【キープ・オフ】《keep off》
立ち入り禁止。
大切な人ほど、遠ざけなければならない。
* * *
神奈川県横浜市神野区にある、隠れ家的なバー。
カウンター席に座っている
リュミエール・ノワールが座っている席の真横のカウンタースペースには、一台のモニタが無造作に置かれていた。
「なるほどなァ……おまえたちが雄英襲撃犯……その一団に、俺も加われと」
「ああ。頼むよ、悪党の大先輩」
友人に話すような気の抜けた姿勢に、気の抜けた声。
原作では、ステイン事件後にやってきた荼毘に対して『礼儀知らず』と死柄木弔は言っていたが、その『礼儀知らず』をステインに対して実行してしまっていた。
USJ襲撃後、死柄木弔は雄英教師陣に『子ども大人』と分析されていたが、まさしく『子ども大人』そのものだった。
ステインは落胆を隠さず、淡々と尋ねる。
「……目的は何だ?」
「とりあえずは、オールマイトをブッ殺したい。気に入らないものは全部壊したいな。こういうクソ餓鬼とかもさ……全部」
そう言いながら、死柄木弔は雄英体育祭の録画から印刷した写真を数枚、ステインに見せた。
それらの写真には
「興味を持った俺が浅はかだった……お前は、ハァ……俺が最も嫌悪する人種だ」
「はぁ?」
唐突にディスられ、死柄木弔は怪訝そうな声をあげた。
「同じ子供でも、塚内空とは大違いだ。信念なき殺意に何の意義がある」
もういい、殺す。
ステインは腰に佩いていた軍用タクティカルナイフ二本を、両手にすらりと抜いた。
タクティカルナイフの背についているギザギザを見ると、ゲーマーは「ソードブレイカーだ!」と興奮してしまいがちだが実は全然違う。
ナイフの背にあるギザギザ部分はセレーションといい、攻防時の親指の滑り止め、ロープや枝などの切断、魚の鱗取り、肉の筋切りなど様々な用途に使う。
さらに言うとステインは二刀流的に使用しているため、セレーションを親指の滑り止めに使うことが難しい。独学10年の弊害であるが、格好良いので仕方が無い。
「叔父さま……止めなくて良いのですか」
リュミエール・ノワールが、慌ててモニタに声をかける。
すると、モニタの中から落ち着き払った『叔父さま』の声が聞こえてきた。
「これでいい。答えを教えるだけじゃ意味がない。至らぬ点を自身に考えさせる。成長を促す」
「……至らぬ点を、考える……」
「教育とは、そういうものだ」
とはいうものの、一触即発すぎる。
リュミエール・ノワールは、いつでも飛び出せる体勢に移行した。
* * *
雄英ヒーロー科に入学した塚内空が、職場体験としてザ・スカイクロウラー事務所に来る。
そこまではいい。何も問題はない。
どうしようもなく、寝付けなかった。
原因は単純。雄英体育祭のトーナメント決勝戦、塚内空の半裸騎乗位だ。
テレビ経由ではなく、関係者席から生で見ていた為、モザイク無しで見てしまった。
彼女は、出会った六歳の頃は年齢相応だったものの、そこからは妙に成長が早かった。
(※沢山の運動をして、沢山のプロテインを摂取していた関係)
小学校高学年の頃には既に女の色気を漂わせていたので、会話のたびにドキドキしていた。
彼女を背中に乗せて空を飛んだ時は、正直勃起しそうでヤバかった。
彼女は中学生になってさらに背が伸び、いつの間にか自分と変わらない身長になっていた。
思えば既に女子高生、年が経つのは早いものである。
大人の女性の魅力やフェロモンを漂わせはじめているから、会う度に般若心経が上達していく。
灰廻航一172cm、塚内空169cm。
ここで奇跡の偶然が起きていた。
実は対戦相手の爆豪勝己も172cmで、灰廻航一と同じ身長だったのだ。
「あー、俺と同じ位の身長だな」と爆豪に対して感じていたその時、例の半裸騎乗位事件が発生してしまった。
彼女の半裸騎乗位姿が、どうにも脳内から抜けてくれない。
