塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.6 「鳴羽田事変」

 

【カタストロフィー】《catastrophe》

 自然界や人間社会の大変動。変革。

 また、物語の悲劇的な結末。破局。

 

 

 * * *

 

 

 翌年の4月。

 私はお母さんと一緒に、東鳴羽田(なるはた)の繁華街へと出かけていた。

 お父さんへの誕生日プレゼントと、航一さんへのチームIDATEN就職祝いを買うためだ。

 

 それなら私が小学四年生になった祝いも兼ねましょう、とお母さんが言い出した。

 二人で連れ添って、何か美味しいモノを食べに行くことになった。

 

(そら)の知り合いとはいえ、この歳でもう男性へのプレゼントとか、複雑だわぁ……」

「航一さんはそういう人じゃなくて、純粋にヒーローを目指してる人だから!」

 

 仮に私が航一さんに恋愛感情を抱いたとしても、運命は和歩ちゃんとカップリングさせる。

 原作では美人の真さんすらフラれていたのだから、モブ少女A子さんに出る幕はない。

 ……真さんは誰と結婚するんだろう?

 

(そら)、先にご飯食べちゃう? ステーキでもラーメンでも、希望があれば言ってくれれば」

「この辺わりと何でもあるよね。海鮮丼にする!」

 

 私はお母さんと手を繋いで、二人で仲良く繁華街を歩いていた。

 周囲を歩く人達も、車に乗って出かけている人達も、笑顔で日常を楽しんでいた。

 

 突然の爆発が、眼前の歩行者、行き交う車、立ち並ぶビルや店の全てを吹き飛ばした。

 正確には大量の空気が並行に押し出され、何もかもが吹き飛び圧壊して爆発に至った。

 

 爆風から私を守るべく、お母さんが咄嗟に私を庇う。

 今の一瞬だけで、どれだけの人間がただの肉塊に変わってしまったのだろうか。

 情けないことに、私は呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 * * *

 

 

 何気ない日常は、突然終焉を迎えるもの。

 理不尽は、いやがおうでも向こうからやってくる。

 

 母に庇われている私の視界の中。

 宙に浮かぶ黒い輪を背に、高身長のスーツ姿の男性が周囲を睥睨している。

 適当な広場が無かったから作っただけ、と言わんばかりの表情。

 

 そしてどこかからわらわらと、いかにも()()()()()()()()といった風体の連中が大量に現れた。

 連中は一様にぎょろりとした目つきで唸り声をあげ、餌を前に『待て』を指示されている犬のように涎を垂らしている。

 

 一人だけ正装と言わんばかりのスーツ姿の男性は、傍らの黒いもやに声をかけた。

 

「黒霧、君を巻き込みたくない。下がっていたまえ」

「よろしいのですか」

「群体の研究、永久化の研究、やることは山積みだ。仮に無辜の市民がヒーロー並の個性を手軽に得て大暴れしたとしよう、そこまでは至って普通の喜劇だ。警察もヒーローも、捕らえたヴィランの毒を抜けば全て元に戻ると考えている。だが毒を抜いても何も戻らず、誰にとってもわかりやすい異形のままだったら連中は一体どういう判断を下すのだろうね? 永久に刑務所に押し込めるのか、それとも脳天気に釈放するのか、大変興味深い」

 

 私はもう少し早く思い出すべきだった。

 

 東鳴羽田は、原作で旧市街と言われていた。

 なのに、東鳴羽田は繁華街と呼んで良い程の賑わいを見せている。

 高速道路が開通したことで交通の便が良くなり、流通が加速したからだ。

 

 ならば旧市街と呼ばれるようになった理由はなに?

 仮にも都内、土地価も決して低くないはずなのに、どうして凋落したのか?

