【ケイオス】《chaos》
混沌、無秩序。
敵も味方も入り乱れ、誰が誰と戦っているのかさえ分からない地獄。
* * *
思想団体ヒューマライズの指導者、フレクト・ターン。
彼は人類を個性という病気から解放するために、世界25箇所に人類救済装置を設置した。
人類救済装置は、あくまでもヒューマライズ側の呼び方である。
小説版では「暴走した」という表現だけでお茶を濁されているが、映画の予告文章では「暴走し崩壊する」と書かれており、実際に映画を見れば確実に死んでいるとわかる。
この世界25箇所、一時停止しないとわからないぐらいにはさらりと流されている。
一時停止をして25箇所を全て調べあげた結果は以下の通り。
・東アメリカ: ニューヨーク
・西アメリカ: シアトル
・メキシコ: メキシコシティ
・南米: ブエノスアイレス、サンパウロ
・スウェーデン:ストックホルム
・イギリス: ロンドン
・フランス: パリ
・ポルトガル:リスボン
・イタリア: ローマ
・ギリシャ:アテネ
・ロザル島:オセオン
・ドイツ: ベルリン
・ロシア: モスクワ
・エジプト: カイロ
・南アフリカ: ヨハネスブルグ
・カメルーン:ドゥアラ
・アラブ首長国連邦:アブダビ
・日本: 東京
・中国: 北京
・東南アジア: シンガポール
・ブルネイ:バンダル・スリ・ブガワン
・インド: ニューデリー
・オーストラリア: パース
・アイスランド中央
彼らヒューマライズが、何故これらの場所を選んだのかはわからない。
実際に、世界規模のテロにしては設置理由が不明な場所が幾つか存在する。
一番わかりやすいのは、オーストラリアのパースだろうか。
オーストラリアであれば、西海岸のパースではなく東海岸のシドニーを狙うべきだ。
カメルーンのドゥアラも、テロとして狙うのであればそこより良い場所は幾らでもある。
アイスランド中央の設置場所はヴァトナヨークトル国立公園といって人がほぼいない。
しかし、二年半前の夏。
オセオンにやってきて、ヒューマライズに交渉を打診してきた日本の女子中学生がいた。
彼女は堂々と、フレクト・ターンの前で語った。
「ただの無差別テロに、何の意味もありません。真に狙うべきは、貴方たちの思想信条の真逆をいく『異能解放軍』という組織です。彼らは10万人を越えるヴィランを
「ソラ・ツカウチ、貴女の言いたいことはよくわかる。貴女がどこで人類救済装置の設置予定場所を知ったのかは知らないが、確かに我々の計画では二年をかけて、貴女の言った場所に仕掛けるつもりだった。しかし、だからといって簡単にはいそうですかと言うわけにはいかない。これが取引であるのなら、報酬を提示すべきだ――ソラ・ツカウチ、貴女は私に何を提示できる?」
「肉欲や愛情を満たしてはあげることはできませんが……人の温もりと、肌の柔らかさを」
「……正気で言っているのか?」
「正気です。貴方は背が高すぎる、ミスター・ターン。どうかそのまま、座っていて下さい」
そう言って、彼女はフレクト・ターンに近寄って彼の手を握り、彼を抱きしめた。
周囲の人間も、フレクト・ターン自身も驚愕に目を見開いた。
「……あ、ああ……ソラ・ツカウチ。一度でいい。頬ずりをさせてもらえないだろうか」
涙ながらに懇願するフレクト・ターンを、塚内空は受け入れた。
「いいですよ、ミスター・ターン。私には、ハグぐらいしかしてあげられませんが」
「いいんだ、それでいいんだ……構わない……ああ、なんと……人とは、こんなにも温かい存在だったのか」
塚内空は、一円も払っていない。
だがフレクト・ターンは、世界への無差別テロをやめた。
それだけではなく、『異能解放軍』との戦いすら約束した。
日本語を話せる、あるいは勉強した者達が就労ビザなどを使って愛知県
本来であれば、世界への無差別テロに使われるはずだった人類救済装置。
それらは全て、愛知県
言い換えれば、今のフレクト・ターンは、塚内空とのハグの思い出のみで動いている。
彼にとっては、それで十分だった。
* * *
第一目標は、異能解放軍とナイン一行に姿を見られること。
第二目標は、公安のエージェントに姿を見られること。
公安のエージェントがホークスだった時は、プランBに派生。
