塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.30 「渡我被身子」

 

【サルベーション】《salvation》

 救済、救助。(罪や危険からの)魂の救い。

 暗闇に差す、一筋の光。

 

 

 * * *

 

 

 鳴羽田(なるはた)の裏路地。

 適当に奥まった場所へ進んでから、私は立ち止まる。

 私が立ち止まると、後ろの足音も立ち止まった。

 

 だから私は、ゆっくりと振り返って彼女と相対する。

 

 お団子頭でも、カァイイ笑顔でもない。

 下ろしたボブカットに、憔悴しきった瞳。

 冬休み中だけど、中学の冬制服姿。

 仄暗く憎しみに染まった瞳が、私を確認するように見つめてくる。

 

「塚内……塚内、空、さん」  

「はい。塚内空です。貴女は?」

 

 微笑を浮かべ、挨拶を交わす。

 できるだけ、刺激しないように優しい声で。

 

渡我(トガ)……被身子(ヒミコ)

 

 聞かずともわかる。

 彼女の名前は、渡我(トガ)被身子(ヒミコ)

 

 仮に彼女が、原作通りに進行している場合。

 数ヶ月後の中学卒業式において、片思いの斉藤君を切りつけて重傷を負わせる。

 斉藤君の傷口にストローを差して血を吸う彼女の姿は、(おぞ)ましい顔をしていたと報道される。

 

 それはいい。

 問題は、彼女が何故私を尾行していたのかということ。

 

 時期的には、斉藤君に怪我を負わせる前だ。

 ステインのヒーロー殺害活動は、まだ始まってもいない。

 当然、義爛(ぎらん)経由で(ヴィラン)連合に紹介されることもない。

 

「では、渡我さんとお呼びしますね」

「塚内さん。聞きたいことが、あるのです」

 

 ちきちきちき。

 厚刃のカッターの刃が、押し出されていく。

 

 ……居合いの達人が、抜刀した時のような所作。

 渡我(トガ)さんは、全くもって自然にカッターを手にしていた。

 見えなかったとか、認識できなかったとかではなく。

 彼女がカッターを手にするのは当たり前だったので、疑問を抱かなかった。

 

 前世の兄は、何度も何度も何度も言っていた。

 

 武においては、単純な速度が大事なのではない。

 横から見ていた第三者が、遅い動作だと笑ってしまうような動きでも。

 正面から見た者にとっては、恐怖を感じる(いとま)すら無い。

 それが、意念と起こりのない攻撃の結果なのだと。

 

「『普通』って、なんですか? 『普通』の暮らしって、なんですか?」

 

 ……カッターでの攻撃がいきなり来る事を、考慮しなくてはならない。

 

 親しい友人が、挨拶として右手を挙げた。

 知らない人が、自分を気にせず隣を通り過ぎた。

 そんな攻撃が来たとして、空気の動きだけで読み取ることは出来るのか?

 

「難しい問いです。誰もが納得する答えは、ないでしょう」

「では、何を(もっ)て線を引くのでしょう」

「法です。他人に害をなし、法の線を踏み越えたかどうかで多くの人は判別します」

 

 

 * * *

 

 

 ママー、パパー、小鳥さんカァイイねぇ、カァイイねぇ!

 カァイイねぇ、キレーだねぇ!

 

 ――スズメを殺して血を啜って笑ってるなんて……

 

 違うの、お庭に落ちてたの!

 

 ――やめなさい! 何をしてるの!

 ――その笑い方をやめなさい! 不気味な顔だ、まるで……異常者だ!

 ――どうして普通になれないのあなたは……! 普通に生きてよ……!

 

 小鳥さんに、なりたい……。

 チュンチュンピョンピョン、カァイイの。

 

 ――やめなさい! お前のソレは……誰にも受け入れられない!

 ――誰も好きには生きられない!

 ――我慢しなさい! お前の為を思って言ってるんだ!

