【メタモルフォシス】《metamorphosis》
形や状態を変えること。変形。変身。
動物が生育過程において著しく形態を変えること。変態。
* * *
私立聡明小学校の制服は、白を基調とした生真面目かつ可愛いデザインだ。
ひらひらのスカートも含めて、いい感じの清楚さを醸し出している。
私立聡明小学校は住所的には
だからバスなり電車なりを使うと、微妙に迂回することになる。
でも地図的には、直線距離だけを見れば聡明小学校まで案外近い。
じゃあ走って直線距離を突っ切れば運動にもなって便利なのでは?
幸いなことに、聡明小学校はランドセルではなく薄めの黒鞄を背負って通う形式。
ジャンプした時用にスパッツを履けば、見られても大丈夫だし。
お兄ちゃんから、タバタ式と呼ばれる前世で最強効率のトレーニング法も教わってはいた。
高強度インターバルトレーニング(High Intensity Interval Training)のタバタプロトコル。
簡単に説明すると、効率よく疲労困憊することで、一気に心肺能力を高めるトレーニングだ。
タバタ式だと、実稼働5分以下で数時間トレーニングしたのと同じ効果を得ることができる。
お兄ちゃんは「オールマイトは教え下手なだけあってトレーニング効率も正直良くはない」とばっさり切っていた。
でも、タバタ式のような高強度トレーニングをいきなりはじめても身体が壊れるだけ。
まずは焦らずランニングからはじめて、自信がついたらタバタ式。
誰でも努力で身につけることができる技術『エコーロケーション』も練習してみたい。
祈りを捧げるモブ少女A子さんになる道は険しい。
なにしろ、祈りを捧げることができる時間軸まで一般人として生きのびなければならない。
……この世界、地味に生存難易度が高くないですか、神様?
テロ事件とか多すぎるし!
* * *
学校への地図は頭の中に入ってるけど、直線距離となると話が少し変わってくる。
単純な話、私自身の機動力の成長次第でルート選択が大きく変わってくる。
例えば、
空を飛べる個性は確かに強いけど、空を飛べなくても努力やサポートアイテムである程度補えてしまう。この世界は身体的な強化限界が高く、成長速度も早い。
雄英高校ヒーロー科1年A組の50m走のタイムは、個性使用前提とはいえ前世地球の世界記録や日本記録を相手にできるタイムばかりだった。
オールマイトは大怪我後の劣化状態でも、東京の事務所を起点として北海道やら沖縄やらを頻繁に行ったり来たりしている。本編ではAFOに「30秒で5kmとか衰えたね」みたいなことを言われていたけど、それだって計算すれば時速600kmだ。
飯田君も、轟君の補佐があったとはいえ最後の方では遷音速、つまりマッハ0.8〜1.2、時速1200km付近の世界になる。
考えてみればアメリカナンバーワンが戦闘機の上で仁王立ちしていたような……?
今世は前世と違ってドローン関係への規制が緩く、ヒーローがドローンで空中移動してたりする。ヒーロー限定で航空法とかが違うのかもしれないけれど、サポートアイテムで空を飛んでいるヒーローもいるし、今更というやつなのかも。
まぁ、仮に私が雄英高校に行ったとしても、どうせ経営科かサポート科だろう。
「あれ? 塚内さん?」
そんな事を考えながらランニング通学で基礎体力の向上を図っていると、地面に両手足をついて自転車くらいの速度で移動している、学生服姿の見覚えある青年に声をかけられた。
ヴィジランテの主人公こと、
私は走りながら、航一さんに話しかける。
「
「えー、見逃してよ空ちゃん」
「っていうか、航一さんなら空を飛べばいいじゃないですか」
私はそう言って、真上を指さした。
「……うん? 空?」
航一さんは釣られて上を見て、ついでにコーナリングをミスって壁に激突しそうになった。
「わーーーッ!?」
「よっと」
軽くダッシュして、私は航一さんの身体を押さえる。
浮いて滑っている物体を止めるだけだから、六歳の私でも可能だった。
「あぶなかった……ありがとう、空ちゃん。でも俺の個性『滑走』はブレーキすら無いんだよ。勢いがついちゃうと、今みたいにコントロールが利かなくなって、こうズリズリ~って」
「えっ?」
私は、ミスったと思った。
原作知識の関係で、私は航一さんが空を飛べると知っているけれど、この時期の航一さんはインゲニウム兄にすら出会っていないから止まることすらできない。
でも考えてみれば、私は既に原作破壊RTAをしてしまっている。
実際に航一さんは、ヒーロー科に無事合格して頑張っているし、将来のお嫁さんこと
もしかして、航一さんは
航一さんの運命を大きく捩じ曲げてしまった事に対して、胸がチクチク痛み出した。
美少女の
「……それ、浮いてるから反発力的なヤツですよね? 止まろうとするのではなく、逆向きに急加速すれば勢いを相殺できるんじゃないですか?」
私の身振り手振りの説明を見て、航一さんが早速挑戦した。
ギュキィ!
