塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.56 「蝶が羽ばたいた一例」

 

【ミスハップ】《mishap》

 (軽い)事故、災難、不幸な出来事。

 意図せず起きてしまった、気まずいトラブル。

 

 

 * * *

 

 

 チェーン喫茶ジェンラバ、鳴羽田(なるはた)本店がある建物の三階。

 そこに俺は住んでいる。

 

 大事なのは、自分が誰なのかよく知ることだ。

 開けた窓から外を眺めながら、通りを歩く連中を観察する。

 

 何をしてるって? いつもの日課さ。

 俺の一日は、一本のアメスピと観察からはじまる。

 

 神奈川県神野(かみの)区の戦いでオールマイトが引退してから、半月が経っている。

 テレビもネットも、連日不安を煽るだけの井戸端会議を垂れ流している。

 

 マスコミは繰り上げでNo.1の座についたヒーロー、エンデヴァーについて毎日話している。

 不安の大部分は今、彼にのしかかっている。

 そりゃそうさ、万人に受けるキャラじゃねぇ。

 

 つまらない朝のテレビを消し、外出用のラフな服に着替えた。

 アメスピが切れそうなので、買いに行く必要がある。

 

 会社も資格も軌道に乗りすぎていて、怖いぐらいだ。

 

 会社は会社で、雄英高校から頭のおかしい発注が来て毎日のように忙しい。

 今は盆休みだが、それが終わればやることだらけ。

 

 日本中のヒーロー科のある高校を地下で繋げるって、マジで意味がわかんねぇ。

 一体全体、何桁の金が動いてるんだ?

 生徒用の寮も超特急で作ってくれと言われているから、下っ端の俺は実行するだけだ。

 

 資格は資格で「ほにゃらら年以上の実務経験を有する者」という条件を満たしたやつは、どんどん挑んでる。『足場の組立て等作業主任者(足場の組立て、解体又は変更に関する作業に3年以上従事した経験を有する者)』とか、なんかそういう資格をガンガン取ってる。

 

 なんだか知らねぇが『ぶばいがわら君人形』が売れまくってて怖い。

 売り上げの何%だか忘れたが、定期的に入ってくるから焼き肉がうまい。

 

 その気になれば豪邸買って引っ越しもできるが、俺はこの部屋が気に入っている。

 ジェンラバのコーヒーはうまいし、何よりも向かいの部屋には……っ!?

 

「んがっ!?」

 

 こけた。

 

 部屋を出た瞬間、向かいの部屋から偶然同じタイミングで天使が出てきた。

 格好つけた挨拶をしようとして、俺は情けなくも転んで、頭を打っちまった。

 意識が遠のく、カッコ悪ィ……。

 

 

 * * *

 

 

「大丈夫ですかぁー? 聞こえますかぁー?」

 

 看護学校も、普通の高校同様に夏休みがある。

 一人暮らしの渡我(トガ)被身子(ヒミコ)は、近所のコンビニに朝食を買いに出かけようとした。

 扉を開けた瞬間に隣人が目の前でスッ転んで気絶したので、流石に驚いた。

 

 看護学校に通っている者として、こういう時に服が汚れるのは無視だ。

 頭部から出血が見られたので、頭をハンカチで包んであげた。

 同時に、簡易的なバイタルチェックを試みる。

 

「今日は何月何日か、わかりますかー?」

「天使がいる……」

「ここはどこだか、わかりますかー?」

「君は天使だ……」

「ちょっと手ぇ、触りますねー。寒くないですかぁ?」

「付き合おう、トガちゃん」

 

 意識の混濁、不明瞭な会話。

 

分倍河原(ぶばいがわら)さん、救急車呼びますからぁー」

「……妻……」

 

 そう言って、隣人がガバリと起き上がった。

 彼の顔が突然急接近したので、渡我被身子は照れた。

 

「待ってトガちゃんマジ大丈夫トガちゃんが天使なのは本当だから俺と付き合って」

「……はぁ。真面目にバイタルチェックをした私が、馬鹿みたいなのです」

「違うんだトガちゃん。トガちゃんが天使すぎて転んじゃったんだ」

 