異能解放軍の拠点・愛知県泥花市のモデルである尾張旭市には、スカイワードあさひと呼ばれる展望台があり、原作でもその存在は描写されている。
リュミエール・ノワールは、そのスカイワードあさひの9F展望室内に設置されている椅子に座っていた。
(わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電燈の、ひとつの青い照明です)
蜂で周囲の様子を観察しながらも、宮沢賢治全集の文庫本を穏やかな表情で読んでいる。
それは、リュミエール・ノワールというより青山優雅の顔だった。
『有機交流電燈』は、原作の青山優雅が
『春と修羅・序』からの引用だと、創世神HKも語っている。
(風景やみんなといつしよに、せはしくせはしく明滅しながら、いかにもたしかにともりつづける)
第一目標を完遂すれば、相手は疑心暗鬼に陥ってこの場から動きにくくなる。
第二目標を完遂すれば、仮に生き残りが発生してもヒーロー達が即座に派遣される。
蠱毒じみた大乱闘スマッシュブラザーズの果て、ここには誰も残らなくなる。
(因果交流電燈の、ひとつの青い照明です)
問題は、プランBに派生した時だろうか。
黒霧に連絡をとる時間的余裕すらなくなることが予想される。
自然の風景や人々との交流によって明滅する現象が、自分という存在なのだ。
『有機交流電燈』とは、つまりそういう事なのだろう。
そして案の定、蜂の目は
逃げられる可能性は皆無だから、降伏してパパンとママンに一目会ってもいい。
ホークスと戦って勝てる道理は、正直無い。
今のうちに黒霧に連絡して逃げるというのも、一つの解ではあるのだろう。
リュミエール・ノワールは、宮沢賢治全集をパラパラとめくった。
ナイン一行を見張っている蜂が、別のものを捉えていた。
園芸種ではなく、野生種のリンドウ。
初冬の山中、すっかり落ち葉に覆われた枯れ色の大地に、ポツンと輝いている一輪の青い花。
自然界に青い花は少ないので、ことさら神秘的にみえる。
轟
運命のボタンが掛け違っていれば級友の母という関係だったが、この世界の青山優雅がそれを知るわけもない。
ただ丁度、宮沢賢治全集を持っていたから『春と修羅・序』から『銀河鉄道の夜』にページを飛ばした。それだけといえば、それだけだ。
銀河を走る汽車の中、リンドウの花を先に見つけたのはカムパネルラ。
だとすれば、ジョバンニは
『銀河鉄道の夜』には、
「あれは、鷹か。それとも、
リュミエール・ノワールは、ガスマスクを取り出しながらそう言った。
* * *
【異能解放軍(原作『僕のヒーローアカデミア』)】
・リ・デストロ(
個性: 『ストレス』。怒りや不満といったストレスを力に変え、溜めた分だけ身体が巨大化し、圧倒的なパワーを発揮することができる。
役職: 最高指導者。デトネラット社社長。
・スケプティック(
個性: 『人形(ヒトガタ)』。触れることで冷蔵庫や机など、人と同程度の大きさのモノを操り人形に変えられる。顔や身体は思うがままに作れる。
役職: IT企業『Feel Good Inc.』取締役。IT・情報戦担当。
・キュリオス(
個性: 『地雷』。触れたものを爆弾に変える。殺傷力は低いが起爆装置化の数に上限はない。
役職: 集瑛社専務。広報・宣伝担当。年齢不詳だが目尻の皺が強調されており年齢は高め。
・トランペット(
個性: 『扇動』。声を聞かせた相手の身体能力や士気を高めるが、対象はより興奮して冷静さを失い体力を消耗してしまう。
役職: 心求党党首。政治・扇動担当。デトネラット製の高音質拡声器マスク「セブンスラウド」で能力を強化している。
・外典(げてん)
個性: 『氷操』。空気中の水分を操って氷を自在に生み出す能力。地形を一瞬で凍らせたり、氷柱を攻撃や防御に利用することも可能。
備考: 冷静沈着で無口だが、内に強い信念と誇りを秘めている。敵対する者には容赦しない。超絶美形の青年。
・スライディング・ゴー(
個性: 名称不明だが、滑走系。
備考: 表向きはプロヒーロー。
・サンクタム
個性: 不明
備考: 眼鏡をかけ、ちょび髭を伸ばした老人。古参メンバーだが詳細は不明。
・《補足》
総戦力は11万6516人。
