塚内空はヒーローになれない   作:RAP

64 / 76
EP.64 「好感度バグ発生」

 

【アンエクスペクテッド】《unexpected》

 予期せぬ、思いがけない。

 計算や予測の範疇を超えた事態。

 

 

 * * *

 

 

 一夜明け、事態はニュースとなって大きく報道されていた。

 

 マイトタワー最上階、ザ・スカイクロウラー事務所の受付。

 カフェテリアにもなっているそこには、大型のテレビも置かれている。

 テレビ画面の中では、片角アナウンサーこと宮城(みやぎ)大角(だいかく)が原稿を読み上げていた。

 

「続いてのニュースです。

 昨日(さくじつ)、指定(ヴィラン)団体『死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)』への一斉捜索が行われた件についての続報です。

 警察の調べによりますと、死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)は、違法薬物の製造・密売のみならず、個性社会の根幹を揺るがす極めて悪質な非人道的実験を繰り返していたことが明らかとなりました。

 押収された資料などから、彼らは未成年の女児を長期間にわたり監禁。組織的な虐待、および医療類似行為と称した身体的損壊を日常的に行い、その過程で得られた生体情報を元に、殺傷能力の高い違法兵器を製造していた疑いが持たれています。

 被害に遭った女児は既に保護され、現在は厳重なケアの下で治療を受けているとのことですが、警察関係者は『稀に見る凶悪かつ残虐な事案』として、事件の全容解明を急いでいます。

 また、逮捕・護送中に死亡した若頭の治崎(ちさき)(かい)容疑者、(ヴィラン)名・オーバーホールについては、捜査関係者の話として『自身の犯した罪の重さに耐えかねての自殺』と見られることが分かりました。

 一方、現場での捜索中に死亡した若頭補佐の玄野(くろの)(はり)容疑者、(ヴィラン)名・クロノスタシスを含む複数の構成員については、所持していた銃器や個性を用いて捜査員に対し激しく抵抗したため、現場の判断により『正当防衛としての武器使用』が行われた模様です。

 警察は、これら一連の対応について『現場の状況に鑑み、やむを得ない措置であった』とコメントしています」

 

「ずーっとこの話だねー」

 

 ポップ☆ステップこと、羽根山(はねやま)和歩(かずほ)がうんざりとした顔を見せる。

 ヒーロー側はほぼ無傷だったが、警察側に多少の怪我人が発生した(警察発表)。

 調査や手続きが立て続けで、静岡県の雄英高校に戻れずにいる。

 

治崎(ちさき)が……自殺……」

 

 ニュース報道を見ながら、緑谷(みどりや)出久(いずく)が愕然とする。

 

壊理(えり)ちゃんにやりたい放題やっておいて、罪の重さに耐えかねての自殺だって?)

 

 イレイザーヘッドが、緑谷を諭す。

 

「とりあえず、生徒を学校に戻す。あの子(えり)のことは、今はお医者さんに委ねるしかない」

 

 『お医者さん』という言い方が可愛いな、と塚内(つかうち)(そら)は内心で苦笑した。

 

 ザ・スカイクロウラー事務所は、単純に広くて集まりやすい。

 なので、ヒーロー側が拠点として活用していた。

 

「お父さんが怪我したらしいので、見舞ってから戻ります」

「ああ、わかった。義兄(にい)さんによろしく伝えておいてくれ」

 

 イレイザーヘッドの義兄(にい)さん呼びに面食らいながら、塚内空は頷いた。

 

「……じゃっ、じゃぁ、僕は応接室の見学へ……!」

 

 そわそわとしながら、足繁く応接室に通うデクの姿。

 

「デクくん、何回見てるの?」

 

 そんな彼の姿に、和歩が呆れて苦笑する。

 

 応接室は、事実上のオールマイト博物館なので無理もない。

 しかも、ここにしかないモノも多い。ファン垂涎どころの話ではなかった。

 

 

 * * *

 

 

「空」

「お父さん」

 

