【アンダーエスティメイト】《underestimate》
過小評価する、見くびる。
(能力や危険性を)実際より低く見積もること。
* * *
『ランチラッシュのメシ処』。
静かに雨が降る音が、耳に心地よい。
食堂内に設置されているテレビが、三日前の雄英体育祭について触れていた。
私は紅鮭納豆定食を食べながら、ぼんやりと映像を眺める。
休日明けの登校直後、私は職員室に呼ばれた。
そこで、爆豪君の
結論からいえば、爆豪君はお咎め無し。
攻撃に関しては、轟君のように『相手が死なないように気をつけている』から問題無し。
暴言に関しては、以下のような説明を受けた。
「爆豪は誰よりもトップヒーローを追い求め、もがいている。そんな彼の、理想の強さに起因した発言だと我々教師陣は解釈している」
原作での爆豪拉致事件に対する記者会見と、ほぼ同じ台詞を相澤先生に言われてしまった。
つまり『ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ』ということ。
そもそも、原作初期の段階で無個性は徹底的に否定されまくってる。
暴言関連も、余裕でスルーされまくってる。
・無個性の緑谷を馬鹿にする爆豪を、生徒も教師も止めない
・無個性のヒーローをオールマイトは「現実を見よう」と否定している
・無個性で馬鹿にされてきた緑谷の告白をオールマイトはスルーした
・爆豪を助けた無個性の緑谷の方がヒーローに怒られた
・緑谷に助けられた爆豪の方が称賛されて事務所に勧誘までされた
・「どんな汚え手使やぁ、無個性が受かるんだ、あ!?」
・「ごめんねぇ出久、ごめんね……!」と母親が泣いて謝罪するレベル
・USJ行きのバス車内、爆豪の暴言を生徒全員が『イジり』で流している
・拉致事件時、記者達は爆豪のヘドロ事件対応への評価がやたら高い
「あの『マウントポジション』、だったかしら。爆豪くんはすぐに脱出すると思ってたの。こう言ってはなんだけれど、女の子一人ぐらいなら、男の子は余裕で持ち上げることができちゃうでしょう? だから、仮に数発彼を殴ったとして、それでも彼が脱出できないと判断できたらそこで止めて、塚内さんの勝利を宣言したと思うわ」
ミッドナイトからは、わかりやすく殴っていればそこで優勝だったと言われた。
脱出しようとした爆豪君の動きを全部潰したのは、伝わっていなかった模様。
この辺りは、格闘技や武術関係が壊滅的になってしまった弊害なんじゃないかと思う。
顔面を殴って気絶させる、というのは実際には難易度が高い。
運が良ければ気絶して、運が悪いと死ぬ。
原作で良く見る首トンも、実際には下手すれば死ぬ超危険技でしかない。
……ともあれ、前世の兄なら呆れ顔で私にこう言っただろう。
「なんでマキマしちゃったの?」
すいませんごめんなさい!
チェンソーマンのマキマ台詞を言えるシチュなのでつい言ってしまったんです!
ほ、ほら、身長同じですし! 声も似てるし! み、三つ編みも合わせてるし!
ちょっと髪と目と顔が似てないだけで!
じ、じにんまきま?