【ナイン一派(劇場版第2作『ヒーローズ:ライジング』)】
・ナイン
個性: 『気象操作』『個性を8つまで奪う』『相手の個性を見破る』『衝撃波』『バリア』『指先からビーム』『背中から龍のような使い魔を召喚』『A型の細胞活性化』、ストックできる個性は最大8つ。
特徴: 力を使いすぎると細胞が壊死するため、細胞活性化の個性を求めている。189cm。
・スライス(
個性: 『スライス』。髪の毛を刃物のように硬質化し、自在に操る・飛ばす。
特徴: 赤髪のロングヘアセクシー美女。163cm。
・キメラ(
個性: 『キメラ』。顔は狼、両腕と足は鳥、尻尾はワニに酷似。キメラ発動により、空を飛んだり口から炎や熱線を吐いたりできる。
特徴: 葉巻を咥えた大男。208cm。
・マミー(
個性: 『マミー』。包帯を操り、巻き付けた対象(無機物含む)を意のままに操る。
特徴: 全身包帯姿の細身の男。背中の刀を振りかざして戦うことも。192cm。
【ヒューマライズ(劇場版第3作『ワールドヒーローズミッション』)】
・フレクト・ターン
個性: 『リフレクト』。あらゆる攻撃や衝撃(光線含む)を反射する。
役職: ヒューマライズの指導者。200cm。個性終末論を信じ、個性を消す「
・ベロス
個性: 『ロング・ボウ』。指先が弓矢のように変形し、射た物を自在に操る。ただし、射出する物質は生み出すことが出来ない。
特徴: 緑髪の女性幹部。170㎝。個性持ちを憎んでいる。
・シデロ
個性: 『アイアン・ボール』。鉄球を作り出し、弾き飛ばして戦う。鉄球の大きさは、手のひらサイズから自分より大きなサイズまで、ある程度自在に調整可能。
特徴: 爆豪と戦った幹部。210cm。
・レヴィアタン
個性: 『ヘリカルサイズ』。指先および頭の角から、ねじれた水流を作り出すことができる。水流による攻撃範囲は広く、ドリルのようにあらゆるものを穿つ。また、敵の炎を身に纏うこともできる。
特徴: 轟と戦った幹部。250cm。
・ロゴン
個性:『アイアン・クラブ』。両腕が棘のついた棍棒に変形する。同時に、巨大な鬼の様な姿へと変わる。
特徴: 183cm。映画では、ロディ・ソウルを襲撃した。
・サーペンターズ
個性: 『ソード・キル』。腕と肩から蛇腹剣を作り出す。トリガーの使用時は、最大で6本の剣を出せるようになる。
特徴: 双子敵。見た目は瓜二つで、兄がエナ、弟がディオ。二人とも177cm。
・《補足》
全世界に支部がある。総戦力は不明。
オセオン警察の警視長官もシンパ。オセオン国では、ヒーローの指名手配すら実行可能。
* * *
「……誰か、来るぜ」
山中のキメラがそう呟いた瞬間に、ナイン一行は戦闘態勢に入った。
地面を滑走してきたスライディン・ゴーが、ドヤ顔で叫ぶ。
「ストップ! 私は案内役を仰せつかった者!」
「ヒーロー!?」
ヒーローコスチューム姿に、マミーが驚愕する。
「
ナインは、
関係者と言われれば、枠としてはそうなってしまうのかもしれない。
これは、
「……人が、いないわね……」
「所々で、見張られている」
ナインが答える。
「その通り! ここは
高そうなブランドスーツに身を包んだオールバックの眼鏡男、トランペット。
温かそうなコートに身を包んだ妙齢の女性、キュリオス。
または、心求党党首の
デトネラット社の
問題は、ナイン一行はどちらも知らず、どちらにも興味が無かったことだろうか。
「遠路はるばる、ようこそお越し下さいました! 本日は再臨祭へようこ……そ?」
その時だった。
愛知県
その全てが起爆し、マンホール等の地下から地上に向けて緑色のガスが噴き出し始めた。
「なっ、なに? なんなの!?」
突然の異変に、キュリオスが驚く。
トランペットの登場に合わせて家の外に出ようとしていた、約11万6千人。
その大半が
逃げ惑いながらも、ある者は背中の翼がどこまでも巨大化し。
風を起こす個性の者は、竜巻のように荒れ狂う風を制御できずに周囲の建物も人も全て巻き込み。目からビームを出す個性の者が、そこら中のビルや家、あるいは人をビームで切断していく。
怒号と悲鳴が、一瞬にして
個性を暴走させた人々は、個性因子が崩壊すると同時に衰弱死していった。
