【ミスアンダスタンディング】《misunderstanding》
誤解、思い違い。
(言葉や意図の)取り違え。
同じ言葉を話していても、見ている景色は永遠に交わらない。
* * *
リュミエール・ノワールこと青山優雅は、塚内空の著書『聖なるゴミ ~偶像化されたナルシシズムの解剖~』を丁寧に熟読した。
この世界線において彼は正真正銘クズのヴィランとなってしまったが、AFOの指示とはいえ雄英ヒーロー科を受験し、塚内空がいなければ合格していたぐらいに青山優雅は有能な人材だ。
たまたまヒーロー科が駄目だっただけで、普通科なら余裕で合格できていた。
それゆえに、青山優雅は塚内空の真面目な訴えをそのまま理解した。
「ちょっと待ってよ。確かにこの本はヒーロー社会の矛盾を突いているけど、『だからこそ市民一人ひとりが、私が来たと手を差し伸べましょう』って結論に書いてある。行間を読みすぎる病気にしても、無理があるよ。ノン、ノン。これじゃ著者が可哀想だ、完全に風評被害じゃないか」
全然繫がらない。
この本には、ステインが絶賛するような内容は一言も書かれていない。
ステインが何故この本に傾倒したのか、さっぱり理解できない。
「……あれ、もしかして」
AFOの教育下にある青山優雅は、ステインの誤読を逆手に取れる可能性に思い至ってしまった。
この本が『ステインを生んだ聖典』として有名になればなるほど、著者の塚内空は『ヴィランの女神』として祀り上げられる。
どれだけ彼女の主張が正しくとも、ヴィラン側が勝手に誤読するから理論上対策が取れない。
もし彼の思考を塚内空が聞いていたら、げんなりどころでは済まなかった。
『清掃の女神』の次は『ヴィランの女神』かと、キレ散らかしただろう。
ズキリ。
巻かれた包帯の下、ステインに傷つけられた右肩が痛む。
散々寿司係だと扱われてきたが、
五指が全て触れると、彼の個性は自身の意思とは無関係に相手を崩壊させてしまう。
だからあの時、彼は小指と薬指の二本のみで青山優雅の頬に触れ、慎重に撫でた。
ハリネズミのジレンマより、なお酷い。
彼は誰かを抱きしめることすらできない。
相手が壊れないように、そっと触れるのが彼の限界。
……で、あるのなら。
せめて僕ぐらいは、彼のことを。
「フフッ。僕らがもっと広めてあげるのは、妙手かもね。『彼女こそ真の理解者だ』ってさ」
無実の彼女は、光に満ちた世界から勝手に追い出される。
こっちにおいでよ、マドモアゼル。僕らと一緒に、ダンスを踊ろう?
青山優雅はリュミエール・ノワールの顔となり、嗤った。
* * *
「――はい、こちら天界ジャンプ+編集部……」
「あの!
