グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦-   作:雨守学

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第5話

「やっぱり……そうだったのね……」

 

高見上官――いや、美奈子さんは、ため息をついた。

 

「やっぱり、というのは?」

 

「あの子、最近ずっと、貴方のことを訊いてくるのよ。貴方とどうやって関係を持ったのかだとか――そういうことばかり……」

 

美奈子さんは、華蓮ちゃんから送られてきた写真を見た。

 

「こんな写真、いつの間に撮ったのね……。確かに、あの子の趣味は写真を撮ることだったけれど……」

 

「いつの写真でしょうか……?」

 

「多分、あの時よ。ほら、私の家でシようって話になった時、妹が急に訪ねてきたことあったでしょう?」

 

「あぁ……。妹が寝ているのに、美奈子さんがどうしてもって言うから、声を押さえてシたときの……」

 

「そ……うだけど……。とにかく……油断していたわ……。あの日は激務あがりだったから、シてすぐに寝ちゃっていたでしょう? その隙に……ってところかしら……」

 

なるほど……。

 

「しかし、どうして今頃こんなものを……。どういう目的で俺を呼び出したのだろうか……」

 

「決まっているわ。私の結婚相手が貴方じゃないって分かって、貴方を狙いに来たのよ」

 

「俺を……狙いに……」

 

「どうせ、今もフリーなんでしょう? あの子、どうしても貴方と結ばれたいと思っているようよ。どうするの?」

 

「その事で、美奈子さんに話が……。なんとか美奈子さんから、やめるように説得できないものでしょうか?」

 

「無理よ。私が言えば、同じように脅されるわ……。夫は、貴方と関係があったこと、知らないのよ? それこそ、写真を見たら……」

 

美奈子さんはため息をつき、写真を伏せた。

 

「協力してあげたいけれど……私にはどうしようも出来ないわ……。ごめんなさい……」

 

写真を俺に返すと、美奈子さんは再び大きなため息をついてみせた。

 

「そうですか……。こちらこそ、ごめんなさい、美奈子さん。こんなことでお呼び立てしてしまって……。お相手さん、今日は仕事ですか?」

 

「うん。さすがに、夫が仕事じゃなかったら、来られないわ」

 

「ふぅん……」

 

俺は、いつもの癖で、細い目を美奈子さんに向けてしまった。

 

「な、なによ……?」

 

「いや? どういう用件で呼ばれたのか分からないのに、こうして来てしまうんだなぁと思いましてね。しかも、夫が留守の間に……」

 

「そ、そういう理由じゃないわよ!? ただ、相談したいことがあると言うから……。ほら、貴方は元部下だから……何か……力になれることはないかと思っただけで……」

 

「本当に?」

 

「本当よ……」

 

目を逸らす美奈子さん。

俺は、そっと、美奈子さんの手を取った。

 

「あ……だ、だめ……」

 

指を絡めてやると『いつものモード』に入ったのか、顔を真っ赤にさせていた。

 

「雨海君……やめ……て……」

 

「本当に、やめてほしいの……?」

 

美奈子さんは、チラリと時計を見た。

 

「夫が帰ってくる時間を気にしているの……? イケナイ人だ……」

 

美奈子さんの目がハートになったタイミングで、俺は手を離した。

 

「フッ……冗談ですよ。俺も、そろそろこういうのはやめようと思っているのです。それに、今の美奈子さんには、もっと大切な人がいる訳ですし」

 

「……ただ利用価値がなくなっただけでしょう?」

 

「言ったはずです。『それはあくまで副次的なものであって、貴女への愛は本物だった』と。今でも時々、貴女との熱い夜を思い出すのです……。貴女の甘い声もね……」

 

「……私だって思い出すわ」

 

「今のお相手さんでは、満足できない……?」

 

耳元で囁いてやると、美奈子さんは小さく頷いて見せた。

 

「フッ……もう一度海軍に復帰することがあったら、その時に……ね……? 美奈子さん」

 

「うぅ……いじわるしないで……。私……まだ時間あるからぁ……」

 

「駄目。もっとお相手を大事にしてください。それと、すぐに発情する癖、直した方がいいですよ」

 

「雨海君がこういう風に調教したんでしょう……? うぅぅ……」

 

「俺がそうしたように、夫にもそうさせるよう、美奈子さんが調教すればいいですよ。今の貴女の顔を見たら、男は誰でも狼になってしまう。俺がそうだったようにね」

 

息も絶え絶えの美奈子さんを置いて、俺はその場を後にした。

手紙が少なくなった今、俺の自己顕示欲を満たしてくれるのは、やはりああいう女性達だよな。

 

「こんなこと、やめなくちゃいけないのだろうがな……」

 

しかし、俺の心の歪んだ悪魔が、こう囁くんだ。

 

『やめるのをやめちまえよ……ヒッヒッヒ……』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦-』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ!」

 

 

汽車がトンネルを抜けると、そこには綺麗な海が広がっていた。

 

 

「提督ぅ! 海です! とっても綺麗な海です!」

 

 

「おー、本当だな。海軍本部前のきったねぇ海とは全然違うな」

 

 

「ほんと! こんな綺麗な海、久しぶりに見ましたよー!」

 

 

はしゃぐポーラに、響は冷めた目を向けていた。

 

 

「ポーラ、あまりはしゃいでは、みっともないよ。他の乗客に迷惑だ」

 

 

響の言葉に、ポーラは顔を赤くして、小さく座り込んでいた。

 

 

「やーい、子供に怒られてやんのー」

 

「うるさいです……。ちょっとくらい、はしゃいでもいいじゃないですかぁ……。ポーラ、ここ最近、ずっと頑張っていますし……」

 

「まあ、頑張っているのは認めるよ。けど、はしゃぐのは汽車を降りてからにしておけ。そうだよな、響?」

 

響は頷くと、フンスと鼻を鳴らし、ポーラに憎たらしいドヤ顔を見せていた。

 

「むぅ……。じゃあ、大人しくさせるために、ポーラを捕まえておいてくださいっ! えへへ」

 

そう言って、俺の片腕を取り、自分を抱かせた。

 

「むっ……じゃあ私も……」

 

同じように、響がもう片腕を取る。

 

「響ちゃんは大人しいから必要ないはずです。もう片腕も、ポーラのモノですぅ~」

 

「やれやれ……。何でもかんでも自分の物にしようとするなんて、ポーラはお子様だね。司令官、こんな子供に疲れていないかい? こっちにおいで。ナデナデしてあげるから」

 

「提督ぅ! ポーラもナデナデしてあげますからー!」

 

「お子様のナデナデなんかいらないよ。そうでしょう? 司令官」

 

「お前ら、どっちもお子様だよ……」

 

 

 

最寄りの駅に着く頃には、俺はもうヘトヘトであった。

 

「やっと着いた……」

 

あれだけはしゃいでいた二人は、何故かまだまだ元気であった。

 

「提督ぅ! お腹が空きました! 何か食べませんか?」

 

「司令官司令官、見て、綺麗な貝殻がたくさん売っているよ」

 

「ちょっと待ってくれよ……。少し、休憩させてくれ……。そうだな……。あそこの喫茶店に入ろう……。ついでにそこで飯を食おう……」

 

「「はーい」」

 

 

 

喫茶店は閑散としていた。

どこの店もこんな感じなのか……?

 

「うーん……サンドイッチにするか、オムライスにするか……」

 

「俺がサンドイッチ頼むから、オムライスにしておけよ。分けてやるからさ」

 

「ほんと? じゃあ、オムライスにします!」

 

「私はナポリタンにするよ。飲み物はカルピス」

 

「あ、ポーラもカルピスがいいです!」

 

「はいよ」

 

注文している間、二人は何やら内緒話で盛り上がっていた。

 

「何を話していたんだ?」

 

「なんでもないです。ねー響ちゃん」

 

「うん」

 

「なんだよ。俺だけ仲間外れか?」

 

「そういう訳じゃないですけど。オトメノヒミツってやつです!」

 

「何が乙女だよ……」

 

二人は何故か嬉しそうにしていた。

何を話していたのかは知らんが、どうせ大したことでもなく、ただただ滅多にない旅行に浮かれているだけなのだろう。

 

「飯食ったら、とりあえず宿に向かおう。荷物を置いたら、少しだけ海で遊ぶか」

 

「「おー!」」

 

 

 

宿は素朴で、どこか安心出来るところであった。

 

「わぁ! 提督ぅ! 見てください!オーシャンビューです!」

 

「海から近いとは聞いていたが、本当に真ん前だな」

 

さすがの響も興奮しているのか、ポーラと一緒に踊っていた。

 

「さてと……。海へ行く前に、今後のスケジュールについて、先に説明しておくぞ」

 

二人は顔を見合わせると、真剣な表情で俺に向き合った。

 

「明日の午前中、華蓮ちゃんが合流してくる。彼女もこの宿に泊まり、三日間を共にすることになっている。つまり、俺たちは三泊四日することになるわけだ」

 

「はーい、質問いいですか?」

 

「はい、ポーラさん」

 

「その三日間、ポーラたちは何をすればいいですかー?」

 

「基本的に何もしなくていい。強いて言うなら、俺を一人にさせないよう、常に一緒に居てほしいくらいだ」

 

「それは何故だい?」

 

「それほどまでに、華蓮ちゃんは恐ろしい存在ってことだ。高見上官から聞いたのだが、どうやら俺を手籠めにしようとしているらしいんだ」

 

「テゴメってなんですか?」

 

響がポーラに耳打ちする。

ポーラは顔を赤くすると、ぷりぷり怒りだした。

 

「許せません! ポーラだって、まだえっちしたことないのに―!」

 

「つまり、司令官の貞操を守ることが、私たちの役目ってことだね」

 

「そうだ。同時に、華蓮ちゃんに恋を諦めてもらう必要がある。ポーラとの仲を見せつけるだとか、響の境遇に同情してもらうだとか――まあ、方法は色々あるだろうが、そこはアドリブで」

 

「そこが一番重要なんじゃないのかい?」

 

「俺自身、まだ華蓮ちゃんを掴み切れていないんだ。今までの相手のように、振ってなんとかなるようなタイプでもなさそうだし……」

 

今思えば、美奈子さんと関係があった時でさえ、何かとベタベタして来ていたしな……。

仮に、俺に恋人が居たとしても、相手から奪うような行動を起こしていただろう。

美奈子さんと関係があったことを知らない二人には、そんな事は伝えられないが……。

 

「まあ、そんな感じだ。とにかく、今日は英気を養おう。さっき言ったように、海で遊ぶもよし、ゆっくり休むのもありだ」

 

「海で遊びたいです! せっかく水着も買ってきたことですし、提督に見せたいです!」

 

響も同じなのか、鼻息を荒らげていた。

 

「そうか。じゃあ、水着に着替えて、目の前の砂浜集合な」

 

「はーい! 行きましょう、響ちゃん」

 

「うん」

 

 

 

水着に着替え、ポーラたちを待つ。

 

「うーん……」

 

海水浴に来ている若い女の子たちを眺める。

 

「やっぱり、日本の水着は地味だな……」

 

海外のビーチには、ビキニと呼ばれる水着を着た美女が多かったが……。

日本の水着は何というか……肌の露出は少ないし、服を着たまま入っているのか? って感じの奴もいるし……。

ポーラが新しい水着を買ったのだと騒いでいたが、正直、日本で買える水着はたかが知れているから、あいつが望むようなリアクションはとれないんだよな……。

落ち込ませるのも面倒なことになりそうだし、どんな水着であれ、褒めてやらないとな……。

尤も、ビキニみたいな水着で来られたら、それはそれでリアクションに困るのだが……。

 

「提督ぅ! お待たせしましたー!」

 

噂をすれば……。

 

「おう。やけに時間かかった……な……」

 

ポーラの姿を見て、唖然とした。

 

「どうですかー? セクシー……でしょー?」

 

ポーラは、真っ赤なビキニ姿を見せつけるよう、セクシーなポーズをして見せた。

 

「おま……! なんちゅう格好を……! ここは日本だぞ! そんな格好していたら……!」

 

案の定、どいつもこいつもポーラに視線を向けていた。

 

「つーか、どこに売っていたんだよ、そんなもん!」

 

「この前、マーブルさんのお店に行ったじゃないですかー? その時、いいお店があるって教えてくれたんですよぉ。どう? ポーラ、セクシーですかぁ? えっち……したくなりますか?」

 

マーブルの奴……とんでもない置き土産を……。

ふと、響がいないことに気付く。

 

「あれ、響はどうした?」

 

「ここだよ、司令官」

 

振り返ると、大きなタオルに身を隠した響が立っていた。

 

「どうした? そんなコソコソと……」

 

