【リモース】《remorse》
(深い)自責の念、良心の呵責、悔恨。
自分の犯した罪を深く悔やみ、心苦しく思うこと。
* * *
荼毘の暴露、及び荼毘ダンス告白後の一般市民の反応は、完全に他人事だった。
「やば……」
「これ終わったっしょ」
「荼毘ウゼー! けどエンデこれどうすんだろ」
「本当かしら」
「だとしたら大変よ?」
「何か裏があると思ってたのよ」
「儂ら守るんが仕事じゃないんか、どないやねん」
「明日にでも説明するべきだ!」
万年No.2と言われながらも、それでもずっと最前線に立ち続けてきた。
オールマイトを越えようと彼なりに足掻き、
そんな彼でも、手のひらを返されるのは、一瞬だった。
* * *
最先端にして最高峰の治療を受けられる、セントラル病院。
手術後の父・
そこにはマスコミが数百人単位で集まっており、緊急で用意された大量の警備員が病院の入り口をガードしているのが見える。
「エンデヴァーの容態はどうなっているかご存じでしょうか!?」
「荼毘との関係について、みんな知りたがっています!」
「会見の日取りは!? 我々は不安なんですよ、知りたいんです!」
荼毘の姿が、脳裏をよぎる。
(あいつの炎は、親父よりも強かった。……強い憎しみの炎だった)
『哀しいなぁ、轟焦凍』
思えば荼毘は、合宿の時もわざわざ自分に声をかけてきた。
(あいつはずっと見てたんだ。親父を貶めるためだけに、あらゆる人の人生を巻き込んで)
級友の
『フラフラ中途半端だと、何者にもなれない』。
あれは自分だけではなく、親父のことも暗に語っていたのではないだろうか。
(親父じゃやれねェ……
塚内空からは、こんな伝言も受けていた。
『会いたくても会いに行けない人に、代わりに会っておいてくれ』。
「……お母さん」
こまめに手紙は送っていたが、直接母に会いたいと焦凍は感じた。
* * *
「あなたは何とか一命を取り留めた。……エンデヴァーさん、私は応援しています」
医者が部屋から去った後、
傍らのテレビでは、報道特別番組が流れている。
荼毘の叫びや、
(……息が出来る。頭が
自分の両手を見ながら、ゆっくりと握ったり開いたりしてみた。
(俺は……生きている)
「地獄で俺と踊ろうぜ……なァ! お父さん!」
ニュース番組が、映像記録を流す。
スタジオのコメンテーターが、好き勝手なことを話している。
(動けなかった……あの時と同じ。息子の危機を前に、俺は固まっていた)
自分が情けなさすぎて、涙が
「俺は生き延びても……エンデヴァーは死んだ……」
「「「は?」」」
長女、轟冬美。
次男、轟夏雄。
三男、轟焦凍。
丁度室内に入った三人が、同時に疑問の声を挙げた。
「何……泣いてんだよ。約10年、お母さんに謝れてもいないくせして」
最初に声を荒げたのは、夏雄だった。
「いらねー子どもは放ったらかしのまま、勝手に心が折れて……気持ち悪ィぜ!」
本来なら荼毘ダンスは三月下旬、しかし今は九月下旬。
原作では、ヒーロービルボードチャートで一位になってから少しずつ関係改善に努めていた。
冬のインターンでセンシティブなところを見せて、爆豪に怒鳴られたりもしていた。
だがこの世界では、その辺りが全部吹き飛んで荼毘ダンスに繫がってしまった。
「理解はできても、納得はできない……お父さんは、誰よりも諦めが悪いんじゃなかったの?」
ゆえに冬美ですら、父親を受け止める発言をすることができない。
「お母さんは、
焦凍からも心を
「すまん、本当に……すまない。遅すぎたんだ。後悔が、罪悪感が、今になって……心が、もう」
そこへ、絶対零度の視線が一組追加された。
「心が、
綺麗に咲いているリンドウの花を手にした轟
「後悔も罪悪感も……
「
包帯まみれの炎司が、驚愕した。
「話をしに来たの。
「おまえ……大丈夫なのか」
「大丈夫じゃないよ。だから来たの」
夏雄は、父親を睨む。
「全部あんたが始めた事で、あんたが原因だ」
冬美も、父親をジト目で見る。
「一番辛いのは、お父さんじゃないよ」
焦凍は、自分が憎み続けていた父が泣き続ける姿に呆れた。
「泣き終わったら立てよ。皆で
「心が砕けても私達が立たせます。あなたは荼毘と戦うしかないの」
炎司は、ただむせび泣くことしかできなかった。
* * *
熱海の別荘内。
荼毘はソファに寝転がりながら、自分の焼け焦げた腕を見つめていた。
痛覚的なものが麻痺しているのか、温泉で痛みを感じることもない。
「早く
轟一家の全員の顔を、思い出していく。
「轟炎司。お母さん。冬美ちゃん。夏くん。……焦凍」
思えば、
塚内空が満面の笑みで用意してくれた、二色鴨せいろ蕎麦は絶品だった。
