グッド・バイ・ウォーズ!-惜別の開戦-   作:雨守学

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第7話

「ん……」

 

強い光に目を覚ます。

潮の香り。

窓の向こうに広がる、見覚えのある景色。

 

「痛っ……!」

 

腹部に激痛が走る。

 

「……そうか」

 

どうやらここは、海軍本部内の医務室らしい。

そして、どうやら俺は――。

 

「…………」

 

内臓まで貫かれているとかではなさそうだ。

近くに氷嚢の用意があるところを見るに、刺されて――というよりも、高熱で倒れたといったところか。

死を覚悟し、走馬灯のようにあいつらの顔を見たことを思い出すと、この結果は――。

 

「恥ずかしい……」

 

などと、顔を赤くしていると――。

 

「あ……」

 

籠いっぱいの果物を抱えながら、部屋へ入ってきたのは――。

 

「ポーラ……」

 

「提督……提督ぅぅぅぅぅ……!」

 

「うわ!?」

 

涙と鼻水を噴き出しながら、ポーラは俺を抱きしめた。

 

「うぅぅぅぅぅぅ……! うぁぁぁぁぁん!」

 

「ポーラ……」

 

不細工な泣き顔。

けど、何故か愛おしい。

 

「心配かけたな……」

 

「うぅぅぅ……。でいどぐぅ……ヒッ……もう……ヒッ……大丈夫……ヒッ……なんですかぁ……?」

 

しゃっくりする度に、体がビクッとなるのが面白くて、思わず笑ってしまう。

 

「あぁ。まだ傷が痛むけど、なんとかな」

 

「ほんと……? ヒッ……よかったぁ……」

 

ポーラは俺をじっと見つめると、もう一度抱きしめた。

 

「……怖がらせてしまったな」

 

「怖かったです……。提督が死んじゃったら……ポーラ……ポーラはぁ……」

 

再び涙するポーラ。

そんなポーラを慰めていると、千歳と響が部屋へと入ってきた。

 

「失礼しま……あ、雨海提督……!?」

 

「司令官……!?」

 

「おう」

 

二人は駆け寄ると、心配そうに俺を見つめた。

 

「心配かけたようだな」

 

「ごめんなさい……。私……お傍にいながら……なにも……うぅぅ……」

 

「千歳……。こちらこそ、悪かったな……。嫌なものを見せてしまって……」

 

千歳は首を横に振ると、大粒の涙を流した。

 

「響も、心配かけたな……」

 

響は無言で俺の頬をつねった。

 

「いふぁいひょ」

 

おそらく、怒っているのだろうが、その表情は徐々に――。

 

「響……」

 

頭をなでてやると、響もまた、大粒の涙を流した。

 

 

 

皆が泣き止んだ頃、ようやく事件当時の状況を聞くことができた。

 

「あの後、すぐに海軍本部へ連絡して、こちらで治療してもらいました」

 

「俺を刺した女はどうなった?」

 

「自治体警察へ引き渡しました。連日の嫌がらせは、その人の仕業だったようです」

 

やはり、そうだったのか……。

 

「あの時は疑って悪かった。ごめんな……千歳……」

 

頭を下げると、千歳は慌ててそれを止めた。

 

「やめてください……! あの時は、提督も高熱でどうにかなっていたといいますか……。あれだけのことをされていたのですから、疑うのは当然です……。むしろ、そう思われるようなことをしてしまった私が悪いのであって……」

 

「いや……どう考えても俺が悪いんだ……。嫌がらせを受けたのは、俺が原因だしな……」

 

「その通りだ」

 

そう言って、部屋へ入ってきたのは――。

 

「梅津雄二……」

 

「君はポーラさんを危険な目に合わせた。あまつさえ、僕を疑った」

 

「……その件は申し訳なかった」

 

「謝るのは僕にではないはずだ。違うかい?」

 

雄二は、責めるというよりも、子供を諭すように言った。

それが一層、俺をみじめにさせた。

 

「ポーラ、響……すまなかった……」

 

「提督……」

 

「司令官……」

 

雄二はフッと笑うと、呆れるように言った。

 

「提督として優秀なのは認めるが、艦娘を危険な目に合わせるのはいかがなものかね。ま、僕も人のことを言える立場ではないが……。少なくとも、僕だったらポーラさんを危険な目にあわせないね」

 

俺はそれに、何も言い返せなかった。

 

「誰も言えないのなら、僕が言ってやる。雨海修、ポーラさんから手を引け」

 

「……!」

 

「ちょ、ちょっと! 待ってください! 貴方……何様のつもりで……!」

 

千歳の言葉に、雄二は一切耳を貸さなかった。

 

