塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.38 「VS」

 

【フルスロットル】《full throttle》

 (エンジンなどの)全開運転。

 猛烈なスピードで。

 全力疾走。

 

 

 * * *

 

 

「……雄英ヒーロー科1-A、全開運転(フルスロットル)!」

 

 塚内(つかうち)(そら)がクラス全員の目を見ながらそう言った時、八割の人間は覚悟が決まった。

 

 そのうちの一人、八百万(やおよろず)(もも)は、委員長投票で塚内空に入れたことを誇りにすら思った。

 自身の渾身のオペレーションを、彼女に完璧に読まれてその上を行かれた理由を、身をもって実感していた。

 人に誰かを依頼する時に、「○○できる人これやって」「○○に詳しい人これやって」というふわっとした指示だと、誰も動けなくなる。

 交通事故現場などでも、他人事だと思いながらケータイで撮影している人達に対して「貴方は110番通報を、貴方は119番通報を、貴方は私と一緒に車の下敷きになった人を助けてください!」と明確に指示を出すと、ちゃんと動いてくれる。

 話には聞いていたが、聞くのと見るのと実際にやるのは大違いだ。

 普段名前呼びをしている相手をあえて名字呼びで統一することで、真剣さも表現していた。

 自分には、似たような指示を出すことはできないだろうという心の痛みはあった。

 だが同時に、自分の個性を正しく把握し、的確に利用してくれる喜びもまた存在していた。

 

 (とどろき)焦凍(しょうと)は、ここまでの逼迫(ひっぱく)した状況下、なおかつ自分の個性『半冷半燃』のことを知っているだろうに、それでも炎の個性を使わない指示を出した塚内空に対して驚愕していた。

 敵の人数や個性推測、そしてそれらに対するクラス全員への指示がとんでもなく早いだけでなく、各々の性格や思考まで計算に入れて指示を出したのか?

 どうせ取るに足らない個性だと思い、彼女のことを軽視していたが……あまり思い出したくもない昔の話が、脳裏をよぎってしまった。

 あれは確か、小学三年生の頃。ファンサービスすら拒絶していたクソ親父が、何故か握手をした少女の話が全国ニュースにまでなった。

 ……なんですぐ思い出せなかった、あれは今目の前に居る、塚内空の事だ!

 クソ親父(エンデヴァー)を否定し、嫌悪する自分。

 クソ親父(エンデヴァー)に認められ、握手までした塚内空。

 なんだ、何が違う? あいつは、塚内空になにを感じたんだ?

 それでも今は、彼女の指示通りに動くしかないことをキチンと理解していた。

 

 爆豪(ばくごう)勝己(かつき)は、内心いらついていた。

 少しでも三つ編み(塚内空)に変な指示を出されたら、その場で拒絶して好き勝手に動こうと思っていた。

 だが指示内容は、そんな自分の個性と性格を完全に読み切った正しい使い方だった。

 個性『爆破』の関係上、(ヴィラン)が本当に自爆するというのなら、自分が最前線に立つのは正しい。

 ゲーム的表現で言うなら、自分は「爆破ダメージ・耐性大」だからだ。

 爆発関連の個性を封じることができるイレイザーヘッドと一緒にオフェンスに回るのは、自分の使い(どころ)として正しすぎる。

 だが三つ編みも一緒に前線に出ると言い切り、事実その準備をしている。

 指示だけだして後ろでふんぞり返っていても誰も文句を言わない場面で、最前線に出ると言う。

 つまりそれだけの腕があり、立ち回る自信があり、指揮官(コマンダー)を維持できるというメッセージ。

 そしてもう一つ、絶対に認めたくないことではあったが――

 

 ――デクの使い方、合ってんじゃねーか。

 

「GO!」

 

 塚内空の叫びに合わせて、皆が動きはじめた。

 

 入り口エリアから始まり、下り階段の左右にかけて、氷の壁がまっすぐ伸びていく。

 轟焦凍の個性『半冷半燃』の力だ。

 

 イレイザーヘッドと爆豪勝己と塚内空が、振り返ることなく一気に階段を飛び降りていく。

 

「来たぞ13号、真後ろだ!」

 

 常闇(とこやみ)踏陰(ふみかげ)が、個性『黒影(ダークシャドウ)』を展開しながら叫ぶ。

 入り口に向けて疾走する飯田(いいだ)天哉(てんや)を阻害するように、いきなり黒い霧が湧いて出た。

 

「させませんよ。はじめまして、我々は(ヴィラン)連合……」

「うるっさぁぁぁーーーーい!」

 

