【モーティブ】《motive》
動機、真意。
(犯罪などの)誘因。
* * *
本来の林間合宿としては三日目。
日を
神奈川県横浜市神野区にある、隠れ家的なバー。
なんだかんだで
現場指揮官として目的を完璧に達成したノワールは、報告後、倒れるように寝てしまった。
初指揮の緊張感、仲間が削れた焦燥感など、様々な重圧に潰されかけてはいたが、それでも彼はやりきった。
今回、
一つ目は、原作通りに仲間を信じすぎていたこと。
二つ目は、指揮官役は必須だと主張するノワールと、少し喧嘩してしまったためだ。
何でも言うことを聞く奴隷のように扱っていた寿司係の友人、ノワール。
彼は自分の下だと思っていたのに、気がつけば隣に立っていて、自分に反論してきた。
それが気に食わなくて、余計意固地になって出撃しなかった。
ジャンルがSLGに変わったのなら、弔自身も出た方が勝率はあがるとわかっていたのに。
疲れ果て、靴とコートを脱いだだけで熟睡してしまったノワール。
そんな彼の頬を、死柄木弔はそっと撫でた。
小指と薬指と、中指。
全ての指が触れないように、注意深く、優しく、ゆっくりと。
その上で、彼が起きる前に静かに離れた。
遅めの朝食後、死柄木弔はカウンター席に座って戦果が書かれている新聞を読んでいた。
新聞の一面には『雄英大失態』と大きく見出しが書かれ、炎上したマタタビ荘を消防が消火している写真が掲載されている。
全てのメディアが、雄英の非難でもちきりだった。
そこは死柄木弔と、
拉致ってきたラグドールと
ラグドールは
その時、カウンター内にいた黒霧のケータイが鳴った。
大物ブローカー・
黒霧が電話に出ると、
「ニュースは見た。だから一応、おめでとうと伝えておく。勝者の権利だ、あんた等が三流
「……わかりました。ご忠告に感謝します」
電話が切れた後、黒霧は少し考えた。
マグネがいたとしても、そもそもマグネは女に興味が無い。
マスキュラーやマスタードがいたら、
ムーンフィッシュの場合は、同じ肉欲でもスナッフムービー展開になっただろう。
だが現状、彼らは昨夜の作戦で二度と合流できなくなってしまった。
黒霧自身には性機能が無いから、異性への肉欲的興味は無い。
スピナーは、ラグドールはともかく塚内空を神聖視しすぎているから、塚内空への
死柄木弔とリュミエール・ノワールの二人に関しては、彼らはその気になればいつだってその辺の女を簡単に口説ける外見の持ち主だ。
毎日のように取っ替え引っ替え女を抱いていたとしても、特段不思議には思わない。
わざわざこんな、仲間に死者まで出す程の大捕物までやって、やることが
ただ、この世界にはコンビニ強盗の上がりを奪うチンケなヤクザも、幼女を切り刻んで喜ぶヤクザも、組長の孫を人体実験して金儲けしましょうとドヤ顔するヤクザもいるので、その意味では
ラグドールはAFOが彼女の個性を欲しがっているからで、塚内空は有能であるのに社会からは疎んじられているという、その隙間をついて仲間入りの説得を試みる目的だ。
そう考えていくと、Mr.コンプレスは個性『圧縮』の関係で幾らでも女性を拉致できてしまう。
彼がその気になった瞬間、拉致監禁からの薄い本展開が待ったなしで開催されてしまう。
そういう意味で彼はどうなのかと黒霧が思案したタイミングで、コンプレスがあくびをしながら起きてきた。
「おはよう、黒霧さん」
「おはようございます、Mr.コンプレス。例の大物ブローカーから、塚内空に対して性的に手を出すなと釘を刺されてしまいました。貴方は我慢できますか?」
黒霧がそういうと、コンプレスは心外そうにげんなりとした顔を見せた。
「あのね、黒霧さん。俺はこれでも茜新社なのよ。紳士はノータッチ、わかる?」
「あかね……しん?」
わからなかった。