 

 

 * * *

 

 

「そうなんですか? それなら、私に『普通』は最初から無理だったんですね」

「どうしてですか? もう少し、事情を聞かせてください」

 

 カッターを見せたのに、逃げ出すでも、怯えるでもなく。

 塚内空は、小首を傾げる。

 

「……塚内空(あなた)になりたい。塚内空(あなた)を殺したい」

「繫がりません。私になるのと私を殺すのは、どう繫がりますか?」

 

 冗談でもなんでもなく、本気で問われている。

 だから渡我被身子は、彼女なりに懸命に言葉を紡いだ。

 

「塚内さんも、きっと好きな人がいますよね?」

「はい、います」

 

 塚内空が、こくりと頷く。

 

「私は……好きな人と同じになりたい。同じものを身につけたりしたい。でも段々満足できなくなってきて、その人そのものになりたいと願ってしまう。塚内さんもそうでしょう? 乙女だもん」

「私の好きな人はオールマイトが好き過ぎる人ですが、だからといってオールマイトパーカーでペアルックにするかと問われると判断が難しいところですね」

「『ソラダンス』のヘッドフォン」

「あっ」

 

 塚内空は顔を真っ赤にして、慌てて否定する。

 

「アレッはっ、そのっ、あー、偶然! 偶然ですっ!」

「好きな人と同じになりたいよね、当然だよね。同じもの身につけちゃったりしちゃうよね」

「むぐぐ……ではそういう事にしましょう。でもまだ、私を殺すことと繫がりません」

 

 塚内空が本気で照れていたので、渡我被身子は苦笑した。

 苦笑とはいえ、久しぶりの笑みだったことに渡我被身子は気づいていない。

 

「私の個性は『変身』。血を摂るとその人になれるの。あなた達が好きな人にキスするように、私は好きな人の血を啜るの……大好きな人のことを考えると、その人そのものになりたくなるの! その人の血が全部欲しくてたまらなくなるの! キュンとする私はそうなの、でも皆はそうじゃない、とっても生きにくい! ずっと我慢した、ちっちゃい頃にやめろって言われて! でも駄目だった、しまっとくと大きくなるの!」

 

 説明しているうちに感情が高ぶって、渡我被身子は叫んでしまった。

 塚内空は真剣に聞いて頷いてから、渡我被身子に問いただす。

 

「私をどうしたいですか?」

 

 この『私をどうしたい』は、原作で渡我被身子が麗日お茶子に言った台詞だった。

 だが、そんな事は今の渡我被身子は知るよしも無い。

 

「私は、ボロボロで血の匂いがする人が大好き。塚内さんは、ボロボロで血の匂いがする」

「これでも、私は人を殺した事がありますから……だから血の匂いが、私についたままなのかもしれませんね。いえ違います、そうじゃない。そうじゃないんです、渡我さん。渡我さんは血を吸いたいんですか、それとも相手と一緒になりたいんですか、どっちなんですか? 血を吸いたいのなら渡我さんの個性は『変身』ではなく『吸血』ですし、相手になりたいのであれば個性は『変身』のままでいいと思います。私を切り刻んで血を吸いたいのか。それとも私の血を吸うことで私になりたいのか。渡我さんの個性に関わる、とても大事なことです。……どっちですか?」

 

 塚内空に本気で問われたから、渡我被身子は本気で考えた。

 

「ちうちうしたいのか、相手になりたいのか……」

 

 呆然と呟きながらも、悩んだ。真剣に考えた。

 

 渡我被身子の好きなものは、公式プロフィールでは血と柘榴(ざくろ)とされている。

 そして嫌いなものは、自分自身。

 『僕のヒーローアカデミアすまっしゅ!!』という、創世神HKの認可を正式に受けたスピンオフ平行宇宙で『トガヒミコが一番嫌いな人間は自分』という描写が出たため、全ての平行宇宙に公式設定として刻み込まれている。

 

 だから、つまり。

 血を吸うことは、副次的なものでしかなく。

 

 心の奥底で、渡我被身子が本当に願っていたことはなにか、という話になると。

 それは。

 

 

 * * *

 

 

 ――被身子! 友達の血を吸ったって!?

 

 違うの、怪我してたからちうちうしたの。

 

 ――普通じゃない! まともになりたくないのか!?

 

 パパ、ママ、わからないの、私わからないの。

 みんな好きなノになるのガマンしてるの?

 なんでみんなちうちうしないの?

 

 ――ああ……! あ~~~~~!

 ――違うんだこれ、もう根っこが!

 ――人間じゃない子、産んじゃった!

