが、まずは一旦この四人で合わせてみましょう。歌は、和歩ちゃんが作詞して私が作曲・編曲した『けっかおーらい』で試します。譜面と、実際の演奏動画は事前に携帯に送っておいた通りに。音響(PA)は私がやります」

「空ちゃんPAもできるの!?」

 

 珠緒さんの驚愕に、胸を張る。

 

「ふふん。雑用ですので」

「やろうと思えば、キーボードだろうがなんだろうができるはずなのに……」

 

 和歩ちゃんの嘆きを無視して、私は皆を案内していく。

 

「じゃあ、ボーカルは和歩(かずほ)ちゃんとします。ギターはフェザーズの美羽(みう)さん。ベースは珠緒(たまお)さん。ドラムが由羽(ゆう)さんです」

「「「はーい」」」

「チューニングが終わったら、早速合わせてみましょう」

 

 私の指示に、皆が素直に楽器の準備をしてくれる。

 

「ドラムとか不慣れなんだけど、本当にイケるのかなぁ?」

 

 由羽(ゆう)さんが、小首を傾げている

 私は、珠緒(たまお)さんのベースがイケるのなら、由羽(ゆう)さんも絶対にイケますと確信を抱いていた。

 

「わん、つー、すりー、ふぉー」

 

 ドラムの由羽(ゆう)さんの合図を元に、『けっかおーらい』が演奏されていく。

 みんな、自分自身の演奏と、初顔合わせとは思えない総合的な演奏クオリティの高さに驚愕している。

 

 ……ふっふっふ。

 思った通り、イケました。

 

 順番通りに説明すると。

 

 まず、和歩(かずほ)ちゃんはCV:長谷川育美です。

 『ぼっち・ざ・ろっく!』の『結束バンド』ギターボーカル・喜多郁代ちゃんです。

 

 フェザーズの美羽(みう)さんは、CV:竹達彩奈(たけたつあやな)です。

 『けいおん!』の『放課後ティータイム』ギター、あずにゃんこと中野梓です。

 

 雄黒珠緒(たまお)(蜂須賀九印)さんは、CV:千本木彩花(さやか)

 『ぼっち・ざ・ろっく!』の『SICK HACK』リーダー兼ベースボーカル、廣井(ひろい)きくりです。

 

 フェザーズの由羽(ゆう)さんは、CV:鈴代紗弓。

 『ぼっち・ざ・ろっく!』の『結束バンド』リーダー兼ドラム、伊地知(いじち)虹夏(にじか)です。

 

 ……仮に、ある程度自由になるお金があって。

 目の前にこの四人がいて、全員と知り合っていて。

 何故だか知らないけれど不思議な力で、全員音楽の才能を秘めていたとします。

 

 なんだかとっても不思議な力ですが!

 そういう力があると判明してしまった以上、ここは全力で行くしかないでしょう!

 

「最初から全力全開でいきます。真さんも動員して、ソニー・ミュージックに声をかけます」

「そっ、空ちゃん?」

 

 珠緒さんの顔が引き攣っているが、知ったことではない。

 

「今日はデモテープ、いやデモ動画ですね、それを撮りましょう。YouTubeにMVとしてUPします」

「……バンド名は?」

 

 由羽(ゆう)さんの疑問に、私は答える。

 

「1つ目、『Feather Steps(フェザーステップス)』。フェザーズとポップステップを合わせた上で、珠緒さんも羽ばたくという意味。

 2つ目、『Signal(シグナル)』。私達はここにいるぞ、と強いメッセージ性を発する意味です。

 3つ目、『KESSOCK(ケッソク)』。パk……じゃなくて結束はヒーロー社会の重要なテーマなので、案外合うと思います」

「バンド名は、あとで投票でもしようよ」

 

 美羽(みう)さんが、苦笑している。

 みんな、私が無茶苦茶言い出したと思って笑ってる。

 

 いやいやいや。

 この四人が揃っててマネージメントに失敗するプロデューサーとか、首吊って死んだ方がいいです。このメンバーで失敗したら、ファンになってくれた人が暴動起こすレベルです。

 

 

 ……で、結論から言いますと。

 

 初ライブのZepp東京(キャパ約2700人)はチケット即完売。

 チケット販売開始約30秒でサイトが陥落しました。

 

 東京スカイエッグ事件で知り合ったウワバミさんが、CM起用された際にイメージソングバンドとして推してくれたのもあって色々なことが順調に進みました。

 

 個人事業主としての月下往来を法人化させて、株式会社オールライトの音楽部門子会社として吸収処理させないといけなくなったぐらいにはBUZZって馬鹿売れしました。

 『アイドルヒーローになる』と私に約束してしまった和歩ちゃんは、勉強と音楽を両立させるべく半泣きで殺人的スケジュールをこなしています。

 フェザーズの二人と珠緒(たまお)さんは音楽一本で余裕もあるので、ニッコニコ。

 あと、娘さんが商業デビューしたナックルおじさんこと雄黒巌さんは、毎日のように喫茶ジェンラバで珈琲を飲みながら、店内曲に娘のバンドの曲をリクエストする迷惑客と化しました。

