【ディスタンス】《distance》
距離、道のり、間隔。
心理的な隔たり。
* * *
原作の
壊理の心を溶かしたのは休学中の
文化祭で歌う
最終決戦では皆と一緒に戦う決意をし、デクの失った両腕を復活させることに繫がった。
幼女に対して毎日おこなわれる人体実験の話を聞いて激怒し、オーバーホールを容赦無く殺したMr.コンプレス。笑い方を忘れてしまった壊理の話を聞いた彼は純粋に心配し、自身の手品で彼女を笑わせてあげたいと塚内空に相談した。
先行した見舞い勢から「
塚内空の考えに即答で同意したMr.コンプレスは、あっさり素顔になった。
初手のマジックでいきなり壊理を微笑ませるという、いい感じの成果を出した。
ここから、大きく流れが変わってしまった。
何故ならミリオは別に個性を失っていないし、当然休学にもなっていない。
壊理自身も迫おじさんの見舞いに喜んでいたし、なにより迫おじさんは無職 暇である。
手紙のやりとりを越え、壊理本人に毎日遊びに来てとお願いされれば断る理由が無い。
送り迎えは黒霧ワープで「いきなり病院」が可能なため、警察関係者に見つかる危険性も低い。
結果として、迫おじさんは壊理の病室へと日参し、親密な関係を築くに至った。
ポップもデクも塚内空も文化祭の準備で忙しく、イレイザーヘッドも基本的に多忙。
遠くのヒーローより、近くのおじさん。
壊理にとって
壊理の心を一番溶かしたのは、迫おじさんとなってしまった。
しかもこのおじさん、何故かプリユアに詳しい。
「そっか、エリちゃんプリユア好きなんだ?」
「うん! おじさんも好き?」
「そうだねぇ、名探偵プリユアだとキュアアルカナ・シャドウちゃんとかいいよね」
壊理から厚い信任を受けた迫おじさんは、彼女への付き添いで文化祭へ行くことになった。
迫おじさんも、抱っこをお願いされればするし、りんご味の飴をねだられれば手品で出す。
目一杯甘やかしてくれる、さわやか笑顔の高身長細身イケメンがいつでもそばにいる。
「キュアアルカナ・シャドウちゃんって、プリユアなのに
「その子だよ。公式サイトでもプリユア枠で紹介されてるのに、
「……ごめんなさい。私は『呪われた存在』だから、
「じゃあ、困ってる人を
「プリユア!? 私が、プリユアになっていいの?」
「もちろん。じゃあ、今日からエリちゃんは、キュアアルカナ・エリちゃんだ」
「わああ!」
万歳して喜ぶ壊理を、おじさんはニコニコと見つめる。
* * *
「あのー、コンプレスさん。コンプレスさんの目的って、稀代の盗人・
「
「エリちゃん、めっちゃコンプレスさんに懐いてません?」
「幸いなことに、そうみたいだねぇ。雄英文化祭も、エリちゃんと一緒に行くことになったんだ。今はそれでいいかなぁ」
塚内空は、あの年齢でも女は女ですよと言い出せなかった。
もっともそれを伝えたとしても、今後彼を待つ運命は変えようが無かった。
* * *
「ドクターと先生こそが、真の敵?」
熱海の別荘、談話室。
皆と同様に人生相談かと思っていた
塚内空は、丁寧に説明していく。
「そもそもオール・フォー・ワンの目的は、世界の破壊ではなく世界の魔王となることです。混沌の世を
「じゃぁ、何をしようってんだよ、先生は」
ポテロングをかじりながら、塚内空は言う。
「神野の時、弔くん自身が
アレ、という表現だとヒーロー公安委員会の
前世の職場で、定年間際の人から『アレをアレしといて』と指示されたことがある。
これは危険な表現だと、塚内空は自身を戒めた。
「そりゃ言ったけどよ。それがなんなんだ?」
「ドクターは、何も考えずに脳無を作っているわけではありません。そのうち『さらなる力をお前に授けよう』とか言って弔くんをパーフェクト脳無に改造します。そこにオール・フォー・ワンの意識や個性を入れて完成です。素材となった弔くんの精神は無事にこの世から消えて、弔くんの身体を持ったオール・フォー・ワンが登場して、魔王サマが世界を支配しておしまい」
「……本気で言ってんだよな?」
「本気です。弔くんの願う『美しい地平線』は、永遠に見ることはできません。日本の一地方程度の破壊が関の山で、それ以上はヒーローだけでなくドクター達も敵対してくるはずです。統治したい世界を、破壊させるわけにはいきませんから」