「分かっているのだろう? このままでは、ポーラさんだけではなく、響ちゃんも――君ですらも不幸になるぞ」

 

俺は――。

 

「そ、そんなことないです! ポーラは、提督と一緒にいられたら、それだけで……!」

 

「本当にそうかい? この男は、ポーラさんの気持ちにも応えず、あまつさえ危険な目に――挙句の果てには、ポーラさんと響ちゃんを海軍本部に任せ、自分は他の女とイチャイチャしていた」

 

そう言って、雄二は千歳を見た。

 

「そ、それは違います! 私は、ただ、雨海提督が心配で……!」

 

「ただ心配なわけではなかろう。この男に気があるはずだ。違うか?」

 

雄二が俺を見る。

俺は何も答えなかったが、ポーラは――。

 

「違う! 確かに……私は雨海提督に好意がありますし……それも伝えました……。でも……雨海提督は……」

 

永い沈黙が続く。

 

「……一つだけいいかい?」

 

そう言って、響は雄二を見た。

 

「なにかな?」

 

「散々和を乱しておいて、結局、何が言いたいんだい? 貴方は……」

 

「言っただろう? ポーラさんから手を引けと」

 

「司令官が手を引いても、ポーラが貴方に振り向くことはないよ……。貴方だって、分かっているはずだ……。なのに、どうして和を乱すようなことを言うの……?」

 

響にしては珍しく、俺以外の人間に怒っているようであった。

 

「分かっているさ。和を乱したことも謝る。だがね、僕は怒っているのだ。君が怒っているのと同じ理由だ。僕にとって大事な人が、危険な目にあったんだ。和を乱してでも、言う権利はあるはずだ。そうだろう?」

 

雄二の言っている事が尤もだったからか、響は黙り込んでしまった。

 

「……ここまで言われても、彼は何も言わない。僕だったら、手を引けと言われても、ポーラさんへの気持ちが本物なら、一言二言反論するものだがね」

 

それでも黙っている俺に、雄二は呆れ、部屋を出て行ってしまった。

重苦しい空気だけが、部屋に残っていた。

 

「……司令官、気にすることないよ。私たちは平気だから」

 

「そ、そうですよ! ポーラ、提督にはもっともっとメイワクかけてますし、このくらいなんてことないです!」

 

慰めの言葉が、逆に俺を傷つける。

それを察してか、千歳は――。

 

「……二人とも、今日はお暇しましょう。雨海提督のお体に障ってはいけないから……」

 

響も察したのか、何度も頷いていた。

 

「では、雨海提督。また来ますね」

 

「あぁ……悪かったな……」

 

「いえ……。お大事になさって……」

 

「提督……」

 

「悪いな……。安全そうだったら、家に帰ってくれていい。響も、そろそろ学校に行きたいだろう?」

 

「でも……」

 

「俺のことは心配するな……。安静にしながら、一人で色々考えたいんだ……」

 

千歳に目配せする。

千歳は頷くと、二人を連れ、部屋を出て行った。

 

「…………」

 

『分かっているのだろう? このままでは、ポーラさんだけではなく、響ちゃんも――君ですらも不幸になるぞ』

 

俺は――。

 

 

 

その日の夜。

千歳が訪ねてきた。

 

「夜分遅くにすみません……。今、よろしいでしょうか?」

 

「あぁ」

 

千歳は傍にあった椅子に座ると、俺の額に手をあてた。

 

「熱は下がったみたいですね。よかったです」

 

「おかげさまでな。ポーラと響はどうした?」

 

「家に帰りました。雨海提督が留守にしている間、家を守るんだって」

 

「そうか……。お前は、どうしてここに? 本部で事務を任せられているとはいえ、住んでいるわけでもあるまい」

 

「もちろん、住んでいるわけではありません。でも、住めるくらいには、快適な場所です。お風呂もあって、洗濯もできて、食事にも困らない。お仕事用に、寝泊りできる個室もいただいておりますから、時々こうして、泊まっているんです」

 

なるほど……。

 

「それに……一日中、雨海提督にも会えますから……」

 

……なるほど。

 

「……あんなことがあっても、諦めないのか」

 

「えぇ……。むしろ、火がついちゃったかも」

 

「え?」

 

「……さっき、ポーラと話したんです。というよりも、ポーラに詰められちゃって……」

 

『チトセさん……提督のこと、好きなんですか……?』

 

「いつもみたいに、否定してもよかったんだけど……。あの子の顔を見て、思ったんです……。ああ、この子は焦っているんだって……。きっと、ポーラは分かっているんです。私が本気を出せば、雨海提督は……って……」

 

「…………」

 

「だから……素直な気持ちを、ポーラに伝えました」

 

「ポーラは……なんと……?」

 

「何も言いませんでした。何故だと思います?」

 

