【タブー】《taboo》
禁忌、禁止されたもの。
触れてはならない話題や行為。
* * *
「つっ、塚内さん、大変ですの!」
雄英体育祭の昼食時。
1-A女子組が集まって食べていたスペースに、慌てた顔で
「午後のレクに合わせて、女子は全員チア服で応援合戦をするそうなのです。相澤先生からの
「えーっ、そうなん!?」
お茶子ちゃんも、驚いている。
カレーライスを食べていた私は、スプーンに載せていた分を丁寧に食べ終えてから一言。
「結論から言えば、私達にチア服を着せる為の
「アホだろアイツら……」
そばで焼き魚定食を食べていた
「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの、私……」
八百万さんが、がっくりしている。
「そこで解決策を2つほど」
「空ちゃん、悪巧み好きね」
私は人差し指を立てる。
「開き直ってB組女子も巻き込んで、徹底的に華やかにする。メリットはB組女子にも二人が嫌われること。デメリットは衣装を用意する八百万さんが大変なこと」
「もう一つはー?」
私は人差し指に加えて、中指も立てる。
「応援団として学ランを着せても普通ですし、言い出しっぺの
「まぁ本戦まで時間空くし、張り詰めてもシンドイし、やってあげてもいいんだけど……」
「八百万さんの負担を無視して良いのなら、両方同時にやる手もありますよ。チアが華やかになって彼らの望みは叶うかもしれませんが、引き換えにAB両方の女子から好感度という致命的なものを彼らは失います」
「塚内さん」
がしっと、両肩を八百万さんに掴まれた。
「私、やりますわ。B組女子に話を通していただけますか。もちろん彼らにも」
「面白くなってきた! いいんじゃない? やったろー!」
ノリの良い
* * *
「最終種目発表の前に、予選落ちの皆へ朗報だ! あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ……ん? アリャ?」
「なーにやってんだ……?」
実況のプレゼントマイクと、解説のイレイザーヘッドが怪訝そうな顔になる。
「どーした一年女子!? ……いや、男子もいる?」
チアア!(原作擬音)
【1-A女子】(後列)
・芦戸三奈、八百万百、耳郎響香、葉隠透、塚内空、蛙吹梅雨、麗日お茶子
【1-B女子】(中列)
・拳藤一佳、塩崎茨、小森希乃子、角取ポニー、取蔭切奈、小大唯、柳レイ子
【1-A男子】(前列)
・峰田実、上鳴電気
大変華やかな……極一部は目線を逸らしたくなるチアガールがそこに並んでいた。
なお男子二名は強制的に前列なので、肝心要の女子達のチア姿を見ることができない。
塚内空が、
「拳藤さん達が、話に乗ってくれて良かった」
「あはは……
「ん」
「うっひょおぉ~、オイラをゴミクズ以下として扱う絶対零度の視線が最高ぉ~!」
「やっべ俺マジ女装やっべ超似合ってね? クセになりそうなんだけどマジ」
女子同様にチア服を着た峰田実と上鳴電気の性癖に、多くのヒビが入っていた。
好感度的なものはマイナスの極限まで落ち、その意味でも色々とヤバかった。
「さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション! それが終われば最終種目、進出4チーム総勢16名からなるトーナメント形式! 一対一のガチバトルだ!」
「それじゃあ、組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!