 黒霧(くろぎり)の自己紹介を遮り、ブチ切れた13号の指先が黒霧に向く。

 

「行け!」

 

 障子(しょうじ)目蔵(めぞう)がすかさず複合腕で飯田天哉を掴み、投げた。

 

「行けええ!」

 

 瀬呂(せろ)範太(はんた)が個性『テープ』を使い、13号と黒霧の直線上から委員長を引き剥がしつつ入り口扉に向かわせる。

 

「ちいっ!」

 

 13号による自己紹介キャンセルブラックホールが発動し、黒霧は一時撤退を余儀なくされた。

 そして入り口がわずかに開き、飯田天哉が外へ駆け抜けていく。

 

「くそっ! 皆、待っててくれ!」

 

 飯田天哉が外へ出たのとほぼ同時、入れ替わるように大量のスズメが扉の隙間から侵入した。

 

「羽ばたく者よ。悪意の元凶なる蜂を討ち取るは今です、いいですか……」

 

 口田(こうだ)甲司(こうじ)の、個性『生き物ボイス』。

 塚内空の指示通りにはしているものの、彼はまだ覚悟が定まっていないうちの一人だった。

 

 しかし、(ヴィラン)連合と名乗った者達も、ただじっとしているわけではない。

 数千匹か数万匹かはもはやわからない、まさに雲霞のごとき大量の蜂が、黒コートの男の周囲を漂っている。

 青山優雅、いや、(ヴィラン)名リュミエール・ノワールは、階段の端を形作る氷壁に向かってその指を伸ばした。

 

「メルシィ☆」

 

 ドドドドドドドドドォン!

 

 いまだ覚悟が定まっていなかった者達の心を、引き裂く爆音。

 轟焦凍が作り上げた氷壁をなぞるかのように、爆破音が十発以上、連続で鳴り響いた。

 

 塚内空はわかりやすく個性『爆弾蜂』と呼称したが、個性『女王蜂(後期型)』は原作においてBEE☆ポップがわずかな時間で鳴羽田(なるはた)市街を壊滅同然に追い込んだ強力な個性だ。

 いわゆる(ヴィラン)指定や(ヴィラン)登録というのは、通常は常習性の高い個性犯罪者に対して行われる。

 初犯の、しかも未成年者のポップ☆ステップが一発で(ヴィラン)指定かつ指名手配になったのは極めて異例なのだと、片角ニュースキャスター・宮城大角は力説するように報道した。

 つまり、青山優雅が少年法の適用外に認定され(ヴィラン)指定になるのは、時間の問題と言えた。

 

「きゃああっ!?」

 

 覚悟が定まっていなかった葉隠(はがくれ)(とおる)は、爆弾の影響で飛び散る氷の破片から身を守るように、慌てて階段の中央付近へと逃れた。

 氷壁があるから大丈夫だろうと思い込んでいた彼女の甘い意識は、一瞬で吹き飛んだ。

 

 葉隠透の覚悟が定まっていなかった理由は、実は明確にある。

 塚内空の指示は、葉隠透にとってはドン引きモノのとんでもない内容だったからだ。

 

 本来、葉隠透のレーザー屈折技術は原作の終盤近くで会得する。

 合宿での個性強化や仮免取得など様々な経験を経た上で、冬のインターンで青山優雅と共にヨロイムシャの下で活動し、青山のネビルレーザーと連携して光を屈折させる技術を習得する。

 大半が納得し、素直に従った塚内空の指示だったが、葉隠透にとっては「ブラック 社長 名言」で検索をかけたくなるぐらいの無茶ぶりだった。

 

 しかし、氷壁の破片から逃げるように階段の中央部分に動いたのは葉隠透だけではなかった。

 そこそこ多くの人数が、氷壁から離れるように移動してしまったのだ。

 そしてそれは、誉れが浜で死んだレベル*1の、意図通りの動きでもあった。

 

 リュミエール・ノワールが、中央部分に移動したヒヨコ達に対して腰のベルトを向ける。

 

(……指示で言ってた、レーザー発射態勢!)

