【オリジン】《origin》
起源、原点。
また、英雄や悪漢の誕生した経緯。
* * *
入院していた私は、ベッドに座ってぼんやり外を眺めていた。
頭と右手と右膝に包帯で巻かれ、右の足首は固定されている。
治癒系個性がある世界だから、思ったより退院は早いらしい。
どちらかというと、事情聴取を含めた精神的なことの方が面倒だった。
何度も同じ事を尋ねられるのは、なんていうかこう、疲れる。
警察署の霊安室から、オール・フォー・ワンとお母さんの遺体が消えてしまったのがその理由。
密室殺人級に、侵入不可能な場所への潜入と遺体強奪ということで、犯人は不明らしい。
……不明もなにも、そんな犯人は一人(黒霧を含めれば二名)しかいない。
蛇腔総合病院の創設者にして理事長。
もっともそんな事を言ったとしても、大人は誰もとりあわない。
証拠だってありはしない。
「
憔悴顔のお父さんが、静かに病室に入ってきた。
流石のお父さんも忌引休暇だから、ゆっくり休んで欲しいところなのだけれど。
お母さんの遺体が無い以上、お葬式も中途半端に進行せざるを得ない。
遺体捜査の案件も絡んで、あまり眠れていないはずだ。
四十九日の納骨は、形だけやるのか、それともやらないのか。
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「凄いゲストがお見舞いに来てくれたんだ。きっと驚くよ」
今のお父さんにできる、最高の微笑み。
元々笑顔の苦手な人だけど、頑張って私を元気づけようとしてくれている。
そんな私達の様子を、扉の影から覗いていた人物が堂々と入室してきた。
「HAHAHA! もう大丈夫だ塚内少女! わーたーしーがー」
220cm、274kgの巨体。
不動のナンバーワン、伝説的ヒーロー。
「見舞いに来た!」
オールマイトその人が、白青のスタジャンを着たラフな格好……かつ、歩いている場合ではないぐらいの包帯ぐるぐる巻きでやってきた。
全身血塗れのオールマイトがオール・フォー・ワンの顔の上半分を殴って吹き飛ばしていたあの時、そこら中に
原作の出久君に、オールマイトが説明していた内容は覚えてる。
……呼吸器官半壊、胃袋全摘。
リカバリーガールが全力で治癒力を活性化したとしても、完治は不可能だ。
「オールマイトさんの方が重傷ですよね?」
「良かったー! 元気そうでなによりだ!」
そう言うとオールマイトは、私に向かって礼儀正しく頭を下げた。
「……すまなかった。
「いえ、そんな。オールマイトさんは一番早く駆けつけてきてくれましたし、できる限りのことをしてくださいました」
本当に、最善を尽くしてくれたと思うのだ。
たった一人では、色々と無理があったというだけで。
だけど、オールマイトは私に頭を下げ続ける。
「違うんだ、塚内少女。私は平和の象徴として、
「
お父さんも、下げなくて良い頭を私に下げる。
憔悴顔は、この話もあっての事だったのだろう。
「お金で済む話ではないとわかっているが、せめてもの誠意として見舞金を送らせてもらいたい。こんなことで有耶無耶にしたくはないが」
「二人共、頭をあげてください。そもそもオールマイトさん一人に寄りかかって何も不思議に思わないこの世界の方がおかしいんです……それに」
私は自分の身体を抱きしめる。
少し思い出しただけで、わずかながら身体が震えているのがわかる。
「かろうじて、自分の身を守ることだけはできましたから」
「塚内少女……」
オールマイトは私に歩み寄ると、自分が着ていた白青スタジャンを脱いで私にかけてくれた。
彼にとっては上着だけれど、私の体格からすれば全身を包む毛布に近い。
「……温かい」
「これは、
いつサインしたの!?