 

「残念ながら未完成の技術だが、ただ捨てるには勿体ない。実験をはじめよう」

 

 指揮者気取りのスーツ男が、右手を指揮棒(タクト)代わりにくるくる回した。

 大量の、様々な姿の(ヴィラン)達が、一斉に散開した。

 そして手当たり次第に、殺戮と破壊という理不尽を実行し始めた。

 

 

 * * *

 

 

 単純に、相手の数が多い。

 お母さんはスーツ姿の男が身に纏う濃厚な死の気配に震えていたが、(ヴィラン)達がこちらに向かってきたことで意識を切り替え、私を抱えて空中を走り出した。

 手近な低層ビルの屋上に身を隠すと、お母さんは携帯を取り出して警察に連絡を入れる。

 

「東鳴羽田繁華街、大量のヴィラン、恐らくオール・フォー・ワンと思われる人物が、」

「判断が早い。行動も的確だ。警官、いや、非番の刑事といったところかな?」

 

 嘘だ、まさか、そんな。

 必死に逃げたはずなのに、そこに彼はいた。

 

「丁度いい。飛行系の()()が欲しかったんだ。贈答用にも便利でね」

「うぐあっ!」

 

 白髪白目のスーツ姿の中年が、お母さんの頭を鷲づかみにして持ち上げる。

 お母さんは腕を引き剥がそうと両手で掴み、もがく。

 片手で掴んでいるだけなのに、頭蓋骨が割れそうな程の力が、お母さんを苦しめる。

 

「貴女の『エアウォーク』は、ありがたく貰っていこう」

「に、げ……逃げて、(そら)……」

「お母さんッ!」

「ふぅむ」

 

 白髪白目野郎は、私をつまらなさそうに一瞥すると、お母さんを投げ捨てた。

 受け身すら取れず、お母さんは私の足下に転がる。

  

「美しい親子愛といったところか。子から得られるものは、何もなさそうだが」

「お前になんか……何もくれてやるもんか」

「少し違うね。与えるのは僕のほうだよ、お嬢さん。何も無い君を満たしてあげようか。虫は好きかい? 女王蜂に興味は?」

「死ね」

「おやおや、元気があって大変よろしい!」

 

 オール・フォー・ワンが、ゆっくりと私に近づいてくる。

 数歩進んだ所で、彼は忌々しげに空を見上げた。

 

「案外早い」

「……その子から離れろ、オール・フォー・ワン! 私が来た(I AM HERE)!」

 

 分身でもしたのだろうか、と錯覚する速度で東鳴羽田中のヴィランを一瞬で殴り飛ばし、ナンバーワンヒーローことオールマイトが私とお母さんを守るように割り込んできた。

 

「また君か、オールマイト。いいところだったのだから、あと五分ぐらい遅刻したまえよ」

TEXAS(テキサス)……SMASH(スマッシュ)!」

 

 問答無用の鉄拳が、オール・フォー・ワンに殴りかかる。

 白髪白目野郎の回避行動に端を発し、二人は激しい空中戦を開始した。

 

 あまりの衝撃波に、私は吹き飛ばされそうになった。

 

 

* * *

 

 

「聞いて、(そら)

「お母さん、あんまりしゃべらないで」

 

 お母さんの頭が、少し変形しているような気すらする。

 ヒビは確実だろうし、多分骨折も。頭部からの出血量も多い。

 

「お母さんは賭けに勝った。あいつは私の個性ごときで満足した。私の大事な(そら)、貴女はこうして無事に生きている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに」

「お母さん、お母さん、お母さん!」

「逃げて……逃げて、(そら)。お母さんは、刑事だから。やることが一杯あるの」

「そんな身体で無茶だよ!」

 

 近場の空中戦。

 オールマイトの激しい攻撃に対し、白髪白目野郎が良い事を思いついたという顔をする。

 私達親子の方に手を伸ばし、オール・フォー・ワンは叫ぶ。

 

「おまえは避けられるだろう、オールマイト。だが彼女はどうかな?」

「貴様はそうやって人を弄ぶッ!」

「ヒーローは多いよなあ、守るものが」

 

 原作でも何度か見かけたドリルのような棘が、凄まじい早さで伸びて私を貫こうとした。

 それは私達の盾となったオールマイトの左胸を貫き、私の盾となったお母さんの胸を貫き、私の目の前で止まった。

 

 衝撃波が、後からやってきた。

 ビルの屋上から吹き飛ばされた私は、温かい腕に包まれる感触と共に軽く意識が飛んだ。

 

 

 * * *

 

 

 そこら中が、がれきの山だ。

 繁華街とはなんだったのか、というぐらい色々なものが崩れている。

 ぼんやりとした意識の中、周囲を見渡す。

 ビルの屋上にいたはずが、地面に倒れていた。

 

 少し離れた場所で、お母さんが倒れている。

 でもわかる。お母さんの手足が、変な方向に曲がっている。

 小さな赤い水たまりが、お母さんを中心に池のように広がっている。

 そして、呼吸をしている様子が見受けられない。

 

 私は震える腕で地面を押し、ゆっくりと起き上がる。

 右足首が痛む。落下時に痛めたのか。

 鈍痛が脳を刺激するかのような、変な感覚。どこかを切った?