 

 葉隠透は、やるしかないと腹を括った。

 相手の方に()じ曲げることはできずとも、盾になることぐらいならできるかもしれない。

 

 皆の前に出て、皆を守るように構える。

 刹那、極太の黒いレーザー光がリュミエール・ノワールから発射され、階段の中央部分に寄った一行を狙い撃ちした。

 

「やったるわァァァ!」

「「うわああ!」」

  

 皆の悲鳴が広がる中、開き直った時特有の(おとこ)らしい葉隠透の絶叫が周囲に響いた。

 彼女が前に突き出した両手に極太のレーザー光が当たり、黒い光が周囲に分散していく。

 相手方向に捩じ曲げることこそできなかったものの、黒い光は無事に拡散し、そのダメージはUSJの内壁などに散っていく。

 

 だが、その時。

 極太レーザーを受け止めた葉隠透の身体が、光を拡散させた影響でほんのり浮かび上がった。

 アイドルのように可愛らしい、葉隠透の素顔。

 手袋と靴以外は全裸なので、彼女の豊満な胸と、なだらかな腰のラインと、魅力的な尻が周辺に見えてしまった。*2

 彼女の大事な部分だけは、光の都合で何故か見えない。

 

「……」

 

 男子生徒のみならず、女子生徒すら葉隠透の素顔と全裸に絶句した。

 

「見ないでえ!」

 

 胸と股間を隠しながらの葉隠透の絶叫と共に、彼女の身体は透明に戻っていった。

 だが彼女の美貌(&裸体)は、あまりにも魅力的過ぎて脳裏に焼き付いた。

 大変危険な戦場であるというのに、男女問わずで顔が真っ赤に染まってしまう。

 

「神はいた」

 

 階段のそばでトラップを設置していた峰田(みねた)(みのる)は、配置的に葉隠透のすぐそばに居た。

 彼はそう呟くと、両方の鼻から鼻血を垂らしたまま幸せそうに倒れた。

 

 問題は、次から次へとヴィラン達が階段をのぼって進撃していることだった。

 

「おらァ!」

 

 耳郎(じろう)響香(きょうか)の個性『イヤホンジャック』。

 プラグ型になっている耳郎(じろう)の耳たぶが、峰田の両耳に情け容赦なく突き刺さった。

 

「そういうのは後にして」

「ふんぎゃあァァァ!?」

 

 耳郎の心音が爆音となって峰田の脳に伝わり、峰田実は強制的に叩き起こされた。

 心臓の音は、胎児時代の母親の心音を思い起こさせるので、本来は他人を安心させる効果がある。しかし状況が状況ゆえに、そんな事を言っている場合ではなかった。

 

 轟焦凍が全力で氷壁を張り直す。

 口田甲司の指示で、大量のスズメが蜂に襲いかかる。

 しかし、数の差は圧倒的すぎた。

 

「数が多すぎるよォ!」

 

 個性『酸』で爆弾蜂を迎撃していた芦戸(あしど)三奈(みな)が、悲鳴をあげる。

 爆弾蜂が数匹抜けたのを見て、超反応した尾白(おじろ)猿夫(ましらお)が個性『尻尾』で弾き飛ばした。

 

蛙吹(あすい)、そっちに一匹抜けた!」

「ケロ」

「任せろ!」

 

 ディフェンスを指示されていた切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)が、個性『硬化』を発動させる。

 

 ドォン!

 

 蛙吹(あすい)梅雨(つゆ)を守るように彼女の目の前に踊り出た切島に接触した蜂が、爆発した。

 だが、個性『硬化』の効果により、彼は平然としている。

 

「へへっ!」

「切島ちゃん、ありがとね」

 

 新たな爆発音が、再度張られた氷壁を揺らしていく。

 トリガーを打った大量の(ヴィラン)より、とにかく爆弾蜂が厄介すぎた。

 

「コエー! マジ! 今見えた! 三途(さんず)見えたマジ!」

 

 逃げ回る上鳴(かみなり)電気(でんき)は、涙目になっている。

 

「いいか!? 今俺は頼りになんねー! 頼りにしてるぜ!」

「つーかあんた電気男じゃん、いいから行け」

 

 上鳴の発言にいらついた耳郎が、トラップを避けて入り口広場に上ってきたヴィランに向けて上鳴を蹴り飛ばした。

 トリガーを打ったヴィラン達は、個体としては強化されているが、行動が直情的だ。

 割とまっすぐに、入り口広場を目指してくる。

 

「マジかバカ!」

 

 上鳴の個性『帯電』が発揮され、人間スタンガンとなってヴィランを麻痺らせた。

 

「あ、通用するわコレ。俺強ぇ! みんな! 俺を頼れ!」

「軽いなオイ」

 

 常闇が、呆れた声を出す。

 しかし、比較的そばにいた八百万が慌てて上鳴の上着の首部分を掴み、無理矢理引き剥がして投げ捨てた。

 

「あんだぁー!?」

 

 投げ飛ばされた上鳴が叫んだ次の瞬間、麻痺していたヴィランが爆発した。

 流石の八百万も、キレる。

 

