塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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「生成AI+画像編集」による挿絵がありますので、生成AIが苦手な方はご注意下さい。


EP.51 「林間合宿・難易度インフェルノ」

 

【インセイン】《insane》

 正気ではない、狂気の。

 (事態などが)常軌を逸した、馬鹿げた。

 

 

 * * *

 

 

 最悪中の最悪を考慮。

 考えてみれば内通者がいない以上、夜討ち朝駆けという(いくさ)の基本を実行するのは当たり前だ。開闢(かいびゃく)行動隊の全戦力が、まとめて本陣に奇襲をかけて来たと考えるのが正解。

 

 壁に円形の穴が開いているのが見える。コンプレス?

 毒ガスはマスタード、炎は荼毘。

 爆発音も聞こえたから、アレが爆弾蜂ならリュミエール・ノワールこと青山優雅もいる。

 

 先にB組の援護に行くか、A組で起きそうな人を助力しつつ脱出を支援するか。

 マタタビ荘は木造ではないから、火の手の回りは遅いはず。

 でも、もたついていたら確実に、毒ガスで眠らされたまま焼死するという地獄を迎える。

 

 一人。まずは一人を起こす。

 後は流れだとしても、最善に限りなく近い一人を起こさなければならない。

 

 輸送に長けたお茶子ちゃんか。

 万能と言えるヤオモモちゃんか。

 

 壁に開いている円形の穴を見る限り、コンプレスが事前に開けた穴を利用して、マスタードの毒ガスを現在進行形で撒いていると見るべきだ。

 毒ガスの濃度や拡散の仕方から見て、中心は恐らく下の階。

 

 私自身が装備無しにマスタードに近づくことができるとしても、それを誰かに見られるわけにはいかない。

 私の個性『否定』は、徹底的に秘匿しておく必要がある。

 個性のON/OFFは可能なので、上手に使い分けないといけない。

 ラグドールから何も言われなかった以上、私の個性『否定』は個性『サーチ』すら無効化する。

 

 火災が広がった時の黒煙対策にも、ガスマスクは有効かもしれない。

 決めた。やっぱり、ヤオモモちゃんだ。

 

 私は昏睡状態にあるヤオモモちゃんを抱きかかえ、起こそうと試みた。

 私の体内の毒ガスを『否定』することができたのなら、接触している彼女の体内の毒ガスを『否定』することもできるはずだ。

 

 だけど、ポケモンのオカルトマニア、もとい。

 もこっちの目をした、長髪もこもこワカメ系の女の子が私の耳元で囁いてくる。

 

 ――キスすれば、もっともっと早いし、効果も高いよ?

 

 は?(マジトーン)

 時間が無いんですけど?

 

 私は毒ガスの影響で熟睡している彼女の寝顔を、もう一度眺める。

 ……仕方ない。これは医療行為なので、ノーカン! ノーカンです!

 

 私はヤオモモちゃんの(おとがい)を持ち上げ、意を決して彼女に口づけをした。

 口づけを続けていると、ぴくりと彼女の身体が震えたのがわかった。

 

 うっすらと目を開けたヤオモモちゃんは、夢かとばかりにへにゃぁと笑い、意識の覚醒と共に夢ではないとわかって驚愕に目を見開き、やがてうっとりとした瞳で私をハグしてきた。

 違う! 違います! ガールズラブタグの予定はありません!*1

 

「……ふっ、ぷはっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「塚内さん、もう少し……」

「違うんです聞いて下さいヤオモモちゃんヴィランの襲撃なんですあと医療行為の人工呼吸ということでノーカンにしてくださいごめんなさいカウントしてしまうと私もファーストキスになっちゃうので勘弁してくださいすいませんガスマスクを沢山作って下さいお願いしますとにかく緊急事態なので今すぐ起きて下さい!」

「……えっ?」

 

 ヴィランという単語を出したので、流石にヤオモモちゃんが超反応してくれた。

 

「幹部級のヴィランが推定で10名前後、夜襲をかけてきました。毒ガスで全員を眠らせて炎で焼き殺す最悪の作戦です。どちらにせよガスマスクが必要です。私は状況確認も兼ねて一度B組女子部屋の戦闘支援に行ってきます、ヤオモモちゃんはこの部屋の全員を起こしながらガスマスクを作っておいて下さい」

「あ、は、はい!」

 

 ヤオモモちゃんは、自分の唇に指先を当てながら、恥ずかしそうに返事をしてくれた。

 うぎゃーす!

