グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦-   作:雨守学

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第4話

「恋人ができたぁ!?」

 

家政婦さんは、いつもの無表情を赤らめながら、小さく頷いた。

 

「それは……休暇の旅行中に……?」

 

「はい」

 

「はぁ……恋人……ねぇ……」

 

家政婦さん――氷雨零(ひさめれい)は、苗字に似合った氷のような女だ。

無表情で、無口で――それ故に、どこからも雇ってもらえずにいて――。

 

『仕事は完璧なのだがね』

 

戦時中に、空けた家の管理を任せてはどうかと紹介され、期間限定で雇ってみたのだが、これがまあよく出来た女で――開口一番の「私のことは『家政婦さん』とでもお呼びください」には度肝を抜かれた。

家に帰る頃にはすでにいないし、全ての家事は終わっているし――プライベートに干渉しない徹底ぶりが気に入り、戦後も、こうしてお世話になっていた。

 

「それで……その……大変申し上げにくいのですが……」

 

「この仕事を辞めたい、と?」

 

家政婦さんは、ためらいがちに頷いた。

 

「行き場のない私を拾っていただき、戦後も、こうして雇っていただいたのに……申し訳ございません……」

 

「何を謝ることがあろうか。むしろ、謝るのはこちらの方だ。永い間、長期休暇の一つもやれてなくて申し訳なかった……」

 

「そんな……! 長期休暇を拒んでいたのは私の方ですから……!」

 

「……しかし、君にここまで言わせるほど――君をそこまで変えてしまうほどに、相手は魅力的な人なのだろうね」

 

「……はい」

 

どこか嬉しそうな彼女に、俺は――。

 

「そうか……」

 

「代わりの者は、私が必ず見つけますので……!」

 

「いや、大丈夫だよ。君の代わりなんていないさ。それほどまでに、君は完璧だった」

 

「しかし……」

 

「零さん」

 

俺は、タンスにしまっておいた封筒を彼女に渡した。

 

「これは……」

 

「いつか、こんな日が来ると思ってね。退職金ってやつだよ」

 

「そ、そんな……。こんなにいただけません……!」

 

「いいんだ。その代わり、幸せになると約束してほしい。無論、いつでも戻ってきてくれて構わないのだけれども、ね」

 

そう言って笑って見せると、零さんは涙を流した。

 

「永きにわたり、私のような者を雇っていただき、ありがとうございました……。このご恩は一生忘れません……。そして、必ず、幸せになってみせます……」

 

「あぁ、きっとだよ」

 

泣きながら、初めて見せてくれた彼女の笑顔に、俺は――。

そんな、惜別の想いがあふれ出るように、俺は、別れの言葉を口にしていた。

 

「グッド・バイ……」

 

 

 

 

 

 

『グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦-』

 

 

 

 

 

 

「よし、忘れ物は無いか?」

 

「うん、大丈夫だよ。そんなことよりも、司令官、大丈夫?」

 

「なにがだ? 一人で寂しいんじゃないか、とでも?」

 

「そうじゃなくて……。新しい家政婦さん、まだ見つからないんでしょ? 仕事も忙しいだろうし……家事、大変なんじゃないかって……」

 

「心配すんな。たいしたことないよ。俺の心配よりも、自分を心配してろよ。学校、不安じゃないか?」

 

「大丈夫だよ。暁たちもいるらしいし」

 

復興が進んできたこともあり、艦娘の為の学校が開校された。

家政婦さんがいなくなった今、響の面倒を見られる奴もいなかったので、本当に助かる。

 

「たくさん学んでこい。弁当、お前が好きなものを詰めておいたからな」

 

「うん、ありがとう。司令官、無理だけはしないでね? 絶対だよ?」

 

「あぁ、分かってるって。ほら、行ってこい」

 

「絶対だからね?」

 

響は角を曲がる直前まで、心配そうに俺を見ていた。

 

「とは言ってみたものの……」

 

家政婦さんがいなくなってからの数日間、正直、本当にきつかった。

仕事のこともそうだが、入学のための手続きや、家事全般――なんでこの家はこんなにも広いんだよ――とにかく、休む暇がないのだ。

 

「ポーラの仕事も探してやらないといけないしな……」

 

あれから、ポーラとは会っていない。

ポーラから会いに来ることも無かったし、俺もなんとなく会いづらかった。

真鍋さんに頼み、様子を見てもらうようにしてはいるが……。

 

「顔を合わせないままではいられないよな……」

 

けど、ポーラはもう、俺には会いたくないと思っているのかもしれないしな……。

だとしたら、面倒を見るのは、俺でなくても――。

 

「はぁ……。クソ……」

 

ここ最近の疲れもあってか、なんだか体が重い気がする……。

気持ちが沈む感じもするし、眩暈も――。

 

「うぅ……なんだ……?」

 

視界が、靄に包まれてゆく。

気が付くと、何故か俺は座っていた。

 

「え……?」

 

貧血……?

いや、それにしては……。

幸い、今日は休みをもらっている。

 

「少し……休むか……」

 

やらなければいけないことはたくさんある。

しかし、少しくらいは……。

 

 

 

強い光に目が覚める。

 

「うぅ……」

 

時計の針は、お昼過ぎを指していた。

 

「クソ……寝すぎたか……」

 

なんか、寒いな……。

いや……。

 

「う、うぅぅぅ……。さ、寒すぎる……」

 

まさかと思い、体温計を咥えてみる。

 

「クソ……『ある』じゃねぇか……」

 

寒気と吐き気。

浅くなる呼吸。

 

「はぁ……はぁ……これ……ヤバいかも……」

 

体を起こし、薬を探す。

 

「確か……ここに……」

 

ようやく見つけた薬箱には、何も入っていなかった。

 

「クソ……」

 

もう一度、布団に戻る。

だが、全身が筋肉痛であるかのような痛みで、眠ることが出来ない。

発汗による不快感。

強くなるストレスと、吐き気。

悪寒。

体全体が、布団を越えて、畳に沈み込むかのような感覚があって――。

 

「ただいま。司令官?」

 

「響……」

 

そうか……。

今日は、お昼過ぎくらいに帰ってくる予定だったな……。

 

「司令官……? どうしたんだい? なんだか、苦しそうだけど……」

 

「あぁ……ちょっと……んぷっ……!」

 

響を見て安心したのか、その場で嘔吐してしまった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「し、司令官……! しっかりするんだ……!」

 

「響……頼む……。本間診療所の……本間先生に……連絡……を……」

 

「司令官……? 司令官ー!」

 

意識が遠くなる。

嗚呼、でも……なんだか……。

 

 

 

次に目を覚ました時には、辺りは真っ暗になっていた。

 

「ん……」

 

頭は氷嚢で冷やされており、近くには『本間診療所』と書かれた薬袋が置かれていた。

 

「響……呼んできてくれたのか……」

 

体を起こそうとした時であった。

 

「あ……」

 

声の方を振り返る。

そこには――。

 

「ポーラ……?」

 

「提督……」

 

ポーラは近づくと、俺の首筋に触れた。

 

「まだ熱いですね……。体、起こしてはダメです……。寝ていてください……」

 

「お前、どうしてここに……」

 

「響ちゃんから聞いたんです……。提督が、倒れたって……」

 

響が……。

 

「お水、飲んでください」

 

そう言って、吸い飲みを差し出すポーラ。

 

「いや、自分で飲むよ……」

 

「ダメです! じっとしていてください!」

 

「けど……」

 

「いいですから……!」

 

大人しく、ポーラに従う。

 

「……悪い」

 

「謝らないでください……。提督は悪くないですから……」

 

氷嚢を交換すると、ポーラは俺の手をそっと握った。

 

「響ちゃんから聞きました……。家政婦さんが辞めたって……」

 

「…………」

 

「本間先生は、過労だって言っていました……。提督……無理しすぎです……」

 

過労か……。

戦時中に比べたら、たいしたことはしていないはずなんだがな……。

 

「提督……ポーラ、自分でも何も出来ないって分かっています……。でも……」

 

ポーラは、泣きそうな目で、俺を見ていた。

 

「大変な時は……頼ってほしいです……。頼りなくても……ポーラ……精一杯頑張りますから……。一人で……抱え込まないでください……。提督の身に何かあったら……ポーラは……ポーラは……」

 

体が弱っているせいか――はたまた、この前の件があったせいか、俺は――。

 

「て、提督……!?」

 

「ポーラ……ごめん……。俺……俺は……うぅぅ……」

 

情けないほど、涙が溢れ出る。

この前、さんざん泣いたはずなのだがな……。

 