「お二人とも真剣に!」

「「ごめん」」

 

 

 * * *

 

 

 イレイザーヘッドが階段を降りきった瞬間、トリガーを打ったヴィラン達が絶叫した。

 

「ヒャハァ! 射撃隊、いくぞぉ!」

 

 カチカチ、カチ。

 遠距離攻撃系(ヴィラン)が揃って銃弾的なナニカを発射しようとしたが、弾は出なかった。

 

「あれ? 出ねえ……」

 

 ヴィランが首を傾げた瞬間、彼らの頭上に踊り出た爆豪(ばくごう)が右腕を振りかぶりながら叫ぶ。

 

「ナメ……ってんのかバァアアカ!」

 

 個性『爆破』により、イレイザーヘッドを狙っていた遠距離型三人が一瞬で無力化され、間を置かず自爆した。

 だが、(ヴィラン)の自爆を一切気にしないかのごとく、爆豪勝己は不敵な笑みを浮かべて敵陣の真っ只中へと闊歩して行く。

 

 イレイザーヘッドは捕縛布を器用に使い、発動系や変動系個性の(ヴィラン)の個性を封じながら戦う。

 塚内空は塚内空で、ある共通項がある(ヴィラン)を優先して撃破していた。

 

 それは、酸素ボンベや水中用マスクを装着した(ヴィラン)

 あるいは、エラのような呼吸器や手足にヒレがついているとわかる(ヴィラン)

 

 原作において、緑谷・蛙吹・峰田の三人が戦っていた水中型個性の連中だ。

 彼らが地上にいる今は、たとえトリガーを使っていようが……いや、むしろ使っているからこそ余計に、地上戦においては良いカモとなる。

 水中型の個性持ちだからといって、身体も水中に適応しているわけではない。

 

 そして、棍を無慈悲に使い、彼らの足、特に膝関節を躊躇なく破壊していく。

 行動不能になると爆弾蜂が彼らを自爆させていくので、その爆発すら壁代わりに使って塚内空は立ち回っていた。

 

 一人の少女が黒いロングコートを(なび)かせながら、流麗な動きで仲間を次々に撃破していく。

 そんな塚内空の姿を見て、死柄木(しがらき)(とむら)は思わず歓声をあげた。

 

「ああ! お前がノワールの言ってた、無個性女かあ!」

 

 (ヴィラン)の親玉らしき人物が発した『無個性』という言葉に、改めて全員が驚愕した。

 彼女がヒーロー科の入試成績一位で合格したこと自体は、皆知っている事だったから。

 

 だから、皆は勘違いしていたのだ。

 轟焦凍ですら、塚内空は何らかの個性を持っているものだとばかり思い込んでいた。

 13号先生が無個性について触れたのは、きっと何かの間違いなのだろうと。 

 

 爆豪は戦いながらも無表情と化し、リベロとして戦場を駆けずり回っていた緑谷(みどりや)出久(いずく)は思わず立ち止まり、塚内空を見てしまった。

 

「お前が無個性なのにヒーロー科に合格しちまったから! 哀れなノワール君は(ヴィラン)になっちまったとさァ!」

「……そう」

 

 格闘ゲームの中国拳法系キャラが見せる、超低姿勢のポーズに見覚えは無いだろうか。

 片足を伸ばした状態で腰を深く落とし、後ろ手を挙げた鋭角三角形のような姿勢。

 

 (シア)(シー)(ドゥー)(リー)、または(プー)(ブー)と呼ばれる低い姿勢で攻撃を躱しながら、棍を使って(ヴィラン)の足首や膝を淡々と破壊していくその姿。

 死柄木弔の強い挑発だったが、塚内空の態度や動きに変化は発生しなかった。

 

「ヒーロー落伍の成れの果て、ノワール君をよろしくねェ!」

「僕の名前は、リュミエール・ノワール。Enchanté(アンシャンテ)

 

 死柄木弔の紹介を受けて、左目を隠した髪型の青山優雅が、ボウ・アンド・スクレープの姿勢で(うやうや)しく挨拶をした。

 アンシャンテは、初対面の人に対する挨拶。

 これ一言で「はじめまして」と「よろしく」の両方の意味を含むフランス語だ。

 男性形だとEnchanté、女性形だとEnchantéeとなる。

 

「……Enchantée(アンシャンテ)

「格好いいなあ、格好いいなあ!」

 

 立ち上がり、フランス語で挨拶を返した塚内空に、死柄木弔は楽しそうに拍手をする。

 そんな死柄木弔に、イレイザーヘッドが近づいて問答無用に近接戦を仕掛けていく。

 

