グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦-   作:雨守学

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第6話

「緊張してんのか?」

 

俺の問いかけに、ポーラは小さく頷いていた。

 

「そんなに気を張らなくてもいい。艦娘の印象を良くする為の交流会だとかなんだとか言っていたが、そんなのはお前らには関係のない話だ。お前らは、お前ららしく在ればいいんだ。見ろ、響なんて、もう飯に手をつけているぞ」

 

響は暁たちと、貪るように飯を食っていた。

遠慮も何もありゃしねぇが、子供の振る舞いとしては満点だろう。

 

「あそこ、若い男連中のいる場所が、お前の担当卓だ。大丈夫。いつものように飲み食いして、お前らしさを見せつけてやれ」

 

「提督は……? 一緒じゃないんですか……?」

 

「俺は俺で仕事がある。一緒には居てやれない」

 

不安そうに俯くポーラ。

人見知りするような質ではないはずだが、海で遭遇した軟派野郎の所為か、委縮してしまっているな……。

 

「何かあったら、俺が必ず守ってやる。一緒には居てやれないが、遠くから見ているから、安心しろ」

 

「提督……」

 

「それに、一緒に居たら、俺があまりにも格好良すぎて――俺は男にもモテるんだぜ――誰もお前に目がいかなくなっちまうだろ? 艦娘がメインの交流会だ。目立つわけにはいかねぇんだよ」

 

ポーラは呆れるように笑うと、小さく「そうですね」と言った。

 

「元気出たか? なら、行ってこい」

 

「はい。あ、一つだけ、いいですか?」

 

「なんだ?」

 

「この交流会が上手くいったら……ゴホウビ……欲しいです……」

 

「ご褒美?」

 

「はい……」

 

ポーラは俯くと、恐る恐る言った。

 

「デート……してほしいです……。二人っきりで……」

 

勇気を振り絞ったのか、ポーラは祈るようにして、手を揉んでいた。

その様子に――嗚呼、クソ――。

 

「……いいよ」

 

「ほんとですか……!?」

 

「あぁ」

 

ポーラは嬉しそうに微笑むと、小指を差し出した。

 

「約束……です!」

 

「……あぁ」

 

約束を紡ぐ。

ポーラは俺を見つめた後、名残惜しそうに小指を離し、自分の担当卓へと向かっていった。

 

「デート……か……」

 

似たようなことはたくさんしてきたはずなのに、何故、俺は……。

 

「雨海提督、上官がお呼びです」

 

「あぁ、今行くよ」

 

とにかく今は、仕事をするのみ。

そうさ。

俺は軍人だ。

そう思いつつも、俺はずっと、ポーラの卓を見続けていた。

……いや、見守ることも、一つの仕事だからな?

 

 

 

 

 

 

『グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦- 』

 

 

 

 

 

 

海軍本部で行われた交流会は無事成功した。

最初こそ、ポーラは緊張気味であったが、段々と慣れてきたのか、笑顔で話す様子も見られた。

 

「ふぅ……」

 

「雨海提督、お疲れ様でした」

 

「真鍋さん」

 

「凄かったですね。雨海提督の卓、艦娘だけではなく、皆さん、雨海提督に夢中でしたね」

 

「ただ適当に受け答えしていただけなのだがね。艦娘と一般の方の交流を邪魔してしまったようだ……」

 

「雨海提督は黙っているだけでも魅力が溢れていますから、仕方がないですよ。それに比べて……」

 

視線の先には、笠谷君が鼻の下を伸ばしながら、艦娘たちと交流していた。

 

「今日のメインは、一般の方なんですよ!? あの人は、ただのサクラなのに……」

 

「まあまあ。彼のことは見ていたけれど、ただ鼻の下を伸ばしているわけではなさそうだったよ。艦娘への警戒心を解くように、一般の方も巻き込んで会話していたようだ」

 

「ただ下心があるようにしか見えませんが……」

 

「まあ、それは否定できないが……。それでも、彼なりに努力はしているようだ。君との一件以来、彼は真面目に業務をこなしているようだった。このままではいけないと思ったのだろう」

 

艦娘にデレデレしている笠谷君を見て、真鍋さんは不機嫌そうであった。

ふぅん……。

 

「……しかし、艦娘とあそこまで打ち解けるとはね。だらしのない彼だが、意外にも、女性から人気があるようだよ。艦娘から好かれるのも、その要因あってこそなのかもしれないね」

 

「……あそこにいるのは、比較的面倒見のいい艦娘たちです。霞ちゃんもそうだし、千歳さんや香取さん、大和さんも――だから、構ってもらっているだけですよ……」

 

共通点があるような無いような……。

しかし、まあ……。

 

「そんなに気になるのかい? 彼のことが」

 

「そういう訳では……。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……同じ海軍として恥ずかしいだけです。ただ、それだけです……」

 

「そうかい」

 

真鍋さんに恋心があるかどうかは分からないが、嫉妬心があるのは間違いないだろうな。

若くして人を動かす役職に就いた彼女には、友人と呼べる者がいない。

唯一、心からぶつかることができたのは、笠谷君だけだ。

二人は絶対に認めないが、そこには友情に近しいものが芽生えていたはずだ。

 

「…………」

 

「……真鍋さん」

 

「は、はい」

 

「注意してきたらどうかね。そこまで言うのなら」

 

「でも……交流できているのは事実ですから……」

 

「交流会は既に終わったよ? 今、彼のやっていることは、仕事でも何でもないはずだ。違うかな?」

 

真鍋さんはハッとすると、一目散に笠谷君の方へと向かっていった。

やれやれ……。

 

「提督ぅ……」

 

「おう、お疲れ。見ていたよ。しっかりと仕事をこなしたな」

 

「疲れましたぁ……。提督ぅ……ぎゅってしてくださいぃ……」

 

「……後でな。響はどうした?」

 

「響ちゃんなら、他の駆逐艦たちとどこかに行っちゃいましたよ?」

 

確かに、駆逐艦の姿は無い。

 

「会うのが久しぶりな娘たちもいるでしょうから、はしゃいでいるのかもしれませんね」

 

他の艦娘達もそうなのか、交流会で見せた姿とは違い、楽しそうに笑いあっていた。

 

「お前はいいのか? 誰かに会わなくて」

 

「ポーラには提督がいるからいいんです」

 

「いや、俺とは毎日顔を合わせているだろ。せっかく集まっているんだ。行って来いよ。それとも、仲のいい艦娘はいなかったか?」

 

「そういう訳ではないですケド……。確かに、提督とは、毎日顔を合わせていますよ? それでも……」

 

ポーラは俺を見つめると、そっと寄り添った。

 

「それでも……提督といたいんです……。毎日顔を合わせるくらいでは、足りないんです……。ダメですか……?」

 

上目遣い。

くっ……俺は絶対に思わんぞ。

そんな目をしても……可愛いなんぞとは……。

 

「……ダメだ」

 

「なんでー!?」

 

なんで……か……。

なんでだろうな……。

 

「……お前、前に言ったよな?」

 

『関係は、壊れません。ポーラ、少しずつでも、提督に好きになってもらいますから。そしたら、好きな気持ちも、今のキスも、いつの間にか日常に――提督が好きな日常になると思いますから』

 

「――確かに、俺は日常が壊れることを恐れているし、今のままの関係が続けばいいと思っている。お前が、それを徐々に変えてゆこうとしていることも分かる。でも……」

 

「でも……?」

 

「同時に、特別なことは、特別なままであってほしいとも思っているんだ。何かが足りないと感じた時、それが満たされることは『日常』ではなく『特別』だ。その特別に、こう……特別感があるというか……うぅん……」

 

ポーラを納得させるための方便のつもりだったが……。

自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってきた……。

 

「……つまり、ポーラが提督と一緒にいたいという気持ちは、特別だということですか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「そして、その特別を提督は大切にしたいと……?」

 

「あぁ……まあ……そうだな……」

 

「それはつまり……ポーラが特別に想うその気持ちは、提督にとっても特別ということですか……?」

 

「え……?」

 

「だって……そういうことですよね……?」

 

ん……?

そういうこと……になるのか……?

よくわからなくなってきた……。

 

「……提督」

 

「なんだ?」

 

「ポーラとのデートは……特別ですか……? 特別だから……ゴホウビになりますか……?」

 

そう問うポーラの表情は――なんだ、その恋する乙女の表情は――。

 

「…………」

 

日常だと言えば、毎日のようにデートをすることになるだろう。

特別だと言えば、俺は、コイツのことを――。

 

「ポーラ」

 

千歳がお酒を持って、こちらへやってきた。

 

「お酒、飲んでいいみたいよ。こっちで飲みましょう?」

 

「ほんとですか!?」

 

「ほら、行きましょう?」

 

千歳はポーラの手を引くと、一瞬だけ俺に目配せをした。

どうやら不穏な空気を察し、連れ出してくれたようだ。

 

「気を遣わせたか……」

 

しかし……。

 

「特別……か……」

 

俺にとって、ポーラは――。

 

 

 

海軍本部の粋な計らいで、艦娘たちは戦時中に使用していた寮へ泊まることになった。

 

「――という訳なんだ。今日は暁たちと寝るよ。司令官、一人で寂しくない?」

 

「寂しいと言ったら、一緒に寝てくれるのか?」

 

響は少し考えた後「暁たちがいいというのなら」と答えた。

 

「フッ……冗談だよ。俺は寮には行けないんだ。別に用意された部屋で寝るよ」

 

「じゃあ、その部屋に行こうか?」

 

「一人で来てくれるのなら」

 

そう言ってやると、響は小さく「えっち……」と言って、去って行ってしまった。

……えっちか?