もしこの爆弾がAFOに直撃していたら、そこで終わっていた可能性すらあった。
「うっ、うわあああっ!?」
滑走が暴走し、ぐるぐるとその場で急回転をはじめてしまったスライディン・ゴー。
その首と胴が、二本の蛇腹剣で切断された。
スライディン・ゴーは、一瞬で即死した。
マスクを被った双子が、緑色のガスの中で宣言する。
「我々はヒューマライズに選ばれしもの、サーペンターズ!」
「我々は、新たな世界に生きるもの!」
エナとディオの宣言に、ナインが薄く微笑んだ。
「新たな世界。力だけが支配する世界は、いまこれから創り出す」
ナインの背中から龍のようなものが飛び出し、サーペンターズに襲いかかった。
トリガーボムのガスは、バリアで防いでいる。
街中で多くの潜伏解放戦士が苦しむ中、マスクをした一部の一般市民達が白いローブを羽織りはじめた。
それは年単位をかけて異能解放軍に潜入していた、ヒューマライズ団員達だった。
「個性持ちという病気からの解放を。人類の救済を!」
「「人類の救済を!」」
ヒューマライズ団員達は、数こそ異能解放軍に負けていたが、個性が暴走後に死なずにかろうじて生きている人間達に的確にトドメを刺して回っていた。
異能解放軍の中に、3500人以上のヒューマライズ達が偽装していたことになる。
それだけでなく、周囲の山間部に隠れていた団員達も一気に押し寄せていた。
キメラの前に美形の青年が立ちはだかり、氷で作成した巨大な手で奇襲をかけた。
間一髪躱したキメラが、ニヤリと笑う。
「氷……氷ね。強いだろ、お前」
「教えてやる。僕は氷を操る。ずっと異能を鍛えてきた。異能の強さが社会的地位に直結する!」
美形の外典が、微笑む。
「そうかい。見せてやるよ……俺がバケモノだと言われる、その理由を!」
キメラの服が破れ、両手足が猛禽類のような形に変化した。
腕から伸びた羽根は荒々しい
「UUUUU!」
キメラが大きく口を広げ、高出力の炎を吐き出した。
外典の氷と、キメラの炎がぶつかりあい、水蒸気が大量に発生したその瞬間。
「GURUAAAAAA!」
水を捻じ曲げ、炎すら纏うレヴィアタンが、何本ものツノをドリルのように伸ばしながら乱入してきた。外典vsキメラvsレヴィアタンという、地獄のような三つ巴戦がはじまった。
異能解放軍の古参、サンクタム。
「行動理念の明示すらない奇襲だと……!?」
ヒューマライズのベロスの個性『ロング・ボウ』を用いた矢が、サンクタムの額を容赦無く貫いた。サンクタムはなんか凄いとても強いみんな恐れる超必殺の個性を使う前に死んだ。
リ・デストロは、
「戦士一人一人が未来を想い、その身をなげうっている……人は、
デトネラット社謹製・負荷増幅鋼圧機構『クレストロ』。
盗用した超圧縮技術を利用したアーマーを出現させ、リ・デストロはその身に纏った。
原作とは比較にならぬストレスに、クレストロまで着込んだリ・デストロの一撃。
サーペンターズとか名乗った双子の片割れは、その一撃でぺしゃんこに叩き潰された。
衝撃波・龍・ビームの同時攻撃により、サーペンターズのもう片方も死んだ。
だが、衝撃波が突然ナイン自身に跳ね返ってきた。
ナインは慌ててバリアを張りながら、衝撃波が返ってきた方向を見る。
「人類の救済、その第一歩がはじまる。あまたの人間達の死によって」
リ・デストロとナインとフレクト・ターンの視線が、交錯した。
スケプティックは無数の
「デストロの悲劇は繰り返さない! わかるか?」
「拙者、傀儡使いとして負けられぬ……スライス!」
マミーは包帯で人形を操り、同士討ちを狙う。
「わかってるわ!」
スライスは、その全てを髪の刃で切り刻む。
だが、マミーもスライスもトリガーボムの影響の余波が大きく、思うように動けない。
特にマミーは、スライスの初手の暴走で身体中を切り刻まれ、深手を負っていた。
そこにヒューマライズの団員達も参戦し、数と数の暴力で大混戦状態となっていた。
キュリオスとトランペットは、命が軽い作戦を容赦無く実行に移していた。
まずトランペットが、個性が暴走した異能解放軍の兵士を扇動していく。
トランペットが扇動すると力や士気は増すが、その反面、兵士達の疲労は増していく。