 

 このまま順調にいけば武道館、いけちゃうんじゃないでしょうか。

 なお、ヒロアカ世界の日本におけるライブ会場の最大キャパは、東京ドームでも国立競技場でも日産スタジアムでもなく、国立雄英高校・体育祭会場。

 収容可能人数12万人を前世の感覚で捉えてしまうと「無理では?」と思っちゃうけど、ヒロアカ世界は思ったよりエンターテイメント文化が弱いので、もしかしたらワンチャンある。

 なんか、みんなお祭り的なものに飢えてる肌感覚がある。

 実際、雄英体育祭のあとの1-A生徒は一般市民に声をかけられてたし、視聴率とか凄そう。

 

 

 * * *

 

 

 バンドのプロデュースに一生懸命になっているうちに秋は過ぎ、冬になり。

 クリスマスは過ぎ、年末年始も過ぎ、冬休みが終わって三学期を迎える頃。

 

 寒いときの肉まんって美味しいよね、みたいなノリで。

 なんとなーく、買い出しのためにコンビニに出かけたそんな時。

 

 

 エコーロケーションと聴勁の熟達による合わせ技、いわば空間聴勁(ちょうけい)というか。

 中学入学以来、毎日のように非接触レーダー機能を磨き続けた成果が出ていました。

 

 そこに居るのに、そこに居ない。

 

 髪型を確認する振りをしてコンパクトミラーを見れば、確かにそこにいるのに。

 景色に溶けているというか、認識がしづらい。

 

 確かお兄ちゃんは、『体の境界を消し、心を無くす技術』と難しい事を言っていた。

 説明が難し過ぎて、多くの武術の達人が『宇宙と一体化する』と表現するらしい。

 YouTubeにも動画でアップされてる技術なんだけど、実際に自分が味わうと恐怖でしかない。

 

 気配、という表現はしたくないが、気配と言えるものがない。

 背景っぽい何かが動いたことで空気が動いたから、かろうじて「そうかな?」と疑念を抱ける。

 

 

 遠回しな表現をやめて、ずばり言うのなら。

 私はいつの間にか、『世界一笑顔がカァイイ普通の女の子』に尾行されていた。

 

 彼女であることを示す、特徴的なお団子頭ではない。 

 そして、カァイイ笑顔でもない。

 

 下ろしたボブカットに、憔悴しきった瞳。

 私を、というよりは世界そのものを憎んでいる……そんな目つき。

 冬休み中だけど、中学の冬制服を着ているから目立ちにくい。

 

 イメージが湧かない人は、『トガヒミコ 缶バッジ 7』で画像検索してみて欲しい。

 『僕のヒーローアカデミア・缶バッジ第7弾』で描かれているのが、今の彼女の姿。

 

 殺しても死なないような武術の達人だった、前世のお兄ちゃんが。

 ヒロアカ世界で唯一、武の深奥に一番近いと断言した少女。

 

 殺意も悪意も、そこにはなく。

 愛情として、大好きのナイフを突き立てる事ができる人。

 

 ……渡我(トガ)被身子(ヒミコ)が、私の後方にいる。

 

 

 私は幸い、いつもの鞄を持ってきている。

 鞄の取り出しやすい場所に、硬いボールペン(タクティカルペン)を入れてある。

 

 銃器メーカーが作った、ガラスブレーカーにもなる、ちょっと硬いボールペン。

 警察の判断次第で軽犯罪法違反になりかねない、法律上は黒寄りのグレーなボールペン。

 違いますお巡りさん、これはちょっと硬いだけのただのボールペンなんです!

 

 本体部分が航空機に利用される展伸用アルミニウム合金製。

 先端部分が強度としてはトップクラスのチタン合金製。

 

 ちゃんと文字も書けます、このペンで何かを書いた事は一度もありませんけど!

 

 

 私は、心を落ち着けるべく自分に冗談を言いながら。

 鳴羽田(なるはた)の裏路地に、わざと入り込んだ。

 

 嫌な思い出しか無い、鳴羽田(なるはた)の裏路地。

 

 世界一笑顔がカァイイでもなく。

 普通でもなく。

 特徴的なお団子頭でもなく。

 

 ただひたすらに、世界から拒絶され。

 世界を憎み、恨み続ける目をした女の子。

 

 そんな彼女が、私の後をついてきてくれると信じて。

 私はただ、裏路地を歩き続けた。

 

 

ポップ☆ステップとフェザーズと雄黒珠緒のバンド名は、何に決まりましたか?

  • Feather Steps
  • Signal
  • KESSOCK
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