全然見えなかったんだけど。
「ありがとうございます、オールマイトさん」
「何か私にしてもらいたいことはあるかい? こちらの無理を受けてもらう以上、大抵の無理は受けるつもりだ」
お父さんが、焦り顔でオールマイトに問う。
「そこまでしてもらうわけには……よろしいのですか、オールマイト?」
「いいのです、塚内さん」
この時期はオールマイトの書類の手伝いをしていないせいか、呼び名が『塚内くん』ではない。
なんか新鮮だな、と思いながら私はケータイを取り出した。
「私のケータイには、連絡先がまだ五件しか登録されていません。でもお母さんが死んじゃったから、事実上四件になってしまいました。決して変な連絡はしないとお約束します。たまにLINEで雑談してくれるぐらいでいいです。オールマイトさんの連絡先を、私と交換してくれませんか?」
「もちろんいいとも! その程度でよければ、喜んで!」
お父さんが私の申し出にも驚いて、それを受けたオールマイトにも驚いた。
「ありがとうございます。オールマイトさんも入院中なんですから、ゆっくり休んでください」
「ありがとう、塚内少女。そうさせてもらうよ」
オールマイトはそう言うと、アメリカン劇画な笑顔で白い歯を見せて去って行った。
……絶対安静じゃないのかなぁ?
* * *
お父さんと入れ替わるようにして、真さんがやってきた。
オールマイトの大きすぎる白青スタジャンを、壁際にハンガーで飾り付けてもらった。
「これ、オークションに出したら凄いことになりそうね」
「……出さないよ?」
「わかってるって」
真さんが、私を和ませようと茶化してくる。
そんな時、道場に怪我をした連絡をいれたからか、白髭のお爺ちゃんが訪ねてきてくれた。
「
「
「ご丁寧にありがとうございます。塚内真、彼女の叔母にあたります」
軽く歓談した後、
「……全力で打ってはいかんと言うたのに」
「ごめんなさい」
「いいんじゃよ。ただ、そうじゃの。小学校を卒業するまで、無理はしないでおこうかのう」
「全力で打つな、とはどういうことなのでしょう?」
「太極拳は、身体の内と外の両方を鍛える武術。むしろ外の方が先行気味になり、首を傾げながら内を鍛えていくのが普通ですじゃ。ですがこの弟子はその真逆、内の方だけ三十年ほど突き抜けてしまいましての。威力が高すぎて、全力で打つと器の方が壊れる状態ですじゃ」
「まあ、そんなことが起きてしまうのですね」
OFAを受け継いで苦労している
「むしろ打つ必要が無いところまで来とるんですが……加減を知るにもやはり外側を焦らず鍛えていく必要がありましょうな。あと二年程度は外功、つまり器を優先して鍛えますので、そうすればこのように手を痛めることはなくなります」
「中途半端に抵抗するためではなく、逃げるために武術を使って貰えればとは思っています」
「ほほ、真理ですな」
「小学校を卒業するまでは全力の発勁を禁止。外功を軸に器を整え中庸に持っていくからの」
「はい、
だから右手をパー、左手をグーにしようとした。
……んだけど、
右手は中途半端な握り方だ。
「理性を激情で包むは死地へ赴く
ほへー。
逆だと意味が違ってくるのか。
勉強になった。
* * *
「
「良かった、師匠が無事で……あっ、お姉さんですか?」
偶然一緒になったのか、連れ添って来たのかはわからないけれど。
和歩ちゃんと航一さんが、一緒に見舞いに来てくれた。
「イエ~イ、お姉さんでーす♪」
「正確には叔母の真さんです。航一さんの二つ上」
「つまり彼は大学生? どういう知り合いなの!?」
「えーと、彼は大学生じゃなくて……」
チラリ、と航一さんを見ると。
航一さんは、いつもの東映スパイダーマンポーズをとった。
「俺は謎のヒーロー……ザ・スカイクロウラー!」
「チームIDATEN所属のサイドキック、ザ・スカイクロウラーこと
「
「ついさっきまで本人が着てたから、まだオールマイトの匂いとかするかも」
「フォォ!」
見舞いに来たはずの航一さんが、オールマイトの大きな白青スタジャンに食いついている。
和歩ちゃんが信じられない馬鹿を見る目で、航一さんを眺めている。
「仮にも女性の病室に、一人だけじゃ見舞いに行きづらいっていうから一緒に来てあげたのに……」
「あはは……ありがとね、和歩ちゃん」
航一さんの代わりに、私が御礼を言った。
そこまで聞いて、真さんが考え込むように顎に手をあてる。
「チームIDATENってことは……今も後片付けの真っ最中?」
「そうなんですよぉ~!」
航一さんは私に近づいてしゃがみこんで、私の無事な左手を大事そうに両手で握った。
「繁華街だったから被害者も多くて……一瞬で広範囲が吹き飛んだ影響で埋もれてる人が多くて……不眠不休で生存者を救出してトリアージも頑張って……産業廃棄物の分別も大変で……新人サイドキックだから出来ることも少なくて……」
ひとつひとつを噛みしめるように言う航一さん。
でもそこまで生々しいことを、被害者の前で言わなくていいんですよ?