なんだかんだで航一も男、ヤラハタ童貞を三年過ぎてしまった。
流石のぽややん男も、恋愛以前に性欲処理を意識せざるを得ない年頃だ。
(本来はもっと早期に男は猿化するが、本人の性格的にここまで遅れてしまった)
チームIDATENのサイドキック時代は、周囲の人数が多すぎるからまだ誤魔化せた。
しかし今は、意図したわけではないが少数精鋭となっているから異性が身近過ぎる。
下乳・へそ・腰・鼠径部ラインが丸見えの服が通常運転のバブルガールが一番やばい。
アレは多分押し倒して欲しいんだと思う(※猿化した男性の通常思考)。
深夜おねむは19歳となったが、147cmのままなのでなんだかいけない気分になる。
彼女はいつも脚のラインを見せているので、本当にやばい。
アレは多分押し倒して欲しいんだと思う(※猿化した男性の以下略)。
エニグマこと、
体型こそつるぺたストンで恋愛にも無頓着だが、彼女の三つ編みは塚内空を想起させる。
彼女の巨大化の個性絡みで平然と頭に乗ったりしてたけど、三つ編みを意識してヤバイ。
灰廻航一、この時23歳。塚内空、15歳。
19歳と11歳だと犯罪だが、23歳と15歳ならセーフなのではないだろうか。(※アウト)
ベッドの上に寝転がるだけで、頭が勝手に色々なものを想像してしまう。
自分の上に騎乗位で跨がる塚内空を幻視してしまい、航一はもう駄目だと感じた。
起きてから夢精で汚れたパンツを洗うか、寝る前にティッシュにぶちまけるかの二択だった。
* * *
「何を成し遂げるにも、信念……思いが
ステインは二本のナイフを突き立てたまま、淡々と告げる。
ただ、原作とは少し違う情景が展開されていた。
床に押し倒された死柄木弔の右肩に、ステインの左手のナイフが刺さっている所までは同じ。
死柄木弔を庇うように覆い被さった、リュミエール・ノワールの右肩の後ろにステインの右手のナイフが突き刺さっていた。
死柄木弔が襲われた瞬間に、ステインの背後を右からぐるりと回り込んだリュミエール・ノワールが、文字通り盾となって死柄木弔を庇ったのだ。
「ハッハハハ……! いってえええ、強すぎだろ。黒霧、こいつ帰せ、早くしろ!」
「身体が動かない……! おそらく、ヒーロー殺しの個性」
黒霧がカウンターに突っ伏しながら分析する。
ステインは、冷たい目で
「
ステインはそのまま、リュミエール・ノワールの右肩に突き刺したナイフを動かし、彼の殺害を開始した。
死柄木弔の右肩にもナイフが刺さったままだったが、彼は自分に覆い被さった友人の右肩に刺さっていたナイフを素手で掴む方を優先した。
「ちょっと待て待て……ノワールは、駄目だ」
死柄木弔は、ナイフを崩壊させながらステインを睨みつける。
「殺すぞ」
崩壊し、砂と化したナイフが周辺に散らばっていく。
リュミエール・ノワールは激痛に襲われているはずだが、その顔はむしろ安堵している。
死柄木弔の左手が、心配そうにリュミエール・ノワールの頬に触れる。
親指から中指までをピンと立て、小指と薬指の二本のみで、慎重に彼の頬をゆっくりと撫でていく。
「口数が多いなァ……信念? んな仰々しいもん、ないね。強いて言えばそう、オールマイトだな」
怒りと殺意の籠もった瞳で、死柄木弔は右手でステインを掴もうとした。
「あんなゴミが祀り上げられてるこの社会を、滅茶苦茶にブッ潰したいなァとは思ってるよ!」
この手は、やばい。
そう察したステインは、すかさずバックステップで二人から離れた。
「せっかく前の傷が癒えてきたとこだったのにさ……こちとら回復キャラがいないんだよ」
倒れたリュミエール・ノワールに手を貸し、死柄木弔は彼を立たせる。
激痛に襲われているだろうに、彼は死柄木弔に対して微笑を浮かべた。
「責任とってくれんのかぁ?」
「それがお前か……」
「は?」
「お前と俺の目的は対極にあるようだ……だが」