何故……。

 

「提督が……ポーラへの気持ちに応えられていないからですよ……」

 

千歳の表情は、どこか――。

 

「……私は諦めません。たとえ、提督がポーラを好きなのだと言っても、それを本人に伝えられないのなら――ポーラもそれを理解し、何も言えないというのなら……私は……」

 

「千歳……」

 

「……それだけです。お体に障るようなことを言って、申し訳ございませんでした……」

 

そう言って、千歳は部屋を出て行った。

 

「…………」

 

千歳の言葉を受けたポーラは、一体、どんな気持ちになったのだろうか……。

 

『提督ぅ!』

 

分かっている……。

もう、答えは出ているんだ。

何かと理由をつけて、伝えずにいただけで――恐れただけで――。

 

『分かっているのだろう? このままでは、ポーラさんだけではなく、響ちゃんも――君ですらも不幸になるぞ』

 

それでも――。

 

「俺は……」

 

 

 

翌日。

本間先生がお見舞いに来てくれた。

 

「調子はどうかね?」

 

「えぇ、なんとか。ここにいるのは退屈なので、外に出たいのですがね……。体に負担をかけないようにと、禁止されているのです。先生、先生の怪しい薬で、早々に治してはくれませんかね?」

 

「内因性であれば、そうもできよう。しかし、君、外傷性はどうにもならんよ。私は神様でも魔法使いでもないのだからね」

 

内因性であればどうにかできるのか……。

 

「そんなに外へ出たいのかね?」

 

「えぇ、まあ」

 

本間先生は、待っていましたと言わんばかりにニヤリと笑うと、手を叩き、誰かを呼んだ。

部屋へ入ってきたのは、ポーラであった。

 

「ポーラ?」

 

ポーラは何やら、車輪のついた椅子を押していた。

 

「手動運動車だ。これまで似たようなものはあったが、これは医療機関用に開発された物だ。私の旧友が作ったものでね、宣伝するよう頼まれているのだよ。君ほどのハンサムボーイが乗ってくれたら、きっと売れると思ってね」

 

なるほど……。

 

「相変わらず、商売上手な先生だ……。医師ではなく、セールスマンでもやったらどうなんです?」

 

「バカ言っちゃいかんよ、君。私はね、あくまでも医療の発展を想い、こうして活動しているのだよ」

 

「……宣伝料は、いくらもらえる予定なんだい?」

 

「それは、君の宣材写真でいくら儲けられるか、という話かね?」

 

憎たらしい笑顔のまま、本間先生は指を擦って見せた。

 

 

 

結局、散々写真を撮られ、あまつさえ手動運動車まで買わされた。

 

「では、お大事に」

 

金を数えながら、本間先生は去っていった。

 

「たかり屋が……」

 

「まあまあ、いいじゃないですか~。こうしてお外へ出る許可も出たんですから~」

 

そう言うと、ポーラは車を押し、歩き始めた。

 

「便利ですね~。この車いす」

 

「車いす? なんじゃその名前は……」

 

「だって、椅子に車がついているんですよ? 車いすじゃないですか」

 

「それだと、椅子車になりそうなもんだが……」

 

「言いにくくないですか? 椅子車も、シュドー……ナントカも」

 

まあ、確かに……。

 

「……本間先生から聞きました。この車いすは、歩けない人の為に作られたものだって……」

 

「確かに、杖が使えない人でも、これならどこへでも行けそうだな。けど、一般的に普及させるのは難しいだろうな。結構高かったし……」

 

「…………」

 

「それに、結構重いしな……。誰かに押してもらわないと、軽い坂も登れそうにないな……」

 

「…………」

 

「押している方はどうだ? 重くないか? つっても、艦娘の力ならチョチョイのチョイか……」

 

「…………」

 

「おい、さっきから何を黙って……」

 

振り返り、ポーラの顔を見る。

ポーラは――。

 

「……お前、なんで泣いているんだ?」

 

大粒の涙を流すポーラ。

 

「お、おいおい……一体、どうしたっていうんだよ……?」

 

「だ……だってぇ……。車いすに座る提督を見ていたら……なんだか……二度と歩けないかもしれないと思っちゃってぇ……」

 

「はぁ? 何を言って……」

 

「そんなこと無いって……分かってます……。分かってるけどぉ……うぅぅ……」

 

何をセンチになっているんだ、コイツは……。

 

「うぅぅ……ヒッ……うぅぅ……」

 

いや……そうか……。

 

「ポーラ……」

 

手を広げると、ポーラは俺に抱きついた。

そうだよな……。

あんなことがあって……心配だったんだよな……。

そら、センチメンタルにもなるよな……。

 

「ごめんな……ポーラ……。心配かけてしまって……」

 