 

 

 * * *

 

 

 ()()()()()()()()()

 渡我(トガ)被身子(ヒミコ)は、泣きそうな顔になった。

 

「……私は、私が嫌い。だから、あなたになりたい。綺麗な血が流れている塚内空に、なりたい」

 

 渡我被身子が必死にそう伝えると、塚内空は仕方が無いな、と微笑を浮かべた。

 

「渡我さん。貴女が真剣に考え、真剣に答えてくれたので、私も真面目に答えます。結論から言うと、渡我さんは私になることができません」

「そうなの?」

「これは私の命に関わる秘密なので、内緒の話です。私は役所に『個性:無し』として登録されていますが、実は無個性ではありません。相手の個性を否定する力があるので、(ヴィラン)に狙われないように偽装しています。つまり、大変残念な話ですが、渡我さんの個性『変身』を、私の個性『否定』が打ち消してしまうから……他の誰かにはなれるかもしれないけれど、世界で唯一、私だけ。『渡我被身子は、塚内空になれない』んです」

「渡我被身子は、塚内空になれない……」

 

 渡我被身子は、塚内空の言葉を繰り返した。

 

「つけ加えるなら、私の血は綺麗でもなんでもなく、汚水とヘドロで濁りきった最低最悪のクソ野郎の血が流れているので、飲むのはあんまりオススメしません。でも、実際に試してみないと渡我さんも納得できないでしょう? だから渡我さんに私の血を飲んでもらうこと自体はいいんですが、そのカッターだとちょっと痛そうなので……今から注射器を手配するので、私の部屋に来て貰えませんか? そこでゆっくり、お話しましょう」

「……塚内さんの、部屋?」

「はい。私の部屋です」

 

 そう言って、塚内空は渡我被身子に左手を伸ばした。

 渡我被身子は慌ててカッターをしまい、塚内空に右手を伸ばした。

 

 二人は手を繋いだまま、仲良く塚内家へと向かうことになった。

 

 渡我被身子は、はじめて他人の家にお邪魔するという行為にドキドキしていた。

 塚内空は、利き腕である右手をフリーにした上で左手で接触しているので、何かあっても制圧できると安心した。

 

 お互いの内心はともかく、ひとまずの殺し合いは回避できた。

 

 

 * * *

 

 

「なんだい嬢ちゃん、物入りかい?」

 

 ブローカーの義爛(ぎらん)は、塚内空からの電話連絡にご機嫌で答えた。

 分倍河原(ぶばいがわら)からはツケを全額回収できたし、ナックルダスターは塚内空のアドバイスとやらでレミントンM870ショートバレル・ピストルグリップと大量の弾を買っていったし、他にも商売がうまく回ることだらけで懐はホクホクだった。

 

義爛(ぎらん)さん。医療用の注射器セットと駆血帯(止血用バンド)、あと消毒用アルコール綿。できるだけ早く……バイク便で、私の自宅へ送ってください」

「――あ? 嬢ちゃん、何言ってんだ?」

 

 義爛(ぎらん)は思わず、拳銃型ライターをテーブルに置いた。

 深く煙草を吸い、吐き、自身を落ち着かせる。

 

「ええと、成り行きで……初めてなので、上手くできるか不安ですけど」

「悪いことは言わねえ、やめておけ」

「大丈夫ですよ。ちゃんと適量で済ませますから」

 

 電話の向こう側、塚内空以外に誰かがいるのがわかる。

 耳をすますと、その第三者の声が聞こえてくる……塚内空より、年上の女の声。

 

「生きにくいです。生きやすい世の中になって欲しいです」

 

 義爛(ぎらん)は内心、舌打ちをした。

 こういうヤツが、まともな人間を狂わせちまう。

 確かに自分は、何でも用意するブローカーだ。

 だが、次に会ったら分倍河原(ぶばいがわら)を殴る必要があるな、と義爛(ぎらん)は考えた。

 

「……氷(アイス、覚醒剤の隠語)は、もうあるのかい?」

 

 ため息と共に、義爛(ぎらん)は問う。

 採血の時に氷で冷やす必要は無かったはず、と塚内空は首を傾げた。

 

「氷なら、(冷凍庫の製氷機に)もうあります」

「そう、か……どうしてもってんなら、脇の下か太股の内側にしときな。腕なんかに打ったら、一発でバレる」

 