そこへキュリオスが、使い物にならなくなった兵士を人間爆弾に変えてヒューマライズ団員に突撃させていた。
「さァ解放せよ! 力を集結させ、新たな時代を切り
「戦士達に慈悲はないの。全ては解放軍のため!」
しかし、ヒューマライズ側もただやられているわけではない。
シデロの扱う鉄球と、ロゴンの扱う棍棒。
その二つが、様々なものを物理で粉砕しながらキュリオスとトランペット達に突っ込んでくる。
「「人類の救済を!」」
人命軽視の極み。キュリオス達の狂気と、ヒューマライズの冷徹な殺戮が混ざり合う。
あちこちで、爆発も起こっていた。
街から脱出して逃げようとする異能解放軍の戦士達を、無慈悲に爆弾蜂が爆破していく。
* * *
地上に、地獄が顕現している。
そこら中に死者が発生しており、戦いの勢いは止まる気配を見せない。
百や千どころではなく、万単位の死者。
下手をすれば、六桁だろうか。
街、いや、市全体が死体で埋め尽くされつつある。
ホークスは、空を飛ぶことでトリガーボムのダメージを最小限に抑えることができていた。
だからといって、無傷で済んだわけでもない。
少しだけ吸ってしまったため、自らを傷つけることでかろうじて犠牲をおさえた。
緑色のガスは落ち着いてはきたものの、死者が流す赤い血が街を塗りつぶしつつある。
濃い死臭のみならず、人が焼ける音も含めて五感を死で満たしてくる。
青空からの緑色、次いで赤色、黒よりの赤。
周囲の色が、凄まじい勢いで変化していく。
だがホークスの目が捉えたのは、そこではない。
街中に、同士討ちの混乱と、トドメの死のために駆けずり回っている黒幕がいるのが見える。
リュミエール・ノワール。
AFOにヒーロー科入りを命じられ、しかしヒーロー科には落ちてしまった。
その関係で新たな個性を植え付けられ、ヴィラン堕ちしたと伝えられている。
……救えるのだろうか。
もう赦されないところまで、堕ちてしまっているのではないだろうか。
個性『剛翼』。
背中の羽根がホークスの両腕に飛び込み、刀に変化した。
* * *
「
「……これ以上の、失敗は……!」
街中、住宅街の一角にある公園。
公園とはいうが最近は遊具も取り除かれ、ベンチ程度しか見当たらない。
ベロスはリュミエール・ノワールを睨みつけるも、爆弾蜂はロングボウごと彼女を爆破した。
「うぐぁっ!」
容赦の無い爆破に、ベロスは吹き飛んで意識を失った。
中途半端なダメージだったため、ベロスにトドメをさす必要がある。
ノワールは、両手を黒コートのポケットに入れたままベロスに近づいていく。
そんな彼の前に、両手に刀を手にしたホークスが、ばさりと舞い降りた。
同時、大量の羽根がホークスの周囲を舞い始める。
「メルスィ」
リュミエール・ノワールは、逃げなかった。
仮にも相手は、No.2ヒーロー。
個性が一つ増えたからとて、そう簡単に勝てる相手ではない。
「
「……ああ、公安の人。なんでしょうか、寝返りの件で?」
そもそも、逃げるつもりならもうとっくに逃げている。
では何故、逃げなかったのかといえば。
「事情は伺っている……あなたは運が悪かっただけだ。罪を償ってやり直そう。やり直せるように、俺も手伝う」
「やり直せる? 何をどう? 牢屋の中で何十年か、本でも書き続ける仕事をする?」
全ての罪を被ることで、
これは別に、
彼女は単に、この任務は命の使い
「未成年のあなたは、俺が守るべき人だから」
「それはあなたの都合ですよね」
「……
首を傾げながら、両手に刀を持ったホークスが歩み寄る。
リュミエール・ノワールの周囲にいた蜂が、主人を守るかのように展開された。
「ええ。AFOから、死柄木弔に」
「何が違うと?」
「僕の名は、リュミエール・ノワール。
「まるで、黒幕のような物言いだ」
「……そうだと言ったら?」
ホークスの周囲を舞っていた羽根達が、ノワールの周囲の爆弾蜂を精密無比に切り刻みはじめた。容赦の無い連鎖爆発が起こり、ノワールは自身の蜂の爆発に巻き込まれてしまった。
「数は目を見張るものがありますが、耐久力が低い。距離と場所によっては、あなたも巻きこんでしまう」
ホークスは、優しい顔はしていない。
原作でトゥワイスを殺す直前の、哀れみと観察の目をしている。