四つん這いのまま急加速した航一さんが、ピタッと急停止。
「……できた! おおお……積年の問題が! 解決ッ!」
航一さんは嬉しそうに喜びながら、近距離往復を何度もしてみせる。
でも、その顔が困り顔に変化した。
「まいったな。空ちゃんに御礼したいんだけど、通学途中だから遅刻しちゃう……」
「それなら、航一さん」
私は、ケータイを取り出した。
「航一さんのLINE、教えて貰っていいですか?」
「えっ? それ俺の方のご褒美にならない?」
航一さんは苦笑いを浮かべながら、連絡先を教えてくれた。
これで私の連絡先は、なんと五人になった。
「こんなので御礼になるの?」
航一さんは首を傾げていたけれど、私にとっての航一さんは未来の確定大英雄。
AFOすら冷や汗をかく、本編出禁レベルのスーパーヒーロー。
覚醒して『伝播する崩壊』に至った死柄木弔すら完封できる。
そんな航一さんに対して、サインどころか連絡先の交換にこぎつけた。
祈りを捧げるモブ少女A子さんとして、私にも漫画の1コマぐらいは出番があるかもしれない。
やったね!
* * *
「カーブで踏ん張っていたから反発の逆、つまり吸引もできるのでは? 壁にひっついたりとか」
「できた、壁張り付き! ありがとうね、空ちゃん」
「そもそも三点接地は思い込みで、求められているのは身体の安定だけなのかも。色々試してみましょうよ」
「当たりだよ空ちゃん、足だけで浮ける! ……安定性を考えると這った方がラクだけど」
「気合いでジャンプできるのなら、その気合いを外部に放出したりできるんじゃ?」
「ザ・クロウラー、
「……仮免とるまでは、ずっと練習してたほうがいいかもですね。二学年の前期でしたっけ?」
「うん、ちょっとこれは威力が高すぎるなぁ……コントロールも課題だね」
「航一さんは優しすぎて先制攻撃とか急所狙いが苦手のようなので、冷静になって相手を観察しながら対処するといいと思います。武術的には、後の先って言うらしいですけど」
「逃げるのに必死でなかなか難しいんだよね~、バリアとかあれば良かったんだけど」
「……あるじゃないですか、バリア。反発力ですよね? 力場防御とかできるんじゃ?」
「いやいや空ちゃん、まさかそんなバリア能力だ……なん……て? バリア、できちゃった……」
「身体の中に力場を這わせることってできます? 例えば怪我したり骨折したりした時に、それを保護するような……」
「といっても自分の腕を折るわけにはいかないし。どう練習すればいいの、
「単純に、肘が曲がらないように力場で固定チャレンジとかしてみたらどうです?」
「いやーそんな簡単にできれば苦労はしな……固定できた!? 腕が曲がらない!」
「航一さんは、理論上は空を飛べるはずなんですが……空中でジャンプができるかどうか検証してみません?」
「理論上って、師匠は本当に小学生なの? ……うわぁ本当に空中でジャンプできたぁ!」
* * *
LINEやら、電話やら、直接会った時の助言やら。
私は焦らずに、順を追ってゆっくりと航一さんを強化していった。
あまり楽しくなかった学生生活も、通学時間が楽しみになった。
私の助言でヒーロー科の成績が急上昇していく航一さんを見ているだけで、自分のことのように嬉しかった。
私の呼び名が空ちゃんから師匠になってしまったのは、ちょっぴり複雑だったけど。
人間にはもともと沢山のセンサーがついていて、前世地球の人間でも鍛えれば背後からの不意打ちを防げるようになる。