約40年前、オールマイトがOFAを譲渡される前の景色。
結局の所、彼らはあの光景をもう一度見たいだけだ。
「精神を入れ替えるとかじゃなくて、無理矢理押し込める感じかぁ?」
「そうです。だから弔くんの心が折れるよう、沢山の罠が張り巡らされている」
「俺は……先生とドクターに会う以前のことを、よく覚えてねぇんだ」
「思い出させることは出来るかも知れません。でもそれは、弔くん自身が消えかねない程の荒療治となります。……頭痛が酷いですか?」
死柄木弔は、片手でずっと頭を押さえていた。
正体不明の、吐き気を催す程の苛立ちが胸の奥底から出てこようとしている。
「なんかわかんねぇけど、昔のことを思い出そうとするとこうなる」
「……今日はこれぐらいにしておきましょう。顔色が悪すぎです」
「悪ぃナ」
「一つだけ。仮に世界を壊すにしても、心残りはありませんか?」
「心残り……」
死柄木は、頭痛にさいなまれながらも塚内空を真っ直ぐ見た。
「なんか、学校っぽいこと体験してみてぇ。……行った記憶が、ねぇからよ」
死柄木がそう言うと、塚内空は苦笑しながら口調を崩した。
「もうすぐ、雄英文化祭っていうのがあるから丁度いいかも。屋台の食べ物を食べたり、学校行事っぽい色々なイベントを見たり体験するぐらいなら、堂々とした態度で振る舞っていれば逆に気づかれにくい、はず。顔が見えにくい服装をしておく必要だけは、あると思うけど」
「ハッ。ショッピングモールの時も思ったが、本当に呑気なもんだぜ」
「コンプレスさんとか、素顔で堂々と病院に通ってるし……」
肩をすくめた死柄木は、頭痛を我慢して笑ってみせた。
* * *
デク手作りのリンゴ飴を受け取り、壊理はリンゴ飴の甘さを堪能していた。
付き添いのおじさんは、壊理が見せた満面の笑顔に満たされていた。
「リーチさんもポップさんも、お歌、凄かったねぇ」
「最初は大きな音でこわくって、でもデクさんがダンスでピョンピョンなってね、ピカって光って、煙がぶわってして、線がたくさん光ってて、リーチさんの声がわーってなって私、わああって言っちゃった!」
「でも、エリちゃんは
「……はい、私は
「困ってる人を見かけたら?」
「頑張って
「キュアアルカナ・エリちゃんは、
「……はい、私は
「その正体は~?」
「名探偵、プリユア!」
「あははっ」
「わああ!」
* * *
コンプレスとは別行動で、死柄木は雄英文化祭を楽しんでいた。
諸葛亮をゴールとした黒霧ワープで、潜入はやりたい放題だった。
金はあったから、屋台で適当に買い食いするだけで気分が良くなった。
ミスコンで諸葛亮が歌うとは聞いていたから、なんとなく見に行った。
そこでは、別人のように化けた諸葛亮、いや塚内空が健気に歌い上げていた。
「あたしのヒーローはたったひとりあなただけ♪ そのパーカーが目印です♪」
「マジか」
歌詞と歌い手を同一視する意味が無いのは、死柄木とてわかる。
だが過去に、死柄木自身が皆に語った台詞が脳内で繰り返されてしまう。
『俺は俺を信じてついて来てくれたやつの、ヒーローになりてぇと思った。
ヴィランの女神とすら呼ばれることを嫌がる諸葛亮は、何故自分達を手伝ってくれるのか。
母親の仇を殺した後に自分も死ぬのだ、と彼女は言っていた。
「忘れられないの、優しすぎるあなたのこと♪ ……その腕でだきしめて♪」
ウェディングドレス姿にすら見える塚内空が、愛おしげに歌い上げる姿。
(……違うか。俺が抱きしめたら、あいつは崩壊しちまうもんな)
死柄木は、塚内空が歌う景色をぼんやりと眺め続けた。
今は、確かに世界の全てが嫌いだ。
息づく全てが、自分を苛立たせる。
しかし、こうも思う。
本当に欲しかったのは、諸葛亮だったのか。
それとも、
(俺が抱きしめても崩壊しない誰かがそばに居たら、この苛立ちも収まるのだろうか)
そんな誰かが一人でもいれば、『美しい地平線』はきっと不要になるだろう。
* * *
ミスコン後に制服に着替え終わった私は、そのまま表彰式へと呼ばれた。
優勝は、『あっ ねじれちゃん*1』こと波動ねじれ先輩。
私は、信じられないことに準優勝だった。