 なんだかんだで、年単位のご近所付き合い。

 週一のバイト先でも、毎週のように必ず出会う。

 

 しかし渡我被身子としては、ジト目で隣人を見るしかなかった。

  

「そういう冗談はやめてください。私がカァいくないのは、私が一番良く知ってるのです。私はずっと昔から、不気味な顔とか、顔が怖いとか、異常者とか、笑うなとか言われてきたのです。(コク)ってもフラれるのです。恋バナは聞くことしかできないのです。諦めのトガなのです」

 

 この発言には、少々の説明が必要になる。

 中学卒業までの渡我被身子は、両親や周囲の人間から実際に不気味だの怖いだの異常者だの言われ続けたので、自己肯定感が異様に低い。

 看護学校以降の渡我被身子は、世界の偉人レベルで貴重な人材となってしまったので、大切にされすぎて逆に皆から一線を引かれるようになってしまった(塚内空のみ例外)。

 

 塚内空が静岡県の学校に通っている今は、距離の関係でケータイでのやりとりしかできない。

 渡我被身子の異様に低い自己肯定感は、あまり改善されないままだった。

 

 しかし目の前の男は、確かに意識が不明瞭なまま天使だの付き合おうだの、普段心の中に秘めていた言葉を思わずベラベラと喋ってしまったが、それでも『諦めのトガ』という言葉だけは聞き捨てならなかった。

 自分自身が長期に渡って人生を諦めていたからこそ、彼女が抱えた闇に真正面からキチンと向き合わなければならないと直感で理解できた。

 

 だから、分倍河原(ぶばいがわら)(じん)は。

 目の前の天使の両手を握り、一世一代の大博打に出た。

 

「トガちゃんは世界一可愛い顔してる。トガちゃんに不気味とか怖いとか言った、頭と目のおかしい連中のことはどうでもいい。俺はトガちゃんと結婚したい。俺と付き合ってください」

 

 人生初の告白をした分倍河原仁は、10歳以上年下の少女の目を真っ直ぐ見続けた。

 人生初の告白をされた渡我被身子は、握られた両手を見て、男の顔を見て、巻いたハンカチの赤色を見てから、改めて男の顔を見直した。

 

 渡我被身子は、この人はボロボロで血の匂いがすると思ってしまった。

 謎の守ってあげなきゃ感と、キレイな血へのチウチウ感が合体して胸がじんわりとした。

 勢いに勢いが重なって、承諾の返事をしてしまった。

 

「……はい」

「いよっしゃぁあああァァァッ!」

 

 仮にも頭部から出血していた分倍河原仁は、興奮のあまりブッ倒れた。

 はじめてのデート先は、付き添いとして渡我被身子が来てくれた病院だった。 

 

 

 * * *

 

 

義爛(ぎらん)、元気でやってるか?」

「久しぶりだな分倍河原(ぶばいがわら)! そっちこそどうなんだ?」

「彼女ができた」

「おい、薬のやりすぎだ。もう少し量を減らせ。俺は薬剤師じゃねぇから用法用量をよく守ってなんてことは言わねぇが、真っ昼間から幻覚や幻聴が発生してるようじゃ駄目だ」

「ハァン!? バカ言え! 俺の天使を幻覚呼ばわりすんな!」

「そうか。相手の年齢は?」

「確か、17?」

「……オーケー、だいぶキてるな。塚内の嬢ちゃんには、こっちから連絡入れとく」

「おいおい嫉妬か義爛(ぎらん)、現役JK(女子看護学生)だぞ? 今なら空も飛べそうだぜ」

「アッパー系カクテルか……最近、死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)が動いてるからその関係か?」

「これより最高な人生があんのかよ!」

「わかった。いいか、それ以上は打つなよ? 俺の方でも探りを入れとくから。な?」

 

 

 * * *

 

 