あんぎゃー!(真顔で食事をしながら、内心でゴロゴロ床を転がり続ける塚内空)
* * *
【昼の報道番組『情報ライブ・ミヤギ屋』特集コーナー】
【特集】 「雄英体育祭」が投げかけた波紋
【出演者】
・MC:
・格闘技マニア:
・社会心理学者:
【テロップ:爆豪選手の暴言と差別発言について】
宮城大角(片角アナウンサー):
「さて、今年の雄英体育祭は稀に見る激戦でしたが、一方で視聴者からは『生徒の暴言が酷すぎるのではないか』という声が多数寄せられています。
特に優勝した爆豪勝己選手の『無個性の出来損ない』『死ね』といった発言。これについて、どう思われますか?」
社会心理学者(コメンテーター):
「ええ、確かに言葉は乱暴でしたね。ただ、彼らの置かれた状況を考えてみてください。
彼らはトップを目指して極限状態で戦っています。
興奮状態における強い言葉は、ある種のアドレナリンの産物です。
それに……言い方は悪いですが、無個性の人間が、個性持ちと同じ土俵に立つことの危険性を、彼は彼なりの言葉で警告したとも取れます。
雄英側がそれを咎めなかったのも、現実という名のリスクを直視させる教育の一環だったのではないでしょうか?」
格闘技マニア(コメンテーター):
「その通り、ヒーローは綺麗事では務まりません!*1
ヴィランは『死ね』と言って殺しに来ます。
爆豪選手の闘争心こそが、未来のトップヒーローには必要なのです!」
宮城大角(片角アナウンサー):
「なるほど。暴言ではなく、覚悟の表れと見る向きもあるわけですね。
誰よりもトップヒーローを追い求め、もがいている。そんな彼の理想の強さに起因した発言ということでしょうか」
【テロップ:決勝戦の判定とマウントポジション】
宮城大角(片角アナウンサー):
「次に、決勝戦の判定です。塚内選手が爆豪選手を完全に抑え込んだ……いわゆる『マウントポジション』を取った後、審判のミッドナイト先生はしばらく試合を止めませんでした。
ネット上では『なぜすぐに止めなかったのか』という批判もありますが」
格闘技マニア(コメンテーター):
「素人には分かりにくいですが、あれはまだ終わってません。マウントを取られたから負けではないんです。下になった側は、ブリッジやエビ反りで脱出するチャンスがあるんです。
審判はそれを見極めていたんです。爆豪選手が反撃する余地があると判断したからこそ、続行させた。格闘技を知らない連中が、騒いでいるだけです」
社会心理学者(コメンテーター):
「塚内選手の行動にも疑問が残ります。
優位に立った後、彼女は相手を挑発するような行動を取りました。
あれは『無個性である自分が、強力な個性持ちを見下す』という歪んだ優越感の発露に見えました。審判が介入を躊躇ったのは、彼女の異常性を見極めるためだったのかもしれません」
【テロップ:最後の反則負けについて】
宮城大角(片角アナウンサー):
「そして、勝敗を決した最後の瞬間です。
(塚内選手が、爆豪選手の額と顎に手を添える映像が映る)
塚内選手は爆豪選手の額と顎に手を添えていますが……これは首を絞めようとしたのでしょうか?」
格闘技マニア(コメンテーター):
「これは絞め技ではなく首折りの予備動作です。公開処刑ですよ!
首の限界を超えて捻ると、血流や呼吸が遮断されます。
首の頸椎が折れ、血管や気道を損傷すれば救命措置はほぼ不可能、そのまま死んでいました!」
宮城大角(片角アナウンサー):
「なるほど……あの一見静かな動作に、そこまでの危険が秘められていたのですね」
社会心理学者(コメンテーター):
「……彼女は無個性ゆえに、正攻法では勝てないと悟っていたのでしょう。
個性を持たない者が、無理をして強者と同じ土俵に上がろうとすると、どうしても手段が過激にならざるを得ない。今回の件は、無個性の人間に過度な夢を見させることの弊害が露呈したと言えるのではないでしょうか?
彼女のためにも、文部科学省は個性禁止の体力テストを廃止すべきだと思います」
宮城大角(片角アナウンサー):
「自然災害、大事故、身勝手な
世界は理不尽にまみれています。そういう理不尽を覆していくのがヒーローということなのでしょうか。『情報ライブ・ミヤギ屋』、チャンネルはそのまま」
* * *
最後の首折りなんですが、半裸ショックによる出来心でした。
なんか素で「殺すか……」と思ってしまいました。
私はヒーローになれそうもないですね(述懐する雄英ヒーロー科生徒)。
この社会心理学者の人は、絶対中立じゃないとは思う。
とはいえ、コメンテーターが印象操作をするまでもなく、この世界は無個性にとって元々生きづらい。トガヒミコちゃんとは、また違うベクトルで生きづらい。
『現実をわかっていたからこそ、必死こいて現実を見ないように努力した』。
原作一話における、デク君の台詞。
ヒーローに憧れていたデク君が身体を鍛えなかった、真の理由だと思う。
幾ら身体を鍛えても、自身が無個性だという現実から逃れることはできない。
……問題は、無個性でも身体を鍛えるとキチンと結果が出てしまう世界だったこと。
レベルキャップ仮説で言えば最大レベルが40か50かという差でしかなく、そして普通の人は最大レベルまであげたりしないから違いがわからない。
結論から言うと、身体を鍛えた方が生きやすかったはずのデク君でした。
今でこそ私は個性『否定』があるけれど、無くても割となんとかなってた気はする。
わかりやすい意味でのヒーローになるのを諦める必要はあるけれど、
(発目さんは個性的にスナイパーしてたらヤバかったと思う)
経営科でお金や事務処理のフォローをするのも、立派にヒーローだよね。
例えば、
ただでさえ女性プロヒーローは晩婚化が進んでいるわけで、そんな女性プロヒーローを経営的に救済すれば結婚のチャンスだってある。
峰田君は、ヒーロー科より経営科の方が性癖を満たせたのではとも思う。
格好良さより甲斐性の方が優先される世界の現実に、早く気づいて欲しい。
それはそれとして、雄英体育祭で個性『否定』が栄養を得たせいか、OFAの精神世界の景色に似た夢を見てしまった。
わたモテのもこっち(黒木智子/私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!)っぽい目をした、長髪もこもこワカメ系の女の子が、精神世界に置かれた部屋の隅っこで膝を抱えてニチャリと笑ってる。
……JOJOのスタンドみたく、外に出てきたりはしないよね?
