グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦-   作:雨守学

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第3話

「そうか。上手くやっているのなら良かったよ」

 

「ありがとうございます。それもこれも、提督がポーラの面倒を見てくれているからです」

 

そう言うと、ザラは微笑んで見せた。

 

「そういや、ポーラは今日から駄菓子屋さんだぜ。と言っても、一か月かそこらだけだがな」

 

煙草屋の婆さんから、駄菓子屋の仕事を紹介された。

なんでも、駄菓子屋の店主が新婚旅行で海外へ行くらしく、その留守の間にと、ポーラを紹介してくれたようだ。

 

「大丈夫かな……。ちょっと心配……」

 

「心配なら、様子を見に行ったらどうだ? あいつ、喜ぶよ」

 

「いえ……。却って邪魔しちゃいますから。提督こそ、行ってあげてください。あの子、提督のことが大好きなようですから」

 

「どうかね……。なんか最近、機嫌悪いんだよな……」

 

「それはきっと、ヤキモチですよ。今、提督のおうちに、幼馴染の女性がいるのでしょう?」

 

「よく知っているな。ポーラから聞いたのか?」

 

「はい。たまに料理を教えているので……。この前は大変だったんですよ? ずーっと提督の悪口ばかり言っていて。一つも料理を教えられなかったんですから」

 

「そうか。まったく……何が気に入らないのやら……」

 

「ですから、幼馴染がいるからですって」

 

「いや、だから何だってんだよ?」

 

「......話を聞いていました? ヤキモチ、ですって」

 

「ヤキモチって、親に構ってもらえなくなった赤ちゃんかよ」

 

その言葉に、何故か呆れるザラ。

 

「なんだよ?」

 

「提督……。昔から、艦娘のことになると、察しが悪くなりますよね……。アプローチにも気付かなかったですし……」

 

「そうか?」

 

「そうですよ。ザラだって、提督に……」

 

ザラは大きくため息をついた。

 

「とにかく……。提督は、その幼馴染とどのような関係なのですか?」

 

「幼馴染は幼馴染だろ」

 

「そうではなくて……。一時的とはいえ、男女が同じ屋根の下で暮らしているのですよ? そのことで、ポーラの機嫌が悪いのです……。意味、分かるでしょう?」

 

「まあ確かに……。ポーラも一緒に暮らしたがっていたしな……。幼馴染を受け入れて、どうして自分は駄目なんだって気持ちがあるんだろうな……」

 

何故か、ガックリ肩を落とすザラ。

 

「はぁ……。もういいです……。ザラも、提督の悪口を言いたくなりました……」

 

「はぁ? なんでだよ?」

 

「そんなことだから、艦娘から嫌われるんですよ……。提督がもっと艦娘を異性として意識していたら、ザラだって今頃は……」

 

「俺が嫌われていたのは、素行が悪いからだろう? 艦娘って奴は、貞操観念が低い人間を嫌う傾向がある。だから、海軍には処女が多いんだ。俺なんか嫌われて当然だよ」

 

「それは迷信ですよ……。事実、提督のことが大好きな艦娘もたくさんいたんですよ?」

 

「最初だけだろ? 貞操観念が低いと知られてからは、避けられていたよ」

 

「避けられていたのは、提督が憧れの存在だったからで……。嫌われたのは、艦娘たちの気持ちを察しの悪さで疎かにしたからですよ……」

 

「まあ、どっちでもいいよ。どうせ、もう嫌われているし」

 

ザラは再びため息をついた。

 

 

 

 

 

 

『グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦-』

 

 

 

 

 

 

駄菓子屋から、鼻たれのガキどもが出てきて、何やら店に向かって舌を出していた。

 

「やーい! オッパイババア!」

 

ああ、そういうことね……。

 

「君たち、駄目じゃないか」

 

「あー!? あ……」

 

ガキどもは俺の顔を見るなり、何やら青ざめた顔をしていた。

 

「揶揄いたい気持ちは分かるが、どうせ君ら、あのオッパイババアのことが……いや、あのオッパイが大好きなんだろう?」

 

「は、はぁ!? 好きじゃないやい! オ、オッパイなんて……」

 

「なら問うが、あの店主の女がオッパイを見せてくれるって言ったらどうだ? 彼女が艦娘なのは知っているね? 僕は彼女の提督だ。艦娘は提督の言うことには逆らえないんだ。つまり、僕が言えば、彼女は脱ぐよ?」

 

ガキどもがソワソワし始める。

 

「まあ、オッパイが嫌いな君らには関係ないか」

 

そう言って去ろうとすると、ガキどもは「あぁ……」とか「うぅ……」とか言い出した。

 

「好きなのかい? あの娘のことが。見たいのかい? あのオッパイを」

 

皆、小さく頷いて見せた。

 

「フン、やはりな。この鼻たれのガキどもが。オッパイを見せてほしいだぁ? 家に帰って、母ちゃんのオッパイでも見せてもらうんだな。それとも何か? 俺のオッパイでも見るかぁ!?」

 

そう言って近づいてゆくと、ガキどもは悲鳴を上げながら走り去っていった。

 

「フン……」

 

店に入ると、ポーラはムッとした表情で座っていた。

 

「……何しに来たんですか?」

 

「何って、駄菓子を買いに来たんだ。ほら、オッパイババア。これ、5円だろ?」

 

「オッパイババアじゃないです! それに、それ……今は10円です……」

 

「マジかよ……。世知辛い世の中になったもんだな……」

 

10円を払い、駄菓子を頬張る。

 

「それを食べたら帰ってください……。エイギョーボーガイです……」

 

「営業妨害? 逆だ。守ってやったろ。スケベなガキどもから」

 

「あれは……いいんです……。お菓子は買ってくれるし、別に、迷惑してないです……」

 

「ふぅん……。お、当たりだ。もう一個もらうぜ」

 

「ドウゾ……」

 

「ま、迷惑してないのならいいが……。艦娘が馬鹿にされているのを見るのは、あまり良いもんじゃなかったからな。お、また当たりだ」

 

「……提督だって馬鹿にしているじゃないですか。ポーラのこと……」

 

「俺は提督だからいいんだ。それに、あまりナメられていると、何されるか分からんぞ。商品を盗まれたり……。お、また当たりだ」

 

「そんなこと……」

 

「分からんぜ? ボディータッチだってされるかも。お、また当たりだ」

 

「提督ぅ!? 当たり引きすぎですよー!」

 

「悪い悪い。昔から、こういうのは当たってしまうんだよな。もうやめておくよ」

 

「むぅ……」

 

「まあ、何もないのならそれでいいんだ。一応、心配だったからな。何かあれば言ってくれよ。じゃあな」

 

「……もう帰るんですか?」

 

「帰れと言ったのは誰だよ?」

 

ポーラは俯くと、当たりと書かれた紙をじっと見つめていた。

 

「……さっき、ザラと会ってきたよ」

 

「え……?」

 

「お前の機嫌が悪いのは、何やら、俺の家に泊っている幼馴染が原因だと聞いた。何故お前が、それを嫌悪しているのかは分からんが……。俺があの娘を泊めたのは、何やら困っていたからだ。何に困っているのかは、まだ分からないが……」

 

ポーラは、何か言おうとしたが、そのまま閉口していた。

 

「お前の時だって、俺は泊めていただろう? ほら、ザラと喧嘩した時とかさ。それと同じだよ。尤も、そういうことではないのかもしれないが……」

 

ポーラは……。

 

「お前が機嫌悪いままでも、別に構わない。でも、心配くらいはさせてくれ。じゃあ」

 

そう言って、店を出ようとした時であった。

 

「ん……」

 

ポーラは、俺の背中に身を寄せていた。

 

「どうした?」

 

「一つ……訊いていいですか……?」

 

「なんだ?」

 

「幼馴染の人……提督の……コイビトですか……? 提督の……コイビトだった人ですか……?」

 

恋人……。

 

「いや、恋人でも、恋人だったこともないよ」

 

「じゃあ……カタオモイですか……?」

 

『提督にコイビトいるの……ヤです……。他の女の人といるの……ヤです……。ポーラとだけ……居てほしいです……』

 

前にも、同じようなことを言っていたな。

やっぱり、寂しいということなのだろうか。

 

「片想いでもないよ。この前もそうだが、何故、そんなに気にするんだ」

 

ポーラは答えない。

 

「ポーラ?」

 

振り向き、顔を覗き込むと……。

 

「お、おい……大丈夫か……?」

 

ポーラの顔は、真っ赤であった。

 

「お前、まさか……」

 

俺はポーラから離れ、辺りを見渡した。

 

「……何しているんですか?」

 

「いや、どこかに酒を隠しているのではと思ってな……」

 

「へ……?」

 

「顔が真っ赤になっているから、酒でも飲んでいたんじゃないかと思ってな……。いや……もしかしたら、外国の酒入りチョコレートが置いてあって……。ポーラ、お前、酒飲んでないよな?」

 

「の、飲んでないです!」

 

「じゃあ、チョコレートは? 外国製のチョコを食べただろ? どこにある? まさか、商品をつまみ食いしたんじゃないだろうな!?」

 

そう訊いてやると、ポーラは……。

 

「ポーラ?」

 

「提督の……提督のばか! ニブチン!」

 

「ぐぇ!?」

 

突き飛ばされ、店の外まで出ると、先ほどの鼻たれどもが、こちらを覗き込んでいた。

 

「フッ……オッパイババア……強かった……ぜ……」

 

ガクッと死んだふりをすると、ガキどもは青ざめ、逃げて行った。

痛い思いはしたが、これでしばらくは、ポーラを馬鹿にすることはなくなるだろう。

……売り上げは減るかもしれんが。

 

 

 

「ただいま」

 

「あ、おかえりなさい!」

 

響とさっちゃんは、お絵描きをして遊んでいた。

 

「遊んでいたのか」

 

「うん。響ちゃん、とっても上手なんだよ」

 

響は描いていたものを俺に見せると、ドヤ顔をして見せた。

 

「上手いな。さっちゃん、絵の先生もやっていたから、教えるの上手かっただろ?」

 

「うん」

 

「そんなことないよぉ。響ちゃんの飲み込みが早いだけで……。あ、そろそろお夕飯の準備しなきゃだね」

 

「手伝うよ」

 

「ううん。大丈夫だよ。ごはん出来たら呼ぶから、修君は休んでて」

 

「そうか。悪いね」

 

「響ちゃんも、お片付けしましょうね」

 

もうすっかり懐いているのか、響はお絵描きセットを片付けると、さっちゃんと共に台所へ向かっていた。

 

 

 

「ふぅ……」

 

自室の机の上には、一通の絵ハガキが置かれていた。

家政婦さんからであった。

 

「楽しんでいるようだな」

 

さっちゃん――芹沢幸子が家に来たこともあって、家政婦さんには長期休暇を取ってもらっていた。

 

「さっちゃん、いつまでここにいるつもりなんだろうか……」

 

どうやらさっちゃんは、家出してきたらしい。

幼い頃から家族ぐるみで付き合いがあった、名家のお嬢さん。

何不自由ない生活だったはずの彼女の身に、一体何があったというのだろうか……。

そして、なぜ俺を――没落したことを知っているはずなのに――頼ってきたのだろうか……。

 

 

 

夕食を済ませ、響が眠ると、さっちゃんが自室を訪ねてきた。

 

「修君、今、いいかな?」

 

「いいよ。どうしたの?」

 

「ちょっと、お話ししたいなって思って。修君、とっても忙しいから、中々お話しできなかったでしょ? あ、迷惑だったら言ってね?」

 

「迷惑じゃないよ。俺も、さっちゃんと話したいと思っていたから」

 

「本当? じゃあ、お邪魔します。えへへ」

 

昔と変わらない笑顔に、こちらも笑顔になってしまう。

 

「えへへ……。こうして二人っきりでお話しするの、久しぶりだね」

 

「そうだね。最後に話したのは……」

 

「修君が海軍へ行く直前だよ。まさか、提督になるとは思わなかったよ~」

 

そうだった……。

確か、あの時……。

 

「あの時、泣いていたよね、さっちゃん」

 

「泣くに決まってるよ! だって……もしかしたら死んじゃうかもしれないし……」

 

さっちゃんは悲しそうな顔を見せると、俺をじっと見つめた。

 

「でも、無事でよかった……。またこうして会えて、嬉しい……」

 

「さっちゃん……」

 

永い沈黙。

気まずくなったのか、さっちゃんは話題を変えた。

 