上位存在の女性陣の皆様から、連載に関する抗議の連絡が殺到していた。
「『勝デク』の反対は『デク勝』ではなく『出勝』です! 『デク勝』では100件ちょいかもしれませんが『出勝』であれば1万件以上ちゃんと検索に出ます! あと検索避けとしてちゃんと『hrak』表記してください! 一般の方が誤って辿り着いてしまったらどうするんですか!」
「……はい、こっそり表記を修正しておきますので……この度は大変申し訳なく……」
「――はい、こちら天界ジャンプ+編集部……」
「『死青』の描写をもっと強化してください。リバだと『青死』ではなく『青弔』表記でしょうか? でもノワールは総受けだと思うんです。黒霧もきっとノワールのことを大切に感じていて……」
「――はい、こちら天界ジャンプ+編集部……」
「『死青』にボーイズラブタグがつかないよう配慮してください。あの二人にボーイズラブは解釈違いです。彼らは純粋な友情による繫がりでなければならないのです、わかりますか?」
天界ジャンプ+編集部は、今日も大忙しだった。
* * *
職場体験、二日目の金曜日。
ザ・スカイクロウラー事務所の会議室。
職場体験のわりには、重鎮として最初からそこにいるような貫禄で塚内空が語る。
「ステイン退治ですが、私がUSJで遭遇した
この時の塚内空は原作知識を元にしていたので、ステインはワープゲート移動するものと思い込んでいた。実際には彼らは仲違いしており、ワープゲート移動してくるのは
そもそもこの事務所は、見かけの人数と戦力の高さが一致していない。
例えばインゲニウムは65人のチームIDATENを抱え、エンデヴァー事務所は30人以上が在籍する大手事務所だ。
デクや爆豪達が冬のインターンでエンデヴァー事務所を訪れた際は「基本的にはパトロールと待機で回し、
その意味では、ザ・スカイクロウラー事務所は総勢10+1人の11人。
人数だけで言えば、中堅扱いされてしまう。しかし中身がおかしい。
【ザ・スカイクロウラー事務所】
ザ・スカイクロウラー……『飛行』
サー・ナイトアイ……『予知』
ジェントル・クリミナル……『
ラブラバ……『愛』
バブルガール……『バブル』
センチピーダー……『ムカデ』
コンパス・キッド……『指さし』
ビッグショット……『弾力』
エニグマ……『エニグマ』
深夜おねむ……『あくび』
ここに、作戦参謀として塚内空が加わるとどうなるのか。
「説明時の敬称を省略させていただきます。保須市のインゲニウムが被害を受けた場所から、ノーマルヒーロー・マニュアルの事務所を繋いだラインを直線で繋いで直径とする円状のエリアを捜索エリアと呼称します。この円状の枠を、ザ・スカイクロウラーはコンパス・キッドを抱えて移動してください。この時、ラブラバは地図上で三角形を描く三点で個性『指さし』の指示を出し、コンパス・キッドが指した方向を表示させてください。理論上三点で示せれば正確な座標が判明しますが、二点が判明した時点から包囲網を組み始めます。ラブラバが目的地への最短コースを情報端末に出すので、大通りと路地裏を封じる位置でエニグマは個性を使って物理的に道路を封鎖し、一般市民が迷いこむ確率を減らしてください。ジェントル、バブルガール、センチピーダーの各員は確保力に優れているので、ステイン確保の包囲網を
広げられた保須市の地図を指さしながら、塚内空(職場体験)が作戦概要を説明していく。
なお、
この辺りの経費削減は、わりと容赦無い。
皆が作戦概要に感心する中、
「師匠……(サー・ナイトアイの咳払い)……リーチさんは、どうするの?」
「私自身、ビルの屋上に跳んでからビルの屋上ラインを水平移動できる機動力はありますが、職場体験の小娘ごときが皆さんの足を引っ張っては本末転倒でしょう。深夜さんの車両に同乗して、余程の事が無い限りは戦闘を避け、市民の誘導や皆さんのフォローに回ろうと考えています。ステインは何故か私を神聖視しているので、変な話ではありますが、崇められることはあっても襲われることはないと思います」
「本当に変な話ネ」
深夜おねむが苦笑する。
「ふむ……作戦概要に問題は無い。当日移動ではなく余裕をもって本日中に移動、保須市のホテルで宿泊してメンタルも万全にしようと思うが」
サー・ナイトアイが、遠回しに『ホテル代も経費に足すよ』と言っている。
何も問題は無いので、塚内空は頷いた。
「では、これから
テキパキと返す塚内空を見て、ジェントルが苦笑する。
「塚内くんとしてココに来るのか、リーチくんとしてココに来るのかはわからないが……どちらにせよ、暇になることは無さそうだ」
「バックアップはバッチリなのよ!」
ラブラバが、ウインクをする。
航一は暫く目を瞑っていたが、やがて目を開き、真面目な顔でこう言った。
「チームIDATENに所属していた時はさ。インゲニウムさんが、いつもこう言って指示を出していたんだ。『それでは諸君、エンジンを回せ……チームIDATEN、
ビッグショットも、エニグマも、深夜おねむも、その言葉を聞いて真剣な顔つきになった。
「仇討ちではない、というのはわかってるんだけど。それでも俺は、こう言おうと思う」
航一が、ザ・スカイクロウラーとしての顔で、右拳を真っ直ぐ前に突き出した。
「『それでは諸君、エンジンを回せ』」
会議室に居た全員が、無言で右拳を真っ直ぐ前に突き出した。
* * *
職場体験、三日目の土曜日、夕方五時。
西東京にある保須市の一角、ビルの屋上。
そこに、ザ・スカイクロウラーと、コンパス・キッドが待機していた。
イヤホンマイクを通じて、
「作戦開始。チーム・ザ・スカイクロウラー、
チーム全体に指示を出す職場体験の女子高生について、深く考えてはいけない。
コンパス・キッドは全身にぐぐっと力を溜め、回転しながら叫んだ。
「確認ッ!」
ビシッ!