 ストレスから逃げ切れなかった若い娘が、覚醒剤(シャブ)に走る。

 ああ、やだやだ。嫌な世界だねぇ。

 義爛(ぎらん)は、顔を(しか)める。

 

「え? 肘の裏でいいじゃないですか。血管も見やすいですし」

 

 くそっ、止めらんねぇ。

 こういうケースの場合、もう一つ嫌な事態に発展したりする。

 自傷、つまりリストカット行為だ。

 

「……手首を切ったりは、しねぇよな?」

「切りません。カッターだと痛いし、傷跡が残るじゃないですか。だから注射器にするんです」

 

 カッターのリスカ痕を気にして覚醒剤(シャブ)とか、もっと重症じゃねえか!

 電話の向こうから、第三者の甘ったるい女の声が聞こえてくる。

 

「皆キレイな血ィが流れてるからぁ、塚内さんも綺麗な血ィだってばー」

 

 なんだこの(アマ)!?

 

「そんなことないよ、私の血は汚れてるから……」

 

 嬢ちゃん!?

 そんなに闇が深かったのかい!?

 

「早まるな嬢ちゃん、困りごとがあるならおじさんが話聞くから!」

「……義爛(ぎらん)さん、さっきから何の話ですか? とにかく急ぎなんで、到着待ってますねー」

 

 ピッ。

 無情にも、携帯電話は切れてしまった。

 義爛(ぎらん)の手が震え、思わずテーブルを叩いた。

 

分倍河原(ぶばいがわら)ァッ!」

 

 今度会ったら三発は殴ると、義爛(ぎらん)は決意した。

 無実の分倍河原は、何故か殴られることになった。

 

 

 * * *

 

 

 医療用の注射器は、流石に100円ショップでは買えない。

 Amazonの翌日配送でも遅すぎる。

 困った時の義爛(ぎらん)バイク便なら、30分以内。

 

 半分は機能性重視のパソコン関係、半分は女の子っぽい部屋。

 コンセプトがよくわからない塚内空の部屋だったが、それでも渡我被身子は心の底から喜んだ。

 

 そして、塚内空が言った通りに。

 『渡我被身子は、塚内空になれない』ことを、渡我被身子は身をもって体験した。

 それは渡我被身子にとって、本当に衝撃的な出来事だった。

 

「すぐ、好きになっちゃうの……動物でも、男の子でも、女の子でも……だって、皆キレイな血ィが流れてるんだもん……!」

「うん」

 

 渡我被身子は、泣きながら塚内空に抱きついている。

 塚内空は、そんな渡我被身子を受け止め、優しく撫で続ける。

 

「笑うなって言われたもん……! 羨ましかったんだもん……!」

「うん」

 

 渡我被身子が、ずっと押さえつけてきた想い。

 

「血ィちょうだいって言えなかったの、だって人間じゃないって言われちゃうから……カァいくないって思われちゃうから!」

「うん」

 

 ひとしきり渡我被身子が泣いた後。

 渡我被身子を抱きしめたまま、塚内空は三本の指を立てた。

 

「渡我さん。渡我さんには、大きく分けて三つの道があります。一つ目は、沢山殺して沢山吸って、好きに生きて好きに死ぬ(ヴィラン)の道。二つ目は、私の個性の実験台として無個性になれるかどうか試してみる道。成功すれば『普通』になれるかもしれませんが、個性因子に刻まれている吸血衝動まで消せるかどうかが不明なので、正直博打です」

「……三つ目は?」

 

 きょとんとした渡我被身子の問いに、塚内空は微笑む。

 

「誰にもなれない、オールマイトですらなることができない、世界中の人々を救うヒーローを越えたヒーロー、世界一笑顔がカァイイ聖女への道です。渡我さんは世界中の人から『ありがとう』という笑顔の報酬を貰うことができます。笑顔と笑顔でwin-winです」

「世界一笑顔がカァイイ聖女……」

「一度、お試しで世界一笑顔がカァイイ聖女をやってみませんか? 今なら報酬として、渡我さんが自由に住んでいい部屋の提供と、渡我さんが両親と縁を切るお手伝いをしますよ」

 