「あんな格好した人と一緒に居られないからね……」

 

そう言って、細い目でポーラを見ていた。

まあ、そらそうか……。

 

「お前は学校の水着か」

 

「うん。これはこれで、司令官の目を向けられるかなって」

 

どういう意味だよ……。

二人は目の前に立つと、じっと、俺の目を見つめた。

 

「なんだよ?」

 

「それで、どうなんですかー? ポーラたちの水着を見て、何か言うことありますよねぇ?」

 

「ね?」

 

さっきまでは、何かしら、いいことを言ってやろうと思っていたのだが……。

 

「……響はいいとして、ポーラ、お前はもう少し、礼節を弁えろよ。見ろ。誰も、お前のようにハレンチな格好をした奴はいないぞ……」

 

「えー? でも、戦時中は、皆さん(艦娘)こういう格好をしていたじゃないですかぁ……」

 

「そうかもしれないが……。その場所における、適切な格好というものがあるだろ……」

 

と、言いつつも、地味な水着を見て、ビキニを望んでいた俺ではあるのだが……。

 

「むぅ……。せっかく、提督に喜んでもらえると思ったのに……。ポーラだって……本当は恥ずかしいのに……」

 

しゅんとするポーラ。

そんな姿を見て、響は俺に蹴りをいれた。

分かっているよ……。

ただ、こいつの提督として、言わなきゃいけないと思っただけだ……。

 

「…………」

 

「……そう落ち込むなよ。別に……適切な格好ではないと言っただけで……その……似合わないと言ったわけじゃないんだから……」

 

「え……?」

 

「だから、似合っていないと言ったわけじゃ――」

「――それって、言い換えると?」

 

ポーラはグイっと近づくと、期待するような目で俺を見つめた。

 

「お、おい……近いぞ……」

 

思わず目を逸らしてしまう。

というのも、いつもは隠れて見えなかったが、豊満な胸が――仕方ないだろ、男なら見てしまうものだ――目の前にあるものだから……。

 

「提督ぅ?」

 

ポーラの期待のまなざし。

響の――それも、かなり痛い――蹴り。

分かったよ……。

言えばいいんだろ……。

 

「……似合っているよ」

 

「ほんと……? ポーラ、セクシーですか……? えっち……ですか……?」

 

「……だー! うるせぇ! セクシーだよ! えっちだよ! バカ、これで満足かぁ!?」

 

嫌味っぽく言ったつもりであったが、ポーラは――。

 

「えへへ……良かったぁ……。そう言ってもらえて、ポーラ、とっても嬉しいです……。えへへ……」

 

顔を赤くするポーラに、思わずドキッとしてしまう。

それと同時に、足に激しい痛みが……。

 

「……なんでだよ? これがお望みだったんだろ?」

 

「……私にはなかったから」

 

響はプイッとそっぽを向くと、そのまま不機嫌そうに海へ飛び込んでいった。

 

「いや……同じように言ったら、それこそ……」

 

ポーラに向けられた視線とは別の視線が、俺を刺すだろうよ……。

 

 

 

それから、ポーラと響が海で遊ぶのを、パラソルの下で眺めていた。

 

「提督ぅ! 一緒に遊びましょうよー!」

 

「俺はいいよ。荷物を見ていないといけないし」

 

「えー? つまんないー!」

 

響も同じように思っているのか――尤も、怒っている体なのか、不機嫌そうな表情ではあるのだが――俺をチラチラ見ていた。

まあ、荷物を盗む連中もいなそうだし、盗まれるような物も無いし、遊んでやってもいいのだが……。

 

「ねぇねぇ、見て。あの男の人、すっごいハンサムじゃない?」

 

「本当! 声かけちゃおうかなー」

 

「やめときなって! 絶対彼女いるじゃん!」

 

「でも、さっきから一人でいるよ?」

 

「だとしても、アンタじゃ釣り合わないって!」

 

フフ……これよこれ……。

ポーラたちと居たら、こういう声は聴こえてこないもんなぁ。

子猫ちゃんたち、俺は知っているぜ?

俺に聴こえるよう、わざとそんな大きな声で話しているんだろう?

どれ、ちょいとサービスしてやるか……。

そう思い、サングラスを外してやる。

 

「キャー! 目元もカッコいい!」

 

「フッ……」

 

そんな感じで愉悦に浸っていると――。

 

「君、とっても可愛いねー!」

 

可愛い?

俺が?

 

「?」

 

ふと、声の方を向いてみると、ポーラが複数の男たちに囲まれていた。

 

「あ、外国人? 日本語分かる?」

 

「分かりますケド……」

 

「良かった~。つーか、めっちゃエロい格好しているね。男もいないようだし、声かけ待ちだったりする?」

 

所謂、軟派(ナンパ)って奴か……。

このご時世に珍しいな……。

ポーラのことを艦娘と知らずに、よくもまあ……。

 

「良かったら俺たちと遊ばない? そっちの子供は? まさか、子持ちって訳じゃないでしょ?」

 

「この子は、その……ポーラの家族で……」

 

「家族? 妹ってこと?」

 

「えーっと……」

 

困ってんな……。

響も人見知りを発動しているし……。

いい出会いになればと見守っていたが、仕方ない……。

 

「よう、お待たせ」

 

「あ? あー……」

 

男たちは勝ち目がないと分かったのか、おずおずとポーラから離れた。

 

「提督……」

 

「どうした? この人たちは?」

 

「あ、えーっと……」

 

「もしかして君たち、ポーラと遊んでくれていたのかい? ありがとう。彼女たちは『艦娘』でね」

 

艦娘を強調してやると、男たちは青ざめた表情を見せた。

この反応……まさか……。

 

「……ん? 君たち、よく見ると屈強な肉体をしているね。もしかしてだけど、僕と同じ軍人かい? 確か、この近くに、陸軍の基地があったような……」

 

「す、すみませんでしたー!」

 

男たちは、そそくさと逃げて行ってしまった。

やはりそうか……。

しかし、仮にも軍人であるのなら、艦娘の存在くらい知っておけよな……。

つーか、軍人のくせに軟派とは……。

まあ、俺が言えた口ではないが……。

 

「はぁ……。大丈夫か?」

 

「提督ぅ……」

 

「……放っておいて悪かったな。まさか、ああいう連中がいるとは……」

 

「怖かったです……。うぅぅ……」

 

そう言って、抱きつくポーラ。

 

「響」

 

響も同じなのか、そっと俺の腕に抱きついていた。

 

「あの人、やっぱり彼女いたんじゃん!」

 

「しかも美人だよ! 勝ち目ないよー!」

 

嗚呼……子猫ちゃんたちが離れてゆく……。

 

「……ほら、もう怖くないだろ? そろそろ離れろ……」

 

そう言ってやっても、ポーラは離れず。

 

「ポーラ?」

 

顔を覗き込んでやると、ポーラは、にへらと笑っていた。

 

「……おい、まさか、怖がるフリをしていたのか?」

 

「ソンナコトナイデスヨ? アーンコワカッタヨー」

 

コイツ……。

 

「まさか、お前もか?」

 

そう言って響を見ると、響もまた、カタコトで「コワカッタヨ」と言った。

 

「お前らな……」

 

「えへへ、ごめんなさーい。でも、嬉しかったですよ? ポーラたちのこと、守ってくれて」

 

「別に、守ったわけじゃ……」

 

「えい!」

 

ポーラは俺を海へと突き飛ばした。

 

「わっぷ……! なにすんだ!」

 

「なにって、海に来たんですから、やることは一つですよー! それー!」

 

そう言って、ポーラも海へと飛び込んだ。

 

「響ちゃんも! 提督が遊んでくれるみたいですよー!」

 

「誰がそんなことを……」

 

響は海へ飛び込むと、目をキラキラさせながら、俺に引っ付いた。

 

「響ちゃん、ずっと提督と遊びたかったんですよねー?」

 

「そうなのか?」

 

響は何も言わず、恥ずかしそうに俯いていた。

なるほど……。

 

「……しょうがないな。そら、お望み通り遊んでやるよ!」

 

響を抱き上げ、そのまま海へ放った。

 

「提督ぅ!?」

 

放られた響は海面に顔を出すと、キャッキャと嬉しそうにしながら、もう一度やるよう催促していた。

 

「そら!」

 

もう一度放ってやる。

嬉しそうな響。

 

「て、提督! ポーラにも! ポーラにもやってください!」

 

「えー? お前、重いからなぁ……」

 

「重くないですよー! うわっぷ!?」

 

突然、ずぶ濡れになるポーラ。

犯人は響であった。

 

「やりましたねー!? お返しです!」

 

ずぶ濡れになった響は、やはりキャッキャッとはしゃいでいた。

そうか。

こういう遊び、戦時中には出来なかったもんな。

戦後になっても、里親とはやってこなかっただろうし……。

 

『響ちゃん、ずっと提督と遊びたかったんですよねー?』

 

「……よし! 今日はとことん遊ぶぞ! 帰りたいって言っても無駄だからな!」

 

「Ypaaaaaaa!」

 

 

 

数時間後。

 

「すみません……ポーラさん……響さん……。もう、宿に帰りたいです……」

 

辺りが暗くなっても、二人はまだまだ元気そうであった。

 

「もうですか? まだ遊べますよー」

 

「四日もあるんだぞ……。今日はこのくらいにして、ゆっくりしようぜ……?」

 

「そうですけど……。なんだかモッタイナイ感じがするんです……」

 

響も同じなのか、帰る気はないと言わんばかりに、海に浸かっていた。

気持ちは分からんでもないが……。

けど、そうだよな……。

 

「……これで最後って訳でもないんだ。確かに、今日という日は二度と来ない。けど、今日みたいな日は、何度でも繰り返せるだろ?」

 

「!」

 

「お前らが望むなら、何度でも繰り返してやる。だから、心配せず、明日という日を迎えようぜ」

 

フッ、我ながら、なかなかクサいことを言ったぜ……。

 

「提督……」

 

「司令官……」

 

「……まあ、それでもまだ遊んでいたいというのなら、勝手にしろ。俺は一人で……」

 

いや……。

 

「……そういやさっき、可愛い女の子に声をかけられたんだった。その娘も同じ宿に泊まっていて、部屋に来てほしいとか言われたな。お前らを待っている間、その娘と過ごすのも悪くな――」

「――帰りましょう、提督」

 

そう言うと、ポーラはそそくさと宿へ戻っていった。

 

「フッ……単純な奴……」

 

響は呆れた表情で俺を見た後、ポーラの跡を追っていった。

 

 

 

夕食と風呂を済ませた頃、ようやく限界が来たのか、響は布団にダイブし、そのまま眠ってしまっていた。

 

「やっとか……」

 

「ですねー」

 

ポーラは、売店で買ってやったワインボトルを開けると、土産屋で買ってきたという『めおとゴブレット』に注ぎ、片方を俺に渡した。

 

「めおとゴブレット……」

 

デカデカと『夫』と書かれているゴブレット。

ポーラの方には『妻』と書かれていた。

 

「お前、意味分かってて買ってきただろ?」

 

「ソンナコトナイデスヨー。ポーラ、ニホンゴヨメマセンシー」

 

目を逸らすポーラ。

ったく……。

 

「まあまあ、コマカイコトはいいじゃないですか~。ささ、カンパイしましょー! カンパーイ!」

 

「……乾杯」

 

ポーラは一気に飲み干すと、何が嬉しいのか、満面の笑みを見せた。

 

「そんなに美味しかったか? このワイン」

 

「ワインも美味しいですけど、こうして二人でワインを飲むこと、ここ最近は無かったじゃないですか~? だから、とっても嬉しくて……えへへ……」

 

そう言うと、ポーラはじっと俺を見つめた後、もう一度ふにゃっとした笑顔を見せた。

 

「そら良かったな……」

 

ぶっきらぼうに返事をしたのは、その笑顔に、ちょっとだけドキッとしてしまったからであった。

 

「……しかし、お前は元気だよな。響なんか、もうあんななのに」

 

「響ちゃんは提督にたくさん遊んでもらっていましたから……。ポーラは放っておかれていましたケド……」

 

そう言うと、ポーラは唇を尖らせ、そっぽを向いてしまった。

喜んだり怒ったり、忙しいやつ。

 

「響ほどではないにしろ、遊んでやっただろ」

 

「海に投げる遊び……ポーラもやってほしかったのに……」

 

「あのな……大の大人がせがむような遊びじゃないんだよ……。響を投げ続けるのだって、大変だったんだからな……」

 

「それでも、一回はやってほしかったです……」

 

膝を抱え、拗ねるポーラ。

 

「ワイン、買ってやったろ?」

 

