塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.32 「Looking for you」

 

【ノット・ミー】《not me》

 私ではない。

 (指名されたのは)自分ではない。

 

 

 * * *

 

 

 和歩ちゃんが雄英ヒーロー科に合格する少し前。

 誕生日プレゼントの件で、航一さんから電話がかかってきた。

 

「あのね、師匠。去年の誕生日プレゼント(オールマイトの私物スタジャン・サイン入り)、明らかに俺の方が貰いすぎだから。今年は師匠が欲しいもの、なっ……なんでもあげるから、言って!」

「今、貴重なオールマイトパーカーを私が航一さんにリクエストしたらどうしようとか一瞬思いました?」

「そっ、そんなことないし!」

 

 仮に私が『シルバーエイジVer.正規カラー版の限定マイトパーカー』を要求したら、どうしたのだろうか。

 ボロボロ泣きながら航一さんが私にマイトパーカーを手渡しする場面が、容易に想像できる。

 

「……じゃあ。ザ・クロウラー時代の、航一さんのマスクをください」

「えっ? 確かにタンスの奥にしまいっぱなしだけど……そんなの衣装ごと譲るよ!」

「ふふっ。マスクだけでいいです」

 

 航一さんは丸ごと全部譲ると主張してきたけれど、丁寧に断った。

 

 だって将来、和歩ちゃんとの娘である真羽(まなは)ちゃんが芸能界を目指すとしたら。

 息子の一歩(いっぽ)くんが、パパに憧れてヒーローを目指すかもしれないしね。

 

 ……その頃、私はきっといないと思うから。

 マスクだけで、いいんです。

 

 

 * * *

 

 

 三月の春休み。

 中学三年生への過渡期。

 

 珍しく、オールマイトから直電があった。

 来年から教師になろうと思っている、というオールマイトからの相談だった。

 

「塚内少女、これは内密の話だが……度重なる手術と後遺症で憔悴してしまってね。私のヒーローとしての活動限界は、今や一日、約三時間程なのさ。これは世間に公表されていない、公表できない……人々を笑顔で救い出す平和の象徴は、決して悪に屈してはいけない。だが、後継者も探さなければならない……雄英高校のある静岡県への引っ越しや、様々な引き継ぎをはじめているところさ。サー・ナイトアイ、彼にも独立してもらう手はずになっている」

「サー・ナイトアイは、約束通りギリギリまでオールマイトさんを支えてくれたんですね」

「ああ。これも塚内少女のおかげだ……本当に助かったよ」

 

 オールマイトが、しみじみと語る。

 原作において、お父さんに対して「報告書とか作るのすごくたいへんで……」と涙していた。

 あの涙は、心の底からのマジ泣きオールマイトだったんだと苦笑する。

 

「そういえば、六本木の事務所はどうするんですか?」

「……ああ、それもどうしようかと悩んでいてね。事務所のスタッフ達の雇用契約を切るのは心が痛む……有能な人達だから、すぐに再就職できるとは思うんだが」

「そういうことなら、マイトタワーの事務所、賃貸料払うので居抜きで使わせてもらえませんか?」

 

 私の言葉に、オールマイトはびっくりしたようだ。

 

「いいのかい? ヒーロー業に未練が残ってはいけないから、マイトタワーごと売却も考えていたんだが」

「買っていいんですか? 買っていいのなら、真面目に買いますよ。ビルごと」

 

 これには、株式会社オールライトの急拡大とは別の事情があった。

 麗日建設をはじめとした様々な建設会社のM&A、分倍河原(ぶばいがわら)さんを陥れた会社のM&A、キャプテン・セレブリティ・コーポレーションの相談役就任、月下往来の法人化組み込みなど、私と真さんがコンビを組んでいるだけで株式会社オールライトはどんどんお金を回して肥大化していく。なので元々の予定として、株式会社オールライトはオールライト・ホールディングスに再編し、私が15歳になったら真さんと一緒にコングロマリット化を強化する段取りだった。