(そら)ちゃん!」

「ヒミコちゃん、久しぶり! 声が聞けて嬉しい!」

「あのね……トガは生まれてはじめて、コクられたのです」

「……まさかの恋バナ! えっ、相手は誰? 私の知ってる人?」

「向かいに住んでる、(じん)くん」

「仁? まさか分倍河原仁!? 推しカプきたこれ!」

「おしかぷ?」

「なんでもない、こっちの話! やったね! もうデートとかしたの?」

「初デートは救急車で病院でした。血の匂いが素敵だったのです」

「うん……うん?」

「なんだかボロボロで血の香りがしていたのです。チウ(キス)チウチウ(吸血)はまだなのです」

「……切り刻んだりはしてないよね?」

(じん)くんのボロボロな姿……大好きなのです」

「そう来たかぁ……」

 

 

 * * *

 

 

「あれっ、義爛(ぎらん)さん。お久しぶりですー」

「嬢ちゃん、ちとまずいことになった。分倍河原(ぶばいがわら)に、ヤクザの売人……死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)が接触してる可能性がある」

「はぁ?(※原作トゥワイスとオーバーホールの流れが脳裏をよぎる)詳しくお願いします!」

「どうも真っ昼間から幻覚を見てるようでな……ちぃっとばかし、錯乱してる疑惑がある」

「(私の推しカプを麻薬で錯乱させた可能性? それで病院送り?)……許せない」

「とりあえずこっちで死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)に探りを入れてみる。嬢ちゃんも気をつけてな」

「わかりました。そうだ義爛(ぎらん)さん、コンデニウムって手に入ります?」

「なんだそりゃ、聞いたことねぇな」

「サポートアイテムに使える素材です。もし裏流通にコンデニウムが出回ってたら全部おさえてください」

「……ここ1~2週の間でスーツアイテムの闇市場が一気に活性化してる。例の神野以降、裏で需要が倍増してるんだ。仮に入手できても、値が張ると思うぞ?」

「片っ端から全部買います。仲介手数料もマシマシで払います」

「ヒュゥ、流石嬢ちゃんだ。いいぜ、コンデニウムを確保しとく」

「ありがとうございます、義爛(ぎらん)さん。死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)は、場合によっては組ごと潰します」

「そいつぁ心強ェ。なんかあったら連絡するぜ」

「はい、わかりました!」

 

 

 * * *

 

 

 

 林間合宿事件において、イレイザーヘッドこと相澤消太の右目の下に傷跡が残ってしまった。

 原作ではUSJの脳無戦でつけられたが、この世界ではスピナーにつけられた。

 

 これにショックを受けたのは他でもない、新妻の相澤真である。

 

 姪の塚内空が(ヴィラン)連合に拉致られ、救出後は公安に身柄を持って行かれてしまった。

 この事も重なり、相澤真の精神が不安定になってしまった。

 

 雄英高校は丁度夏休み期間に突入しており、林間合宿事件の事後処理と、生徒達の寮生活以降のための家庭訪問が教員達の主な仕事だった。激しく動くわけでもないので、相澤消太の体力は問題無く余っていた。

 

 何が発生したのかというと、相澤家の家族計画の崩壊である。

 

 相澤消太は、妻の真から毎日のように何度も搾り取られた。

 ただでさえグラビアモデル級の容姿なのに、経産婦とは思えない体型をキープしている。

 そんな彼女が毎晩甘えてくるのだから、受けて 立たなければ男ではない。

 

 ヤることをヤりまくったので、八月末頃に第二子の妊娠が発覚することになる。

 相澤家に第二子が誕生したことそれ自体は、この物語に大きな影響を与えることはない。

 

 九月頭に仮免試験があるため、Ms.ジョークとイレイザーヘッドが再会する。

 その意味では、小さな影響はあるかもしれない。

 残念ながら、些細な話だ。

 

 

 * * *

 

 

 八月の第三週から、雄英生徒陣の寮生活がはじまった。

 

 原作では、イレイザーヘッドから身勝手な救出の件で、本来は除籍処分だと叱られた。

 その後で部屋の披露大会があり、蛙吹(あすい)梅雨(つゆ)の涙の告白シーンがある。

 

 しかしこの世界では、救出計画が一日早まってしまった。

 

 緑谷(みどりや)出久(いずく)の意識は回復せず、発信機の取り付けも無かった。

 救出イベントがキャンセルされたことにより、蛙吹の涙もキャンセル。

 部屋の披露大会は、そもそも身勝手な救出行為によりクラス全体の雰囲気が悪化したのを(やわ)らげる目的で行われたものだった。つまり、各自の部屋を披露する意味が薄い。

 