クロスオーバータグがつかないように気をつけてくださいとしか言い様がない。
そんな事を考えながら、食事を終えた時。
宮城大角アナウンサーが、テレビの向こうで慌てて原稿を読み上げ始めた。
「――速報です。一般市民撮影の投稿動画より、神出鬼没の『ヒーロー殺し』こと
画面が切り替わり、路地裏の映像。
明らかに人を斬った後、返り血で真っ赤に染まったステインが映っている。
モザイクがかかって良く見えないのは、斬られて地面に倒れ伏したインゲニウムだろうか。
「お前等は気づきもしない。偽善と虚栄で覆われた……ハァ……歪な社会」
……ちょっと待って。
「
スタンダール仮面の方が、デザイン良かったのに。
「てめェらはヒーローなんかじゃねぇ……俺を殺っていいのは、ハァ~……オールマイトと、塚内空だけだ」
味噌汁を飲んでいなくて良かったと、私は心の底から感謝した。
飲み物を口に含んでいたら絶対に噴いた自信がある。
「……なして、
隣りで一緒に昼食を食べていたお茶子ちゃんが、小首を傾げている。
「私が聞きたいぐらいなんだけど……」
チラリ、と飯田君を見る。
彼はさわやかな笑顔で、こう答えた。
「兄の件なら、心配ご無用だ。要らぬ心労をかけてすまなかったな」
「うん、わかった。……焦らないでね、飯田くん」
実際の彼が、内心で怒り狂っているのは知っている。
そして彼は、原作同様に暴走してしまうのだろう。
それにしても。
……なんで私の名前が出てくるの!?
* * *
雄英体育祭の件でざわついていた教室内も、相澤先生の入室と共に静まりかえる。
右目の下に傷跡はなく、髪も髭も整えられていて、ピシッと決まったスーツ姿。
夢女子の希望が詰まった姿と言い換えてもいい。
どうでもいい話だけど、腐女子と夢女子は全然違うので注意です。
・腐女子……作中男性キャラ同士のカップリングを楽しむ。必ずしもSEXの必要は無く、関係性さえあれば成立する。掛け算の前後が重要であり、そこを間違えると戦争になる。
・夢女子……作中キャラと自分(または自己投影キャラ)のカップリングに浸る。同担拒否を宣言する厄介な夢女子も時々いる。
・同担拒否……作中の該当キャラと恋人同士なのは自分だけであり、他の女が該当キャラと付き合うのは許されないという思想。好きなキャラが被った瞬間に同担拒否民は戦争になる。
本当にどうでもいい話だった。
「今日のヒーロー情報学は、ちょっと特別だ。『コードネーム』、ヒーロー名の考案だ」
「「「胸ふくらむヤツきたああああ!」」」
クラスの大半が、歓声をあげる。
「というのも、プロからのドラフト指名に関係してくる」
淡々と、相澤先生が説明していく。
「これを踏まえ……指名の有無関係無く、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前等は一足先に経験してしまったが、プロの活躍を実際に体験して、より実りある訓練をしようってこった」
「それでヒーロー名か!」
……砂藤不在タグじゃなくて良かったね、砂藤君。
「まァ仮ではあるが、適当なもんは……」
「付けたら地獄を見ちゃうよ!」
(謎のカメラアングル:ミッドナイトのお尻のどアップ。尻や太股の服の皺が、妙に気合いの入った描写になっている。お尻の横に、1-Aクラス一同が見える。彼女の巨乳のアップ、三段ぶち抜き登場)
確か原作では『寺沢武一アングル』で、尻と胸のアップで三段ぶち抜き登場していた。
そんなミッドナイト先生が、唐突に登場する。
……先生、もう31歳ですよね? 婚期やばくないですか?