 

「さて……ポーラは……」

 

「雨海く~ん!」

 

声をかけてきたのは、俺と同じく艦娘たちの付き添いで来ていた提督達であった。

 

「ねぇねぇ! あたし達、これから部屋で飲むんだけど……一緒に来ない!?」

 

既に出来上がってんなぁ……。

面倒くさそうだし、適当な理由をつけて……。

 

「すみません。これからやることがあって……」

 

「そんなの後でいいじゃない。たまには、昔話でもしましょう……?」

 

そう言って、俺の太ももを撫でる。

なるほど……。

俺を見る目が怖いとは思っていたが、こいつら……おそらくは――。

 

「いいでしょ……? 大丈夫……たくさん気持ちよくしてあげるから……」

 

さすがは、戦場を生き抜いてきただけあるな……。

それ故に――ってところか……。

どうも逃げられそうもないと、覚悟した時であった。

 

「こんなところに居たんですね。探しましたよ、雨海提督」

 

この声は……。

 

「千歳……?」

 

「今日中に必要な手続きがあると言ったではありませんか」

 

合わせろと、目配せをする千歳。

 

「あ、あぁ……悪い。今、行くところだったんだ」

 

「そうでしたか。それで? 皆さんはこんなところで何をされているのですか……? 艦娘の模範となるべき提督方が、何を……?」

 

千歳の圧のある笑顔に、皆は一目散に逃げて行った。

 

「まったく……」

 

「悪い……。助かったよ」

 

「噂通り、モテるんですね。雨海提督」

 

「まあな……」

 

「否定しないんだ。それもそうかぁ。艦娘の中にも、貴方のファンは多いですから」

 

「そうなのか?」

 

「無論、悪く思っている艦娘の方が多いですよ?」

 

そう言うと、千歳はニコッと笑って見せた。

 

「ポーラの時も助けてくれたな。ありがとう。そちらも噂通り、気の利く艦娘だな。千歳」

 

「お褒めに与り光栄です」

 

ふざけるように言う千歳。

 

「さては、酔っているな?」

 

「貴方のパートナーに付き合って飲みましたから」

 

ポーラのことか。

 

「そうそう。ポーラから伝言があります。それを伝えに来たんでした」

 

「伝言?」

 

「『今日は寮でお酒を飲みます。一緒に居られなくてゴメンナサイ』とのことです」

 

アイツ……。

あれだけ、俺と居たいだなんだと言っていたくせに……。

俺よりも酒かよ……。

いや……別にいいんだけどよ……。

 

「聞きましたよ。ポーラと一緒に住んでいるって。恋人だって」

 

「恋人ではないさ。住み込みで家政婦をやってもらっているだけだ」

 

「そうなんですか? 本人は、もう恋人みたいなものだと言っていましたけど」

 

「みたいなもの、だろ? あいつが勝手に言っているだけだ。俺に恋人はいないよ」

 

「ふぅん。じゃあ、フリーなんですね。だから、提督達に言い寄られていたんだ」

 

「あの人たちは……まあ……戦地を経験しただけあって……その……飢えているんだろ……。色々と……」

 

「確かに、あの目は少し怖かったなぁ」

 

「そんな目をした連中を笑顔で追い払うんだから、お前の方が怖いよ」

 

「うふふ、確かに」

 

お互いに笑いあう。

千歳。

ポーラとはまた違うタイプの話しやすさがあるな。

ほぼ初対面であるのにもかかわらず、まるで、気心の知れた友人と話しているようだ。

 

「さて……そろそろ行くよ。色々とありがとな。お前も寮に戻れ」

 

「へぇ、何のお礼もせずに行っちゃうんだぁ」

 

「あ?」

 

「噂通り、酷い人ですね。雨海提督」

 

「……お前は噂とは違い、案外図々しいんだな」

 

「事実は小説よりなんとやら、ということですよ」

 

「……何がお望みで?」

 

そう言ってやると、どこに隠していたのか、千歳は一升瓶を取り出し、微笑んで見せた。

 

 

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

こちらも酒を注いでやろうとすると、千歳はそれを嫌がった。

 

「なんだ。誘っておいて飲まない気か?」

 

「自分の分は自分で注ぎます。そう決めているんです」

 

どういうこだわりだよ。

 

「まあいい。じゃあ……」

 

「はい。乾杯」

 

二人とも、一気に飲み干す。

 

「いい飲みっぷりじゃないか」

 

「提督こそ」

 

どんどん酒を注いでくる千歳。

その表情は、どこか嬉しそうであった。

 

「そんなに飲ませるのが好きか? 案外サディストなんだな」

 

「いえ。ただ、嬉しいんです。こうしてご奉仕できることが」

 

「ご奉仕?」

 

「殿方にお酒を注いであげるの、一度はやってみたかったんです。願い、叶っちゃいました。うふふ」

 

無邪気に笑う千歳に、こちらも笑顔になってしまう。

 

「フッ……変な奴。しかし、残念だったな。俺みたいなのが初めてで。もうちょっとこう、誠実そうな男の方がよかったんじゃないのか?」

 

「あら、そうでもありませんよ――とでも言ってほしいのですか? 案外かわいいところ、あるんですね?」

 

「馬鹿、そんなんじゃないよ。ただ、噂好きな誰かさんなら知っているだろ? 俺の素行の悪さをよ」

 

「えぇ、知っていますよ。知った上で、こうして誘ったんですから」

 

「おいおい、誰でも良かったってのか?」

 

「女性社会の海軍において、唯一、男性提督となった殿方……。噂程度でしかない素行の悪さなんて霞むくらい、立派な殿方だと思っています。それこそ、千歳の初めてにはふさわしい方かと……」

 

「フン……揶揄ったり褒めたり……。風邪ひきそうだぜ……」

 

「なら、温めて差し上げます」

 

そう言って、体を寄せる千歳。

 

「おいおい……いくら何でも酔い過ぎだぞ」

 

「酔っている体なら、こうしていても構わないと?」

 

「え?」

 

千歳はゆっくりと顔を上げると――その目は、明らかに素面であった――。

 

「ち、千歳……?」

 

「貴方を狙っているのが、ポーラや提督達だけだとお思いですか……?」

 

「え……」

 

「迂闊でしたね……。ダメですよ……? そう簡単に、女を部屋へとあげてしまっては……。襲われちゃいますよ……?」

 

妖しい表情。

嘘だろ……?

 

「ち、千歳……その……」

 

「……うふふ。なーんちゃって!」

 

千歳は離れると、嬉しそうに笑って見せた。

 

「女性経験が豊富だとは聞いていたのに、そんなに狼狽えちゃって……かわいいですね。うふふ」

 

コイツ……。

 

「ごめんなさい。ちょっと揶揄ってみたかったんです。女性経験が豊富な人に、私の魅力が通用するのかなって」

 

「……そうかい」

 

千歳は酒を飲み干すと、小さくため息をついて見せた。

 

「なんだよ?」

 

「いえ……。なーんで、海外艦の提督になっちゃったかなぁ……と思いまして……」

 

「え?」

 

膝を抱え、トロンとした目で俺を見る。

 

「狙っていたのに」

 

拗ねるように、唇を尖らせる千歳。

 

「……まだ揶揄うのか?」

 

「本音ですよ。私、酔ったら本音で話してしまうんです」

 

「あっそ……」

 

どうせ、また揶揄っているのだろう。

もう相手にするもんか。

 

「女性社会……女性の提督……。女性ばかりの海軍も、悪くはないです……。他の艦娘達も、その方が戦いやすいと言っていましたし……。でも、もし殿方が提督だったらと考えると、こう、ドキドキすると言いますか……。同じように思う艦娘もいたみたいです」

 

確かに、男性提督を望む声も、多少なりともあった。

尤も、そういう連中は、俺の素行を見て、考えを改めたようだが……。

 

「だから『狙っていた』のだと?」

 

頷く千歳。

 

「どうして海外艦の担当になっちゃったんですか?」

 

「語学堪能だと判断されたからだろう。それに、日本の艦娘は、俺のようなチャラチャラした男は嫌いらしいからな」

 

「確かに、軟派な殿方は嫌われがちでしたね」

 

「俺は完全にそういうタイプだった。お前が俺にどんな幻想を抱いているのかは知らんが、却ってよかったんだよ。幻想は幻想のままであった方がいいこともある」

 

そう言って酒を飲み干すと、千歳は透かさず酒を注いだ。

 

「確かに、あの頃の貴方はそういうタイプでした。私も、少しだけ、残念に思ったくらいですから」

 

「だろ?」

 