「……とにかく師匠が無事で良かった!」
あんまり寝ていないのだろう。
航一さんの疲労は、全然回復していない。
貴重な休憩時間を私への見舞いにあててくれたのだとわかる。
「それで、結局どういう知り合いなの?」
真さんはどうしても、そこが気になるようだ。
「えーと……道に迷ってたところを案内したり、通学路が被ってたから一緒に通学したり?」
「師匠のおかげで、赤点スレスレの成績から、色んな事務所に引っ張りだこになるまで成長できました」
ぽややんヒーローが、へにゃりと笑う。
真さんが、呆れた目になる。
「話が繋がってないんだけど……」
「あはは……航一さんは色々できそうな個性だったのに、思い込みで勝手に縛りプレイ状態になってたから、こうしてみたら? ってのを伝えたんです。武術的には、居着いてた、っていうのかな? 私は発想を伝えただけで、後は全部航一さんが努力で実現させた、それだけです」
恥ずかしそうに照れる航一さんのお尻を、和歩ちゃんが怒り顔で蹴り飛ばした。
「い"ッ!?」
「距離とか線引きをわきまえてないっていうか、いい加減その手を離しなさいよ!」
お尻をおさえて、航一さんが立ち上がる。
航一さんは涙目で、真さんに説明をする。
「俺のヒーロー名、最初はザ・クロウラーだったんです。滑走の個性で、
和歩ちゃんが、ため息をつく。
「コーイチがヒーローとして独立したら、あたしがサイドキックで、空ちゃんが経営でサポートするんだそうです」
「経営云々は、私の血なのかしら……」
真さんが苦笑する。
私は私で、和歩ちゃんが『コーイチ』呼びになってたから嬉しくなった。
やっぱり公式カップルは尊い。拝みたくなる。
肝心の航一さんは、眠そうにあくびを一つ。
「師匠が無事なのもわかったし、仮眠を取りに戻るよ……ふわぁ、ねむ」
「お疲れ様です、ザ・スカイクロウラー」
「あたしも帰るね。退院も早いんでしょ?」
「うん、そうみたい。治癒系個性って凄いよね」
「ならよし! またね!」
「またね!」
あくびを連発しながら帰る航一さんのお尻に、和歩ちゃんが回し蹴りを入れていた。
……本当、仲いいなぁ。
* * *
塚内直正と塚内真は
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の話かと思ったが、担当医の切り口は少し違った。
「では、兄に相当する人物、あるいは『お兄ちゃん』と呼称している人物は親戚含めて存在していない、でよろしいですね?」
担当医の念押しに、直正と真は顔を見合わせる。
真は見舞いに来た人間のことを思い出す。
「兄に相当する人物として心当たりは一人しかいませんが、呼び名は『お兄ちゃん』ではなく名前呼びでした。ですので、兄扱いとは少し違うと考えます」
「おい真、誰なんだそれは。聞いてないぞ」
「後で説明するから、兄さんはちょっと黙ってて」
担当医は二人からひとしきり話を聞くと、真顔のまま淡々と説明した。
「夜勤の看護師から、
「……と、いいますと」
直正の問いに、担当医は二人に答える。
「解離性同一性障害(DID)という言葉を聞いたことは?」
「多重人格とか、そういう……」
真の答えに、担当医は頷く。
「死体検分の立ち会いは私でした。ですから、死んだヴィランの手の平から
「しかし、『お兄ちゃん』は実在しない……いや違う、作りあげた?」
「現状はあくまでも可能性の段階で、そうと決まったわけではありません。しかし状況的にはありうる話なのです。強度なストレスを受け続けた結果、彼女の脳が『お兄ちゃん』という別人格を産み出し、その『お兄ちゃん』が代わりにヴィランと戦った。ヴィランを殺したのは『お兄ちゃん』で、自分が殺したわけではない。事件の直後ですから、心的外傷後ストレス障害としてフラッシュバックも安易に発生しやすいでしょう。その際に『お兄ちゃん』を頼ることで精神の安定を図っている……繰り返しますが、可能性の段階です。これはメンタルの問題ですから、時間をかけて注意深く観察していく必要があります」
直正は、頭を抱えた。
真は、担当医を見つめて問う。
「現状でベスト、ないしベターな対応は?」
「『お兄ちゃん』に関する発言を、今後も継続して