「興味無いってこと。『聖なるゴミ』のインタビュー映像、あれは最高なのよ」
インタビュー映像の塚内空は11歳、今の塚内空は15歳。
「……まぁ、興味が無いということなのであれば、わかりました」
コンプレスが街中を歩く時は、幼女や少女に手品を見せて喜ばせている。
黒霧はこれからも、その景色を『手品師だから』と受け止めるだろう。
拉致監禁をやりたい放題の個性の持ち主が性犯罪をしない理由は、酷く合理的なものだった。
* * *
「ふむ……我々が助力に行けないのは何故ですかな、サー・ナイトアイ?」
ザ・スカイクロウラー事務所。
仮に警察から塚内空救出作戦への参加打診があっても断るつもりだと宣言したナイトアイに、髭をいじりながらジェントルが尋ねた。
髭をいじっているのは不真面目だからではなく、単純に落ち着かないせいだ。
ナイトアイは、眼鏡を片手中指で押さえながら答える。
「返事は簡単だ。我々は、逮捕達成率の高さ故に人口密集地である都市部を任されている。あとは……見ればわかると思うが」
「……そうね、わかるわ、サー・ナイトアイ。今の彼は、空ちゃんに会わせられない」
ラブラバが、ため息をついた。
会議室の、すみっこ。
一切眠れなかったのか、目に隈のできたザ・スカイクロウラーが座っていた。
じっと床を見つめている彼が放つ異様なオーラに、誰も近づけない。
「今の彼を解き放ったら、大量殺人犯の出来上がりだ。手加減なんて不可能じゃないかな?」
コンパス・キッドが、肩をすくめる。
「普段のコーイチならともかく、今のコーイチを捕り物するのは、ちょっと無理ネ」
深夜おねむが、苦笑しながらザ・スカイクロウラーに近づいた。
やろうとしたことを察したのか、会議室内の面々が彼女から離れていく。
「……
ゆっくりと顔をあげた彼の目を改めて見て、やらねばならぬと深夜おねむは判断した。
深夜おねむは、眠そうにあくびをした。
個性『あくび』が発動し、
* * *
「己の不甲斐なさに、心底腹が立つ……」
額に大きめの絆創膏を貼ったオールマイトが、雄英高校の会議室で落ち込んでいた。
「我々の認識が甘すぎた。奴らは既に戦争を始めていた。ヒーロー社会を壊す戦争をさ」
根津校長が、しみじみと話す。
「認識できていたとしても、防げていたかどうか……」
ミッドナイトが語るように、人数が物理的に足りていない。
「要は知らず知らずの内に、平和ボケしてたんだ、俺等」
プレゼントマイクが、HEY-YO! と指をさす。
教え子すらも助けられず、何がヒーローか。
皆が落ち込み暗くなっていた最中に、オールマイトに電話連絡が入った。
原作では退室して電話を受けたオールマイトだったが、そのまま電話に出た。
「――何だい、塚内くん」
「ああ、オールマイト。捜査に進展があった」
電話の向こうから、塚内警部の声が聞こえてくる。
ついでに言うと「ちゃんと全部話してるでしょッ!」と泣き叫ぶオカマの声と「わかってます、わかってますから落ち着いて」と宥める
「
「……私は、素晴らしい友を持った……奴らに会ったらこう言ってやるぜ……」
塚内空からの救援メッセージ。必死に戦っていた生徒達。
なのにその頃、自分は半身浴に興じていた。
自分への怒りが、収まらない。
「私が反撃に来た、ってね」
ムキムキのマッスルフォームに変身しながら、オールマイトが答えた。
原作の救出作戦は、林間合宿拉致事件の二日後の夜だった。
だがこの世界線の塚内警部とオールマイトが、一日の猶予を設ける理由はまるで無かった。
* * *
本来であれば、雄英体育祭の時に無茶をしすぎた結果、
この世界では、林間合宿のマスキュラー戦で無茶をしすぎて彼の右手はボロボロになった。
原作の林間合宿後では腕全体がボロボロになって、医者からかなり強い注意を受けていたが、そこまで悪化はしていない。