「提督……。泣かないでください……。提督が泣いたら……ポーラも……うぅぅ……」

 

二人して泣いた。

泣いている理由は違えど、きっと、その中心にあるのは――。

 

 

 

ひとしきり泣いた後、なんだか恥ずかしくなり、布団を深くかぶってしまった。

 

「提督、眠くなっちゃいましたか?」

 

同じように泣いていたはずなのに、ポーラは優しく語りかけていた。

お前も恥ずかしがれよ、クソ……。

 

「……ポーラ、そろそろ帰りますね。何かあったら、また言ってくださいね?」

 

「もう帰るのか……?」

 

「もう遅いですし……。長居しては、迷惑ですから……」

 

ポーラは弱弱しく微笑むと、立ち上がった。

 

「……ポーラ」

 

「なんですか?」

 

「新しい仕事……見つかったのか……?」

 

少し躊躇った後、ポーラは答えた。

 

「……もう少しで見つかりそうです。今、マナベさんに頼んで、隣町のあたりで仕事を探してもらっているんです」

 

隣町……。

しかし、それだと……。

 

「ポーラのことは心配しないでください。マナベさんに良くしてもらっていますから。提督ははしっかり休んで、早く元気になってください。響ちゃん、とっても心配していましたから」

 

…………。

 

「では……」

 

「ポーラ」

 

「はい?」

 

「……もし良かったらなんだが、この家で、家事を――」

「――提督」

 

ポーラは再び近づくと、そっと、俺の頭を撫でた。

 

「今の提督は、ポーラに涙を見せちゃうほど弱っています。ハンダンリョク? が低下しているはずですから、あまり変なことを言ってはダメですよぉ」

 

そう微笑むポーラは、どこか――。

 

「……そうだな。悪い……」

 

「……じゃあ、もう行きますね。オダイジニ、です」

 

ポーラが去ってからしばらくして、響が部屋へと入ってきた。

 

「司令官……」

 

「響……。悪いな……。心配かけてしまって……。あと、本間先生を呼んできてくれて、ありがとう」

 

「ううん……。体調良さそうで良かったよ……」

 

響は近くに座ると、心配そうに俺を見つめていた。

 

「学校、どうだった?」

 

「楽しかったよ。挨拶と学校案内だけで、授業は来週からって事になったんだ。来週からは、給食も出るらしいんだ」

 

「そうか。それは良かったな」

 

「うん」

 

永い沈黙が続く。

 

「……司令官」

 

「ん?」

 

「怒らないの……? ポーラを連れてきたこと……」

 

「怒る? どうして?」

 

「だって……」

 

響は俯いてしまった。

 

「……言いたいことは分かる。でも、怒る訳ないだろ。別に、ポーラに会いたくないってことではないしな……」

 

「それでも……」

 

響は目を瞑ると、申し訳なさそうに言った。

 

「さっきの……ポーラとの会話……聴いてしまったんだ……」

 

「…………」

 

「辛い思いを……させちゃったかなって……」

 

「……そんなことないさ。むしろ、ポーラを連れてきてくれて、ありがとう。こういう機会がなければ、俺は、ポーラと話すことが出来なかったかもしれないから」

 

頭をなでてやると、響はそっと、俺に寄り添った。

 

「そうか……。会話、聴いていたのか……」

 

「うん……。ごめんね……」

 

「いや……。一つだけ、訊いていいか?」

 

「うん……」

 

「帰り際……俺があいつに提案しようとしたことについて……どう思った……?」

 

「どう……というのは……?」

 

「あいつを……傷つけてしまったのではないかと思ってな……」

 

響は――。

 

「……司令官が、そんなことを言えるようになるとはね」

 

「え?」

 

「うん……。正直、私も、そう思ったよ……。ポーラを傷つける提案だったって……」

 

やはり、そうか……。

 

「ポーラは、司令官に恋をしている。でも、司令官は、ポーラを受け入れるつもりはないのだと、間接的にポーラへ伝えた。ポーラは、そんな司令官を尊重して、多く関わらないよう配慮してくれていたのに……。まるで、同情するかのように、そんな提案をするなんてね……」

 

「……怒らないのか? そのことに関して……」

 

「私は司令官の味方だから……。それに、ポーラをここに呼んだ事だって、ポーラにとっては……」

 

自分にも非があると思っているのか……。

 

「……悪い。そんな顔をさせるつもりはなかったんだ……」

 

「ううん……。いいんだ……」

 

響は微笑むと、俺の頭をそっと撫でた。

 

「でもね、司令官……。家政婦さんがいなくなった今、やっぱり、ポーラをこの家に呼ぶべきだと、私は思うんだ……」

 

「え……? けど、それは……」

 

「分かっているよ……。だから、ポーラが傷つかないようにすればいいと思うんだ。本当は、司令官がポーラを恋人として受け入れるのが一番いいんだけど……。そうは出来ないのなら……」

 

響は少し躊躇った後、決意した表情で言った。

 

「正直に、全て話したらどうかな……? この前のこと――間接的に伝えてしまったことも含めて、全部……」

 

「ど、どうしてだ……? つーか、それができるのなら……」

 

「うん……。でも、それは、伝えたらどうなるか分からなかったからでしょ? ポーラが泣いたり、傷ついたりするんじゃないかって思ったからでしょ? 司令官の元を離れてしまうかもしれないって……」

 

「…………」

 

「でも……ポーラはこうして来てくれたじゃないか……。傷ついたかもしれないけど……それでも、司令官に向き合おうとしてくれたじゃないか……。司令官は、それに応えなくていいの……? 司令官も、向き合う必要があるんじゃないの……!?」

 

響は、ぽろぽろと涙を流していた。

俺の味方をしたい気持ち――それに反する言葉に、耐えられなくなったのだろう。

 

「響……」

 

俺は起き上がり、響を抱きしめた。

 

「ごめん……。そうだよな……。誰よりもポーラを想っていたのは――あの日、傷ついていた姿を見ていたのは、お前だもんな……」

 

「うぅぅ……」

 

俺は、本当に……。

 

「……分かった。俺も、向き合うことにするよ……。ありがとう、響……」

 

「司令官……。ごめんなさい……。辛い思いを……させてしまって……」

 

「馬鹿……。こっちの台詞だよ……。不安にさせてごめんな……。もう、大丈夫だ……」

 

響は、しばらく泣いていたが、泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまっていた。

 

「…………」

 

こんな子供に気を遣わせるほど、俺は――。

 

 

 

翌朝、本間先生が訪ねてきてくれた。

 

「うん。熱は下がっているね。薬が効いたみたいだ」

 

「ありがとうございます」

 

本間先生には、昔からお世話になっている。

先生の処方する薬を飲むと、一日もかからずに治るパターンが多いんだよな……。

他の医者ではこうもいかないし、本当、何者なんだこの人は……。

 

「薬箱にも、薬を補充しておいたよ。これからは、定期的に薬箱のチェックをするようにね」

 

「すみません」

 

「それで? この後は海軍本部へ行きたいと?」

 

「はい」

 

「そうか……。本当は、まだ安静にしてほしいのだがね……」

 

「見逃してくださいよ。いつもより、多めに包んだんですから」

 

本間先生はニヤリと笑うと、親指と人差し指を擦るジェスチャーを見せた。

 

「たかり屋が……」

 

さらに多く握らせると、本間先生は一枚一枚丁寧に数えたあと、外出の許可をくれた。

 

 

 

響を暁の家に預け、海軍本部へと向かう。

 

「真鍋さん」

 

「雨海提督……!? 倒れたとお聞きしましたが……!?」

 

「心配かけたね。けど、一日休んだら良くなったから、もう大丈夫だよ」

 

「い、一日で……!? 倒れるほどだったのにですか!?」

 

まあ、普通はそう思うよな……。

俺自身、なんで一日で復帰できたんだって思っているし……。

 

「そんな事より、ポーラはいるかい?」

 

「あ、はい。今、お手洗いに……」

 

「提督……?」

 

丁度帰ってきたのか、ポーラは唖然とした表情で、俺を見ていた。

 

「ポーラ、ちょっと話が――」

「――何しているんですか……!?」

 

ポーラは駆け寄ると、俺の額に手をあてた。

 

「ポーラ……?」

 

「どうして来たんですか……!? まだ、体調良くなっていないはずです……!」

 

「いや、もう熱は……」

 

「熱がなくても、寝ていなくちゃダメです……! また……倒れちゃいますよ……!」

 