ミッドナイトが、有無を言わせずトーナメント表を決めていく。
色々な力が働いたのかどうかはわからないが、原作に限りなく近い構成ではあった。
【最終種目 ガチバトルトーナメント】
1回戦 2回戦 準決勝 決勝
塚内 空 ━┓
┣━┓
緑谷出久 ━┛ ┃
┣━┓
轟 焦凍 ━┓ ┃ ┃
┣━┛ ┃
瀬呂範太 ━┛ ┃
┣━┓
上鳴電気 ━┓ ┃ ┃
┣━┓ ┃ ┃
塩崎 茨 ━┛ ┃ ┃ ┃
┣━┛ ┃
飯田天哉 ━┓ ┃ ┃
┣━┛ ┃
骨抜柔造 ━┛ ┃
┣━ 優勝
芦戸三奈 ━┓ ┃
┣━┓ ┃
泡瀬洋雪 ━┛ ┃ ┃
┣━┓ ┃
常闇踏陰 ━┓ ┃ ┃ ┃
┣━┛ ┃ ┃
八百万百 ━┛ ┃ ┃
┣━┛
鉄哲徹鐵 ━┓ ┃
┣━┓ ┃
切島鋭児郎 ━┛ ┃ ┃
┣━┛
麗日お茶子 ━┓ ┃
┣━┛
爆豪勝己 ━┛
第1試合: 塚内 空 vs 緑谷出久
第2試合: 轟 焦凍 vs 瀬呂範太
第3試合: 上鳴電気 vs 塩崎 茨
第4試合: 飯田天哉 vs 骨抜柔造
第5試合: 芦戸三奈 vs 泡瀬洋雪
第6試合: 常闇踏陰 vs 八百万百
第7試合: 鉄哲徹鐵 vs 切島鋭児郎
第8試合: 麗日お茶子 vs 爆豪勝己
「組はこうなりました!」
「よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間、楽しく遊ぶぞレクリエーション!」
1-A女子と1-B女子が揃えば、もはやどこかのアイドルグループだ。
華やか極まりないチア応援が、レクリエーションと観客を盛り上げる。
若干一名が露骨に嫌がったが、折角だからと女子14人のソラダンスまで披露された。
峰田と上鳴、好感度最低化コンビによる開き直りダンスは予想外に好評だった。
ただ、トーナメントに出場する者達の表情は、男子女子問わずで良くは無かった。
とてもではないが、踊っていられる気分ではなかったのである。
* * *
「ヘイガイズ、アァユゥレディ!? 色々やってきましたが、結局これだぜガチンコ勝負! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ、わかるよな! 心技体に知恵知識、総動員して駆け上がれ!」
セメントスの用意した対戦会場が仕上がり、ついにトーナメントがはじまろうとしていた。
観客達の歓声の中、私と緑谷君が対戦会場に歩みを進めていく。
「ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする、後は『まいった』とか言わせても勝ちのガチンコだ! 怪我上等、こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから、道徳倫理は一旦捨ておけ! だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ、アウト! ヒーローはヴィランを捕まえる為に拳を振るうのだ!」
うーん。リカバリーガールがぶちきれると思うよ? その台詞。
「一回戦! 『無事これ英雄なり』を実行できるか? ヒーロー科・
真顔のデク君が、どう勝とうかと必死に考えているのがわかる。
一方私は、七月の劇場版一作目や、九月のインターンといった『デク君が人間を辞めはじめる時期』ならともかく、五月第一週(日)の現在は怖くもなんともないな、と実感していた。
オールマイトにすら『0か100かの出力でいえば、今の君の身体で出せているのは5くらいだね』と断言されてしまっている。
……流石に、そんなデク君に負けてあげることはできない。
「レディィィィイイ、スタート!」
プレゼントマイクの絶叫後、私はすたすたと歩きながら、デク君に握手を差し出す。
「よろしくね、デクくん」
「あっハイ、塚内さん」
今は廃れてしまっているボクシングや総合格闘技だけれど、
ただ個性社会という背景が強すぎて、例えばヴィジランテ原作で出たような地下格闘技に移行してしまっているのが実情だ。
とはいうものの、試合前に拳と拳をチョンと付き合わせるような、『いい戦いをしようぜ』みたいな合図は、一応あるにはある。
この握手は、そういった『拳と拳をチョンと付き合わせる』『いい戦いをしようぜ』みたいな合図だと、デク君は受け止めてくれたようだ。
だからデク君は全く何も疑わず、私の手を握った。
握手落とし。
私は情け容赦なくデク君の重心を崩して、転ばせて四つん這いにしてさしあげた。