ステインが、ニヤリと笑う。
「『
「ざけんな、帰れ、死ね」
死柄木弔は、雄英体育祭の写真を適当に崩壊させようと、一枚手に取った。
適当に選んだので、一番上に置かれていた塚内空の写真を手にすることになった。
「何が『俺を殺っていいのは、オールマイトと塚内空だけ』だ、ふざけやがって」
「……本当に知らないのか。塚内空を。世界を染めゆく
呆れたように、ステインが言い放つ。
ステインの視線の先に気づき、死柄木弔はなんとなく手にしただけの写真の人物を見る。
「なァにが塚内空だ……コイツか? 俺のことを不人気君だのなんだの言った女」
「
「お前は、ハァ……俺が最も嫌悪する人種だと言ったが、そんな事も知らずにゴミが云々語っていたのか」
リュミエール・ノワールの説明と、ステインの嘲笑。
死柄木弔の片眉が、疑問となってあがる。
「英雄の理念に奉仕するオールマイトと、先達として
ステインは、陶酔した目で語る。
「オールマイトをゴミと語るお前は、何故そう語る。その理由をキチンと説明できるのか」
「……はぁ? 何言ってんだ」
「話にならない。虚もなく実もなく、越えるべき境界もなく……ハァ。全ては混沌として混じり合いながらここに在る。俺の後ろには
黒霧が、ため息をつく。
「交渉は、失敗ですか」
「用件は済んだ。さァ、保須へ戻せ。お前達は天の裁きの
お前達には、始末する価値すらない。
勝手に野垂れ死ね。
言外にそう断言するステインに対し、黒霧は肩をすくめて保須へと戻してあげた。
「ゴミがゴミである理由……? 何言ってんだ、アイツ」
「黒霧さん。塚内空のこと、わかりますか?」
不明な事を投げ捨てようとした死柄木弔を、友人は必死にフォローした。
黒霧は、『聖なるゴミ』と題された一冊の本を取り出して、彼に手渡した。
* * *
港区六本木、マイトタワー。
身長は180cmだが、小太り体型。 個性『弾力』。
鶏肉と映画好きの、どこにでもいるような気のいいおじさんだ。
彼の名は、ヒーロー名・ビッグショット。
『ビッグショット ヒロアカ』で検索すると、エッジショットしか出てこない。
『ビッグショット ヴィジランテ』とキッチリ入力して検索しないと出てこない。
ビッグショットは、インゲニウムが大怪我を負ってお先真っ暗となったところを、深夜おねむとエニグマの紹介でザ・スカイクロウラー事務所で雇用してもらえることになった。
ザ・スカイクロウラーは確かにチームIDATENの同僚ではあったが、そもそもサイドキックが60人以上も所属していて、彼と自分では役割が全然違うため、『確かに同じ会社の同じフロアで仕事してるから同僚と言えなくもないが、挨拶が精々で接点がほぼ無く、一方的に相手が昇進していくから余計に縁の無い相手』という割と世知辛い距離感の相手でもあった。
そんなザ・スカイクロウラーも今は独立して、オールマイトが使っていたマイトタワー事務所を居抜きで使うという大胆さと成長を見せている。
なにしろ事務所に出勤する度に、オールマイトの立派で巨大な銅像を見ることになる。
しかも景色はマイトタワーの最上階、絶景の眺めだ。
一時はどうなることかと思ったが、拾い上げてくれた元同僚のためにも心機一転頑張るぞ、とビッグショットは気合いを入れていた。
そんな、オールマイト立像のあるザ・スカイクロウラー事務所の受付。
オールマイト事務所時代の制服をそのまま使用している受付の女性二人が、慌ただしく各所と連絡を取り合っていた。
オールマイトが事務所を構えていた時代ならいざ知らず、ザ・スカイクロウラーにバトンタッチしてからもうすぐ一年になろうかという頃合い。
ヒーロービルボードチャートも、去年は独立の時期が悪かったのもあって番付は今イチ。
その分、今年のザ・スカイクロウラーは破竹の勢いでランキングを駆け上っているとは聞いたが……はて、取材でも来るのだろうか?