「……修君、あの時よりも、なんだかカッコよくなったね。再会した時、ビックリしたよ~」

 

「そうかな? まあ、戦場で色々あったからね」

 

「昔は私の方が、力も強かったのにね。懐かしいなぁ……。よく一緒にお風呂入ったよね」

 

「フッ……どんだけ昔の話をしているんだ」

 

「そんなに昔じゃないよ~。あ、ほら、覚えてる? 昔さぁ――」

 

さっちゃんは、思い出すかのように目を瞑りながら、昔話を始めた。

よく覚えているものだと思うものから、大切な思い出まで――。

 

「あの頃は良かったよね。何も考えず、その時を楽しめたというか……」

 

「今は楽しくない?」

 

「ううん……。そういう訳じゃないけど……。昔のようには、楽しめなくなったなって……」

 

そう言うと、さっちゃんは膝を抱えた。

やはり、何かあったのだろうか……。

 

「……訊かないんだね」

 

「え?」

 

「私が……家出した理由……。再会した時も……何も言わず……受け入れてくれたよね……。どうして……?」

 

「……まあ、話したくなさそうというか、さっちゃんだったら、言いたいことはハッキリ言うだろうと思ってさ。わざわざ訊くよりも、話したい時に話してくれたら、それでいいと思って」

 

「そっか……。修君は……相変わらず優しいね……。そういうところ、昔とちっとも変わってない」

 

「駄目な男かな?」

 

「ううん。とっても素敵……」

 

さっちゃんは顔を上げると、俺をじっと見つめた。

 

「修君って……今……彼女さんとかいるの……?」

 

「彼女? いないよ」

 

「それって……やっぱり……『あの事』があるから……?」

 

そう訊くさっちゃんの表情は、どこか――。

 

「……どうかな」

 

「あ……ごめんね……。思い出したくない……よね……?」

 

「いや……」

 

先程よりも永い沈黙が続く。

時計の針が、煩いくらい――。

 

「……もし」

 

「え?」

 

「もし……昔のことがあって……彼女をつくれないのなら……。もし……誰かに心を許すことが難しいのなら……」

 

さっちゃんは、何か言おうと、口を動かしてはいたが……。

 

「さっちゃん……?」

 

「……ううん。何でもない! えへへ……。さて……私もそろそろ寝なくちゃ! 明日の朝ごはんは期待してて! 修君が大好きだったアレ、作ってあげるから!」

 

そう言うと、さっちゃんは立ち上がった。

 

「遅くにごめんね。また、こうしてお話ししてくれると嬉しいな」

 

「もちろんだよ。もし時間があったら、どこかへ遊びに行こう。この土地、初めてだろう?」

 

「本当? やったー! えへへ、デートだね」

 

「フッ、そうだね」

 

「えへ……じゃあ……楽しみにしているね。絶対だよ? 約束!」

 

そう言って、小指を出すさっちゃん。

こういうところ、昔から変わってないよな。

 

「あぁ、約束」

 

約束を紡ぐと、さっちゃんは優しく微笑んでいた。

 

 

 

翌朝。

 

「司令官司令官」

 

「いででででででででで!」

 

頬の痛みで目が覚める。

 

「……何してんだ? 響……」

 

「起きて、司令官。大変なんだ」

 

「あ? 何が……」

 

 

 

響に連れられ、居間へ行ってみると……。

 

「ポーラ?」

 

ポーラが、さっちゃんを睨みつけていた。

 

「お前、何してんだよ……」

 

「あ、提督ぅ。おはよーございまーす」

 

「……おはよう。で? 何してんだよ……?」

 

「朝食、作ってあげようと思ったんです。家政婦さんいないんですよね? ポーラ、この前から腕を上げたんですよー」

 

ふと、さっちゃんに目を向ける。

既に朝食を作り終えているのか、困った表情で俺を見ていた。

 

「……悪いが、もう朝食は出来ているんだ。来るなら来るで、事前に言ってもらわないと困る」

 

「いつもの事じゃないですか。それに、別に、その朝食は提督が食べなくてもいいんですよね? 食べるなら、ポーラの方にしませんか?」

 

さっちゃんを見る。

 

「……うん! 大丈夫だよ! 用意した朝食は、私と響ちゃんで食べるから! ね、響ちゃん?」

 

響は困った表情で頷いていた。

 

「……いや、さっちゃんの朝食を食べるよ。俺の為に、アレ、作ってくれたんだろ?」

 

「そうだけど……」

 

「……アレってなんですか?」

 

「俺の好物だよ。お前も食ってみるか?」

 

そう言ってやると、ポーラは顔をしかめながら、さっちゃんを見た。

 

「えっと……」

 

「さっちゃん、朝食を持ってきてくれ」

 

「あ、うん……」

 

さっちゃんが朝食を運んでくる。

その料理を見て、ポーラは鼻で笑った。

 

「何かと思えば、スクランブルエッグじゃないですか。これならポーラでも作れますし、そっちの方がいいのなら、いつでも作ってあげますよー」

 

「まあ、一口食ってみろよ」

 

ポーラはムカつく表情で、スクランブルエッグを口に運んだ。

 

「え……」

 

「どうだ? ふわっふわで美味いだろ?」

 

「これ……とっても美味しいです! 味も濃厚で……!」

 

相当美味しかったのか、ポーラはバクバクと食べ始めた。

 

「あ、おい! 一口っつったろ!」

 

結局、ポーラは全て平らげてしまった。

 

「お、俺のスクランブルエッグ……」

 

ショックを受ける俺の横で、響は見せつけるように自分のスクランブルエッグを食べていた。

 

「……さっちゃん」

 

「あ……ごめんね……。それで卵全部だったの……。私の分があればよかったんだけど……修君にたくさん食べてほしくて……」

 

確かに、さっちゃんの分の朝食には、スクランブルエッグがなかった。

久々に食べられるのだと、ワクワクしていたのに……。

 

「あ、いや! 大丈夫だ! ポーラ、お前、どうせ玉子焼き用に卵買ってきたんだろ? だせよ!」

 

そう言って、ポーラの袋を奪おうとしたが、ポーラは急に、袋を持って立ち上がった。

 

「ポーラ……帰ります……」

 

「あ? なんだよ急に……。だったら、卵置いてけよ」

 

「ヤです……」

 

「ヤですって……。俺のスクランブルエッグ返せよ!」

 

「ヤです! そんなに食べたいのなら、その人に作ってもらってください!」

 

「だから、その為の卵をだな?」

 

「うるさいです! 提督のばか! ダイキライです!」

 

ポーラはドスドスと足音を立てながら、家を出て行ってしまった。

 

「なんだよあいつ……」

 

「お、修君! 追わなくていいの?」

 

「いいよ……。急に来て、俺のスクランブルエッグを奪っていった奴のことなんて、俺はもう知らん……」

 

「でも……。ポーラさんの面倒を見なければいけないんでしょう? いいの……?」

 

「いつもの事だから、心配しなくていいよ。ったく……。そんな事より、朝食だ! スクランブルエッグは無くなっちゃったけど……それ以外も美味しいからな。冷めないうちに食べよう。いただきます」

 

朝食を摂っている間、気がかりなのか、さっちゃんはポーラについてやたらと質問してきた。

 

「――という感じの奴だよ。だから、そんなに心配しなくていいよ」

 

「でもでも! ポーラさん、きっと、修君の事が大好きだから怒っているのであって……」

 

「俺のことが大好きなら、あんな怒り方しないだろう。もういいよ、この話は。どうでもいいだろう? ポーラのことなんて……」

 

「どうでもよくないよ! 私、なんか、ポーラさんの気持ちが分かってきたかも……。修君、ちょっと酷いよ! 鈍感にもほどがあるよ!」

 

「んぐ……。急にどうしたんだよ、さっちゃん……」

 

「響ちゃんも、そう思うよね?」

 

響は俺をじっと見つめた。

 

「違うよな?」

 

「司令官は鈍感だよ。だから、艦娘に嫌われたんだ」

 

「ほらぁ! やっぱり!」

 

ほらぁって言われてもな……。

 

「……ザラにも同じことを言われたが。俺が嫌われていたのは、俺の素行が悪かったからだろ?」

 

「絶対違うよ! きっと、皆、修君が大好きだったんだよ! なのに、修君は鈍感で、何も気づかない人だから嫌われたんだよ! 絶対そうだよ!」

 

何故か、鼻息を荒らげながら、俺に詰め寄るさっちゃん。

珍しく興奮しているな……。

 

「昔からそう! 修君、覚えてる? ほら、近所に住んでいた女の子いたでしょ? あの子も修君の事が好きで、告白までしたのに、気が付かなかったよね!? あの子、泣いてたんだから!」

 

「そんなことあったっけ?」

 

「あったよ! それに……修君、私の事も気にかけてないよね……?」

 

「え?」

 

「泊めてくれたことには感謝しているけれど……私、女だよ?」

 

「そら、女性ではあるでしょ」

 

「違うよ! その……異性だよ……? 一つ屋根の下で、一緒に暮らしているんだよ? 普通……意識するでしょ……? あ、いや……別に……私が意識しているとか……そういう話ではないんだけど……。と、とにかく! ポーラさんが嫉妬する理由、分かるでしょう!?」

 

そう問うさっちゃんの肩に、響は何故か手を添え、首を横に振っていた。

 

「響ちゃん……」

 

「司令官は鈍感だから、分からないと思う。私と一緒にお風呂に入っちゃうくらいだし」

 

「え……う、うん……?」

 

さっちゃんの反応に、響は何故かご立腹のようであった。

訳が分からん……。

 

「……よく分からんが、よく分からんところが鈍感って話だと思う。だとしたら、俺はもう何も分からんよ……」

 

何というか、艦隊にいた頃、似たような事を皆から言われ、その後から嫌われるようになったのを思い出した。

なんだか疲れるぜ……。

 

 

 

その後も、さっちゃんから色々言われ続け、俺は逃げるように本部へと足を運んでいた。

 

「はぁ……」

 

「なんだか、お疲れでありますなぁ。何かあったのでありますか?」

 

「笠谷君……。いや……君に言っても分からんだろうけれどね……。女って奴は、時々よく分からんことを言い出すと思ってね……」

 

「分かるでありますよ。自分も、何故かは知りませんが、同僚の女性から軽蔑するかのような視線を向けられるようになりましてなぁ……。何もしていないのに、分からんもんですよ」

 

「君の場合、心当たりがありすぎるくらいだろう? 借金もそうだし、セクハラも――」

 

「誤解でありますよ! 借金以外は……」

 

「はぁ……。君と同じように、自分のことを理解できていない男だと思われているのだと思うと、なんだか更に憂鬱な気持ちになったよ……。君と同じかぁ……って……」

 

「嫌味を言いに来たのであれば、出て行ってほしいのでありますが……?」

 

 

 

郵便室を出た後は、なんだかさっちゃんの言っていたことが気になり始めて、俺の足は自然とポーラのいる駄菓子屋へと向かっていた。

 

「…………」

 

昨日のように、嫌味の一つでも言いながら店に入ればいいはずなのに、何故か足が止まる。

 

『修君、ちょっと酷いよ! 鈍感にもほどがあるよ!』

 

なんか、そうなのかもと、弱気になっている。

言い過ぎたかも、とか、自覚がないだけで、何か大変なことをしてしまったのではないかと……。

艦娘に嫌われている理由も、どうやら俺が思っていたものとは違うようだし、もしかして俺って……。

 

「いや……しかし……うぅん……」

 

足が止まっている理由が、何となく分かった。

自分が悪いかもしれないと思いつつも、その正体が分からず、自分は悪くないのだと開き直っているんだ。

そんなことを考えつつ、遠目に駄菓子屋を見ていると……。

 

「あれ……?」

 

駄菓子屋に近づく、二つの影。

 

「さっちゃん……!? と、響!?」

 

響が駄菓子屋を指すと、さっちゃんは緊張した面持ちで、店へと入っていった。

 

「どうしてさっちゃんが……」

 

こっそり店に近づく。

会話しているようだが、内容は分からない。

ただ「わかるー!」とか「そうなんですよ!」といった二人の声から察するに、俺の悪口で盛り上がっているということだろう。

 

「内容が気になるけど……」

 

何故か見つかったらマズい気がして、俺はその場を離れた。

 

 

 

夕方。

家で待っていると、さっちゃんたちが帰ってきた。

 

「遅かったね……って……」

 

さっちゃんと一緒に、何故かポーラが付いてきていた。

 

「ポーラ……お前……」

 