コンパス・キッドの指先が、ある一点を正確に指さした。
コンパス・キッド。彼の個性『指さし』は、探している場所や物、方角などを正確に指し示す。
ふわっとした指示でも大丈夫で、なんと「ヴィランから逃げ遅れた人」という内容でも問題無く稼働する。地味に捜査系最強格、本編出禁のバランスブレイカーという意味ではザ・スカイクロウラーと大差無い。
彼がいるだけで、インターン編がぶっ壊れてしまう(「エリちゃんの居場所」で探せる)。
劇場版三作目の爆弾探しは世界の人海戦術が必要だが、日本の隠し場所はRTAが可能だ。
ともあれ、ステインがいる方向、その一点目は判明した。
すかさず、イヤホンマイクからラブラバの声が入る。
「一点目、地図に反映したわ!」
「次のポイントへ急ごう、ザ・スカイクロウラー君!」
「あっ、ハ~イ」
返事こそのんびりとしたものだったが、仕事内容はガチだ。
わりと体重のあるコンパス・キッドを苦も無く抱え、次のポイントへ移動を開始する。
チーム・ザ・スカイクロウラーのイヤホンマイクはGPSも兼ねていて、全員の場所がわかる。
リアルタイムで全員の居場所や移動経路が
全ての情報は臨時本部のモニタに表示され、保須市各所のフリーライブカメラの中継動画も表示されている。
原作の流れでは、
相手のワープアウトや新幹線の移動を考慮すると、接敵まで多少間が空くのではないか。
塚内空はそう計算していたが、夕方五時の段階で個性『指さし』にステイン反応があったことで少々驚愕した。
だが、原作はもう崩壊している。
多少の時間差は誤差だと割り切り、二点目からの報告が入るのを待つしかない。
「二点目判明! 交差場所、プロヒーロー・ネイティブ事務所付近! これなら、三点目は不要なのよ!」
ラブラバの報告に、
「
《ザ・スカイクロウラー、了解》
「サー・ナイトアイ、
《こちらナイトアイ、問題無い。走って向かう》
この脳筋ヒーローめ!