 

 でも、喫茶ジェンラバを私に預けていたオーナーが脳梗塞で急に倒れてしまった。

 喫茶ジェンラバを私に預けていたオーナーは元々複数企業を経営していて、赤字経営上等で趣味の喫茶店をのんびりやっている感じだった。

 ところが、オーナーが脳梗塞で倒れた瞬間に、それまでオーナーを放置していた兄弟や息子、親戚一同がわらわらと集まってきた。

 脳梗塞から回復したオーナーは、会社と遺産をかすめとろうとする周囲の人達に大激怒。

 だけど脳梗塞の後遺症に対するリハビリもあり、真面目に誰かに会社を譲らなければならない。

 しかし周囲の人間は誰も信用できない……ということで、白羽の矢が立ったのが私だった。

 

 労働基準法では、児童とは「満15歳に達した日以後、最初の3月31日が終了するまで」と定義されている。

 この『児童』という枠が結構厄介で、日本の法律上は『児童』から外れないと出来る事が色々と制限される。

 なので、私が「満15歳に達し、最初の3月31日が終了」次第、喫茶ジェンラバのオーナーが抱えていた会社や動産・不動産は全て私に譲渡される手はずになっている。

 万が一その前にオーナーが亡くなっても、遺言書を預かった弁護士がキチンとそのように実行する。

 

 オーナーの会社と遺産をぶんどれると思い込んでいた人達は、怒り狂っているらしい。

 それはともかく、私が15歳になると、喫茶ジェンラバの元オーナーの分も含めて株式会社オールライトは急拡大が約束されている。

 なので、港区六本木のマイトタワーをオールライト・ホールディングスの拠点として使えるのであれば、本気で助かるのだ。

 

「ふむ……? 割安にしたとしても、かなりの金額となってしまうが……」

「ザ・スカイクロウラーを、チームIDATENのサイドキックから独立させる計画があるんです。私が雄英に合格するかどうかはまだ不明ですが、合格すれば静岡県行きになる可能性があったので、一年間様子見するつもりだったんですけど……オールマイトさんの熱狂的なファンであるザ・スカイクロウラーが、オールマイト事務所をバトンタッチで手渡されるのなら、彼もきっと大喜びでしょう。元オールマイト事務所のスタッフ達の雇用継続もお約束します。どうでしょう?」

「おお……塚内少女! 本当に助かるよ! その話、乗った!」

「では、今度オールマイトさんのお時間ある時に、代表取締役である叔母を連れていきますのでお話をまとめましょう。叔母は産後ですが、移動は問題無いはずです」

 

 イレイザーヘッドこと相澤消太さんは、もう雄英教師として働いている。

 雄英は静岡県にあるので、当然ながら静岡県に居住していた方が通勤しやすい。

 真さんは引っ越しの予定も含めて綿密に家族計画を立てていた。

 だから新婚二人の新居ではなく、赤ちゃんを含めた三人の新居だ。

 真さんは真さんで、基本は家からのネットミーティング指示、自身の身体がどうしても必要な際は静岡-東京間を新幹線で移動すればいい。

 赤子の育児や家事全般を支えてくれる家事手伝いを雇用済みなので、愛妻弁当を作る余裕すら真さんにはある。

 

 後日、経産婦なのに身体の細さを既に元に戻している真さんと一緒に、オールマイトさんに挨拶に行った。

 

 ・ザ・スカイクロウラーが、元オールマイト事務所をきちんと使うこと

 ・元オールマイト事務所の、スタッフ達の雇用継続

 ・塚内空が抱く目的のためにキチンとマイトタワーを使うこと

 

 この三点を守ってくれるのであれば、マイトタワーを安価で売却してくれるという。

 なんだかお母さんのように優しい価格と条件提示だったので、椅子から転げ落ちそうになった。

 