本気で心配しているのか、ポーラは怒りと悲しみの表情を見せていた。

 

「……悪い。でも、どうしても、お前に話しておきたいことがあったんだ。出来れば、二人で話がしたい……。真鍋さん、いいかな?」

 

「あ、はい……。じゃあ、あの……私、外に出ていましょうか……?」

 

「いや、僕たちが出ていくよ。ポーラ、行くぞ」

 

俺は、ポーラの手を引いた。

 

「え、わ……! 提督ぅ!?」

 

 

 

本部近くにある喫茶店。

戦時中の賑やかさに比べ、現在は閑散としていた。

 

「好きなもの頼め。ケーキでも何でもいいぞ」

 

「は、はい……」

 

ポーラはレモンスカッシュだけ注文すると、おずおずと俺を見た。

 

「どうした?」

 

「いえ……その……ポーラ、何かやっちゃったかなって思ってぇ……」

 

「あ?」

 

「戦時中も、こういうことあったじゃないですかぁ……。ほら、ポーラが作戦前夜にお酒を飲んじゃって出撃できなかった時も、こうして呼ばれて……。ものすっごく優しく説教されてぇ……」

 

説教されると思っていたのか……。

つーか……。

 

「なんだよ? 心当たりでもあるのか?」

 

「え……。ソウイウワケジャナイデスケド……」

 

目を逸らすポーラ。

こりゃ、何かあるな……。

まあ、今は、そんなことはどうでもいい……。

 

「……その事については後で問い詰めるとして、話ってのは、ほかにある」

 

「そ、そうなんですか……? なんだぁ……。良かったぁ……」

 

心底ほっとしているところを見るに、よっぽどな事をやらかしているらしいな、コイツ……。

……まあいい。

 

「まずは、改めてお礼を言わせてほしい。昨日、看病に来てくれて、どうもありがとう」

 

「い、いえ! 別に……。むしろ、迷惑じゃなかったですか……?」

 

「そんなことないよ。響も、お前が来てくれて安心したみたいだし、本当に助かったよ」

 

「え、えへへ……。なら、良かったです」

 

俺は、運ばれてきたアイスコーヒーを口にした。

言わなきゃだよな……。

 

「……ポーラ」

 

「はい?」

 

「お前に、謝らなきゃいけないことがある……。けど、その前に確認させてほしい……」

 

ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ポーラは真剣な表情で俺に向き合った。

 

「はい……」

 

「お前、俺の事が好きなのか……?」

 

「え……」

 

「もちろん、異性としてだ」

 

ポーラはしばらく固まっていたが、レモンスカッシュを一口飲み、にへらと笑った。

 

「何を言っているんですか~。そんなこと、アリエマセンよ~」

 

「本当か……?」

 

「ホントですよ~。確かに、提督のことは好きですよ? でも、そういう好きではないですよ~?」

 

「ポーラ」

 

「はい~?」

 

「あの日――さっちゃんと俺がデートした日、お前も聴いていたんだろ? 俺が、異性というものをどう思っているのかという話を……」

 

ポーラは――。

 

「あの日、あの場所にお前を呼んだのは、響ではない……。俺なんだ……。俺が、響に頼み、お前をあの場所へ連れ出したんだ」

 

「……どういうことですか?」

 

俺は、全てをポーラに話してやった。

ポーラの気持ちに気付いていること――恋人になれないことを伝えるために、呼び出したこと――それら全てを――。

 

「そう……だったんですね……」

 

「悪かった……。あの時の俺は――いや、今も同じだが――お前が傷つく姿を見たくなかったんだ……」

 

「……だったら、黙っていればよかったじゃないですか。どうして……」

 

「それは……」

 

立ち止まるな。

嫌われてもいい。

今までだって、そうしてきただろう。

ポーラだって、女なんだぞ。

そうやって生きてきたはずだし、これからだって――。

 

「女……か……」

 

「提督……?」

 

そうか。

そうだよな。

 

「ポーラ」

 

「は、はい……」

 

「仕事がないのなら、うちで家政婦をしてくれないか?」

 

「え……?」

 

そうさ。

ポーラだって――。

 

「お前にとっても、都合はいいよな? 俺のことが好きなんだし」

 

ポーラが女であるのなら、今まで通りやれるだろ。

そうだよ。

何を躊躇う必要があろうか。

そもそも、いいんだよ。

嫌われても。

むしろ、ソッチでいいはずだろう。

ポーラが俺を嫌い、担当を外れることになれば、仕事が楽になって、家政婦さんもいらなくなって――。

 

「提督……」

 

「なんだ? 給料だってたんまり出してやるぞ。何か不満でもあるか?」

 

ポーラは悲しそうな表情で微笑むと、優しい声で言った。

 

「無理……しなくていいですよ……。心配しなくても、ポーラは提督を嫌いにはなりませんから……」

 

「え……」

 

「提督は、そんな酷い人じゃないって、ポーラ、分かっていますから..……」

 

ポーラはそっと、俺の手を取った。

 

「ポーラ……」

 

嗚呼……そうか……。

 

「また……逃げようとしてしまったのか……俺は……」

 

俺は……何をしているんだ……。

 

『……だったら、黙っていればよかったじゃないですか。どうして……』

 

どうして俺は、ポーラに向き合おうとしたんだ……?

 

『司令官は、それに応えなくていいの……? 司令官も、向き合う必要があるんじゃないの……!?』

 

響の為……?

 

『本当は、まだ安静にしてほしいのだがね……』

 

過労で倒れない為……?

 

『心配しなくても、ポーラは提督を嫌いにはなりませんから……』

 

何を【恐れている】?

 

『ポーラが俺を嫌い、担当を外れることになれば、仕事が楽になって、家政婦さんもいらなくなって――』

 

それでいいのなら、ハッキリと伝え、二度と会わなければいいだけで――。

 

「提督……」

 

どうして、俺は……。

 

『俺は、ポーラと一緒にいることを、悪いと思っていないのか……』

 

『いい方向に向かうことを願っているよ』

 

「…………」

 

そうか――。

 

「……ポーラ」

 

「は、はい」

 

「ごめん……。お前の気持ちから、逃げてしまった……」

 

「…………」

 

「ちゃんと、言うよ」

 

俺は背筋を伸ばし、まっすぐポーラを見つめた。

 

「お前の気持ちは嬉しいけど、恋人になることはできない……」

 

ポーラは――。

 

「ごめん……」

 

……痛い。

似たような経験は、したはずなのに――。

けど、それでも――。

 

「…………」

 

――目をそらしては、いけない。

永い永い、沈黙があっても。

逃げてしまいたい、気持ちがあっても。

目をそらしては、いけない。

見なければ、ならない――

 

「――……」

 

彼女の頬をつたう、涙の行く末を――。

 

「ポーラ……」

 

「ご……めんなさい……。泣かないって……っ……決めたん……です……。泣いちゃ……ダメ……だって……」

 

大粒の涙が、テーブルを叩く。

 

「……それは、俺を傷つけない為か?」

 

ポーラは答えず、ただ涙を拭うだけであった。

 

「どこまでも……優しい奴だな……。お前は……」

 

否定するポーラの手を、そっと握る。

 

「…………」

 

本当は、分かっているんだ。

でも、分かってはいけないんだ。

この手を離す為に、たくさんの『理由』をつくることはできる。

でも、ポーラ相手には、どれも選びたくはない。

選びたくないからこそ、分かってはいけないんだ。

ただただ、理由なく、進むしかないのだ。

 

「ここからは……提督として、お前に話がある……」

 

「は……い……」

 

「知っての通り、うちの家政婦が辞めてしまった。新しい家政婦は、響と仲良くできる人がいいと思っている。お前が最適だ。響も、そう言っている。うちで、家政婦をやらないか?」

 

ポーラは――。

 

「分かっている……。だからこそ、俺の気持ちを伝えたんだ……。断ってくれてもいい……。嫌いにならないと言ってはくれたが……撤回しても、俺は恨まない……。今まで通り、お前を支援するし、顔を合わせたくないのなら、近づくことはしないよ……」

 

それでも――。

 

「…………」

 

そうだ。

だから俺は、俺の気持ちをポーラに伝えたんだ。

響の為でもなければ、過労を心配する為でも――何かを恐れている為でもない。

 

「それでも――」

 

俺は、ただ――。

 

「――俺は、お前と居たいと思っている。お前に、来てほしいと思っている。お前と共に、この先も――……」

 

ポーラは――。

 

「……それが愛の告白じゃないのなら……提督は……どうやって愛を伝えるというのですか?」

 

あまりにも純粋な質問に、俺は思わず笑ってしまった。

 

「フッ……確かにそうだな……。予定はないが、自分の首を絞めてしまったかもな」

 

「そういうところですよ。安い言葉ばかり言っているから、艦娘から嫌われるんです」

 

「だが、お前には好かれただろう?」

 

「当たり前です。だって、ポーラにかけてくれる言葉は、安くなんかありませんから。全部全部、本物ですから」

 

微笑むポーラ。

確かに、そうだな……。

本人には、言えないけれど。

 

「……分かりました。家政婦のお話、お受けいたします。フツツカモノですが、よろしくお願いいたします。提督」

 

「……ああ。よろしくな、ポーラ」

 

「えへへ」

 

目を腫らし、微笑む彼女の笑顔に、俺は――。

 

 

 

事情を説明すると、真鍋さんはほっとしていた。

 

「すまなかったね。せっかく、仕事を探してくれていたのに」

 

「いえ! 正直、ほっとしています。隣町まで求人をかけたのですが、何故か門前払いだったので……」

 

まさかとは思うが、隣町まで悪評が広がっているのか……?