幼少期から公安のエージェントとして育てられてきたホークスは、いつでも誰かを殺せる。
「ほんとうにみんなの
爆弾蜂の爆発の影響で少し被害を受けてしまったリュミエール・ノワールは、そう呟いた。
『銀河鉄道の夜』、その中の一節。
「おとなしく同行してくれれば、まだやりようはある」
いつでも飛びかかれるホークスに対し、ノワールはポケットから手を出し、肩をすくめた。
「異能こそが全てと言い張る異能解放軍。個性は病気だから救済しようとするヒューマライズ。力を求めてドクターに改造を志願したナイン達。僕は、そういう世界のゴミをぶつけ合わせて駆除しているだけだ。そこに何十万という死体が積まれたからといって、感謝されることはあっても哀れまれる
「青山優雅。いかなる理由があろうとも社会に仇なすのならば、それを許さないのがヒーローだ」
「だからメルスィと言ったんだ」
ノワールの額から流れ、鼻を経由して落ちてきた血を、彼はペロリと舐めた。
「……両親に、会いたくはないのかい」
「何万人も殺す息子は、僕のパパンとママンにはいなかった。だから、僕に両親はいない」
「ヒューマライズを、異能解放軍とぶつけるためだけに呼び寄せた? どうやって……」
「そんなの、決まってる」
塚内空の罪も、僕が全て持っていく。
「リュミエール・ノワール。例え黒い光であっても、輝きたいと腹の底から思ったから」
「諦めない人間が、最も恐ろしい。経験上、意思の硬い人間は気絶してくれない……だから」
ホークスは、虫を眺めるような目でノワールを見つめた。
「殺すしかなくなる」
ノワールのネビルレーザーが周囲を横薙ぎにしたが、ホークスはバク宙しながら空中で体勢を立て直した。
* * *
外典vsキメラvsレヴィアタン。
スケプティックvsマミー&スライスvsヒューマライズ軍団。
キュリオス&トランペット&異能解放軍vsシデロ&ロゴン。
リ・デストロvsナインvsフレクト・ターン。
リュミエール・ノワールvsホークス。
ヒューマライズは世界各国に支部があったが、流石に異能解放軍の数には遠く及ばなかった。
さらにいえばヒューマライズ団員の多くは無個性のため、総合戦闘力では劣る。
だがトリガーボム25個の先制爆撃と、マスクで防御済みのヒューマライズ団員。
さらに年単位で工作し潜入していた異能解放軍へのスパイが、効率良く働いた。
スケプティックも、マミーも、互いの数の作戦の中で死に。
トランペットは、シデロを殺すために最期まで命令し続けた。
ロゴンに身を掴まれ、もはやこれまでと悟ったキュリオスはロゴンごと自爆した。
外典vsキメラvsレヴィアタンの最悪の三つ巴は、文字通り
巻き添えとなった人々、大半は異能解放軍で残りはヒューマライズだったが、あっさり死んだ。
三人は殺して殺して殺しまくって、最後は三人共に同士討ちで死んだ。
クレストロを纏ったリ・デストロが、ナインを殴り飛ばす。
「私の力は手段である! 人々を解放する為の! デストロの遺志を完遂するための!」
ナインは衝撃波とバリアで応戦していく。
「なんだ、その力は……オレの道を、阻むな!」
そこにフレクト・ターンが介入する。両者の攻撃を反射し、場を支配する。
「人類の救済は、貴様等の死によってはじまる!」
リ・デストロのクレストロが、反射された自分の攻撃とナインの雷撃を受け、ストレスの限界を超えて自壊した。
「ただでは死なん! 解放せよ、種は既に蒔かれているのだ――!」
リ・デストロは、ナインを殴る。
ナインの生命維持装置を破壊した後、ナインの龍に喰われながら死んだ。
「私の作る新世界は……強き者が弱き者を支配するユートピアだ!」
ナインは、フレクト・ターンの『リフレクト』を奪取することに成功した。
無個性となったフレクト・ターンが、驚愕する。
「なにぃっ!?」
「支配者は、一人でいい……?」
常時発動型の超強力個性に、強烈無比な負荷がナインの細胞を襲う。
ナインの身体が、死柄木の一撃を受けたかのように崩壊して散っていく。
フレクト・ターンが呆然としているところに、瓦礫の下から這い出してきた満身創痍のスライスが現れた。
「ナインの仇!」
「わからないのか……純粋なる人類を、滅亡から救わねばならんのだ!」