 

 私はもうどうにでもなれと思いながら立ち上がり、A組の女子部屋から出た。

 

 

 * * *

 

 

「……マズいな」

 

 補習室から玄関へは近かった為、イレイザーヘッドは一度外に出て火事やヴィランの襲撃の様子を確認しようとした。

 表玄関からでも、マタタビ荘の裏手に大きく火の手があがっているのが見える。

 先ほどの連続した爆発音からして、USJの時の蜂ヴィランも来ているのだろう。

 

 マンダレイが、自分達教師を通さずに生徒達に戦闘許可を出したほどの異常事態。

 少なくとも、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツのフルメンバーが揃っている教員宿直部屋に起きた異変だけで、戦闘判断が出せる程の何かが現在進行形で発生しているということだ。

 

「心配が先に立ったか、イレイザーヘッド」

 

 瞬間、大きな蒼炎がイレイザーヘッドの立ち位置を包み込んだ。

 荼毘は、ニヤニヤと笑う。

 

「邪魔はよしてくれよプロヒーロー、用があるのはお前等じゃない」

 

 

 * * *

 

 

「みんなに戦闘指示は出したわ……うぐっ!」

 

 出水(いずみ)洸汰(こうた)を抱きかかえたマンダレイが、脇腹を押さえる。

 チェーンソーがちょっとかすめただけで、血が止まらない。

 

「ネホヒャンッ!」

 

 背中からチェーンソーやネイルハンマー、ドリルといった工具がくっついた六本の腕を生やした脳無ネホヒャンが雄叫びをあげる。

 虎がすかさず立ちはだかり、室内の面々に指示を出す。

 

「我とピクシーボブでこいつ等は抑える、ラグドールは状況確認、マンダレイは端に避難を!」

「抑えきれるといいねえ☆」

 

 リュミエール・ノワールが嗤いながら、指をパチンと鳴らす。

 

 ドドドォン!

 

 原作ヴィジランテにおいて鳴羽田(なるはた)を半壊させた個性『女王蜂』、その後期型。

 初期型は使用者に反動が出ていたが、後期型は使用者に反動が出ない。

 そのため、彼は爆弾蜂を使いたい放題だ。

 

「あぅぐっ!」

 

 部屋の壁際にいたピクシーボブが爆発に巻き込まれ、壁ごと吹き飛ばされた。

 思わず、ラグドールが叫ぶ。

 

「流子!」

 

 バイザーが割れ、頭から流血したピクシーボブは、それでもニヤリと笑ってみせた。

 

「ねこねこねこ……壁が壊れれば、向こうは外。外ってことは、土があるッ!」

 

 ピクシーボブの個性『土流』が発動し、一瞬で土魔獣が形成された。

 生徒達を森に落とした土流は、規模が大きすぎて対室内には使いにくい。

 

 脳無ネホヒャンの攻撃を個性『軟体』で絡め取りつつ、土魔獣の援護も得て虎はひとまずの安定を見せる。

 腹をおさえたマンダレイが、行ってよいものか躊躇するラグドールに声をかける。

 

「行って、ラグドール!」

「……わかった!」

「まあ、そうなるよねぇ」

 

 ラグドールが部屋を出て、リュミエール・ノワールから離れようとした、まさにその瞬間。

 してやったりとばかりに、リュミエール・ノワールがニヤリと微笑んだ。

 

 ラグドールの姿が、一瞬でかき消えた。

 思わず、虎が驚愕する。

 

「……は?」

「彼女なら、俺のマジックで貰っちゃったよ」

 

 いつの間にか、コートに仮面姿の男がそこに居た。

 彼は、右手でビー玉のようなものを弄びながらマジックを自慢した。

 リュミエール・ノワールは、すかさず指示を出す。

 

「叔父さまが喜ぶよ、コンプレス……次を!」

「ほいさ」

 

 ボウ・アンド・スクレープ。

 粋な男は、礼をしながら姿を消した。

 

「貴様ら……!」

「彼女が孤立さえしてくれれば、それで良かったんだ……よッ!」

 

 極太の黒いレーザーが、教員宿直部屋の中を薙ぎ払う。

 リュミエール・ノワールは、腰のベルトを押さえながら優雅に舞った。

 

 

 * * *

 

 

「今考えても答えは出ない、後でいい、今考えるのは……」

 