 塚内空は皆と別れ、大学病院にやってきた。

 頬に絆創膏を貼った病衣姿の塚内直正が、笑顔で娘を出迎える。

 

「怪我は……大丈夫なの?」

「ああ。欠損でもしない限りは、大丈夫さ」

 

 一日だけの入院なので、たいした怪我ではないとわかっている。

 それでもやはり、心配であることに変わりは無い。

 なお三茶の手配で『そういうことになった』だけだが、塚内空がそれを知ることはない。

 

「クロノスタシスが激しく抵抗した捜査員って、お父さんだったんだね」

「ああ。お父さんは、引き金を引いた。いつかの(そら)の問いではないが、自らの意思でその行為を選択した。何度死刑にしたとて足りない悪党が相手だったから、なんて言うつもりはない。むしろ、これで(そら)と同じ位置に立てたのではないか……そう考える自分がいる。不思議な感覚だ。一つだけ言えることは、翔子を……お母さんを失った時の思いを、もう二度と空に(いだ)いて欲しくない。その気持ちだけは、本当なんだ」

「お父さん……」

 

 父娘が、そっと抱きしめ合った。

 

 娘を想い、娘のためにクロノスタシスを撃った塚内警部の判断。

 これはちょっとした未来に、予想外の場所から意味不明な角度で返ってくることになるのだが、この時の彼らはそれを知るよしもない。

 

 

 * * *

 

 

義爛(ぎらん)さん、どうもですー」

「おお。ニュース見たぜ嬢ちゃん。死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)、さっくり潰れたな」

「流通経路の洗い出し、大変助かりました。その節は感謝です」

「いいってことよ! これで分倍河原(ぶばいがわら)も、ちったぁ落ち着けるだろ」

「あ、それなんですけど義爛(ぎらん)さん。ちょっと大きめの所が義爛(ぎらん)さんを狙っているようです。セーフハウスは逆に危険なので、いっそのことカタギになるというか、私の会社で幹部待遇としますから、安全地帯のマイトタワーに移動しませんか?」

「……嬢ちゃん、もう少し詳しく教えてくれ。相手はどれぐらい大きいんだ?」

「通称、異能解放軍。サポート企業デトネラット、IT企業Feel Good Inc.、集瑛社、心求党あたりが絡んでます。デトネラットとFGIにはこれからジャブを入れますが、観測衛星の機能を備えた通信衛星を向こうは保持しているので、個人で戦うのは少々厳しいかと。古物商の資格を取ってもらって、輸出入や中古品の売買を一手に担う部署を会社ごと扱う案はどうでしょうか?」

「古物商は大丈夫だ、もう持ってる。しかし、確かに個人じゃ厳しそうだな。手じまいに一ヶ月か二ヶ月は欲しい」

「11月末までにお願いします。そこを過ぎると、危ないです」

「わかった、嬢ちゃん。なるべく急いで合流する」

「お願いします。お待ちしています」

 

 古物商の資格は、たしか公安委員会の管轄だったはず。

 

 公安委員会とヒーロー公安は別だとしても、ヒーロー公安は明確に警察の下部組織だと原作の設定にある(仮免試験の内容変更指示など)から、恐らくヒーロー公安は警察の各部門から人員が出向していて、公安委員会や公安警察からも人員が送られているんだと思う。

 

 どちらにしても。

 義爛(ぎらん)が古物商の資格を持っている時点で、この世界は公安委員会もガバガバ。

 公安委員会もヒーロー公安もガバガバなのはどうなんだろうと、塚内空は首を傾げた。

 

 

 * * *

 

 

 原作では、9月21日に死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)に突入した。

 この日は同時に、黒霧さんが捕まってギガントマキアが出没する日でもある。

 サー・ナイトアイが死んで護送車も襲撃されて……と、原作のこの日は随分と忙しい。

 

 この世界では突入日が前倒しになった関係で、私のお父さんとグラントリノが突入に参加できてしまった。お父さんとグラントリノは、改めて黒霧さんの逮捕に向かうと思う。

 

 言い換えると、原作と違って2~3日の猶予が黒霧さんに発生したことになる。

 このまま放置しておけば、運命の21日が来て黒霧さんは逮捕されちゃうんだろうけど……。

 

 ぶっちゃけ黒霧さんの方が人材として重要すぎない?

