【インターベンション】《intervention》
介入、干渉。おせっかい。
調停、仲裁。
* * *
突然の
「YouTuber事業?」
「うん。小学生でも映画や演劇関連でなら、午前10時から午後5時までの間なら働けるし」
「和歩ちゃんをバイト的に巻き込みたいから、個人事業主ってこと?」
「私が十五歳以上にならないと、法人格の会社設立は色々と不都合でしょ? お父さんが公務員だから親子起業も無理だし。それならお父さん、つまり親権者の許可を得て個人事業主になった方が早いかなって」
空と真の会話に、直正は割り込めなかった。
娘と妹の会話と言えば聞こえは良いが、小学生と大学生の会話とは思えない。
「扶養とか社保の関係もあるし、収益化してから青色申告にしてもいいんじゃ?」
「私の部屋を撮影して一部でも動画で公開すれば、買ったパソコンとか関連機材が全部経費扱いになるでしょ? 趣味で買った漫画もアニメも映画も音楽も全部経費になるし、旅行やレストランの類も大体経費になるし」
「経費といっても会社勤めじゃなくて
「政府筋と警察が合意しただけあって、どんな魔法なのか知らないけれど、オールマイトさんから私への見舞金って宝くじの当選金扱いになってるんです。だから所得には含まれないし、住民税もかからないし、非課税だから確定申告も不要。お母さんの遺産もあって、結果として動かせるお金が沢山あるでしょ? 多少の節税は誤差だろうけど、税務調査の可能性は初手から潰したい」
税金を心配する小学生に、聞いていた直正は焦った。
直正は真をねめつけるような目で見る。
「お、おい真。英才教育にも程が無いか……?」
「待って兄さん、私、空ちゃんに何も教えてないんだけど」
「はあ?」
戸惑う真に、素っ頓狂な声をあげる直正。
そんな二人に、空は苦笑する。
「簿記二級なら、もう取っておいたよ。英検二級も取るつもり」
「……空ちゃん、内緒で私の経理手伝わない? バイト代払うから」
真が真顔で空にお願いした。
「おい、真」
「バイト代が出るならいいですよ、真さん」
空は笑顔で答える。
なお小学生がやるバイトの内容ではない。
「中学卒業までに司法試験予備試験と司法試験に合格して、高校を出たらすぐに司法修習を受けて、一年後に弁護士資格を得るつもりです。弁護士になれば税理士と社労士と弁理士と行政書士が自動でオマケについてくるから、ヒーロー事務所の経営サポート業務に役立つかなって」
「……空ちゃん九歳よね?」
「はい、九歳です」
前世で大学院を出た塚内空だったが、大学院は大学院でも法科大学院。
今世における空は、日常生活での違法行為を脳内で指摘する程度で抑えていた。
しかし今後は、意味の無い
雄英高校は偏差値79。そこには上位0.2%の天才が集まる。
ヒロアカ劇場版一作目において、峰田実や上鳴電気は『I・エキスポ』期間中のカフェのアルバイトに合格している。
『I・エキスポ』は、世界中から人が集まるイベントだ。
そんな重要な施設に設置されているカフェのバイトに受かる二人は、とんでもなく凄い。
最低でも英会話能力は必須だし、客に対して柔軟な対応がとれなければ面接には通らない。
原作でも、峰田実はあの魔境1-Aで20人中9位の成績を修めたりしている。
つまり理論上、峰田実でも似たようなことは出来る。はず。多分。きっと。
「イラストの類を外注するにしても、個人からの依頼を却下するクリエイターって結構いるんです。だから私個人の名前より屋号を用意しておいた方が、色々動きやすいかなって。あっ、屋号考えてなかった。お父さん、屋号名義の口座開設する時は手伝ってね」
「……わかったよ、空。やるだけやってみて、駄目ならやめればいい」
『YouTube動画で稼ぐ』ということを名目に、大金の支出に対する法的な根拠を残し記録する。
これを年単位で積み重ねていくと信用や信頼に繋がり、銀行も税務署も安心する。
黒字収益を誤魔化せば脱税だが、赤字経営に関してうるさく言われることはあまりない。
屋号は悩んだが、『月下往来』とした。
『月下往来 代表 塚内 空』という簡素な名刺も作った。
個人事業主だから、社長でも取締役でもなく、代表となる。
女子小学生がやる赤字確定のYouTuber事業。