「自分で買うつもりでしたし……」

 

「こうして付き合ってやっているだろ?」

 

「それだけじゃ足りないです……」

 

コイツ……。

 

「じゃあ、どうしろと?」

 

ポーラは、待っていましたと言わんばかりに、俺の膝の間に座り、にへらと笑って見せた。

 

「お前……」

 

「約束したじゃないですか。一日一回、抱きしめてくれるって」

 

「……この状態で抱きしめろ、と?」

 

「後ろから抱きしめられるの、憧れだったんですよ~」

 

なるほど……。

確かに、後ろからってのは無かったし、普段だったら断っていたな。

 

「我が儘を通すのが上手くなってきているな……」

 

「えへへ」

 

仕方ない……。

 

「ほら、これで満足か?」

 

後ろから抱きしめてやると、ポーラは身を預けるように寄りかかった。

 

「おい……」

 

「えへ……提督に抱きしめられちゃいましたぁ……」

 

ポーラはこちらに顔を向けると、とろんとした目で俺を見つめた。

 

「なんだ? もう酔っているのか?」

 

「そうよ~? 提督に酔ってま~す。ナンチャッテ」

 

ナンチャッテって……。

 

「……つーか、もしかしてだけど、眠いんじゃねぇのか? お前……」

 

「え~? そんなことないですよ~……」

 

「本当か? なんか、虚ろな目をしているし……。眠いんだろ?」

 

「ん~……そんなことな~い~……」

 

ポーラはこちらに向くと、赤子のように抱きついてきた。

酔いもあるし、眠いし――って感じか……。

 

「寝るなら布団で寝ろよ……」

 

「ん~……連れてって~……」

 

「なんで俺が……ったく……」

 

ポーラを抱きかかえ、布団に寝かせてやる。

 

「相変わらず重いな……」

 

「ん~……」

 

反論できないほど眠いんじゃねぇか……。

まあ、あれだけはしゃいでいて、疲れないわけないよな……。

 

「提督ぅ……」

 

「なんだ?」

 

「海で……男の人から守ってくれて……ありがとうございました……。あの時の提督……カッコよかったですよ……?」

 

「なんだ急に……」

 

「提督……こっち来てください……」

 

「あ? なんだよ……?」

 

「もうちょっと……顔……近づけて……」

 

「……これくらいか?」

 

そう言って、顔を近づけた時であった――。

 

「んんっ!?」

 

ポーラは突然、俺にキスをした。

 

「守ってくれたお礼……です……。えへへ……」

 

「おま……! いくら何でも……!」

 

叱ろうとしたが、ポーラは既に眠りについていた。

 

「コイツ……」

 

大方、酔っぱらっていたのと、意識が朦朧としていたのもあって、ついしてしまったのだろうが……。

 

「はぁ……」

 

唇に残る感触。

以前にも、一度されてはいるが……。

 

「クソ……」

 

この前と同じで、何故か動揺してしまう。

ポーラ相手だから?

いや、そんなはずは……。

 

「…………」

 

ずっと、女の心を乱して来た俺だが、何故かコイツには……。

 

「……馬鹿馬鹿しい。俺も疲れているんだ。もう、眠っちまおう……」

 

 

 

翌朝。

顔の痛みで目が覚める。

 

「……何してんだ?」

 

響が、俺の頬を叩いていた。

 

「司令官、大変なんだ」

 

「大変……? 何が……」

 

「ポーラの様子が変なんだ」

 

そう言うと、何故か部屋の隅っこに座っているポーラを指した。

 

「何してんだ? あいつ……」

 

「分からないんだ。起きたら、あそこに座っていて……。話しかけても、顔を赤くするだけで……」

 

顔を赤く……?

あぁ……なるほど……。

 

「ポーラ、お前、寝る間際にしたこと、思い出したんだろ?」

 

ポーラは膝を抱えると、耳を真っ赤にさせた。

やっぱりな……。

 

「寝る間際に? 司令官、ポーラになにかされたの……?」

 

「ああ。あいつ、酔っぱらっていたのか知らんが、俺に――」

「――ワー! ワー! ワー!」

 

ポーラは叫びながら、俺の口をふさいだ。

 

「て、提督ぅ! 言っちゃダメー!」

 

「もが……」

 

「言っちゃダメなことをしたというのかい……?」

 

響は目を細めると、ポーラをじっと見つめた。

 

「そ、そういう訳じゃなくて……。あれは……その……あぅぅ……」

 

「ポーラ……?」

 

「まあまあ、それくらいにしておけよ、響。誰にでも、言いたくないことが一つや二つあるもんだ」

 

「だとしても、司令官に関することだったら、私――」

「――お前にもあるだろ? 例えば、この前、俺が寝ている間に――」

 

響は、これでもかというくらい顔を赤くさせると、すぐさま俺の口をふさいだ。

 

「……響ちゃ~ん? 提督に、なにしたんですかぁ……?」

 

表情に影を落とすポーラ。

 

「ななな、なんでもないよ……」

 

「ほんとですかぁ? なんか、すっごく焦っていますけど……?」

 

「だ、誰にでも、言いたくないことが一つや二つあるものなんでしょ……? お互い、追及するのはやめようじゃないか……」

 

「そうそう。そうしておけ。特に響のは、とてもじゃないが人前じゃ……もがっ!?」

 

「司令官は黙ってて! というよりも、どうしてそのことを……。絶対に寝ていたと思っていたのにぃ……。うぅぅ……司令官のイジワル……」

 

顔を赤くし、涙目になる響に、少しだけ悪戯心を刺激された。

それを感じ取ったのか、ポーラは唇を尖らせると、先ほどとは違う理由で、隅っこに座り込んでしまっていた。

 

 

 

そんなこんなで過ごしていると、女将が部屋を訪ねてきた。

 

「高見様が到着されましたよ」

 

「来たか……」

 

一気に緊張感が高まる。

隅っこにいたポーラも、顔を赤くしていた響も――そんなことは忘れて、真剣な表情になっていた。

やがて、ドタドタと走る音が近づいてきて、何の躊躇いもなく、部屋の扉が開かれた。

 

「お兄さ~ん!」

 

華蓮ちゃんは部屋へ入るなり、俺に向かって飛び付いた。

 

「うぉ!?」

 

そのまま、後ろに倒れこむ。

 

「えへへ、久しぶり、お兄さん!」

 

「華蓮ちゃん……。いきなりだね……。ノックくらいしないと駄目だよ……?」

 

「ごめんなさい……。だってぇ……早くお兄さんに会いたかったんだもん……。ね、お兄さん……華蓮、イケナイ子でしょ……? だからぁ……お兄さんの逞しいココでぇ……オシオキ……してほしいなぁ……」

 

そう言うと、華蓮ちゃんは妖しい表情を見せ、服を脱ごうとしていた。

 

「な、なにしているんですかー!」

 

ポーラは華蓮ちゃんを突き飛ばすと、俺を遠ざけるように、立ちふさがった。

 

「痛ぁい……。誰よアナタ……って……」

 

華蓮ちゃんはポーラを舐めまわすように見た。

 

「ふぅん……。アナタがポーラさんね……」

 

「な、なんですか……?」

 

「なぁんだ。お姉ちゃんとは全然違うじゃない。オッパイも小さいし、子供っぽいというか……。お姉ちゃんの方が断然勝っているじゃない」

 

華蓮ちゃんは小さく「なんでお兄さんと結婚しなかったんだろ」と言った。

 

「ち、小さくないです! 大きい方ですよー!」

 

まあ、ポーラのも大きくはあるのだが……。

しかし……。

 

「華蓮のと比べたら、無いのと同じよ。見て、お兄さん。華蓮のオッパイ、また大きくなったんだよ? お姉ちゃんのよりも、大きいでしょ?」

 

思わず、胸を見てしまう。

確かに、美奈子さんよりも――尤も、美奈子さんの胸の良さは、大きさではないんだよなぁ――デカいはデカい。

美奈子さんよりも身長は低く、反して胸はとっても大きくて――昔は太っていたそうだから、その影響もあるのだろうが――相対的な効果もあって、よりデカく見える。

 

「提督ぅ! なに見ているんですかー! 提督のえっち! ヘンタイ!」

 

「痛っ! こら! 叩くなよ!」

 

「見ちゃうってことはぁ……ポーラさんのよりも、華蓮のオッパイの方がいいってことだよね~? 華蓮のオッパイ……とっても柔らかいし、お兄さんのソレをやさ~しく包んでぇ……気持ちよくさせられるけど……試してみない……?」

 

そう言って、胸を持ち上げる華蓮ちゃん。

優しく包む……。

確かに、美奈子さんですら、それは嫌がって――一度は試してみたいと思っていたが……。

 

「あ~! 今、想像したでしょ~? いいよ~? 華蓮のオッパイはぁ……お兄さんのモノだよ……? 好きに使って……? にひひ……」

 

クソ……これだ……。

華蓮ちゃんには、男の願望を見抜く力でもあるのか……?

それも、核心を突くような――。

 

「むぅ~! さっきからオッパイオッパイって! 響ちゃんの教育に悪いこと言わないでください!」

 

その響は、あまりにも下品な会話に思考がフリーズしたのか、ピクリとも動かなくなっていた。

 

「……とにかく。華蓮ちゃん、積もる話はあるだろうけれど、とりあえず、荷解きを済ませて、砂浜で集合ということにしない?」

 

「え~? お兄さん、砂浜に集合ってことはぁ……そんなに華蓮の水着、見たいってこと~? 来て早々なのに……お兄さんのえっち~。にひひ~」

 

「提督ぅ……?」

 

「いや、そういう訳では……。単純に、ここで騒ぐのは迷惑だと思っただけで……」

 

「まあ、そういうことにしておいてあげる! いいよ。じゃあ、砂浜集合で! あ、華蓮の部屋は、205号室だからね! カギは開けておくから、着替えているところを覗きに来てもいいしぃ……そのまま襲ってもぉ……いいからね……? にひひ……」

 

そう言うと、華蓮ちゃんは部屋を出て行った。

 

「提督ぅ! なんですかあの子は!? オッパイだとかえっちだとかぁ! ハレンチですよぉ!」

 

「何というか、以前会った時よりもパワーアップしていたな……」

 

まあ、美奈子さんの目が無くなったというのもあるのだろうが、それにしたって……。

 

「……響、大丈夫か?」

 

響はハッとすると、目をパチパチさせ、状況を理解しようとしていた。

 

「あれが華蓮ちゃんだ……。俺が恐ろしい存在と言った意味が、よく分かるだろう?」

 

「確かに……。一見、お子様のようだけれど、司令官の貞操が危なそうというのも、よく分かるよ……」

 

「だろ? 寝ている間に……ともなりかねん……」

 

「そんなことはポーラがさせません! 提督のテーソーは、ポーラが守ります! そして、いずれはポーラが……うへへ……」

 

響は可哀想なものを見るような目で、ポーラを見ていた。

……なんだか不安になってきたぜ。

 

 

 

海に着くと、既に華蓮ちゃんが待っていた。

 

「あ! お兄さん遅~い」

 

「ごめんごめん……。随分早かったね」

 

「実は、服の下に着てきたの。早くお兄さんと遊びたくて!」

 

「そうだったのか」

 

「そ・れ・よ・り~……どう? 華蓮の水着。外国のビキニにしてみたの~。華蓮のオッパイのサイズだと、日本のじゃ合わなくて~」

 

そう言うと、華蓮ちゃんは強調するように、胸を寄せて見せた。

なるほど……。

これはデカい……。

外国サイズなのも納得だ……。

 

「ポーラさんたちはまだのようね。ね、今の内にぃ……あそこの岩場の陰で……シちゃおう……?」

 

「……するって、何を?」

 

「そういうのはいいからぁ……。ほぉら……このオッパイで……気持ちよくしてア・ゲ・ル」

 

華蓮ちゃんの胸が、柔らかそうに揺れる。

フム……。

このサイズであれば、確かに――。

 

「……なぁにしているんですかぁ?」

 

殺気に振り向く。

 

「ポーラ……」

 

ポーラは華蓮ちゃんを見ると、目の前に立ちふさがった。

 

「へぇ、ポーラさんもビキニなんだぁ。でも、ごめんねぇ……。せっかくのビキニ姿もぉ……華蓮の前では霞んじゃうからぁ……」

 

「ヘイキです……。ポーラ、提督が見てくれるだけでジュウブンですから。ねぇ~提督ぅ?」

 

華蓮ちゃんに見せつけるよう、ポーラは俺の腕に抱きついた。

柔らかい胸の感触。

やっぱりビキニは最高だぜ。

華蓮ちゃんも対抗してくるかと思いきや、余裕そうな表情を見せていた。

 