 うーん。

 マイトタワーからオールマイトのように出撃する、ザ・スカイクロウラー。

 想像するだけで、大変なことになってきた予感。

 

 航一さんへの告知は……事後承諾でいいかと、私は遠い目をした。 

 

 

 * * *

 

 

「まっ、マイトタワーの元オールマイト事務所を、ザ・スカイクロウラー事務所に!?」

「それが、オールマイトさんが出した条件の一つでもあるので……」

「無茶苦茶な誕生日プレゼントだよ! 俺があげたの、マスク一枚だけだよ!?」

 

 事後承諾でも喜んでくれると思ったはずの航一さんは、何故かドン引きしていた。

 

「ポップ☆ステップは雄英ヒーロー科に合格したので、三年後には合流できるはずです。それまでは、喫茶ジェンラバの店主であるジェントル・クリミナルとラブラバをサイドキックとしてつけます。二人共、仮免を保持している即戦力ですよ」

「ジェントルさん達が居たとしても、マイトタワーを受け継ぐなんて無理だよ!」

 

 動揺の激しい航一さんは、あわわわと震えながら拒否してきた。

 

「オールマイトを支えてきた有能スタッフをそのまま引き継ぐから、やりやすいはずです」

「IDATENのサイドキックを続けてた方が、全然ラクそうー!」

 

 はあ、と私はため息一つ。

 

「じゃあ、居抜きの事務所なんで経費削減のためにそのまま放置しようと思っていたオールマイトの巨大な立像は取り壊しますね。新しく事務所を借りてくれるヒーローを探さないとなぁ……」

「師匠、俺はやるよ。ヒーローの道を駆け抜けてみせる(キリッ)」

 

 一瞬で掌を返した航一さん。

 マイトタワーのオールマイト事務所を受け継ぐ覚悟とばかりに、拳を強く握りしめる。

 

「ザ・スカイクロウラーの完全独立ではなく、法的にはオールライト・ホールディングスの子会社扱いになっちゃうんですけど……私が全力で航一さんをサポートできるし、何よりも航一さんが面倒な書類処理をしなくていいのが利点というか」

 

 がしっ。

 航一さんが突然私の手を握りしめたので、私は照れてしまった。

 

「書類処理をしなくていいのなら、それだけでもうなんでもいいよ。俺、独立する!」

「そ、そんなに書類処理がイヤだったんですね」

「サイドキックはさ……事務処理も仕事の一つでさ……」

 

 航一さんは、凄く遠い目をした。

 私は航一さんの手をそっと握り返して、微笑んだ。

 

 ……私は、これだけでいい。

 この手の温かさだけを抱えて、生きていく。

 

 

 * * *

 

 

 喫茶ジェンラバの、元オーナーが心血を注いだブレンドコーヒー。

 そのブレンドコーヒーに対するために、ジェントルが心血を注いだ紅茶。

 

 これがなんかもう、甲乙つけがたいというか、とんでもない領域になっちゃってて。

 コーヒーや紅茶に合うように調整された食事類も、語彙を失うレベルにまで進化していた。

 鳴羽田の一店舗だけでは勿体なさ過ぎるので、チェーン店化して多くの人に知ってもらっていいですか、と元オーナーに直談判しに行った。

 

 元オーナーは、もう事実上(そら)ちゃんの店なんだから、好きにすればいいのに……と苦笑しながら、コーヒーと紅茶を飲み比べた。

 脳梗塞の後遺症で、元オーナーは身体をうまく動かせなくなっていたのにも関わらず、飲み終えた後は商人の目になっていた。

 

 とにかく味を維持すること。

 味を維持するための材料費と人件費その他諸経費を、きちんと価格に反映すること。

 

 この二点を守れば、喫茶ジェンラバのチェーン店化は問題無いとの承諾が出た。

 

 

 * * *

 

 

 ジェントルとラブラバに、ザ・スカイクロウラーのサイドキックでさらに経験を積んでヒーロー免許取得コースを提案した。

 