親権者の許可がある以上、親が娘に施す社会教育の一環なのだと周囲には認知される。
だから大人に侮られる。みんなが優しくしてくれる。
今はそれでいいのだと、塚内空は微笑を浮かべた。
* * *
『はじめまして、ミスタ・ジェントル。
私の名前は塚内空、九歳です。
私の話を信じてもらうために、これは本名であり本当の年齢だと先に言っておきます。
貴方にお願いがあります。
一度だけで構いません、私に会って私の話を聞いて頂きたいのです。
貴方の時間を拘束させていただく分、些少ながら謝礼もお支払いいたします。
もちろん、交通費や食費、ホテル代などは全てこちらで負担いたします。
(公共交通機関を使う際は、同行者を含め領収書を確保しておいてください)
貴方は物凄い才能を秘めているのに、私には進み方を間違えているようにしか思えません。
このまま進んでしまうと、やがて迷惑系YouTuberとして認知されるようになります。
再生数を求める行為は次第に過激化し凶悪犯罪となっていくのに、中身は中途半端なまま。
刑務所に入る頃には全ての動画は削除され、アカウントもBANされている事でしょう。
ミスタ・ジェントルの活動拠点を
表向きは小さな喫茶店のマスター、なんてどうでしょうか。
もちろん、裏の姿は怪傑浪漫です。
(現状よりもっと攻める感じにしますが)
五年程度は雌伏の時になるかと思います。
その五年で認知度をあげ、実力をあげ、世間に浸透していく。
やがて到来する、未来の一億再生のために。
お返事お待ちしております。 月下往来 代表 塚内 空』
【Gentleの怪傑浪漫チャンネル】に、そうメールした。
無視されるかとも思ったが、ジェントルは丁寧な返事をくれた。
助手志望の女性を連れて行くので、来週お会いしましょう。
彼の返事の大意としては、そんなところだ。
* * *
退院はしたが、メンタルの経過確認をさせてほしいと言われていた。
東
大勢のヴィランが出現し、沢山の死者も出た。
規模がでかいので、事件という表現より上の事変扱いになっている。
だけどオールマイトも、オール・フォー・ワンもいなかった。
そういうことにもなっている。
「睡眠時間は確保できている?」「理由の無い攻撃衝動に襲われたことは?」など、細かく質問された。考えてみれば、私は人を殺していた。忘れかけてすらいた。
そのことに対する罪悪感的なものは無いけれど、質問内容は当然だとも思った。
検査後に、オールマイトの見舞いに行く予定だった。
当たり前の話だけれど、見舞いの許可をLINEで尋ねて承諾を貰っている。
オールマイトは何度も手術を重ねていて、入院が長期化している。
でも、彼が入院していることを知っている人間は殆どいない。
オールマイト自らが各所に『お願い』をしただけあって、ニュースにすらなっていない。
だからこそ、オールマイトも私ごときの見舞いを許してくれたと思うのだ。
……たまの会話相手ぐらい、欲しいもんね。
「無茶だ、オールマイト。もう引退すべきだ」
特徴的な三木眞一郎、もとい。
身長2m、緑髪に金メッシュ、ネクタイをかっちり締めたスーツ姿。
サー・ナイトアイの声が聞こえたので、思わず廊下の曲がり角に隠れてしまった。
「ニュース……見てないのか……? 皆が私を……探している」
入院着姿で、オールマイトが壁を伝うように歩いている。
私への挨拶時は相当無理をしていたのだと一目でわかるぐらいボロボロの格好。
「待っているなら……行かなきゃあな……」
雄英高校の根津校長、グラントリノ(私服だから酉野空彦と呼ぶべきか)、リカバリーガールの姿も見える。
「その体でヒーローを続けても皆が辛くなるだけだ。呼吸器官がやられたんだ、以前のようにはいかない。あなたの願う平和の為にも……伝説のまま引退すべきだ」
サー・ナイトアイに続き、根津校長がたたみかける。
「ワン・フォー・オールの後継ならウチでいくらでも探すといい。君は十分に頑張ったさ」
「もうフカフカのベッドで安眠をとって良いんだ。明るく強く親しみのある人間。あなたのような人間を見つけ……託そう」
サー・ナイトアイは必死に説得を続ける。
しかしオールマイトは、それを受けない。