 これにより、一気に必殺技イベントに進むというバタフライエフェクトが発生した。

 ただでさえ少ない砂藤(さとう)力道(りきどう)の出番が、容赦無く減ってしまった。

 

 一応言っておくと、塚内空の寮の部屋は実家とたいして変わらない。

 半分はパソコン関連をはじめとした機能性優先、半分が女の子的可愛い部屋。

 

 モニタは複数枚、ハイエンドスペックのデスクトップパソコン。

 時にはタブレットから遠隔操作でパソコンを動かす。

 こういった側面があったからこそ、ラブラバと相性が良かったのかもしれない。

 

 

 * * *

 

 

「まずは仮免取得が当面の目標だ。試験はとても厳しい。合格率は例年五割を切る」

「仮免でそんなにキツイのかよ……」

 

 イレイザーヘッドの説明に、峰田(みねた)(みのる)がげんなりとする。

 

「そこで今日から、君らには一人最低でも二つ……必殺技を作ってもらう!」

 

 その台詞に合わせてミッドナイト、エクトプラズム、セメントス達が入室してきた。

 

「学校っぽくてそれでいてヒーローぽいのキタァア!」

 

 瀬呂(せろ)範太(はんた)切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)が、立ち上がって叫んだ。

 

「あのー」

 

 困り顔で、塚内空が挙手をした。

 イレイザーヘッドが、担任として問う。

 

「なんだ、塚内」

「殺していいんですか?」

「は?」

「いえだからその、『必ず殺す技』と書いて必殺技ですよね?」

 

 何言ってんだコイツ、という目でイレイザーヘッドが自身の姪を眺める。

 尾白(おじろ)猿夫(ましらお)が、慌てて口を挟む。

 

「違う塚内、えーと、格闘ゲームの知識はある? 昇竜拳や波動拳という言葉を聞いたことは?」

「ああいえ、そうではなく……その昇竜拳で、相手を殺していいのかということです」

 

 流石の尾白も、顔が引き攣る。

 

「ヒーローは(ヴィラン)を捕まえる為に拳を振るうから、殺しちゃ駄目だよ」

「殺してはいけない必殺技……哲学だなぁ……」

 

 尾白では、塚内を説得しきれなかった。

 エクトプラズム達が、懸命に説明する。

 

「必殺! コレスナワチ、必勝の型・技ノコトナリ!」

「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない」

「技は己を象徴する! 必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!」

 

 それを受けて、生徒達がざわつきはじめる。

 

「3ゲージ制の格ゲーで1ゲージ消費する系?」

「待てよ、3ゲージ消費技だってある」

「通常攻撃キャンセル・竜巻ヨガフレコマンドの必殺技でよくね?」

超必(ちょうひ)やんね。↙→↘↓↙←↘+BC」

「ガロスペ版レイジングストームかよ」

「エリアルコンボ決めてみてぇよな!」

「コマンド投げをくれ……女子を吸い込みてぇ……」

 

 わいのわいの。やいのやいの。

 

「……全員コスチュームに着替え、体育館γ(ガンマ)へ集合!」

 

 合理的じゃないな、とイレイザーヘッドはため息をついた。

 

 

 * * *

 

 

 トレーニングの台所ランド、略してTDL。

 

「技ハ必ズシモ攻撃デアル必要ハ無イ」

「状況に左右されずに安定行動を取れれば、それは高い戦闘力を有している事になるんだよ」

「先日大活躍したシンリンカムイの『ウルシ鎖牢』なんか、模範的な必殺技よ」

 

 相手を殺す必要は無いという点を、教師達は必死に前面に押し出していく。

 表現的には『必殺技』が一番伝わりやすいから、このまま押しきるしかない。

 

「つまりこれから後期始業まで、残り十日余りの夏休みは、個性を伸ばしつつ必殺技を編み出す圧縮訓練となる。プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」

「ワクワクしてきたぁ!」

 

 イレイザーヘッドが発破をかけ、皆に気合いが入った。

 

