塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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EP.9 「喫茶ジェンラバ」

 

【ヴィジランテ】《vigilante》

 司法手続によらず活動する防犯組織。自警団。

 また、その構成員である自警団員、自警主義者。

 

 

 * * *

 

 

 鳴羽田(なるはた)には、地味に喫茶店の類が少ない。

 

 喫茶店は客単価が低く、長居されるので回転率も悪い。

 喫茶店を「コーヒーが飲める店」として考えたとき、多店舗展開するお手頃価格のチェーン店、ネットカフェ、コンビニ、ファストフードなど競合も多く、大手ですら経営に苦戦する。

 世知辛い話なんだけれど、個人経営で続いている喫茶店の多くは、裏事情があるケースが多い。

 年金の味がするコーヒーとか、飲んだことない?

 

 そんな年金の味がする喫茶店に、私は三つ編みにスーツ姿で来訪していた。

 白のワイシャツ、群青色のネクタイ、黒のジャケットと黒のパンツスーツ。

 サラリーマンと言われそうだけれど、お父さんとお母さんの仕事時の格好を意識してる。

 

 待ち合わせの時間にはまだ早いのに、指定した場所にはもう二人の男女が座っている。

 一人は銀髪碧眼で髭の似合う、ダンディなイメージの男性。

 一人は赤毛のツインテール、目に隈がある背の低い(111cm)少女。

 

 男性は、私に気づくと軽い挙手をしてくれた。

 少女の方は、店側に出された蒸しタオルを目元にあてていた。

 

 男性は、ジェントル・クリミナル。CV:山寺宏一。

 本名は飛田(とびた)弾柔郎(だんじゅうろう)、今は26歳。

 フリーターで活動資金を貯め、YouTuberデビューを果たして間もない。

 

 少女は、ラブラバ。CV:堀江由衣。

 本名は相場(あいば)愛美(まなみ)、今は15歳。

 中学卒業後にジェントルの動画に出会い、すぐにジェントルの所に飛び込んだ。

 

「はじめまして、ミスタ・ジェントル。塚内空と申します。本日はよろしくお願いします」

 

 私は彼らに近づいて、一礼をする。

 

「こちら名刺です。お納めください」

 

 名刺を差し出すと、ジェントルは立ち上がって、礼と共に名刺を貰ってくれた。

 

「丁寧にありがとう。返せる名刺が無くてすまない……私はジェントル・クリミナル。彼女は助手志望で、名前は相場(あいば)愛美(まなみ)くん……いや、違う。違うな。今ここに連れてきているということは、もう認めているということだ、だから……」

 

 ジェントルは彼女の手を握り、立ち上がらせる。

 相場さんは何が起きたのかわからず、おどおどしている。

 

「改めて、彼女の名前はラブラバ。コードネーム・ラブラバだ」

「ラブラバ……」

 

 彼女が呆然として、それから涙目になった。

 感極まった相場さんは蒸しタオルを両目に押しつけ、暫くじっとしていた。

 タオルを外した時には、明らかに泣いた後とわかる目や頬をしていた。

 

「ラブラバです。よろしくお願いします」

 

 私に向かって、ラブラバは深々と一礼をしてくれた。

 そんな二人に、改めて御礼を述べる。

 

「まずは年齢や性別に関係無く、一人の人間として相対してくれたことに感謝を。早速お話をしましょう」

「わかりました、塚内さん」

「お願いします」

 

 ……しかし、声が。

 二人の声がヤバイ。

 

 『悪徳業者叱ってみた』なんてやってる場合じゃない。

 お兄ちゃんなら笑顔で「エロ同人のボイスドラマでさっくり億万長者いってみましょう」とか言いそう。

 健全路線だとしても『【ASMR】耳元で甘く囁いてみた【ヘッドフォン推奨】(ボイス販売あり)』とかやればそれだけでいい気がする。

 

 山ちゃんに耳元で甘く囁かれたら男の人だって妊娠するはず。

 ほっちゃんに耳元で甘く囁かれたら女の人だって蕩けるはず。

 

 歌唱OKの声優路線でプロデュースすれば大成功間違いなしなのでは。

 ……と思う心を、必死にぶん殴って黙らせた。

 

 

 * * *

 

 

 事前に資料をまとめ、プリントアウトしてホチキス止めしていた。

 本来なら大学の講義でやるような資料を、二人に渡す。

 