「でも、貴方が指揮する姿は本物でしたし、成果も大きかった。女性男性関係なく、貴方は本物の提督でした」

 

千歳は一升瓶に残ったわずかな酒を、注がずに、そのままラッパ飲みした。

 

「んっ……はぁ……!」

 

「おお……」

 

その飲みっぷりに、思わず拍手を送る。

 

「雨海提督……」

 

「なんだ?」

 

「貴方は……完璧でした……。私は知っています……。貴方が軟派を『演じていた』こと……。艦娘の為……艦隊の為に……そうしていたことを……」

 

千歳が、俺を見つめる。

 

「でも、今の貴方には、あの頃の完璧さは見えません。ポーラに詰められていた時――提督たちに詰められていた時の貴方は、完璧とは程遠かった……。それこそ、私に揶揄われてしまうほどに……」

 

「……戦争が終わって、腑抜けたって言いたいのか?」

 

「いいえ……。ただ、貴方に何があったんだろうって……。昔の貴方だったら、ポーラの好意に狼狽えることも無かったし、提督たちの誘いにホイホイついて行ったでしょう……」

 

「…………」

 

「何があったんですか……?」

 

何があったか……か。

確かに、あの頃は必死だったし、女性社会に風穴を開けてやるのだと息巻いていた。

それもこれも、女性への復讐の為で――。

けど、今は……。

 

『提督ぅ!』

 

「ポーラですか……?」

 

「え?」

 

「ポーラの存在が、貴方を……?」

 

俺は否定もせず、ただ空になったお猪口に口をつけた。

 

「……そうですか。やっぱり、そうなんだぁ……」

 

「……悪かったな。お前の理想の男でなくなっちまって……」

 

千歳はキョトンとした顔を見せていた。

 

「逆ですよ?」

 

「あ?」

 

「むしろ、逆なんです。確かに、貴方は完璧ではなくなった。だからこそ、魅力的になったと言いたいんですよ」

 

俺が分からないでいると、千歳は妖しい笑顔を見せた。

 

「ポーラや提督たちが、貴方を困惑させていたのをみて、私も同じようにしてみたいと思いました。あれほどまでに完璧だった貴方が見せる弱弱しい姿に、こう、母性が刺激されたんです」

 

こいつ……。

 

「……お前、そんな奴だったのか。つーか、やっぱりサディストじゃねぇか!」

 

「まあ、否定はしませんけど……。サディストとは少し違うと思います。貴方にだって分かるはずです。自分より弱い人を守ってあげたくなる気持ち。自分より弱い人をイジメたくなる気持ち」

 

『フフ……可愛いなぁ……。やっぱり、優秀な若い海兵ってのは、大事にされてきたのか、ウブな子が多くていいね』

 

否定できない自分がいる。

 

「今日、貴方に会って――ポーラに狼狽える貴方を見て、貴方が完璧ではなくなったのを知りました。けど、幻滅するどころか、ドキドキしちゃったんです。なんて弱弱しいのでしょう。なんて可愛らしいのでしょう、と」

 

「……気分悪いぜ」

 

「お気を悪くさせてしまったのならごめんなさい。でも、貴方も悪いんですよ? こんなに簡単に、私の誘いに乗っちゃって……」

 

千歳の妖しい目が、俺を見つめていた。

 

「お、おい……」

 

「そう狼狽えないでください……。そんな目をされては、ますます……」

 

千歳は堪えるように目を瞑ると、そっと立ち上がった。

 

「……私、変なこと言ってますね。少し、酔いすぎちゃったみたい……」

 

「……そのようだな」

 

「そろそろ失礼します。お付き合いいただき、ありがとうございました」

 

「あぁ……」

 

「では……」

 

去ろうと扉に手をかけた千歳は、何故か動きを止めた。

 

「……雨海提督」

 

「なんだ?」

 

「また……ご奉仕させていただけませんか……? 今度は……ちゃんと素面で来ますから……」

 

断ってもよかったが、こちらに顔を向けずに話す千歳に、そうは言えなかった。

 

「……あぁ」

 

「約束……ですよ……?」

 

そう言って、千歳は去っていった。

何も疚しい気持ちは無いはずなのに、千歳が何もせずに去ってくれたことに、安心している自分がいた。

 

「完璧ではなくなった……か……」

 

きっとそれは、過去の俺にとっては最悪なことなのだろう。

でも……。

 

『それでも……提督といたいんです……。毎日顔を合わせるくらいでは、足りないんです……。ダメですか……?』

 

「嗚呼……」

 

過去の恨みが霞むくらいに、俺は――。

 

 

 

翌朝。

戦時中の癖か、ぼうっとしたまま、執務室に来てしまっていた。

 

「……何してんだ、俺は」

 

しばらく何もせずにいると、扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

部屋へ入ってきたのは――。

 

「千歳」

 

「やはり、ここでしたか。他の提督も同じように、寝ぼけて執務室に向かっていましたから」

 

千歳は涼しい笑顔を見せると、そのまま近くにあった椅子に座った。

 

「昨日は申し訳ございませんでした……。あんな、はしたない姿を見せてしまって……」

 

本当に恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯く千歳。

その姿に、安堵している自分がいた。

 

「まあ、だいぶ酔っていたしな。俺も、お前にタジタジになっていた姿を忘れてほしいし、昨日のアレは無かったことにしようじゃないか」

 

そう言って笑って見せたが、千歳は――。

 

「無かったことには……したくないかも……」

 

「え……?」

 

「だって……無かったことにしちゃったら……約束も……無かったことになっちゃうから……」

 

『また……ご奉仕させていただけませんか……? 今度は……ちゃんと素面で来ますから……』

 

『約束……ですよ……?』

 

「な、なんちゃって! ご迷惑ですよね……。あはは……」

 

「いや……まあ……別に……迷惑ってことはないが……」

 

「え……本当ですか……?」

 

千歳は顔を上げると――その顔には、嬉しさが隠れていて――されど、隠しきれていなくて――。

 

「で、では……昨日と同じように……千歳に――」

「――提督ぅ……おはようございま……」

「――また、ご奉仕させていただけますか?」

 

「「え……」」

 

ノックもせず部屋に入ってきたポーラは、千歳を見て固まっていた。

千歳もまた、同じく……。

 

「チトセさん……? ここで、何をしているんですか?」

 

「え……えーっと……ちょっと、雨海提督に用事があって……」

 

千歳が俺を見る。

困った表情で……。

それを不審に思ったのか、ポーラは俺に細い目を向けた。

 

「提督ぅ……? ゴホーシってなんですか……? チトセさんに……何をさせようとしていたんですかぁ……?」

 

表情に影を落とすポーラ。

あ、これ、面倒なことになるやつだ……。

 

「ち、違うのポーラ! その……これは私から誘った事でね!?」

 

「ポーラ……知ってます……。ゴホーシって……えっちなことですよねぇ……? チトセさんから誘ったって……どういうことですかぁ……?」

 

「いや……えっちな意味じゃねぇよ……。ご奉仕ってのは、御酌の事で……」

 

「オシャク……? どうしてチトセさんが、提督にオシャクするんですか……? それに『また』って言っていましたよね……? いつ……したんですか……? オシャク……」

 

なんか、御酌がイケナイ言葉みたいになってねぇか……?

まあ、いずれにせよ、正直に答えないとな。

 

「昨日、他の提督に襲われそうになってな。千歳に助けてもらったんだよ。そのお礼として……って感じだ」

 

「どうしてチトセさんへのお礼に、提督がオシャクされているんですか……? おかしくないですか……?」

 

「そ、それはね? 私、男の人に御酌してみたくて……。雨海提督がちょうど良くてね?」

 

「でも、チトセさんは昨日、笠谷さんにオシャクしていました……。笠谷さんも男の人です……」

 

そうなのか?

昨日は、俺が初めてとかなんとか言っていたような……。

 

「まあ、そうなんだけど……」

 

千歳は再び俺を見た。

 

「別にいいじゃねぇか。助けてもらったのは事実だし。お礼に御酌させてほしいってんなら、いくらでも付き合ってやるさ。疚しいことでもないんだし」

 

「そ、そう! それに、ポーラの好きな人に手を出すわけないじゃない!」

 

千歳がそう言うと、ポーラは急に焦りだし、何故か俺を睨みつけた。

ポーラが俺を好きなことを千歳が知っている……ということを俺が知っているってのが恥ずかしかったんだろうな。

 

「わ、私そろそろ行かないと……。では、失礼しますね!」

 

千歳は逃げるように去っていった。

 

「提督ぅ!? どういうことー!? なんでチトセさんと一緒にいたのー!? えっちな事したのー!?」

 

「落ち着けよ……。別に疚しいことはしていないと言っただろ……」

 

「でも……むぅぅ……! ポーラがいない間にウワキするなんてぇ……。そもそも提督、今日は疲れたからすぐ寝るって、昨日言ってたじゃないですかぁ……」

 

「んなこと言ってねぇよ……」

 

「チトセさんにそう伝えたでしょー!? あ! もしかして、ポーラを遠ざける為に伝えさせたんですか!? ポーラは提督と一緒に過ごそうと探していたのにー!」

 