スライスの傍らには、マミーが使っていた刀が落ちていた。
彼女はその刀を手に、フレクト・ターンに駆け寄って勢い良く突き刺した。
「威勢のいいこと言って、その程度?」
そう言いながら、スライスも力尽きて倒れる。
「もう……手遅れだ。彼女が、いるなら――」
フレクト・ターンは、笑みを浮かべたまま死んだ。
* * *
ノワールとホークスの戦いは、奇妙な展開を見せた。
ホークスはそれでもノワールを捕らえようとしていたし、ノワールは何かを狙っていた。
トゥワイスが、大量に複製した分身を超高速で切り刻まれたように。
ノワールの爆弾蜂も、凄まじい勢いで殺されていく。
既に動く者はほぼおらず、死んだか、もうすぐ死ぬか、かろうじて気絶しているかのどれか。
十万を余裕で超える数の人間達が、そこら中で傷ついて倒れていた。
たまらず、ホークスが叫んだ。
「こんな景色を見たかったというのか? 死者が織りなす、こんな景色を!」
「あぶれた人間は切り捨てられる。僕はそうやって切り捨てられた」
気絶して倒れているベロスに向かって、ノワールはネビルレーザーを発射した。
ベロスを守り切れないと判断したホークスは、やむなしとノワールを斬る判断をした。
「上司に伝えとくよ」
ノワールは、あまりに人を殺しすぎた。
少年法すら適用されず、大人と同様に裁かれる運命が待っている。
まして、六桁にも及ぶ人間の死や重傷を導いたともなれば。
音波振動を伴った一撃が、ノワールの右腹部を背中に至るまで大きく切断した。
腹が大きく裂け、中の臓物が外にこぼれ、大量の止まらぬ血が溢れはじめた。
「情熱大陸だったかな。昔、オールマイトが言ってたんだ」
もしかしたら。
皆と一緒に1-Aでわいわいやっていた未来が、あったのかもしれない。
でもそんな未来はもうないのだと、ノワールは激痛と共に実感できた。
「敵が勝利を確信した時が、大きなチャンスだってね☆」
いわゆる、人読み。
武術においては禁忌だが、対戦格闘ゲームでは普通に存在する概念。
相手が自分を斬り終えた直後、格ゲーで言うところの必殺技硬直時間を最初から狙った攻撃。
「……クソだな」
思わず、ホークスは呟いた。
自分の身体から次々と羽根が抜け落ち、手にしていた刀の形すら維持できなくなっていく。
自身が斬られることを念頭においた、注射蜂の伏兵。
原作ですら殆ど使われなかった個性消去弾、その材料となる原液。
完成版の個性消去弾の原液を、たっぷりと吸い込んでいた注射蜂。
そんな注射蜂の針がホークスに打ち込まれ、原液をたっぷり注入されていた。
「僕は、ノワール。リュミエール・ノワール」
青山優雅は、腹をおさえながら受け身も取れず前に倒れた。
うわごとのように、言葉を呟く。
「……君はジョバンニ、僕はカムパネルラ」
もはや、青山優雅はホークスなど見ていない。
個性を失い、無個性となっていく感覚がわかる。
激しく頭も痛む。
街からの脱出を試みようと、ホークスはふらふらの状態で歩きはじめた。
* * *
「なに、やってんだよ……」
「とむら、くん」
「何をやってんだよッ!」
何も知らなかったというよりは、見ないフリをしていた
彼が黒霧にノワールの居場所を尋ねた時は、もう全てが終わっていた。
死臭漂う公園の片隅。
リュミエール・ノワールは、かろうじて生きていた。
まだ生きているというだけで、トリアージなら黒のラベルをつけられる。
自身を運んでくれた黒霧を放置し、ノワールの元へと死柄木は駆け寄った。
「ふたりのつみを、ぼくがもっていく」
「それが一体なんなんだよ!」
「それは、いきるりゆうになる」
誰がどう見ても、もうすぐノワールは死ぬ。
死柄木はわけもわからず、ノワールを中途半端に抱きしめた。
だというのに、死にかけた友人は彼の懐にある手首の束を掴み、勢い良く放り投げた。
「あっ」
死柄木が、止める間もなかった。
過去に殺した人々の手首は、空中で爆発して四散した。
「いらないよ、こんなの」
「お前、血が、血が止まんねぇよ……」
「いらない。これもいらない」
リュミエール・ノワールは、真っ青な顔、真っ青な唇で笑った。
血液中の酸素不足による、チアノーゼ症状。