 ジェントルとラブラバは、二人で仲良く肩を寄せ合って資料をめくってくれている。

 可愛い。箱推しするしかない。じゃなくて。

 

「『自警主義(ヴィジランティズム)とヒーロー公認制度の相克について』……?」

「できるだけ簡単にご説明します」

 

 私はブレンドコーヒーに軽く口をつけ、喉を湿らせた。

 

「超常黎明期、発生した社会の混乱に対して公的なシステムの進化や法整備が間に合いませんでした。その結果、強い個性を持っていた市民が自主的な治安活動をはじめるようになりました。自警団(ヴィジランテ)の出現です。やがて法整備が間に合い、そこではじめて自警団(ヴィジランテ)英雄(ヒーロー)と認定されました。正式な法的根拠を得たヒーローは堂々と活動できるようになり、今に至ります」

「ふむ。そこでこの地図に繋がるのだね?」

 

 ジェントルは資料内の、アメリカ地図の箇所を開く。

 

「はい。世界で最初にヒーロー公認制度が制定されたのは、アメリカのロードアイランド州です。ロードアイランド州新州法の制定により、189名のヴィジランテが(ふるい)にかけられました。その結果、無事にヒーローとなれたのはわずか7名」

「7名……」

 

 ラブラバが、ほえー、という顔をする。

 

「残りの182名は、個性犯罪者として(ヴィラン)に分類されてしまいました。こうなると明確です。表向きは英雄(ヒーロー)の定義。実際には(ヴィラン)の定義こそが真の目的だった。となると、ここで疑問符が浮かびます。何をもってヒーローとし、何をもってヴィランと分けたのか」

「どれだけのヴィランを捕まえたのか、かい?」

「格好いいかどうか?」

 

 二人は真剣に考えてくれる。

 だから私も、真面目に答える。

 

「線引きとしては、もっと曖昧でした。社会的支持、つまり人気です」

「人気があったから、ヒーローで……」

「人気が無かったから、ヴィラン……」

 

 少しだけ冷めて飲みやすくなったコーヒーを飲み、私は続ける。

 

「ミスタ・ジェントルがやっていた『悪徳業者叱ってみた』は、カタルシスや爽快感に繋がるものが足りません。何故なら誰にでも出来てしまうものだからです。無個性の人間だって電話一本で出来てしまう。かといってこの路線のまま突き進んでしまうと、行動を過激にするしかなくなってしまいます。典型的な迷惑系YouTuberの誕生です」

「誰にでも出来てしまうもの、か……」

 

 ジェントルが、軽く天を仰ぐ。

 

「バイトテロや、炎上系という言葉を聞いたことはありませんか? コンビニのアイスケースの中で寝そべった人や、お蕎麦屋さんを倒産に追い込んだ人もいます。アメリカでは()()()()()()()を行った人が射殺されたり、道路を逆走する光景を撮影して対向車に激突、相手の母娘を巻き添えにして死亡した事故も発生しています。『皆が面白いと感じると思った』を誤ったベクトルで突き進んでいってしまうと、そういう事態に発展してしまいます。でも本人達は気づかないから、もっと過激にすれば良いと勘違いしてしまう。視聴者達は、馬鹿を見て指さしながら笑っているだけに過ぎないのに」

「ジェントルは、馬鹿じゃないわ!」

 

 激昂して立ち上がりかけたラブラバを、手を挙げて制する。

 

「あくまでも、たとえ話です。このまま進むとそうなってしまいかねない、というだけの」

「メールには『現状よりもっと攻める感じ』とあったね。それは塚内さんの言う、過激な行為と何が違うんだい?」

「本題に移りましょう」

 

 ジェントルの質問に頷きながら、私は残りのコーヒーを飲む。

 

「先へ進めばいいのです。『悪徳業者叱ってみた』ではなく『悪徳業者逮捕してみた』。つまり原点回帰、ヴィジランテとして人気を得ることを当初の目標とする」

「……しかし、塚内さん。我々には、ヒーロー免許がない。一体どうしろと……」

 

 困惑するジェントルに、いい質問だと私は頷く。

 

「逮捕という観点でいえば、ヒーローにだって権限はありません。この国で逮捕ができるのは基本的に警察だけです。ですが、大半の法には抜け道があります。今回のお話でいえば、正当防衛と私人逮捕がそれに当たります。現行犯に令状は必要なく、また警察である必要性すらありません。一般市民でも、現行犯もしくは準現行犯であれば相手を逮捕できてしまうのです(刑事訴訟法212条)。もちろん注意点はありますが」