実際にお兄ちゃんは対不意打ち能力を鍛錬で入手していたし、鍛錬方法はYoutubeにアップされているから誰でも練習できる。
前世地球ですらそうなのだから、ヒロアカ世界の人間がちゃんと鍛えれば、OFAの
ヒロアカ世界の人間がセンサーを鍛えた結果の一例が、ヴィジランテにおける最終戦闘付近の航一さんだ。航一さんは、個性『
真面目に鍛えればそこまでいけてしまうという実例であり、証左でもある。
エコーロケーションや危機感知など、人間は努力で習得できるものを『個性』と分別し思考停止して除外することで、ある意味退化した側面がある気がする。
演奏の個性がなくとも、楽器を弾くことはできる。
増強系個性がなくとも、身体を鍛えることはできる。
なのにこの世界の人は「個性が無いからやらない」と諦めてしまう人が妙に多い。
個性の誕生は、できるのにやらない理由を正当化させてしまっただけなのではないだろうか。
警察は個性を使わないことで、画一的な捜査をしていると胸を張り、思考停止している。
前世地球の
あるいは特殊部隊の予算をヒーローに獲られているのだろうか。よくわからない。
なんかこれって、いわゆるスキル制の異世界ファンタジーなのかもしれない。
だとすると、私はいつかパーティから追放されてしまうのだろうか。
でも、一つだけ首を傾げることはある。
たった十ヶ月の鍛錬で、総重量約1トンの軽トラを持ち運べるようになったとはいえ。
無個性だからと、オールマイトに出会うまで自分の身体を全く鍛えていなかった緑谷出久君。
あなたは本当に、ヒーローになりたかったの?
会ったことすら無い彼に、私は少しだけ、イラッとした。
* * *
あれからさらに時間が経ち、私は小学二年生に、航一さんは高校二年生になった。
「なるほど、空中ジャンプは二回までですか」
「うん、三回やると墜落しちゃうんだよね~」
私は手で障害物を乗り越える
航一さんは手慣れたように四つん這いからの気合いジャンプで鉄柵を乗り越え、二回の空中ジャンプを挟んで再び滑走体勢に移行する。
通学のルート上、重なるコースだけお喋りして、あとは別れてお互いの学校へ。
LINE通話もあるし、いつでも話せるけれど、会って話せるのならそれに越したことはない。
「多分意識の問題だと思うんです。航一さんの個性はもっともっと色々できます。空だって絶対飛べるし、その気になればパンチ一発でビルだって壊せます」
「ビルを壊すと弁償金が凄そう」
「保険おりなさそうですもんね」
私はパルクール、航一さんは(違法だけど)個性による疾走。
いつものように走りながら会話をしていると、ドップラー効果を伴った女の子の悲鳴が、頭上から響いてきた。
「……ぅうううわあああああ!」
「
「知り合い!?」
すかさずジャンプした航一さんが、凄い速度で空中方向転換をしてみせる。
ビルの上から落ちてきた和歩ちゃんを抱きかかえるとその勢いのまま空中を走り、ジェットを逆噴射するように力場から反発力を吐き出して空中制御し、和歩ちゃんが落下してきた勢いを全て殺しきり、ゆっくりと地面に着地した。
「……うっわ、もしかして俺、本当に空を飛べた?」
驚く航一さんに、和歩ちゃんが泣きながらしがみつく。
「あ"っ、足が滑って、おぢ、おぢじゃっでえ"~~」
「良かったね、ボク。死んじゃうところだったね」
ボク、と言われた和歩ちゃんが真顔で泣き止む。
「航一さん、ありがとうございます。あと和歩ちゃんは女の子で、跳躍の個性持ちです」
「えっ、そうなの?」