「はぁ? んなこと伝えて無……」

 

『そうそう。ポーラから伝言があります。それを伝えに来たんでした』

 

「……ちょっと待て。お前、昨日、俺を探していたのか?」

 

「そうですよ……。なのに……。提督……ヒドイです……」

 

『でも、貴方も悪いんですよ? こんなに簡単に、私の誘いに乗っちゃって……』

 

まさか……。

 

「お前、千歳に、俺宛の伝言を伝えなかったか?『今日は寮でお酒を飲みます。一緒に居られなくてゴメンナサイ』って……」

 

「伝えてないですよぉ……」

 

なるほど……。

 

「……俺は、千歳からそう伝えられて、お前を探すのをやめたんだ」

 

「だから、伝えてないですって!」

 

「俺も同じだ。千歳に伝言なんて頼んでねぇんだよ……」

 

ポーラはポカンとした顔を見せていた。

 

「え……どういうことですか……?」

 

「……珍しく鈍いじゃねぇか」

 

そう言ってやると、ポーラはようやく理解したのか、焦りの表情を浮かべていた。

 

「で、でも……! どうしてですか!? なんで……遠ざける事なんか……」

 

「まあ……そういうことだろ……」

 

ポーラは涙目になりながら、俺に迫った。

 

「提督ぅ……!」

 

「安心しろ。何もなかったよ。天地神明に誓ってもいい」

 

そう言ってやっても、ポーラは不安そうにしていた。

まあ、分かるよ。

俺もちょっと、恐ろしいと思っているのだから……。

 

「……そう言えば、昨日の分がまだだったな」

 

「え……?」

 

「……ほら」

 

手を広げてやると、その意図に気付いたのか、ポーラはゆっくり近づき、抱きしめられた。

この慰め方、すっかり板についてきたな……。

 

「……ほんとに何も無かったんですか?」

 

「そう言っているだろ。つーか、千歳の伝言がなかったら、お前を探しに行っていたさ」

 

「……ポーラに会いたかったってことですか?」

 

「そうは言ったつもりは無いけど……そう言ったってことでいいよ」

 

「なんですか、それ」

 

ポーラはクスクス笑うと、より一層体を預けた。

 

「千歳から聞いたよ。俺と恋人だって吹聴して回っているらしいな」

 

「今のこの状態を見たら、誰でもコイビトだと思います……」

 

「じゃあ、やめておこうかな」

 

そう言ってやると、ポーラはよりギュっと俺を抱きしめた。

 

『貴方にだって分かるはずです。自分より弱い人を守ってあげたい気持ち。自分より弱い人をイジメたくなる気持ち』

 

まあ、そういうのとは少し違う気がするけど……。

 

「意地悪したくなるよな……」

 

「え? なんですか?」

 

「なんでもないよ。もういいだろ? 駆逐艦たちが見ているぞ」

 

「え!?」

 

振り返るポーラ。

扉の隙間から、顔を真っ赤にした駆逐艦たちが、こちらを見ていた。

 

「な、何見ているんですかー!?」

 

「見つかっちゃった! 逃げろー!」

 

逃げる駆逐艦たちを追いかけるポーラ。

 

「やれやれ……」

 

「相変わらずだね、司令官」

 

「おわ!?」

 

いつの間にか、机の下にいる響。

 

「お前……! いつから!?」

 

「ずっといたよ。司令官が部屋に来る前からね……。驚かせようと思って……」

 

響は机の下から出てくると、俺の膝の上に座った。

 

「司令官、千歳さんにタジタジになっていたんだね。千歳さんも、はしたない姿を司令官に見せたって言ってた」

 

「……聴いていたのか」

 

「ポーラに嘘をついたの……? 何もなかったって……」

 

「あいつの言う『えっちなこと』は無かったよ。ただ、千歳は酔っていたようでな。こう……俺をタジタジにさせるような言動ばかりを……分かるだろ?」

 

響は察したのか、退屈そうに俺へ寄りかかった。

 

「千歳さん、司令官のことが好きなんだね」

 

「……かもな」

 

「ポーラが焦るのも分かるよ。司令官と千歳さん、なんだかお似合いに見えるから……」

 

「そう見えるか?」

 

「うん……。きっと、ポーラも同じように思ったはずだ。そうじゃなかったら、あんなに焦らないと思う」

 

響は不安そうに、俺を見た。

分かっているさ……。

 

「確かに、千歳はいい女かもな」

 

「…………」

 

「でも俺は、揶揄われるのは好きじゃない。揶揄いがいのある女の方が好きだ。お前みたいな……な!」

 

くすぐってやると、響はキャッキャとはしゃいでいた。

 

 

 

荷物を車に積み込み、帰り支度をしていた時であった。

 

「ポーラはまだか?」

 

「さっき、声をかけてきたんだけど……」

 

「何やってんだあいつは……」

 

そこに、何故か千歳が走ってやってきた。

 

「雨海提督!」

 

「千歳?」

 

「その、ポーラが……!」

 

「え?」

 

 

 

千歳について行くと、そこには――。

 

「一目惚れなんです! ポーラさん! お近づきのしるしに、どうか!」

 

「えーっと……」

 

大きな花束を渡されているポーラ。

渡している男は……。

 

「だ、誰だ……?」

 

「あの方は……梅津海軍大臣のお孫さんです……」

 

「梅津閣下の……!?」

 

「あ、提督ぅ!」

 

ポーラは俺に気付くと、そのまま抱きついてきた。

 

「おっと……」

 

「ポーラさん!? き、貴様! 何者だ!?」

 

お孫さんが、こちらを睨む。

本当に梅津閣下の孫か?

そう思ってしまうほど、似ているところが一つもない。

 

「……初めまして。海外艦を担当している雨海です。梅津閣下には――」

 

「あぁ……なんだ……。艦隊の提督か……」

 

たいしたことはないとでも言うように、お孫さんはフンと鼻を鳴らした。

なんだとはなんだ。

一応、提督だぞ。

まあ、梅津閣下に比べたら、そら劣るやもしれんが……。

 

「……ポーラがご迷惑をおかけしたようで。ほら、帰るぞ」

 

ポーラの手を取る。

 

「待ちたまえ」

 

その反対の手を、お孫さんが取った。

 

「……何か?」

 

「君に用は無い。僕はポーラさんと話があるのだ。その手を放したまえ」

 

ポーラは困ったように俺を見た。

 

「……野暮を承知で申し上げるが、彼女は嫌がっている。分からないのか?」

 

「なんだその口の利き方は……? 僕を誰だか分かって言っているのか……?」

 

「梅津閣下の孫だろう……? だから何だってんだ……?」

 

そう言って睨みつけてやると、狼狽えたのか、お孫さんはポーラの手を離した。

 

「フン……」

 

「き、貴様ぁ……。こんなことをして……タダで済むと思うなよ……!」

 

「望むところだ……。行くぞ、ポーラ」

 

「は、はい!」

 

睨みつけるお孫さんを残し、俺たちはその場を後にした。

 

 

 

ポーラの荷物を詰め込んでいる間、千歳は心配そうに俺を見ていた。

 

「そんなに心配か?」

 

「えぇ……。だって、相手はあの梅津海軍大臣のお孫さんですよ……。何をされるか分かりません……」

 

「そんなに悪い奴なのか?」

 

「よくない噂ばかりです……。逆らった人は、左遷させられるだとか――最悪の場合、海軍を辞めさせられるだとか……」

 

なるほど……。

しかし、そんな蛮行を、あの梅津閣下が許しているとは、とても……。

 

「雨海提督……」

 

千歳は泣きそうな目で、俺を見ていた。

 

「お前が心配することではないさ。権力に屈するつもりは無いが、辞めさせられるようなことがあったとしても、それはそれで構わんさ」

 

「でも……!」

 

「知らせてくれてありがとう、千歳。辞めることがあっても、約束は果たすつもりだから、安心しろ。じゃあ、またな」

 

「提督……!」

 

車に乗り込む直前、千歳は俺の手を掴もうとしたが、俺はあえて――千歳には分からないように――それを躱した。

車をすぐに走らせる。

遠ざかる千歳。

その表情に――掴みどころを失った手に、少しだけ心が痛んだ。

 

 

 

海軍本部を出て、家路を急ぐ。

 

「さっきからやけに大人しいな、お前ら」

 

響は細い目を俺に向け、ポーラは俯いていた。

 

「……まずは響の理由から聞こうか」

 

響は退屈そうに腕を組むと、これまた退屈そうにため息をついて見せた。

 

「なんだってんだよ? 何がそんなに気に入らない?」

 

「いや……。司令官って、本当に罪作りな男だと思って……」

 

「はぁ?」

 

「千歳さんを誑かして……。挙句の果てに、あんなカッコいいところを見せちゃって……」

 

そう言って、響はポーラを見た。

 

「私も、あんな風に守られたかったよ」

 

嫌味のように言う響。

その言葉を受けて、ポーラは小さくなっていた。

 

「……で? お前はなんだって大人しいんだ?」

 

「ソレハ……ソノ……」

 

「……もしかして、怖かったのか? すぐに駆け付けてやれなくて悪かったな……」

 