『握手落とし』という表現だと、『グラップラー刃牙』に出てくる渋川剛気の技だ! と脊髄反射で答える人は多い。
事実、YouTubeでも『渋川剛気の握手落とし再現してみた』系の動画は多い。
大半の動画が再生数稼ぎのどうでもいいやつだけど、見ようと思えばすぐに見られる。
握手をした際に相手の身体を落としたように見えるから結果として『握手落とし』と呼ばれている、が正しい。
そこに辿り着くまでの経緯や理論が沢山ありすぎる技、それが『握手落とし』。
・単関節運動による崩し
・深層筋による崩し
・重心による崩し
・作用点による崩し
・合気による崩し
空手式だの合気式だのシステマ式だの、とにかく『握手落とし』には種類が沢山ある。
上級版だと『ハイタッチ落とし』なんていうのもある。
お兄ちゃんはどんな握手落としでも全部できると豪語していた。
私は太極拳使いなので、私が実行したのは太極拳理論の握手落としだ。
丹田から発生させた螺旋をデク君の仙骨に伝えて揺らし続けている。*2
私は握手として握り返してすらいない。
デク君は既に転び、四つん這いの姿勢になっている。
なのに、さらに転びそうになるから私の手を握って離したくない。
『重心を崩されて転ぶ → 転ばないように耐えようと試みる → 捕まるモノが私の手しかない → 握る → 最初に戻る』*3
これの永久ループ。
ちなみに逆の『握手あげ』もあるけど、これは相手の骨を折りに行くのに有効。
でもデク君の骨を折ったら、オールマイトとリカバリーガールと緑谷引子お母様が泣いちゃうからやらない。
「オイオイどうした、大事な緒戦だ盛り上げてくれよ!?」
盛り上げとかしったこっちゃないです、プレゼントマイク。
「デクくん……!?」
「ええー……!?」
お茶子ちゃんが驚き、オールマイト(トゥルーフォーム)がドン引きしているのがわかる。
何度も何度も何度も転びながら、必死な形相でデク君は起き上がろうとしている。
「ああああ! 僕だって!」
「駄目」
握り返してはいないけれど、接触はしている。
接触点があるから、情報が伝わってくる。
だから、デク君が自分の指を犠牲に状況を打破しようとしたのがわかってしまった。
私はすかさずデク君の右手を背中の後ろに回し、彼の首を押さえつけるように膝を乗せた。
当然だけど、私の片手がフリーのままでデク君は身動きが取れなくなる。
「……うっ、ぐぅっ……!」
「審判!」
その気になれば、すぐに貴方の首を折れます。
そういうメッセージを全身で伝えたまま、私は淡々と叫ぶ。
「……緑谷くんを戦闘不能と判断! 塚内さん、二回戦進出!」
ミッドナイトが、高らかに宣言する。
「二回戦進出、塚内空ー! IYAHA! 初戦にしちゃよくわからん戦いだったが! とりあえず両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!」
よくわからん戦い、とプレゼントマイクは言ったけれど。
デク君は既に疲労困憊、全力で呼吸を整えている状態だ。
「デク君」
「……なぁ、に……つか、うち、さん……」
「貴方の優しさを利用させてもらいました。すみません」
デクくんは、首をゆっくりと左右に振る。
「一番を目指す……って、そういう、こと……だから……」
彼は必死に、笑みを見せようとしてくれている。
一番なんてどうでもいいという言葉は、流石に言えなかった。
* * *
トーナメントの進行は、ほぼ原作通りだった。
轟 焦凍 vs 瀬呂範太、轟が氷漬けで圧勝。
上鳴電気 vs 塩崎 茨、「多分この勝負一瞬で終わっから」で瞬殺、塩崎圧勝。
飯田天哉 vs 骨抜柔造、骨抜の地形変化を丸ごと無視した飯田が速攻を決めて勝利。
芦戸三奈 vs 泡瀬洋雪、地力の差で芦戸が瞬殺気味に圧勝。
常闇踏陰 vs 八百万百、八百万に何もさせず常闇勝利。
鉄哲徹鐵 vs 切島鋭児郎、両者引き分け後の腕相撲により切島勝利。
麗日お茶子 vs 爆豪勝己、爆豪を追い詰めきれず麗日の体力枯渇、爆豪勝利。
* * *
「負けてしまった」
あっけらかんと、控え室でお茶子ちゃんが笑っている。
「お茶子ちゃん……」
「最後、行けると思って調子乗ってしまったよ、くっそー……」
そんなお茶子ちゃんに寄り添い、私はそっと抱きしめる。
「いやぁー、やっぱ強いねぇ、爆豪くんは!」
「うん」
「完膚なかったよ、もっと頑張らんといかんな私も!」
「うん」
「大丈夫! 意外と大丈夫!」