 もちろん、ヒーローを目指さずにやりたいことをやる生き方もある。

 喫茶ジェンラバをチェーン店化する予定なので、社長夫婦になる手もある。

 ラブラバがIT企業を経営するのなら、全力で支援するとも伝えた。

 

「ふむ……それでは、喫茶ジェンラバのチェーン店には顧問的な立場で口出ししつつ、独立したザ・スカイクロウラーのサイドキックとして経験値を積んでいきたいと思うのだが……」

「IT関係も興味はあるけれど、今は片手間でいいのよ!」

 

 ラブラバさん、片手間では済ませません。

 Gel.Inc社を立ち上げるなら、全力で支援します。

 ……私の遺言書に全面支援の件を書いておけば、多分大丈夫。

 

 さしあたって、ヴィジランテ原作においてオールマイトとお父さんが報告書の件で相談していたマイトタワーの喫茶店は『喫茶ジェンラバ・マイトタワー店』となった。

 喫茶ジェンラバ・マイトタワー二号店は大繁盛して、それがきっかけで都心部を中心に店舗数を増やすことになった。

 

 喫茶ジェンラバ・鳴羽田一号店は、なんと女子大卒業後の槍手沢(やりてざわ)(りん)さんが新店主となった。

 合コン事件がきっかけでなんとなく喫茶ジェンラバに通い続けているうちに、ハマってしまったらしい。といっても、大卒までして新店主だけに終わらせるつもりは全く無いので、いずれはエリアマネージャーから統括的立場に昇進してもらう予定。

 ついでというか、蜂須賀九印に配下化されて重傷を負い、長期入院していた二人組の女子も店員として迎えることになりました。普通に有能で可愛い子達なのに、配下化されていた時期の記憶が無いとかやってらんないよね。私が救済します。

 

 レア店員のヒミコちゃんは、相変わらずレア店員のまま。

 喫茶店の店員姿のヒミコちゃんが笑顔で差し出したコーヒーを、分倍河原(ぶばいがわら)さんが嬉しそうに受け取って飲む。この尊い光景だけは、絶対に維持しておきたい。

 

 

 * * *

 

 

 私が中学三年になってすぐ。

 雄英ヒーロー科に受かった和歩ちゃんから、涙声の電話連絡が入った。

 

「グスッ……除籍……除籍されちゃったの……ヒーロー科に入れて、みんな浮かれてたから……」

「は? 入学初日に除籍!?」

 

 入学早々、担任のイレイザーヘッドに除籍されてしまったらしい。

 私はそれを聞いて、真顔になった。

 

「ごめんね……グスッ。アイドルヒーローになるとか、エラそうなこと言ったのに……」

和歩(かずほ)ちゃん、大丈夫。すぐ復籍できるから」

「もう少し……グスッ、もう少しだけ応援してほしくて……」

「うん。明日、そっち行くから待っててね」

「えっ?」

 

 できるだけ優しい声で、私は和歩ちゃんを慰めた。

 

 

 * * *

 

 

 学校を正午で早退して、電車を乗り継ぎ新幹線に飛び乗って静岡県に向かった。

 

 新幹線の車内、ケータイで今日のニュースを眺めていたら、田等院駅の超巨大(ヴィラン)をプロヒーロー・シンリンカムイと、本日デビューのMt.(マウント)レディが倒したと報道されていた。

 

 ……ああ、そうか。

 今日は、()()()か。

 

 幸い、雄英高校周辺は、交通網が完全に整備されている(体育祭で12万人級を動員できるのだから、それに伴う大量の人員の導線や食事・宿泊を吸収できる下地が無ければならない)。

 雄英高校に辿り着いた私は、巨大な門に向けて私立聡明中学の学生証を見せ、こう告げた。

 

「叔父であるイレイザーヘッド、いえ、相澤先生に急用があって参りました。根津校長にもご挨拶したいので、どうか門を開けてもらえませんか?」

「久しぶりだね、塚内さん! 雄英高校の校長として、歓迎するよ!」

 

 門に設置されたスピーカーから根津校長の声がして、門が開く。

 マスコミ事件の時も思ったんだけど、雄英高校の通学門には門番を常駐させるべきでは?