先ほどの『説教される心当たり』は、もしかして……。

 

「マナベさん、お世話になりました」

 

「いいえ。けど、羨ましいです……。私も、雨海提督のメイドになりたい……」

 

目をハートにする真鍋さんに、ポーラは若干引いていた。

 

「……それで、今後のことなのだけれど、ポーラが今住んでいるアパートの解約手続きをお願いしたいのだが」

 

「「え!?」」

 

何故か、驚く二人。

 

「ど、どういうことでしょうか……!?」

 

「て、提督ぅ……!?」

 

「え、なんだその反応……。だって、必要ないだろ、もう……」

 

「え……?」

 

「へ……?」

 

唖然としている二人を見て、ハッとした。

 

「あ、あぁ……! そうか……! すまん……。いや、その……住み込みの家政婦を頼んだつもりなんだが……」

 

そういや、言っていなかったな……。

いや、つーか、零さんと同じ、通いの家政婦であることを想定していなかった。

うわ……。

なんか、凄く恥ずかしい……。

これじゃあ、まるで……。

 

「い、いや……! 忘れてくれ……! そうだよな。普通は、通いだよな……。前の家政婦さんもそうだったし……。病み上がりで、判断力がおかしくなっていたよ……。ハハハ……」

 

クソ……死にてぇ……。

こんなこと言ってしまったら、きっと、ポーラは――。

 

『そんなにポーラと居たかったんですかぁ~?』

 

とか言って、ニヤニヤしてくるに違いない……。

俺は、恐る恐るポーラに目を向けた。

ポーラは……。

 

「あ……えぁ……あぅ……」

 

顔を真っ赤にして、あたふたしていた。

 

「ポ、ポーラさん……?」

 

「あ、あにょ……そにょ……い、いいんです……か……? 一緒に……暮らしても……」

 

「あ、あぁ……。お前さえ……良ければだけど……」

 

ポーラは両手で自分の頬を包むと、ふにゃっとした笑顔を見せた。

 

「嬉しい、です……えへ……。とっても、嬉しいです……。えへ……えへへへへ……」

 

初めて見るタイプの笑顔に、思わずドキッとしてしまう。

 

「あ……えっと……そ、そうか……。そりゃ、良かった……。じゃあ、真鍋さん。手続き、お願いしてもいいかな?」

 

「え、あ、はい……。えっと……いつからですか?」

 

「できれば――」

「――早めでお願いしましゅ!」

 

ポーラは目をキラキラさせながら、前のめりで真鍋さんに近づいた。

 

「わ、分かりました……。では、すぐに……」

 

真鍋さんが去ると、ポーラは俺をじっと見つめた。

 

「提督……」

 

「な、なんだ?」

 

「提督……提督提督提督ぅ!」

 

「おわっ!?」

 

ポーラは抱きつくと、俺の胸に頭をこすりつけた。

 

「えへ、えへへへへへ! 提督ぅ!」

 

「お前……そんなに嬉しいのかよ?」

 

「嬉しいですよ! だって……提督の家政婦さんになれるだけじゃなくて、一緒に住めるだなんて!」

 

満面の笑みを見せるポーラ。

そういや、一緒に住みたがっていたもんな。

 

「でも提督ぅ、そんなにポーラと居たかったんですかぁ~? 寂しかったんですかぁ~?」

 

「……調子に乗るなよ。住み込みの方が効率いいと思っただけで、一緒に居たいとかではないからな……」

 

「でも、さっきは言っていたじゃないですか。『俺は、お前と居たいと思っている』キリッ! って!」

 

コイツ……。

 

「……やっぱり、この話はナシだ! 真鍋さ~ん」

 

「あっあっあっ! ゴメンナサイ! ウソです! 言ってないです! コウリツがいいだけです!」

 

俺は、細い目でポーラを見た。

本気で焦っているポーラに、思わず噴き出してしまった。

 

「冗談だよ。確かに、言ったよな。うん……。お前と、一緒に居たかったんだ。効率がいいのも事実だが、それが一番の理由だったんだろうな」

 

そう言ってやると、ポーラは頬を膨らませ、何やら怒っていた。

 

「ズルいですよ……。どうして、もっと好きになるようなことを言っちゃうんですか……。コイビトにもしてくれないのに……」

 

「俺はずっと、女にそうしてきたからな。だからさ」

 

ポーラは少し考えた後、驚いた表情を見せた。

 

「そ、それって!」

 

「さて、お前の家に行くぞ。引っ越しの準備、しなくちゃだしな」

 

「ま、待ってくださいよぉ! 今のってぇ!」

 

 

 

すぐにでもうちに来たいのだというポーラを何とか引き離し、響を迎えに行った。

 

「ありがとうございました」

 

「いえ、また遊びにいらしてください」

 

「じゃあね、響!」

 

「うん」

 

暁とその家族は、俺たちの姿が見えなくなるまで、手を振り、見送ってくれた。

 

「暁のところの家族、いい人たちだったな」

 

「うん。暁も幸せそうで良かったよ」

 

響は手をつなぐと、ソワソワし始めた。

 

「心配しなくても、ちゃんとポーラに向き合ったよ。来週あたりから、住み込みで家政婦をやってくれることになった」

 

「Xорошо! 本当に!?」

 

「あぁ。お前のアドバイス通り、全部話したんだ。泣かれはしたが、まあ、上手いこと宥めることが出来た。ありがとな、響」

 

頭を撫でてやると、響は満面の笑みを見せた。

 

「さて……家に帰ったら、片付けだ。ポーラの為に、部屋を空けないといけないからな。手伝ってくれるか?」

 

「うん!」

 

「よし! その前に、腹ごしらえでもするか! ちょっと奮発して、いい肉を食いに、行くぞー!」

 

「Ypaaaaaaa!」

 

 

 

数日後。

ポーラがやってきたぞっ!

 

「お世話になりま……わっ!」

 

響が放った巨大クラッカーに、ポーラは驚愕と歓喜の表情を見せていた。

 

「ようこそ、ポーラ」

 

「提督……響ちゃん……。はい! よろしくお願いいたします!」

 

「ポーラ、来て。ポーラの部屋、用意したんだ」

 

「わわ! ちょっと待ってくださいよ~!」

 

響は、荷解きも済んでいないポーラの手を取り、部屋を案内し始めた。

 

「はしゃぎ過ぎだろ、あいつ……」

 

と、言いつつも、クラッカーを用意したのは――。

 

「フッ……」

 

ポーラの荷物を持って、響たちの跡を追った。

 

 

 

一通りの説明を受け、荷ほどきも済ませたのか、ポーラが居間へやってきた。

 

「響はどうした?」

 

「暁ちゃんの家に遊びに行きました。提督と二人っきりの方がいいでしょーって。気を遣われちゃいました」

 

あいつ……余計なことを……。

 

「提督、座ってもいいですか?」

 

「あぁ。ここはもうお前の家だ。好きにしろ」

 

そう言ってやると、ポーラはわざわざ俺の隣に座った。

 

「おい」

 

「ポーラの好きにしました。ダメですか?」

 

ポーラはじっと、俺を見つめていた。

 

「……ダメだ」

 

「なんでですかー!? 好きにしていいって言ったのは、提督ですよー!?」

 

「だからって隣に来る奴があるか……。つーか、忘れてないだろうな? お前は家政婦なんだぞ? お前は雇われの身で、俺はその雇用主だ」

 

「だからなんだっていうんですか?」

 