「うん」
お茶子ちゃんの瞳に、涙が浮かんでいる。
私は、より強く彼女を抱きしめる。
「麗日建設は、もう安泰のはず。なのに、お茶子ちゃんはヒーローになろうとしてる……優しいね、お茶子ちゃん」
お茶子ちゃんは、私の胸に顔を突っ込んで、大声で泣き始めた。
だから私は、彼女の頭を優しく撫でながら、そっと誓う。
「私も、頑張るから。見ててね、お茶子ちゃん」
「……う"ん"」
* * *
塚内空が控え室から出た時、廊下の脇からエンデヴァーが出てくるところだった。
「お久しぶりです。エンデヴァーさん」
「……言われてみれば、いつか見た顔だ」
エンデヴァーのすげない答えに、塚内空の眉間に皺が寄った。
だがそんな事は構わないとばかりに、エンデヴァーが語る。
「君の活躍、見せてもらった。雄英に問い合わせてしまったが、君は無個性のようだね」
「……発現の可能性はあるので、役所には『無し』と提出しています」
15歳にもなって未発現は、一般的にはありえない。
常識で語るのであれば、塚内空は確率ゼロ%にすがりつく愚者でしかない。
ゆえに、エンデヴァーはつける薬はないとばかりに、首を左右に振った。
「ウチの
「……そうですか」
この時、エンデヴァーは気づけなかった。
塚内空を罵倒し、否定するということ。
それが彼女にどのような変化をもたらすのか、わかるわけもなかった。
「言いたいのはそれだけだ。直前に失礼した」
「
塚内空は姿勢を正し、両肘をあげたまま両手を胸に当て、にこりと微笑んだ。
しかしエンデヴァーは何事かわからず、首を傾げながら去って行った。
エンデヴァーは、塚内空の決して入れてはいけないスイッチを入れてしまった。
彼女が必死に誤魔化していた絶望と悪意が鎌首をもたげ、個性『否定』は沢山の栄養を得た。
* * *
「あの氷結、
観客席に座ったお茶子は、思わず呟いた。
丁度そのタイミングで、プレゼントマイクが叫ぶ。
「今回の体育祭、両者トップクラスの成績! まさしく両雄並び立ち、今!」
「来たな……」
炎を使わず、クソ親父を完全否定した上で勝つ。
そんな感情に支配されている轟焦凍は、
だが、相手の塚内空は、頭の中で音楽でも流しているのか。
ご機嫌な様子で、こちらを見てすらいない。*4
(どちらにせよ、開始と同時に氷結で終わりだ)
轟焦凍は、内心鼻で笑った。
「
実況がそう叫び、轟焦凍が構えたその瞬間だった。
遅れてやってきた、デートの待ち合わせ相手。
遅刻した彼氏と出会えた喜びに、無邪気に微笑んだ彼女。
観客全員がそう錯覚するほどに、空気が塗り変わった。
待ち合わせ相手の彼氏に対して、恋人の彼女が近づいて話しかける。
そんなノリで、塚内空は轟焦凍に軽く手を振って話しかけた。
「あっ、
「……は?
怪訝そうな顔で、轟焦凍は
「ううん、『夏くんと冬美ちゃんは別』。『
轟焦凍は、激しく動揺した。
夏兄のことを夏くんと呼ぶ人間は、一人しか心当たりが無い。
原作のホークスが、最終決戦において「聞いちゃ駄目ですからねエンデヴァーさん!」と忠告したそれ。AFOの血筋たる証明とも言える『口撃』が、轟焦凍の思考を
思わず、塚内空の言葉を聞く意識になってしまった轟焦凍。
そんな状態でも、塚内空の腕が動いていたのであれば、まだ対応できただろう。
彼の視界と意識の外、完全な死角となる真下から、円の軌道を描く蹴りが顎先をかすめた。*5
「『フラフラ中途半端だと、何者にもなれない』……以上、伝言でした」
轟焦凍の脳が揺らされ、意識が揺らされ、五感が揺らされた。
塚内空の言葉と笑顔が、ぐにゃぐにゃになっていく。
その時、既に塚内空は勁を練り終えていた。
踏み込みと共に、彼女の右腕が轟焦凍の胸に添えられる。
下半身の力と地面の反発力が、全力で轟焦凍の胸に叩き込まれた。*6
真横に5m以上。
正確な距離は不明だが、その一撃で轟焦凍は空間を強制的に横移動し、場外に吹き飛んだ。
そして場外で倒れたまま、彼は動かなくなった。
「轟くん……場外。塚内さん、三回戦進出!」
ミッドナイトが、冷静に宣言する。
呆然とする観客達を尻目に、塚内空はどうでもいいとばかりに退場していった。
* * *
塩崎 茨 vs 飯田天哉、レシプロバーストで塩崎の背を取り飯田の場外勝ち。
芦戸三奈 vs 常闇踏陰、芦戸は常闇の超攻撃になすすべなく、常闇圧勝。
切島鋭児郎 vs 爆豪勝己、エゲツない絨毯爆撃で爆豪の勝利。
* * *
「準決! サクサク行くぜ!