「注意点?」

 

 ラブラバが、可愛い声で尋ねてくる。

 

「逮捕に相当する悪事をおこなった相手だからといって、こちらが暴力を行使する事は許されないということです。過剰な実力行使を行った場合は、逮捕監禁罪や暴行罪に問われる可能性があります。私人逮捕系YouTuberも間違ったベクトルに進んでしまうと、相手に難癖をつけて無理矢理逮捕したり、法の正義と言いながら暴力を振るうベクトルに行きがちですが……そうならないように気をつけてコントロールすればいい」

「相手に必ず先制させるか、もしくは現行犯の確認を徹底するということだね?」

「はい、その通りですミスタ。相手に逃走の可能性があれば、個性の行使すら言い訳がしやすくなります」

 

 ふぅむ、とジェントルが顎に手をあてて考え始める。

 ラブラバが、小さく挙手をする。

 

「あ、あの。活動拠点を鳴羽田(なるはた)に移す計画(プラン)というのは、一体?」

「この先は、お話を受けて頂かないと話せない情報が混ざります。私のプロデュースを前向きに受け止めて貰っていると考えてよろしいですか?」

 

 顎に手をあてたジェントルが、まっすぐ私を見つめてくる。

 

「表向きは小さな喫茶店のマスター、裏の姿は怪傑浪漫。五年程度は雌伏の時、やがて到来する未来の一億再生。どれも私好みで、都合が良い話だ。都合が良すぎて、粗相してしまいそうだよ」

「ジェントル……」

 

 ラブラバが、心配そうにジェントルを見つめる。

 ジェントルは、真剣に問う。

 

「全てを聞かせて欲しい、塚内さん。君が何を考えているのか、その心の内を。全て」

「わかりました」

 

 

 * * *

 

 

「東鳴羽田(なるはた)は、ヴィランの起こした大規模なガス爆発ではなかった……ということか」

「平和の象徴が苦悶するレベルの、裏で暗躍する本当の敵……」

「人々を笑顔で救い出す『平和の象徴』は、決して悪に屈してはいけない。オール・フォー・ワンに殺された私の母はただのヴィランに殺されたことになり、オールマイトも現場不在という扱いになりました。オール・フォー・ワンが東鳴羽田(なるはた)繁華街を破壊した事をヴィランだけが知っていて、ヒーローも一般市民も知らないままです。それ故に、鳴羽田(なるはた)はヴィランに目をつけられてしまいました。これからの鳴羽田(なるはた)は、飛躍的に犯罪率が急上昇することになると思います。そしてそれは、皮肉にも……小さな喫茶店のマスターが、怪傑浪漫として活躍する絶好の場になりうる」

 

 私は沢山の見舞金を貰ったけれど。

 明らかに口止め料込みの高額だったけど。

 

 ……口止めに対する取り決めもお願いも、実は一切されていない。

 紙の契約書どころか、口約束すらしていない。

 オールマイトも政府の人も、警察の人もお父さんも、みんな勝手に『沢山お金を払ったから、鳴羽田事変について黙っていてもらえる』と思い込んでいるだけだ。

 

 ジェントルは、ため息を一つ。

 

「確かに、私の個性は相手を傷つけず無力化する目的に便利だ。塚内さんは念入りに事前調査をしたとみえる」

「恐縮です」

 

 事前調査は全くしてないけれど、そこまで言う必要は無い。

 

「だからこそ気になる。五年程度の雌伏というのは? もちろん、我々が未熟というのは承知しているが」

「はっきり言います。『平和の象徴(オールマイト)の限界』です。オールマイト一人に寄りかかって何も不思議に思わない、頭のおかしい人達ばかりのこの世界が、現実と向き合わなければならない日が遠からずやってきます。今はヒーロー飽和社会と言われていますが、それは砂上の楼閣の思い込みにすぎません。なのに誰もが目をそらしている」

 

 『平和の象徴(オールマイト)の限界』という単語に、二人の顔が驚愕に満ちた。

 

「ヒーローは一気に足りなくなります。仮免やヒーロー免許取得の基準も変わるでしょう。それまでに、人気を得るための地道な努力や鍛錬を怠らなければ……ジェントル・クリミナルを拒絶してきた世界の側が、土下座でジェントル・クリミナルを求めてくるようになる」