「弁えろって話だ! 言うなれば、社長と社員。王と家来。提督と艦娘だ」

 

「でも、ポーラと提督は『ポーラとオサムくん』ですよ? それ以上でもそれ以下でも無いです」

 

うーむ、真理だ……。

って……。

 

「……今は雇用主と家政婦だろう。いいか? お前が嫌いだから言っているんじゃない。将来、お前が働きに出ることになったら、上下関係ってのは大事だってことを分かってほしいんだよ。今までの働き口では、そういうのは関係なかったのかもしれんが、今後はそうもいかないんだ」

 

ポーラはムスッとすると、唇を尖らせ、言った。

 

「じゃあ……キュウケイ時間はどうですか? キュウケイ時間は、ロウドウにはなりませんから、何をしても自由ですよね……?」

 

どこで覚えたんだよ、そんな屁理屈……。

 

「そうかも知れないが……。じゃあ、なんだ? お前が社員だったら、休憩時間に社長にベッタリするってのか?」

 

「しません。でも、それが提督だったら、します」

 

「なんじゃそりゃ……」

 

「それとも……イヤ……ですか……? ポーラに……くっ付かれるの……」

 

ポーラは俯くと、悲しそうな顔を見せた。

クソ……。

 

「……嫌じゃないよ」

 

「ホント? じゃあいいですよね! えへへ」

 

ポーラは俺の腕に抱きつくと、ニコニコと笑顔を見せていた。

 

「お前……本当……」

 

それでも振り払わない俺に、ポーラはご満悦であった。

 

 

 

家ではベタベタし過ぎると思い、買い物と銘打って外へ連れ出した。

 

「んー……もっとお家でイチャイチャしたかったです……」

 

「お前な……。仮にアレが休憩時間だったとして、休み過ぎだと思わないのか?」

 

「好きな人といると、時間を忘れちゃうんですよー。提督だってぇ……マンザラでもなさそうでしたよー? えへへ~」

 

本当、コイツは……。

 

「それで、何を買うんですか? 何か足りない物、ありましたっけ?」

 

「足りない物だらけだ。まず、引っ越すのに、どうしてあんなに物が少なかったんだよ? 家具はいいとしても、私物が少なすぎやしないか?」

 

「あー……。提督、女の人を呼ぶ準備があるって言っていたので、それを使えばいいかなーって……」

 

「はぁ? お前、他人が着た寝巻きもまともに着られないくらいには潔癖なんだろ? 無理だろ、だったら……」

 

「ケッペキじゃないです! あれは……ただ……提督のコイビトの物だったらヤダなと思っただけで……。その……ただのシットみたいな感じで……」

 

嫉妬……。

 

「そもそも、ポーラのお家を見たら、ケッペキじゃないのは分かるはずです!」

 

まあ、そらそうか……。

ポーラはムッとした顔を見せると、俺に寄り添った。

 

「提督は……カンチガイばかりです……。ポーラは、あんなにたくさんアピールしていたのに……。提督のこと……大好きで……たくさん……」

 

言っていて恥ずかしくなったのか、ポーラは顔を赤くして、俯いてしまった。

 

「……そうかい。どうでもいいけど、そろそろ離れろよ。街の連中が、不思議そうに見ているぞ……」

 

「別に、いいじゃないですか。提督、ケッコンしたくないんですよね? だったら、見せつければいいですよ。提督には、こーんなにビジンなコイビトがいるんだーって」

 

「美人って……自分で言うか?」

 

「ポーラ、知っています。タバコ屋さんの時も、お菓子屋さんの時も、ビジンがいるお店って言われていたこと。ポーラ、ビジンですよ? 提督も、それが分かっているから、ポーラの写真をたくさん送ったんですよね?」

 

その通りだが……。

 

「これからは、ホントに一緒に住む事が出来ているんですから、セッキョクテキにアピールしていくべきですよー」

 

一理ある、が……。

 

「……いや、だとしても、今は見せつける対象がいないんだから、くっ付く必要はねぇ!」

 

引き離すと、ポーラはどこで覚えたのか「よよよ……」と泣き真似をして見せた。

 

 

 

ひとしきり物を買った後、マーブルの店を訪ねた。

 

「マーブル」

 

店に入ると、何故か商品は少なくなっていて、棚もいくつか無くなっていた。

 

「あら、いらっしゃい」

 

「この有り様はどうした? 最近、店を空けているとは思っていたが……」

 

「ちょっとね。今日はどうしたの?」

 

キョウハドウシタノ?

 

「おい、冗談はいいから、ポーラの生活に必要な物をだな……」

 

「ポーラちゃんの? どんなのがお望みなのかしら?」

 

怪訝そうな顔を見せる俺に、マーブルは寂しそうに微笑んで見せた。

 

 

 

ポーラが商品を探している間、マーブルに事情を話した。

 

「そう。ポーラちゃんと住むことにしたのね」

 

「まあ、家政婦として、だがな……。そんなことよりも、どうした? 知っていたんじゃないのか? いつもの不思議な力で」

 

「それがね『見えなくなっちゃった』のよ」

 

「見えなくなった?」

 

「貴方が店に来た日……貴方は私に言ったでしょう?『間武瑠を許してやれ』って……」

 

『間武瑠を許してやれよ、マーブル……。それが出来ないのなら、俺がお前を許してやる……』

 

「……あぁ」

 

「あの後、かつての『戦場』へ行ったの……。『間武瑠』を許す為にね……」

 

だから、ここ最近、店を空けていたのか……。

 

「かつての戦場は、一つの村になっていたわ。村の中心には、慰霊碑が建てられていて、日本人の名前――私の戦友の名も、刻まれていたわ……。変な話よね……。敵兵の名を刻むだなんて……。戦争の記憶も、まだ――」

 

「…………」

 

「村の皆は、私がかつての敵兵だと知っても、優しく受け入れてくれたわ……。戦争で子を亡くした者、夫を殺された者――私が殺したかもしれないのに、彼らは――」

 

マーブルは写真立てを手にすると、涙を流した。

 

「毎晩、夢を見ていた……。戦友が亡くなった夢を……。そして……生き残った『間武瑠』が、のうのうと、幸せそうに生きている『未来』の夢を……。けど、彼らに会って――『間武瑠』を許せるようになってからは、夢を見ることは無くなったの……」

 

それで、力が……。

いや、そんな事よりも……。

 

「本当のお別れが、出来たんだな……」

 

マーブルは頷くと、涙を拭った。

 

「私ね……向こうに移り住むことに決めたの……」

 

「向こう……ってのは?」

 

「かつての戦場に、よ……。戦争から結構経っているけれど、まだまだ戦争の爪痕が残っているの……。私に何ができるか分からないけれど、少しでも、力になりたいのよ……」

 

マーブルは拳を握りしめると、辛そうな表情で言った。

 

「罪が消えることは無いわ……。間武瑠を許したと言っても、それは、罪に向き合う覚悟ができたというだけの話……。私は私を許せない……。だからこそ、背負い続けなければならないと思ったの……」

 

「マーブル……」

 

マーブルは、遠くであれこれ悩んでいるポーラを見た。

 

「艦娘が嫌いだった……。人間同士の戦争の前に、彼女たちが現れてくれていたらって……。そうしたらきっと、私は、人を殺さずに済んだのにって……」

 

深海棲艦の存在が、人間同士の戦争を終わらせた。

マーブルの言うように、もっと早くに深海棲艦が現れていれば――。

 

「けど、結局、軍人という道を選んだのは私だもの……。逆恨みもいいところよね……」

 

マーブルは、もう一度、ポーラを見た。

 

「ポーラちゃん、悩む必要はないわ。タダにしてあげるから、全部持っていきなさい」

 

「え、いいんですか!?」

 

「えぇ! どうせ、今日でお店をたたむつもりだったから!」

 

「ありがとうございます! じゃあ、これもぉ……これも!」

 

「マーブル……」

 

マーブルはそっと、小箱を俺に渡した。

 

「これは……?」

 

「とびっきりの商品よ。然るべき時に、開けなさい」

 

「然るべき時ってのは?」

 

「その時になったら、きっと分かるはずだわ。これが、貴方に出来る、最後のアドバイスよ」

 

最後の……。

 

「私、感謝しているのよ。貴方に会えて、私は私に向き合うことが出来た。貴方が私を許してくれたから、私は私で在れた。ありがとう……雨海君……」

 

マーブル……。

 

「感謝するのは、俺の方だ。お前のお陰で、俺も前に進めた。そして……」

 

俺は、ポーラを見た。

 

「そっか……」

 