「ち、違うの! 私が連れてきたの!」

 

「え?」

 

「その……帰る途中で会ってね? 話している内に、意気投合したというか……。ね?」

 

頷くポーラと響。

ポーラは何故か、しおらしくしていた。

 

「……そうか。意気投合したから、連れてきたと?」

 

「うん。ポーラさんに、料理を教えようと思って……。迷惑だったかな……?」

 

「いや……」

 

「よかった。修君にいっぱい食べてほしくて、材料も……ほら! お腹空いたでしょ? すぐに準備しちゃうね! 行こう、ポーラさん!」

 

ポーラは頷くと、俺をチラリと見た後、台所へと消えて行った。

 

「……響」

 

何故か忍び足で去ろうとする響を捕まえる。

 

「ちょっと来い。話がある。鞄に隠した買ってやった覚えのない人形も連れてこい」

 

「……はい」

 

 

 

部屋に入ると、響は鞄に隠していた人形を隣に座らせ、俺の言葉を待っていた。

 

「別に、怒ろうってんじゃないんだから、そう畏まるな」

 

「そうなの……?」

 

「あぁ。まあ……そんな人形で買収されたってのは気に食わないが……」

 

つーか、なんだよそのヘンテコな人形は……。

 

「さっちゃんをポーラがいる駄菓子屋に案内していたな。何故だ?」

 

響は驚いた表情を見せた後、俺の目を見て、何か諦めたような表情を見せた。

 

「さっちゃんさんに言われたんだ。ポーラに会わせてほしいって」

 

「さっちゃんがポーラに?」

 

「今朝、司令官からポーラの話を聞いて、会って話してみたいって思ったそうなんだ。司令官には内緒で……って……」

 

「どうして俺に内緒で?」

 

「それは……言えない……。けど、ポーラに会ったさっちゃんさんは、ポーラの力になりたいって言ってて……」

 

力になりたいって……。

 

「自立を助ける的な? そんなこと、別にさっちゃんでなくても……」

 

「司令官には出来ないことを……ってことだよ」

 

「俺にはできないことって?」

 

響は人形を抱えると、小さくため息をついた。

 

「なんだよ?」

 

「司令官は、やっぱり鈍感だね……。何も考えず、私とお風呂入っちゃうし……」

 

「はぁ? どういう意味だよ……?」

 

「……知らない」

 

響はムッとした表情を見せると――珍しい表情だ――そのまま部屋を出て行ってしまった。

 

「……なんだよ」

 

 

 

居間に行くと、さっちゃんたちはまだ料理中であった。

 

「そうそう。それで、ここにね?」

 

真剣な表情で教わるポーラ。

ザラから料理を教わっていると聞いているし、さっちゃんにも教わろうって話なのだろうか。

 

「さっちゃん、何か手伝うことあるかい?」

 

「ううん! 大丈夫だよ! 修君は座ってて!」

 

「そう? 器くらい出そうか?」

 

「本当に大丈夫だから! 全部、こっちでやるから!」

 

「……分かった」

 

昔なら、手伝えと尻を叩かれたもんだが、お淑やかになったというかなんというか……。

 

「…………」

 

しかし、本当に、こんなことしてていいのかな、さっちゃん……。

今頃、彼女の家では――きっと――。

 

 

 

しばらくすると、ポーラが夕食を運んできた。

どれもこれも、俺の好物ばかりであった。

 

「じゃーん! スゴイでしょ! 全部、ポーラさんが作ったんだよ!」

 

「さっちゃんが教えて、だろ?」

 

「そうだけど、教えただけで、作ったのはポーラさんだもん。ね?」

 

頷くポーラ。

なんでこいつは、さっきからずっと、しおらしい態度なんだ……。

 

「……まあいいや。それじゃあ……」

 

「あ、待って! その前に……ポーラさんから修君に話があるんだって! そうだよね?」

 

「話?」

 

ポーラはモジモジと手を揉むと、何やらさっちゃんの方を見た。

 

「大丈夫……。ね……?」

 

さっちゃんに励まされ――告白前の女の子みたいだな――ポーラは話し始めた。

 

「提督……その……今朝はごめんなさい……。ポーラ……急に来て……急に怒って帰っちゃって……。迷惑……ですよね……」

 

俺は、さっちゃんを見た。

そういうことか……。

 

「……別に、いつものことだからな。今更、どうとも思わんよ」

 

いつものように嫌味で返すと、何故かポーラは悲しそうな表情を見せた。

 

「修君!」

 

「な、なに?」

 

「酷いよ! ポーラさん、謝ってるじゃん! なんでそんな返しするの!?」

 

「い、いやぁ……これは、別に……」

 

「別に、なに!?」

 

なんで、さっちゃんがこんなに怒っているんだ……。

いや、まあ、俺とポーラのいつものやり取りを知らないと、角が立っているように見えるのだろうが……。

 

「修君だって、謝ることあるでしょ!?」

 

「え?」

 

「サッチャンさん……別に……ポーラは……」

 

「駄目! 修君は、言わないと分からないんだよ! 言わせないとダメなんだよ!」

 

こんなに怒るさっちゃん、初めて見たな……。

それほどまでに、俺が酷いってことなのだろうが……。

 

「わ、分かったよ……。その……悪かったな……。俺も、ちょっと言い過ぎたっていうか……」

 

さっちゃんの反応を見る。

言い過ぎたって点は、合っているようだな……。

 

「……飯、作りたがっていたよな。教えてもらったとはいえ、上手くできているじゃないか」

 

ポーラは恥ずかしそうに手を揉むだけであった。

なんだ、この時間は……。

 

「……冷めない内に食べたいし……その……」

 

再びさっちゃんを見る。

 

「うん、そうだね。じゃあ、はい、ポーラさんはそっち座って!」

 

そう言って、俺の隣にポーラを座らせる。

 

「じゃあ、いただきます!」

 

「い、いただきます……」

 

気まずい雰囲気の中、食事を摂る。

 

「修君、美味しい?」

 

「あぁ、美味いよ」

 

「だって。良かったね、ポーラさん」

 

ポーラは頷くだけで、ずっと気まずそうにしていた。

 

 

 

食事を済ませた後、響と銭湯に行ってくると言って、さっちゃんは俺たち二人だけを残し、出て行ってしまった。

 

「…………」

 

「…………」

 

気まずい時間が流れる。

 

「……悪かったな」

 

「え……?」

 

「さっちゃんだよ。なんか、やけに張り切ってて……。お前の様子から、迷惑しているような気がしてさ……」

 

「そ、そんなことないです……。とっても優しい方ですし……。ポーラの方こそ……ごめんなさい……。ポーラ、サッチャンさんに、提督の愚痴を言っちゃったんです……。そしたら……こんなことに……」

 

なるほど……。

 

「いや、お前にそんな思いをさせた俺が悪いんだ。ザラにも言われたが、俺は艦娘の気持ちに寄り添えないし、察しが悪いらしい。お前にいつもいつも嫌味だったりを言っているが、さっちゃんから見たら――いや、お前から見ても同じなのだろう――傷つくほど酷いことだったのかもしれん……」

 

「提督……」

 

「……ごめんな」

 

ポーラは涙を流すと、俺の胸に飛び込んだ。

 

「…………」

 

ポーラの涙を見て、ようやく自分が、本当に、ポーラを傷つけてしまったのだと自覚した。

 

『修君は、言わないと分からないんだよ! 言わせないとダメなんだよ!』

 

さっちゃんはそのことを分かっていて、ポーラの元を訪れたのだろう。

俺に、自覚させるために――。

 

「ポーラ……ごめんな……」

 

けれど、それが何に対しての、どのようなことに対する謝罪なのかは、やっぱりまだ分かっていない。

それでも――。

 

「提督……ごめんなさい……」

 

消えてしまいそうな声で謝るポーラに、俺は――。

 

 

 

ポーラが泣き止んだ頃に、さっちゃんたちは帰ってきた。

 

「ただいま~。あれ? あれれ~?」

 

俺に寄り添うポーラを見て、さっちゃんは何故か、ニマニマ笑っていた。

 

「随分、仲良くなったね~! 私たちがいない間に、何かあったの~?」

 

「別に、何もないよ」

 

「本当~?」

 

さっちゃんがポーラを見る。

ポーラは恥ずかしそうにすると、俺から離れた。

 

「さて……さっちゃんも帰ってきたことだし……。ポーラ、明日も早いんだろ? 車で送ってやるから、帰り支度しろよな」

 

「あ、えと……」

 

「なんだよ?」

 

「今日は泊まる予定だったんだよね、ポーラさん」

 

「え?」

 

「ほら、お泊まりセットも持ってきているんだよ!」

 

そう言って指した先に、ポーラのデカい鞄を持った響がいた。

何故かドヤ顔をしている。

 

「朝食、作ってあげたいんだよね~?」

 

「朝食……?」

 

「今朝は食べられなかったでしょ? 修君が好きなスクランブルエッグ、ポーラさんに教えてあげたんだ~。食べたいでしょ? だから、ね?」

 

ね? って言われてもな……。

 

「あ、あの……ポーラ、帰ります……。提督に迷惑でしょうから……」

 

そう言って、しゅんとするポーラ。

なんだよ、その表情……。

なんだよ、その気遣い……。

 

「……泊まっていけよ」

 

「でも……」

 

「朝食、作ってくれるんだろ? スクランブルエッグ、お前のせいで食えなかったんだから、作って返せ」

 

「は、はい! ありがとうございます。提督……」

 

「あぁ……」

 

なんだ、この気まずい雰囲気は……。

 

「じゃあ、決まり~! 良かったね、ポーラさん」

 

ポーラはやはり、気まずそうな顔をしていた。

 

 

 

就寝時間になると、何故かポーラが部屋を訪ねてきた。

 

「どうした?」

 

「サッチャンさんが……提督と一緒に寝なさいって……」

 

「はぁ?」

 

「……駄目ですよね。ごめんなさい……」

 

そう言って去ろうとするポーラ。

 

「……いいよ」

 

「え……?」

 

「今日のさっちゃんは、なんかおかしいんだ……。どうせ、俺がいいと言うまで粘るつもりだろう……。変な押し問答はしたくない……」

 

「ごめんなさい……」

 

「お前のせいじゃないよ。布団は敷いてあるから、そこで寝ろ」

 

「これ、提督の布団じゃないんですか……?」

 

「そうだが……。なんだ、いつもの潔癖か?」

 

「ケッペキ……? その……提督はどこで寝るんですか……?」

 

「俺は、机に伏して寝るよ」

 

「そ、そんなのじゃ眠れないですよ!」

 

「大丈夫だ。よく、戦時中はそうして寝ていたしな。何もない床で眠るより、眠れるんだよ」

 

尤も、戦時中は眠るというより、気絶に近い状態だったが……。

本当、今思えば大変だったな……。

 

「だ、だったら! ポーラが机で寝ます! 提督は布団で寝てください!」

 

「いや、いいよ……。お前、明日も仕事だろ? それに、朝食を作ってくれるんだろ? 早起きする必要があるだろ。ちゃんと寝ないと、仕事も出来なくなるぞ」

 

「でも……!」

 

「この話は終わりだ。ほら、明かり消すぞ」

 

そう言って、明かりを消そうとすると、ポーラはその手を掴み、止めた。

 

「なんだよ? 暗くしたら眠れないのか?」

 

「……だったら」

 

「あ?」

 

「だったら……一緒に寝ませんか……? 同じ……布団で……」

 

そう言うポーラの顔は、真っ赤であった。

駄菓子屋の時とは違い、その理由が、何故かハッキリと分かった。

 

「……恥ずかしいと思うのなら、止めておいた方がいい」

 

「い、いえ……! 恥ずかしくないです!」

 

「顔が真っ赤じゃないか」

 

「こ、これは……その……お、お酒を飲んだからです! 外国のチョコを食べたからです!」

 

明らかな嘘。

けど――。

 

「それとも……ポーラとは……ヤですか……?」

 

そう言って見つめるポーラに、俺は思わずドキッとしてしまった。

 

「別に……嫌ってことはないが……」

 

「じゃあ……」

 

ポーラは布団へ寝転がると、招くように掛け布団を捲った。

 

「ドウゾ……」

 

「……あぁ」

 

明かりを消し、布団に入る。

向かい合うのは気まずい気がして、俺は背を向け、目を瞑った。

 

「おやすみ……」

 

「Buonanotte……です……」

 