あんなに気が利く女なのに、
「俺を見てくれ、地獄の底で」
リビングから、賑やかな声が聞こえてくる。
生活費もゲームを買う金も、
気が済むまで世界を壊したら後は好きにしろというのが、現状の
だから気の向くままに壊し、気の向くままに殺し、気の向くままに遊ぶ。
13歳の頃まではパソコンを使っていたが、13の冬に
久しぶりにネットサーフィンもいいかと、荼毘は起き上がってリビングへと向かうことにした。
リビングでは四人が四人とも、別々のゲームで遊んでいた。
死柄木は「League of Legends」のソロプレイ。
スピナーは「グランド・セフト・オートV」のソロプレイ。
リュミエール・ノワールは「三國志8 REMAKE with PK」という発売直後のゲーム。
Mr.コンプレスは「リトルウィッチノベタ」というアクションゲーム。
適当に動画でも、と思いながらYouTubeを覗いた時のトップページが、こんな感じだった。
『荼毘と一緒に踊るソラちゃん.mp4』
『荼毘ダンス with 雄英ガールズ』
『ヒーローに反省を促す荼毘ダンス』
『【徹底分析】貴方も踊れる荼毘ダンス』
『ダビダンスがツボに入って笑っちゃうエンデヴァー』
「……なんだこりゃぁ!?」
眉をひそめて、荼毘は叫んでしまった。
ネットの流行は、比較動画を超えた次の段階に進んでしまっていた。
「うるっせー、静かに見てろ!」
「人助けをしようとすると殺されるゲームってすげぇよな」
「PK商法以前にSteamの評価欄が酷いことになってる……」
「どのコスチュームにするかだよねぇ」
* * *
轟炎司退院翌日。
雄英高校が用意した、エンデヴァー記者会見の席。
ヒーローは清廉潔白であり、間違いなど犯さない。
ヒーローとは、皆が憧れる存在でなければならない。
ヒーロー公安委員会が堅持し、調整してきた民意がそこにあった。
「真実です。お詫びの申し上げようもございません」
彼は誠実に述べ、頭を下げた。
エンデヴァーは、自身の家族の
「『全て事実でしたすみません』では、取り返しがつかないと思いますが」
記者の質問にも、淡々と答えた。
「
結局のところ、やれることは一つしかない。
「非難も不安も、私だけに向けて欲しい。みんなで俺を、見ていてくれ」
* * *
荼毘ダンスが大幅に前倒しになったことで、様々な変化が起きた。
轟家の関係は原作以上にギスギスしたままで、強制的に前を向くことになった。
そして轟家とは関係無い場所で、地味に危険な変化が発生した。
公安として動くホークスが、生き方を変えるには幾つかのイベントが必須だ。
◎公安委員長の死亡による公安の一時機能停止(必須)
○母親こと
△幼少時からのホークスを支えた
最低でもホークスが公安から自由の身となった上で、世界に希望の光を見る必要がある。
本来そのきっかけは、荼毘ダンス後に入院していたエンデヴァーを起点とし、オールマイトを経由して、最終的にデクに繫がる。
荼毘がホークスの母・鷹見遠見絵に興味を抱く理由が今のところ無いのも含め、ホークスが生き方を変えられるのかどうか、完全にわからなくなってしまった。
* * *
夏の気配はすっかり消え、寒暖差が激しくなってきた10月。
数学の授業中、エクトプラズム先生が趣味に走った定積分の問題を出した。
数学検定一級に合格したり、高偏差値の大学に合格できる人向けの問題であり、少なくとも高校一年向けの問題ではない。
「うェからね……」
(エクトプラズム先生、たまに趣味に走るよなァ……)
そして素早く挙手をする。
「緑谷!」
「14分の107です!」
「不正解!」
次いで、
「八百万!」
「28分の107ですわ!」
「正解!」
「む~……」
緑谷が、ノートを見ながら唸りはじめた。
隣の席の塚内空が、緑谷に少し身体を寄せて、ノートの一箇所をそっと指さした。
『cosh x ・sinh x dx = dt/2
∫[1,2](t^6 - t^5)dt 』
「デクくん、ここ。全体を置換した際の係数1/2をつけ忘れてる」
「あー!」
緑谷は ∫(インテグラル)の左側に、1/2を書き足した。
『cosh x ・sinh x dx = dt/2
1/2 ∫[1,2](t^6 - t^5)dt 』
再掲するが、雄英ヒーロー科1-Aの席順は下記である。
[ 黒板 ]
葉隠 耳郎 上鳴 芦戸
爆豪 瀬呂 切島 蛙吹
緑谷 塚内 口田 飯田
峰田 常闇 砂藤 麗日
八百万 轟 障子 尾白
「あんだァ、アオハルかァ……?」
(塚内……)
(やだー、やだー! 『Hero too』はヤダー!)