 頭のどこかから、流血をしているのだろう。

 こめかみや頬を、血が伝う感触がする。

 

 いやだ、いやだ、いやだ。

 お母さん、お願い。生きていて。

 

「お母さん……お母さんッ!」

「お母さん死んじゃってるねぇ。流石に屍姦の趣味はねぇんだよなぁ」

 

 悪寒の漂う台詞が、背後から聞こえた。

 ほぼ同時に、後ろから抱きしめられる。

 

「あー、キミやっぱり小学生だ、処女かな? 初潮とか来てないよね」

 

 吐息も荒く、その男は私の頬を舐めてくる。

 質問の内容がおかしい。

 

「お母さんを犯したかったけど、もういいや。お母さん、娘さんゴチです!」

「……っざけんな」

「胸ある? あー、一応あるねぇ、控えめな自己主張、いいね!」

 

 無遠慮な手が、私の胸をまさぐって揉んでくる。

 ただでさえ出血しているのに、怒りで頭がくらくらしてくる。

 

「偶然、いやもーホント偶然、平和の象徴様の平和パンチを逃れられたんだよね。ってことは、どうせこの後ヒーローとか警察とか、なんかわんさか来るんでしょ? どうせ逃げられないんなら、それまで楽しんで味わうしかないじゃん」

「はな、してっ!」

「子供の力じゃ、むーりぃー。俺の個性、増強系だし。大丈夫、優しくしてあげるよ。どうせお友達はみんな経験してるんじゃないの? キミも大人の階段登っちゃえ」

 

 嫌悪感、憤怒、焦燥感、激昂、慟哭。

 何よりも、自己嫌悪。

 

 こういう時の為に、身体を鍛えていたはずなのに。

 こういうときの為に、武術を学んでいたはずなのに。

 

 焦りなのか、恐怖なのか。

 身体は動いてくれないし、頭の中も空っぽ。

 沢山のものを、頑張って詰め込んだはずなのに。

 

 私はこうして無様に、身体を汚されようとしている。

 

 いやだ。いやだよ。

 こんなクソ野郎でも、許してあげないといけない世の中なの?

 重罪を犯したはずの犯人達は、原作ではあっさり釈放されまくってる。

 再犯率の高さについて、とかそんなくだらない講義で片付けられてしまうの?

 

 じゃあ、被害者たる私はなに?

 犯罪白書の認知件数・検挙件数・検挙率に追加される、ただの数字でしかないの?

  

 助けに来てくれたオールマイト(ヒーロー)は、今は手一杯。

 助けようとしてくれたお母さん(警察)は、力尽きて殺された。

 

 他のヒーローはいない。

 他の警察もいない。

 後はもう、自分しかいない?

 

 助けて、助けて、助けて。 

 お兄ちゃん、助けて!

 

 

 * * *

 

 

 塚内空は、前世の兄のことを思い出した。

 兄ならどうするだろう、どうしただろうと考えた。

 多分『お兄ちゃんになった方が早い』と考えた。

 

「変身」

 

 兄は言っていた。

 武術の鍛錬は、どんな綺麗事で覆い隠してもその向こうには死があるのだと。

 斬れば死ぬ、殴れば死ぬ、蹴れば死ぬ、投げれば死ぬ。

 

「テンフィート・リーチ」

 

 自分を守るためには、最低限相手を行動不能にしなければ成立しない。

 半径3メートルを守る行為は、並大抵の技量では実行できない。

 まして手加減をして相手を殺さないなんて真似は、圧倒的な実力差がないと不可能だ。

 結局の所殺すか、手足を複数本折るぐらいの半殺しにした方が一番早い。

 

 兄であれば、半殺しだろうが全殺しだろうが躊躇無く実行するだろう。

 

 殺せちゃうというか、殺す技。

 金剛搗碓(こんごうとうたい)に関して、兄はそんなことを言っていた。

 

 ならばあの時、兄が本当に実行しようとした行為は、なんだったのだろうか?