「ソウジャナクテ……」

 

「じゃあ、心配しているのか? あの孫が復讐に来るんじゃないかと……」

 

後ろに座る響が、わざとらしく、大きなため息をついて見せた。

 

「なんだよ?」

 

「……野暮を承知で申し上げるが」

 

さっきの俺の真似か、声を低くする響。

 

「ポーラは照れているだけだよ」

 

「へ?」

 

「そうだよね? ポーラさん?」

 

「そうなのか?」

 

ポーラは……。

 

「……ほらね」

 

ポーラは耳まで真っ赤にさせると、より一層小さくなってしまった。

 

「何を照れているんだ……?」

 

「あんな守られ方したら、誰でもそうなるよ……」

 

再びため息をつく響。

なるほど……。

 

「別に、普通だろ……。ただ困っているから助けただけで……」

 

「でも……」

 

ポーラは横目で俺を見た。

 

「でも……嬉しかったんです……。まるで……コイビトを守るように……手を引かれて……。相手は怖い人なのに……それに負けないくらい……提督は……」

 

ポーラは小さく「カッコヨカッタデス……」と言った。

 

「……そうかい」

 

そう照れられると、こっちまで恥ずかしくなっちまう……。

 

「……なんか食って帰るか。朝食も摂っていなかったし」

 

「私はお腹いっぱいだけどね」

 

と、響が言う。

これは完全なる嫌味であった。

 

 

 

その日の夜。

寝支度を済ませ、床に就こうとした時であった。

突如、応接間の方でガラスの割れる音が聞こえた。

ポーラがやらかしたのかと思い、向かってみると……。

 

「司令官……」

 

「提督ぅ……」

 

そこには、不安そうにしている二人の姿があった。

 

「大丈夫か?」

 

見てみると、ガラスが割られていた。

それも、外側から……。

 

「……何があった?」

 

「分かりません……。ガラスが割れる音が聞こえて……それで……」

 

「司令官!」

 

響が指す先に、小さな風呂敷包みが転がっていた。

中身を確認してみると、ガラスを割るには十分なサイズの石と、手紙のようなものが入っていた。

 

「これは……」

 

手紙のようなものには、新聞の切り抜きが貼られていて『許さない』と読めた。

間違いなく、脅迫文であった。

 

「司令官、これってまさか……」

 

「……断定はできんが、あの男の仕業かもしれないな」

 

なるほど……。

千歳が心配するわけだ……。

 

「司令官……」

 

「提督ぅ……」

 

不安そうにする二人。

俺に対する嫌がらせだけなら、たいしたことはないのだが……。

 

「……怖かったよな。今日は、三人で寝ようか。その方が安心だろ?」

 

「いいんですか……?」

 

「嫌ならいいんだぜ?」

 

二人は急いで、布団と枕を俺の部屋へと運んでいった。

 

「さて……とりあえず、ガラスを片付けないとな……」

 

しかし……面倒な事になったな……。

別に、俺を許さないのは構わないのだが……。

 

「男なら、正々堂々勝負しに来いってんだ……」

 

 

 

翌朝。

いつものように、子猫ちゃんたちの愛を受け取りに郵便受けへ行ってみると――。

 

「うわぁ!?」

 

手紙が、ズタズタに切り裂かれていた。

 

「提督ぅ!?」

 

俺の声を聞き心配したポーラが、割烹着姿で出てきた。

 

「大丈夫ですか!? って、なんですかこれ!?」

 

「…………」

 

これも、ヤツの仕業か……?

 

「……ポーラ、響を起こしてくれ。すぐにここを出るぞ……」

 

「え? わ、分かりました!」

 

 

 

寝ぼけ眼の響を乗せ、海軍本部へと向かった。

 

「なるほど……。それでこちらに……」

 

「このままでは、二人を怖がらせてしまう。真鍋さん、しばらくの間、二人を預かってくれないかい? いくら梅津閣下の孫とはいえ、さすがに海軍本部への出入りはないだろうと思うから……」

 

「それは構いませんけど……。雨海提督はどうされるのですか……?」

 

「俺は一人で戦うよ。ヤツの狙いはポーラだが、危害を加えたいのは俺だろうしな」

 

「提督ぅ……」

 

「心配すんな。すぐに解決する。響、学校休むことになってしまって、悪かったな……。またすぐに通わせてやるから、我慢してくれ……」

 

「私たちは平気だよ……。それよりも、司令官が心配だよ……」

 

「大丈夫だ。卑怯な手を使ってくるような奴に、俺は負けんよ」

 

そう言って、二人の頭を撫でてやった。

 

「雨海提督……。その……梅津閣下には相談されたのでしょうか……?」

 

「いや……」

 

「でしたら、相談するべきです! 梅津閣下なら……あの人なら、きっとどうにかしてくれるはずです……! 私、梅津閣下のことは良く知っています……。厳しさの中に、優しさもあって……。そんな人が、こんなことを許すはずがありません……!」

 

「そうだね……。だが、お孫さんがやったという証拠もない。証拠もないのに、梅津閣下の親族を疑う発言はできないよ。僕も、梅津閣下を尊敬している。だからこそさ」

 

「雨海提督……」

 

「……心配してくれてありがとう。迷惑かけて悪いけど、二人のこと、どうかよろしくお願いします。お前らも、ちゃんと真鍋さんの言うことを聞くんだぞ」

 

「提督……」

 

「司令官……」

 

二人が俺に抱きつく。

 

「なにも、今生の別れって訳じゃないんだ。毎日顔を出すようにするから、そう寂しがるな」

 

「ほんとですか……?」

 

「あぁ」

 

「約束だよ、司令官……」

 

「おう」

 

小指に約束を紡ぎ、その場を後にした。

 

 

 

「さて……ここからどうするかな……」

 

今回の件、十中八九、梅津閣下のお孫さんによるものだとは思うが……。

 

「まずは証拠集めが必要だよな……」

 

しかし……なんて陰湿な……。

こんな男らしくないやり方、まるで――。

 

「雨海提督……?」

 

声の主は……。

 

「千歳?」

 

千歳は表情をぱっと明るくさせると、駆け足で近づいてきた。

 

「本部に来ていたのか」

 

「えぇ。本日より、こちらで仕事をすることになったので」

 

「仕事?」

 

「言ってませんでしたっけ? 私、今、海軍の事務仕事を任せられておりまして」

 

『今日中に必要な手続きがあると言ったではありませんか』

 

なるほど……。

あの時、千歳が俺に用事がある事を――俺と千歳には何のつながりもないのに――何故、提督たちが疑問に思わなかったのかを不思議に思っていたのだが……。

そういうことか……。

 

「そうだったのか。本部配属とは、出世したな」

 

「元居た鎮守府が閉鎖になって、居場所がなくなっただけです。とは言え、こうして提督にお会いできる機会が増えるのですから、良いことには変わりないですけどね。なーんて」

 

千歳が嬉しそうに笑う。

その笑顔に、ちょっとだけ照れてしまう自分がいた。

 

「提督は、何か用事ですか?」

 

「あぁ……まあ、そんなところだ……」

 

「……もしかして、お孫さんの件ですか?」

 

心配そうにする千歳。

巻き込むわけにはいかないよな……。

 

「いや……ちょっとした用事で来ていただけだ。そろそろ行かないと。じゃあ、また」

 

「あ……」

 

そそくさとその場を去る。

千歳には悪いが、あまり一緒にはいられない。

 

『また……ご奉仕させていただけませんか……? 今度は……ちゃんと素面で来ますから……』

 

「…………」

 

あの表情は、きっと――。

 

 

 

まずは、梅津閣下のお孫さんの情報を集めるところから始めた。

 

「これは内緒の話なのですが……。実は、梅津閣下のお孫さんは、閣下の息子さんが引き取ってきた、元孤児なんだそうです……。息子さんが戦死してからは、閣下が引き取ったようですが……。閣下は忙しい方ですから、面倒を見ることもできず……。素行が悪いのだと指摘できるような方もおらずで……」

 

なるほど……。

 

「そんな感じです……。あの……お役に立てたでしょうか……?」

 

「あぁ、十分すぎるくらいだよ。そんなことよりも、内緒の話なのに、僕に言ってよかったのかい?」

 

「は、はいぃ……。いいんです……。雨海提督の頼みなら……私、なんだってやります……」

 

「そうなんだ。イケナイ娘だね……。じゃあ、他にも有力な情報がないか、探ってくれないかい……?」

 

「もちろんです……!」

 

「頼んだよ」

 

そう言って頬を撫でてやると、名も知らぬ若い海兵は目をハートにさせていた。

この調子で情報を集めるか……。

 

「しかし……フフ……」

 

情報も集まるし、自己顕示欲を満たされるし、やっぱり初心な海兵は最高だぜ。

 

 

 

家に帰る頃には、ある程度の情報が集まっていた。

 

「梅津雄二か……」

 

噂通り……とまでは言わないが、梅津閣下の権力を利用し、傲慢な態度に出る嫌われ者であることは間違いないようであった。

左遷だの辞めさせられるだのというのは、権力を以てというよりも、梅津雄二を避けるために異動を志願したり、自主退職した者がいたという程度であった。

故に、俺が逃げさえしなければ、皆が心配しているような事態にはならないわけだが……。

 