 内なる何かに呼び醒まされ、左手中指の骨折と引き換えに無理矢理意識を保つことができたデクだったが、これは原作において雄英体育祭の心操(しんそう)人使(ひとし)戦で発生していた出来事だった。

 原作と違い、後遺症として残るレベルの怪我をまだしていないデクだったが、それはこの世界線での戦闘経験が全体的に足りていない事も意味する。

 

「死んどけ!」

 

 ゆえに、マスキュラーの楽しげな前蹴りを回避することができなかった。

 強烈な威力がデクの腹に炸裂して彼は吹き飛び、部屋の壁にヒビが入るレベルで激突した。

 受け身を取り切れず頭部にダメージが入り、デクの額から血が流れはじめる。

 

 マスキュラー(原作初期登場時のようにマスクをつけている。マスタードの毒ガス対策)は、楽しそうにゲラゲラ嗤う。

 

「はっはは! 血だ! いいぜ、これだよ、楽しいや!」

「……ッるせぇんだよ、誰だテメェ、クソ、頭がガンガンしやがる……」

 

 ゆらり。

 あまりの騒がしさに、爆豪(ばくごう)勝己(かつき)が起き上がった。

 だが、毒ガスが確実にその身を蝕んでいる。思考はまとまらず、視界もボヤけている。

 

「なんだぁ? お前もじっくりいたぶってやっから、血を見せろ!」

「立てデク! 役に立てクソカス!」

 

 マスキュラーをガン無視して、爆豪がデクに対して叫ぶ。

 デクは必死に意識を集中させ、マスキュラーを睨みつける。

 

「ぐっ……!」

 

 デクの右腕に、稲光が走った。

 素早く起き上がりざまに、マスキュラーの腹にお返しとばかりの右正拳が突き刺さる。

 

 SMASH!

 

「なんだ? それが個性か!? いい速さだが、力が足りてねえ!」

「ぐあっ!」

 

 殴り返され、吹き飛ぶデク。

 だがその時、爆豪の一撃が全く無関係の方向に炸裂した。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!」

 

 それは、戦闘訓練の時のような特大火力。

 模擬戦場のビルの一角を吹き飛ばしたように、マタタビ荘の2Fの壁を丸ごと吹き飛ばした。

 

「呼吸ができなきゃ、できるようにすりゃいいだけだよなァ!」

 

 これでノーベル賞は俺んモンだぜ、という顔を爆豪はしてみせた。

 

 

 * * *

 

 

 B組の女子部屋の扉を開けるまでもなく、扉も部屋壁も紙のように切り刻まれていた。

 それを見ただけで、塚内空は誰が3Fに来たのかわかってしまう。

 

 ムーンフィッシュ、個性『歯刃』。

 口を除く全身を黒の拘束着に包んだ痩身の男であり、脱獄した死刑囚。

 死刑判決が控訴棄却されるような、生粋の殺人鬼。

 

「変身」

 

 塚内空は走りながら、左手がグーに、右手がパーの抱拳礼(ほうけんれい)で構えた。

 理性を激情で包むは、死地へ赴く(あかし)

 全ての言い訳を捨てた殺す機械になるのだと、自己暗示をかける。

 

 室内が見える場所まで塚内空が到達した時、既にB組女子は半壊していた。 

 

 拳藤(けんどう)一佳(いつか)角取(つのとり)ポニーは血塗れで、最低ラインが重傷だとわかる。

 小森(こもり)希乃子(きのこ)小大(こだい)(ゆい)は毒ガスで昏睡状態のまま。

 

 塩崎(しおざき)(いばら)(やなぎ)レイ子は、軽傷でなんとか耐えている。

 肩や腕から出血の痕跡は見えるが、言い換えればまだそれだけで済んでいる。

 身体をバラバラにできる取蔭(とかげ)切奈(せつな)だけが無傷だった。

 

「肉、見せて」

 

 ムーンフィッシュが、口腔から何本もの刃を吐き出すように伸ばしている。

 それに対し、塩崎茨の髪のツルと、柳レイ子の個性『ポルターガイスト』が室内のテーブルやら椅子やらテレビやらなにやら、全てを総動員して必死にクラスメイトをガードしていた。

 

 この状況下で死刑囚(日本の法律では死刑確定者と呼ばれる)のコイツをブッ殺したとして、正当防衛にならないはずがない。

 だが両腕を拘束衣で固められていて、なおかつ個性が口から出るムーンフィッシュは、地味に太極拳と相性が悪かった。

 相手のバランスを崩す手段が大幅に削られていて、やれなくはないがやりづらい。

 