どちらかといえば、
武術が絡んだ場面だけ早口になるお兄ちゃんは、アニメ版の彼女の演武に対して辛辣だった。
『
拳藤さんも自分の個性に合わせて調整しないといけないから、虎さんと同じなんだと思う。
お兄ちゃんからは対抗戦における拳藤さんの解説までされたけれど、簡単にまとめるなら「申し訳ないが彼女に術理は無い。No.6と大差無い」だった。
彼女のヒーローコスチュームがチャイナドレスモチーフな部分だけは苦笑するしかない。
中国拳法的な動きは、彼女には一欠片も無い。
そんな事を考えながら、私は警備業務についてくれているザ・スカイクロウラー事務所控え室に向かっていた。
沢山のヒーローが文化祭の警備に来てくれているけれど、せめて挨拶ぐらいはしておきたい。
控え室の扉の前に立った瞬間、中で誰かが話しているのがわかった。
「ポップ……俺さ、やっぱり本気かもしれない」
「はぁ? 今更自覚したの!?」
「いやでもさ! も、もしかしたら……俺のこと、少しは想ってくれてるのかなって」
「もしかしたら、じゃないから。全身全霊であんたに向けてるから」
み、蜜月な男女の行楽!?(by 通形ミリオ)
やばい。
和歩ちゃんと航一さんの、で、でっ、ででで、デート!?
「うーん……言わないとダメ……だよね」
「ちゃんと伝えて」
「お、俺にとって、一番大切な、す、すっ、すすす、好き……」
「……落ち着いて、ほら」
……ああ。やっぱり、そうなんだ。
航一さんは、自分の想いに気がついたんだ。
一番大切で、好きな人。二人はもう、そういう関係になる。
私の入る余地なんて、最初からどこにもなかった。
BEE☆ポップの気持ちが、少しわかってしまった。
彼の心の片隅に刺さることが出来れば、それで良いと考えた彼女。
陽が暮れるたびに、彼に思い出してもらうことを願った彼女。
私は、そっとその場を離れることにした。
* * *
学校っぽいことの体験をした
そこは雄英高校敷地内の校舎脇の森の中、盲点をつくように人気の無い場所。
黒霧の転移を使うには、便利なところだった。
問題があったとすれば。
大木を背に、諸葛亮こと塚内空が体育座りで俯いていたこと。
そしてどこからどう見ても、彼女が泣いていることだ。
「……なんで泣いてんだよ」
思わず、死柄木は声を荒げてしまった。
体育座りで俯いたままの塚内空は、無反応だ。
「泣かされたのか? イジメとかなんか、そういう奴か?」
死柄木の言葉を聞いた彼女は、ゆっくりと顔をあげた。
泣きはらした彼女の表情が、あまりに切なげで死柄木は動揺した。
「……死ぬ覚悟が、できただけ」
「なんでお前が死ななきゃならねぇんだよ」
「それは……」
「そんな顔で泣きはらしてまで、やらねぇといけねぇことなのかよ」
「ここに、私の物語はないから」
死柄木は、彼女のその言葉にイラついた。
「先生を殺してぇんだろうが。わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」
「……そうだね。オール・フォー・ワンが私の先祖だからといって、世界の為に死ぬ必要なんて無いよね。流石ノワール、分析が的確すぎる。私はきっと、好きな人と結ばれることがない世界から消えてしまいたいだけなんだ」
「先生がお前の先祖? 世界の為に死ぬ? わかんねぇ。わかんねぇよ。一番わかんねぇのは、お前をフった男がいるってことだ。どんなクソ男だよ、そいつは」
しかしその台詞に、塚内空は死柄木を睨みつけた。
「死柄木弔。自分が何者であったのかすら思い出せないAFOの人形。悲劇も試練も、否定も肯定も全部AFOが用意したもの。貴方が望む破滅すらAFOが敷いたレールの上。そんな人形に、あの人のことをクソとかいう資格は無い」
「……今すぐお前を殺してやろうか?」
「貴方が私を殺すことは不可能です、死柄木弔。いえ、愚かで哀れな
『しむらてんこ』という単語を聞いた瞬間、死柄木の頭痛が悪化した。
体育座りの塚内空の首を狙い、しゃがみこむように死柄木の腕が伸びる。
「僕は……僕が選んだんだ! 僕の意思で!」
「そのまま私を崩しますか? モンちゃんや華ちゃん、家族の皆のように」