「構いません」
担当医は頷くと、丁寧に説明していく。
「まず、異常あつかいをしないことです。話をちゃんと聴く。気持ちを受け止める。解離性同一性障害の多くは記憶や意識を分離し、解離することによってギリギリで心の安定を保ってきた例が多いです。彼女が望んだことは、余程無理なことでなければ、願いを叶えてあげてください」
「わかりました……ほら、兄さん」
憔悴したままの直正を、真は無理矢理立たせた。
* * *
看護師の案内に従って、直正と真は塚内空の個室にそっと踏み込んだ。
既に消灯時間は過ぎていて、部屋の中は薄暗い。
看護師は、寝ている塚内空を二人に見せる。
安眠してくれていれば良かったが、現実はそうもいかなかった。
塚内空は、寝ながら
「お兄ちゃん……」
空の寝言が聞こえる。
その頬には、涙が流れた痕跡すらある。
直正は、呆然と立ち尽くした。
真はそっと近づいて、空の左手を握った。
優しい瞳で空の寝顔を見つめながら、問う。
「お兄ちゃんは、いるの?」
「お兄ちゃんは、いる……」
個性・
判定:
「お兄ちゃんは、だあれ?」
「お兄ちゃんは、私……」
判定:
真が手を握ったのが、功を奏したのか。
空の呼吸は落ち着きを取り戻し、安眠と言える状態になった。
真は空の手を戻し、布団をかけ直す。
個室から出た直後、直正はたまらず真に問いかけた。
「ど、どうだったんだ、真」
「……両方とも
倒れかけた直正を支えることしか、真にはできなかった。
* * *
日本の刑法では、14歳未満の者は刑事責任を問われない(刑法第41条)。
だから塚内空は殺人罪で起訴されることはなく、刑事罰を受けることもない。
彼女の事案は、刑事裁判ではなく家庭裁判所の少年審判の扱いとなる(触法少年)。
強姦されかけたという状況は、彼女の権利に対する極めて重大な『急迫不正の侵害』。
自分の身を守るという防衛の目的は明確。
結果として相手を死に至らしめてしまったことは『やむを得ないこと』であり違法性はない。
行為は正当防衛(刑法第36条第1項)に類する。
事件自体が彼女にとって甚大なトラウマとなっているため、更生のための介入(保護処分)は不必要。かえって負担となるとして、家庭裁判所は不処分(審判の終了)とした。
塚内空はヴィランを殺したが、無罪になった。
* * *
退院は本当に早かった。
むしろ、しばらく家でのんびりしていてほしいとお父さんに泣きつかれてしまった。
好きに使って良いお金として、私名義の通帳と印鑑が手渡された。
お母さんの二階級特進に伴うお金(死亡退職金、遺族基礎年金、遺族厚生年金、殉職者特別賞じゅつ金)や、オールマイトからの見舞金など、なんかこう、諸々、色々。
九桁の金額が口座にあったので、三度見ぐらいした。
口止め料コミとしても、なんかおかしい気がする。
お金よりは母が生きていてくれるほうが良かったけど、この辺は開き直るしかない。
ノートパソコン派の真さんと違って、私はデスクトップ派だ。
だから大型のパソコンデスクとオフィスチェア、ヘッドセット、大きなモニタ二枚、ゲームも動画編集も3DモデリングもAIも何でも快適にサクサクできる超高性能パソコン、あとついでに最高性能のタブレットを札束ビンタで購入した。
届いたタブレットに六法全書や簿記や英検勉強用のアプリ、ブックアプリ等をインストールしていった。
* * *
鈍い私でも、わかることはある。
お母さんの口癖は「捜査に夢中になると、頭と身体が冴えていく感覚に陥る」。
「頭と身体が冴えていく感覚」と原作で言った女性には、一人しか心当たりが無い。
飛行系は贈答用に便利。
白髪白目のクソ野郎は、そんな事を言っていた。
そしてお母さんの『エアウォーク』がちゃんと贈答用に使われた事を、私は知っている。
今までずっと、私は最終戦闘で祈りを捧げるモブ少女A子さんになるのだと思っていた。
でも、どうにも世界の方が、私がモブになることを許してくれそうもない。
航一さんに偉そうに語る資格なんて、私には何一つ無い。
思い込みで勝手に縛りプレイ状態にしていたのは、私だ。
武術的に『居着いてた』のは、私だ。
もう、とっくの昔に原作は破壊されているのに、私は何を怯えていたの?