 

 中国武術は、流派の弱点を補完するために別流派を学ぶ事が多い。

 

 例えば八極拳士は、リーチの短さを補うために劈掛(ひか)掌も学ぶことが多い。

 遠近をカバーする「剛の八極拳」と「柔の劈掛掌」のセットは、李書文がやったことで有名だ。

 中国拳法はよく知らずとも、李書文は知っているという人も多いかもしれない。

 

 『八極参劈掛、神鬼都害怕。劈掛参八極、英雄嘆莫及』。

 八極に劈掛を加えれば神鬼も恐れる、劈掛に八極を加えれば英雄も感嘆する。

 

 あるいは、化勁などの防御に長けた太極拳や八卦掌。

 上下同時攻撃と交差法に長けた蟷螂拳を学ぶ者もいる。

 

 例えば八極拳と蟷螂拳は、台湾の武術家によって「八極蟷螂拳」として統合されたりしている。

 歴史の流れと共に、進化発展しなければ廃れてしまうのもまた武術なのでこれも正しい。

 

 円の太極拳と、直線の八極拳は相性が良い。

 

 塚内空が林間合宿で披露した八極拳の母なる套路『小架一路』。*2

 誰の動画を見ても套路の冒頭は以下のようになっているはずだ。

 

 1.両肘を真上にあげながら両手を背中側に回す

 2.それぞれ円を描くように両手を回しながら両掌を前に出す

 

 この動作の後に、誰が見てもわかりやすい突きなどをおこなう。

 これは開門式と呼ばれる動作で、今から八極拳の小架一路をしますよ、という合図。

 

 期末テストの時は、塚内空の『馬歩頂肘』をマジカル☆八極拳と表現した。

 では、マジカルがつかない八極拳だとどうなるのか? 

 

 

「脱獄死刑囚、ムーンフィッシュ!」

 

 叫び声一つで、塚内空はムーンフィッシュの意識をB組女子から自分へと移した。

 観客がいるため、個性『否定』はOFFにしておく。

 

 箭疾歩(せんしっほ)は、離れた間合いから予備動作なしで一気に飛び込んでいく歩法。

 熟練者は、7~8メートルの距離をまばたきする間に詰めることができる。

 ヒロアカ世界の人間なら、距離や速度の数値的にはもっととんでもない。

 

 闖歩(ちんほ)は、足を踏みこむと同時に急激に腰を落として、敵の懐に入り込む歩法。

 入り込んだ勢いを利用して、そのまま掌打を放ったりの攻防もできる。

 

 箭疾歩(せんしっほ)に、闖歩(ちんほ)を加えた運足(うんそく)

 腰を落とした低姿勢のまま数メートルの距離を超え、一瞬で懐まで間合いを詰めてきた塚内空。

 ムーンフィッシュは慌てて、何本もの『歯刃』をカウンターで伸ばす。

 

 塚内空は、闖歩の最中に開門式の動作を行った。

 低姿勢のまま両肘を真上にあげ、その肘で顔面を守りながら『歯刃』を叩き折る。

 距離が近づくと同時、円を描いた両手が何本もの『歯刃』を折りながら、ムーンフィッシュの顔に伸びる。

 

 左掌打が一瞬早く、ムーンフィッシュの右耳を叩いた。

 右鼓膜が破れ、ムーンフィッシュの意識が一瞬飛ぶ。

 

 まっすぐに伸びた塚内空の右前腕が弧を描き、頭が跳ねたムーンフィッシュの左首筋を受け止める。これは遠心力で叩く動作ではなく、蓄勁動作である。

 塚内空の全身で練られた勁が、首筋へ接触した前腕を起点として手前に引くように放たれた。

 

 朦朧とした意識の中、それでも超至近距離で口を開き、『歯刃』で塚内空を切り刻もうとしたムーンフィッシュ。彼の首に寸勁が叩き込まれたことで彼の顔が強制的に右回転し、『歯刃』は明後日の方向へと伸びた。

 首に(のこぎり)を当てて引く動作の寸勁のため、彼の頸椎はボロボロだ。

 

 既にムーンフィッシュの(たい)は崩されている。

 (たい)を崩されているということは、身構えて衝撃に耐えることができないことを意味する。

 仮に自身の前腕部が相手の首筋に接触していたとして、その腕を手前に引いた場合、身体構造的にどういう姿勢をとることになるのか。そしてそれが、八極拳士であったのならば?