 ギガントマキアはただでさえ言う事聞かない上に、最期は用無しとして殺される犬っころ。

 図体がでかいだけの奴よりワープゲートの方が大事でしょ。

 何考えてるの、あのアホ(AFO)は。

 

 ただ流れに任せると、ギガントマキアは反撃して逃げ切ることになる。

 グラントリノと共に、お父さんは血塗れの重傷を負う。

 原作描写のお父さんは意識も飛びかけていて、相当ヤバい感じのダメージだった。

 

 ……は? 私のお父さんに何してくれてんの?

 荼毘ダンスの舞台(ステージ)以上の価値がないゴミクズの分際で?

 

 

 なので私は、賭けをしてみることにした。

 黒霧さんが電話に出たら、黒霧さんを助ける努力をしてみる。

 電話にでなかったら……流れに身を委ねる。

 

 そして、直電(コイントス)の結果……黒霧さんは、電話に出た。

 

「……あ、繫がった。黒霧さん、お話があります」

「何の話かはわかりませんが、今は忙しいのでそのお話は受けられません。私は死柄木(しがらき)(とむら)のために、力を手に入れなければなりません。力を残してくれたオール・フォー・ワンのためにも、新たなステージへ上がる必要があります」

「その力は不要だという話をするつもりでした。黒霧さんは、あまりに目立ちすぎました。このまま放っておけば、目的を達成できないまま無意味に逮捕されるだけです。そして大変残念なことに、オール・フォー・ワンが残したというその力より、貴方の価値の方が遙かに高い」

 

 私がそう言うと、黒霧さんの返事に少しだけ間が空いた。

 

「あの方は、常に未来を見据えておられます。あの方が育てていたのは、死柄木弔だけではないのですよ。オール・フォー・ワンの忠実なる(しもべ)、その一人。『ギガントマキア』こそ、今の(ヴィラン)連合が必要とする――」

「いりません。貴方の方が大事です。そもそも(ヴィラン)連合は、ギガントマキア無しで回っていたじゃないですか。貴方を失えば、そこから瓦解して全てが終わるでしょうね」

「……私にどうしろというのですか、塚内空」

 

 彼のため息が聞こえてくる。

 

「数時間程度が限界ですが、まずはギガントマキアを探すのを手伝いましょう。その上で、オール・フォー・ワンの残した力がゴミクズ同然であったことを証明してみせます」

「貴女の座標が欲しい。今どちらに?」

「私の現在地は――」

 

 

 * * *

 

 

 黒霧さんの出迎えで、私は山の中に転移した。

 

 原作では『とある山間部』としか書かれていなかったけれど、弔君達が新潟の山奥でだらだら過ごしていた時にギガントマキアが出現したことを考えると、ここは新潟の山中なのかもしれない。

 「スプリンガーのヒーロー事務所はどこですか?」とギガントマキアが千葉県で道を尋ねた際に、中学生時代の芦戸(あしど)三奈(みな)が「大通りを左に2kmぐらいで事務所があるよ!」と適当に返事をしてしまった。もしかしたら、「大通りを左に曲がってずっと進み続けた」結果、千葉県から新潟県に辿り着いた可能性はある。

 

 ……個性『土竜(モグラ)』があるとはいっても、限度があるよね。

 スプリンガーのヒーロー事務所は、ありがちな『回収しきれなかった伏線』?

 無意味な考察の予感。

 

 ともあれ私は、隣で腕組みをしている黒霧さんに話しかけた。

 

「黒霧さん、ギガントマキアの居場所のあたりはついていますか?」

「……今、向かおうと思っていたところだったのですが。信じがたいことに、向こうからやってきたようです」

「えっ?」

 

 ドゴォ!