プレゼントマイクの実況を背景に、二人が舞台で向かい合う。
過去二戦との違いが塚内空にあるとすれば、構えのようなものを取っていたことだろうか。
両腕をだらりと下げたまま、両手の掌を水平にし、内側に向けている。
少しだけ身体を斜めにすることで、正中線を相手に見せない姿勢。
……そもそも、彼女の目が違った。
緑谷戦の笑みでも、轟戦の笑みでもない。
中学からの馴染みたる友人であろうと、関係無く戦うという強い意志の瞳。
「スタート!」
飯田は飯田なりに、塚内空の戦いを分析していた。
彼女に何かをさせてはいけない。
あるいは、彼女が何かをしても応じてはいけない。
先手必勝、問答無用のレシプロバースト。
骨抜柔造に勝ったように、塩崎茨に勝ったように。
同じように淡々と、塚内空と戦うだけの話だ。
一点だけ問題があったとすれば、飯田天哉の意念と起こりが隠されていなかった事か。
どのタイミングで、どれぐらいの速さで、どういった軌道で蹴りを放つのか。
レシプロバースト発動前の段階で、その全てを塚内空に完璧に読まれていた。
塚内空が両手を下げていた理由は二つ。
強い衝撃に耐えることができる身体構造を伴った姿勢であること。
そして、上半身や顔を蹴りたくなるような、着弾点の心理的誘導行為。
相対した時点から、もう戦いは始まっているのだ。
「決める!」
レシプロバースト発動。
いわゆる左のジャンプ回し蹴りが、超高速で放たれた。
強烈な蹴りが、最大威力を発揮する距離で塚内空に命中しようとした、まさにその瞬間。
ほんの半歩。
0.2秒以下の攻防。
間合いをずらして蹴りの内側に入り込んだ塚内空の肩が、纏絲勁を伴って飯田天哉の腹部に命中した。*7
レシプロバーストを伴った蹴りの全ての運動エネルギーが塚内空の身体を経由して地面に跳ね返され、螺旋の勁というオマケを増幅され、塚内空の肩経由で飯田天哉の腹部に流し込まれた。
八極拳の鉄山靠が有名だが、肩による攻撃は
飯田天哉は激しく吹き飛び、舞台上を何度もバウンドし、かなりの距離をゴロゴロ転がり、場外に落ちてようやく動きが止まった。
だがレシプロバーストの威力が強すぎた為に、そこで終わらなかった。
「カハァッ!」
血の混ざった胃液と、未消化の昼食の欠片が飯田天哉の口から飛び出た。
その身体は痙攣し、何度もむせながら唾と胃液を吐き続ける。
「飯田場外! 塚内、決勝進出だ!」
プレゼントマイクがそう実況する中、塚内空は飯田天哉の所へ走って行った。
セメントスは、飯田を輸送する担架を要請している。
倒れて動けない飯田天哉の腹に、塚内空が手の平を添える。
飯田天哉は、彼女の手が異常に温かいと感じた。
「今、飯田くんの乱れた気血を治しています。未熟な措置ですが、やらないよりはマシです」
「くっ……兄さん……」
飯田天哉のその言葉に、塚内空の表情が曇った。
何故なら今頃、彼の兄・インゲニウムは大怪我を負っているからだ。
そして、インゲニウムを助けられるほどに、塚内空の腕は長くなかった。
半径3m以内にいる飯田天哉に、応急措置をするのが精一杯だった。
* * *
《こちら保須警察署、至急応援頼む!》
東京都保須市。
血塗れとなったインゲニウムの手から、弟へ連絡を取ろうとするケータイが零れ落ちた。
「名声……金……どいつもこいつもヒーロー名乗りやがって……ハァ」
インゲニウムの姿を鼻で笑うように、鼻の無い男は苛立ちを吐き出す。
「ハァ……てめェらはヒーローなんかじゃねぇ」
S.T.A.I.N.ことステインは、ボロボロの日本刀を舐めながら断言した。
「俺を殺っていいのは、ハァ~……オールマイトと塚内空だけ*8だ」
《ヒーロー殺しが現れた!》
パトカーのサイレンが鳴り響く中、ステインは悦に浸りながらその場を離れた。