その意味では『無事これ英雄なり』を彼なりに実行している感じになっていた。
ただ、原作と大きく違う点があった。
残念ながら、事態は緑谷出久の意識の回復を待ってくれなかった。
ヤオモモが発信機を相手に取り付ける流れではなかったため、生徒達自身の暴走による救出作戦を実行に移せなかった。
補習組の面々はブラドがずっと守っていたため無傷で済んだ。
その反面、何もできず何もしなかったという絶望感がずっと増していた。
よって、ウォッチマン飯田もウォッチマン八百万も発生しなかった。
ただ、もしウォッチマン飯田が発生していたら、塚内空はこう言っていただろう。
「But who will watch the watchmen?(しかし、誰が見張りを見張るのか?)」
『ウォッチ
あるいは、古代ローマの詩人ユウェナリスが詠んだ風刺詩第6歌『女性への警告』からの抜粋。
ドンキに入ったピュアセレブ八百万や、パイオツカイデーチャンネーイルヨ飯田もいない。
オッラァコッラァ緑谷も、残念ながらこの世界では発生しなかった。
* * *
昼過ぎ。
塚内空は身体を拭くための濡れタオルを渡され、簡単な身支度のみを許された。
その上で、漫画やアニメで何度も見た、例の隠れ家的なバーへと案内された。
雄英高校の謝罪会見及び救出作戦は、原作では爆豪の説得と同時だった。
つまり、原作と違ってかなり早い段階で対話を求められたことになる。
そこには、
原作ではマグネ・トゥワイス・トガヒミコがいてリュミエール・ノワールが不在だったから、単純人数では二人足りない。
塚内空を無理矢理椅子に座らせてから、死柄木弔は唐突に告げた。
「早速だが……ヴィランの女神、塚内空。俺の仲間にならないか?」
爆豪のように寝言は寝て死ねと答えても良かったが、塚内空はあえて真面目に応対した。
「私の性的な尊厳を破壊せず、話し合いを求めてくれた分はちゃんと向き合います」
「そういったものを欲する方々が昨晩いなくなったという事情もありますが、それ以上にブローカー・
カウンターの中で、コップを洗いながら黒霧が淡々と補足する。
マスキュラーはラグドールで満足したかもしれないが、マスタードにとって高学歴かつ司法試験合格者である塚内空は、尊厳破壊の良い対象だっただろう。
「……そう、義爛さんが」
「変なところにコネがあるのですね、貴女は」
黒霧に顔があれば、苦笑していただろうか。
塚内空は暫く考えてから、きっちり答えた。
「貴方たちの仲間になるほどの利点が私に無い、かな? 経済的に私はもう自立できているし、資産凍結のリスクを冒してまでテロリストの貴方たちに
「守るという行為に対価が発生した時点でヒーローはヒーローでなくなった、これがステインのご教示!」
スピナーが、ドヤ顔で論じてみせる。
しかし塚内空は、すげなく返す。
「それは彼の考えで、彼の言葉よね。語るのなら、貴方自身の言葉でお願い」
その言葉に面食らったように、スピナーは黙り込んだ。
「人の命を金や自己顕示に変換する異様、それをルールでギチギチと守る社会、敗北者を励ますどころか責め立てる国民。俺達の戦いは『問い』。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう! 俺達は勝つつもりだ。君も、勝つのは好きだろ?」
死柄木弔はそう言いながら、『雄英大失態』と一面に書かれた新聞を掲げて見せた。
塚内空は、大きなため息をつく。
「たまーに、自分をよく見せようとした政治家が給与を返還して低賃金で働くとか言い出したりするけれど、それを良い事として褒めると何が起きるかわかる? 全ての活動資金を自分で賄えるような、超富裕層しか政治家になれなくなる。公務員の給料を下げるのも同じ。生活のために賄賂を平気で受け取る腐敗した役人や警官が沢山生まれる。やがて社会は、賄賂なくして回らなくなっていく。結果として治安維持能力は低下し、弱者は守られなくなり、金持ちだけが安全を買える社会になる」