 

 私の驚愕と同時に、ギガントマキアが山肌を砕きながらその巨体を現した。

 身長は約25m、個性を発動したMt.(マウント)レディより大きい。

 

「探した……やっと見つけた。お前がオール・フォー・ワンを継ぐ者か」

 

 その言葉に、私は少しだけ安心した。

 何故なら彼は、原作7巻においてステイン逮捕のニュースをラジオで聞いていたし、(ヴィラン)連合がこれから増えるよ的演出シーンで堂々と登場していた。

 この世界に置き換えるならステイン自殺のニュースをラジオで聞いていたはずだし、出会った頃のスピナー同様、私のことをヴィランの女神扱いしてくる可能性もあった。

 

「いえ、違います。オール・フォー・ワンの後継者は、死柄木(しがらき)(とむら)と言って……」

「俺はオール・フォー・ワンに全てを捧げる。さァ、後継者……その価値が、お前に在るのか示してくれ」

 

 ギガントマキアはそう言って、戦闘態勢に入った。

 

「話を聞いて?」

 

 はぁ。やっぱダメかも。

 意思疎通が不可能なら、ぶっちゃけコイツは殺してもいい。

 

 そんな感じに、私が考えた瞬間だった。

 

 突然、大きな音を立ててギガントマキアが私の前に(ひざまず)いた。

 状況を理解しきれずに、私は呆然と立ち尽くしてしまった。

 

「いや、姿は違えど匂いでわかる……探したぞ、オール・フォー・ワン……(しゅ)よ!」

「……は?」

 

 隣に立っていた腕組み黒霧さんと、思わず顔を見合わせた。

 

「黒霧さん、あの、すいません。翻訳してください」

「いえ、塚内空。同じ日本語のはずです」

「えー……」

 

 なんだかよくわからないけれど。

 ギガントマキアは、感動の涙と鼻水まで流している。

 

 待って。

 これならまだ、ヴィランの女神扱いの方がマシ。

 よりにもよってオール・フォー・ワン扱いって、どういうことなの?

 

「何にせよ、このままだと警察に逮捕されるわけで……地面にずっと潜っていろと指示を出すわけにもいかないでしょうし」

「主が望むのであればそうしよう!」

 

 ギガントマキアの、快い承諾。

 私は、大きなため息をついた。

 

「黒霧さん。この大きさでも、ワープはさせられるんですか?」

「問題ありません。どちらかといえば、どこに隠れておいてもらうのかを悩む感じでしょうか」

(ヴィラン)連合と死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)の面接会場として使われた廃工場があります。一旦その辺りに隠れていてもらいましょう」 

 

 原作でラジオにそうしたように、ギガントマキアが私に頬ずりをしようとしてきた。

 

「待て!」

 

 私の指示に合わせて、ギガントマキアがピタリと止まった。

 

「お手!」

 

 ギガントマキアの右手人差し指が、私に向けてそっと伸ばされた。

 彼の人差し指の先端を、そっと撫でてあげた。

 

「おかわり!」

 

 ギガントマキアは右手を引っ込めて、左手人差し指を伸ばしてきた。

 左手人差し指の先端を撫でながら、褒めてあげる。

 

「よーしよしよしよし。貴方がズボンを履いていて良かった」

「ウオオオーーーッ!」

 

 ギガントマキアは、子犬のように喜びながら雄叫びをあげた。

 

 原作のギガントマキアは全裸で、超常解放戦線加入後にズボンを履くようになる。

 アニメ版は大人の事情で最初からズボンを履いているけれど、それで良かったと思う。

 身長25mの巨人の男に、ナニをぷらぷらされ続けても、なんていうかその、困る。

 

「これは……一体……」

「騙されましたね、黒霧さん。オール・フォー・ワンの言う新たなステージとは、弔くんの身体を奪って自分の精神を移し替えることです。ドクターはそれを支援する役割。……今までの付き合いや流れの中で、心当たりはありませんか?」

 

 黒霧さんの顔は分かりづらいけれど、ショックを受けているのがありありとわかる。

 

「……死柄木(しがらき)(とむら)を守り、世話をするのが私の使命です。ですが、あの方が見据えていた未来が死柄木弔を害するものだとすると……話は変わります」

 