気がつけば、死柄木の両手は塚内空の首を絞めていた。
絞殺以前に、五指が触れた瞬間、死柄木の意思に関係無く一分と経たずに相手は塵と化す。
そのはずだった。
両手の十指が触れてなお、彼女の身体に異変は起きない。
呆然とする死柄木の両手に、力が入らなくなった。
それどころか、彼女の首から指が離れない。
彼女が軽く頭を回しただけで、体育座りの塚内空を押さえ込むような体勢だったはずの死柄木は、首を絞めようとする力を全て流されて地面に転んでしまった。
塚内空が、自嘲気味に笑う。
「……ふふ。殺されてもいいと思った。貴方からの死を受け入れてもいいと思った。私自身が死んでもいいと思ったことで、生きるための
無理に抵抗せず、自分の力を使わず、相手の力を利用して相手を崩し無効化する技術。
死柄木が倒れたのは、死柄木の首を絞めようとする力(勁)を全て自身に返されたせいだ。
「
一気に言い切ると、塚内空は立ち上がった。
地面に転んだままの死柄木のそばに黒霧が出現していたが、死柄木は暫く動けなかった。
抱きしめても崩壊しない誰かはすぐそばに居たが、非情な言葉と共に立ち去ってしまった。
* * *
港区六本木、マイトタワー。
チェーン喫茶ジェンラバ、マイトタワー店。
「VIPバイトのわりには、全く使えないガキ様でいらっしゃる」
「ふふっ、ジュリオったら」
店長ジュリオ・ガンディーニの悪態に、アンナ・シェルビーノが笑った。
「人聞き悪ィな、やるこたやってるだろ!?」
ロディ・ソウルが、ジュリオに言い返す。
本来働く必要は無いのだが、それでもロディはバイトをしていた。
資産家シェルビーノ家は、三つの理由で日本に移住していた。
一つ、ゴリーニ・ファミリーに狙われているという塚内空からの情報が真実だったこと。
二つ、犯罪率の低い日本の中でも、極端に犯罪率の低いマイトタワー内居住区への移住打診。
三つ、アンナ・シェルビーノを無個性にする実験への参加(個性『否定』のテスト)。
アンナの無個性化テストは順調に進み、アンナ・シェルビーノは『ちょっとお金持ちなだけの、ただの無個性のお嬢様』になることができた。
そんな彼女が真っ先に望んだことは、「ジュリオと一緒に働いてみたい」だった。
ジュリオ・ガンディーニは、アンナの父・シェルビーノから「娘と結婚したければ独り立ちしたまえ」という言葉を受け、塚内空から喫茶店の店長職を紹介された。
「本当に使えないガキ様でいらっしゃる」
「おいおい、オセオン時代の倍は働いてるぜ!?」
「さようでございますか」
ロディ・ソウルの父、エディ・ソウルと友人のアラン・ケイは、色々あって約二年前に思想集団ヒューマライズから解放された。ただ、ヒューマライズに所属していたという悪評が根強く残り、オセオンで仕事を再開するのは難しかった。
そこで、エディ・ソウルとアラン・ケイは、マイトタワーの居住区に住みながらオールライトHDの医療研究部門で働くことを塚内空から提案された。
長男ロディ・ソウル、次男ロロ・ソウル、長女ララ・ソウルも同じくマイトタワー在住だ。
ロディもロロもララも日本の学校に通っているが、問題はロディだった。
日本で航空従事者技能証明を取得してパイロットになろうとした場合、海外の倍以上の費用がかかる。個人用ではなく、業務用パイロットを目指すのであればさらに金がかかる。
日本円で八桁かかる費用を、父のエディに全て出させたくない。
ロディは少しでもバイトで稼いで、パイロットになる為の金を稼ごうとしていた。
問題は、いい加減なオセオン式の働き方と、日本の文化が一致していなかった事だろうか。
アンナと結婚するために必死なジュリオの厳しさもあり、相性はあまり良くなかった。
それでも、家族全員で平和に暮らしているだけ、全然マシである。
「ジュリオは素直じゃないから、許してあげてね。ロディ君は頑張ってると思う」
「お嬢様!」
「アンナ。呼び方はアンナですよ、ジュリオ」
目の前でイチャイチャされても、目の毒だ。
ロディは逆に、悪態をついた。
「ケッ。頑張ってるとか言われても、嬉しくもなんともねぇや」
「PI~!」
ロディの頭に座っていた小鳥のピノが、嬉しそうに羽ばたいた。
次回、ヒーロービルボードチャートJP。