「この時の名が世に認知されて、そのままプロ名になってる人、多いからね!」
「「ミッドナイト!」」
18禁ヒーロー・ミッドナイト。
多分、峰田君のおかずになってるやつ。
(※
「将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ」
相澤先生とミッドナイトの説明を受けながら、皆で考えたヒーロー名が発表されていく。
原作通りに、爆豪君だけ過激すぎて却下されている。
私は、以前から使ってるアレでいいかと、思考を放棄した。
「
「麻雀みてえ!」
私は苦笑しながら説明する。
「自分の手が届く範囲を守るヒーロー、という意味です」
「堅実だね」
一応の区切りとしての最後、デク君がヒーロー名を発表した。
「えぇ緑谷、いいのかそれェ!?」
「うん。今まで好きじゃなかった……けどある人に意味を変えられて、僕には結構な衝撃で……嬉しかったんだ」
デク君が掲げている紙には『デク』と書かれている。
「これが僕のヒーロー名です」
自信ありげに答えるデク君。
私とお茶子ちゃんは、にこりと笑い。
爆豪君は、凄い目でデク君を睨みつけていた。
* * *
「職場体験は一週間。肝心の職場だが――」
ヒーロー名を決めた後、相澤先生が職場体験について説明していく。
ミッドナイトは相澤先生の隣でアイマスクを外して伸びをしたりしているが、彼女が伸びをすると巨乳が強調されるので単純にえっちです。
むしろ、見せつけた巨乳につい意識が飛んでしまう生徒達の視線を堪能しているフシすらある。
……男子生徒だけじゃなくて、女子だって視線いっちゃいますよ、そんな姿。
「それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ」
お茶子ちゃんは、原作通りにガンヘッド事務所へと行く予定。
雄英体育祭の爆豪戦で、色々と思うところがあった模様。
提出期限は今週末。今日が水曜で、木金の二日間しかない。
職場体験自体は来週(五月第三週)の水曜が移動日で、木曜日が一日目、そこから一週間。
九州へ移動する生徒もいる以上、そんな感じのスケジュールになる。
ステインとの遭遇は、職場体験三日目の夕方五時以降。
計算上、土曜日の東京都保須市に確定出現し、デク君達が遭遇することになる。
実を言うとこの時、私は飯田君のフォローに回ろうかと考えていた。
ノーマルヒーロー・マニュアルの職場体験に飯田君と一緒に行き、ステインと出会う。
そして、飯田君が左腕の
原作の飯田君は「俺が本当のヒーローになれるまで、この左手は残そうと思う」などと語っていたけれど、
いくら治療技術が進んだ個性社会とはいえ、流石に怪我の放置はダメです。
* * *
放課後、お茶子ちゃんと一緒に帰宅しようとしたら、校門でマスコミに捕まってしまった。
大勢のマスコミから突然マイクとカメラを向けられて、げんなりする。
「塚内さん、ステイン容疑者は自分を殺して良い人物として、あなたの名前を挙げました。ネット上では、あなたが著した『聖なるゴミ』が彼に影響を与えたのではないかと噂されています。あなたは、テロリストの思想的指導者なのですか!?」
「以前にステイン容疑者と接触したことは? 彼があなたを認める内容の発言をしたのは、特別な関係があるからでは? 実は裏で繋がっているんじゃないですか!?」
「大量殺人鬼に『殺っていい』と認められるなんて、あなた自身も人殺しなのではないですか? 体育祭でも対戦相手を殺そうとしましたよね? やはり無個性のあなたがヒーローを目指すのは間違いなのでは?」
彼らの質問内容にも、本気でげんなりした。
もうちょっとまともな質問をください。
「……私の著書は、ヒーロー社会の構造的欠陥を社会学的に分析したものです。それをどう解釈し、行動に移すかは読者の自由であり、著者が責任を負うものではありません。ニーチェを読んだ人間が犯罪を犯したとして、ニーチェが罪に問われますか? それとも、人が死ぬサスペンスドラマを見たら貴方は人を殺すのですか? 彼が私をどう評価しようと勝手ですが、私が彼を肯定したことは一度もありません」
* * *
私の精神的疲労が凄かったのを見て、お茶子ちゃんは今日も私が家事をすると張り切っていた。
お茶子ちゃん的には、家賃も光熱費も水道費も食費も全部出してもらっているから、それぐらいは当たり前だと言う。
そんなの気にしなくていいと思ったけれど、メンタルにきてるのも事実なので、素直に甘えた。
ソファに転がって、だらりとしながら今後の事を考える。
仮に飯田君のフォローのためにノーマルヒーロー・マニュアルの所に行ったとして。
彼の怪我を無事に防げたとして、それでどうなるだろうかと脳内シミュレーションをする。
……確か、緑谷・飯田・轟の三人がステインを確保。
三人は怪我までしたけど、個性使用の関係で何も無かったことになった。
全てはエンデヴァーの功績ということになったはず。
待って。
『エンデヴァーの功績』?