 

 二巻の地図から判断するに、学校への入り口は一つだけ。

 それなら、体育祭会場への入り口が複数、別にあるんですよね?

 あと学食を含めた資材搬入・搬出路も別にありますよね?

 

 まさか通学門一つで12万人の移動や資材の搬出入を制御してるとか、そんなはずはありませんよね。日本中のヒーロー科高校を地下リニアで接続するという意味不明計画の実行よりまず先に、やることがある気がする。

 

 私は雄英高校のフロアマップを確認し、早歩きで1-A教室へと向かう。

 あった。ここだ。

 

 私は問答無用で、1-A教室の扉をいきなり開けた。

 

 和歩ちゃんと不和真綿ちゃんをはじめ、教室内の生徒全員が号泣している姿があった。

 より正確には、着席したまま教師に向かって頭を下げ、ひたすら泣き続けている。

 

 教壇には、髪の毛が綺麗にセットされ、髭も手入れされている、原作からは別人じみて容貌が整っている相澤消太教師が不機嫌そうな顔で生徒達を睨みつけていた。

 

「見込みゼロ……つくづく合理性に欠くよ。復籍の意味が無い。全員、もう一度除籍だ……」

 

 扉が急に開いたので、相澤消太教師を含めた教室内の全員が私に視線を向ける。

 

「お久しぶりです、叔父様(イレイザーヘッド)

 

 様々な武術に、旋風脚という名前の飛び後ろ回し蹴りがある。

 空手にもテコンドーにも中国拳法にも、大体ある(ってお兄ちゃんが言ってた)。

 だからあえて言うなら、私の旋風脚は(シュエン)(フォン)(ジャオ) だ。

 

 私は歩法を使い、一歩で加速した。

 二歩で最大速度に達し、三歩目で高く飛び跳ねた。

 

 沢山運動をして沢山プロテインを取っていた私は、身長が伸びに伸びて169cmとなっていた。

 (フィットネスジムだけの真さんは168cmなので、そういう家系なのかもしれない)

 和歩ちゃんが、厚底ブーツによる偽装をいつの間にか諦めてしまったぐらいだ。

 

 そんな私が、背中を見せるようにくるりと宙で左に一回転。

 身長183cmの相澤消太教師のこめかみ目がけて、(シュエン)(フォン)(ジャオ)を炸裂させた。

 

 真横に吹き飛ばすのではなく、右脚が円を描いて対象を地面に叩きつける。

 横に吹き飛ばすと手加減になってしまうから、吹き飛ばさない。 

 

 私に蹴られた衝撃に加え、床に頭部が激突したのが追い打ちとなり、白目を剝いて相澤消太教師が失神した。

 私は彼の首に巻かれた捕縛布を掴み、相澤消太教師をずるずると引きずりはじめる。

 

 当然のことながら教室はざわつき、代表して和歩ちゃんが声をかけてくる。

 

「そ、(そら)ちゃん……?」

「ちょっと校長室行ってくるね、和歩ちゃん」

 

 唖然としている教室の皆を尻目に、私は校長室へと向かった。

 

 

 * * *

 

 

「正座してください根津校長」

「つっ、塚内さん、これは一体!?」

 

 校長室。

 失神した相澤消太教師を引きずったままの私が、無理矢理侵入する。

 

「正座と言いました」

「い、いやしかしだね」

 

 狼狽している根津校長。

 

「除籍復籍の権限をたかが一教師に与えた件について、この場での叱責で済ませようと思いましたが……国立雄英高等学校としては、正式に教育委員会経由でお話を持ち込んだ方がよろしかったですか? 根津校長」