「しかし、嫌がらせの度が過ぎている……」

 

話が本当であるのなら、もっとこう、直接的な対決をしてきそうなものだが……。

何故、ガラスを割り、脅迫状を送り、手紙を破り捨てるようなことを……。

そんなことを考えていると、突如、外が騒がしくなった。

 

「何事だ?」

 

外へ出てみると……。

 

「雨海さん!」

 

「何事です?」

 

「火事ですよ! ほら!」

 

見ると、ゴミ捨て場が燃えていて、近所の人たちが消火活動にあたっていた。

 

「火の気なんてなかったから、きっと放火ですよ!」

 

「放火……」

 

火はすぐに消えた。

何が燃えたのかを確認するため、皆がゴミ捨て場に近づく。

そして、確認を終えると、何故か皆、俺を見た。

 

「雨海さん……」

 

「なんです?」

 

近づき、確認してみる。

 

「これは……」

 

燃えていたのは――勝手に作られていた――大量の俺のブロマイドであった。

 

 

 

自警の事情聴取を受け、家に帰ったのは深夜であった。

 

「疲れた……」

 

燃えていたのが俺のブロマイドであったこともあり、根掘り葉掘り訊かれた。

別に容疑がかかっていた訳ではなかったのだろうが、どうも自警という組織には慣れておらず――尤も、自警側もまだ慣れていない様子だったのだが――どっと疲れてしまった。

 

「放火か……。しかも、俺のブロマイドとは……」

 

これも、嫌がらせの一つだろうか……?

 

「もはや、嫌がらせの度を超えているぞ……」

 

だが、気がかりなことがある。

 

『聴き取りによると、怪しい女が雨海さんのお宅付近をウロついていたのだとか……』

 

女……。

そいつが放火犯だとするなら、俺のブロマイドが燃えていたのは偶然か……?

確かに、最近は手紙も少なくなってきたし、ポーラとの関係を知った奴が、俺のブロマイドを捨てることもあろう。

たまたまそれに火をつけた……?

はたまた、今回の放火犯と嫌がらせしてきた奴は別人か……?

 

「うーん……分からん……」

 

居間に寝転がり、縁側の向こうの庭を眺める。

 

「……静かな夜だな」

 

いつもなら、こんなところで寝転がっていると、響が飛びついてきて……。

 

『あー! 響ちゃんズルいです! ポーラも!』

 

『ポーラは重いからダメだよ。そうだよね、司令官』

 

『重くないです! 提督ぅ……ポーラもぉ!』

 

「フッ……」

 

笑ったのは、二人のことを思い出し、少しだけ、ほんの少しだけ、寂しいと思ってしまったからであった。

 

「早々に解決しなくちゃな……」

 

いつもはうるさく感じる虫の音が、今日に限っては――。

 

 

 

翌日の早朝。

いつものように郵便受けへ向かうと……。

 

「千歳……?」

 

千歳は、門の近くに座り込んでいた。

 

「あ! 雨海提督! おはようございます!」

 

「おはよう……って、何してんだ? こんなところで……」

 

というか、何故家の住所を……。

 

「朝早くからすみません……。その……事情を聞きました……。ポーラが本部預かりになったことも知っています……。家政婦がいなくなって、お困りかと思い……その……お力になれたらと……」

 

千歳の手には、風呂敷包みが握られていた。

 

「……ずっと待っていたのか? 俺が起きてくるまで……」

 

千歳は微笑むだけであった。

 

「……とりあえず上がれよ」

 

「は、はい! お邪魔します」

 

 

 

千歳は風呂敷包みを解くと、持ってきたのだという食材を並べた。

 

「聞きましたよ。なんでも、近所で放火があったのだとか……。その件で、自治体警察の事情聴取を受けたそうですね」

 

「あぁ。燃えていたのが俺のブロマイドだったようでな」

 

「ブロマイド? 提督、ブロマイドなんて作ってらしたんですか?」

 

「勝手に作られていたんだ。俺ほどモテるようになると、勝手にブロマイドが作られてしまうらしい」

 

「へぇ、艦娘のブロマイドがあるのは知っていましたけれど、提督のブロマイドもあるんですね。私も一枚欲しいかも……なんて」

 

千歳は朝食を作り始めた。

 

「……自然に家へ上げてしまったが、何故、朝食を?」

 

「先ほど言ったじゃないですか。家政婦がいなくて困っているだろうから、お力になろうと来た次第です」

 

「頼んでないが?」

 

「頼まれていませんが?」

 

「……じゃあ、なんで来たんだ?」

 

「うーん……提督の困っている顔が見たかったから……とか?」

 

俺の怪訝そうな表情を見て、千歳は嬉しそうに笑った。

 

「冗談ですよ。ただ、お力になりたいと思っただけです。千歳の不純な心が、そうさせたんです」

 

「不純な心?」

 

「言ったでしょう? ご奉仕するのが好きだって」

 

なるほどネ……。

 

「そう気を遣ってもらえるのはありがたいものだネ。けど、あいにく困ってはいないんだ」

 

「だったら、どうして家政婦を雇っているのです?」

 

「その方が楽だからだ。元々、料理も掃除も、得意な方だ。ポーラの前の家政婦よりも、上手くできる自信がある」

 

「千歳相手では、そうとも言っていられませんよ?」

 

「フッ……どうだかネ……」

 

そうこうしている内に、朝食は完成した。

 

「随分とシンプルだな」

 

「基本が一番ですから。さぁ、召し上がれ」

 

相当な自信があるのか、得意げな千歳。

 

「いただきます」

 

まずは味噌汁を一口……。

 

「……!?」

 

もう一口。

 

「どうです?」

 

「なんだこれ……凄い美味しいぞ……!」

 

「フフン、でしょう?」

 

味噌汁だけでなく、他のおかずも美味かった。

 

「その様子だと、千歳の勝ちかしら?」

 

正直、完敗どころの騒ぎではない。

色々と美味いものは食べてきたつもりだが、これは……。

 

「提督?」

 

「……レシピ、教えてくれないか?」

 

千歳はニンマリと笑うと、弾んだ声で「ダメです」と言った。

 

 

 

朝食を済ませ、縁側でくつろいでいると、千歳がお茶を持ってきてくれた。

 

「ありがとう」

 

「隣、いいですか?」

 

「あぁ」

 

千歳は隣に座ると、俺と同じように庭を眺めた。

 

「何を見ているんです?」

 

「別に、何も」

 

「何もってことはないでしょう?」

 

「何かを見ようとしなければ、目を開けちゃ駄目なのか?」

 

「なんです? その言い方。トゲがあってヤな感じ」

 

千歳はお茶を啜ると、じっと俺を見つめた。

 

「なんだよ?」

 

「別に、何も。見ようとしなければ、目を開けてはいけませんか?」

 

コイツ……。

 

「ウフフ、冗談ですよ。本当、提督って面白いんだから」

 

「……俺は面白くないがね」

 

「揶揄われるの、嫌い?」

 

「嫌い」

 

「嘘。本当は好きだって思ってる。顔に書いてありますよ?」

 

思わず顔に触れる。

それが可笑しかったのか、笑う千歳。

 

「ウフフ、ごめんなさい」

 

「…………」

 

「お気を悪くされたのならごめんなさい。つい、楽しくなっちゃって。こうやって気軽にお話しできる殿方、中々いないから」

 

「そうかい……」

 

お茶を飲み干し、立ち上がる。

 

「朝食、美味かったよ。気を遣ってくれたのはありがたいが、今後、こういうのは止してくれ」

 

「どうしてですか?」

 

「知っての通りだ。今は色々と大変なんだ。お前を巻き込みたくないし、それに……」

 

『提督ぅ!? どういうことー!? なんでチトセさんと一緒にいたのー!? えっちな事したのー!?』

 

「ポーラが嫉妬しちゃう?」

 

「……あぁ」

 

「嫉妬、させたくないんですね」

 

「面倒くさいからな……」

 

「ふぅん……」

 

千歳は立ち上がると、台所で湯呑を洗い始めた。

 

「そんなにポーラが大事ですか?」

 

「提督だからな」

 

「ただの艦娘と提督の関係?」

 

「そうだ」

 

「それ以上でもそれ以下でもない?」

 

「……そうだ」

 

「じゃあ、千歳は?」

 

湯呑を洗い終えた千歳は、俺をじっと見つめた。

 

「千歳もポーラと同じ艦娘だというのなら、大事に想ってほしいかも……なんて……」

 

「…………」

 

「って、あれ……? ごめんなさい……。困らせるつもりはなかったのですが……。それとも……やっぱり……ポーラは特別な存在でした? 千歳とは違って……」

 

俺は答えなかった。

 

「……提督、何か言ってくださ――」

「――千歳」

 

俺は、千歳をまっすぐ見つめた。

 

「悪いけど……もう帰ってくれないか……? それと……もう、ここには……」

 

痛い。

ポーラを振った時と、等しく。

 

「……分かりました」

 

理由も問わず、千歳は持ってきた風呂敷を手に、家を出て行った。

 