「お前の相手は俺だ」

「無理をするなよイレイザーヘッド!」

 

 塚内空はリュミエール・ノワールに挨拶を返しはしたが、周囲を睥睨(へいげい)していた。

 つまり、挨拶した相手を見てすらいない。

 彼女に馬鹿にされたと感じたリュミエール・ノワールは、怒りに任せて腰のベルトを向けた。

 

「ああーっ!? (そら)ちゃん逃げてーッ!」

 

 ベルトを注視していた葉隠透が、入り口広場から思わず叫ぶ。

 ニチャリ顔のリュミエール・ノワールが、極太の黒色レーザーを発射()()()()()()その時。

 塚内空が、一歩だけ後ずさった。

 

 その時、皆は信じられない光景を見た。

 一歩だけ後ずさった塚内空の目の前を、極太レーザーが通過していった。

 

 塚内空にとっては、空間聴勁(ちょうけい)で全て見えていた景色に過ぎなかった。

 だから、電波系の妨害個体の目視を優先しただけだった。

 

 緑谷出久は、驚愕しすぎて開いた口が塞がらなかった。

 ……今の回避は、個性じゃないの?

 

 その姿を見ていた皆が驚く中、塚内空は片手を伸ばし、指で方向を示す。

 

「障子くん、砂藤くん、上鳴くん! 山岳ゾーン寄りに隠れてる、中途半端なドクロみたいな仮面をつけたやつ!」

「了解だ、塚内」

「わかった、塚内!」

「俺に任せろー!」

 

 三者三様に答えながら、横になった障子の背に砂藤と上鳴が座る。

 

梅雨(つゆ)ちゃん!」

 

 麗日(うららか)お茶子が、障子・砂藤・上鳴の三人に触れながら叫ぶ。

 

「わかってるわ、麗日(うららか)ちゃん*3

 

 蛙吹(あすい)梅雨(つゆ)の舌が伸び、障子目蔵をぐるぐる巻きにした。

 

「使え、滑走路だ!」

 

 轟焦凍の叫びと共に、宙を伝う氷の滑走路が生まれていく。

 

「任せろ、絶対潰す!」

 

 砂藤(さとう)力道(りきどう)が力強く答え、角砂糖3つを口に放り込んだ。

 個性『シュガードープ』。

 糖分10g(角砂糖約3個分)の摂取につき、3分間だけ通常時の5倍の身体能力を発揮できる。

 

 

「本っ当格好いいぜ!」

 

 死柄木弔が、イレイザーヘッドと戦いながら叫ぶ。

 

「だからお前を殺して帰るよ、無個性女……ノワールの寿司ネタだァ!」

 

 対平和の象徴、改人『脳無(のうむ)』。

 オールマイトを殺すべく開発された、大なる個。

 

 塚内空から相当距離が離れていたはずだった脳無は、たった一度のジャンプで彼女の目の前に降り立った。そして降り立ちついでに、塚内空から超速で棍を奪い取った。

 脳無は彼女に剛力を見せつけるように、目の前で千切ってバラバラにしてみせた。

 

 無個性の彼女が武器を失ったのを見て、緑谷(みどりや)出久(いずく)は焦った。

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!)

 

 周辺にいる(ヴィラン)達とは、明らかにアレは違う。

 

「塚内さんッ!」

 

 トリガーを使用して強化された(ヴィラン)達は、依然として周囲にいる。

 でも、そんな事は関係無い。

 緑谷出久は塚内空の所へ駆けつけようと、全力で走り始めた。

 

 

 武器を失い、無手となった塚内空。

 だが彼女は、右手をグー、左手をパーにして胸の前で合わせる抱拳礼(ほうけんれい)をとった。

 

 脳無の身長も体格も、オールマイトのそれを遙かに上回る。

 対オールマイト個体なのだから、当たり前だ。

 

 塚内空は気をつけの姿勢から、そっと片足を横に出した。

 

 (チー)(シー)

 身体をリラックスした状態のまま、『意』をトップギアに入れる儀式。

 

 何も知らない者からすれば、ただ突っ立っているだけにしか見えない。

 だが彼女にとって、それは既に『構え』であった。

 

 無個性(無個性とは言ってない)の彼女は、巨躯の脳無をそっと見上げて、微笑を浮かべた。

 

 

*1
天界ジャンプ+編集部へのご提案感謝します!

*2
天界ジャンプ+編集部へのご要望感謝します!

*3
原作と違い仲良くなる速度が遅くなっているので、現時点では名字呼びです

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