ノワールは笑いながら、死柄木の身体についている手を取り外しては投げ、爆破させていく。
華ちゃんをはじめとした、志村家の手首達が散っていく。
いつ殺したのかも覚えていない、そこらの不良の手も散っていく。
「とむらくん」
「何だよ……」
「だきしめて」
「何でだよ……」
「いたいんだ」
痛い、のか。
居たい、のか。
「抱きしめたら、お前が崩れちまう」
「いいんだ」
死柄木弔は、震える指先でリュミエール・ノワールを抱きしめた。
「ああっ!」
死柄木が、ノワールを抱きしめるというのはそういうこと。
ゆっくりと、しかし確実に、青山優雅の身体が崩れ始めた。
「ふふっ。ぼくは、とむらくんのひーろーになる」
「俺を生かす為にお前が死ぬっていうのかよ! わけわかんねぇよ!」
「またぼくたち、ふたりきりになったねえ」
どうにもわからない。
わからないが、
自分が泣いている理由すら、わからなかった。
「……壊しちゃ、駄目なのかよ。壊すことしか、できねぇってのによ」
「どこまでもどこまでも、いっしょにいこう」
そう言うと、ノワールは左手で死柄木弔の顔を掴んだ。
死柄木の目は、大きく見開かれた。
「ぼくのいかりは、ここにある」
そしてそのまま、青山優雅はリュミエール・ノワールとして散った。
死柄木の顔を掴んだノワールの手が、目の前で崩れ去っていった。
そして、後には何も残らなかった。
一陣の風が、塵すら運んでいってしまった。
「ハハッ」
街に漂う死臭が、やたら鼻につく。
「ハハハ」
死柄木弔は、ゆっくりと立ち上がった。
ノワールの手の感触が、まだ残っていた。
「……ぶっっっ壊れろ!」
志村転弧は、泣きながら右手を振るった。
死柄木弔は、笑いながら左手を振るった。
公園を中心に、凄まじい速さで崩壊が伝播していった。
黒霧はワープで一時避難したが、公園の端に瀕死で倒れていたベロスはそのまま崩れて死んだ。
まだ生きていた者も死んでしまった者も、みんなみんな崩れて消えた。
「ハハッ、ハハハッ、ハハハハハ!」
彼には、泣きながら笑うことしかできなかった。
* * *
ホークスは這々の体で街の中央から避難していたが、そこで一旦力尽きた。
皮肉なことに、トリガーボムの影響は無個性となった事で消えた。
個性の暴走により傷ついていた身体は、内臓も含めてわりと危険域。
リュミエール・ノワールとの戦闘は、なんだかんだで限界ギリギリだった。
あと一歩ボタンをかけ間違えていれば、こちらが死んでいた。
倒れるように、身体を落ち葉の毛布に放り込む。
初冬の山中、すっかり落ち葉に覆われた枯れ色の大地に、ポツンと輝いている一輪の青い花。
野生種のリンドウが、目の前にあった。
敬愛するエンデヴァーが、こそこそと花屋で買っていたのを見た事がある。
凄まじい異音が、街から聞こえてくる。
街の中心部から、外側に向かって伝播するように何もかもが崩壊しているのが見える。
あの時もし、誰かが自分に手を差し伸べてくれていたら。
ふと、そんな事を考えた。
自分に声をかけ、手を差し伸べたのはヒーロー公安委員会だった。
だから公安のエージェントとなった。
汚いことも、酷いことも、わりと結構やってきた。
だが、守るべき対象である子供を殺すことになるとは思っていなかった。
このままじっとしていれば、自分の身も崩れ落ちるのだろうか。
そのまま死ぬのも、また一興かもしれない。
山中でぐにゃりと倒れたまま、顔だけを街に向けていたホークス。
しかし崩壊は、残念ながら山の手前で止まってしまった。
「……俺は、正しくあろうとしたはずだ」
そう言って、ホークスは大の字になった。
なんとなく、大空に手を伸ばした。
そこに、エンデヴァーが飛んでいる気がした。
* * *
その日、一人がヒーローとなり、一人がヒーローを辞めた。
志村転弧と死柄木弔は、ぐちゃぐちゃに混ざり合った。
ホークスの証言により、
この瞬間、塚内空の罪は全て青山優雅が持っていってしまった。
『伝播する崩壊』で
大勢のヴィランが、たった一日でこの世から消え去ったニュースは大きく報道された。
全ては、AFOの手先と化した青山優雅という青年がやった出来事。
そういう事になった。
温度差で風邪を引きそうで大変申し訳ないのですが、次はギャグ回の予定です。