事務所の主たるザ・スカイクロウラーは、マイトタワーで寝泊まりしている。
そしてサイドキック達の反応は、これはこれで様々だった。
まず、事務処理で事務室から出てこないサー・ナイトアイとセンチピーダー。
事務所の受付エリア、簡易的なカフェテリアにもなっているそこで優雅に紅茶を飲んでいるジェントルとラブラバ。
眺望の良いマイトタワー最上階の景色を、ソファに寝転がって堪能しているようで熟睡している深夜おねむとエニグマ。
同じ受付エリアにいるのに、緊張感のある気をつけの姿勢でずっと待機しているバブルガールとコンパス・キッド。
そういえば、昨日の打ち合わせで職場体験の女の子が来るとか、親会社の人が来るとか、なんか言っていたような……。
うっかり徹夜で映画を見てしまい、寝不足で会議を受けてしまったために記憶が薄い。
(※公式設定:ビッグショットは休日に映画を平均五本見る程の映画好き)
まぁ、職場体験だというのなら、適当に先輩風を吹かせておけば良いだろう。
ビッグショットがのんびり構えていると、丁度スーツ姿の少女が事務所の受付へとやってきた。
少女は、直立不動でカチコチに緊張しているバブルガールとコンパス・キッドに会釈をした。
「はじめまして、バブルガールさん、コンパス・キッドさん。お会いできて光栄です。職場体験で参りました、塚内空と申します。本日より一週間、よろしくお願いします」
「よっ、よろしくお願いしまひゅっ」
「こここ、こちらこそヨロシクだよ、塚内君!」
二人の異常な緊張に、ビッグショットは首を傾げた。
「職場体験の子かい?」
ビッグショットがそう尋ねた瞬間、優雅に紅茶を飲んでいたジェントルが
寝ていたはずの深夜おねむが、馬鹿を見る目でビッグショットを見はじめた。
受付の女性二人と、バブルガールと、コンパスキッドが目に見えて慌てた。
「はい。ヒーロー名ビッグショット、
職場体験の子に名刺を貰うなんて思っていなかった。
随分マセた子だな、と思いながらビッグショットは名刺をちらりと見る。
【 株式会社オールライト・ホールディングス 】
【 取締役 専務執行役員 / COO / CSO 】
【 塚内 空 】
COO(最高執行責任者 / Chief Operating Officer)=現場のトップ
CSO(最高戦略責任者 / Chief Strategy Officer)=戦略のトップ
「……取締役?」
その名刺に書かれていたのは、確か親会社の名前。
ビッグショットは口角を引き攣らせながら、改めて少女、塚内空の顔を見直した。
* * *
公務員法(副業禁止規定など)が厳密に適用されるなら、営利企業の役員兼任や、特定の企業の宣伝はアウトとなる。
だがウワバミがヘアスプレーのCMに出ていたように、ヒーロー活動以外の時間は副業が認められている。
この『ヒーローは公務員であって公務員でない』『副業も可能』というふわっふわな法律下の場合、『要は公務員という建前を守れればいい』という超解釈が実行可能になる。
「公務員だから企業の言いなりになってはいけない。ヒーローコスチュームに会社のロゴマークを入れて宣伝したり、インタビューの最中に露骨なプレゼン行為をするなど認められない」
↓↓↓
「じゃあヒーローコスチュームに会社のロゴマークを入れて宣伝したり、インタビューの最中に露骨なプレゼン行為をしなければ何やっても許されるんですね?」
↓↓↓
「提出される書類が正しければ大丈夫です(お役所仕事)」
↓↓↓
形式上「エージェンシーと専属契約を結んでいる個人事業」という立て付けにすれば、法的にクリア可能(「芸能事務所と専属契約を結んでいるタレント」と言い換えてもいい)
●オールライトHD(親会社): マネジメント、広報、経理を担当。
●ザ・スカイクロウラー事務所(子会社): ヒーロー業務に専念。
事務所のビルも、活動資金も、装備も、全部オールライトHDが提供している。
これは、オールライトHDが非上場のプライベートカンパニーだからこそ可能な荒技だ。
これが上場企業だと「利益が安定しないヒーロー事務所を抱える理由がない」と糾弾され、即刻撤退させられる。
しかしオールライトHDは上場していない。