 考えてみれば、黒霧さんを生み出したのはドクターこと殻木(がらき)球大(きゅうだい)

 AFOに作られたわけではないのがポイント。

 黒霧さんの最優先目標はあくまでも『死柄木弔のために生きること』であり、AFOに対して強固な忠誠心を持っているわけではない。この辺はドクターの片手落ちというか、設定ミス。

 開発さえできれば後はどうでもいいというドクターの性格が、如実に表れている。

 

 黒霧さんは突然、私の前で片膝をついて(ひざまず)き、頭を下げてきた。

 

「塚内空。貴女が死柄木弔のために動き続ける限り、私は貴女を二番目として扱うと誓います」

「わかりました、黒霧さん。とりあえず、皆のところに帰りましょう……皆の隠れ家も手配しないと、ですね」

 

 雄英高校は、浜松の弁天島付近。

 多古場(たこば)は原作では焼津市付近、競技場はアニメ基準だと由比駅付近。

 神野のバー付近は、今はグラウンド・ゼロとしてオールマイト広場になっている。

 

 ついでに言うとドクターの蛇腔病院は京都。

 超常解放戦線本部の群訝山荘は奈良県の金剛山付近。

 仮設要塞トロイアは、愛知県の鳳来寺山付近。

 

 ・適度に雄英から近くて行きやすい場所(全てを黒霧さんに頼るわけにはいかない)

 ・静岡の雄英から東京のマイトタワーに行った時、帰りにさりげなく寄れるとベスト

 ・乗り換えが面倒臭いので、できれば新幹線停車駅

 ・それでいて田舎、山のそば(ギガントマキア隠し)

 ・田舎ではあるけれど、寿司も蕎麦も出前可能なぐらいに絶妙に栄えた街

 ・光通信も万全、なんなら海だの温泉だのがあって皆の息抜きが可能

 

 ……全部の条件を兼ね備えてるのは、『熱海』かな?

 

「静岡県の熱海に、保養所として別荘を買っておきます。ああ大変、(ヴィラン)連合に別荘を乗っ取られてしまいました」 

 

 もやもやっとしていて、表情のわかりにくい黒霧さんだけど。

 私の台詞に、彼が笑ったことは簡単に理解できた。

 

 

 * * *

 

 

「帰ってきたァアアア! 奴らが帰ってきたァ!」

 

 峰田(みねた)(みのる)が叫び、1-Aの皆が1Fロビーフロアに集まってきた。

 緑谷(みどりや)出久(いずく)切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)の二人が驚いて立ち止まる。

 

「大丈夫だったかよォ!」

「ニュース見たぞおい!」

「皆、心配してましたのよ」

「大変だったな!」

「まぁとにかくガトーショコラ食えよ!」

「無事でなにより」

 

 皆が一斉に、声をかけた。

 

「何で言ってくんなかったんだよ! 俺たち、もう仰天だったよ!」

 

 瀬呂(せろ)範太(はんた)が、切島に絡む。

 

「カンコーレー敷かれてたんだよ」

 

 げんなりとした顔で、切島が答える。

 

「切島……大丈夫?」

 

 芦戸(あしど)三奈(みな)が、ぼそりと切島に尋ねた。

 

「……まだまだだわ」

「そっか」

 

 このさりげなくも、短いやりとり。

 いつも芦戸に恋バナ恋バナと言われていた女子勢は、目を光らせて注目していた。

 

 塚内空が忙しい立場なのは皆知っていたので、話題には出なかった。

 

 

 * * *

 

 

 9月21日は、原作における死穢(しえ)八斎會(はっさいかい)の突入日。

 しかしこの世界では、(ヴィラン)連合の熱海への引っ越し日となった。

 

 別荘には最初から家具の類が揃っており、温泉すら引かれている。

 熱海の温泉は、乱開発の結果海水の流入量が増え、泉質が変わってしまったところが多い。

 全てがそうだというわけではないが、要は『舐めるとしょっぱい温泉』(塩化物泉)だ。

 湯ざめしにくく、さらに殺菌効果があるので外傷治療にも効く。

 