「華蓮は抱きつくのやめておこうかなぁ。だって、華蓮が抱きついたらぁ……お兄さんのココ、大変なことになっちゃうもんね~?」

 

そう言って、華蓮ちゃんは俺の股間を指した。

なんて下品な……。

 

「ポーラさんには反応しないんだね~? ま、そんなオッパイじゃあねぇ?」

 

「そんなことないです! 提督ぅ! どうして反応しないんですかぁ!?」

 

「んなこと言われても……」

 

後ろでボソッと「インポテンツ」と言ったのは、響であった。

 

「響……? どこでそんな言葉を……?」

 

「私とお風呂に入った時も、反応しなかった……」

 

いや、反応したら問題だろ……。

 

「とにかく、華蓮ちゃんもポーラも、公共の場で変なこと言うな……。ここは軍人も来るような場所らしいから、あまり変なことばっか言っていると、連れていかれるぞ……」

 

「その時は、お兄さんの特権でどうにかしてもらえばいいじゃない?」

 

「そうですよ! 提督は、クサっても提督なんですから」

 

響はボソッと「腐っているよりも、枯れている」と言った。

 

「はぁ……。まあいい……。もう、お前らだけで遊んで来いよ……。俺がいると、なんだか変な空気になる……」

 

「え~? お兄さんとじゃなきゃヤダ~。なんでペチャパイ女と~?」

 

「ペチャパ……それって、ポーラのことですか……?」

 

「そうよ! そもそも、なに? なんでお兄さんと一緒にいるわけ? お兄さんの家政婦って……そんなに優秀なの?」

 

「そ、そういう訳ではないですけど……」

 

「はは~ん……そういうこと……。逆って訳ね……。あまりにも出来ないから、お兄さんがお情けで雇っているってわけね……」

 

そう言われ、さすがに傷ついたのか、ポーラは俯いてしまった。

仕方ない……。

 

「そうじゃないよ。まあ、間違ってはいないけど……。お情けではなく、俺が頼み込んで来てもらっているんだ」

 

「提督……」

 

「ふぅん……。じゃあ、華蓮でもいいじゃない。華蓮、今一人暮らしだし、なんでも出来るよ? もちろん、アッチのお世話もね……? にひひ……」

 

ポーラがたじろいでいるのを見て、華蓮ちゃんは何かを確信したかのように、ニヤリと笑ってみせた。

 

「その反応……まだお兄さんと『そういうこと』したことないんだ~。一緒に住んでいるのに~?」

 

「そ、そういうのは……メイドの仕事じゃないですから……」

 

「それってつまり、所詮はメイドと主人の関係ってことでしょ? 華蓮は違うもん。華蓮はぁ……お兄さんの為だったら、なんでも出来るもん。そこに、制限はないよ……? お兄さんがシたい時に、いつでも出来るようにぃ……いつでも準備しておくからね……? にひひ……」

 

妖しい表情に、妖しい手の動き。

響は完全にフリーズし、ポーラは気圧されているようであった。

 

「……華蓮ちゃん」

 

「なぁに?」

 

「和を乱すようなら帰ってほしい。君がポーラを連れてこいと言った理由は分かっているし、こうなることは何となく分かっていた。けど、これはやり過ぎだ。俺が言いたいこと、分かるよね?」

 

少し強めに言ったつもりだったが、華蓮ちゃんは――。

 

「へぇ……そんなこと言っちゃうんだ……。お兄さん、自分の立場分かってる? 華蓮は優しいから、お兄さんが自主的に華蓮を抱いてくれるように誘導してあげているのに……」

 

華蓮ちゃんの表情が一変する。

 

「華蓮が言いたいこと……分かるよね……?」

 

分かるさ。

分かるからこそ、俺もポーラと同じように、気圧されているのだ。

 

「……でもまあ、確かに言い過ぎたかも。お兄さんも、こんな女、嫌だよね? ごめんなさい、ポーラさん。響ちゃんも、ごめんね」

 

二人は複雑そうな表情だった。

 

「お詫びに、いいもの持ってきたの。それで遊びましょう?」

 

そう言って、華蓮ちゃんが取り出したのは、竹製の水鉄砲と、大きなスイカであった。

 

「海水浴と言えば、スイカ割り! 二人とも、スイカは好き?」

 

ポーラと響は、スイカ割りという言葉にひかれたのか、目をきらめかせていた。

 

「良かった~。じゃあ、お兄さん、三人で遊んでくるね! 行こ、二人とも!」

 

華蓮ちゃんは一瞬だけ、俺に妖しい表情を見せた後、二人を連れて遊びに行ってしまった。

 

「本当……恐ろしいぜ……」

 

しばらくの間、三人が楽しそうに遊んでいる姿を眺めることしかできなかった。

 

 

 

結局その日は、三人の交流会という形のまま、引き揚げることとなった。

 

「お兄さん、結局交ざってこなかったね~? まだ怒っているの~?」

 

「提督はガンコなところがありますからね~」

 

ポーラの奴……。

結局、華蓮ちゃんに絆されやがって……。

何が『頑固なところがある』だよ……。

 

「司令官」

 

「ん? どうした?」

 

響は内緒話をするように、小声で言った。

 

「私は大丈夫だからね。ポーラのようにはいかないから」

 

響……。

 

「……本当にそうか?」

 

響の首には、いつの間にか買った――いや、買ってもらったのか、綺麗な貝殻の首飾りがされていた。

 

「響ちゃ~ん、アイス買ったから、一緒に食べよ?」

 

「うん!」

 

響はそそくさと華蓮ちゃんの膝の上に座ると、アイスを美味しそうに食べ始めた。

アイツも駄目だな……。

 

 

 

その日の夜。

結局、ポーラと響は眠ってしまっていた。

 

「フフ、よく寝ているね」

 

「……そうだね」

 

華蓮ちゃんは妖しい表情で微笑むと、例の写真を胸元から取り出し、言った。

 

「お兄さん、少~し外を歩かない?」

 

当然、拒否権はない。

 

「……分かった」

 

 

 

宿の外は街灯も人影もなく――月明りだけが頼りであった。

 

「お月様が明るくて良かった~。お兄さんの顔も、よく見えるし~」

 

「……そうだね」

 

「……そんなに怖い顔しないでよ~。それとも、写真のこと、怒ってる?」

 

「怒ってないよ。驚きはしたけど……」

 

「じゃあ、なんで怖い顔しているの?」

 

答えは分かっているはずだが、華蓮ちゃんはあえて言わなかった。

 

「まあいいや。さっきはごめんね。和を乱しちゃって」

 

「いや……」

 

「ポーラさんを見て、嫉妬しちゃったの。あの場では言わなかったけど、正直、ポーラさんはすっごい美人だと思ったの。それこそ、お姉ちゃんに等しくね。だから、つい突っかかっちゃった……」

 

なるほど……。

やたらと対抗しているなとは思っていたが……。

 

「お兄さん、ポーラさんのこと、好きなの……? もちろん、異性として、だよ?」

 

俺は少し躊躇った後「いや……」と答えた。

躊躇ったのは、ポーラに気持ちがあったからではなく、嘘でも「好き」と答えるべきだったか、迷ったからであった。

 

「『まだ』その段階ではない、って感じだね」

 

それが、都合のいい解釈であったかどうかは分からないが、俺はあえて何も言わずにいた。

 

「ねぇ、お兄さん。どうして華蓮を受け入れてくれないの? 華蓮のこと、嫌い?」

 

「いや、そういう訳じゃ……」

 

「だったら……」

 

「……その前に、どうして今更その写真を? どうしてポーラを連れてこいと……?」

 

「質問しているのは華蓮の方なんだけど?」

 

俺が黙っていると、華蓮ちゃんはため息をついた。

 

「まあいいや。写真を送ったのは、そうでもしないと、お兄さんは華蓮と会ってくれないだろうと思ったから。写真を撮った理由は、いつかお姉ちゃんからお兄さんを奪い取る為の材料になると思ったから。けど、結局、お姉ちゃんは別の男の人と結婚しちゃった。お兄さんとの関係があったのにもかかわらず……。ポーラさんを呼んだのは、お兄さんと男女の関係があるのかどうか知るため。結局、そういうのは『まだ』なさそうだったけど」

 

華蓮ちゃんは再び写真を取り出すと、退屈そうにそれを見つめた。

 

「昔から、お姉ちゃんが羨ましかった……。華蓮よりも美人で、完璧で――華蓮も、同じようになりたかった……。だから、華蓮も努力したの……。お姉ちゃんに負けないような美人になるんだって……。でも、なれなかった……。お姉ちゃんに唯一勝てたのは、この大きな胸だけ……。そんなお姉ちゃんに、恋人ができた……。それが、お兄さんだった……」

 

厳密に言えば、恋人ではなかったのだが……。

 

「お兄さんのことを語る時のお姉ちゃんは、華蓮の知る美人で完璧なソレとは別人のように感じた……。実際、お兄さんに会ったとき、その理由が分かった。お兄さんは、お姉ちゃん以上に完璧な人だった。あのお姉ちゃんが、あんな顔をするだなんて……。だから、思ったの……。お兄さんを奪うことができれば、華蓮は、お姉ちゃんに勝てるんだって……」

 

月明りに照らされた華蓮ちゃんの横顔は、どこか――。

 

「最初は、そんな不純な気持ちだった。でも、結局華蓮もお姉ちゃんと一緒……。いつの間にか、そんな目的も忘れて、お兄さんに夢中になってた……。お姉ちゃんのように、華蓮も乱れたいって……。強く抱かれたいって……」

 

華蓮ちゃんが、ゆっくり近づいてくる。

 

「華蓮ね……お兄さんを誘惑するようなことばかり言ってきたけど……実は、まだ『そういう経験』は無いの……。お兄さんが……初めてであって欲しかったから……」

 

そういうと、華蓮ちゃんは浴衣の帯を解き――生まれたままの姿になった。

褐色の肌が、月明りに照らされ、艶やかに輝いていた。

 

「華蓮ちゃん……」

 

「逃げたら……写真をバラまくから……」

 

本当に生娘なのか、声が震えていた。

 

「……こんなことでいいのかい? 君の初めての経験は……。そこに、愛はないぜ……」

 

「お姉ちゃんだって同じだったはずでしょ……? 本当の愛があったのなら、お姉ちゃんは別の人と結婚なんてしなかった……。華蓮は、そうはならない……。華蓮は、諦めない……。必ず、お兄さんに華蓮を愛して貰うの……。お兄さんだって、本当は――」

 

そう言って、華蓮ちゃんは俺の股間に手をあてた。

しかし――。

 

「……どうして硬くなってないの?」

 

華蓮ちゃんは何度も俺の股間を揉んだ。

けど――。

 

「どうして……!? まさか……響ちゃんが言ったように、イン――」

「――そうじゃない」

 

俺は、華蓮ちゃんを離し、浴衣を着せてやった。

 

「そうじゃないんだ……」

 

「じゃあ、どうして華蓮で……」

 

ここで、愛が無いだとか、それっぽいことを言えたらよかったのだろうが、俺も変になっていたんだろうな……。

 

「華蓮ちゃんに無くて、美奈子さんにあったものがある……」

 

「それは……?」

 

「それは……」

 

俺は、思い出すかのように、星空を望んだ。

 

「おねだり、だよ」

 

「おね……」

 

華蓮ちゃんの表情が固まる。

そら、そんな顔にもなるわな。

 

「美奈子さんはね、上手なんだよ。俺を『その気』にさせるのが。あの人の前だと、イケナイとは分かっているのだが、どうも……」

 

「か、華蓮だって、おねだりくらい……!」

 

「いやいや……違うんだよ……。こう、なんというか……説明が難しいんだけど……」

 

って、そういうことではないだろう……。

 

「……とにかく。そんな彼女でも、俺は本気で愛することはなかった。彼女に夢中になったのは事実だが、本気で愛そうと思ったことはない……」

 

「……恋人じゃなかったの?」

 

「美奈子さんがそう言っていたのかい?」

 

華蓮ちゃんが頷く。

 

「……まあ、恋人の定義は、人それぞれだからね」

 

「酷い……」

 

「それが俺だよ、華蓮ちゃん」

 

華蓮ちゃんは俯くと、浴衣をギュっと掴んでいた。

 

「華蓮ちゃんは、俺に抱かれたいの? それとも、愛されたいの?」

 

「華蓮は……」

 

『華蓮は、諦めない……。必ず、お兄さんに華蓮を愛して貰うの……』

 