オールライトHDは、軽く整理しただけでも建設部門(麗日建設等)、芸能・音楽部門(有名バンド『Feather Steps』等)、物流・輸送部門(分倍河原をイジメた会社を買収)、飲食部門(チェーン喫茶ジェンラバ)、医療研究部門(渡我被身子の補佐)、不動産部門(元喫茶店オーナーの会社等)、警備・セキュリティ部門(『デンパ・シャット・ダウン』など)、法務・知財管理部門(顧問契約を含む優秀な弁護士団を抱えている)という一大コングロマリットである。
株主は塚内空が100%。
代表取締役(CEO)は叔母だが、特に喧嘩することもない(ほぼ言いなり)。
「私が稼いだ金で、私が好きなヒーローを支援しているだけです。文句があるなら株を買ってから言ってください。売らないけど」
という夢女子パトロンムーブが、タチの悪いことに本人の自覚無く実行されている。
(※自認マキマと違い本気で自覚症状が無い。完全な末期)
なお麗日建設は普通にTVCMを出しているので、
貧乏時代のクセが抜けてないだけで、ちゃんとしたお金持ちなのである。
「うらら~かけんせつ~♪」と最後にコーラスで歌い上げるCMは、妙に頭に残るCM曲としてプロヒーロー・ウォッシュの歌レベルで人気がある。
麗日建設マスコット『ぶばいがわら君人形』も、沢山の種類が発売されているぐらい人気だ。
一度でも麗日建設に仕事を依頼した企業・個人が、発売されている『ぶばいがわら君人形』の既存全バージョンを何故か揃えて買っていくので売れ行きが良いらしい。
* * *
「社長……ではないか。専務って書いてあるから、専務?」
小首を傾げながら尋ねるビッグショット。
バブルガールとコンパスキッドは、あわあわしている。
塚内空は、冷静に返答する。
「ポジション的には副社長といったところです。ですが今回、私は雄英高校ヒーロー科一年A組の職場体験として来ておりますので、どうぞそのように扱ってください、ビッグショットさん」
受付から連絡を受けたサー・ナイトアイとセンチピーダーが、二人のところにやってきた。
それを見て、塚内空が会釈をする。
開口一番、サー・ナイトアイは眼鏡クイと共に挨拶をする。
「久しぶりだね、塚内……いや、ヒーローネームのリーチと呼ぶべきかな?」
「お久しぶりです、サー・ナイトアイ。オールマイトの事務処理の件、最後まで約束を守って頂いて
「目の前のたった一人を救えないのなら、ヒーローなんて名乗るな……今でもよく覚えている。こちらこそ礼を伝えたい。それより、彼が待っている。行こうじゃないか」
「……はい」
嬉しそうに、塚内空が微笑む。
年相応の笑顔に、サー・ナイトアイは苦笑した。
* * *
ザ・スカイクロウラー事務所、会議室。
そこには、久しぶりに会う
「師匠! 元気そうでなにより!」
「お久しぶりです、航一さん」
握手をしようと近づいた塚内空に、ぽややんとしていた航一だったが。
突然キリッとした真顔になり、伸ばされた握手の腕に対して突然アームロックじみたムーブに移行した。
周囲で見ていたサイドキック達は、大いに焦った。
最近そういう変な悪戯をされるようになっていたけれど、職場体験、しかも親会社の副社長にまでやるなんて!
しかし、塚内空の対応は冷静だった。
腕関節を極められ、身体を捻られて床に倒れるはずだった塚内空の身体が全体的に∞の字を描くように動いたと思ったら、いつの間にか彼女の右腕が航一の首に絡みついていて、優しくゆっくり、航一の方が床に転がされたのだ。
武術的に説明すると、螺旋の力を覚え始めて、他人に試しまくっていた航一が、ちょっとした悪戯心で塚内空への挨拶で螺旋を試した所、纏絲勁でさっくり返されただけだ。*1
とはいうものの、悪戯をされたサイドキック達は誰も返せなかったので、初見で返した塚内空に正直ビビっていた。
「わーっ、やっぱ駄目かーっ!」
わめきつつ起き上がり、残念がる航一。
「ザ・スカイクロウラー。君のユーモアは、相変わらず難しい」
サー・ナイトアイが、ため息をついている。
「それより、職場体験ということだが……正直、
ジェントルが、心配そうな顔で髭をいじっている。
深夜おねむも、人差し指を顎にあてて考える仕草。
「その気持ちもわかるネ。職場体験は市街パトロールが基本だけど、鳴羽田はちょっと確率がおかしいネ」
「鳴羽田はどーらいヴィランが出るだが。おどれーただら」
エニグマも強く頷く。
塚内空が苦笑する。
「あー、それなんですけど。皆さんに、少々ご提案がありまして」
「空ちゃんの悪巧みは、いつでも大歓迎なのよ!」
ラブラバが、にししと笑う。
バブルガールが、怪訝そうな顔をする。