「うはっ、しょっぺー!」

「浸かった瞬間に、水質が(なめ)らかだってわかるのは、すごいね☆」

「飲泉はやりすぎると腹を壊す。ほどほどにな」

「はぁー、一仕事終えての温泉は最高だねぇ」

 

 死柄木弔、リュミエール・ノワール、スピナー、Mr.コンプレスが早速温泉に浸かり、裸の付き合いをしている。黒霧は別荘内の掃除や点検をしている。

 ギガントマキアは、別荘の裏手で犬小屋の犬のように丸まっている。

 

 温泉に入ることを拒否した荼毘に、塚内空は丁度いいとばかりに面談を申し込んでいた。

 

 

 二人きりの談話室。

 一体何の話なのだろうかと、荼毘は首を傾げながら面談に臨んだ。

 

「あー、えーと。もう面倒なのでズバリ聞いちゃいますけど」

 

 塚内空は荼毘の目の前で、ポテロングの蓋を開けながら言った。

 

「なんだよ、急に」

 

 荼毘は、テーブル上のりんごジュースを飲みながらぶっきらぼうに答える。

 

(とどろき)燈矢(とうや)さん、ぶっちゃけどう復讐したいですか?」

「ウェッホ、ゲッホ、ガハッ!」

 

 荼毘が激しく()せた。

 かろうじて、りんごジュースは噴かずに済んだ。

 

「お、お前、何を突然」

 

 塚内空は呆れ顔で自身の髪の毛、その根元辺りをつついてみせる。

 

「荼毘さんの髪の毛、根元に白が見えてます。染色してるのはバレバレ。さらに言えばクラスメイトの焦凍(しょうと)くんに、顔立ちも雰囲気も個性も、なんなら食べ物の好みまでそっくり。プロヒーロー・エンデヴァーは有名ですから、轟家の長男が亡くなっていることはすぐにわかります。後は年齢を照合するだけ。誰も気づかないのが、逆に不思議でなりません」

 

 塚内空が並べ立てた理由に、荼毘は片手で頭を抱えた。

 

「個性婚のことも含め、あらゆることが簡単に想像できます。ネグレクトという言葉を使うのも生ぬるいぐらい、轟家が地獄と絶望に満ちていたであろうことも。問題はその先です。燈矢(とうや)さんは轟家をまとめてぐちゃぐちゃにしたいのか、エンデヴァーと焦凍(しょうと)くんだけに復讐したいのか。わりとどうとでも出来ますよ。燈矢(とうや)さんを家に戻して、父親の(とどろき)炎司(えんじ)さんと親子の縁を切って、半径500m接近禁止令を出すこともできます。だから、改めて聞きます。どうしたいですか?」

 

 そう言って、塚内空はポテロングをかじりはじめた。

 荼毘は観念して、ゆっくりと語り始めた。

 

「最初は……焦凍(しょうと)が大成した頃に殺そうと思ってた」

「何年先の話ですか」

 

 塚内空が、怪訝そうな表情を見せる。

 

「だが期せずして、あいつはNo.1に繰り上がった。だから……あいつを苦しめ、人生を踏み(にじ)ってやりたい」

「ふむ」

 

 ポテロング一本を丸ごとかじった塚内空は、新しいポテロングに手を伸ばした。

 

「食べますか? 美味しいですよ」

「あ、ああ」

 

 薦められた荼毘は、素直にポテロングを一本取りだした。

 

「そこです。平和の象徴たるオールマイトが引退した今、エンデヴァーは事実上のNo.1だと認知されています。ここからは解釈が分かれるというか、好みの問題なんですが……どうせなら、このまま『万年No.2』から転落人生を送ってもらうのはどうでしょうか? 誰も彼もが、エンデヴァー本人ですらNo.1になったと思い込んでいるところに、足を引っかけて転ばせる。かりそめのNo.1の座はかりそめとして終わり、そして……燈矢(とうや)さんの事が事実として流布されれば、下手すればNo.2の維持すら不可能。後はどうとでもできます。メンタルがズタボロになったエンデヴァーに思う存分復讐するもよし、親子の縁を切っても良し」