驚いた顔で、航一さんはまじまじと和歩ちゃんの顔を覗き込む。
助けられた和歩ちゃんは、まだお姫様抱っこをされたままだ。
和歩ちゃんの顔が、一瞬で真っ赤に染まるのがわかった。
「あっ、あたしは空ちゃんより年上なんだからあ!」
「ごめんごめん。今降ろすね」
じたばた暴れ始めた和歩ちゃんを、航一さんはそっと降ろす。
しかし次の瞬間、顔が青ざめる。
「やばい。遅刻する」
「んー、航一さん。私達から、航一さんに助けられて救われたって学校に連絡しておきます。だから遅刻は見逃して貰えますよ」
「……おお……ありがとう師匠! あと、ええと、和歩ちゃん? 怪我はないよね」
和歩ちゃんは、照れ顔で目線を逸らす。
「……けっ、怪我は……ないです……」
「それは良かった」
いつものへにゃり顔で航一さんが笑う。
私も笑う。
「じゃあ、今日から航一さんは、ザ・クロウラーじゃなくて、ザ・スカイクロウラーですね」
「おっ? おお~、そうなるのか。そうだねぇ! そうなるねえ!」
航一さんは和歩ちゃんを降ろすと、いつもの東映スパイダーマンポーズをしてみせる。
「俺はサイドキックからヒーローに駆け上がる男! ザ・スカイクロウラー!」
「インゲニウムのチームIDATENとか良さそうですね」
和歩ちゃんは、なんかムキになって大声を出し始める。
「ふっ、ふん! お人好しそうな顔して! あたしは学校に行くんだから!」
「じゃあ航一さん、そちらの学校には連絡入れておきます。堂々と凱旋? してください」
「ありがと、師匠! 和歩ちゃんもね! それじゃ!」
航一さんは、笑顔で手を振って去って行った。
多分、元々和歩ちゃんは跳躍を使って通学していた。
でも私達が地べたを這いずってたから遭遇しなかった。
私達が三次元機動を取り入れて通学するようになったから、和歩ちゃんのルートと近づいた。
そして和歩ちゃんが偶然足を踏み外した時に、私達がそばにいた……そんな感じかな?
「和歩ちゃんの学校も、こっちの方なんだね。途中まで一緒なのかな?」
「……空ちゃん、なんで走ってるの? 電車通学なんじゃないの?」
呆れ顔の和歩ちゃんが、私をジト目で見つめる。
仮にもエリート私立、お坊ちゃまとお嬢様が集まる学校の制服を着ているのに、路地裏を全力疾走しているのだからおかしな風景だろう。
「でも、私だけじゃなくて良かった、私だけだったら、和歩ちゃんを助けられなかった」
「あっ、うん……そこは本当に、ありがとう……手すりへの着地をミスしちゃって……」
去って行った航一さんの方向と、私の姿を和歩ちゃんは交互にちらちら見てる。
あっ、そうか。
考えてみれば、原作の和歩ちゃんが跳躍を大きくミスしたのは、過去回想での溺れかけたあの一件だけ。
何も無ければ、今日だって着地をミスする理由がない。
和歩ちゃんは跳躍中に私と航一さんが楽しそうに話しているのを見かけちゃって、びっくりしてバランスを崩したんだ。
「あはっ。私と航一さんはただの知り合いで、なんでもないよ?」
「そんな事、気にしてないし! ……空ちゃん、途中まで一緒に行こ?」
学校が違うから途中で別れるけど、言い換えればそこまでは一緒だ。
学校でわりとぼっち気味の私にとって、楽しい通学は大歓迎。
私は、笑顔で和歩ちゃんの同行を承諾した。
笑顔ではいたけれど。
航一さんがいなかったら、和歩ちゃんは即死か、良くて大怪我を負っていた。
幾ら身体を鍛えていようが、今回のようなケースでは個性がないと対応しきれない。
親友すら助けられないから、私はヒーローになれない。