『腐敗認識指数』という単語で検索をかければわかるが、世界の実に七割が腐敗している。
腐敗していないことになっている上位の国も、少し調べただけで麻薬の温床となっているのがすぐにわかる。幸せの国と呼ばれているフィンランドは、子供も遊ぶような公園のトイレに『使用済みの注射器はこちらへ』と書かれた公的なゴミ箱が存在していることから察して欲しい。
「ヒーローだって同じ。ヒーローだって、食べなければ生きていけない。ヒーローへの対価をなくせば、超富裕層しかヒーローになれなくなる。貴方たちの主張をそのまま飲むなら、ヒーローを警察の特殊部隊として公的に組み込むしかなくなる。ヴィランが生まれやすい構造が放置されているから、もちろんその辺へのテコ入れは必要だろうけれど……そもそも貴方の言う勝利って、なに? ヴィランの国でも作りたいの?」
全てを肯定してくれるはずだった塚内空の、強烈な反論。
スピナーはそれを受け入れることができずに心の底から驚愕し、口をパクパクさせた。
少し思考してから、リュミエール・ノワールが口を開いた。
「今の社会は、『個性』という生まれ持った不平等な才能を持つ者だけが、安全と称賛を独占している。金があろうがなかろうが、生まれつき持たざる者は、ただ守られるだけの弱者として、ヒーローという名の特権階級に見下される。僕達が壊したいのは、その生まれながらの格差を正当化する欺瞞……かな?」
「欺瞞、ね。『社会への問い』とは言うけれど、その問いに対する対案を貴方たちは持っていないでしょう? 現状を破壊して更地にして、それでその後どうするかを全く考えていない。以前にも言ったけど、国境線を変えたり、お姫様と結婚するために、世界を征服する必要は無いの」
呆れたように言う塚内空に、スピナーが叫ぶ。
「つ、つ、塚内空ッ! お前は、ヴィランの女神ではないのか?」
「私の本を誤読したステインは私のことをそう評したみたいだけれど、ヴィランの女神と言われるような本を書いた覚えは全く無いし、あれを読んでそう解釈する読解力の人達と一緒になりたくはないです」
「……スピナー、彼女の本、渡したのに読んでないの? ステインの誤読を利用した策だったって、ちゃんと説明したのに」
流石に、リュミエール・ノワールが肩をすくめた。
スピナーが、顔を真っ赤にして目線を逸らす。
塚内空は、わざとらしく大仰に驚いてみせた。
「あ、ちゃんと策だったんだ」
「ウィ☆ 僕はちゃんと読んだよ、マドモアゼル。ステインの誤読を利用して仲間を増やさせてもらったけれど、ステインを神格化されすぎても作戦行動の時に困るから、そこは釘を刺していた……つもり☆」
「つもり、ねぇ?」
塚内空とリュミエール・ノワールが、顔を見合わせて苦笑した。
そのタイミングで、仮面にシルクハットの男が塚内空に話しかける。
「あー、おじさんはコンプレスってんだけど。空ちゃん、と呼んでも?」
「いいですよ、コンプレスさん。なんでしょう?」
「ヒーロー科に入ってるぐらいだから、てっきり問答無用で完全拒絶か、あるいは懐柔されたフリでもしてくるのかと思ってたよ。君を
黒霧や他の男連中相手の一人称は俺だったのに、塚内空相手のコンプレスの一人称が突然おじさんになったのは、そっとしておいてあげたい。
塚内空は、だるそうに答える。
「
「空ちゃんに、強い個性を与えることは可能だよ。これは利点になるかい?」
「自分の身体に合わない個性を与えられても困るだけなので、要りません」
「おや、即答かぁ」
コンプレスは、肩をすくめた。