 手や腕が壊れてしまうことを最小限に抑えたい緑谷(みどりや)出久(いずく)と、師父(シーフー)に『必ず殺す技と書いて必殺技というのなら、全てが必殺技』と言われた塚内(つかうち)(そら)は、さてどうしたものかと途方に暮れた。

 

 

 * * *

 

 

 目の前では、エクトプラズム先生と尾白くんが戦っていたり、アシドさんが水鉄砲のように酸を飛ばそうとしたりしている。

 その他にも、何やらあちこちで派手な攻防をしているのがわかる。

 

 アイデアが浮かばず、僕こと緑谷出久は、ぼんやりとその光景を眺めていた。

 

 僕のそばで、塚内さんも困ったようにクラスメイト達の修行を見ているのがわかる。

 無個性の彼女は、必殺技を開発できずに悩んでいるのかもしれない。

 

 そんな事を考えていたら、エクトプラズム先生がそっと近づいてきて、義足で塚内さんに蹴りを入れようとしたのがわかった(※原作では緑谷が蹴られる)。

 

「何ヲ、ヌボーットシテイル?」

 

 でも塚内さんは、見えないはずの死角からの蹴りに対して半歩動いて回避するどころか、その回避の動きで先生の懐にするりと入り込み、先生の蹴り脚を持ち上げると共に先生の胸に肘を入れるフリ、そこから手をあげて手の甲(背掌)で先生の顔を打つフリ、そのまま伸ばした腕と共に身体全体を落とすことで、蹴り脚を彼女に持たれているエクトプラズム先生がもはや物理的に転ぶしかないという流れに華麗に持ち込んでしまった。

 

「ウオッ」

 

 ころん、とエクトプラズム先生が地面に転ばされる。

 先刻、先生に軽くあしらわれていた尾白くんが、口をあんぐり開けている。

 

「ぬぼーっとしていたわけではないんです、先生。私が学んできた太極拳には、乱環圏(ランファンチュアル)と呼ばれている概念があって、日本語では制空圏みたいな意味なんですけれど……私は皆のように派手な個性を持っていませんから、自身のヒーロー名のように私の手の届く範囲に迂闊に敵が近づいてきた時に自動で反撃する術を磨いていたつもりだったんです。本来は球を身体に循環させるのですがそうではなく、最初から身体全体に張ってしまうというか……」

 

 塚内さんは、僕の方を見ながらにこりと笑った。

 

「デクくん風に言うなら、『乱環圏(ランファンチュアル)・フルカウル』かな?」

 

 でも僕は、いつも心の中で叫んでいたはずだったので首を傾げてしまった。

 

「……あれっ? 僕、フルカウルって口に出してた?」

「ん"っ? ん"ん"っ! と、時々! 時々言ってたかな?」

 

 塚内さんが何故か突然慌てたように、両手を振った。

 時々であれ、口に出して言っていた(※口に出して言っていたとは言ってない)のなら気をつけなくちゃ。

 

「塚内さんは、太極拳を学んでたんだね。僕が学んだ太極拳は健康体操っぽい感じだったけど、やったことがあるよ!」

「ふふっ。なんとか拳って名前なだけあって、元は武術なんです。今は(すた)れてしまっているみたいですけど」

 

 右手をグー、左手をパーに胸の前で合わせる、映画で見たようなポーズを塚内さんはとった。

 そんな時だった。

 

「やってるねえ、皆!」

「オールマイト……?」

 

 突然現れたオールマイトに、相澤先生が驚く。

 オールマイトはマッスルフォームに変身して、笑顔でサムズアップをした。

 

「呼ばれてないけど今日は特に用事もなかったので、来た!」

「いや療養しててくださいよ。後期に(そな)えて」

 

 相澤先生が、すげなく返した。

 僕はまだ必殺技の手がかりすら掴めていなかったので、オールマイトに合わせる顔が無い。

 そういう怪我はもう二度と治さないと、リカバリーガールにも釘を刺されている。

 

「ヘイ、アドバイス」

 

 いつの間にか、オールマイトが僕のそばに立っていた。

 