「……寂しくなるよ」

 

「それは、口説き文句かしら?」

 

「そう受け取ってもらっていい」

 

「んふ、貴方らしいわね」

 

微笑むマーブルの横顔は、あまりにも女性らしくて――。

 

「提督ぅ! これで全部です!」

 

「おー、随分欲張ったな」

 

「ホントは、もっと欲しいもの、たくさんあったんですけど……。イヤシイ女は嫌われるみたいなので、やめておきました!」

 

「まあ」

 

どこで覚えたんだよ、そんなの……。

 

「分かった分かった……。じゃあ、車に詰めてこい。マーブルにお礼、言うんだぞ」

 

「あ、はい! マーブルさん、ありがとうございます!」

 

「いいのよぉ」

 

ポーラを先に行かせ、俺はマーブルに向き合った。

 

「もう、戻らないのか?」

 

「えぇ。向こうで、戦友と同じお墓に入るわ。復興が進んだら、向こうでお店を開くつもりよ」

 

「そうか……」

 

俺はもう一度、マーブルを見た。

もう二度と会うことがないと思うと、なんだか……。

 

「そんなに見つめないでぇん! 私、貴方の顔が好みなのよ? 惚れちゃうじゃない!」

 

それは、マーブルなりの気遣いであった。

そんな彼女に、俺は――。

 

「グッド・バイ……」

 

マーブルがその『意味』を知らないはずもなく、小さい声で「いじわるね……」と言うだけであった。

 

 

 

帰りの車内は、やけに静かであった。

 

「どうした? さっきから、大人しいじゃないか」

 

「うーん……だって、提督、なんだか寂しそうにしていますから……。そういう時の提督は、話しかけてほしくない時だって、ザラ姉さまが言っていました……」

 

なるほど……。

気を遣われたって訳か……。

 

「流石はザラだ。秘書艦なだけあるぜ」

 

「……ポーラだって、見抜きました。提督のこと、ちゃーんと見てましたよ……?」

 

「フッ、そうだな」

 

ポーラは頬を膨らませると、そっぽを向いてしまった。

 

「なんだ、慰めてくれないのかよ?」

 

「慰めてほしいんですか……?」

 

「あぁ。俺は、お前に元気でいてほしいと思っているよ」

 

その言葉の意味を、ポーラは理解したのであろう。

耳を真っ赤にさせていた。

 

「家政婦を口説くのは、良くないと思いますケド……」

 

「それで得をするのなら、どんな言葉でもかけてやるさ。それが俺ってもんだ」

 

「ヤな男ですね……」

 

「そんな男に惚れた女が、ここにいるぜ?」

 

そう言って、膨らんだ頬を突いてやる。

 

「むぅ! 提督なんてキライです! せっかく慰めてあげようと思ったのにー!」

 

「フッ」

 

十分、元気出たよ。

 

 

 

家に着き、荷物を降ろす。

 

「だからぁ……ホントにキライだって言ったわけじゃないんですぅ……。提督ぅ……ポーラのこと……キライにならないでくださいぃ……うぇぇぇん……」

 

「分かったから! いいから、荷物を運べ、馬鹿!」

 

ポストを確認すると、大量の手紙が入っていた。

 

「うわ……マジかよ……」

 

「どうしました? およ? これって……ラブレターですか?」

 

いつもは海軍本部に届く大量のラブレターが、何故か自宅のポストに入っている……。

宛先も、本部ではなく、自宅になっている……。

 

「住所がバレた……というのもあるのだろうが、返信が無いことに痺れを切らした連中が、直接自宅に送ってきた……ということなのかもな……」

 

「それって、何か問題なんですか?」

 

「問題だらけだ! これでは、海軍の連中に、俺が如何にモテるか、証明できないではないか! むしろ、本部に来る手紙が減る分、モテないと思われているかも……」

 

「ソデスカ……」

 

呆れるポーラ。

 

「ケッコンしたくなくて――その為にポーラの写真を送ったのに、ラブレターが来る方が嬉しいって……。提督、よく分からないです……」

 

「モテるモテないと結婚は別の話だ」

 

「でも、ラブレターの人は、提督とケッコンしたいと思います。提督とケッコン出来ないと知ったら、ラブレター送ってこなくなっちゃいますけど、いいんですか?」

 

「だからこそ、はぐらかしているんだ」

 

「それでたくさん、イタイメを見ているのにですか?」

 

確かにそうだが……。

 

「提督ぅ……もういいじゃないですか……。提督がモテるのは、みんな知っています。サッチャンさんの時みたいになるくらいなら、ハッキリとお断りした方がいいですよ……」

 

「…………」

 

「それにぃ……」

 

ポーラは俺の腕に抱きつくと、にへらと笑った。

 

「提督にはぁ……ポーラという素敵なオクサンがいるじゃないですかぁ。それで十分ですよ~」

 

「誰が奥さんだ……。ただの家政婦だろ……」

 

「でも、一緒に住んでいますよ? こんな家政婦、いませんよ~」

 

ムカつく笑顔を見せるポーラ。

けど、まあ……。

 

「……そうだな」

 

「え!? ポーラ、オクサン!?」

 

「違うわ! 手紙の話だ。確かに、モテるモテないってのは、もう十分だよな……。そもそも、戦争も終わったし、遊んで暮らせるくらいには貯蓄もある……。女を誑かして出世する必要もないし、意味ないのかもなって……」

 

復讐の為に誑かしている側面もあったが、どうしてだろう、今は――。

 

「……手紙の返事、書くか」

 

「え?」

 

「いつもは読まずに捨てるが、ちゃんと読んで、恋をする意思がないことを伝えるとするよ。さっちゃんの時のような思いは、もうしたくないしな」

 

それに……。

 

『私は私を許せない……。だからこそ、背負い続けなければならないと思ったの……』

 

俺も、これからどう生きるかを考えないとな……。

いつまでも、親父のことを引きずるってのも、カッコ悪いしな……。

 

「だったら、写真を送りませんか?」

 

「え?」

 

「ポーラと響ちゃんが一緒に写った写真です! 三人の写真を見たら、きっと諦めてくれますよ!」

 

確かにそうかもしれないが……。

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

「え?」

 

「散々利用してきた俺が言うのもなんだが……」

 

ポーラは少し考えた後、微笑んで見せた。

 

「大丈夫ですよ。ポーラ、そんな事では傷つきません。むしろ、提督と写真撮れるの、とっても嬉しいですし、写真を見た人が、とってもお似合いだと思ってくれたら、もっともっと嬉しいですから。えへへ」

 

「ポーラ……」

 

「それに……ポーラのこと、そうやって想ってくれて、とっても嬉しいです……。やっぱり、提督は優しい人です……。ポーラの大切な人……。ポーラの大好きな人……です……」

 

そう言うと、ポーラはそっと、俺の胸に頭を預けた。

 

「……ポーラ」

 

「なんですか……?」

 

「……響が見ているから、離れてくれないか?」

 

「ふぇ!?」

 

ポーラが振り返った先に、不満そうな顔の響が立っていた。

 

「お帰り、響」

 

「……ただいま」

 

響は近づくと、細い目でポーラを見ていた。

 

「な、なんですか……?」

 

「この泥棒猫……」

 

「ド、ドロボウ?」

 

ポーラを引き離すと、響は抱っこするよう、俺にせがんだ。

 

「よっと……。暁たちと遊んできたんだって? 気を遣わせたな」

 

「いいんだ。二人っきりにするくらいには、私は寛容な心を持っているし。その立場に甘んじた卑しい家政婦さんとは、格が違うんだよ」

 

そう言って、ドヤ顔を見せる響に、ポーラは頬を膨らませていた。

 

「それで? ラブレターの返事に、写真を送るのかい?」

 

「聴いていたのか」

 

「うん。卑しい家政婦さんが、どんな感じで司令官にすり寄るのかを見るためにね」

 

さっきから言葉にトゲがあるな……。

あんなにポーラを想っていたのに、それとこれとは別ってことか……。

 

「実は、暁のお父さんが写真屋さんなんだ。そこで撮ってもらうのはどうだろうか?」

 

「そうだったのか。世話になっているし、そこで頼もうか」

 

「じゃあ、早速行こう。善は急げ、だよ」

 

「早速たって……急に行っては……」

 

「大丈夫。急げば、営業時間に間に合うよ。ほら、司令官、ポーラ、おめかしするよ」

 

そう言って、響は家へと入っていった。

ポーラは俺を見ると、仕方ないとでもいうように、困った顔で微笑んでいた。

 