 

 ダァン!

 

 頂心肘。

 ただでさえムーンフィッシュの上半身が、塚内空側に引き寄せられた超密着至近距離状態。

 そこへ、全体重と床の反発力と纏絲勁を伴った肘が、震脚と共に胸部へ叩き込まれた。*3

 

 離れた距離からいきなり肘や背中を当てに行くのは、いわば表向きの八極拳。

 近づきながらガードをこじあけ(たい)を崩し、相手が衝撃に耐えられぬようにした上で打を放つのが、八極拳の真の姿ともいえる。

 

 塚内空の肘が命中した胸部から、してはいけない音が鳴った。

 だが、それでも彼女は止まらない。

 

 肘が入ったということは、相手の身体がくの字に折れるということ。

 流れるような右掌打がムーンフィッシュの下顎に放たれ、下顎骨にヒビが入ってズレた。

 ムーンフィッシュが出しかけた中途半端な『歯刃』が、まとめて口腔内に押し戻された。

 

 塚内空の右手が、ムーンフィッシュの顎を押さえた。

 彼の口が開かないようにした上で、そのまま直下に押し込む。

 

 既に重心が維持できておらず、ムーンフィッシュは後ろに倒れるしかない。

 容赦の無い勢いで、床に後頭部が垂直に叩きつけられる。

 受け身が取れないのもあり、床に直撃した後頭骨の頭蓋が粉砕骨折した。

 同時に、強引に口の中に押し戻された『歯刃』が、彼の口腔内をぐちゃぐちゃに破壊せしめた。

 

 以上の流れが、マジカルがつかない八極拳の一例である。

 当然ながら、ムーンフィッシュは痙攣を何度か繰り返してから動かなくなった。

 

 『それやったら死ぬよね?』という打撃を連環技法の中で何度も叩き込んだ。

 右鼓膜を破って頸椎を捻って胸骨を何本もへし折って下顎骨を折って後頭部を粉砕骨折させただけなので、ヒロアカ世界だと生存の可能性はある(なお、攻撃に殺意はあったものとする)。

 

 

「まァじ!? 殺した……の……?」

 

 取蔭(とかげ)切奈(せつな)が、震え声で尋ねた。

 塚内空は、三人目になったかもね、とは答えなかった。

 

「わからないけど、そんなこと皆の命に比べればどうでもいい! 拳藤(けんどう)さんと角取(つのとり)さんは、まだ生きてる!?」

「……ええ、重傷ではありますが、ちゃんと生きております!」

 

 塩崎(しおざき)(いばら)が、慌てて答えた。

 

「動ける人はA組部屋でヤオモモちゃんからガスマスクを受け取って、動けない人にもつけて! 意識さえ覚醒すれば自力で歩けるようになる、急がないと焼け死ぬか一酸化炭素中毒でみんな死んじゃう、とにかく急いで!」

 

 塚内空がそう指示した時、階下から凄まじい爆音が鳴り響いた。

 明らかに建物に穴が開いたレベルの音だった。

 

「幹部級ヴィラン推定10前後、夜間奇襲です。とにかく脱出を!」

 

 塚内空はそう言い残して、A組部屋へ駆けだしていってしまった。

 仕方が無いので、B組で動ける全員が塚内空の指示に素直に従った。

 

「今の戦い見ると、やっぱ塚内ウラメシくない?」

 

 これは、(やなぎ)レイ子語において『塚内怖い』という表現だ。

 

(りん)も同じ事やれんのかな?」

 

 取蔭(とかげ)切奈(せつな)は、A組部屋に走りながら首を傾げた。

 

 なお(りん)飛竜(ひりゅう)は、個性『鱗』による遠距離銃撃タイプなので同じ事はできない。

 彼はシェンロンガンダムではなく、ガンダムヘビーアームズであった(わかりにくい例え)。

 

 

 * * *

 

 

「お前、何してくれんだよ!」

 

 壁を破壊された事で、毒ガスの多くが外に排出され、マスタードはブチきれた。

 

 これは、荼毘とマスタードの個性の相性が悪いことも関連している。

 

 荼毘の炎で建物や周囲の森が激しく燃えはじめたため、熱せられた空気が上昇を開始した。

 するとその空白を埋めるために、周囲から冷たい空気が流れ込んでくる。

 