「悪巧みって……一体何を?」
「そんな難しい話ではありません。せっかく、コンパスキッドさんがいるんです。噂の『ヒーロー殺し』、
塚内空の提案に、サー・ナイトアイが真顔になる。
「ふむ……保須市か。西東京だから、近いと言えば近いが」
「はあ……え~と」
何か言いかけた航一に、皆の視線が集まる。
「どうしましょう」
キリッとした顔で航一が答えたので、塚内空以外の全員がズッコケそうになった。
緊張していたバブルガールが、思わず半泣きになる。
「な、なんですかそれぇ!」
「あッいや、今のは『どこから始めましょう』って意味……!」
「上司とはいえ、受け答えを省かれると困るのだが」
ジェントルが苦笑している。
航一は、頭をぽりぽりと掻きながら答えた。
「いやそもそも、『やる』のは前提っていうか。選択の余地なしッスよ」
「……フッ」
サー・ナイトアイが、眼鏡クイで微笑を浮かべる。
塚内空は、『あたし、みんな知っていたな……(クェス・パラヤ/機動戦士ガンダム・逆襲のシャア)』的、夢女子必殺・私あなたのこと全部わかってます系の微笑みを浮かべた。
「『ヒーロー殺し』にとって、保須市はまだ一人しか処刑を実行していない場所なんです」
「インゲニウム……」
元サイドキックとして、ビッグショットが悲しげな顔を見せる。
「彼は、これまで出現した七箇所全てで、必ず四人以上のヒーローに危害を加えています。目的は恐らく、自身の主張である英雄回帰思想を広めること。分類的には劇場型犯罪となります、つまり……保須市はまだ狙われます」
「英雄回帰思想?」
センチピーダーが、疑問符を掲げた。
塚内空は、丁寧に説明する。
「彼は10代の頃、英雄回帰思想の流布のために街頭演説まで行っていました。内容はこうです。『ヒーローとは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得る称号でなくてはならない』。無茶苦茶な主張ですが、彼の中でこれは既に信仰と化しています。その意味では、正しい意味での確信犯とも言えますが……続けます。ヒーロー殺しのうち、被害者の六割が
塚内空は、そう言いながらコンパス・キッドの方を見た。
事務所の皆の視線を受けて、コンパス・キッドが強い眼差しで頷く。
「この事務所には、俺、コンパス・キッドがいる。そういうことだね?」
「はい。ステイン退治に成功したら……正規報酬に加えて、皆さんに臨時ボーナスを出すことをお約束いたします」
「わらける。えらい職場体験だらー。おそがい(恐ろしい)もんだで」
ボーナスまで提案した職場体験の女子高生に、皆が苦笑した。
塚内空は、説明を補足する。
「劇場型犯罪ですから、犯人は多くの人間に処刑の結果を見つけて欲しい。彼の主張映像がニュースで流れたように、多くの人に撮影されることを望んでいるふしすらあります。大量の人間に見せつけるとなれば、当然、人の多い土日を狙うでしょう。つまり勝負は土日……夕方五時以降です」
「うわ~……流石師匠。隙が無い。すごい。よしみんな、それでいこう!」
タブレット端末を操作していたバブルガールが、真面目に答える。
「ヒーローズネットワーク的には……エンデヴァー事務所も目を付けているみたいですね」
「ふむ。カミさんのために、ボーナスに向けて頑張るよ!」
コンパス・キッドが、親指を立てた。
皆が、エンデヴァー事務所に負けてられるかと気合いを入れた。
* * *
『喫茶ジェンラバ・マイトタワー店』。
塚内空の、職場体験とは思えない職場体験の初日が終わった後。
サー・ナイトアイは『予知』で見た姿に、今の塚内空がそっくりに成長したと痛感した。
過去に見た未来視の映像を、できるだけ思い出そうと努力する。
しかし時間軸が滅茶苦茶で、いつ、どの辺りのものなのかがわからない。
あの時の少女、塚内空は、確かこんな台詞も言っていた。
「貴方が費やしてきた努力は、全くの無意味になっちゃいました! これからは咥える指もなく、ただただ眺めて生きていきましょう! 頑張ってくださいね!」
ザ・スカイクロウラー事務所に来たのは、正解だった。
変えられる未来なのかどうか、やってみないとわからない。
しかし、それがいつ起きるのかもわからない。
彼は、深い決意を静かに胸に秘めた。
挿絵提供:まねきねこ様(生成AI:LORAなし・使用モデル「Hoshino v2」)
ステイン戦まで届かなかったので、死青に力を入れました。