何故、こんなことになったのかは分からんが、さっさと寝てしまおう。

そう思えば思うほど、何故か寝付けない自分がいた。

ポーラも同じなのか、何度も体勢を変えたりしていた。

 

「……眠れないのか?」

 

ポーラは一呼吸置いた後「はい……」と小さく答えた。

 

「俺もだ……。やっぱり、机で寝るよ……。気が散るだろ、俺といると……」

 

「いえ……ポーラは……その……」

 

永い沈黙。

 

「どうした?」

 

ポーラの方へ振り向く。

ポーラもまた、俺の方へ体を向けていた。

 

「あ……」

 

「ポーラ?」

 

目が合った、その時であった――。

 

「――……」

 

一瞬の出来事で、何が起きたのか、全く分からなかった。

けど――。

 

「ポー――」

「――ごめんなさい!」

 

ポーラは布団から飛び起きると、部屋を出て行ってしまった。

 

「…………」

 

起き上がり、まだ熱の残る唇に触れる。

 

「……え?」

 

 

 

翌朝。

結局、昨日のことが気になって、一睡もできなかった。

 

「……おはよう」

 

「おはよう、修君。なんだか眠そうだね」

 

「あぁ……ちょっとね……」

 

「昨日、ポーラさんがそっちに行ったでしょう? すぐに帰ってきちゃったけど、何かあった?」

 

ポーラの奴、何があったのか、さっちゃんに言っていないのか。

まあ、言えないか……。

 

「……別に、何も」

 

「えー? 何かある言い方~」

 

「っていうか、なんでポーラを寄こしたの……? さっちゃんに言われて来たって言ってたよ?」

 

「仲直りするには、一緒に寝るのがいいと思って!」

 

そんなこと、一ミリも思っていないというような顔をしているな……。

本当、何がしたいんだか……。

 

「ポーラは?」

 

「朝食を作っているよ。修君が大好きなスクランブルエッグは、もうできているよ!」

 

台所を覗くと、ポーラが味噌汁を作っていた。

 

「あ……」

 

俺に気が付くと、ポーラは恥ずかしそうに俯き、小さく「オハヨウゴザイマス……」と言った。

 

「お、おう……おはよう……。何か、手伝えることはあるか?」

 

「ダイジョウブデス……」

 

「……そうか」

 

ポーラのこの態度……。

やっぱり、昨日のことは、夢でもなんでもなかったんだな……。

クソ……。

 

 

 

朝食は、大変美味かった。

 

「さっちゃんのスクランブルエッグそのものではないか!」

 

「でしょー? これからは、ポーラさんがいっぱい作ってくれるよ? ね、ポーラさん?」

 

ポーラは小さく頷くと、恥ずかしそうに味噌汁に口をつけた。

 

 

 

朝食後、自宅まで送ってやれと、さっちゃんにしつこく迫られ――ポーラは断っていたが――車で送ることになった。

 

「…………」

 

「…………」

 

気まずい……。

ポーラはずっと俯いていて、目を合わせようともしないし、一言も喋らなかった。

いつもなら、グースカ寝ているか、延々と喋っているくせに……。

……仕方ない。

 

「……昨日のことなんだが」

 

ポーラはより一層小さくなり、ギュッと拳を握っていた。

 

「お前、酒飲んでいるって言っていたよな? 外国製のチョコも食っていたって……」

 

「え……」

 

「酔っていたんだよな? だから、あんなことしちゃったんだよな?」

 

俺の気遣いに気付いたのか、ポーラは小さく「はい……」と返事をした。

 

「……だよな! ったく、ビックリさせやがって」

 

「あ、あはは……。ご、ごめんなさい……」

 

「今度からは気を付けろよな」

 

「は、はい! 気を付けます!」

 

「おう」

 

っと、こんなもんでいいだろう……。

真相は分からんが、まあ、本当に酒を飲んでいた可能性も否定できないしな……。

はい、終わり終わり。

気にしない気にしない。

 

「ところでさ――」

 

とりあえず、適当な話題でかき消そう。

いつものポーラに戻ってもらわないと、こっちの調子までおかしくなってしまう。

 

「それでさ――」

 

「ですね……」

 

「だろ? でもって――」

 

「…………」

 

……畜生。

なんで俺が、こんなにもペラペラ喋らなきゃいけないんだ……。

つーか、ポーラ!

お前、なんで大人しいんだよ。

いつも俺には、察しが悪いだとかなんだとか言っているくせに……。

 

「――ってな。ハハハ……」

 

静まる車内。

ポーラは相変わらず、俯き、手遊びをしている。

 

「……あぁ! もう!」

 

俺は車を停めた。

 

「て、提督……?」

 

「何なんだよお前は!」

 

「え?」

 

「昨日から、ずっと大人しいじゃねぇか! いつもの憎たらしい顔や発言はどうした!?」

 

「に、憎たらしい……?」

 

「そうだよ! 馬鹿! 何なんだよ……! しおらしくするなよ! 調子狂うんだよ!」

 

ポーラは、困惑した表情を見せていた。

いや、分かるよ。

俺だって、自分が何を言っているのか、よく分かっていないんだ。

けど、なんか、こう、心がムズムズするというか……。

こんな気持ち、初めてだ……。

 

「畜生……」

 

「て、提督……」

 

「はぁ……。悪い……。俺、おかしいよな……。多分……寝不足なんだ……。昨日……あんまり眠れてなくて……」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「あぁ……。誰かさんが、変なことしてくれたからな……」

 

「え……」

 

クソ……。

冷静になったら、恥ずかしくなってきた……。

つーか、俺は、何に動揺してんだ……?

キスされたからなんだってんだよ……。

口ではないが、ポーラが酔って、キスしてきたことくらい何回もあっただろ……。

けど、こう、しおらしいポーラを見ていると、なんだか……。

 

「……提督」

 

「あ?」

 

ポーラは、じっと、俺を見ていた。

 

「……なんだよ?」

 

「提督、ポーラがキスしたから……眠れなくなっちゃったんですか……?」

 

「え?」

 

「ポーラとのキスに……ドキドキしちゃったんですか……?」

 

「別に……ドキドキしたわけじゃ……」

 

「でもでも! 眠れなくなるくらい……ドーヨー? したんですよね!?」

 

まるで問い詰めるかのように、顔を近づけるポーラ。

 

「いや……まあ……そうだが……。そもそも、あの状況で動揺しないほうがおかしいわけで……」

 

そうだよ。

動揺するのが普通さ。

さっちゃんに同じことされても、きっと俺は――。

女性慣れしているせいで、そこんところ、鈍感になっていたのかもな。

 

「そうですか……。ポーラで、ドーヨーしましたか……」

 

ポーラは俯くと、そのまま俺の腕に寄り添った。

 

「な、なんだよ……?」

 

「……嬉しいんです」

 

「はぁ? なにが……」

 

「提督が……ポーラのこと……意識してくれているんだなぁって……」

 

「意識……?」

 

ポーラは顔を上げると、微笑んで見せた。

 

「えへへ……。それに、ポーラ、分かりました。提督は、いつものポーラを求めているんですね?」

 

「求めているって……。別に、求めているわけじゃ……」

 

「でも、いつものポーラでいてほしいですよね? いつものポーラと、お話ししたいですよね?」

 

その通りではあるのだが、何故だろう、すっごく否定したい……。

 

「……提督」

 

「なんだよ……」

 

「もう少しだけ、こうしていてもいいですか? そしたら、いつものポーラに戻ってあげます」

 

そう言うと、ポーラは、俺の腕に抱きついた。

『戻ってあげます』だと?

何様のつもりだ、こいつは……。

 

「…………」

 

けど――ムカつくけど――。

 

「……好きにしろ」

 

「ありがとうございます、提督。えへへ……」

 

ポーラは嬉しそうに笑うと、より一層、俺の腕を抱きしめた。

本当……調子狂うぜ……。

 

「クソ……」

 

どうして俺は、こんなにも――。

 

 

 

ポーラを送った後、本部の郵便室へ向かうと――。

 

「だから、どうしてそうなるのでありますか!?」

 

「それが分からないってところが、セクハラだって言ってんの!」

 

真鍋さんと笠谷君が、何やら言い合いをしていた。

 

「どうどう……。落ち着き給え、君たち……。廊下まで聞こえていたよ?」

 

「あ、雨海提督ぅ」

 

先ほどの怒号と違い、甘い声を出す真鍋さんに、笠谷君は引いていた。

 

「一体、何があったというんだい?」

 

「聞いてください! この人が、私にセクハラしてくるんです!」

 

「誤解でありますよ! 自分はただ、世間話の一環で、仕事の話をしただけで……」

 

「嘘よ! 私の体付きの話をしてきたじゃない! ヘンタイ!」

 

「そういう意味じゃないでありますよ! ただ、エリート部隊と言われる割には、体付きが心許無いと言っただけで……」

 

「ほら、言ってるじゃない!」

 

「だから、そういう意味では……!」

 

「はいはい! そこまでだよ、君たち!」

 

二人とも、不服そうな顔を見せると、互いにそっぽを向いてしまった。

 

「……まず、笠谷君。どういう経緯でその話になったのかは分からんが、女性の体形について触れるのは、もう少し仲が発展してからにした方がいい。嫌味を言うにしても、身体についてはNGだ」

 

と、ポーラをオッパイババア扱いした俺が言っておりますよ、と……。

 

「真鍋さんも、笠谷君がそんなつもりは無いと言っているのだから、それでいいではないか。そもそも、君のような立場の人間が、一介の郵便番に感情を煽られているようでは、この先やっていけないぞ」

 

「ですが……!」

 

「そうやって反論しようとするから、事が大きくなるのだ。確かに、不快だったのかもしれない。けれど、もう少し冷静に事を運ぶことができたはずだ。君は高見上官の後釜候補だろう? 彼女の顔に泥を塗るつもりかい?」

 

少し厳しめに言ったからか、真鍋さんは涙目で俯いていた。

優秀であるが故に、誰かに強く叱られたことがないのだろう。

だからこそ、小さなことでも反論してしまうのだろうな……。

 

「仲直りしろとまでは言わないが、お互いに反省する点はあるはずだ。今日のところは見逃すが、次は上層部に報告するつもりだ。覚悟しておくように」

 

と、ポーラとひと悶着あった俺が説教していますよ、と……。

 

「それで? 真鍋さんは何故、郵便室に?」

 

「あ……そうでした……。雨海提督に来客がありまして……」

 

「僕に? 誰だろう……」

 

「芹沢勉という方です。ご存じですか?」

 

芹沢勉……。

さっちゃんの父親か……!

 

「あぁ、知っているよ。今、どこに?」

 

「身元の確認が取れない方でしたので、本部正門横の詰所に待機してもらっています。お連れしましょうか?」

 

「いや、僕の方が向かうよ。入構手続きも面倒だろうし」

 

「では、案内いたします」

 

「あぁ。笠谷君、また後で話そう」

 

「は、はい……であります……」

 

 

 

詰所へ向かう途中、真鍋さんはずっと、俯いていた。

 

「……さっきは悪かったね」

 

「え……?」

 

「もう少し、配慮した言い方があったのかもしれないと思ってね……」

 

「い、いえ! そんなこと……。仰る通りですから……」

 

反省しているのか、真鍋さんはまた涙目になってしまった。

 

「……しかし、笠谷君には困ったものだね。同僚からも評判がよくないし……。デリカシーがないというか……」

 

『それは修君も同じでしょ?』

 

と、とうとう脳内さっちゃんが説教してきた。

彼らに言っていることは全部、自分にも言えることなんだよな……。

 

「そ、そうなんですよ! 本当……なんなのよ……」

 

…………。

 

「真鍋さん」

 

「はい」

 

俺は、真鍋さんの頬に手を添え、顔を近づけた。

 

「ななな、なんですか!?」

 

「いや、笠谷君がセクハラしたくなる気持ちも分かると思ってね。華奢で、とても可愛らしくて……。生娘にしておくのは勿体ない……」

 

「わ、わわ……」

 

「……なんてね。今の僕の行動、どう思った?」

 

「え……。そ、その……私……雨海提督になら……その……」

 

顔を真っ赤にする真鍋さん。

 

「僕の行動はセクハラじゃなく、受け入れられると?」

 

俺が何を言いたいのか、真鍋さんは分かったようで、俯いてしまった。

 

「笠谷君がそういう目で見られてしまうのは、彼の日頃の行いが悪いせいでもある。けれど、そればかりではないはずだ。そうだろう?」

 

「……はい」

 

「……彼と仲直りできるかい?」

 