「はぁ……」

 

居間に寝転ぶ。

 

「これでよかったんだよな……」

 

そう、自分に言い聞かせる。

千歳が何を考えているのか、ポーラに向き合った今、痛いほど分かってしまう。

だからこそ、変に期待させるよりも前に――。

けど――。

 

「泣かなかったな、あいつ……」

 

それが余計に、俺の心を締め付けていた。

 

 

 

海軍本部へ向かおうと、車に乗り込もうとした時であった。

 

「あ」

 

と、声を発したのは……。

 

「梅津雄二……」

 

梅津雄二は大きな花束を持ち、俺を見ていた。

 

「雨海修……」

 

「……ポーラならいないぜ」

 

「え?」

 

「どっかの誰かさんが嫌がらせしてきたからな……。危ない目にあわせる前に、避難させたんだ……」

 

「嫌がらせ……? どういうことだ……?」

 

あくまでとぼけるつもりか……。

 

「……とにかく、あんたをポーラに会わせるわけにはいかない。お引き取り願おうか」

 

そう言って、車に乗り込もうとした時であった。

 

「ま、待ってくれ!」

 

「……なんだ?」

 

「……少し、話をしないか?」

 

「あ?」

 

 

 

梅津雄二――雄二を乗せ、車を走らせる。

 

「いい車に乗っているな」

 

「……どうも」

 

どうしても話がしたいとのことだったので、乗せてはやったが……。

何を考えてんだ……コイツ……。

 

「その……この前はすまなかった……。どうも、酒癖が悪くてね……。あの日はしこたま飲んでいたものだから……」

 

「自分は悪くなく、酒が悪いと?」

 

「そうは言っていないだろう。嫌味な奴だな」

 

「フン……」

 

雄二は気まずそうに鼻先をかくと、独り言のように話し始めた。

 

「雨海修……。唯一の男性提督にして、海外艦を担当する男か……」

 

「…………」

 

「僕も中々の美形であると自負しているが、君も負けず劣らずと言った具合だな」

 

「…………」

 

「フッ……無口な男だな……」

 

雄二は流れゆく景色を眺めながら、退屈そうにため息をついた。

 

「ポーラさんに手を出されたことを怒っているから、無口になっているのかい? それとも、僕に関する噂を知って、口も利きたくないと思っているのかい? 後者であるのなら、弁明させてほしい」

 

弁明……?

 

「僕はね、確かに性格が悪い。酒癖も悪いし、婆さんの孫であることを利用し、色々とやってきた。けど、女って奴は、僕のようなチョイ悪な男が好きらしくてね。それでいて、この顔だろう? 女が寄ってくる寄ってくる」

 

悔しいが、そのようだ。

悪い噂ばかりではあるが、魅力的ではあるという証言は多々あった。

 

「しかしまあ、君も分かるだろうがね、女ってのは嫉妬深いだろう? 他の女とイチャイチャしているだけで、根も葉もない噂を流されてしまってね……。それでいて、女の噂ってのは、恐ろしく広がるときた」

 

「……つまり、噂を流している女が悪いのであって、自分は真っ当な人間だと?」

 

「そうは言っていない。ただ、君に無視されるような筋合いはないと言いたいのだよ」

 

コイツ……。

想像していたよりも、こう……。

 

「フン……どう弁明しようとも、アンタへの評価は変わらねぇよ……」

 

「なら、どうしてそこまで敵視するんだい? 僕はこうして、正々堂々、宣戦布告に来たというのに」

 

「正々堂々……? 宣戦布告……?」

 

「あぁ。僕はね、本気でポーラさんに惚れてしまったんだ。だから、君からポーラさんを奪うつもりだ。それを宣言しに来たんだ」

 

「……言いたいことはそれだけか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

俺は車を停めた。

 

「楽しいドライブは、もう終わりかい?」

 

俺は何も言わず、出ていくようジェスチャーをした。

 

「……分かったよ。まったく……何をそんなに怒っているんだかね……」

 

雄二は車を降りたが、花束を置きっぱなしにしていった。

 

「おい……」

 

「ポーラさんに渡しておいてくれないか? 僕に会わせる訳にはいかないのだろう?」

 

雄二は「アディオス」と挨拶して、去っていった。

 

「なんだアイツ……」

 

しかし……。

 

「…………」

 

俺は、花束を見た。

 

「不快感はあるが……」

 

嫌な奴ではない。

そう思ってしまった自分に、嫌気がさした。

 

 

 

本部へ向かい、ポーラと響を訪ねた。

 

「提督ぅ……!」

 

「司令官……!」

 

二人は駆け寄ると、俺に抱きついた。

 

「おっと……」

 

「提督……! 火事……大丈夫でしたか!?」

 

「司令官……怪我してない!?」

 

放火があったことを知っているのか。

まあ、そらそうか……。

 

「あぁ、大丈夫だ。この通りピンピンしているよ」

 

二人はホッとすると、泣きそうな目で俺を見つめた。

 

「司令官……あれから、あの人に嫌がらせされてない……?」

 

「あぁ……。ここへ来る前、ヤツは家に来たよ」

 

「え……」

 

「これをお前に、だってよ」

 

花束をポーラに渡してやる。

 

「これを……ポーラに……?」

 

「俺からポーラを奪うのだと、宣戦布告してきたよ。正々堂々と戦うとのことだ」

 

「正々堂々って……。あんなことして、よくそんな事が言えるよ……!」

 

珍しく怒っている響。

 

「あぁ、俺もそう思ったよ。けど……」

 

「けど……?」

 

「話していて思ったのだが……どうも、陰湿な奴とは思えなかったんだ……」

 

「どういうこと……?」

 

「いや、俺にもよく分からんのだが……。どうも引っかかるんだよな……。本当にヤツの仕業なのだろうかと……」

 

わざわざ宣戦布告してくるような奴が、あんな脅迫をするだろうか……。

手紙を切り裂いたのも、ただの嫌がらせにしては弱いというか……。

 

「でも……司令官のブロマイドが放火に使われたんだよ? どう考えても……」

 

「その件についても、どうやら別の犯人がいそうなんだ。なんでも、怪しい女がウロついていたという証言があってな……」

 

「怪しいオンナですか……?」

 

「あぁ……」

 

うーん……。

やっぱり、何か引っかかる……。

放火の件は別としても、これまでの陰湿な嫌がらせが、どうもあの男の仕業だとは……。

 

「とにかく、今は様子を見ることにするよ。そうだ。せっかく来たんだし、三人で飯を食わないか? 本部を出るわけにはいかないから、食堂になってしまうが……」

 

「十分です! ね、響ちゃん!」

 

「Ypaaaaaaa!」

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

 

飯を食った後も、できるだけ三人での時間を過ごした。

二人が寂しくないようにと、そうしていたのだが――。

 

「提督ぅ! えへへ、こっちですよー!」

 

「遅いよ司令官」

 

「ごめんごめん」

 

気付けば、三人でいることを誰よりも楽しんでいる自分がいた。

寂しいと思っていたのは、どうやら俺の方だったらしい。

 

「…………」

 

でも、いつまでも一緒にいる訳にはいかないよな……。

俺を好きでいてくれているとは言え、いつかはポーラも――。

響だって、里親が見つかれば……。

 

「提督? どうしました?」

 

「司令官?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

って、何を寂しがっているんだ俺は……。

ポーラにしろ響にしろ、いずれはそうなると分かっているからこそ、今があるんだろ。

この関係だって、本来、俺が望んだものではない。

俺は提督で、こいつらは艦娘。

提督として、艦娘を導くのが俺の仕事だ。

そう、仕事なんだ。

吞まれてはいけない。

 

 

 

日が暮れてきたこともあり、今日のところは引き揚げることにした。

 

「提督ぅ……」

 

「司令官……」

 

「そう寂しがるな。また明日、顔を出すよ」

 

「ほんと……? 約束ですよ……?」

 

「あぁ、約束するよ」

 

三人、小指を絡める。

 

「じゃあ、また明日な」

 

「はい……。Ci vediamo……です……」

 

「До свидания」

 

「フッ……」

 

粋な挨拶の仕方に、俺もまた、粋な返しをするように、いつもの台詞を言った。

 

「グッド・バイ」

 

 

 

家に帰ると……。

 

「!」

 

家の前に、千歳が立っていた。

 

「あ、おかえりなさい」

 

「千歳……」

 

「……ごめんなさい。来るなって言われたけど……来ちゃいました……。約束……守ってもらおうと思って……」

 

千歳の手には、風呂敷包が握られていた。

 

「ずっと……待っていたのか……?」

 

千歳は答えない。

 

「……千歳」

 

「……お夕飯、まだですよね? 良かったら――」

「――帰ってくれ……」

 

そう言って、千歳を尻目に、玄関へ向かう。

 

「どうして避けるのですか……?」

 

「…………」

 

「私……何かしちゃいましたか……? 何か……提督の迷惑になるようなこと……嫌われるようなこと……しましたか……? もしそうなら……!」

 

「いや……」

 

「だったら……どうして……」

 

俺が答えられないでいると――。

 