「その人間が見つかるまでの象徴は? オール・フォー・ワンがいなくなっても……超人社会……すぐ次のオール・フォー・ワンが現れるぞ」
ふらりと倒れかけたオールマイトを、サー・ナイトアイが支える。
「象徴論はわかる! 敬服している! けれど……なァ。全然笑えてないじゃないか……!」
苦しそうな表情のオールマイトは、無言を貫く。
そんな二人を、グラントリノもリカバリーガールもじっと見つめている。
「これ以上ヒーロー活動を続けるなら、私はサポートしない……出来ない、したくない!」
オールマイトとサー・ナイトアイが仲違いして喧嘩別れする場面が、目の前で展開されている。
……でも、原作の今後の展開を色々思い出して、私はイライラしてきた。
サー・ナイトアイの死に感動した人達には、大変申し訳ないのだけれど。
彼は言動と行動に整合性が無くやることも全部ガバガバで、1から10まで滅茶苦茶なのだ。
矛盾の塊の脳筋ヒーロー、無能マン。
それが私の、彼に対する率直な評価。
「私はあなたの為になりたくてここにいるんだオールマイト!」
「私は世の中の為に……ここにいるべきじゃないんだナイトアイ」
「このままいけば貴方は
感動的な名場面、のはず。
……はず、なんだけど。
つい、彼らの前に現れて私は叫んでしまった。
「オールマイトを馬鹿にしているんですか?」
「塚内少女」
私の姿を見て、オールマイトが驚く。
サー・ナイトアイは、私の台詞に激昂する。
「貴様、なんのつもりだ。私をオールマイトのサイドキックと知って言っているのか」
「サイドキックって相棒とか親友って意味ですよね? サポートすら辞めるのなら、サイドキックでもなんでもない『オールマイトから笑顔を奪うそこら辺の人』ですよね。相棒でも親友でも無くなるのだから」
「……なぁっ!?」
私はすたすたと歩き、オールマイトを背にする。
サー・ナイトアイとオールマイトの間に割り込んだ形だ。
「そもそも
「……貴様は知らないかもしれないが、私の個性・予知は外れたことがない。このままでは予知通りになる」
サー・ナイトアイが、歯がみしながら言う。
私は何を言っているのかと、呆れ顔をする。
「小説でも映画でも、予知能力って外れてなんぼ、未来は覆して当然、あくまでも参考資料ってだけですよね。貴方がやるべきは、オールマイトがオールマイトであり続けようとする最後のその一瞬まで隣りにいることではないのですか? それがサイドキックとしての役割なんじゃないですか? それとも無理を重ねたオールマイトが憔悴していく姿を遠くから眺めていれば、心の疲弊したオールマイトがいつか折れると信じ続けるのですか?」
「……前例が今までなかっただけで、未来など私が変えてやる」
会話が通じているのか、いないのか。
私はオールマイトを守るように、両手を目一杯広げた。
なにしろ相手は200cm。オールマイトは220cm。
少しでも大きく見せないと、彼らの視界に入れてもらえない。
「辛い道を厭わないものをヒーローと呼ぶのなら……彼らが辛い時、誰がヒーローを守ってあげられるんですか。目の前のたった一人を救えないのなら、ヒーローなんて名乗るな、サー・ナイトアイ!」
サー・ナイトアイが立ち尽くし、呆然とした。
グラントリノが、ため息をつく。
「お前の負けだな、ナイトアイ。お前の代わりなんざ私がやってみせるってツラしてやがるぜ」
「塚内少女……」
振り返ると、劇画調タッチで微笑むオールマイトがそこにいた。
だから背一杯微笑み返す。
「私には、半径3メートルを守ることぐらいしかできませんから」
私がそう答えると、オールマイトは劇画調タッチの笑顔のまま吐血した。
「チユ~~!」
リカバリーガールの唇がオールマイトの身体に伸び、熱いキスを交わしていた。
サー・ナイトアイは眉間に皺の寄った顔で、私に近づいてしゃがみこみ、手を伸ばした。
握手、ということらしい。
「……私の負けだ、少女。オールマイトのサイドキックの任……雑魚ヒーローとして、最後まで務めさせて貰う」
「個性が発現していない人間として、せめてこれぐらいは」
そう答えて、私はサー・ナイトアイと仲直りの握手をした。
* * *
日本のどこかであろうということは、かろうじてわかる。
町並みの大半は崩壊し、瓦礫の山と化していた。