塚内空は、叫びたくなった心を必死に抑えつけた。
* * *
プロヒーロー・ネイティブ事務所付近の路地裏。
パトロールのため、路地裏の巡回をはじめていたネイティヴの背後を尾行する人物がいた。
ボロボロの日本刀を背に差し、軍用タクティカルナイフ二本を腰に佩いた鼻の無い男。
ターゲットを見定めたステインが、不敵に笑う。
「ハァ……この街を正す、それにはまだ犠牲が
ネイティブ・アメリカン風のコスチュームを着用したプロヒーロー・ネイティブは、ステインの存在に全く気がついていない。
「この世が自ら誤りに気づくまで、俺は現れ続ける!」
ステインが日本刀を抜き、ネイティヴに斬りかかろうとしたまさにその時。
トレンチコートを着た紳士風の男が、自分はここだと言わんばかりにステッキを地面に突いた。
ネイティブは、そこではじめて自分が狙われていたと気づく。
その瞬間、紳士風の男がトレンチコートを脱ぎ捨てた。
その下からは、奇術師と英国紳士を足して二で割らない衣装の男性が現れる。
「リスナー諸君! これより始まる怪傑浪漫、
いつの間にか飛行ドローンが、ジェントルと名乗った男のそばを静止飛行している。
ジェントルは、飛行ドローンに向かって華麗(のようで間抜け)なポーズを取ってみせた。
「
この時、ラブラバの黄色い悲鳴によりイヤホンマイクの音声が一瞬飛んだ。
「阿呆が出たか」
ステインが呆れ顔を見せる。
既に日本刀を抜いていたステインは、ジェントルを切り刻むべく突進する。
だが空気の膜、ジェントリー・リバウンドがステインを路地裏の壁へと弾き飛ばす。
「外套脱衣のついでに張らせてもらった……暴力的解決は、好みじゃない」
「言ってる場合ですか、ジェントル!」
バブルガールの個性『バブル』が、一瞬でステインの顔付近に展開された。
パチンと弾けた泡が、ステインの目を潰す。
「センチコイル!」
個性『ムカデ』のセンチピーダーが、その腕でステインを絡め取った。
勝ったと思ったその瞬間、保須市中に爆発音が鳴り響く。
《呼称・
中世の鎧騎士のようなヒーロースーツを着た青年がその場に現れ、叫んだ。
「血のように紅い巻物と全身に携帯した刃物……ヒーロー殺しステインだな、そうだな!?」
塚内空は、一瞬で青ざめた。
怒りに我を忘れた
《すいません深夜さん、アレはクラスメイトです、急いで止めます後をお願いします!》
《わーっ、空ちゃん、じゃないリーチ、ちょっと待つネー!》
「お前を追ってきた、こんなに早く見つかるとはな……聞け犯罪者、僕はお前にやられたヒーローの弟だ……兄に代わりお前を止めに来た! 僕の名を生涯忘れるな、インゲニウム、お前を倒すヒーローの名だ!」
センチピーダーが、焦って叫ぶ。
「下がってくれ、子どもの立ち入っていい領域じゃない!」
「目先の憎しみにとらわれ私欲を満たそうなど……ヒーローから最も遠い行いだ、ハァ……」
センチピーダーに拘束されているステインが、飯田の叫びに呆れ顔を見せる。
「兄さんの名を継いだんだ、僕がやらなきゃ、そいつは僕が……!」
その時、凄まじい勢いで塚内空が走り込んできた。
塚内空169cm、飯田天哉179cm。
筋力や身体能力などの物理的なものが何もかも違うため、この世界で身長差に正直意味は無い。
だが、例え前世地球であったとしても、その差を打ち消す強烈無比な跳び蹴りが、飯田天哉の顔面に炸裂した。
塚内空がよく見せる
右足での踏切時に、左脚全体を振り子として活用することで遠心力を底上げする。
回転速度を振り子であげ、くるりと身体を横回転させつつ、円を描く軌道の右脚蹴りを相手にぶち込む。
飯田天哉はヘルメットが外れ、一撃で地面に倒れ伏した。
「活動中のヒーローを邪魔するのは、公務執行妨害だよ飯田くん!」
塚内空の叫びに、公務執行妨害に対してトラウマを持つジェントルが身震いした。
「兄さんは脊髄損傷で下半身麻痺だそうだ……もうヒーロー活動は適わない! 兄さんは多くの人を
地に倒れ伏しながらも、飯田が絶叫する。
だが、当のステインは聞いてすらいない。