原作破壊RTAをしてしまったのは、何処の誰なの?
……改めて、お兄ちゃんの台詞を思い出す。
【原作破壊RTAの実行に個性は必要無い】。
【原作のどの時間軸で生まれたのかによって出来ることが変わってくる】。
【ヒロアカ生徒勢と同年代に生まれた場合は、出身地で結構変わってくる】。
原作の、オール・フォー・ワンの台詞を思い出す。
「君が嫌がることを、ずぅっと考えてた」
「あれ……おかしいな、オールマイト。笑顔はどうした?」
「僕にも夢ができた!」
お兄ちゃんが好んで読んでいた二次創作サイトを、私も読んだことがある。
RTA的な作品では、神野事件で終わらせているものが大半だった。
例外的に、USJ事件でオール・フォー・ワンを打倒しているものもあった。
それはそれでいい。
あの白髪白目のクソ野郎が死んだだけで、話は八割終わる。
後は蛇腔総合病院の
ヴィラン連合の残党狩りで一割、合計十割で最終回だ。
でも、それだと。
原作ルートだと?
違う。
違う、違う、違う!
そんなんじゃ、足りない!
その程度では、全然、まったく、なにもかもが足りない!
感情に支配された赤子としてあいつを死なせるのではなく。
理性に基づいて動くCV:大塚明夫モードの時に、心の底から絶望させてあげたい。
「あれ……おかしいですね、オール・フォー・ワン。笑顔はどうしました?」
その一言を、両手の人差し指で口角を持ち上げながら言ってあげたい。
(彼がやった親指版ではなく、志村菜奈リスペクトの人差し指版だ!)
あいつが嫌がることを、ずっと、ずっと、ずぅっと考えて。
あいつが嫌がることを、徹底的に、躊躇無く、容赦無しに実行してあげたい。
そうしたら、彼は私にどんな表情を見せてくれるのだろう?
* * *
今の私には、何もかも、あらゆるものが足りていない。
でも、頭と身体が冴えていく感覚はある。
パソコンデスクの前に座った私は、YouTubeで動画検索をしてみた。
望んだものはすぐに出てきた。
動画タイトル『悪徳業者叱ってみた』、再生数55。
アップから約一ヶ月が経過している。
私はサムネイルに満足しながら、動画をクリックする。
「初めまして諸君! ここよりお届けするのは怪傑浪漫!」
二十代半ば、若いのに立派な髭を伸ばした男性が、
「そう! 私はジェントル! ジェントル・クリミナル!」
銀髪碧眼の男性が、私はここにいるぞと叫んでいる。
「今を嘆く者達よ、私を信じてついて来い!」
どこかで、赤毛の少女も同じ動画を見ているのだろうか。
それとも、もう彼の所へ旅立った後なのだろうか。
「私が! 世界を変えてやる!」
ええ。
是非とも世界を変えてください、ミスタ・ジェントル。
私が全力で、貴方とラブラバの一億再生を手伝います。
……私にも夢ができたから、私はヒーローになれない。