「初仕事だぜ、家政婦さん」

 

「精一杯頑張りますワ」

 

互いに笑いあい、響に尻を叩かれながら、めかしこんだ。

 

 

 

写真を撮り終え、せっかくだからと、少しだけ洒落たレストランで食事を済ませ、家路についた。

 

「写真は明日の夕方にはあがるそうだ。楽しみだな」

 

「うん……」

 

ポーラの膝の上ではしゃいでいた響は、ウトウトし始めていた。

 

「響ちゃん、お風呂も入って、眠くなっちゃいましたか?」

 

「腹いっぱい食ってもいたしな……。ポーラ、部屋に連れて行ってやってくれないか?」

 

「あ、はい。響ちゃん、行きますよ~」

 

「うぅん……まだ起きているよ……。もっと……遊んでいたいよ……」

 

そう言って、ポーラにしがみつく響。

 

「ポーラ……トランプやろう……。司令官をかけて勝負しよ……」

 

「勝手に俺をかけるな……」

 

響はトランプを取り出したが、相当眠かったらしく、バラバラと零してしまっていた。

 

「あーあーあー……。響、何もポーラは居なくならないんだから、明日にしておけ」

 

「んー……」

 

「そうですよー。ポーラは、ここの家政婦さんになりましたから、いつでも遊べますよー。ですから、おやすみしましょうねー」

 

「うん……。じゃあ……明日も遊んでね……? 約束だよ……?」

 

「もちろんです! えへへ」

 

「おやすみ……司令官……」

 

「おう。おやすみ」

 

ポーラに連れられ、響は居間を後にした。

しばらくして、ポーラが戻って来た。

 

「すぐに寝ちゃいました」

 

「そうか。ありがとう」

 

「いいえ~。ポーラ、ちゃんと家政婦さん出来ていますか?」

 

「あぁ。荒いところはあるが、上出来だよ。響もすっかり、お前を気に入っているようだしな」

 

「それなら良かったです」

 

「そうだ……」

 

俺は、現金の入った封筒をポーラに渡した。

 

「今日の給料だ。月支給よりも、こっちの方がお前にとって都合が良かろう」

 

「わぁ、こんなにいいんですか!? ポーラ、働いているというよりも、お世話になっている身なのに……」

 

「見合った給料だと思わないのなら、その分を働いて返せ。今日はそこまでじゃなかったが、明日からは掃除や洗濯なんかもあるんだからな。期待を込めての給料でもあるんだ」

 

「は、はい! ポーラ、頑張ります!」

 

「おう。さて……俺もそろそろ寝るか……」

 

「あ、提督……」

 

「ん、なんだ?」

 

「その……何か、困っていませんか? ポーラ、まだお仕事できますけど……」

 

「ないよ。明日に備えて、お前も寝ておけ」

 

ポーラは俯くと、意を決したかのように、言った。

 

「ポーラ……なんでもやります……!」

 

ポーラの顔は、何故か真っ赤であった。

 

「なんでも?」

 

「なんでも……です……。その……え、えっちなこととかでも……!」

 

「はぁ!? 何言ってんだお前!?」

 

「あ、秋雲が言っていました……。その……メイドは……ご主人様の……その……えっちなヨッキュウにも……応えなくちゃいけない……って……」

 

秋雲……?

あぁ……。

なんか、演習の時、やたらと話しかけられていたな……。

 

「提督も……家政婦さんに……そういうこと……したいですか……? して……いましたか……?」

 

「しねぇよ、そんなの……。する気もないね……」

 

「ポーラが相手でも……ですか……?」

 

「あ?」

 

「ポーラ……いいですよ……。提督が……相手なら……」

 

コイツ……。

 

「言っている意味、分かってんのか?」

 

頷くポーラ。

 

「……分かった」

 

俺は、ポーラを押し倒した。

 

「ひゃあ!?」

 

「いいんだな……?」

 

「ああああああ、あの……! その……! ポーラ……あの……!」

 

ポーラは限界まで顔を赤くさせると、両手で顔を覆ってしまった。

 

「フン……なーにが、えっちな欲求に応えられる、だ。この程度で動揺する癖に、生意気言ってんじゃねぇぞ。生娘が」

 

退いてやると、ポーラは涙目になりながら、怒っていた。

 

「ポーラ、やれます……! いきなりで驚いただけです……!」

 

「どうだか……。手、震えてんぞ」

 

「こ、これは……その……ム、ムシャブルイ? ってやつです!」

 

んなわけあるか……。

ったく……。

 

「……ポーラ」

 

「な、なんですか?」

 

「もし、今みたいなことを続けるのなら、今すぐにでも家政婦を辞めてもらう」

 

「……!」

 

「悪ふざけだとしても、だ。今回は、秋雲の所為だということに『しておいてやる』。だが、次はないぞ……。俺は、本気で怒っているんだ。分かるだろ……?」

 

静かに、諭すように言ってやる。

戦時中、この説得方法が、一番、艦娘には効いていた。

案の定、ポーラは――。

 

「ごめんなさい……」

 

「……どんな腹積もりであったのかは、あえて訊かん。だが、最初に話した通りだ。俺は雇い主で、お前はただの家政婦だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「はい……」

 

落ち込むポーラ。

こうなることは、なんとなく分かっていた。

ポーラが、恋心を我慢できなくなること。

一緒に住んでしまえば、関係性の発展を望み、行動に移してくるだろうと。

それが、こういう誘い方になるとは思ってもみなかったが――いや、俺のことを知っているからこそ、この誘い方なのだろう。

俺の素行が悪い所為もあるのだろうが、そうまでしなければ、俺との関係性に発展は無いのだと――そう思わせてしまうほど、俺は、彼女を――。

 

「…………」

 

俺のことを想うポーラにとって、住み込みの家政婦という仕事は、ある意味、生殺し状態にあるのかもしれない。

だとすれば……。

 

「ポーラ」

 

俺は、そっと、ポーラを抱きしめた。

 

「て……提督……!?」

 

「俺には、これくらいしかできないが……。それでもいいのなら、今は、これで我慢してほしい……」

 

多くの女を、この方法で誑かしてきた。

復讐のため。

利用するため。

この行動も、結果として『利用する』に該当するのだろうが、それでも……。

 

「提督……。ごめんなさい……。大丈夫です……。こんなこと、していただかなくても、ポーラ……これからはちゃんとしますから……」

 

それでも――。

強く抱きしめてやると、ポーラは恐る恐る抱きしめ返し、やがて、深く身を寄せた。

 

「提督……」

 

「……一回だ」

 

「え?」

 

「一日一回……こうしてやる。それで我慢してくれ……」

 

ポーラの求めていることが、どの程度のものなのかは分からない。

それでも、きっと――。

 

「いいんですか……? ホントに……?」

 

「嫌ならいいんだぜ」

 

ポーラは否定するかのように、強く俺を抱きしめた。

 

「もう一つだけ……ワガママを言ってもいいですか……?」

 

「……言ってみろ」

 

「答えてくれなくてもいいので……提督に……ポーラの気持ちを伝えたいです……。このまま……抱きしめながら……」

 

それに、何の意味があるというのだろうか。

けど、まあ……。

 

「いいよ。それでお前が満足ならな」

 

そう言ってやると、ポーラは震える声で、小さく言った。

 

「好きです……。提督のこと……大好きです……」

 

真っ赤に染まる耳。

温かいというよりも、熱くなっている体。

 

「好き……提督……。大好き……」

 

……なんか。

 

「提督……んっ……提督ぅ……」

 

「……だー! やっぱナシだ!」

 

ポーラを突き放す。

 

「何するんですかー!」

 

「お前……変な声出すなよ!」

 

「へ、変な声じゃないです! ポーラの声、普通ですよ!」

 

「いや、そうじゃなくて……。その……なんつーか……」

 

『雨海……君……あっ……んっ……好きよ……雨海く……んっ……』

 

「……とにかく、気持ちを伝えるのは禁止だ」

 

「なんでー!?」

 

「なんででも、だ!」

 

クソ……。

なんだって、高見上官はあんなに……。

 

「むぅ……提督をセンノーする計画が……」

 

洗脳?