そう言った華蓮ちゃんは、何故か今は黙っていた。

本当は分かっている。

華蓮ちゃん自身、どうなりたいのかよく分かっていないのだろう。

姉への憧憬――自信への渇望――それら全てを解決するのに、俺が必要だっただけだ。

抱かれる事だって、愛される事だって――それらが『目的』でないのなら――。

 

「華蓮ちゃん……仮に俺が君を抱いたとしても、君の望むそれは、手に入るのかい……?」

 

華蓮ちゃんは……。

 

「……今日はもう遅い。宿に戻ろうか……」

 

華蓮ちゃんは頷き、俺に背中を押されながら、宿へと戻った。

 

 

 

翌朝。

目を覚ますと、何故か華蓮ちゃんと目が合った。

 

「あ、こっちも起きた」

 

「うお!?」

 

俺の驚く声に、ポーラと響も目を覚ましたようだ。

 

「うーん……提督ぅ……? 朝からうるさいですよぉ……」

 

「か、華蓮ちゃん……」

 

「カレンチャン……?」

 

華蓮ちゃんは、何故か裸であった。

つーか、なんでここに……。

昨日、宿に戻った後、部屋へ帰したはずだが……。

 

「にひひ……お兄さんを起こしに来てみたら、まだ眠っていたからぁ……華蓮が『朝のお手伝い』してあげようと思って~」

 

そう言って、華蓮ちゃんは俺の股間を指した。

ソレは、何故か元気になっていた。

 

「な……!?」

 

「にひひ……触ってたらぁ……おっきくなっちゃったよ……? お兄さんの、と~っても立派なんだね。華蓮、そんなに大きいの入るのかなぁって、心配になってきちゃったよぉ」

 

昨日のテンションの差に風邪を引きそうになりながら、俺は後ずさりしてしまった。

 

「カレンチャン!? なにしているんですかー!?」

 

「なにって……にひひ……。ポーラさんにはまだ早いこと……かな?」

 

「どういうことですか……?」

 

響は何かを察し、股間を押さえている俺を見た。

 

「司令官……」

 

「い、いや! 違う! 誤解だ!」

 

「インポテンツじゃなかったんだね」

 

あ、そっちっすか……。

 

「提督ぅ!? 朝から何していたんですかー!? えっちなことですかー!? なんでカレンチャンが裸なんですかー!?」

 

「し、知るか! 俺も目が覚めたばっかりで……」

 

華蓮ちゃんは嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

朝食を摂りつつ、華蓮ちゃんの話を聴いた。

 

「昨日の夜、部屋に帰ってから、色々考えたの」

 

「色々?」

 

「うん。でね? やっぱり華蓮、お兄さんが好きだなぁってなったんだ~」

 

その色々が気になる訳だが、その前に……。

 

「……ポーラ、そんなところで拗ねていないで、お前も朝食を摂れよ」

 

ポーラは部屋の隅でへそを曲げていた。

どうやら、俺と華蓮ちゃんが夜二人っきりで散歩していたことを知り、拗ねているらしい。

 

「ポーラさん、ごめんなさ~い。でも、ポーラさん寝ていたから~」

 

「起こしてくれてもよかったじゃないですか……。夜、二人っきりでえっちなことしたんですよね……? だから、カレンチャンが裸で……提督も……その……モニョニョ……」

 

何やらゴニョゴニョ言っているが、どうやら俺のアレが元気になっていたことが気がかりだと言いたいらしい。

 

「お前を起こさなかったのは申し訳ないが、俺のは生理現象だ。男ってのは、朝に元気になるもんなんだよ」

 

「ほんと! とっても元気だったよ~?」

 

「華蓮ちゃん!」

 

ポーラはますます機嫌が悪くなり、とうとう膝を抱え、小さくなってしまった。

 

「ポーラ……」

 

突如、響が「ごちそうさま」と、箸を置いた。

そして……。

 

「華蓮ちゃんさん、一緒に海に行こう」

 

華蓮ちゃんの手を引く響。

 

「響ちゃん!?」

 

「響?」

 

響は、俺に視線を送った。

なるほど……。

 

「華蓮ちゃん、先に響と海へ行ってくれないか? 俺はポーラの機嫌を直してから行くから」

 

「でも……」

 

「華蓮ちゃんさん、早く!」

 

「わ、分かったから! 手を引っ張らないで~」

 

華蓮ちゃんは響に引っ張られながら、部屋を後にした。

 

「気を遣われたな」

 

そう言って、ポーラの傍に座る。

 

「提督も行ったらいいじゃないですか……」

 

「お前を置いてはいけないよ」

 

その言葉にドキッとしたのか、ポーラは耳を赤くして、小さくなった。

 

「……悪かったよ。お前を起こす暇もなかったんだ」

 

写真で脅されていたしな……。

それは言えないけど……。

 

「カレンチャンと……何をしていたんですか……?」

 

「話をした。お前との関係性も訊かれたし、俺のことが好きだということも言われた」

 

「……提督は、どう返したんですか?」

 

「その気持ちが本物かどうか問うた。華蓮ちゃん自身、まだよく分かっていないようだった。その日の夜は答えを出せなかったようだが、今朝、起きてみたら……後は、お前の知る通りだ」

 

「そうじゃなくて……」

 

「え?」

 

「ポーラとの関係……どう答えたんですか……?」

 

『お兄さん、ポーラさんのこと、好きなの……? もちろん、異性として、だよ?』

 

「……艦娘と提督であり、今は家政婦と雇い主だと答えた」

 

ポーラは少し間を空けた後、小さく「そうですか……」と言った。

 

「もう分かっただろ? 何もないって。いいから、朝食を摂れ」

 

「……もう一つだけ、訊きたいです」

 

「あ?」

 

「カレンチャンのお姉さん……提督とどういう関係なんですか……?」

 

「え……?」

 

「気になっていたんです……。カレンチャン……初めてポーラを見た時、言っていました……」

 

『なぁんだ。お姉ちゃんとは全然違うじゃない。オッパイも小さいし、子供っぽいというか……。お姉ちゃんの方が断然勝っているじゃない』

 

「……それがなんだってんだ?」

 

「どうしてポーラをカレンチャンのお姉さんと比べたんだろうって……。どうして、カレンチャンは、今になって提督に会いに来たんだろうって……」

 

ポーラはじっと、俺を見ていた。

目を逸らしたら、変だよな。

 

「カレンチャンのお姉さんって、いつもポーラの面倒を見てくれていた人ですよね……? 仕事も探してくれていたし、響ちゃんの里親も探していた人です……」

 

「……ああ、そうだ。俺の上司だった人だ。結婚して、辞めてしまったがな」

 

「ケッコン……」

 

ポーラは俯くと、もう一度顔を上げ――その目は、どこか真剣そのものであった。

 

「カレンチャンが、ポーラとお姉さんを比べた時、小さく言ったんです……」

 

『なんでお兄さんと結婚しなかったんだろ』

 

「提督……教えてください……。カレンチャンのお姉さんは……提督の……コイビトでしたか……?」

 

俺に恋人がいるかどうか、いたかどうか。

何故、ポーラがそこまで気にするのか、分からなかった。

けど、ポーラの気持ちを知った今は――いや、それでも、そこまでこだわる問題なのか、俺には分からなかった。

 

「恋人ではなかったよ」

 

嘘ではない。

 

「じゃあ……どんな関係だったんですか……?」

 

「上司と部下だよ」

 

「ほんとにそれだけですか……?」

 

その問いかけに、少し、感心してしまった。

ポーラ、お前、俺のことをよく分かっているよ。

今までのお前だったら、恋人ではないと言われたら、そこで納得していただろう。

けど――それほどまでに、永く一緒にいたのかもしれないと思い、俺は思わず笑ってしまった。

 

『何を【恐れている】?』

 

ポケットの写真に手を触れる。

俺はまだ、ポーラが傷つくことを恐れ、逃げているのか。

 

「提督……?」

 

俺は、ポーラをどうしたいんだ……?

 

『――俺は、お前と居たいと思っている。お前に、来てほしいと思っている。お前と共に、この先も――……』

 

だとしたら――。

ポケットから、手を抜く。

いや――。

 

「本当に恐れているのは……お前の方か……」

 

「え……?」

 

そうだよな。

お前が俺を理解したように、俺にも分かる。

答えを恐れているのなら、逃げればいい。

でも、お前はそれをしない。

それを覚悟の上で、お前は――。

だとしたら――。

 

「……彼女とは、体の関係があった」

 

「え……」

 

俺は、写真をポーラに見せた。

 

「俺が提督として上手くやっていけていたのは、高見上官に取り入ったからだ。出世の為……そして、艦隊を優遇してもらう為、彼女と体の関係を持った」

 

ポーラは、震える手で写真を取った。

 

「それは、高見上官の家に行った時、たまたま遊びに来た華蓮ちゃんに撮られたものだ。その写真をバラまかれたくなければ、ここに会いに来いと脅された」

 

ポーラは――。

 

「……黙っていて悪かった。写真のことも、高見上官とのことも……」

 

「……嘘だったんですか? コイビトじゃないってこと……」

 

「それは本当だ……。高見上官とは、あくまでも利害関係でしか繋がっていなかった。彼女もそれを分かっていた。だからこそ、別の男と結婚したんだ……」

 

そんなのは意味のない話だろう。

恋人の定義は、人それぞれだ。

きっと、ポーラも――。

 

「……ごめんなさい」

 

ポーラは立ち上がると、そのまま走って出て行ってしまった。

 

「ポーラ……」

 

こうなるのは、時間の問題だったのかもな。

 

「お前から逃げないと、決めたはずなのだがな……」

 

不思議と、ポーラを振った時ほどのダメージはない。

あるのは、もっと早くに伝えるべきだったという、後悔だけであった。

 

 

 

「あ、響ちゃん! お兄さん来たよ!」

 

響は目をきらめかせながら走ってくると、俺に飛び付こうとしたが、服装を見て、手を握るだけにとどめた。

 

「あれ? お兄さん、水着は?」

 

「あぁ……。今は泳ぐ気分じゃなくてね……」

 

「え~? つまんな~い……」

 

「司令官、ポーラは?」

 

「あぁ……実は――」

 

事情を説明してやると、響は深いため息をついて見せた。

 

「つまり、慰めることに失敗したんだね……」

 

「そういうこった」

 

「でも、華蓮とは何もなかったって、ちゃんと説明したんでしょ? なんでそこまで……」

 

「写真のこと、ポーラに話したんだ」

 

「え……?」

 

「ポーラには黙っていたんだ。ショックを受けると思ってね。でも、話の途中で、君のお姉さんとの関係について尋ねられてね。正直に話したんだ……」

 

響は、何のことだか分からないとでもいうように、首を傾げた。

 

「……この際だ。お前にも見てもらおうか……。教育にはよくないが、お前ならある程度察せるだろ」

 

そう言って、俺は写真を見せた。

幸い、生まれたままの姿とは言え、大事な部分は見えていなかったし、何も知らなければ、ただ仲睦まじく寝ている男女にしか見えなかった。

 

「……なるほどね」

 

響はムッとした表情を見せると、俺の頬を思いっきり叩いた。

 

「いってぇ!?」

 

「響ちゃん!?」

 

「私はポーラを探してくる……。司令官は、頭を冷やしてて……」

 

そう言って、響は去っていった。

響が何に怒っていたのかは分かっている。

それは、俺と美奈子さんの関係についてではなく、その関係を隠していたこと――逃げないと誓った俺が、未だに逃げていた事に対して、だろう。

 

「お兄さん、大丈夫……?」

 

「あぁ……」

 

「……ごめんね。ポーラさん、お姉ちゃんとの関係について、知らなかったんだね……。それなのに、華蓮は……」

 

「華蓮ちゃんは悪くないよ……。アイツが怒ったのは、美奈子さんと関係があったからではないんだ……。そのことを隠していたことについて、怒っていたんだ……。だから、悪いのは俺だ……」

 

「お兄さん……」

 

華蓮ちゃんは俯いた後、何かを決意したかのように顔を上げ、俺を見た。

 

「酷いこと言うようだけど、華蓮にとっては都合のいい展開ね……」

 

「そうだね……」

 

「……華蓮ね、昨日、考えたの。華蓮が本当に欲しかったもの……」

 

『華蓮ちゃんは、俺に抱かれたいの? それとも、愛されたいの?』

 

「華蓮は、お兄さんに愛されたい……。お姉ちゃんとお兄さんの関係が、ただの利害関係だったことは理解しているよ……。お姉ちゃんも、それは分かっていたはず……。でもね……」

 

『お姉ちゃん、幸せそうだね』

 

『……うん。えへへ……』

 

「お姉ちゃんの幸せそうな顔は、本物だった……。華蓮は、お姉ちゃんのあの幸せそうな顔が羨ましかったんだと思う……。だから、華蓮は……」

 