突然現れた塚内空を、うっとりとした瞳で眺めている。
「
突然のステインのポエムに、塚内空は
飯田は塚内空の蹴りによって脳が揺れており、まだ立てない。
「黙れ……黙れ……お前は、兄を傷つけた犯罪者だ! 殺してやる!」
「私欲を優先させる贋物。英雄を歪ませる社会の癌……論外だな」
飯田天哉の主張を、ステインは徹底的に否定する。
そして、状況的に塚内空はステインを守るように、飯田天哉の前に立ちはだかるしかない。
「お願いわかって飯田くん、今なら私が貴方を蹴り倒したというだけで済む」
塚内空が、懇願気味に説得を試みている最中。
状況をさらにややこしくする人物が、突然現れた。
「
「緑谷……くん!?」
突然現れた
デクの姿を見て、
拘束されているステインの姿を見て、デクはしてやったりと笑みを浮かべる。
「ビンゴだ……
「ハァ……繫がっていないが?」
ステインの即答に、デクの顔がわかりやすく驚きに満ちた。
よくわからない流れに、バブルガールとジェントルが困り顔で視線を交錯させている。
センチピーダーは油断せずステインを拘束しているが、ステインは一切抵抗していない。
「緑谷。こういうのはもっと、詳しく書くべきだ。遅くなっちまっただろ」
「なんでこう、次から次へと……」
やっぱりな
「……あのね、デクくん、
「了解だ」
「委細承知」
「わかったわ」
ビルの上から様子を見ていたビッグショットが、地面に華麗に着地して飯田の前に立った。
ジェントルがデクの前に、バブルガールが焦凍の前に立ちはだかる。
「つっ、塚内さん……」
「……これはどういうことなんだ? 塚内」
デクと焦凍が、困惑している。
「ザ・スカイクロウラー事務所の捕り物。それ以上でも以下でもない」
ネイティブはともかく、ビッグショット、ジェントル、バブルガール、センチピーダー。
ドローン経由でラブラバも見ているし、他のメンバーだってすぐに駆けつける。
プロヒーローの数の暴力が、とうの昔にステイン包囲網を組んでいる。
「ククッ」
目の前の喜劇に、たまらずステインが笑い出した。
「贋物ばかりだ。正さねば……誰かが血に染まらねば……
「ステイン。オールマイトだけならともかく、貴方が私までも神聖視する理由はわからない」
塚内空は、ステインに向かって語りかける。
「でも、一つだけ言えることがある……貴方も私も、等しく無価値なゴミでしかない」
この時、塚内空は『私達は等しく無価値である以上、貴方のやることには何の意味もない』と伝えようとした。少なくともそういう説明の前段階、前振りとして発言したつもりだった。
だが残念なことに、全ては逆効果だった。
ステインは驚愕に目を見開き、狂信者の顔で塚内空を恍惚と崇めはじめた。
「ゴミにはゴミの役割がある……流れた血を以てこの腐った社会を洗い流し、そして最後はゴミとして焼却されることで、初めて真の
塚内空の熱狂的な信者であったステインは、己の役目を完璧に理解した。
塚内空を含め、ステインの理解を補佐するような事は誰一人言っていない。
だが、彼は真理に到達してしまった。
「理解した。……俺の女神、俺の
センチピーダーはステインを拘束していたはずだったが、これまでのやりとり、特に飯田・デク・焦凍の登場によってわずかに隙が生まれていた。
その一瞬の隙をついて、ステインは軍用タクティカルナイフを抜き放った。
「てめェらは
ナイフの狙う先が、他人であればまだどうにかなっただろう。
だがステインが狙ったのは、殉教者たる自分の首だった。
ステインの首元から、鮮血の霧が噴き上がった。
切り裂かれた気道から、空気ではなく血の泡が漏れる音が聞こえる。
彼は膝から崩れ落ち、それでもなお、恍惚とした表情で塚内空を見ていた。
「……か……んし……す……」
感謝する、と言ったのだろうか。
その言葉は声にならず、ただの空気の漏れる音として消えた。
アスファルトに、赤黒い水溜まりが広がっていく。
どさり、どさり、どさり。
路地裏に、無力化された三体の脳無の身体が無造作に落とされた。