頷く真鍋さんの頭を撫でてやる。

エリートとは言え、まだまだ子供なんだよな……。

 

「詰所へは僕一人で行くよ。また後で話そう」

 

「分かりました……」

 

「じゃあ、行っておいで」

 

真鍋さんは一礼すると、そのまま郵便室へと戻っていった。

 

 

 

詰所に近づくと、何やらソワソワしている男が、外に立っていた。

芹沢勉だ。

 

「おじさん」

 

声をかけると、おじさんは小走りで駆け寄り、俺の手を握った。

 

「お、修君……! いやぁ……立派になって……!」

 

「ご無沙汰しております、おじさん」

 

「君の活躍は聞いているよぉ。先の大戦では、大活躍だったそうだね。この国を守ってくれて、本当にありがとう……」

 

おじさんが深々と頭を下げると、胸ポケットからポロリと煙草の箱が落ちた。

 

「あぁ……!」

 

箱から飛び出る煙草。

そそくさと拾うおじさん。

なんというか、昔からこうなんだよな……。

情けないというか、なんというか……。

だから、奥さんにも逃げられて……。

 

「ご、ごめんね……。あぁ……」

 

「大丈夫ですよ。落ち着いてください。そこにベンチがあるので、一服しましょう」

 

「そ、そうだね……」

 

ベンチに座り、おじさんが咥えた煙草に火をつけてやる。

 

「ありがとう。フゥ……。君も吸うのだろう? マッチを持っているくらいだし」

 

「いえ、処世術の為に持っているだけで……。早速役に立ちましたよ」

 

「僕に良くしても、何もないよぉ? へっへっへへへ」

 

この独特な笑い方。

変わらないなぁ……。

 

「それで? どうしてここへ?」

 

「あ! そうだったそうだった……。実はだね……そのぉ……情けない話なんだがね……? 娘の幸子が……家出してしまってねぇ……?」

 

「探しているというわけですか」

 

「そうなんだよぉ。心当たりのある場所は、色々回ってみたのだけれども……どうもねぇ……。まさかとは思いつつも、君の顔を見るついでに、探しに来てみたわけだよ」

 

なるほど……。

やっぱり、おじさん的には、俺の元へは来ていないだろうと考えていたんだな……。

それが普通か……。

 

「さっちゃんはどうして、家出なんかを……?」

 

「うん……。ちょっと……ね……」

 

言いたくないのか、おじさんはわざとらしく煙草をふかした。

 

「理由を教えてくだされば、さっちゃんを帰しますよ」

 

「な……!? 君、幸子の居場所を知っているのかい!?」

 

「えぇ。僕の家にいます。ただ、彼女からも、家出した理由を訊けていなくて……」

 

「そ、そうか……。いや……君の家にいるのなら安心だね……。良かったよ……」

 

おじさんは、短くなった煙草をふかすと、灰を自分の膝上に落としてしまっていた。

 

「アチチチチ!」

 

「大丈夫ですか?」

 

「う、うん……。そ、それで……幸子は……帰る気はなさそうかい……?」

 

「今のところはなんとも……。僕も、このままではマズいと思っています。理由、教えてくれませんか?」

 

「う、うん……そうだね……。しかし……うぅん……」

 

ハッキリしない男だ……。

さっちゃん、こういう父親が嫌で家出したんじゃ……。

 

「そうですか……。なら、もういいですよ。僕も、おじさんと同じような態度をとりますから」

 

「え?」

 

「さっちゃんには、おじさんが来たことを話します。そして、出て行ってもらいます。心苦しいですが、僕にも生活があるのでね」

 

それが何を意味しているのか、おじさんは理解しているのだろう。

青ざめた顔を見せていた。

駄目押しに、もう一言だけ言っておくか……。

 

「さっちゃん、交通費でお金を使い切ってしまったと言っていたし、僕が受け入れなかったら、どうするつもりだったのだろうか……」

 

まあ、嘘だ。

さっちゃん、ビックリするくらいお金持っていたし……。

けど、この親父さんには、きっと――ほら、涙目になっている。

 

「わ、分かった……! 理由を教えるから……どうか……追い出すことだけは……! お金ならこちらで工面するから……!」

 

そう言って、おじさんは、さっちゃんが家出した理由を話し始めた。

 

 

 

おじさんを帰し、郵便室へ戻る。

真鍋さんはもうおらず、笠谷君だけが、ぼーっと窓の外を眺めていた。

 

「サボりとは感心しないね」

 

「雨海さん……」

 

いつものような反論がないあたり、反省しているらしい。

 

「先ほどは、すみませんでした……。真鍋さんとは、つい先ほど和解いたしましたので、ご安心を……」

 

「そうかい……」

 

笠谷君は小さくため息をつくと、椅子に深く腰掛けた。

 

「情けないのであります……」

 

「え?」

 

「雨海さんは、自分には短く、間違いを正すかのような叱り方をされました……。しかし、真鍋さんには、部下への 責のような叱り方をされていて……。自分は……海軍の一員として叱ってはいただけないほどの男なのでしょうか……?」

 

そんなつもりは無かったのだが……。

 

「自分が駄目な男なのは分かっております……。真鍋さんに何を言われても、ヘンタイ呼ばわりされても――反論はいたしますが――耐えることは出来るのであります……。けど……」

 

笠谷君の目は、今まで見たどの目よりも、悲しみに包まれていた。

 

「彼女に謝られた時……自分を見るあの目を見た時……自分は……」

 

それが、どんな目だったのかは分からない。

だが、おそらくは――。

 

「……一介の郵便番だなんて言って悪かったね」

 

「いえ……事実ですから……」

 

「短く叱ったのは、君が発端の喧嘩ではないのかもしれないと思ったからだ。真鍋さんは、やたらと君のことを嫌っているようであったから、郵便室で君を見かけ、何か嫌味の一つでも言って――君は反論するように、嫌味を返したのではなかろうかとね」

 

笠谷君は何も言わなかった。

それこそが、彼が反省しているという証拠でもあった。

 

「真鍋さんにはああ言ったけれど、君にも同じことが言える。彼女はまだ若い。立場は上でも、精神的には君の方が大人だ。だからこそ……分かるだろう?」

 

「……はい」

 

「とはいえ、僕も人のこと言えないんだ。最近、ポーラと喧嘩? してね……。悪いのは僕だったのだが、意固地になってしまったというかなんというか……。そこまで行くと、悪いと分かっていても、謝るのが難しくなってしまうんだ……」

 

「分かるであります。その気持ち……」

 

「でも、謝るのが大人だよなって……。ポーラといると、どうも子供になってしまう。けど、あそこまで言い合える関係ってのは、案外……」

 

自分で言っていて、気付く。

そうか。

俺は、ポーラと一緒にいることを、悪いと思っていないのか……。

 

「案外……?」

 

「……いや。君たち、もしかしたら、良き友人になれるかもしれないよ。『雨降って地固まる』と言うしね」

 

「想像できないのであります……」

 

俺とポーラの関係も、どこか、変わりつつあるように感じる。

それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが……。

 

「いい方向に向かうことを願っているよ、笠谷君」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

家に帰ると、さっちゃんが夕食を作っていた。

 

「お帰りー」

 

「ただいま。響は?」

 

「部屋で遊んでいるよ」

 

「一人で?」

 

「うん。あ、残念~。今日はポーラさんいないよ~?」

 

「なんでポーラが出てくるんだ……」

 

「だって、普通、一人じゃない? ポーラさんが一緒にいると思ったのかなって」

 

確かに……。

俺はなぜ、一人かどうか訊いたんだ……。

 

「そんなにポーラさんが恋しいなら、一緒に住めばいいのに。恋人にしたらいいのに」

 

「別に、恋しいわけじゃないよ。むしろ、鬱陶しいくらいで……」

 

「本当かな~?」

 

ニヤニヤするさっちゃん。

……訊くなら、このタイミングか。

 

「じゃあ、仮にポーラと俺が恋人になって、一緒に住むとしたら、さっちゃんはどうするの?」

 

「え……?」

 

「帰るところ、ないんだろう?」

 

さっちゃんは一瞬の躊躇いを見せた後、明るく言った。

 

「え~? 何それ~? もしかして、本当にポーラさんのことを!? そうじゃなかったら『仮に』なんて言えないよ~?」

 

「さっちゃん」

 

「そんなことないって~? どっちよ~?」

 

「許婚がいたんだね」

 

さっちゃんの手が止まる。

 

「許婚との結婚が嫌で、家出してきたのかい?」

 

永い沈黙。

 

「……誰がそんなことを?」

 

「今日、君のお父さん――おじさんが、海軍本部に来たんだ。君を探しに、僕を訪ねてきたんだ。そこでね……」

 

再び永い沈黙。

 

「具体的な家出理由は、おじさんも分からないと言っていた。でも――」

 

『幸子には許婚がいてね……。恥ずかしながら、僕の事業が上手くいっていなくて……。所謂、政略結婚ってやつなんだ……』

 

「――それが嫌で、家出をしたんじゃないかって……」

 

「…………」

 

「そうなのかい……?」

 

さっちゃんは――。

 

「……どうなんだろうね」

 

「え?」

 

「私にも……よく分からないんだ……」

 

振り返ったさっちゃんの表情は、少し寂しげであった。

 

「多分……怖いんだと思う……」

 

「怖い……? 相手の人が?」

 

「ううん……。相手は……とってもいい人なの……。私のことを大切に想ってくれていて――政略結婚にも同情してくれていて――何不自由ない、幸せな生活を約束してくれたの……」

 

「…………」

 

「でも……怖いの……。結婚してしまったら……何かが変わってしまうんじゃないかって……。私は、今の自分が好き……。今の生活が好き……。大変なこともたくさんあるけれど……それでも……」

 

さっちゃんは、俺をじっと見つめた。

 

「さっちゃん……」

 

「修君のところに来たのは……修君と一緒にいた頃が、一番幸せだったって思ったから……。大人になっても――戦場に出たとしても――きっと、修君は変わらないと思っていたから……」

 

寂しげにほほ笑むさっちゃん。

 

「好きだったの……」

 

「え……」

 

「修君のことが……好きだったの……。子供の頃から……ずっと……」

 

それは……。

 

「もちろん……異性としてだよ……?」

 

まるで、俺の心を読んだかのように、そう言った。

 

「どうせ結婚するなら、修君とが良かった……。だから……ここに来た……。修君となら、きっと、楽しく過ごせると思ったから……」

 

大胆な告白の割に、さっちゃんは落ち着いていた。

 

「事実、ここ数日、とっても楽しかった……。響ちゃんも、とってもいい子で――このまま、ずっと、一緒にいられたらいいなって……。でも……」

 

俯くさっちゃんが何を考えているのか、俺にはなぜか分かるような気がした。

 

「ポーラがいたから……?」

 

驚くさっちゃん。

そして、何故かおかしそうに笑っていた。

 

「珍しく、察しがいいね」

 

「どうやら、全く変わっていないって訳でもないようだね」

 

二人して笑う。

 

「うん……そう……。ポーラさんが家に来て、彼女の心情を知って――彼女にとって、修君は無くてはならない存在で――それはまるで、結婚から逃げた――自分が好きな自分を失いたくない私と同じで――そんな娘から、修君を引き離せないって思って――けれど、自分の事も大事で――だから……」

 

彼女の揺れ動く感情の中に、俺は、昔のさっちゃんの姿を見ていた。

だからこそ、理解できた。

 

「だから、俺とポーラの仲を取り持った……。俺とポーラが『そういう関係』になれば、諦めがつくから……」

 

さっちゃんは何も言わなかった。

悔やむような表情に、昔の面影が残っていた。

 

「……昔と変わらず、さっちゃんは優しいね」

 

「そんなことないよ……。自分が諦める為に、二人の関係を利用したのだから……」

 

「違う。ポーラを気遣ったところが、だよ。さっちゃんにとって、俺と結ばれる事が幸せだと思ったのなら、ポーラなんか気にせずにいたらよかったじゃないか……」

 

さっちゃんは悲しげな――けれど、どこか怒りを含んだ目で、俺を見た。

 

「そうしたところで、修君は絶対に、私を選ばないと思った……。私は、優しいわけじゃない……。振られるのが怖かっただけ……。逃げるために……ポーラさんを利用したの……! 二人が結ばれたら、仕方ないと思えたはずだから……。傷つかずに済むはずだから……」

 

そう言うさっちゃんに、俺は何も言葉をかけることが出来なかった。

俺は、誰かを慰める――騙す言葉をたくさん持っている。

騙し、誑かし、先延ばしして――。

けれど、それが誰かにとって――自分以外の誰かにとっての幸せにつながったことは、一度もなかった。

だから、何も言えなかった。

そう、自覚してしまったから……。

 

「……ここまで言っても、修君は返事もしてくれないんだね」

 

「…………」

 

「ごめんね……。迷惑だよね……。好きでもない女に、こんなこと言われて……。居つかれて……」

 

俺が何も言えないでいると、響が台所へやってきた。

 

「あ……ごめんね、響ちゃん。もう少しで、ご飯――」

「――それでいいの?」

 

「え……?」

 

響は、さっちゃんに近づくと、じっと、その目を見つめていた。

 

「そんなに簡単に、諦めていいの?」

 

「響……」

 

「ごめんね……。悪いと思いつつも、二人の会話、聴いてた……」

 

響は一呼吸置いた後、再びさっちゃんへ語りかけた。

 

「ポーラは諦めなかったよ。幼馴染で、自分が何度頼んでも駄目だった同棲を許され、自分よりも料理が上手で、私とも仲良くなれちゃう女の子が現れても……。その女の子が、司令官のことを好きだって知っていても……」

 

さっちゃんは、驚いた表情を見せていた。

 

「……私でも分かるよ。さっちゃんさんが、司令官のことを異性として好きなんだって……。さっちゃんさんがポーラに協力するって言った時、ポーラは困ってた……。司令官に迷惑がかかるかもしれないって事もそうだけど、さっちゃんさんの気持ちを知っていたから、どうしてって……」

 

ポーラが、さっちゃんの気持ちを……?