華蓮ちゃんはそっと、俺を抱きしめた。

 

「華蓮ちゃん……」

 

「華蓮は……逃がさない……。どんなチャンスも……どんな手を使っても……。お兄さんを……」

 

「……そこに、愛がなくてもかい?」

 

「お姉ちゃんの時も同じだったはずよ……。でも、お姉ちゃんを抱いている時、本当にそこに愛はなかった……? ううん……あったはずよ……。そうじゃなかったら、お姉ちゃんはあんな顔しないし、恋人だと認識していなかったはず……」

 

俺はそれに、何も言い返せなかった。

愛の定義は、人それぞれだ。

けど、確かに――美奈子さんの思うソレとは違うけれども――。

 

「きっと、華蓮も同じ……。ううん……。お姉ちゃん以上に、ハマるはず……。おねだりもするよ……? お姉ちゃんが嫌がったことも、していいよ……? ずっと、お兄さんを手玉に取るようなことを言ってきたけれど、華蓮、本当は……お兄さんに……染めてほしいの……。たくさんイジメて……? 何度も何度も――華蓮が壊れるまで――ね……?」

 

その瞳に――やはり、姉妹なんだな――熱い夜を思わせる瞳に、俺は――。

 

『提督ぅ!』

 

突然、ポーラの笑顔が思い浮かんだ。

 

「お兄さん……?」

 

同時に、華蓮ちゃんを離していた。

 

「……ごめん」

 

自分でも、驚いていた。

華蓮ちゃんの瞳に――あの夜の思い出に、確かに俺は――。

でも、今は――。

 

「……写真、バラまかれてもいいんだ?」

 

「いや……」

 

「だったら……!」

 

「俺は構わない……。でも……美奈子さんは巻き込まないでくれ……」

 

「へ……?」

 

「俺はどうなっても構わない。写真をバラまかれても……。でも、美奈子さんには、迷惑をかけたくないんだ……。それは君だって同じだろう……?」

 

「何を言って……」

 

「俺の恥ずかしい写真だったら、いくらでも撮ってバラまいてくれてもいい……。だから……」

 

華蓮ちゃんは、怒りの表情を向けていた。

 

「そんなに華蓮の事が嫌い……? そこまでして拒絶する意味が、お兄さんにはあるの……?」

 

俺が答えないでいると――。

 

「分かった……。ポーラさんね……。お兄さん、やっぱりポーラさんのことが好きなんでしょ!?」

 

「いや……」

 

「否定するのね……。分かった……。じゃあいいよ……。ポーラさんに直接話すから……」

 

「話すって、何を……?」

 

「お兄さんとお姉ちゃんが、どんなことをしてきたのか……。どんな関係だったのか……。事細かく説明してあげる……!」

 

「華蓮ちゃん……」

 

「華蓮、言ったよね……? どんな手も使うって……。お兄さんの中にポーラさんへの気持ちがあるというのなら、徹底的に排除するわ……。きっと、華蓮の話を聴いたら、ポーラさん、二度と、お兄さんに会おうとは思わないはずよ……」

 

それだけのことを言う、ということだろう。

 

「後悔しても……遅いから……」

 

そう言って、華蓮ちゃんは去っていった。

残された俺は、その背中を見ることもできなかった。

 

 

 

部屋へ引き揚げると、まだ誰も帰ってきていなかった。

 

「…………」

 

ポーラへの気持ちがあるかどうかについて、考える必要はない。

そういう問題ではない。

そのはずなのに……。

 

『お兄さん、ポーラさんのこと、好きなの……?』

 

何故、引っかかる。

 

『何を【恐れている】?』

 

俺は、ポーラといることを望んだ。

それ以上でも、それ以下でも無い。

 

『愛の定義は、人それぞれだ』

 

そうさ。

響を受け入れたのだって、同じだ。

俺は、ただ――。

 

「でも……」

 

でも、もしそうであるのなら――愛の定義が、俺の思っているものとは違うのなら――。

 

「嗚呼……」

 

俺は、思わず口を押さえてしまった。

 

「いや、絶対に違う……。それはない……」

 

俺は、ただ――。

 

『提督ぅ!』

 

「クソ……」

 

俺は宿を飛び出した。

 

 

 

行先には、心当たりがあった。

というよりも、アイツは……。

 

「やっぱりここにいたか……」

 

最寄り駅近くの喫茶店。

そこに、ポーラはいた。

 

「提督……」

 

「……どこにも行けなかったんだろ?」

 

ポーラは静かに頷いた。

席に座り、アイスコーヒーを注文した。

飲み物が運ばれてくるまでの間、会話はなかった。

 

「覚えているか……?」

 

「え……?」

 

「お前が、ザラと一緒に住み始めた頃さ、ザラから相談されたんだよ」

 

『ポーラが外出しなくて困っている』

 

「最初は、戦争が終わって、ただだらけているだけだと思っていたんだが、単純に、知らない土地だと怖くて、どこにも行けなかっただけだったんだよな、お前」

 

「……それを思い出して、ここに来たんですか?」

 

「ここなら時間も潰せるし、人もいないしな。すぐに分かったよ」

 

「その割には、随分と時間がかかりましたね……」

 

「色々考えていたんだ。華蓮ちゃんや響にも、声をかけてから来たしな」

 

「……そういうのは、すぐに追いかけないとイケナイですよ。だから、華蓮ちゃんのお姉さんも、ケッコンしちゃうんですよ……」

 

「……まさかとは思うが、俺が上官に振られたと思っているのか?」

 

「違うんですか……? だって、提督は好きだったんですよね……? お姉さんのこと……」

 

ポーラは、空になったグラスに口をつけると、にへらと笑って見せた。

 

「提督、嘘つかなくていいです。ポーラ、傷つきませんから」

 

「え?」

 

「ほんとは、コイビトだったんですよね? でも、何かあって、別れることになったんですよね?」

 

「何を言って……」

 

ポーラは拳を握りしめると――だが、表情は穏やかなままだった。

 

「そうじゃなかったら、体の関係になんて、なりませんよ。そういうのは、コイビトがするものです」

 

「……そうとは限らん。現に、俺と上官は――」

「――提督がそう思っているだけです」

 

ポーラは窓の外に見える、退屈な漁港に目を向けた。

 

「もし、体の関係に、コイビトとは違う理由があるのなら……ポーラを抱けますか……?」

 

その瞳は、あまりにも退屈そうであった。

まるで、俺の答えが分かっているかのような――。

 

「無理ですよね……? それが、答えの全てです……」

 

「……上官にだって同じことが言える。彼女に力がなかったら、俺は彼女を抱いてはいなかった」

 

「だったら……」

 

ポーラが、俺を見つめる。

今まで見てきたどの目よりも、厳しく、そして、鋭かった。

 

「カレンチャンを遠ざけるために、センリャクとして、ポーラを抱けますか……?」

 

その問いにたじろがなかったのは、その瞳の奥にある、ポーラの悲しみに気が付いたからであった。

 

『俺は、ポーラをどうしたいんだ……?』

 

「フッ……」

 

俺は、椅子に深く腰かけた。

 

「……何がおかしいんですか」

 

「いや……。なんか急に、今までのことを思い出してな」

 

「今までのこと……?」

 

『提督ぅ!』

 

『ヤです!』

 

『あれぇ!? どうしてポーラ、裸なんですか!? 提督のえっちー!』

 

「いつの間にか、こんな話を出来るようになったんだなって」

 

「……子供扱いですか?」

 

「そう思っていた。でも、気が付いたら一緒に住んでいて、こんな話まで……」

 

俺はアイスコーヒーを飲み干し、言った。

 

「戦略の為にお前を抱けるかどうか……。答えはNOだ」

 

「……じゃあ、やっぱり、お姉さんとは――」

「――それも違う」

 

ポーラは、ムッとした表情を見せた。

 

「華蓮ちゃんをどうにかするのに、お前を抱く必要はない。方法は、別にある」

 

「…………」

 

「……というのが、いつもの理由だ。でも、本音を言うなら……」

 

俺は、ポーラをじっと見つめた。

 

「そんな理由で、お前を抱きたくはない」

 

ポーラは一瞬、意味を考えるように眉をひそめた。

そして、それが分かったのか、顔を真っ赤にすると、何故か怒り出した。

 

「そ、そうやって! そうやって、ずっと、女の人をタブラカして来たんでしょう!? ポーラには、ツーヨーしませんから!」

 

「言ったろ。本音だよ」

 

ポーラは口をパクパクさせていたが、言葉が出なかったのか、ただ俺を睨むだけであった。

 

「……ポーラ」

 

「な、なんですか!?」

 

「悪かった……。上官との関係……隠してしまって……。お前から……逃げてしまって……」

 

「……!」

 

「でも、もう隠し事はしない。今言った『本音』が、その証拠だ」

 

「そ……そんなの……!」

 

ポーラは何か言おうとしたが、空になったグラスに口をつける俺を見て、閉口した。

 

「信じられないというのなら、なんでも訊いてくれ。包み隠さず答えるよ」

 

ポーラは少し躊躇った後「じゃあ……」と言って、質問を始めた。

 

「コイビト……いたことは……?」

 

「無い。無論、お前の思うような恋人らしいことはしてきた。けど、俺にその気持ちはなかった。全員、何かしらの目的があって近づいた連中だ」

 

「その中に……お姉さん以外に、体の関係を持った人はいますか……?」

 

「いる。数はそこまで多くないが、必要と判断した時だけ、関係を持った」

 

続けて、ポーラはいくつも質問してきた。

俺は、全てを包み隠さず話した。

中には、ポーラが傷つくような内容もあったが、それでも――。

 

「――という感じだ。他にはあるか?」

 

「じゃあ……最後の質問です……」

 

ポーラは俯いた後、何かを決意したかのように顔をあげ、まっすぐ俺を見つめた。

 

「ポーラのこと……どう思っていますか……?」

 

その問いに『異性として』という言葉がなかったのは、配慮でもなんでも無い。

言うまでもなかったからだろう。

ポーラは、俺が全てを正直に話すと信じている。

だからこそ、含めなかったのだ。

 

「……分からない」

 

「分からない……?」

 

「多分……好きなんだと思う……。でも、認めたくないんだ……」

 

「ど、どうしてですか……?」

 

どうして……か……。

 

『何を【恐れている】?』

 

嗚呼……そうか……。

 

「提督……?」

 

そうだったのか……。

 

「怖いから……だろうな……。俺は、今のお前との関係が好きだから……。それが壊れることを……恐れているんだと思う……」

 

そうだ……。

ポーラを振った時も――家政婦に迎え入れたのも――全ては――。

 

『提督ぅ!』

 

「お前の笑顔が好きなんだ。お前の笑顔を見ていたんだ。恋人だとか、体の関係だとか――提督と艦娘だとか、主人と家政婦だとか――そんな面倒な括りなんかじゃなく、ただ、お前といたいだけなんだ。あのだだっ広い家で、お前と響、そして俺で、ずっと――」

 

そう言い切った時、何か、スッキリとした気持ちになった。

 

「だから、お前の問いには、そうとしか答えられない。ごめん……」

 

謝る俺に、ポーラは――。

 

「……やっぱり、提督は変です」

 

「え?」

 

「フツウ、それを……その気持ちを……」

 

そこまで言って、ポーラは閉口した。

 

「その気持ちを……なんだ……?」

 

「いえ……なんでも無いです……」

 

俺が分からないでいると、ポーラはそっと顔を近づけ、そして――。

 

「お、おい……」

 

「心配しないでください……」

 

「え……?」

 

「関係は、壊れません。ポーラ、少しずつでも、提督に好きになってもらいますから。そしたら、好きな気持ちも、今のキスも、いつの間にか日常に――提督が好きな日常になると思いますから」

 

そう言って笑顔を見せるポーラに、俺は――。

 

「だから、体の関係は、今はオアズケにします。今は、提督が好きなポーラに戻ります。えへへ」

 

「ポーラ……」

 

その時、ポーラのお腹がグゥと鳴った。

 

「……そういやお前、朝食まだだったな」

 

「えへへ……。提督ぅ……そのぉ……サンドイッチ……食べていいですかぁ……? 実はポーラ……お財布持ってくるの忘れてぇ……。今、これしかないんです……」

 

そう言って、小銭を見せてきた。

これは、初日に買った『めおとゴブレット』の釣銭か……。

 

「ダメ……ですか……?」

 

「フッ……しょうがねぇな……。その代わり、俺も少し小腹が空いてきたから、少し分けてくれよ?」

 

「もちろんです! ポーラが、あーん、してあげます!」

 

「それはまだ早い」

 