「あっ、オールマイト……」

「君はまだ、私に(なら)おうとしているぞ」

「へ……? それはどういう……」

「やァ、切島少年! 君の硬化なら、小細工考えるよりゴリ押しの方がいいよ」

 

 オールマイトは、僕に返事をせずに他のクラスメイトの所に向かってしまった。

 それを見ていた塚内さんが、苦笑しながら声をかけてくれた。

 

「太極拳だと、拳の他に腕、肘、肩、膝、脚、足先、なんでも使うよ。手にしたって拳だけじゃなくて、掌とか背掌とか鉄槌とかね。健康体操であれ太極拳をやったことがあるのなら、ふんわりでもそれっぽい残滓が套路(とうろ)の中にあったんじゃない?」

「拳の他になんでも使う、かぁ……」

 

 僕と塚内さんのそんなやりとりを、遠くからオールマイトが観察してたんだけど。

 何か物凄いショックを受けた表情で、卒倒せんばかりの勢いで狼狽(うろた)えてた。

 ……なんだったんだろう?

 

「そういえば、サポート科と連携しろって言われてたんだった……すっかり忘れてた」

「そうなの?」

 

 入学時に言われていたのなら、本気で忘れていたことになる。

 四ヶ月以上放置してたことになるけど、思い返せば色々ありすぎた。

 

「実は、私の雄英合格って条件付きなんだよね。サポート科と連携をするように、って厳命されてるの。デクくんもコスチューム改良とか必殺技で悩んでるみたいだし、一緒に行ってみる?」

「……うっ、うん!」

 

 校舎一階にある、開発工房。

 僕と塚内さんは連れ添って駄弁(だべ)りながら、工房へと向かっていく。

 工房の大きな扉の前に僕と塚内さんが立ち止まった所で、新たな人から声をかけられた。

 

「あれ! 空ちゃん、デクくん! いないと思ったら!」

 

 麗日(うららか)さんと委員長も、開発工房に向かってきていた。

 塚内さんは何故か少しだけ僕から離れて、温かい眼差しで僕を見つめはじめた。

 ……なんだろう?

 

 BOMB!

 

 開発工房の扉が突然爆発し、僕は麗日(うららか)さんに笑顔を向けたまま吹き飛ばされた。

 

「ゲホッ、ゲホッ……おまえなァア……思いついたもの何でもかんでも組むんじゃないよ!」

 

 パワーローダー先生の声が聞こえてくるけれど、立ちこめた煙が凄すぎて何も見えない。

 何が起きているのかよくわからず、僕は起き上がろうとした。

 

「~~~ッ!?」

 

 僕のすぐそば、僕同様に爆風に巻き込まれた塚内さんが倒れている。

 

 そして塚内さんの上に、お、おっ、おっぱいが強調された服を着た発目さんが、塚内さんのおおお、おっぱいとむにゅりと潰し合うだけじゃなくて……塚内さんと発目さんが、思いっきり口づけをかわしあっていた。*1

 

「んっ、んーっ!?」

 

 塚内さんが、発目さんを優しく引き剥がそうとしている。

 なのに、発目さんは『興味あります!』という顔でキスを続けている。

 

「ぷはっ」

 

 必死な形相(ぎょうそう)で、塚内さんが発目さんを押しのけた。

 

「おっと。もう少しで、ベイビーのインスピレーションが湧きそうだったのですが」

 

 発目さんは、なんでもなかったかのような顔をしておっぱい同士をむにゅらせている。

 この場に峰田(みねた)くんがいなくて、本当に良かったと思う。

 

「のっ、ノーカン! ノーカンです! ノーカンなんだったら!」

 

 顔を真っ赤にした塚内さんが、発目さんの下で必死に叫んでいる。

 

「おだちんさ、ごぉわくわ。腹ァ、にかにかや。はよいごぉ」

 

 怖い顔をした麗日(うららか)さんが、何かを言ったけどわからない。

 同じ日本語を話しているはずなのに、理解できない。

 委員長が引き攣った顔で、麗日(うららか)さんから一歩離れた。

 

 塚内さんと発目さんの、おっ、おっぱいが、むにゅむにゅと潰し合い、揺れ続けている。

 僕は思わず、ごくりと唾を呑み込んでしまった。

 

 

*1
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