 塚内空がそう言うと、渡我被身子の顔が赤く染まった。

 

「も、もうひとつ」

「なんでしょう?」

「な、名前で呼び合いたいです。(そら)ちゃん」

「……はい。いいですよ、ヒミコちゃん」

 

 誰が泣こうが笑おうが、明日は平等にやってきます。

 それなら、貴女だけでも笑ってください。

 

 塚内空は、そう思ったが口には出さなかった。

 

 

 * * *

 

 

 82億人を越える人類の中で、たった6人しか持っていない奇跡の血液型がある。

 その名を「O型・Rh-null」、別名「黄金の血」。

 どんな血液型の人にも輸血できる、世界的に貴重な血だ。

 この黄金の血の持ち主は、基本的にその人の同意を得た上で、国際輸血学会が名前も住所も行動もすべて、動向を常に監視している。

 

 塚内空は、この黄金の血を少量、札束ビンタで買い取った。

 同時にリカバリーガールに連絡をとり、渡我被身子を個性『救血』として紹介した。

 

 興奮したリカバリーガールから召集を受け、名のある医療関係者が集められた。そして彼らは、渡我被身子が個性『救血』で「O型・Rh-null」を増やすのを目の前で見てしまった。

 

 確かに人工の輸血用血液製剤はあるが、確実に適合するわけではない。

 この個性社会は異形型を含め多種多様の幅が広すぎるため、黄金の血の月イチ安定供給化は衝撃的な案件だった。例え月イチの献血であれ、輸血の研究は確実に加速するだろう。

 

 医療関係者達は、総員土下座で医療の道を目指してくれないかと渡我被身子に懇願した。

 「ナース服がカァイイです」という、たったそれだけの理由で渡我被身子は了承した。

 

 既に学校の募集締め切りは過ぎていたが、医療関係者の全力のコネにより、渡我被身子は都内の看護学校3年+看護専攻科2年の五年一貫課程を歩むことになった。

 

 

 * * *

 

 

 後日、株式会社オールライトの顧問弁護士が渡我家を訪れた。

 

「娘さんは個性に関連した特殊な才能があります。弊社における全寮制の専門職として採用したい。衣食住は全てこちらで保証します。その代わり、今後一切彼女に関わらないでください。これは『就職支度金』兼『手切れ金』です」

 

 未成年の就労や賃貸契約には親権者の同意が必要だが、渡我被身子の両親は積み上げられた札束を目の前にこれ以上ない笑顔で同意し、サインした。

 また、住民票の移動と分籍がおこなわれ、渡我被身子は親と世帯を分けることになった。

 

 物理的にも法的にも親と距離を取った渡我被身子は、喫茶ジェンラバがあるビルの三階、分倍河原仁の部屋の前に住むことになった。

 形式上、学校が休みの日に最低週一、気の向くままに喫茶ジェンラバで店員のバイトをすることになっている。

 「喫茶店の制服がカァイイです」という、たったそれだけの理由で渡我被身子は了承した。

 

 親と別れて一人暮らしになってからすぐ、渡我被身子は役所の登録個性を個性『変身』から個性『救血』に修正した。

 後から気づいた親が娘から金を巻き上げようとしても、塚内空が渡我被身子のそばにいる限り不可能と断言できた。

 

 

 * * *

 

 

 中学の卒業式の日。

 渡我被身子は、校門で待ってくれていた塚内空に駆け寄った。

 

「斉藤君、どうでした?」

「フラれちゃった!」

「あら……見る目が無いですね、斉藤君は」

 

 世界一笑顔のカァイイ奇跡の聖女様をフるとか何様ですか、オッラァ! コッラァ!

 塚内空は、神野事件における緑谷出久の変装顎クイモードになりかけた。

 

「あはは……恋バナ楽しいねえ、空ちゃん!」

 

 桜が舞う中。

 お団子頭の渡我(トガ)被身子(ヒミコ)は、笑顔で両手を広げて、くるりとターンした。

 

「なんでソラダンスなんですか!」

「あははっ! カァイイよね、これ!」

 

  渡我被身子は、楽しそうに笑う。

 

 荼毘でてこい! オッラァ! コッラァ!

 (そら)は、無実の荼毘に対して顎クイモードになった。

 

 

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