「正座だね。わかったよ塚内さん」

 

 根津校長が、凄い早さでちんまりと正座した。

 私は失神したままの相澤消太教師の横腹を蹴り、叩き起こす。

 

「入学式直後で、なーにが『見込みゼロ……』ですかこのすかぽんたん! 見込みが無いなら無いで、生徒と向き合って生徒を育てあげるのが教師でしょうに! いきなり除籍するぐらいなら最初から入学させるなって話ですよ! いい加減にしろこの不合理・不条理・不道徳教師!」

「せっ、生徒の如何(いかん)先生(おれたち)の自由……」

 

 転がっている相澤消太教師がなにか言いかけたので、私は彼の股間に足裏を載せた。

 そのまま体重をゆっくりのせながら、言い放つ。

 

「二人目の子供は不要ということでよろしいですか、叔父様」

「ご、ごうりてききょ」

「合理的虚偽とか抜かしたら合理的に踏み潰します」

「……」

 

 相澤消太教師と根津校長を正座させ、大声で叱責する私の姿を校長室の扉の隙間からミッドナイトやプレゼントマイクなど雄英高校教職員一同が覗き見していたらしいんだけど、ハウンドドッグさんすら内股になって震え上がっていたらしい。

 雄英高校の校舎中に響き渡る私の叱責は、教師にも生徒にもトラウマを植え付けた。

 

 その日のうちに、相澤消太教師から除籍復籍の権限が消失しました。

 全部、根津校長と叔父様が悪い。

 

 相澤消太教師への暴行及び、根津校長への正座強要は犯罪?

 元を辿ると教育委員会に全部報告する事になるので、全ては無かったことになりました。

 

 なので私は雄英高校に来て、叔父に挨拶して帰宅したことになっています。

 雄英高校の記録にはそう残っているので、何も問題はありません。

 

 

 * * *

 

 

 雄英高校を出た後、夕方まで時間があった。

 なので、思うところあって地下鉄を40分乗り継いで移動した。

 (前世の静岡県の鉄道事情を知っているから、地下鉄で移動していると変な気分になる)

 

 そこは静岡県の、折寺(おるでら)中学校の最寄り駅。

 田等院商店街においてヘドロ型の(ヴィラン)が暴れた事件が、結構なニュースになっていた。

 爆豪君が、マスコミに「ヘドロの時の」と一発で気づかれたのも無理は無い報道熱だった。

 

 私は、街をよく知らないまま、適当に歩きはじめた。

 私が思うに、恐らく運命の悪戯が発生する。

 

 綺麗な桜が、夕方の空に映えている。

 何の変哲も無い、普通の町並みを歩いていると……予想通りに、運命の悪戯が発生した。

 

 

 歩みを止め、そっと近づく。

 彼らに気づかれないように隠れ、私は息を殺す。

 

 それは、いわゆる名場面。

 物語が、はじまりを告げる場所。

 

「トップヒーローは学生時から逸話を残している……彼らの多くが話をこう結ぶ。『考えるより先に、体が動いていた』と。君もそうだったんだろう?」

「……うん……」

(きみ)は、ヒーローになれる」

 

 トゥルーフォームのオールマイトが、仁王立ちしているその前で。

 (ひざま)いた緑谷出久が号泣し、地面に涙をボロボロと零している。

 

(きみ)なら、私の“力”を……受け継ぐに値する!」

 

 架空(ゆめ)は、現実に。

 

「提案だよ。本番はここからさ、いいかい少年……」

 

 すっかり忘れかけていたけれど。

 これは、()()()()が最高のヒーローになるまでの物語。

 

「私の力を、君が受け取ってみないかという話さ!」

 

 夕陽が照らす光の中、緑谷君は泣き崩れている。

 外壁に隠れた陰の中、私は静かに微笑み続ける。

 

 これでいい。

 これでいい。

 これでいい、これでいい、これでいい!