 

「ここまで言って、司令官が何も返事できないということが、答えそのものだって考えも分かるよ。けど、知っているでしょ? 司令官は、そういう人間なんだ。だからこそ、諦めたらいけないんだ」

 

「響ちゃん……」

 

「司令官は、押しに弱いんだよ。私だって、押して押して、ようやくここにいるんだ。諦めたら、駄目だよ」

 

響の表情は、さっちゃんを慰めているというよりも、どこか、責め立てているように見えた。

 

「それでも諦めるというのなら、司令官から離れて欲しい……」

 

「響!?」

 

「私は、これ以上、司令官やポーラが苦しむ姿を見たくないんだ……。すぐに返事ができない司令官にも非はあるけれど……私は……司令官の味方でいたいから……」

 

苦悶の表情を見せる響。

初めて見るその顔に、俺は――。

 

「……ごめんな、響。そんなこと、言わせてしまって……」

 

「…………」

 

そうだよな……。

 

「さっちゃんも……ごめん……。ハッキリ返事できなくて……。さっちゃんのことは、大好きだよ……。でも……さっちゃんと同じ好きでは……ないんだ……」

 

俺は、いつだってそうだ。

騙し、誑かし、先延ばしして――。

それが誰かにとって――自分以外の誰かにとっての幸せにつながったことは、一度も――。

――そうじゃないだろう。

俺は、一度たりとも、誰かにとっての幸せについて考えてこなかった。

つながるはずがないのだ。

――自分の為。

傷つきたくない、自分の為。

他人が傷つくところを見たくないという、自分の為――。

その為に、俺は、ずっと――。

 

「だから……ごめん……」

 

頭を下げる俺に、さっちゃんは――。

 

「……ヤダ」

 

「え……?」

 

さっちゃんは俺を抱きしめると、小さく言った。

 

「修君が押しに弱いのなら……それで、私のモノになるというのなら……」

 

「さっちゃん……?」

 

じっと、俺を見つめるさっちゃん。

いつもの優しい瞳とは違い、その目は――。

 

「私……諦めない……。必ず、修君を堕としてみせるから……」

 

「さっちゃん……。俺は……んぐっ!?」

 

何か言おうとする俺の口に、さっちゃんはおにぎりを突っ込んだ。

 

「お腹、空いたでしょう? ご飯にしよっ!」

 

「んむ……。これ……」

 

「そ! 修君、卵黄の醤油漬けをおにぎりに乗せたやつ、好きだったでしょう?」

 

さっちゃんはクスっと笑うと、耳元で囁いた。

 

「ポーラさんも、このことは知らないよね……? 私、ポーラさんには負けないから……」

 

そう言うと、さっちゃんは響と共に居間へ料理を運び始めた。

 

「…………」

 

厄介なことになったかもしれないと思ってしまう俺は、やはり、まだ――。

 

 

 

その日の夜。

寝付けずにいると、響が部屋にやってきた。

 

「どうした? 眠れないのか?」

 

「うん」

 

枕を持っているところを見るに、こっちで寝る気満々って感じか。

 

「さっちゃんは?」

 

「ぐっすり寝ているよ」

 

「そうか。ほら、こっち来い」

 

布団をめくってやると、吸い込まれるかのように入ってきた。

よく見ると、例の変な人形まで持ち込んでいる。

 

「さっちゃんに買ってもらったそれ、気に入ってんのか」

 

頷く響。

こんなのが好きなのか……。

 

「……司令官」

 

「ん?」

 

「司令官は……さっちゃんさんのこと、異性として好きじゃないの……?」

 

「……まあ、そうだな」

 

「じゃあ、司令官は、どんな人が好きなの? どんな人なら、司令官と結婚出来るの?」

 

「うーん……。どうだろうな……。俺は、結婚なんぞ考えてないからな……」

 

「どうして?」

 

「まあ……色々あるんだよ……。つーか、なんでそんな事を訊くんだよ?」

 

響は変な人形を抱えると、小さく言った。

 

「司令官も気付いているんでしょ……? さっちゃんさんだけじゃなくて、ポーラも、司令官のことが好きなんだって……」

 

響の問いに、俺は何も答えることが出来なかった。

さっちゃんの話を聞いて――いや、本当は、最初から気付いていたのかもしれない。

けれど、否定したくて――そんなはずがないと――ポーラに限ってと――。

なにより、俺は、ずっと、そういうのから逃げてきた訳で――気付かないようにしてきた訳で――。

 

「さっちゃんさんも……ポーラも……司令官と結ばれたくて仕方がない感じなんだ……。でも、司令官は、異性として恋をすることから逃げているというか、そんなつもりもないというか……。辛いんだ……。実らない恋を追い続ける二人を見るのは……」

 

響は、俺を見なかった。

その辛さの原因が、俺にあると知っていても……。

 

「……ごめんな、響。そんな気持ちにさせてしまって……」

 

「ううん……。きっと、司令官が振ったとしても、あの二人は諦めないと思う……。さっちゃんさんがそうだったように……」

 

「あれは……お前が、俺が押しに弱いだとかなんだとか言ったからってのもあるんだぜ」

 

「実際そうじゃないか」

 

まあ、そうかもしれんが……。

 

「司令官……」

 

「ん……?」

 

「本当に……受け入れられない……? あの二人のこと……。本当に……異性として……意識できない……?」

 

やはり答えられない俺に、響は微笑んで見せた。

 

「いつか、その理由を教えてね……」

 

押しに弱い俺に対し、これ以上追求しないでくれるのか……。

 

「……あぁ。ありがとう、響……」

 

「うん……」

 

そっと抱きしめてやると、響は、すうすうと寝息を立て始めた。

 

『俺は、親父のようにはならない……。むしろ、親父を嵌めたあいつらのように、俺も――』

 

「…………」

 

そうだ。

俺は、その為に――。

 

「よし……」

 

 

 

翌朝。

さっちゃんが起きる前に家を出て、本部へ向かった。

 

「あ、修君!」

 

日に日に、来る時間が早くなっているとは思っていたが……。

 

「おじさん。おはようございます」

 

「おはよう。今日はずいぶん早いんだねぇ」

 

「おじさんこそ。ずいぶん滞在しているようですが、会社の方はいいのですか?」

 

「ああ、いいのいいの。僕がいなくても回るようにしているから。むしろ邪魔だって、社員に言われているくらいで」

 

本当に大丈夫か、この人……。

そら、事業も上手くいかないわけだ……。

 

「……実は、おじさんに頼みたいことがありまして」

 

「お! なんだいなんだい!? なんでも言ってくれ給え!」

 

話を聞いたおじさんは、何か言いたげな表情をしていた。

 

「今の提案、何かマズイことでも?」

 

「いや……会ってみたら分かると思うが、ちょっとね……」

 

「相手は本気ではない、ということですか? もし本気だったら、僕からの提案がなくとも、今すぐにでも……」

 

「本気だよ。むしろ、政略結婚でなくとも、おそらくは……。しかし……幸子が出て行ってから、自信を失ってしまったようでね……」

 

「なればこそですよ。本気だというのなら、来るべきだ」

 

「いや……実はね……。近くには来ているんだ……。しかし……」

 

おじさんの危機感の無さにも、本気であると言うだけの相手にも、イライラしてしまう。

けどそれは、きっと、俺自身にも同じことが言えるからなのだろう。

 

「なら、連れてきてください。来ないというのなら、僕から会いに行きますから」

 

「し、しかしねぇ……」

 

「ああ、もう! いいから会わせろ! 本気でないのなら、さっさと帰れ! 馬鹿!」

 

「は、はひぃ……」

 

クソ……。

この苛立ちも、この嫌悪感も、全部全部、自分自身にも言えることだと思うと、尚更ムカついてくる……。

 

「八つ当たりのようになってしまうが、覚悟してもらうぜ……」

 

 

 

その日の夜。

ヘトヘトになりながら帰宅すると、さっちゃんが出迎えてくれた。

……裸エプロンで。

 

「お帰り、修君っ」

 

語尾にハートでもついてそうな声だ……。

 

「……ただいま。なに? その格好……」

 

「何って……。えへへ、知っているよ? 男の人って、こういうのが好きなんでしょ?」

 

まあ、嫌いではないが……。

 

「ちゃんと服を着てよ……。エプロンの意味ないだろ……」

 

「あれ~? 修君、こういうの趣味じゃない? それとも……全裸希望……?」

 

疲れているのもあってか、なんだか萎えてしまう……。

 

「服を着ないのなら、出て行ってもらうけど……」

 

「んー……元気出ると思ったんだけどなぁ……」

 

そう言って、寝室へ消えてゆくさっちゃん。

誘惑したつもりなのだろうが……。

恋を諦めないってのは、本当だったようだな……。

 

「……で? どうしてお前までそんな格好してんだよ?」

 

響は水着にエプロンという、これまたマニアックな格好をしていた。

 

「さっちゃんさんは分かっていないよね。こういうのは、あえて着こむことで想像をかきたてるんだよ。暁がそう言っていた」

 

暁の入れ知恵かよ……。

今度会ったらぶん殴ってやろうかしら……。

 

「いいから着替えてこい! 馬鹿!」

 

 

 

夕食後、家事を終えたさっちゃんが、隣に座ってきた。

 

「えへへ。修君、イチャイチャしよ?」

 

さっちゃん……。

吹っ切れたと思ったら、急に距離を……。

 

「イチャイチャはしないよ。その代わりと言ったらなんだけど、明日、空いてる?」

 

「え? 空いているけれど……」

 

「この前、デートしようって話していたでしょ? しようよ、明日」

 

「え、えぇぇぇぇ!? きゅ、急にどうしたの!? だって……昨日、私……」

 

「約束は約束でしょ? 昨日のあれは、関係ないよ」

 

そう言ってやると、さっちゃんは頬を膨らませた。

 

「それはそれで……なんか……」

 

「イヤかい?」

 

「嫌じゃないけれど……。でも……修君は……それでいいの?」

 

「別にいいよ。デートなんて、何度もしてきたしね」

 

こうやって煽ってやると、負けず嫌いのさっちゃんは、きっと……。

 

「ふぅん……。いいんだ……。分かった。デートしよっ! でも、後悔しても知らないよ? 私、本気出すから……!」

 

「うん、分かったよ。じゃあ、明日ね」

 

「むぅ……。なんだかなぁ……。まあいいけど! えへへ。じゃあ、おやすみー。あ、それとも、一緒に寝ちゃう?」

 

「響、今日は一緒に寝ようか」

 

響を抱きかかえてやると、自慢げな表情でさっちゃんに視線を送っていた。

 

「むぅ……」

 

 

 

自室に戻ると、一緒に寝る事が嬉しいのか、響は変な人形を持ってはしゃいでいた。

水を差すのは気が引けるが……。

 

「響、明日なんだが……」

 

「うん。分かっているよ。私は留守番している」

 