「やっぱり……ポーラですか……?」

 

「…………」

 

「ただの艦娘と提督の関係……では無かったのですか……? 私は……それ未満ですか……?」

 

千歳は――なんて悲しそうな顔なんだ――そっと俺に近づいた。

 

「提督なら……もう気付いているのでしょう……? 私がどうして……こうしているのか……」

 

「……それが分かっているのにもかかわらず、ここに来ている理由は分からんよ」

 

「諦めたくないからです……。きっと、提督はポーラのことが好きなのでしょう……? でも、恋仲にはなれていない……。だから、私は……」

 

やはり、千歳は――。

 

「……話して間もない男に惚れては、女がすたるぜ」

 

「貴方と一緒になれるのなら、世間にどう思われようとも構いません……」

 

「本気なのか……?」

 

「えぇ、本気です」

 

正直、どうしてここまで俺に好意が持てるのか、まったく分からない。

それは、ポーラにも同じことが言えるのだが――特に、千歳と俺は、ほぼ初対面と言っても過言ではないのに……。

 

「提督……」

 

けど――いずれにせよ――。

 

「……分かったよ。だったら、正直に言おう……。俺は、お前と恋仲になるつもりはない。だがそれは、お前が嫌いだからではない。俺はただ……」

 

『提督ぅ!』

 

「ポーラを失いたくないんだ……。あいつのことが……好きだから……」

 

華蓮ちゃんを振った時と同じように、ポーラへの好意を口にしてしまった。

けど、不思議と、不快感や羞恥心はない。

 

「……嫌」

 

「え?」

 

「嫌……! 私……諦めたくない……!」

 

「ち、千歳……?」

 

千歳が、俺をじっと見つめる。

 

「私……どんな手を使ってでも、貴方を手に入れて見せますから……!」

 

俺を見つめるその目に、何か強い意志を感じた。

 

「……何がそこまでお前を搔き立てるんだ」

 

千歳は――。

 

「初めてなの……」

 

「え……?」

 

「ここまで……誰かを想えたのは……」

 

「……初恋なのか?」

 

恥ずかしそうに頷く千歳。

 

「私にも……よく分からないんです……。でも……提督をお見かけした時から、心がザワザワして……。交流会で再会して、その気持ちの正体に気付いて――でも、やっぱりよく分からなくて――提督とポーラを見ていると、ザワザワが止まらなくて――邪魔をしようとして――」

 

同じだ。

俺が、ポーラに対して思っていることと――。

だとしたら、やはり、俺も――。

 

「――だから、諦めたくないんです……。お願い……。私にチャンスをください……。きっと、気に入ってもらえますから……」

 

「千歳……」

 

ここで情けをかけてしまっては――。

 

『貴方が本当の優しい人になりたいのなら、自分が傷つくことを恐れてはいけないわ』

 

だよな……。

 

「それでも、俺の答えは変わらないよ……」

 

「提督……!」

 

「ごめん……」

 

家に入り、カギをかける。

 

「提督……! 私……諦めませんから……! 絶対……どんな手を使っても……!」

 

それからどうしたのか、よく覚えていない。

気付いた頃には、もう彼女の姿はなかった。

 

 

 

「はぁ……」

 

床に就いてはみたものの、眠れる気がしなかった。

色々な事があって、疲れているはずなのに……。

 

「…………」

 

考えるのは、千歳の事ばかりであった。

 

『私……諦めませんから……! 絶対……どんな手を使っても……!』

 

「どんな手を使っても……か……」

 

確かに、俺とポーラを引き離すため、嘘の伝言をしてきたような奴だ。

それにまんまと騙されたのも事実だし、あいつが本気を出せば、或いは――。

 

「案外、策略家なんだな……。俺が一人でいる事を良いことに、家に押しかけて来るのだって……」

 

本当に、千歳にとっては、都合の良い状況――。

 

「……!」

 

千歳にとって、都合のいい状況……。

 

『怪しい女が雨海さんのお宅付近をウロついていたのだとか……』

 

「いや……そんな……まさか……」

 

『相手はあの梅津海軍大臣のお孫さんですよ……。何をされるか分かりません……』

 

『よくない噂ばかりです……。逆らった人は、左遷させられるだとか――最悪の場合、海軍を辞めさせられるだとか……』

 

千歳に言われ、梅津雄二を警戒したが……。

 

『根も葉もない噂を流されてしまってね……』

 

もし……仮にもし、これまでの嫌がらせの全てが千歳の仕業で、そのヘイトを向けるために梅津雄二の噂を聞かせたのだとしたら……。

 

「俺はポーラを避難させるはずだ……。そして……」

 

一人になったところに――。

 

「千歳……お前……まさか……」

 

考えれば考えるほどに、点と点が線で繋がってゆく。

困惑。

恐怖。

怒り。

悲しみ。

感情が滝のように溢れて――。

発汗。

悪寒。

頭痛。

悪心。

 

「千歳……」

 

ふと、窓の外を見た。

気付けば、空が明るくなっている。

 

「朝か……」

 

そう、つぶやいた時であった。

 

「……!」

 

玄関の扉を叩く音。

 

「だ、誰だ……?」

 

恐る恐る、玄関扉を開けてみると――。

 

「おはようございます。提督」

 

ニコリと笑う、千歳がいた。

 

「……言いましたよね? 諦めないって。どんな手でも使うって。だから――」

「――お前なのか……?」

 

俺はもう、限界だった。

 

「え? 何がです?」

 

「とぼけるなよ……! お前だろ……! ここ数日、嫌がらせをしてきたのは……!」

 

「え……? え……?」

 

「俺を一人にさせるため、ここまでの事をやってのけたんだろ……! 交流会の時だってそうだ……。俺とポーラを引き離すために、嘘の伝言を……!」

 

「て、提督……? どうしたのですか……? なんだか目の下のクマも酷いし……。もしかして、嫌がらせが怖くて眠れていないのですか……?」

 

「ああ、そうだよ……。全部、お前の所為だろ……!」

 

「わ、私の……? ご、誤解です!」

 

「怪しい女を見たって証言もあるんだよ……! いくら俺が好きだからって、やっていいことと悪いことがあるだろ……!?」

 

「提督! 落ち着いてください! 誰かを疑いたい気持ちは分かりますが、今は冷静に……!」

 

「冷静……? これで冷静でいられるか!」

 

「提督!」

 

嗚呼、クソ……。

なんか、頭がクラクラする……。

あれ……?

俺、何をしていたんだっけ……。

ああ、そうだ……。

千歳だ……。

犯人は、千歳だったんだ……。

 

「ほ、ほんとにどうしたのですか……? どこか悪いのですか……?」

 

ふらつく俺の額に、手をあてる千歳。

 

「ひどい熱……! 提督、お家に入りましょう……! 私、すぐにお医者様を……きゃっ!?」

 

千歳の悲鳴が聞こえた、その瞬間――。

 

「あ……?」

 

熱。

腹部に、感じたことのない熱。

そして……。

 

「フ……フフ……アハハハハハ!」

 

笑う女。

 

「ざまあ見ろ……! あたしを捨てたバチが当たったんだぁ! アハハハハハハ!」

 

千歳……ではない女。

こいつ、どこかで……。

 

「提……きゃああああああああ!」

 

これは、千歳の悲鳴。

何をそんなに……。

千歳の視線を辿る。

 

「あぁ……なるほど……」

 

熱。

感じたことのない、熱。

そして、ようやく痛み。

 

「なんの悲鳴だ!?」

 

駆けつける、近所の連中。

力が抜けたように座り込む千歳。

笑う女。

あぁ、そうか……。

怪しい女ってのは――嫌がらせをしてきた犯人ってのは――。

 

『あまり誑かしては、いつか刺されますよ?』

 

 

『経験済みだよ。尤も、未遂に終わったがね』

 

紹介するよ、笠谷君……。

こいつだよ……。

もう、名前も忘れちゃったけど……。

 

「雨海さん!? お、おい! その女を押さえろ!」

 

「アハハハハハハハハ!」

 

俺は、柱を背に、座り込んだ。

 

「て、提督……!」

 

腰を抜かしながらも、駆け寄る千歳。

さすがの千歳も、ここでは泣くんだな……。

 

「千歳……」

 

「提督……! しっかりしてください……! 提督……!」

 

「……ごめんな。お前を疑ってしまって……」

 

何度も首を横に振る千歳。

 

「……お前の料理……美味かったよ。俺みたいな男じゃなくて……もっと……いい男を見つけてくれ……」

 

「嫌……! 嫌……! ダメです……! 提督ぅ……!」

 

こんなに泣いてくれる女が、目の前にいるってのに……。

 

『提督ぅ!』

 

『司令官!』

 

「フッ……」

 

あいつら、泣くだろうなぁ……。

でも、良かった……。

千歳には悪いが、見たのがあいつらじゃなくて……。

 

「ポーラ……響……」

 

ある意味、これで良かったんだろうな……。

痛い思いはしたが、最高の幕引きだ……。

 

「グッド・バイ……」

 

最後に見えたのは、涙でぐしゃぐしゃになった千歳の顔であった。

 

 

 

 

 

 

――続く

 

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