 

 

 * * *

 

 

「は? 変身? リーチ?」

 

 変態ヴィランが、馬鹿を見る目で私を見ているのがわかる。

 

 私は背後から、ヴィランの男に無理矢理抱きしめられていた。

 両腕を同時に内側に回しながら、小指を返す。

 人体の構造上、この動きをすると身体の前に隙間ができる。

 

 お兄ちゃんなら合気道の技(三教だったか呼吸投げだったか)をしていたはず。

 でも私は合気道を知らないから、太極拳で解決するしかない。

 

 いや違う。

 これは、お兄ちゃん版の金剛搗碓(こんごうとうたい)

 

 空いた隙間からしゃがみこんで右に抜ける。

 抜けると同時に相手の右腕に触れ、両手の円で相手を右側に流す。

 

 こちらの力は殆ど使っていない。

 相手が私を捕まえようとする力の方向を、少し逸らしただけ。

 すると相手は不安定になって、前につんのめった。

 

 螺旋の捻りと共に、下から上に抜けるような右掌底で相手の顎を打つ。

 捻りが入っているから、相手の頭が私の方に回る。

 

 身体は前に倒れながら、頭が回るとどうなるのか。

 私の目の前に、どうぞと言わんばかりに相手の首が差し出される。

 

 この段階に至って、私はようやく理解できた。

 

 兄が伝えたかったこと。

 兄がやろうとしていたこと。

 思いつかなかった私の頭を、兄が撫でた理由。

 

 金剛搗碓(こんごうとうたい)、最後の動作。

 私の『なるほど、そうだったのか』は相手の頸椎を叩き折り、同時に右膝が相手の顔面を粉砕した。

 

 

 * * *

 

 

 師父(シーフー)から全力で打つなと言われていたのに、全力で打ってしまった。

 右手の小指中手骨(掌の小指側)が折れたのか、ズキズキ痛む。

 右脚も、膝と足首が凄く痛い。

 

 なのに、変態ヴィランは首が変な方向に曲がったまま起き上がろうとしている。

 増強系って自分で言ってたはずなのに。

 なにか追加の個性をオール・フォー・ワンから与えられてる?

 

 幸い、周囲はがれきの山だ。

 

 今の私はお兄ちゃんなのだから、徹底的に容赦なくいかないといけない。

 だから私は、その辺に落ちていた鉄パイプを左手で掴んだ。

 

 ヒロアカ原作や劇場版を通して、複数回出てきた理論がある。

 ダメージ吸収にしろ反射にしろ、ダメージを蓄積させ続けると破綻するという法則だ。

 ポテチを食べながらアニメを鑑賞していた時には無関係だったけど、今は利用させてもらう。

 

 私は鉄パイプを振りかぶり、何度も、何度も、何度もヴィランを殴り続けた。

 

 生々しい手応えが、鉄パイプを伝って腕に。

 腕を伝って心に響いてくる。 

 

 変態ヴィランがぴくりとも動かなくなったので、私は空を見上げた。

 そこは丁度、全身血塗れのオールマイトが、オール・フォー・ワンの顔の上半分を殴って吹き飛ばしている場面だった。

 

 鉄パイプから血が(したた)って、地面に何度も落ちる音がした。

 ついでに、何台ものパトカーが駆けつけるサイレンも聞こえてきた。

 

 

 ヴィランとはいえ人を殺したのだから、私はヒーローになれない。

 

 

 * * *

 

 

 塚内警部の一人娘、塚内(そら)は九歳にしてAFOの暗躍に巻き込まれた。

 AFO配下のヴィランが彼女を襲った時、オールマイトすら助ける余裕がなかった。

 気がつけば塚内空は血塗れの鉄パイプを片手に、ヴィランの死体の前で立ち尽くしていた。

 

 駆けつけた塚内警部は、唇を噛みしめすぎて口の端から血を流しながら現場指揮を執った。

 四月一日付けで警部に昇進してから、三日も経っていなかった。

 妻の遺体を収容した後、鉄パイプが指から離れないと呟く娘を優しく抱きしめた。

 

 捜査一課第七『強行犯係』所属、塚内翔子警部補の命を賭した通報は評価され、二階級特進が適用された。この二階級特進は、警察署の霊安室で検視を待っていたオール・フォー・ワンと塚内翔子の遺体が消失したことと、無関係ではない。

 

 

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