 建物内で火災が起きれば、窓や穴から外気が吸い込まれ、煙と毒ガスが上部へ抜けていく流れが生じる。ゆえに2Fに居ながらにして、3Fの女性部屋にもダメージを与えることができていた。

 

 だが爆豪が壁を吹き飛ばしたことで、密閉空間だった場所が一気に開放された。

 そこに火災による気流や外からの風が入り込み、滞留していた毒ガスが一気に拡散・希釈されてしまった。爆風と気流で攪拌されれば、当然だが毒ガスの濃度も大きく低下する。

 

 拳銃を取り出したマスタードが、その銃口を容赦無く爆豪に向け、何発も連射した。

 

「かっちゃん!」

 

 マスキュラーの強烈な打撃を受け止めながら、デクが必死な形相で叫んだ。

 

 だが、下からにゅるりと伸びた異形の手が、その銃弾を受け止めていた。

 障子(しょうじ)目蔵(めぞう)の、複製腕だ。

 

「……無事か、爆豪」

 

 意識も絶え絶えに、障子が震え声で呟く。

 素早く銃弾を再装填しながら、ガスマスクに学ラン姿のマスタードは叫ぶ。

 

「君らは将来ヒーローになるんだろ? 僕おかしいと思うんだよね……壁を壊せばそれでいいとか思ってる単細胞がさァ! 学歴だけで! チヤホヤされる世の中って正しくないよねえ!」

「うるせぇよ、三下」

 

 爆豪が、真顔で返す。

 マスタードの身体が、新たに展開された薄紫色の毒ガスで段々見えなくなっていく。

 その様子を睨みつけながら、爆豪は呟いた。

 

「……ブッとばす」

 

 目の前のガキが、自分以外を見たことが気に食わなかった。

 マスキュラーは大量の筋繊維で上半身を包みながら、デクを殴りつける。

 

「よそ見してんじゃねぇよボロ雑巾!」

「う"う"……っるせええええええええ!」

 

 爆豪化の進んでいるデクは、叫びながらその一撃を受け止めた。

 

 

 * * *

 

 

「まァ……プロだもんな」

 

 確実に蒼炎で捉えたはずだが、イレイザーヘッドは捕縛布を器用に使い、マタタビ荘2F部分の壁を足場に構えていた。

 荼毘がイレイザーヘッドを燃やそうと再度手を伸ばすが、何も起きない。

 

「出ねぇよ」

 

 イレイザーヘッドの捕縛布が荼毘を包むと同時に一瞬で間合いを詰め、膝蹴りが荼毘の顔面に叩き込まれた。

 その勢いで荼毘の身体をくるりと回し、荼毘の背中に乗りながら荼毘の顔面を地面に叩きつける。マウントポジションの中でもリバースマウントと呼ばれる、完全に勝ち確の体勢だ。

 

「目的・人数・配置を言え」

「あー、なんだっけかな。そうそう。『超人社会にヒビを入れる』」

 

 荼毘は正直に答えたのに、容赦無く左腕を折られた。

 

「痛ェ……なんだよ、ちゃんと答えただろ」

「次は右腕だ、合理的に行こう。足まで掛かると護送が面倒だ」

「ホントなんだけどなァ……」

 

 荼毘が遠い目をした、まさにその瞬間だった。

 大量のナイフを重ねて繋ぎ合わせ、一つの巨大な棍棒のようにした武器がイレイザーヘッドに襲いかかった。

 荼毘から離れることでギリギリ躱したが、イレイザーヘッドは右目の下を(えぐ)られた。

 

「申し遅れた、俺はスピナー」

 

 スピナーの武器はあくまでも自己満足にしかなっておらず、ナイフとしての機能性を全て投げ捨てているので、塚内空の前世の兄がこの場にいたら正座させられて説教コースだった。

 だが残念ながらツッコミを入れる者はいないので、釘バットの方がまだマシではという派手な棍棒をスピナーは武器として用いていた。

 

「ステインの夢を紡ぐ者だ」

「ステイン……あてられた連中か」

 

 右目の下から右頬を伝う血が口に到達し、イレイザーヘッドはペロリと舌で舐めた。

 

 

 * * * 

 

 

「分断とは言われたけど……」

 

 作戦がうまく行きすぎているのか、肝心の生徒達が全然脱出してこない。

 脱出してきた生徒達を叩く作戦ではあったが、このままではただの遊兵だ。

 どうしたものかとマグネが悩んでいたその時、わかりやすく2Fの壁が吹き飛んだ。

 