無言でずっと考えていた死柄木弔が、指示を出す。
「荼毘。拘束外せ」
「は? 暴れないか? ムーンフィッシュを瞬殺したんだろ、こいつ」
「いいんだよ。対等に扱わなきゃな、スカウトだもの」
塚内空は塚内空で、遠い目をしながらその情報を聞いていた。
「……やっぱ死んだんだ、ムーンフィッシュ」
「なんだ、死刑囚を殺して反省してるのか?」
原作ではトゥワイスにパスした荼毘だったが、渋々と塚内空の拘束を外した。
「ううん。キルスコアが増えちゃったなって。これでも私は二人殺してるから、これで三人目」
「……こっえー女」
「私を殺そうとしてくる方が悪い。正当防衛が成立しているので、無罪です」
「そうか。俺は、荼毘だ。塚内とでも、呼びゃぁいいのか?」
「ご自由に」
拘束を外された塚内空が、ゆっくりと立ち上がる。
荼毘は思わず身構えてしまったが、彼女は彼を通り過ぎてカウンター席へと向かうだけだった。
「冷えたミネラルウォーターはありますか、黒霧さん」
「……私の名前を、存じているのですか」
「USJからの撤退時に指示が出ていたでしょう? 後は消去法です」
消去法(消去法とは言っていない)。
死柄木弔から二つ隣のカウンター席に座り、塚内空は黒霧が用意した水を飲みはじめる。
堂々とした態度の彼女を呆れ顔で見ながら、死柄木弔はゆっくりと語りかける。
「ずっと、ずっと考えてた。
「……うん」
塚内空は、彼の方を見返すことはしなかったものの、返事だけはした。
「茶化さずに聞いてくれねぇか、塚内空。さっきの話で例えるなら、俺達は社会から弾かれた小数派で、不幸しか残らなかった連中だ。ただ漠然と『世界征服したい』だけで動いたら、破滅しか待っていないとお前は言った。先を考えろというから、お前が言う通りにずっと考えてたんだが……ようやくわかった気がする。俺はきっと、全部嫌いなんだ。息づく全てが俺を苛つかせる。だから、先はいらない。破滅だけでいい。一旦全部壊したい。先が無いから、対価はない」
「随分と酷いボランティアね」
世界を壊すのに協力しろ、世界を破滅させるのだから給与支給はありません。
「理由はある。俺は俺を信じてついて来てくれたやつの、ヒーローになりてぇと思った。
「……諸葛亮とまで言ってくれるのは嬉しいけれど、過労死はしたくないなぁ」
水を飲み終えた塚内空が、くすくすと笑う。
余談だが、『諸葛亮』『諸葛孔明』と呼ぶのが正しく『諸葛亮孔明』と呼ぶのは誤りである。
リュミエール・ノワールが、先ほどまで塚内空が座っていた椅子に座りながら言った。
「USJが一回目、ショッピングモールが二回目、今日が三回目の、三顧の礼だよ☆」
「あなたのフランス設定はどこに消えたの」
「ジャンヌ・ダルクに例えた方が良かったかい?」
リュミエール・ノワールの言葉に、塚内空がイヤそうな顔をする。
なおジャンヌ・ダルクの指揮には、突撃コマンドしかない。
フランス版の薩摩兵子である。
その時、自分の手を眺めながら、死柄木弔がぼそりと呟いた。
「俺の手は、壊すことしかできない。だからお前に提示できる利点なんて、
利点にすらなっていない利点の提示。
だがその内容は、塚内空にとっては十分検討に値する材料だった。
なんだかんだでお互いが誠実に話し合ったからこそ、上辺だけを綺麗に飾ったどうでもいい言葉が消え、本音がぶつかり合う流れになっていた。
塚内空との話し合いの中で、死柄木弔は急速に成長をはじめていた。
オールマイトもAFOも、生徒には自分で考えさせようと割とノーヒントにしがちだが、誘導もなくヒントも出さず、当人にただ気付けと放置するのは教育者としては下の下だ。
(高校野球や高校サッカーでプロの世界を目指す生徒達に、『自分で気づけ』という指導をしているようなものと例えれば伝わるだろうか?)