 

「んなもん、出来るわけねぇだろ……。つーか、やっぱりわざとじゃねぇか……」

 

「でも、キケンを感じたから、やめさせたんですよね?」

 

「いや……まあ……」

 

本当のこと言ったら、更に面倒なことになりそうだから、黙っておこう……。

 

「……今日はもう寝る。お前も、明日に備えておけよ」

 

そう言って立ち去ろうとすると……。

 

「……提督」

 

「なんだ?」

 

「明日も……抱きしめてくれますか……? 今度は……何も言いませんから……」

 

そう問うポーラは――。

 

「……約束したしな。でも、いつやめたっていいんだ。それを肝に銘じとけよ」

 

「やめたら、襲っちゃいますよ?」

 

「フッ……なら、続けないとな」

 

「はい。えへへ……」

 

「じゃあ、おやすみ。ポーラ」

 

「おやすみなさい。提督」

 

ポーラは微笑むと、最後に投げキッスをした。

華麗に避けてやると、不満そうにしていた。

 

「フッ……」

 

 

 

ポーラが家に来てから数日が経った。

 

「今日の分であります」

 

「ありがとう」

 

写真を送ったのもあってか、手紙は日に日に少なくなっていた。

 

「また少なくなりましたなぁ。いよいよ女性に見放されたということでしょうかね?」

 

「逆さ。僕が振っているんだ。最近は手紙を捨てていないだろう? ちゃんと読んで、返信をしているんだ。それでもなお、これだけ手紙が来るということさ」

 

「しかし、以前は、手紙の数はモテる男のステータスだとかなんだとかおっしゃっていませんでしたか? いいのでありますか?」

 

「もう、そういう次元にはいないのさ。手紙なんぞ無くとも、僕はモテる。そして、そのことを皆が知っている。知らせる必要もなくなったという訳さ」

 

「それはまた……。まあ、こちらとしても、振り分ける作業が少なくなる分、いいことではありますがね……」

 

「仕事が少なくなるということは、貴方の居場所がなくなる可能性も秘めているのだけれど?」

 

そう言いながら入ってきたのは、真鍋さんであった。

 

「また来た……」

 

また?

 

「真鍋さん。こんなところに何か用事かい?」

 

「雨海提督ぅ。いえ、そこのおサボりさんの様子を見に来たんです! 郵便室は、一応、私どもの管轄でもありますので」

 

そうだったのか。

 

「わざわざ貴女でなくてもいいでしょう……。どうせ、自分のおやつを奪いに来たのでしょう? いつものように……」

 

「いつも?」

 

「あ、雨海提督の前で何を……! あ、雨海提督ぅ……その……いつもじゃないですよ!? たまに、その……サ、サボりのペナルティとして没収しているだけで……!」

 

なるほど……。

 

「仲がいいじゃないか、君たち。雨降って地固まるってやつかい?」

 

「「仲良くないで(ありま)す!」」

 

二人は睨み合うと、フンと顔を背けていた。

二人の関係が発展しているのを見ると、何故か安心する。

それはきっと――いや、この二人のように、俺も認めがたいものではあるのだが……。

 

「さて……痴話喧嘩も見せつけられたところで、手紙でも読もうかな……。返信用の便箋を用意してくれないか? 笠谷君」

 

「あ、はい。こちらであります」

 

「ありがとう」

 

手紙を読んでゆく。

なんとまあ、情熱的な……。

そんな手紙の中に――。

 

「ん?」

 

「どうされたでありますか?」

 

「いや……この手紙の差出人……」

 

確か……。

 

「『高見華蓮』って、華蓮ちゃんですか? 高見上官の妹の!」

 

妹……。

 

『お兄さん、お姉ちゃんとどういう関係なんですかぁ? 華蓮もぉ、その関係にいれてほしいなぁ』

 

あの子か……。

高見上官の家によく遊びに来ていた、あの……。

 

「私、華蓮ちゃんとは同年代で、友達なんです。海軍に入る前、よく遊んでいたんですよ。この前も、高見上官が退役された際に会ったのですが……どうして雨海提督に手紙を?」

 

何か、嫌な予感がする……。

封筒を開けてみると、中には手紙とともに、一枚の写真が入っていた。

 

「写真、でありますか?」

 

そっと、写真を見てみると……。

 

「うぉっ!?」

 

急いで写真を伏せる。

 

「え、どうしたでありますか?」

 

「雨海提督?」

 

「い、いや……。す、すまないが……失礼するよ……」

 

そそくさと去る俺を見て、二人は互いに首をかしげていた。

 

 

 

「クソ……」

 

一人でこっそり、手紙を読んだ。

そこには、脅しともとれるような内容と、今すぐに会いに来てというような内容が書かれていて――ポーラを連れて来いとも書かれていた。

 

「華蓮ちゃん……どうしてこんなことを……」

 

「カレンチャン……?」

 

「うわー!?」

 

驚き、振り返ると――。

 

「ポーラ……?」

 

「はい、貴方のポーラですよ~。提督ぅ、こんなところで何しているんですか~?」

 

「お、お前こそ……どうしたんだよ? 海軍本部に何か用事か?」

 

「あ、はい。提督に、お弁当を持ってきてあげようと思いまして~。愛妻弁当というやつです。デヘヘ~」

 

「愛妻弁当って……。いや、まあ、ありがたく頂戴するけどよ……。家事はどうしたんだ?」

 

「もう済みました。だいぶ慣れたので、時間にヨユーが出来たんです」

 

「ほう。なかなか上達が早いじゃないか」

 

「えへへ。提督に褒めてほしくて、頑張っちゃいました~。ささ、お弁当も食べてください。ここ数日で、提督の好みは把握しましたから、きっと美味しいはずですよ~」

 

好みは把握した、か……。

好みの味付けに出来るほど、料理も上達したというわけか。

確かに、ここ数日、凄く頑張っているようだし、響もやたらと褒めていたよな。

 

「じゃあ、早速いただこうかな」

 

「どうぞ~」

 

弁当は、確かに好みの物ばかりであった。

味も――。

 

「うん、美味いよ。確かに、俺好みだ」

 

「ホント? 良かった~。えへへ、いっぱい食べてくださいね~?」

 

本当、美味いな。

嗚呼、なんか、こういうの――。

そんなことを考えながら飯を頬張っていると、ポーラはニコッと笑いながら、言った。

 

「それで……? カレンチャンって誰ですか……?」

 

「んぐっ!?」

 

「もしかして……ウワキですかぁ……?」

 

お茶を取ろうとする俺の手をはらい、細い目を向けるポーラ。

 

「正直に話してくれたら、お茶をあげます……。提督……カレンチャンって……ダレデスカ?」

 

表情に、影のかかるポーラ。

青ざめる、俺の顔。

尤も、ポーラにビビっているわけでは無く、喉に飯が詰まっていて――。

 

「ん……んぐぐっ……!」

 

「提督ぅ?」

 

ようやく喉のつっかえが取れた。

 

「お前……! 殺す気か!?」

 

「提督ぅ! カレンチャンって誰ですかー! ウワキするなら、ポーラ、許しませんよー!」

 

「何が浮気だ……。付き合ってもねぇだろうが……」

 

「むぅー!」

 

「……高見上官の妹さんだよ。高見華蓮。手紙を寄こしてきてな。俺に会いたいのだと。ほら、麗美の時と一緒だ」

 

「レイミさんの時と? じゃあ、カレンチャンも提督のことが好きなんですか?」

 

「まあ、そういうことだと思う……」

 

高見上官とは違い、何というか、子供っぽいというか、小悪魔っぽいというか……。

正直、苦手なんだよな……。

 

「手紙には、お前も連れてこいと書かれている。どうする? 麗美の時のように、場所が遠いが……行くか?」

 

そう言ってやると、ポーラは目をキラキラさせた。

 

「い、行きます……! 提督ぅ、これって……!」

 

「あぁ、ちょっとした旅行だ。せっかくだし、響も連れて行こう。海沿いの家だから、季節的にもちょうどいいし、海水浴と洒落こむか」

 

「やったー! えへへ、じゃあ早速、水着買わないとですねー。提督ぅ、楽しみにしててくださいねー」

 

そう言うと、ポーラはそそくさと帰っていった。

 

「フッ……ったく……」

 

しかし……。

流石に、この写真のことは言えなかったな……。

つーか、こんなのがポーラにバレたら……。

 

「なんとか海水浴で機嫌をとってもらっている間に、この件をなんとかしなければ……」

 

俺は、もう一度写真を見た。

そこには、やはり、なんとまあ気持ちよさそうに眠る、高見上官と俺が写っていた。

二人、同じ布団で。

しかも、生まれたままの姿で――。

 

『この写真をバラまかれたくなければ、華蓮に会いに来ること! 分かった?』

 

「華蓮ちゃん……」

 

また面倒なことになりそうな予感に、俺は深くため息をついた。

 

 

 

 

 

 

――続く

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