「死ィねえええッ!」

 

 なにやら元気な少年の叫び声が、建物周辺に響き渡る。

 そう間を置かず、壁が吹き飛んだ箇所から、マスタードが夜空に吹き飛ばされる姿が見えた。

 彼の顔面を覆うガスマスクはぐしゃぐしゃに破壊され、既に意識が飛んでいるのが見える。

 余裕をぶっこいていたら殴り飛ばされた、そんなところだろうか。

 

「やあねぇ」

 

 頬に手をあてて、次の行動を悩んでいたマグネに声をかける者がいた。

 

引石健磁(ひきいしけんじ)(ヴィラン)名・マグネ。強盗致傷九件、殺人三件、殺人未遂二十九件」

 

 AB組の女子達を介抱し、できるだけ自力脱出できるようにした塚内空だった。

 2Fの大爆発からみるに、男子生徒は男子生徒に任せて暫くは安心と判断した。

 昏睡から醒めない者も多いため、脱出口を確保する露払いを買って出ていた。

 

「やだ、私有名人?」

「死刑判決は免れない、ムーンフィッシュの同類。つけくわえるなら……」

「つけくわえるなら?」

 

 原作で瞬殺されるあなたを殺したとしても、物語に大きな影響は発生しない。

 トゥワイスの案内が無いから、死穢八斎會がどう接触するのかはわからないけれど。

 

「ううん、言葉は無粋かな。皆の脱出の為に、半殺しか全殺しにしてあげる」

 

 見れば、脱出生徒の第一陣の数名が、玄関から出てくるところだった。

 ガスマスクを装着した女子生徒が、昏睡する女子生徒を抱えて輸送している。

 

「あらやだ、しっかりしてるのね。でも知ってるわ、貴女……塚内空でしょう?」

「だから何? サインは受け付けてないけど」

 

 返事代わりに、マグネは耳に手を添えて答えた。

 

「いたわ、女神様。玄関前、急いで」

「狙いは爆豪くんなんじゃないの!?」

 

 何故か焦り声の塚内空に対して、マグネは嗤う。

 

「ああ、雄英体育祭? あんなの、誰が見たって貴女が一位じゃない」

「――そんな、」

 

 相手がマグネだけなら良かった。

 無事な女子生徒という観客がいたことで、個性『否定』をONに出来なかった。

 塚内空の敗因を挙げるなら、単純にそれだけだ。

 

 反論の途中で、塚内空の姿はかき消えてしまった。

 

 

 * * * 

 

 

 麗日(うららか)お茶子が目覚めれば、男子を含めて昏睡者の輸送効率が劇的に変わる。

 塚内空の助言を受け、昏睡したままの麗日お茶子にガスマスクをつけ、八百万(やおよろず)(もも)は彼女を抱えて外へと脱出を試みていた。

 

 同様に、B組女子の(やなぎ)レイ子、取蔭(とかげ)切奈(せつな)塩崎(しおざき)(いばら)は、それぞれ小森(こもり)希乃子(きのこ)角取(つのとり)ポニー、拳藤(けんどう)一佳(いつか)を背負っていた。

 これはあくまでも第一陣で、何度でも往復して女子と男子を全員助けるつもりだった。

 

 毒ガスでダメージを受けていたB組女子を半壊させたムーンフィッシュを一瞬で捻じ伏せた塚内空の戦闘力なら、突破口を切り開けると判断していた。

 

 

 その塚内空がマグネと呼んだヴィランの隣。

 コートに仮面姿の男が、いつの間にかそこに立っていた。

 

 反面、塚内空がどこにもいない。

 

 そして右手に持った二つのビー玉を、消したり出したり消したりして遊んでいる。

 パームと呼ばれる、手品のハンドテクニックだ。

 

「塚内空は、そちらにいるべき人材じゃない。もっと輝ける舞台へ、俺達が連れて行くよ」

「……お返し遊ばせ!」

 

 キス、もとい、人工呼吸の余韻に浸っていた八百万百が、本気でぶちギレた。

 

 

*1
ガールズラブタグの予定がないとは言っていない

*2
「小架式」ではなく「小架一路」

*3
無影打法「寸勁」を実戦で使う! 宮平保が示す四つの寸勁(動画時間1:35~)




挿絵提供:まねきねこ様(生成AI:LORAなし・使用モデル「Hoshino v2」)
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