 

 ジェントルの眼差しが変わった。

 強い意志が籠もった目で、私を見つめてくる。

 

「今はしがない自警団(ヴィジランテ)。将来は教科書に載るぐらいの偉大な英雄(ヒーロー)。それが私が提案する、プロデュース計画(プラン)の概要です。私は表向きYouTuber事業を営んでいることになっているので、普段はお二人が喫茶店経営について頑張っている姿をそれっぽく動画サイトにアップさせてもらえればそれで構いません。自警団(ヴィジランテ)活動そのものは警察に目をつけられるかもしれませんが、度を超えなければ私人逮捕の範疇におさまる可愛いものです。ミスタ・ジェントル、そしてミス・ラブラバ。鳴羽田(なるはた)に引っ越すための費用は全て負担しましょう。どうでしょう、この計画(プラン)について、一考してもらえませんか?」

 

 ジェントルは暫く考えていたが、ラブラバに向き合う。

 ラブラバの目を真っ直ぐ見つめながら、彼は言う。

 

「ラブラバ。私は今回の案件、自慢の髭と魂を懸けるに値すると考えているよ。世の為人の為、私の夢の為、そして君の想いに応える為に」

「ジェントル……」

 

 二人が愛し合いはじめたので、私は苦笑しながら説明を続ける。

 

「表向き経営してもらう予定の喫茶店は、ここです。この店の店長として働いて貰います。ここは一階部分が店舗で、二階と三階部分が住居なのですぐに二人で住むことができます。私が15歳になれば会社を設立できるので、その時はお店のオーナーが私に変わってより安泰になります。喫茶店の経営は黒字だろうが赤字だろうが基本的にやりたい放題です……たった一つを除いて」

「たった一つ?」

 

 ジェントルが首を傾げる。

 

「内装や店名を含め、どれだけいじろうと構いませんが、このお店のブレンドコーヒー……いま私が飲んでいたコレです。このブレンドコーヒーだけは受け継いでください。ミスタ・ジェントルが紅茶好きなのは知っていますが、このブレンドコーヒーを絶やさず受け継ぐことが、現オーナーよりお願いされたたった一つの願いなのです」

「ブレンドコーヒーの継承……」

 

 私は、既にカラになったカップを軽く持ち上げる。

 

「個人経営の喫茶店の多くは、裏事情があるケースが多いです。別に本業があったり、引退した人が趣味でやっていたり、所有物件で賃貸料がかからなかったり、年金の味がしたり。単純に飲食店を開くだけなら、潰れたお店を居抜きで買い取って改造するのがお手軽ですが……今回は居抜きより上位のケースなんです。要はオーナーである店主が歳を取りすぎて引退したいが、後継者がいない。ブレンドコーヒーだけ継承してもらえるのなら赤字経営上等、むしろ節税に繋がるので好きに経営してもらいたい。心が疲れたらそっと来店して、なんでもない一日にお気に入りの珈琲を飲むことが出来ればそれだけでいい……と仰る奇特なオーナーとの仲介を兼ねています。手間がかかっている分美味しいのに安いから『年金の味』と表現しましたが、実際無くすには惜しい味です。手間がかかっている分の値上げぐらいはしていいと思います」

「赤字経営上等というのは、気持ち的に助かりますな。受け継いだブレンドコーヒーと、私が美味しいと信じる紅茶。両輪でいくのも悪くないでしょう」

 

 ジェントルとラブラバが、手を伸ばしてくれた。

 私は二人に両手を差し出し、二人と握手をする。

 

「表向きは小さな喫茶店のマスターと、看板娘。裏の姿は怪傑浪漫。……暫くはオーナーの雇用扱いになりますが、私の動画事業に少しでも関与してもらえれば金銭面のサポートはできますのでご安心ください。さしあたって、ミスタ・ジェントルには食品衛生責任者と防火管理者の資格の取得を。ミス・ラブラバには……」

「私には?」

 

 小首を傾げたラブラバに、私はにっこり微笑んでみせた。

 

「ミスタ・ジェントルの素敵なお嫁さんになるためにも。調理師免許の取得なんてどうですか? 二年間の実務経験をこの喫茶店で満たせば、資格試験を受けられます」

「それはとっても素敵な考えだわ! 最高に幸せになれるのよ!」

 

 ラブラバは満面の笑みで喜んだ。

 

「……私も二年頑張れば、調理師免許を取れるということかい?」

 

 ジェントルは、恥ずかしそうに笑った。

 

 

 * * *

 

 

 前世では、心ないファンが『ジェントルはロリコン!』なんて言ったりしていた。

 26歳と15歳、11歳差なんて普通だと思う。

 20年も経てば46歳と35歳で、素敵な夫婦になってるはず。

 

 好きになった人が、たまたま年上だっただけ。 

 好きとかそういうのは脇に置いて、私と航一さんだって8歳差だし。

 

 あれっ?