 

 ――私は、ヒーローになれない。

 

 

 * * *

 

 

 初夏といえる、六月。

 私は週に一度街中に出て、着飾りもせず味気ないスーツ姿のままで歌を唄っていた。

 

 和歩ちゃんがプロデビューしてしまったので、私が買って和歩ちゃんに預けていた音響機材運搬用ケース・キャスター付きは既に返却されている。

 だから、その気になれば私だけのソロライブができる。

 

 原作であれば、和歩ちゃんが自分の作詞作曲で歌っていた。

 でもこの世界では、私の作詞作曲になっている。

 和歩ちゃんにはもう必要の無い歌だから、私が貰ってもいいよね?

 

 

(BGM:ポップ☆ステップ「Looking for you」)

 

 僕らは……このまま……

 

 私は、そっと歌い始める。

 

 その声を聴くたびいつも

 

 どこから意識しはじめたのかは、もうわからない。

 

 その姿見かけるたびに

 

 へにゃりと笑う、ぽややんヒーロー。

 

 近づきたい でも恥ずかしい

 

 俺が来た、とすぐにオールマイトの真似をする。

 

 僕はそんなやつだけど

 

 はじめての出会いの、道案内の時?

 

 ほら、その手を握ったら

 

 本当の貴方は空を跳べるんだよって、教えていた時?

 

 なんかどこでも飛べそうな気がしちゃって……

 

 超大型ヴィランの手から落ちて、空中で受け止められた時?

 

 その()吸い込まれそう

 

 私は前世で見た「Looking for you」のリリックビデオのように、右手の人差し指と中指、薬指と小指をくっつけて(これ地味に難易度高くない?)自分の目を強調するジェスチャーをとる。

 瞳=eye=I、証明完了。

 

 can fly far away

 

 蝙蝠男から助けて貰った時は、なんか凄かったかも。

 

 これが恋なんだ あぁ

 

 オールマイトヘッドフォンを渡すときの、嬉しそうな顔。

 

 初めて知ったんだ 僕は

 

 「絶対『守る』から」と言った時の、真剣な顔。

 

 見上げた空に舞うきみ

 

 暗闇に沈んだ鳴羽田を駆け抜けていく、その姿。

 

 心が跳ねるよ……

 

 二人きりの夜空は、私だけが覚えておきます。

 

 どうかこのまま

 

 だから、どうか。最期の時は。

 

 

 私が歌い終わると、一人の男性が拍手をしながら、涙目で私に近づいてきた。

 

「ううっ……()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 スーツ姿で、人畜無害そうな顔をしたやや長髪の青年は、そう言って私の手を取る。

 

「この歌、ちゃんと世に出しませんか? 俺に手伝わせてください!」

「……あなたは?」

 

 私は、微笑を浮かべて彼に尋ねる。

 

「野村六郎、人呼んでロックな男……なんて」

 

 そう言って、彼は恥ずかしそうにポリポリと頭を掻く。

 

「今はマルカネ百貨店の、イベント企画室で働いてます。でも、やってるのはニンジャショーばかりで……そのニンジャショーも、この夏でイベント企画室ごと終わりになる予定なんです。だから転職を考えていたんですが、じゃあ自分は何をやりたいのかってずっと考えてて……そしたら、今ここで君の声に出会って。だからはっきりわかったんです。自分は誰かを導くプロデューサーになりたかったんだと」

「……そうですか」

「会社を辞めてでも、君だけのプロデューサーになりたい」

 

 彼はそう言いながら、私の手をより強く握ってくる。

 

「いや、辞めるよ。……君の声があれば、どこにだって行ける。そう思うんだ」

「ありがとうございます。私は、塚内空と言います。よろしくお願いします、野村六郎さん」

 

 そう言って、私は彼の手にそっと自分の手を重ねた。

 

 思ったより、早く釣り針に引っかかったな……そう、思いながら。

 

 

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