結果として、死柄木弔の心の中での天秤はAFOより塚内空に傾きつつあったが、それはとても些細なことだ。
「……私の母親は、とある
裏でこの話し合いをモニタリングしていたAFOは、自身の教え子が諸葛亮とまで評価した者が、わざわざ徹底的に貶めてから殺すとまで宣言したその
「問題は、その後。理由は話せないんだけど、私は世界に居てはいけない人間だと思ってる」
塚内空は、皆を見渡せるように半ば振り向きながら静かに語る。
「だから全てが終わったら、ある人に私を殺してもらおうと思ってた。でもその人は優しすぎるから、私を殺せないかもしれない、生きろと説得してくるかもしれない。でも、それじゃ駄目だから……死柄木弔、貴方が提示した利点は、予備プランとして十分に対価たりうる」
「へぇ、言ってみるもんだな。それ以外には何も無ェから、出せと言われても無理なんだけどよ」
死柄木弔にとって、他に出せるものは『手』ぐらいしかない。
だが、流石に『手』は交渉条件にはならないだろう。
「私も彼も、自分の言葉で本音を曝け出したわ。他の皆はどうなの? 胸襟を開く、腹を割って話し合う……なんでもいいけど、人を勧誘したいというのなら、もう少し本音を教えて欲しい」
スピナーは憎悪の籠もった瞳で彼女を睨みつけながら、吐き捨てるように言った。
「恨みは消えない。日の下を歩いただけで、俺は殺虫剤を撒かれた。何もしていないのに殴られた。街を出れば、そこにあるのは『気味が悪い』だ。人間の顔をしたやつに、何がわかる」
黒霧は、塚内空のカウンター席からグラスを回収し、洗いながら言う。
「私は、死柄木弔を守る者。それだけです」
リュミエール・ノワールは、背もたれに深く身を預けながら言った。
「僕は……僕は……無個性を孤立させ、迫害するこの社会が、憎い」
荼毘はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、塚内空を見返す。
「リーダーの心中なんざ知ったこっちゃねェ。ヒーローなんかやってちゃいけねぇイカレたゴミクズに、俺の人生は何もかもぶっ壊された。塚内の復讐同様に、俺はそのヒーローを徹底的に貶めてから殺してやりたい」
コンプレスは、肩をすくめながら飄々と言ってのける。
「俺の願いは未来永劫叶えちゃいけないものだから、その意味では破滅は大歓迎かな」
コンプレスの性癖を変えるには、屋上からのワンチャンダイブしか手が無かった。
(※僕のヒーローアカデミア・ファイナルファンブックにも「この世に生を受けた瞬間からヴィランだった」と書いてある)
死柄木弔はカウンター席から立ち上がり、塚内空の前に立った。
逡巡した末、右手の人差し指と中指の二本を立てて彼女に向けた。
彼なりの、握手という誠意だ。
「もう一度、キチンと言わせてくれ。塚内空、お前が欲しい」
「言い方が紛らわしいんですけど」
はあ、と塚内空はため息一つ。
「お互いに、背中にナイフを隠した繫がりになります。貴方たちはヒーローが憎いのかもしれないけれど、私は
「構わない。本音だからこそ信じられる」
差し伸べた指二本を、死柄木弔は引っ込めなかった。
口をもにょもにょとさせながら、塚内空は彼の指二本を握りしめた。
死柄木弔は嬉しそうに微笑んでから、軽く指二本を振った。
「……呼び方は、
「女神呼びは絶対にやめて。じゃあ、私は
「おー、怖ェ」
指二本を握りしめるだけの、寂しい握手が成立した。
「さしあたって、私のケータイを返してもらっていい? 貴方たちの連絡先を入れたい」
「ケータイの電源入れたら、ヒーローが来るんじゃねぇか?」
「今更ね。三人が捕まってるんだから、ここの場所なんてもうとっくに割れてる。早ければ今夜にでも、私とラグドールを取り戻しに沢山のヒーロー達がやってくる」
「うげ、マジかよ」
「本当はシャワーを浴びたいんだけど、着替えが無いから……何かご飯を作ってもらっていい? お腹すいちゃった」
塚内空と死柄木弔が、突然親しげに話し始めた。
なのでリュミエール・ノワールは、なんだかちょっと面白くなかった。
だから、彼女にちょっとした悪戯をしてみることにした。
「それなんだけど、マドモワゼル。僕のパパンとママンが逮捕されちゃったのもあって、僕達は最近、お寿司を食べれてないんだ。今孔明(「今の時代の諸葛孔明」という意味)の采配で、出前寿司を用意してくれないかい?」
「荼毘さんは?」
「……あ?」
塚内空に突然話を振られた荼毘が、怪訝そうな顔をする。
「寿司っていう単語を聞いて、イヤそうな顔してた。魚、苦手なんじゃない?」
「……良くわかったな、塚内。魚よりは、蕎麦がいい」
「天ぷらだと魚類が入るかもしれない。肉蕎麦の方が好み?」
「あ、ああ」
荼毘は、火傷痕の関係で表情がわかりにくい。
荼毘の魚嫌いは塚内空にとってはただの原作知識だが、周囲の全員が『イヤそうな顔してた』の適当なはったりに騙されてしまった。
「男所帯だから、少し多めに頼んだ方がいいよね」
「余れば夕飯になるから、それはそれで助かるぜ?」
コンプレスが、小首を傾げる。
塚内空は軽く息を吸うと、バーの中に響く声で叫んだ。
「Hey、ジョン!