 周囲の人から見ると、私の手を握った航一さんは幼女に手を出す人に見えちゃったりする?

 だから和歩ちゃんが蹴りを入れたりしていた?

 でも和歩ちゃんが好きなのは航一さんで、7歳差で、うーん?

 

 考えるのやめ!

 

 

 * * *

 

 

「リスナー諸君! これより始まる怪傑浪漫! めくるめからず見届けよ!」

 

 活動拠点を鳴羽田(なるはた)に移した怪傑浪漫ジェントル・クリミナルは、活動方針を大きく変えた。

 ヴィランを捕らえる化石じみたヴィジランテ行為は、思いのほか多くのファンがついた。

 塚内空の見立て通り、鳴羽田の犯罪率は上昇しつつあったので事件に困ることは無かった。

 ジェントルは正当防衛と現行犯の私人逮捕を徹底したし、捕らえた犯人はほぼ無傷。

 彼のコスチュームはただの礼服、ラブラバもセレブな格好なだけなので警察も注意しにくい。

 【Gentleの怪傑浪漫チャンネル】は、じわじわと人気をあげていた。

 

 

「あたしこのケーキ美味しいと思います!」

「ふぅむ、紅茶との合わせはどうだい?」

 

 綺麗に着飾った和歩が、別人のように静かに、優雅にケーキを頬張る。

 頬張るあたりが微笑ましい女子小学生だったが、ジェントルは真摯に心配の声をかける。

 

 【喫茶ジェンラバの試行錯誤の日々】は、店主ジェントルが喫茶店をより良くするためにはどうすれば良いか、助手のラブラバと一緒に悩むチャンネルだった。

 近所の女子小学生二人(空と和歩)を招いて試飲や試食をしてもらったり、茶葉の違いのトリビアがあったり、一度はお店に行ってみたいと思わせる動画がこまめにアップされ続けた。

 紅茶に対して一生懸命頑張ってるのにブレンドコーヒーの売り上げに勝てない、という動画のオチも含めて人気を得ていた。

 

「コメント欄はどんな感じ?」

 

 編集中の動画をチェックしながら、空がラブラバに尋ねる。

 

「いつもの通りなのよ! ジェントルが格好いいから仕方ないのよ!」

 

 『遠方に住んでいてお店に行くのは難しいですが、店主の声を聞いているだけで腰が砕けます』

 『マスターのイケボを早くASMR化するんだ、間に合わなくなっても知らんぞー!』

 『和歩ちゃん可愛い。結婚してください』

 『僕は男ですが、店主の声と笑顔で孕みました』

 『私は女ですが、ラブラバちゃんを嫁にしたいです』

 『ほっ、ほ、ほーっ、ホアアーッ! ホアーッ!』

 

「……いつも通りですね」

 

 塚内空は、ため息をついた。

 

 

 * * *

 

 

 大きな声では、言えないのだけれど。

 

 複数の会社を経営するオーナーによる『喫茶店をできるだけ赤字にしたい意向』につけこんで、私は【喫茶ジェンラバの試行錯誤の日々】の製作業務、及び広報業務を高額で受注している。

 

 ジェントルとラブラバの引っ越し代の負担は全額オーナーだったし、さらに言えばブレンドコーヒーを無事に継続させることができたコンサル料(コンサル料とは言ってない)を、個人事業主特有のふわっとした勘定科目を全力で以下略ごにょごにょ、パソコンなどの機材を色々買っているから打ち消されてごにょごにょ、脱税ではないけど税務署が真顔になるグレー処理を駆使して『月下往来』は「女子小学生が頑張った感じ」の些細な利益をあげた具合に調整されている。

 ……考えてみれば、前世はグレー処理の海の中をずっと泳ぎ続ける仕事だった。

 

 グレー処理でも合法なら問題無いと考えるから、私はヒーローになれない。

 

 

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