「なんでですかー!? それくらい、フツウですよー! キスもしたじゃないですかー!?」

 

「俺にとっちゃ、キスよりも恥ずかしいんだよ……。いいから、お前はただ普通にしててくれ……。その方が……俺にとっては……」

 

恥ずかしそうにする俺の言葉を聞き逃さないよう、ポーラはわざとらしく耳をすませていた。

 

「……そうやって揶揄うのなら、奢らねえぞ」

 

「あっあっあっ! ゴメンナサイ! 違うんです! ただ、最近、耳が遠いなぁって!」

 

「フッ……なんじゃそりゃ」

 

笑顔を見せてやると、ポーラも同じように笑顔を見せた。

この気持ちが恋だとは認めない。

けど、やっぱり俺は――。

 

 

 

宿へ戻ると、響と華蓮ちゃんも戻っていた。

 

「司令官……」

 

「おう、戻ったよ」

 

ポーラの表情を見た響は、俺を叩いた後、その勢いのまま、ポーラに抱きついていた。

 

「心配かけてごめんなさい、響ちゃん……。提督とは仲直りしましたから、安心してください」

 

響は顔を隠すように、ポーラを強く抱きしめていた。

どうやら泣いているらしい。

 

「お兄さん……」

 

「華蓮ちゃん」

 

華蓮ちゃんは何かを察したのか、深くため息をついていた。

 

「ポーラには、全て話したよ」

 

「そのようね」

 

華蓮ちゃんはネガフィルムを取り出し、それを俺に渡した。

 

「……いいのかい?」

 

「勘違いしないで。お兄さんを諦めたわけじゃないから」

 

「え?」

 

「脅すことができないのなら、正々堂々戦うだけ。残り二日間――実質、一日しか無いかもしれないけれど――お兄さんを落として見せるから!」

 

そういうと、華蓮ちゃんはニッと笑って見せた。

 

「そうはさせません! 提督は、ポーラのものです!」

 

「それはどうかなぁ? ポーラさん、一緒に住んでいて、お兄さんとシたことないでしょ~? お兄さん、朝の様子から相当溜まっているようだったしぃ……ポーラさんと出来ないのならぁ……華蓮とする……? 絶対……気持ちイイよ……?」

 

「フム……」

 

少し考える素振りを見せると、ポーラは俺を小突いた後、そっと、頬にキスをした。

 

「わ~お!」

 

「ポーラ?」

 

「これで……我慢できませんか……?」

 

そう言って顔を赤くするポーラに――。

 

「なーんだ、お兄さんって、そういうのが好きなんだぁ? じゃあ、いいよ! 華蓮も、そうしてあげる!」

 

華蓮ちゃんは嬉しそうに顔を赤らめながら、俺にそっと寄り添った。

 

「……邪魔しないでください!」

 

反対側から寄り添うポーラ。

 

「独占欲強いと、嫌われちゃうよ?」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

不安そうにするポーラ。

面白がる華蓮ちゃん。

どさくさにまぎれて俺に抱きつく響。

こういう経験――女の子たちが俺を取り合うこと――何度も経験してきたが、なんというか、これは……。

 

「いいから離れてくださいー!」

 

「痛ぁい! お兄さん、ポーラさんが暴力振るう~!」

 

「司令官、なんか汗臭いよ……?」

 

「お前らよ……」

 

でも――悔しいけど――こういうのも悪くないな……。

 

 

 

結局その日は四人で一日を過ごした。

最初こそ、俺を取り合うような事ばかりしていたが、やがて、俺を抜きに三人で楽しく遊びだした。

 

「これじゃあ、昨日の繰り返しだぜ」

 

だが――。

 

「アハハハハ! ポーラさん、そっちじゃないよぉ!」

 

「じゃあ……こっち!」

 

「ポーラ、もっと左だよ。そっちだと、スイカじゃなくて司令官を叩いちゃうよ」

 

「叩いちゃえば~? お兄さん、全然遊びに交ざらないし~」

 

「おい……」

 

「大丈夫です! 痛くないように、イチゲキでシトメます!」

 

「そういう問題じゃねぇよ……」

 

「アハハハハ!」

 

華蓮ちゃん、なんだか昨日よりも楽しそうだな。

純粋に楽しんでいるという感じではあるのだが、もしかしたら――。

 

 

 

その日の夜。

案の定、ポーラも響も眠ってしまった。

 

「また二人っきりになっちゃったね」

 

身構える俺に、華蓮ちゃんは寂しそうに微笑んで見せた。

 

「何もしないよぉ。ポーラさんに悪いし」

 

「……ライバルであるポーラに気を遣うのかい?」

 

「そういう訳じゃないの。ただ……」

 

「ただ……?」

 

華蓮ちゃんは真剣な表情で俺に向き合った。

 

「華蓮ちゃん?」

 

「……お姉ちゃんと体の関係になったのだから、私でもイケると思った」

 

「え?」

 

「華蓮に手を出してこないのは、お姉ちゃんがいるからだと思ってた。お姉ちゃんさえいなくなれば、お兄さんは華蓮に手を出すはずだって……。ダメ押しで、写真を使って脅してみたのだけれど――でも、今のお兄さんは、お姉ちゃんと寝ていた時とは、まるで別人で――きっと、ポーラさんが関係しているんだって思って――」

 

語るに連れ、華蓮ちゃんの表情は――。

 

「だから、華蓮……」

 

その先は、聞かなくても分かっていた。

そうか……。

だから、彼女は――。

 

「でも……」

 

「……!」

 

「せめて……この恋に決着をつけたいと思っているの……。だから、お願い……。お兄さん……華蓮の気持ちに……終止符を打って……」

 

華蓮ちゃん……。

 

「……君は強い女だね」

 

それが答えだと知っていても、彼女は俺の言葉を待つだろう。

逃げずに――逃げ出したかったとしても――。

 

「……ごめん、華蓮ちゃん。君と恋仲になることはできない……」

 

華蓮ちゃんは、まだ言葉を待っていた。

分かっている。

けど、分かりたくない。

それでも――。

俺は、寝ている二人に――嗚呼、なんて臆病な――目を向けた。

 

「俺は……」

 

俺は――。

 

「ポーラの事が……好きだから……」

 

華蓮ちゃんは――。

 

「……うん。そっか……。うん……! ありがとう、お兄さん……。これで、ようやく諦められる」

 

「華蓮ちゃん……」

 

「……最後の言葉、嘘偽りだったら、許さないからね。絶対、ポーラさんを幸せにしてね? お姉ちゃんみたいになったら、今度は本気で襲うから……」

 

「……あぁ」

 

「自信なさげだね。でも、きっと二人は結ばれるよ。お兄さんの中にどんな葛藤があるのかは分からないけれど、華蓮の知っているお兄さんが変わってしまったように、きっとまた……」

 

華蓮ちゃんは微笑むと、ポーラを見た。

 

「……さてと、おせっかいはここまででいいかな。今日はもう部屋に帰るね。明日は必ず、華蓮たちと遊んでね? じゃあ」

 

華蓮ちゃんはウインクして見せると、そのまま部屋へと戻っていった。

 

『華蓮の気持ちに……終止符を打って……』

 

美奈子さんとは違って、チャラチャラした娘だと思っていたが……。

 

「やはり、姉妹なんだな……」

 

そう思うと同時に、一度くらいは抱いておいた方が良かったかもしれないと思ってしまった。

 

「さて……俺ももう……」

 

ふと、ポーラに目を向けた。

背を向け寝ているポーラ。

その耳が、真っ赤に染まっていた。

 

「……まさか、起きていたのか?」

 

「ぐ、ぐー……すやすや……」

 

マジかよ……。

 

「ポーラ……」

 

「ご、ごめんなさい……。聴くつもりは無かったんですけど……」

 

ポーラは体を起こすと、恥ずかしそうに顔をそらした。

 

「どこから聴いていた……?」

 

「サイショカラデス……」

 

最初から……。

 

「あのさ――」

「――分かってます!」

 

ポーラは布団を抱きしめると、言った。

 

「カレンチャンを振る為の言葉ですよね? 分かってます……。分かってますけど……」

 

初めて見る表情。

 

「ごめんなさい……。嬉しいんです……。好きって……言ってくれたこと……」

 

嬉しさと、それを隠さなければいけないという表情。

それが、何故か愛おしく感じて――。

嗚呼、ダメだ……。

さっきは、ポーラの言う通り、言い訳がきいたが、今は――。

 

「ひゃあ!?」

 

思わず、抱きしめてしまった。

自分でも驚いている。

けど……。

 

「ててて、提督ぅ!?」

 

「まだだったろ……」

 

「へ……?」

 

「今日の分のハグだよ……。急に思い出してな……」

 

とっさの言い訳だったが、ポーラは信じたのか、体の力を抜き、おずおずと俺を抱き返した。

 

「て、提督……もう……いいですか……?」

 

「なんだ? 嫌か?」

 

「そうじゃないんです……。ただ……心臓の音……ドキドキって……恥ずかしくてぇ……」

 

本当に恥ずかしいのか、ポーラは目をギュッと瞑っていた。

クソ……なんだってコイツは……。

 

「……別に、俺は気にしないよ」

 

「あぅぅ……」

 

困らせてやりたいと思った。

イジワルしてやりたいと。

女にするように――されど、それはただの言い訳で――そんな感情に嫌悪感があっても、俺は――。

 

「提督ぅ……」

 

これ以上はマズいか……。

離してやると、ポーラはもう一度抱きつき、そして――。

 

「……ごめんなさい。頭……冷やしてきます……」

 

そう言って、部屋を出て行ってしまった。

 

「嗚呼……」

 

苦しい……。

認めた方が楽になれるのは分かっているんだ。

けど――。

 

「クソ……クソクソクソ……」

 

なんだって、アイツはあんなにも――。

 

「心が乱れる……。こんなの……初めてだ……」

 

 

 

翌朝。

結局、ポーラは戻ってこなかった。

心配していると、何故か華蓮ちゃんと一緒に部屋へ入ってきた。

 

「ビックリしたよぉ。夜中、急にポーラさんが訪ねてきてね?」

 

どうやら、華蓮ちゃんの部屋で一夜を過ごしたらしい。

 

「ポーラ……」

 

「ごめんなさい……」

 

「大丈夫だよ! 二人っきりで、たくさんお話ししたもんね~? 楽しかったなぁ」

 

「は、はい! 楽しかったです! えへへ」

 

昨日のことなんて忘れるほど楽しんだのか、ポーラはいつもの笑顔を見せていた。

 

「そんなに楽しかったのか。何を話したんだ?」

 

「色々だよね~? でも、お兄さんには内緒! 乙女の秘密だもんね~?」

 

「ネ~?」

 

「……そうかい」

 

まあ、本人が楽しんだのならそれでいいが……。

 

「あ! あと、昨日はお兄さんも一緒に遊ぼうって言ったけど、今日は華蓮とポーラさん、響ちゃんの三人で遊びたいから、お兄さんはどこか行ってて!」

 

「へ?」

 

「ここから数駅行ったところに、とっても素敵なお洋服屋さんがあったの! 男の人は入りにくいだろうし、どうせお兄さんも遊ぶ気はないでしょ?」

 

「まあ――」

「――決まり! 行こう? 二人とも!」

 

華蓮ちゃんは二人の手を引くと、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 

「…………」

 

まあ、別にいいのだが……。

遊ぶ気は確かになかったし……。

ただ……。

 

「響もポーラも、少しは躊躇うようなそぶりを見せろよな……」

 

俺のこと、好きじゃなかったのかよ……。

って、何を拗ねているんだ俺は……。

 

 

 

お昼過ぎになって、ようやく三人は帰ってきた。

 

「おう。遅かっ……た……な……」

 

言葉を失ったのは、ポーラと響の格好を見たからであった。

 

「どう? お兄さん好みにしてみたよ~」

 

真っ白なワンピースに、真っ白な大きな帽子。

白の映える二人だとは思っていたが、これは……。

 

「にひひ~。その様子だと、お気に召したみたいだねぇ? やっぱりお兄さんは、こういう清純な感じが好みだったか~」

 

清純が好みかどうかは分からないが、いやはや……。

 

「て、提督……どうですか……?」

 

「司令官?」

 

ふと、我に返る。

 

「あ、あぁ……似合っているよ……」

 

「そうじゃなくてぇ……。ほら、こういう時、適切な言葉があるでしょ~?」

 

そう言うと、華蓮ちゃんは俺の背中を押し、二人に近づけた。

 

「あー……」

 

おそらく、可愛いとか言えばいいのだろうが……。

 

「まあ……男受けは良さそうだよな……」

 

「なにそれー!? お兄さん、サイテー!」

 