驚いていると、響はニコッと笑った。

 

「一緒に寝ようって言ったのも、その為でしょ?」

 

さっちゃんを決起させた時もそうだったが、こいつ、案外……。

 

「……察しがいいな。けど、ちょっとだけ違う」

 

「え?」

 

「デートに連れだせないのは本当なんだが、ちょっと、頼まれごとをしてほしいんだ」

 

「頼まれごと?」

 

「あぁ、重要なミッションだ」

 

俺は、響にとある作戦を話してやった。

 

「――という訳だ。頼まれてくれるか?」

 

響は、少し考えていた。

 

「……心が痛むか?」

 

「うん……。少しね……」

 

「……卑怯者だって言われてもいいんだ。それでも、俺は……」

 

俯く俺を、響は優しく抱きしめてくれた。

 

「司令官は卑怯者なんかじゃないよ……。ポーラを想ってのことなんでしょ……?」

 

「俺が傷つきたくないだけさ……」

 

「それでも、だよ……」

 

頭をなでる響。

恥ずかしいけど、ちょっとだけ――。

 

「そんな事よりも、司令官、ズルいよ」

 

「え?」

 

「そんな可哀想な顔して。そんなの、断れないよ。そうやって女の人たちを誘惑してきたのかい?」

 

そう言って、ほほ笑む響。

どこまでも慰めてくれるって訳か……。

 

「……あぁ、そうだ。まんまと引っかかったな」

 

響を抱きしめ、そのまま布団へ入る。

 

「司令官」

 

「ん?」

 

「私は、司令官の味方だからね?」

 

――……。

 

「……あぁ。ありがとう、響……」

 

「うん。よしよし。おやすみ、司令官」

 

「おやすみ、響……」

 

響は俺を抱きしめたまま、寝息をたて始めた。

変な人形だけが、大きな目を開いて、俺を見つめていた。

 

「……なんだよ、馬鹿。別にいいだろ……。大人が甘えたってよ……」

 

変な人形を響に向かせ、眠りについた。

 

 

 

翌朝。

さっちゃんに叩き起こされ、急いで出かける準備をした。

 

「何も、こんなに早く出発しなくても……」

 

「出来るだけ長い時間デートしたいんだもん。いいでしょ?」

 

ついでに起こされた響は、まだウトウトしていた。

 

「そういえば、今日、響ちゃんは……」

 

「留守番してくれるってさ。デートを邪魔したくないんだって」

 

「……そっか。ごめんね……。昨日、デートに舞い上がってて、響ちゃんのこと、気にかけられなくて……」

 

響は、問題ないとでも言うように、首を横に振った。

……目を瞑りながら。

 

「ごめんな、響……。起こしてしまって……。朝食と昼食は作ってあるから、もう一度眠ってろ」

 

「うん……」

 

「……じゃあ、夕方にな」

 

響は頷くと、そのまま寝室へと去っていった。

 

「さて……。俺の方は準備出来ているよ」

 

「私も大丈夫だよ!」

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

 

さっちゃんとのデートには、いつものキザなプランではなく、童心にかえられるようなものを選んだ。

 

「ここの自然公園、子供の時に遊んだ場所にそっくりだね!」

 

「さっちゃん、昔は楽しかったって言っていたから、喜ぶかなって」

 

「ふぅん……。察しが悪い修君にしては、気が利くじゃん。なーんか、女性慣れしているようでヤな感じ~」

 

「そんな男を好きになっちゃったんでしょ? 男を見る目がないよ、さっちゃんは」

 

「なにそれー!? 私が修君のこと好きだって分かった途端、調子乗りすぎー!」

 

「嫌ってくれてもいいんだよ。そっちの方が、楽だし」

 

さっちゃんは頬を膨らませると、反抗するかのように、あえて俺の手を取った。

 

「フッ……本当、男を見る目がないよ」

 

「それでも、デートには漕ぎつけたもん……。私の勝ちー……」

 

「そうかい」

 

それから、売店で購入したバドミントンで遊んでみたり、釣り堀で釣りをしてみたり――お互いに、昔のようにはしゃいでいた。

 

「あー楽しい! やっぱり、修君といるときが一番だよぉ」

 

「そうかい」

 

さっちゃんが作ってきた昼食は、どれも俺の好物であった。

 

「ねぇ……修君……。修君はどうして……今日……デートに誘ってくれたの……?」

 

「約束したでしょ? デートしようって」

 

「そうじゃなくて……。ほら……私が修君のこと、異性として好きだって知ってさ……。普通だったら……避けるというか……」

 

「…………」

 

「私のこと……異性として意識できないんでしょ……? なのに……どうしてなのかなって……」

 

「普通は、デートと聞いたら、異性として意識し合っているカップルがするものって言いたいのかい?」

 

「……違うの?」

 

「だとしたら、俺には想い人がたくさんいることになるよ」

 

さっちゃんはムスッとすると、退屈そうに水筒のコップを手の中で転がしていた。

 

「……機嫌を悪くさせたのなら、ごめん。でも、俺は、せめて、さっちゃんにいい思い出を持って帰ってほしかっただけなんだ」

 

「……帰ってほしいんだ?」

 

「さっちゃんには帰る場所がある。そうでしょ?」

 

さっちゃんは何も言わず、ただ俯いていた。

 

「俺はさっちゃんにとって、ただの幼馴染でしかない。それは、俺にとっても同じだ。そして、さっちゃんには、そんな幼馴染よりも特別な人がいる」

 

「…………」

 

「……いい人なんでしょ? その人は……」

 

草原が、風の形をつくっている。

懐かしい風景なはずなのに、今は、どこか――。

さっちゃんはそっと、俺に近づき、頭を預けた。

 

「……言ったはずだよ。私、本気出すからって……。絶対、好きになってもらうもん……」

 

「さっちゃん……」

 

好きになってもらう……か……。

本当は、さっちゃんも分かっているはずなんだ。

それが、叶うことはないのだと……。

それでも、こうしていないと、不安になってしまうのだろう。

 

「……分かったよ、さっちゃん。でも、今だけだよ?」

 

さっちゃんは返事もせず、何もない空を見つめるだけであった。

 

 

 

夕方になると、辺りに虫の声が響き始めた。

 

「今日はたくさん遊んだね」

 

「うん……」

 

結局、さっちゃんの言う『本気』は見られなかった。

子供のようにはしゃいで、子供のような目で、空を追いかけていた。

 

「いい思い出になったかい……?」

 

俯くさっちゃん。

 

「さっちゃん……」

 

「……やっぱり、嫌」

 

「え?」

 

「やっぱり……このままでいたい……! このまま、子供でいたいよ……! 大人になんて……私……」

 

涙を流すさっちゃん。

 

「それが、君の本音なんだね……」

 

「怖いの……。楽しかった日々が……消えてしまうんじゃないかって……。私……私……」

 

ふと、ベンチを見る。

そこに、変な人形が置かれているのを確認してから、俺は口を開いた。

 

「さっちゃん……ごめん……。それでも俺は、やっぱり、さっちゃんと一緒にはなれない……。知っての通り、俺は、親父が自殺してから、結婚というものを嫌悪してきた……。母親がいない俺を想い、新しい母親を探した親父は、そのことにつけこまれ、女どもに金を奪われ、没落した……。親父が自殺してからの俺は、親父がされたのと同じように、女を騙し、生きていくことにしたんだ……。そうやって、今まで生きてきた……。それは、今も同じだ……」

 

「わ、私は……私なら……! 幼馴染である私なら! 修君のことを――!」

「――同じなんだ!」

 

世界が、静寂に包みこまれる。

虫の声も、今や――。

 

「さっちゃんが幼馴染であろうとも……女性であることには変わらない……」

 

「……っ!」

 

「ごめん……」

 

「……じゃあ、どうして受け入れてくれたの? 私も同じ女だったら、追い出せばよかったじゃん……!」

 

「俺は女性を騙しはする……。だが、傷つけるつもりはない……。俺の為に利用するだけだ……。だから、さっちゃんも受け入れた……」

 

「え……?」

 

「家政婦さんに休暇を与えたかったが、響の面倒を見てくれる人がいなかった……。そんな時――都合が良かったんだよ、さっちゃんは……」

 

「……嘘だよ」

 

「本当さ」

 

「嘘だよ! 修君がそんな酷い人じゃないって、私、知っているもん……! だって、ずっと――!」

「――俺の何を知っているっていうんだよ!」

 

俺の叫びに、さっちゃんは怯えた表情を見せていた。

 

「……俺はこういう人間だ。さっちゃん、君はいいよね……。没落もせず、のうのうと生きていけてさ。子供のままでいたいだって? 何の不満も無いのにかい? 甘ったれだよ、そんなのは……」

 

「修……君……?」

 

「もう……うんざりだ……。利用価値があるから、君に同情していたけれど……馬鹿馬鹿しいよ……。何の不満も無いまま、大金を持って昔の幼馴染のところに遊びに来て? 自分の我が儘でポーラと俺をくっ付けようとして? 挙句の果てには、俺を諦めたくないだって? 温室育ちもいい加減にしてくれよ……」

 

「そ、そんな……。どうしてそんなこと言うの……?」

 

ショックを受けているさっちゃんに、心が痛む。

けど……。

俺は、もう一度、ベンチの人形に目を向けた。

そうだ。

それでも、言わなきゃいけないんだ。

それが、俺たちには――。

 

「……ポーラにしてもそうだ。一応、提督だから面倒見ているけど……恋人になるつもりなんて微塵もないよ。異性として好きになるなんてことも、絶対にない」

 

拳が、痛いほどに握られている。

それでも、きっと、これ以上の痛みが、あいつには――。

 

「な、なんて酷い男だー……!」

 

見計らったように、木陰から出てきたのは……。

 

「輝明さん……!?」

 

さっちゃんが、驚きの表情を見せていた。

輝明――さっちゃんの許婚だ。

 

「ど、どうして……輝明さんが……」

 

「……き、君のお父さんから連絡を受けてね。申し訳ないと思いつつも、今朝から尾行していたんだ……」

 

輝明が、俺をチラチラと見る。

やめろ、馬鹿!

俺をチラチラ見るな!

それと、登場の仕方があまりにも不自然なんだよ……!

 

「そ、その男が……幼馴染だという男かい……?」

 

泳ぐ目。

発汗。

震える手。

緊張するのは分かるが、昨日、さんざん練習しただろうが……!

 

「そうだが? あんたは?」

 

「ぼぼぼ、僕は……その……さ、幸子さんの……こ、婚約者だ!」

 

「へぇ、あんたが……」

 

俺は、わざとらしく、ジロジロと、輝明を見た。

コイツ……マジで怯えているじゃねーか……。

これが演技だってこと、忘れている訳じゃないよな……?