脳無に軽い炎ダメージを与えただけの、あのゴミクズの功績?
『君との試合で得られるものは何もなさそうだ……みっともない試合となる前に、棄権をオススメする』。雄英体育祭の時の、彼のクソ台詞を思い出した。
いやー、無いかな。ないわー。ないない。
前世の兄に、自認マキマと指をさして笑われようが!
エンデヴァーに功績を渡すぐらいなら、ザ・スカイクロウラーの功績にします!
「よし、決めた」
「うん? どうしたの、空ちゃん」
「職場体験、ザ・スカイクロウラー事務所にしようかと思って」
決意を秘めた私に対して、料理中のお茶子ちゃんは怪訝そうな顔を見せた。
「……むしろ、そこ以外のどこに行くつもりだったん?」
「えっ、なんで?」
「なんでって……空ちゃん、ザ・スカイクロウラー事務所の偉い人なんでしょ?」
そうですね。
親会社・株式会社オールライトHD(非上場のプライベートカンパニー)の取締役ですね。
持ち株比率は私が100%なので、定時株主総会は「みなし決議(会社法319条)」で終わり。
代表取締役である真さんが提案書を作成して、全株主である私が「同意する」と書面にサインして終了。
印鑑登録が可能となった今は、親権者の同意書や真さんの代理が必要だった行為すら全て不要。
民法上、未成年者の財産管理権は親権者(塚内直正)にあるから、持ち株に関しては完全に私のものではないのだけれど、お父さんは「ハンコが必要ならいつでも押すよ」と笑顔で言ってくれるスタンスだから、私は株主権を行使していつでも会社を動かせる立場にある。
むしろ株式会社オールライトHD(親会社)がザ・スカイクロウラー事務所(子会社)に対して、私に職場体験のオファーを出せと命じることが出来ちゃう立場でした。
うーん、これでノーマルヒーロー・マニュアルの所に行ってたら、逆に会社の皆が不安になってたかも。ちょっぴり反省。
* * *
職場体験、移動日当日。
「コスチューム持ったな! くれぐれも失礼のないように、じゃあ行け!」
相澤先生の見送りと共に、皆で駅まで来ていた。
無言で考え続けている飯田君に、デク君が声をかけている。
「飯田くん。本当にどうしようもなくなったら、言ってね。友達だろ?」
「……ああ」
飯田君は、翳りのある笑みで答える。
笑顔ではある……が、目が笑っていない。
だから私は、こう声をかけた。
「じゃあね、飯田くん。また今度」
西東京の保須市で、再会しましょう。
私は立ち去る飯田君に、軽く手を振った。
さて、神出鬼没の『ヒーロー殺し』こと、
何故私の名前を出したのかは知らないけれど、もういいです。忘れます。
RTA、というわけではないのだけれど。
恐らくは結果として、それぐらいの速度になる。
“迷わない男”コンパス・キッドがザ・スカイクロウラー事務所にサイドキックとして所属している時点で、あなたの詰みです、ステイン。
デク君のフルカウル5%は、グラントリノが教えてくれるから問題無い。
飯田君がインゲニウムを継ぐ覚悟をするかどうかは……サイドキックがもうバラけてるんだから、現実を見なさい。
そんな事を考えながら、私は新幹線のグリーン席で悠々と脚を伸ばして仮眠をとった。