バーの片隅のスピーカーから、何かが激しく転がってどったんばったんしたかのような音が聞こえてきた。五秒と置かず、黒霧のケータイに電話連絡が入った。
急な連絡事項を聞かされた黒霧は、ケータイをしまいながら室内の全員に告げる。
「特上寿司十人前と肉蕎麦大盛り、今すぐ手配するそうです」
「「「「……はああぁぁ!?」」」」
* * *
『雄英高校拉致事件・特別捜査本部』という紙が貼られた室内。
憔悴した表情の塚内警部が、黙々と三丁の銃の手入れをしていた。
一つは、フランキ・SPAS-15 (スラグ弾装填)。
セミオートで連射可能なクソヤバなショットガン。散弾ではなくスラグ弾(一粒弾)なので、車のドアと防弾ベスト着用SPとターゲットを全部まとめて
一つは、H&K MP5/10。
通常の9mm弾ではなく、貫通力とストッピングパワーの高いFBI仕様の10mm弾版サブマシンガン。映画『攻殻機動隊』においてサブマシンガンに強装弾を使用した敵がドア抜きをしていたが、威力はアレに近い。
そしてバックアップ、SIG P230JP。いつもの相棒。
「SPAS-15なんてどこから持ってきたんですか……」
引き攣った顔で、
「これはレミントンM870だ。そこに書いてあるだろう」
SPAS-15に、油性マジックで雑に『れみんとんM870』と書かれている。
「NPO法人の
NPO法人からSPAS-15までの間が、全くもって繫がっていない。
多分これは何を言っても駄目なやつだ、と
MP5/10を見ながら、
「これは……FBI仕様のMP5ですか?」
「ショッピングモールの時に許可が下りなかったMP5だ、見間違いだろう」
よく、映画では車のドアを盾にした銃撃戦が行われたりする。
MP5/10は車のドアごとぶち抜くので、映画の演出が成立しないサブマシンガンだ。
「
塚内警部が、ぼそりと呟く。
「……人質がいるんですから、ロケランは……駄目では?」
「そうだな、ロケランは……駄目だな」
それ以前に、現場指揮官である塚内警部が機動隊隊員として戦うのは許されない。
しかし先ほど
「ああ、それより。みんな来てくれましたよ。
「そうか!」
塚内警部は手早く銃を片付け、来てくれたヒーロー達を出迎えに行った。
No.1ヒーロー、オールマイト。
No.2ヒーロー、エンデヴァー。
No.3ヒーロー、ホークス。
No.4ヒーロー、ベストジーニスト。
No.5ヒーロー、エッジショット。
その他、シンリンカムイ、Mt.レディ、グラントリノ、ギャングオルカ、エクスレス、虎。
「そうそうたる顔ぶれが集まってくれた。さァ、作戦会議を始めよう」
塚内警部は、警察官が浮かべてはいけないニチャリとした笑みを浮かべた。