同時に、脳無を無力化し輸送してきた二人のプロヒーローが、塚内空を守るように降り立つ。
一人は、オールマイトパーカーにバイザーをつけたデザインの服を着たヒーロー。
もう一人は、5kgの印鑑を複数個、バルログかウルヴァリンかペンラ複数持ちオタのごとく構えたスーツの男。
「みんな、怪我は無い? 大丈夫?」
バイザーを下ろしたままのザ・スカイクロウラーが、真剣に問いかける。
「これは、また……書類作成が面倒臭そうだな」
周囲を見渡し確認しながら、サー・ナイトアイがイヤそうな顔をしてみせる。
原作において三体の脳無はグラントリノやステインが無力化したが、この世界においてはステインをはじめ、全てザ・スカイクロウラー事務所が制圧した。
証拠保全も兼ねて、全てはラブラバの飛行ドローンで撮影されていたため、警察にも簡単に説明できる。
青ざめた表情の塚内空の両肩に、ザ・スカイクロウラーがその手を置いた。
塚内空は天を仰ぐように見上げた後、灰廻航一に甘えるように寄りかかった。
* * *
頸動脈切断による失血死、および気道切断による窒息。
色々あって確保までに少々時間がかかったこともあり、周辺のビルから見ていた一般市民撮影の動画が一瞬で拡散された。
それはステインの英雄回帰の主張や、彼が崇めた著書『聖なるゴミ』と合わせて
意見が合わず、ステインと
だが、死人に口なし。
いつの間にか、ステインは
そして、
塚内空は『ヴィランの女神』であり『彼女こそ真の理解者』なのだと。
この、リュミエール・ノワールこと青山優雅の作戦は、真綿で首を絞めるように塚内空に影響を与えていくことになる。
それは塚内空の母、塚内翔子が決してやってはいけないと定めた行為だったが、青山優雅には関係が無かった。
* * *
「塚内くん、そして皆さん……本当にすみませんでした……」
飯田は、ザ・スカイクロウラー事務所の全員に向かって深く頭を下げた。
「何も……見えなく……なってしまっていました」
「私のこと、訴えてもいいよ?」
「いいや。気づかせてくれてありがとう、塚内さん」
飯田天哉と塚内空は、握手をしあった。
デクと焦凍は、まぁいいかと思考停止をした。
大事にしたくない、とザ・スカイクロウラー事務所が警察に申し出たため、飯田・デク・焦凍は警察からの口頭注意処分のみで済んだ。
エンデヴァー事務所は、割と踏んだり蹴ったりだった。
全ての手柄を、ザ・スカイクロウラー事務所に奪われてしまったのだ。
あと焦凍が既読スルーしたり、焦凍が携帯ばかり見てエンデヴァーを見なかったり、焦凍が言うことを聞かなかったり、焦凍ォ、やっと己を受け入れたか、そうだ、いいぞ、ここからがお前のはじまり、俺の血をもって俺を越えていき俺の野望をお前が果たせ焦凍ォ! 焦凍ォオオオ!
* * *
時は少し遡り、NHAの取材ヘリ。
「別件での取材中でしたが、ご覧下さい! 突如上がった破壊音と黒煙!」
女子リポーターが、緊急でカメラに向かって実況している。
「事故によるものか、
その時、彼女は見てはいけない三人を見かけてしまった。
「何だろあれ、映せますか?」
NHAのカメラが、ビルの屋上にある円筒状の貯水槽の上に立っていた
三人のうち一人、金髪で左目を髪で隠した少年が、取材ヘリに向かってにこやかに手を振った。
「……野次馬? あんなとこから?」
次の瞬間。
取材ヘリの後部ローター部分を、極太の黒いレーザーが貫通した。
当然だがヘリの制御が不可能になり、NHA取材ヘリは回転したまま墜落する。
「きゃああああ!」
取材ヘリの墜落後、女性リポーターは重傷を負うも奇跡的に生還。
パイロットとカメラマンは即死だった。
しかし、墜落直前に撮影された三人が雄英高校を襲った
一番の被害者は、ヴィランの女神であり理解者であるとされた塚内空だった。
オールマイト以降の単独犯罪者では最多の殺人数、犯罪史上に名を残すであろう
それは視聴率や売り上げを求めたマスコミ達の手で、一切の容赦無く彼女の認知度が勝手に高まっていく結果となった。
バラバラだった悪意が今、一つの熱にあてられて、