ぷりぷり怒る華蓮ちゃん。

思いっきり俺を蹴る響。

ポーラは何故か、恥ずかしそうに俯いていた。

 

「いてて……あれ、華蓮ちゃんは買わなかったのかい?」

 

「うん、華蓮はいいの。こういう服、華蓮には似合わないし。ポーラさんは響ちゃんにはとっても似合うと思っていたから、プレゼントしたかったの!」

 

「プレゼント? いや、悪いよ。さすがに払うよ」

 

「いいの! その代わり、ちゃんと褒めて!」

 

俺としては、金を払う方がいいのだが……。

 

「ほーら! 早くー!」

 

……仕方ない。

 

「……可愛いよ、二人とも」

 

そう言ってやると、何故か華蓮ちゃんも響も、ポーラに目を向けた。

 

「だって! 良かったね!」

 

帽子を深くかぶり、恥ずかしそうにするポーラ。

その表情に、何故か二人は満足そうであった。

 

「さて、いいもの見れたし、そろそろ帰ろうかな!」

 

「え?」

 

「お姉ちゃんに呼ばれているの。お兄さん、お姉ちゃんに告げ口したでしょー?」

 

『協力してあげたいけれど……私にはどうしようも出来ないわ……。ごめんなさい……』

 

あんなこと言っていたのに……。

さすがというか何というか……。

 

「安心して。お姉ちゃんには、華蓮から謝っておくから。ごめんね、お兄さん」

 

華蓮ちゃんは深くため息をつくと、寂しそうな表情で俺を見た。

 

「華蓮ちゃん……」

 

「ありがとう、お兄さん。会いに来てくれて……。華蓮の恋に……終止符を打ってくれて……」

 

「カレンチャン……」

 

「ポーラさん、貴女に会えてよかった。貴女が素敵な人じゃなかったら、きっと、華蓮は諦められなかったから……」

 

響はそっと、華蓮ちゃんの手を取った。

 

「響ちゃんも、この二人をよろしくね。きっと、貴女がいなかったら、この二人はダメダメだから」

 

「うん……」

 

華蓮ちゃんは、もう一度、俺を見た。

だが、その表情に、悲壮感はない。

 

「今度は友達として会いに来るからね? その時、お兄さんがまだフリーだったら、今度こそ華蓮の彼氏になってもらうから!」

 

「……ああ!」

 

「約束だよ?」

 

小指に約束を紡ぐ。

だが、きっと、この約束は――。

そんな事は、彼女が一番よく分かっているのだろう。

それでも――。

 

「ありがとう……お兄さん……」

 

そう言って微笑む彼女に、せめてもの惜別の意を込めて、別れの言葉を口にした。

 

「グッド・バイ……」

 

 

 

帰りの電車。

響が眠っているのもあってか、ポーラは大人しく車窓の景色を眺めていた。

 

「……お前も眠っていていいぞ。着いたら起こしてやるから」

 

「あ、はい。大丈夫です。ポーラ、眠くないですから」

 

「そうか」

 

珍しく、アンニュイな雰囲気のポーラ。

退屈しているというよりも、どこか――。

 

「服、良かったな。お前じゃ絶対選ばなそうなものだが、似合っているぞ」

 

「ありがとうございます。カレンチャンが言っていたんです。提督が好きなのは、こういう格好だろうって」

 

なるほどな……。

華蓮ちゃん、せめてポーラの恋を応援しようと考えたんだな。

優しさなのか、はたまた自分への慰めなのかは分からないが……。

 

「……ポーラ、知りませんでした」

 

「え?」

 

「こういう格好が好きなの……。昨日、カレンチャンとたくさんお話ししました。カレンチャンは、提督のことをよく分かっていて、提督が好きそうな事とか、たくさん教えてもらいました」

 

「……まあ、確かに、よく分かっていたよな」

 

ナニとは言わんが……。

 

「……ねぇ、提督」

 

「なんだ?」

 

「ポーラ……もっと提督のことを知りたいです……。誰よりもたくさん知りたいです……。誰にも負けないくらい……提督のことを……」

 

ポーラはまっすぐ俺を見ると――その表情は、真剣そのものであった。

 

「ポーラ……やっぱり提督が好きです……。恋しています……」

 

「…………」

 

「応えてくれなくてもいいです……。でも……ポーラは、提督の『好き』に近づきたいんです……」

 

嗚呼、まただ……。

 

「ポーラ……」

 

コイツに気持ちをぶつけられると、心が――。

 

「提督……」

 

ポーラの顔が、近づいてくる。

拒もうと思えば、簡単にできる。

今までだって、そうしてきた。

なのに――。

 

「――……」

 

それは、今までしてきたものよりも永くて――拒む隙があるくらい、ゆっくり近づいてきたのに――離れる時ですら、ゆっくりだったのに――。

ポーラは、ゆっくりと頭を下げると、そのまま俺の胸に顔をうずめた。

そして、まるで決められた台詞でも読むかのように、言葉を零した。

 

「ゴホウビ……いただきました……。今回の……任務の……」

 

それは、俺への気遣いか、それとも――。

 

「……ああ、よくやった」

 

それでも、今は、素直に受け取るほか無かった。

それほどまでに、俺は、ポーラを――。

 

 

 

あれから数日。

華蓮ちゃんは美奈子さんに謝罪したようで、そのことを美奈子さんからの手紙で知った。

嵐のような危機が去りはしたが、俺の心には何か、ざわざわするような気持ちが残っていた。

――残っていたのだが……。

 

「あのさぁ……」

 

「はい、なんですか?」

 

「確かに、俺の事が知りたいとは言っていたし、俺も拒みはしなかったが……」

 

湯船に浸かっている俺を、何故かメモ帳を持って観察しているのは、ポーラと響であった。

 

「こんなところまで知る必要があるのか!?」

 

「ありますよぉ! 提督、よくお風呂入っているじゃないですかぁ。だから、好きなのかなって」

 

「安心して、司令官。ポーラは司令官の立派なところは見ていないし、見せないから」

 

まあ私は見ているけど、とでも言いたげに、響は得意げな顔を見せていた。

 

「別に好きじゃねぇ! つーか、お前らが入らなすぎなんだよ。髪洗うだけとかばっかじゃねぇか……」

 

「艦娘は老廃物が少ないから、そこまで綺麗にする必要がないんだよ。司令官だって、毎日入る必要があるほど、汚れているわけじゃないでしょ?」

 

「そうだったとしても、風呂は毎日入る。モテる男の嗜みってやつだ」

 

「なるほどぉ……」

 

メモを取るポーラ。

今の言葉、メモを取る必要があるのか?

 

「とにかく、早く出てけ! えっち! 変態! スケベ!」

 

そう言って湯をかけてやると、何やら嬉しそうな悲鳴をあげながら出て行った。

 

「ったく……」

 

『ポーラ……もっと提督のことを知りたいです……。誰よりもたくさん知りたいです……。誰にも負けないくらい……提督のことを……』

 

少しでもあの言葉にドキッとした自分が恥ずかしいぜ……。

 

 

 

風呂から上がり、居間へ戻る。

 

「あ、提督ぅ。お客さんですよ~」

 

「お客さん? こんな時間に?」

 

滅多に使わない応接間へ行ってみると……。

 

「久しぶりねぇ。雨海提督」

 

「梅津閣下!?」

 

梅津海軍大臣。

女性初の海軍大臣であり、俺を唯一の男性提督として任命したお方だ。

 

「夜分遅くにごめんなさい。近くに寄ったものだから、顔でも見ようと思ってねぇ」

 

一見すると、どこにでも居そうな高齢の婆さんではあるのだが、男性社会であった海軍をここまで変えたのは、彼女であった。

 

「そうでしたか……。いや、大したもてなしも出来ず、申し訳ございません……」

 

「長居するつもりはないから、お構いなく」

 

「失礼します~」

 

ポーラが、お茶を持ってやってきた。

 

「ソチャですが」

 

「これはこれは、どうもありがとう」

 

「では、失礼します」

 

ポーラは一礼すると、部屋を出て行った。

教えたつもりはないのだが……いつの間にこんなことを……。

 

「聞いたよ。ポーラを家政婦に迎えたと。ヴェールヌイも預かっていると。よく出来ているじゃないか。君の教育の賜物というやつだねぇ」

 

「恐縮です」

 

尤も、それ以上に手を焼いてはいるのだがね……。

 

「今日来たのは、彼女たちについて、ある計画が立てられていることを伝えるためでもあったのよ」

 

「ある計画……ですか……」

 

「終戦から二年近くが経とうとしている今日、社会にも馴染んできた艦娘に、伴侶を見つけてやろうという計画よ」

 

伴侶を……?

 

「既にパートナーと共に生活している艦娘もいるわ。しかし、未だ九割近くの艦娘が、同棲相手どころか、パートナーと呼べる異性が居ないという。我々のような軍人であれば、彼女たちを受け入れることはできるでしょう。君のようにねぇ」

 

「しかし、一般的にはまだ……と?」

 

「好意を寄せる声はあれど、実際に一般人と艦娘がパートナーになった例は無いわ。艦娘と知らば、手を引く者が多かったというじゃないの」

 

確かに……。

ポーラに好意を寄せた連中も、ポーラを艦娘とは知らなかったから、声をかけてきたのだろう。

ザラの相手も、艤装の整備士であったし……。

 

『す、すみませんでしたー!』

 

普通、艦娘と知らば、あの陸軍と同じような反応になるのやも……。

 

「そこで我々海軍は、艦娘のイメージを払拭するべく、交流会を開催しようと考えているの。ポーラやヴェールヌイにも、ぜひ参加していただきたいわ」

 

「それは構いませんが……。一体何故、伴侶を見つけてやろうと……? 艦娘のイメージを払拭するのが目的であれば、交流会のみで十分かと……」

 

梅津閣下はお茶を啜ると、ニヤリと笑って見せた。

 

「あたしゃ、艦娘に恋をしてほしいのよ」

 

無論、それはただの冗談ではあるのだが、そういうことにしておきたい事情があるのか、目の奥が笑っていなかった。

 

「海外では既に、一般人と艦娘が結婚した例が報告されているわ。元艦娘とはいえ、彼女たちは兵器だからねぇ……。それが一般人と結婚したとあらば、軍の手から離れたとみなされ、国家の心証も良くなる。実際、某国の国際的評価は右肩のぼりで、経済的にも潤い始めたというわ」

 

なるほど……。

そういうことか……。

 

「我が国は世界的に見ても、艦娘の保有数が圧倒的に多い。戦時中なら、それは有利になったであろうけれど……。しかし、戦争が終わった今、人類は再び戦争が起きないよう、平和的に問題を解決しようと考えているわ。より人道的、より平和的で無ければ、この先の時代を生き抜くことは難しくなってゆくでしょうね」

 

「…………」

 

「……少し、長話が過ぎたようねぇ。そろそろ、失礼するわ。お茶、ごちそうさまでした」

 

「いえ……」

 

「交流会については、追って通達があるわ。それまでに、二人の教育をお願いね。雨海提督」

 

梅津閣下は、外で待っていた車に乗り込むと、見送りに出てきたポーラに会釈し、帰っていった。

 

「提督ぅ、今の人、誰ですか? なんだかコワモテの人でしたね」

 

「…………」

 

『元艦娘とはいえ、彼女たちは兵器だからねぇ……』

 

永い事、艦娘に関わってきたが、やはり、一般的には……。

 

「提督ぅ? どうしました?」

 

「いや……。お茶、ありがとな。いつの間にあんなことを?」

 

「えへへ、カレンチャンに教わったんです。きっと、提督はそういうセイソな感じが好きだろうからって!」

 

なるほどね……。

 

「ポーラ、お風呂入ろう。司令官に綺麗好きなところをアピールするんだ」

 

響はタオルを振り回しながら、風呂場へと向かっていった。

綺麗好きがするような行動じゃねぇ……。

 

「あ、はーい。じゃあ、綺麗になってきマス!」

 

ポーラは敬礼すると、響の跡を追った。

 

「伴侶……か……」

 

艦娘を政治に使うなとは思うが……。

でも、そうだよな……。

いつかは、あの二人も……。

 

「…………」

 

ポーラは俺の事を好きだと言ってくれた。

でも、それもいつまで続くか分からない……。

アイツだって、いつまで経っても俺を振り向かせることができないと悟ったら、もしかしたら――。

 

「クソ……」

 

寂しいと思うのなら、認めたらいいだろ……。

そうできないのなら――。

 

「……俺は、軍人だ。私情は捨て、粛々と進めるさ……」

 

そう言葉にしては見たものの、却って寂しさを覚えてしまったのは、きっと――。

 

 

 

 

 

 

――続く

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