 

 

 

 

 

 

昨日――。

おじさんと共に、輝明に会いに行った。

 

「あんたがさっちゃんの婚約者かい?」

 

「そ、そうですが……。あ、貴方は……?」

 

「彼は、幸子の幼馴染の修君だよ。彼の家に、幸子がいるんだ」

 

「貴方が……」

 

「単刀直入に訊くが、あんた、さっちゃんを幸せにするつもりはあるのかい?」

 

「え……?」

 

「さっちゃんは今、マリッジブルーの中にいるようなんだ。あんた、さっちゃんの居場所をおじさんから聞いているはずだろう? 何故、会いに行ってやらないんだ?」

 

「そ、それは……その……」

 

「俺があんただったら、今すぐにでも会いに行って、安心させてやるぜ。どうしてそうしてやらない……?」

 

「お、修君、それはね?」

 

「おじさんは黙ってろ!」

 

「は、はひぃ……」

 

輝明は、俯いていた。

 

「……さっちゃんが出て行ったのは、あんたのことが嫌いだからじゃない。不安なだけなんだ……。傍にいてやってはくれないか……?」

 

「……僕だって、傍にいてあげたいです。でも、幸子さんは、僕よりも貴方を選んだ……。貴方は容姿端麗だし、僕にはとても……」

 

「それでも、さっちゃんを想う気持ちは、俺よりも強いはずだ。俺は、彼女の不安を和らげることは出来ても、彼女を幸せにしてはやれない……。あんたにはそれが出来るはずだろう? だから、婚約したんじゃないのか!?」

 

「でも……」

 

「……ああもう! どいつもこいつも! 分かったよ! じゃあ、こうしよう!」

 

俺は、とある作戦を輝明に伝えた。

 

「――という感じだ。出来るか!?」

 

「れ、練習すれば……なんとか……。で、でも……そんなに上手くいくでしょうか……?」

 

「上手くやるんだよ! 馬鹿! 練習が必要なら、何度でも付き合ってやる! やれるのかやれないのか!? ハッキリ答えろ!」

 

「や、やります! やらせてください!」

 

「よし! じゃあ、おじさん、おじさんはさっちゃん役だ」

 

「ぼ、僕も参加するのかい!?」

 

「さっちゃんに帰ってきてほしいんだろ!? 元はといえば、あんたの所為なんだから、それくらいやれ! 馬鹿親父!」

 

「ば、馬鹿親父て……」

 

 

 

 

 

 

マジで大変だったんから、練習通り頼むぜ……。

輝明さんよ……。

 

「……さっきも言ったけど、さっちゃん、本当に男を見る目がないね。コレがいい人だって? ただの臆病者じゃないか」

 

「ナ、ナンダトー!」

 

クソ棒読みが……。

 

「さっちゃんが俺のところに逃げてくるのも分かるぜ。あんた、今まで何してたんだよ? おじさんから、さっちゃんの居場所を聞いていたんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

いや、反論しろよ……。

あんだけ練習しただろ……。

なんで困ってんだよ……。

 

「……さっちゃんは、不安がっているんだぜ。あんたにさっちゃんを幸せに出来るのかよ!?」

 

と、ここで、輝明の熱い熱いさっちゃんへの想いが語られることになるのだが……。

輝明は何故か、傍を離れると、草むらにしゃがみ込んだ。

 

「……何してんだよ?」

 

「て、輝明さん……?」

 

「幸子さん……僕、貴女が何を不安がっているのか、ずっと分かりませんでした……。僕にはお金もあるし、不満なんてないはずなのに……と……。でも、今日の二人のデートを見て、確信しました……」

 

そう言うと、輝明は草むらに手を突っ込んだ。

そして、何かを掴むと、俺たちにそれを見せた。

 

「こういうことでしょう!? 幸子さん!」

 

輝明は、大きなバッタを捕まえていた。

 

「「へ……?」」

 

キョトンとする俺たちに、輝明は捲し立てるように言った。

 

「子供のままでいたい……そう言いましたよね!? 僕はこう見えても、子供の遊びが大好きなんです! 親父に怒られるから、いつもは澄ました顔をしていますけど……。本当は、こうやって、バッタとかを捕っていたいんです!」

 

こいつ……何を言って……。

さっちゃんは――。

 

「そ、それに! 僕、子供の頃から『凧揚げ名人のテル』で有名なんですよ! さっき売店で、凧を買ってきたんです! 見ててください!」

 

そう言うと、輝明はあっという間に、凧を揚げて見せた。

 

「どうですか!? 凄いでしょう!? それに、けん玉だって名人級ですし、コマだってたくさん回せます! メンコにいたっては誰にも負けたことないし、きっと、その男にだって負けない!」

 

あぁ……駄目だ、こいつ……。

全部、水の泡だ……。

あれだけ練習したのに……。

 

「だから! 幸子さん! 貴女を不安にはさせません!」

 

「!」

 

「輝明さん……」

 

「絶対に貴女を幸せにします! 子供に戻りたい時は、いつでも言ってください! なんだって付き合いますから! だから! 僕と結婚してくださぁい!」

 

強い風が吹いて、凧が何処かへ飛んで行ってしまった。

だが、その行方を、誰も目で追うことはしなかった。

永い永い沈黙が続く。

輝明は、まっすぐ、真剣に、さっちゃんを見つめていた。

 

「幸子さん……!」

 

さっちゃんは――。

 

「フ……フフフ……」

 

「さ、さっちゃん……?」

 

「フフ……アハハハハハハ!」

 

突然、さっちゃんが笑い出した。

 

「さ、幸子さん……?」

 

「あー……おかしい……。輝明さんに、そんな子供っぽいところがあっただなんて……。初めて会った時は、ガチガチに緊張して『僕はお坊ちゃんです』みたいな感じだったのに……。アハハハハハ!」

 

輝明は恥ずかしそうに頭を搔いていた。

 

「絶対に幸せにします……か……。そんなこと、修君でも言わないでしょ?」

 

そう言ってほほ笑むさっちゃん。

それが何を意味しているのか、俺にはハッキリと分かっていた。

 

「……そうだね。そんな恥ずかしい台詞――ましてや、凧を揚げながらなんて……」

 

「す、すみません……。つい……」

 

「なんで謝るの? とっても素敵なプロポーズだったよ?」

 

「幸子さん……」

 

「こんなに情熱的なプロポーズ……初めて……。貴方から逃げてしまった私だけれど……そんな私でも良ければ、これからも、たくさん、笑わせてくれますか……?」

 

「もちろんです! た、ただ……その……」

 

「?」

 

「たまには……格好つけさせてください……。笑われてばかりでは、男として……その……」

 

さっちゃんが俺を見る。

そうか……。

 

「情けない男だ……。さっちゃん、今からでも遅くない。やっぱり、俺たち付き合おう」

 

そう言って、さっちゃんに近づくと、輝明はさっちゃんの肩を抱き、俺から遠ざけた。

 

「か、彼女は……渡さないぞ……!」

 

「輝明さん……」

 

「……なんだよ。案外男らしいじゃねぇか……。あーあ……もういいよ……。なんか冷めたわー。お似合いな子供カップル同士、虫捕りでも凧揚げでもやって来いよ……。くだらねぇ……」

 

そう言って、そっぽを向いた。

 

「……行こう、幸子さん」

 

「うん……」

 

少しの躊躇いがあった後、二人の足音はゆっくりと遠くなってゆき、やがて聴こえなくなった。

 

「…………」

 

人形が置いてあるベンチに座る。

しばらくすると、人形の持ち主が現れ、俺の隣に座った。

 

「……ポーラはどうした?」

 

響は小さく「帰ったよ」と言った。

 

「ちゃんと、聴いてくれていたか……?」

 

「うん……。最後まで、聴いていたよ……」

 

「そうか……」

 

太陽が沈むと、冷たい風が吹き、俺たちの間を通り過ぎて行った。

 

「俺は……卑怯者だ……」

 

俯く俺に、響は言った。

 

「それは、何に対してだい? 婚約者に演技させて、さっちゃんさんを帰したこと? それとも――」

 

「…………」

 

「――ポーラを連れてこさせ、恋を諦めさせたことにかい?」

 

「……どっちもだよ」

 

そう……。

俺は、響に、ここへポーラを連れてくるよう頼んだのだ。

ポーラの気持ちには応えられないことを、分かってもらう為に――。

俺への恋を、諦めてもらう為に――。

 

「俺は卑怯者だ……。こういう形でしか……ポーラの気持ちに応えられない……。あいつが傷つくところを見たくないんだ……。俺は……輝明以上の臆病者だ……。あの男は……さっちゃんに向き合ったのに……俺は……」

 

俺の話を聴いて、ポーラはどう思ったのだろう。

 

『恋人になるつもりなんて微塵もない』

 

そんなこと言われたら、きっと……。

 

「司令官」

 

「なんだ……?」

 

響は、俺を軽くビンタした。

 

「そんな顔しちゃ駄目だよ。卑怯な手だったかもしれないけれど、こうするしか無かったのなら、堂々としていないと……。ポーラが可哀想だ……」

 

「……そうだな。ごめん……」

 

響はそっと寄り添うと、変な人形を俺に渡した。

 

「私は、良かったと思っているよ……。多分、直接言ってしまったら、ポーラは、司令官と関わらなくなると思う……。司令官は、それだと困るんでしょ?」

 

「あぁ……」

 

「きっと、ポーラは、恋を諦めてくれると思う。それでも、司令官とは、ビジネスパートナーとして、これからも変わらない関係を続けてくれるはずだ。これが最善の手だったんだよ」

 

そう言って慰めてくれる響に、俺は自分が情けなくなって、涙を零してしまった。

 

「情けない……。俺は……唯一の男性提督だぞ……。そんな男が……うぅぅ……」

 

「司令官……」

 

響は俺を抱きしめると、優しく頭を撫でた。

情けなさと、響の慈愛。

そのどちらに泣いているのかも分からないほど、俺は泣き続けた。

 

 

 

閉園時間なのもあって、俺は響に慰められながら、公園を後にした。

 

「も、もう大丈夫だから……撫でるのをやめろ、響……」

 

抱きかかえられた響は、心配そうに俺を見つめていた。

 

「あー……本当、情けないところを見せてしまったな……」

 

「私は好きだよ。司令官のそういうところ。大人の男が情けなく泣く姿に母性をくすぐられるって、暁の持っていた雑誌に書いてあったし、その通りだと思ったよ」

 

暁の野郎、なんて雑誌を持って……。

 

「……司令官」

 

「なんだ?」

 

「さっちゃんさんに言っていたこと……本当なの……? お父さんが自殺したって……」

 

「……あぁ、本当だ。結婚を嫌悪しているってのもな……」

 

「……そっか」

 

響は身を寄せると、それ以上、何も言わなかった。

言わないで、いてくれた。

 

「……さて、飯でも食って帰るか。ハンバーグの美味い店、知っているんだ。すっごい高い店だけど、今日は頑張ってくれたしな」

 

「ハンバーグ……!」

 

「好きだろ? 肉汁たっぷりのハンバーグだぜ?」

 

「肉汁……! たっぷりの……!」

 

「よし! そうと決まれば、腹減らして行こうぜ? 店まで競争だ!」

 

下ろしてやると、響はよだれを垂らしながら走り出した。

 

「フッ……ありがとな……。響……」

 

「司令官、何しているの!? はやくはやく!」

 

「……おう!」

 

 

 

食事を済ませ、家に帰ると、さっちゃんの荷物は無くなっていて、一通だけ手紙が置かれていた。

 

「なんて書いてあったんだい?」

 

「世話になったお礼が、丁寧に書かれているよ」

 

こういうところ、お嬢様だよな……。

 

「ん、最後にもう一枚あるな……。追伸……?」

 

そこには、全て分かっていたのだというような事が書かれていた。

輝明の演技が下手だっただとか、あんな酷いことを平気で言えるほど修君は強い人間じゃないでしょ――というようなことまで――。

 

「全部、見抜かれていたって訳か……。流石はさっちゃんだ……」

 

そして、最後には――。

 

『――本当にありがとう、修君。私、幸せになるね。あ、それと、一つだけ言っておくね? 今回は修君の作戦にまんまと引っかかってあげたけど、それは修君の勝ちじゃないからね? 全部分かっていた、私の勝ちだからね!?』

 

最後のこれは、俺を慰める為に書いたのだろうな……。

本当、最後までさっちゃんらしいや……。

 

「司令官、本当に良かったの? この手紙を見るに、相当できた女性だったんじゃないの? それこそ、司令官と釣り合うくらいには」

 

「そうかもな……。でも、だからこそ、俺以外の人と幸せになるべきだ。輝明なら、きっと、それができるよ」

 

「あれだけ酷いこと言ったのに?」

 

「あぁ。あれだけ酷くても、だ」

 

そう言って、お互いに笑いあった。

 

「さて……風呂にでも入ろうかな。響、一緒に入るか?」

 

そう言ってやると、響は細い目を俺に向けた。

 

「なんだよ?」

 

「司令官のえっち……」

 

「はぁ? なんだよ急に……。何度も一緒に入っているだろ?」

 

「……私だって、もう立派な女性だから。それに、司令官は……なんというか……もう、恋というものを知ってしまったというか……子供じゃないというか……。だから……」

 

「何を言って……。いつも、お前から一緒に入りたいだのと騒いでいた癖に……」

 

響はフンと鼻を鳴らすと、そのまま一人で風呂場へ向かっていった。

 

「なんだあいつ……。まあいいか……」

 

俺はもう一度、さっちゃんからの手紙に目を向けた。

 

「これは残せないよな……」

 

持っていたマッチで、手紙を焼いた。

きっと、この手紙を残してしまったら、いつか、俺は――。

 

「グッド・バイ……さっちゃん……。グッド・バイ……俺の――」

 

『俺、大人になったら、さっちゃんと――!』

 

「フッ……」

 

手紙と共に、幼く淡い初恋が、消えていった。

 

 

 

 

 

 

あれから数日が経った。

俺は、今――。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「し、司令官……! しっかりするんだ……!」

 

「響……頼む……。本間診療所の……本間先生に……連絡……を……」

 

「司令官……? 司令官ー!」

 

 

 

 

 

 

――続く

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