順調に進めば文化祭で歌う『Hero too』は、超前向きにヒーローについて歌うもの。
個性『否定』は両手足を伸ばして転がり、ジタバタしながら本気で嫌がっていた。
* * *
「それでは今日も、必殺技の向上に努めていきましょう。以前課した『最低二つの必殺技』、出来てない人は開発を。出来てる人はさらなる発展を!」
セメントス先生が、今日も個性育成を生徒達に促していく。
「切島くん!」
「お? なんだぁ、塚内」
「思う存分サンドバッグにさせてください!」
「わかった!」
塚内空は、考え方を変えようと思った。
要は、不殺でいけそうな太極拳の技を必殺技にしてしまえばいい。
「誤解を招くぜ!?」
そばでやりとりを聞いていた
切島は気にせずに、塚内空に質問する。
「塚内、おめーは素手でいいのか? 俺の個性『硬化』は、場所によっちゃ普通にそっちが切れちまうぜ?」
「ホントに切れるよ、塚内」
尾白は個性鍛錬の関係で、尻尾で切島を激しく殴打したりしていたので、鋭利な場所を下手に打つとカウンターで切れることをイヤという程味わっていた。
「望むところです」
そもそも外功として、鉄砂掌と呼ばれる鍛錬を小学生の時から続けている。
さらに言えば、狙った場所に正確に当てることができなければ武術家としては失格だ。
「これ、打ち身に効く薬のスプレーなんです」
「最初っから、切島を殴る気満々じゃねーか」
聞いていた
「いきます!」
「来い!」
両手の拳を軽くあげて、両腕で輪を作ってみて欲しい。
手首が返り、人差し指の拳頭同士がぶつかるような姿勢になるはずだ。
人間としての構造、自然とそうなる動きなので、結果的に最速となる。
踏み込みと同時、地面から伝わってくる螺旋の反動。
そこに両腕の横波の力を添えて、両拳の拳頭から相手の両こめかみを同時に打つ。*1
「おおう……っ!?」
脳を揺らされた切島がよろめき、それでも耐えて踏ん張った。
そこに、切島のこめかみを打った両手がそのまま下に落ちた。
手首・肘・肩のラインが上から見て真っ直ぐに揃えられた状態で、縦の波を伴った双掌打が切島の胸に叩き込まれた。
これは胸への打撃というより、肺を狙った呼吸困難狙い。*2
「ぐふっ」
肺から空気がごそっと抜けるも、切島は双掌打もギリギリ耐えることができた。
塚内空は塚内空で「凄い、まだ殴れる!」みたいな思考だったので手遅れである。
しかし、連携の三撃目が問題だった。
塚内空はさらに半歩踏み込み、超密着の至近距離に位置どった。
左手で右拳を覆い隠すことで視覚情報を遮断し、
この時、塚内空は左手で情報遮断をした耐えられない一撃を放ったつもりだった。
切島側にとっては、殴られる場所に力を入れるべく下を見たら、塚内空の双乳が密着せんばかりの至近距離に存在している光景だった。
「ッ!?」
思わず照れた切島の力みが抜け、身体が緩んでしまう。
そこに、正中線上の急所への強烈な一撃が突き刺さった。
流石の切島も真下に崩れ落ち(衝撃が後ろに抜けず、とどまっているため吹き飛ばない)、塚内空の胸にぽよんと頭が当たって跳ね返り、ゆっくりと後ろに倒れた。
「「切島ァ!」」
倒れた切島に、
二人は切島を介抱するでもなく、素で彼を蹴りはじめた。
「見損なったぜナンパヤロー!」
「お前は! 今! 何をしたァ!?」
「んだオラァッ!?」
起き上がった切島が、上鳴と峰田を殴り返す。
直前までシリアスだったのに、突然ドタバタ騒ぎが始まってしまった。
「ん……切島くんでいけたのなら、今のはアリかも」
塚内空は塚内空で、情報遮断の一撃はイケると勘違いの手応えを感じていた。
切島の頭が胸に当たったのは、そもそも不可抗力なので気にしない。
「『不殺三連』……殺さない必殺技!」
【殺意や悪意のある攻撃じゃないと死なない法則】あってこその三連技であり、良い子は真似してはいけない。
最初におこなう腕で円を描く動作が、内から外に相手の打撃を払う行為も兼ねている。
まさしく攻防一体の必殺技だ。
身体の外部破壊を狙った攻撃ではなく、内部破壊系の打撃。
目的が違うので、切島にとっても新感覚のダメージだった。
「もう一度だ! 来い、塚内!」
「よろしくお願いします!」
そんな光景を見て、
無理矢理になら20%の力を引き出せるが、身体にガタがきてしまう。
100%の力に届くのはいつの日かと、真剣に悩みはじめた。
EP.65 「荼毘ダンスRTA(記録:仮免補講)」にナース服の塚内空イラストが寄贈されました。
ヒロアカの文化祭と言えばやっぱり
-
雄英全員、音で殺るぞ(Hero too)
-
メイド執事喫茶(雄英白書オールマイト)