 

 先刻の『親子の縁を切る』発言の時もそうだったが、二度目の『親子の縁を切る』発言の前に、わかりやすく荼毘は動揺した。

 ゆえに、塚内空はポリポリとポテロングをかじりながら続ける。

 

「……親子の縁は切りたくないんですね? でもエンデヴァーに復讐はしたい。ズタボロにしたい。結果として彼が死んでも、それはそれでざまあみろ……」

「黙れ」

「黙りません。貴方は何の(こころざし)もなくただ生きているだけのゴミが多いと言ってはチンピラ達を焼き殺して回っていますが、現状はそのチンピラ達となんら変わりがありません」

「てめェッ……!?」

 

 叫び、立ち上がりかけた荼毘の口の中に、ポテロングが突っ込まれた。

 荼毘は勢いでポテロングを食べながらも、これが塚内空の食べかけだったと思い出す。

 

「おっ、おまえ……これは……かっ、間接キス……」

「確かにそうなんですけど、流石に初心(うぶ)すぎませんか荼毘さん。落ち着いてください」

 

 ばりぼりばりぼり。すー、はー。

 一瞬で食べかけの一本を食い尽くし、荼毘はわかりやすく深呼吸をした。

 

「目的というか、やりたいことを絞りましょう。もちろん焦凍(しょうと)くんの大成を待つとか、お兄ちゃんとしての甘い言葉は無しです。地獄の轟家の真実を流布しつつ、エンデヴァーを苦しめて、人生を踏み(にじ)れればOKですか? それとも焦凍(しょうと)くんもセットで殺したい?」

「……いや、最優先はクソ親父だ……焦凍(しょうと)が死ねばあいつも苦しむだろうと思ったから……とにかくあいつを絶望させてやりたい」

「仮にこの後、告発ビデオの撮影をしたとして。どうしても満たしたい条件はありますか? 家族全員揃ってる時がいいとか」

「ああ、それなら……クソ親父と焦凍(しょうと)が一緒にいる時に、全部をバラしてやりてぇ。夏くんと冬美ちゃんは無関係だから、そっとしておいて構わねぇ」

 

 荼毘のその言葉に、塚内空はりんごジュースを飲みながら思案する。

 

「ヒーロービルボードチャートJPの前に、エンデヴァーと焦凍(しょうと)くんが一緒になるタイミング?」

 

 ぽむ、と手を叩く塚内空。

 

「……明後日の仮免補講!」

「なんだ、急に大声だしやがって」

「明後日ですよ、明後日。多分そこを逃すとチャンスは来年になります。よーし忙しくなってきたァーッ!」

 

 呆れ顔で、荼毘が言う。

 

「明後日はわかったけどよ。なんでそんなに元気なんだよ、お前……」

「エンデヴァーの評価が落ちるのは、私にとって利が沢山あるので」

「なんだそりゃ」

 

 エンデヴァーの評価がさがると、ザ・スカイクロウラーのランクがあがる可能性がある。

 エンデヴァー好き好きホークスの心に、確実にダメージがいく。

 『君との試合で得られるものは何もなさそうだ』と言ったエンデヴァーの涙目が見られる。

 

 塚内空は立ち上がり、あっさり部屋を出て行った。

 

「黒霧さーん、ドクターに連絡して貰っていいですか? 『テスト用のハイエンドを今すぐ一匹寄こせ、このガラケー野郎』と伝えてもらえればわかります」

「はあ、構いませんが……ああ、ドクターですか? 伝言がありまして。『テスト用のハイエンドを今すぐ一匹寄こせ、このガラケー野郎』。……今すぐ用意する。わかりました。塚内空、すぐに転送するそうです」

 

 荼毘は大きなため息をついてから、残されたポテロングを三本抜き取って一気にカブりついた。

 

 




2026/02/01 公安警察とヒーロー公安は別という独自設定記述に変更。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。