地獄という言葉を、そのまま具現化したかのような終末世界。
その上空をマスコミのヘリコプターが飛びながら、必死に撮影している。
「世代を経るごとに強く……そして誰もコントロールできなくなる。何年も、何度も囁かれてきた終末論――」
現場リポーターの女性は、戦慄しながらマイクに向かって言った。
「世界は少女たった一人の気持ちで変えられてしまう……!」
~ ~
年頃的には、女子高生に見える。
その髪は、腰まであるだろうか。
やや黒みを帯びた青色の長い髪は風に煽られ、緩やかに広がり靡いている。
少女は、怒りの表情で両手を広げて相手に叫ぶ。
「私は全てを否定する!」
「僕は全てを肯定してあげよう!」
肉体そのものが崩れ落ちかけた白髪白目の中年男性が、楽しそうに笑う。
中年男性は地面に大の字に寝転び、そこら中が血塗れだ。
目が潰れて再生した痕、鼻が引き裂かれて再生した痕、耳が抉られて再生した痕。
モノは再生しても、乾いた血までは消しようが無い。
「さぁ見せておくれ君の姿を、
「死なせてくれと無様に懇願するまで、何度でも殺してやる」
少女は呟くと、中年男性の首を踏むように蹴り折った。
片手の人差し指と中指を合わせて握り、薬指と小指も握って文字通り手を引き裂く。
引き裂いた手と腕を捻ることで相手の身体を固定する。
人体の構造上動けない中年男性のこめかみを踏みつけ、粉砕した。
中途半端な超再生が中途半端に機能して、中途半端に中年男性の身体を治していった。
~ ~
「
「戦闘機より速いだと……」
オールマイトパーカーにバイザーをつけたようなデザインの服を着たヒーロー。
力場を変形させ空気抵抗を減らし、夜空を一直線に切り裂くように飛んでいく。
「
「
青年の叫びに、少女が応える。
ただ、風が吹いていた。
「これは貴方たちの物語でしょう?」
「これは俺たちの物語だよ、師匠!」
* * *
個性『予知』。
対象人物の一部に触れ、目線を合わせることで発動する。
危険人物をオールマイトに近づけたくはない。
たったそれだけの、安易な気持ちでナイトアイは少女を『見た』。
気がつけば、腰を抜かして尻餅をついていた。
「……大丈夫ですか? サー・ナイトアイ」
眼前の少女が、首を傾げている。
同じだ。
同じ髪の色、同じ雰囲気。
オールマイトは、塚内少女と言っていた。
塚内警部は知っている、鳴羽田事変の隠蔽の関係で話し合いもした。
だが、この少女の目は。
親譲りというか、どちらかといえば。
「大丈夫かい、ナイトアイ」
オールマイトが、ナイトアイの珍しい様子に苦笑する。
ナイトアイは、立ち上がることも忘れて少女に問う。
「少女よ、君は……君の名は?」
「私ですか?
ナイトアイは呆然としながら、見た景色を思い出す。
「塚内
真剣な顔でナイトアイは言ったが、少女は苦笑する。
「『予知』ですか? 仮に雄英を目指したとしても経営科だと思いますし、持っていれば便利だと思うのでヒーロー免許の取得には挑戦しておきたいですけど……ヒーロー免許の取得イコール、ヒーローってわけじゃないですし」
少女は正しい身体の使い方で、2mの体躯のサー・ナイトアイを引っ張って立たせた。
「サー・ナイトアイのお墨付きですから、私はきっとヒーロー科に落ちてしまうのでしょうね」
「そんなことはないさ、雄英高校の校長として、君が来るのを待っているよ!」
根津校長が、少女に対して笑う。
オールマイトが、恥ずかしそうにナイトアイに言った。
「……今後も事務処理を任せていいかな、ナイトアイ」
「オールマイト。貴方が力尽き、倒れる最後のその一瞬までオールマイトであり続けるというのなら……最後まで隣で支え続けることにします」
ナイトアイとオールマイトが、固い握手を交わした。
* * *
駄目元でサー・ナイトアイに連絡先交換をお願いしたら、快く了承してくれた。
その流れで、根津校長、グラントリノ、リカバリーガールとも連絡先を交換出来た。
五件だった連絡先が、一気に九件まで増えた。
これって私、リア充というやつ ではないだろうか。
でも、サー・ナイトアイに少し怯えられていた気もする。
やっぱり私は、
この世界は
なんにせよ。
サー・ナイトアイのお墨付きまで貰ってしまったので、私はヒーローになれない。