首を横に振るポーラ。

 

「でも、俺は平気だ。俺は、戦場でも生き残った男だぜ? 不死身だよ。響と同じ、不死鳥だ」

 

「……不死鳥だと、一度死んじゃうじゃないですか」

 

「まあ……死んだようなもんだろ……。刺されて生きているわけだし……」

 

ポーラは俺の胸に顔をうずめると、小さく言った。

 

「遺書……見ちゃいました……」

 

「え?」

 

「昨日……家に帰った後……提督の部屋を掃除していたら……棚の中に遺書があって……」

 

ああ……。

戦時中、何かあった時用に書いたやつか……。

 

「読んだのか? 俺は死んじゃいねぇってのに。つーか、なに勝手に棚をあさってんだよ……」

 

「掃除しようと思って……」

 

「棚の中もか? どうせ、何か疚しいものでもないか、探していたんだろ?」

 

図星なのか、ポーラは黙り込んでしまった。

 

「……で? 読んだのか? つーか、読めたのか?」

 

「読めませんでした……。だから……本間先生に読んでもらったんです……」

 

だから、一緒にいたのか……。

 

「……最初は、遺書かどうかも分かりませんでした。遺書って文字、読めなかったので……」

 

「じゃあ、なんでわざわざ……」

 

「響ちゃんに聞いたら、それは読んじゃダメだって言われて……」

 

「……だから、興味本位で本間先生を頼ったと?」

 

何も言わないポーラ。

つーか、本間先生も本間先生だ。

遺書だって分かってんなら、読み聞かせるなよ……。

 

「提督……」

 

ポーラは、より一層強く、俺を抱きしめた。

 

「死なないでください……。ポーラ……なんでもしますから……。遺書なんて……書かないで……」

 

「ポーラ……」

 

なるほど……。

すべての要素が重なってのことであったか……。

 

「……別に、死ぬ準備の為に遺書を書いたわけじゃないよ」

 

「分かってます……。分かってますけどぉ……」

 

「フッ……」

 

ほんと、コイツは……。

 

「…………」

 

こんなに泣いてくれる奴がいるのに、俺は――。

 

『分かっているのだろう? このままでは、ポーラさんだけではなく、響ちゃんも――君ですらも不幸になるぞ』

 

『ポーラさんから手を引け』

 

『提督が……ポーラへの気持ちに応えられていないからですよ……』

 

ポーラの将来性を想うのなら――こんな俺なんかよりも、きっと――。

 

「……だよな」

 

そうだ。

そもそも、俺は女を恨んでいた訳で――。

コイツだって、艦娘とはいえ、一人の女であって――。

だから、これ以上は――。

 

「提督……?」

 

涙でぐちゃぐちゃになったポーラの顔が、俺を見つめる。

 

「――……」

 

これ以上は――……。

 

「提――……」

 

世界が、静寂に包まれる。

波の音も、風の音も聞こえない。

潮の香りも、ポーラの揺れる髪も――確かにそこにある。

なのに――。

 

「――……」

 

顔を離すと、ポーラは驚いた表情のまま、唖然としていた。

でも、きっと――顔には出ていなかったけど――この場で一番驚いていたのは、ポーラでも、木陰からこちらを見ている響でもなく――キスをした俺自身であっただろうと思う。

 

「て……提督……?」

 

「……ごめん」

 

「え……?」

 

「ごめん……つい……」

 

つい……ってなんだよ……。

なにが、つい、なんだよ……。

俺は一体、何をして……。

嗚呼……恥ずかしい……。

 

「提督……」

 

いつものように、何か誤魔化すような事を言いたいのに、なんか、すっごい恥ずかしくて――嗚呼、ダメだ……。

何も考えられない……。

クソ……。

ポーラ、お前も何か、フォローするようなことを言ったらどうなんだ……。

 

「ポーラ――」

 

ポーラは、俺の言葉を遮るように、キスをした。

 

「…………」

 

ゆっくりと、名残惜しそうに、顔を離す。

その表情は――。

 

「誤魔化さないで……」

 

「え……?」

 

「自分に……嘘をつかないでください……。正直で……あってください……」

 

嘘……?

正直……?

 

「提督の気持ちは……誰のものでもないです……。誰にも……縛れるものではないです……。大切にしたいものがあるのは分かります……。でも……!」

 

ポーラの瞳が、俺を見つめる。

その中にいる俺は、怯えていた。

 

「それは……ポーラを失ってでも……大切にしたいものなんですか……?」

 

「……!」

 

「ポーラ……ほんとは分かっていました……。提督は……ドクセンヨク? の強い人だって……」

 

「は、はぁ!? ど、独占欲……!? 俺が!?」

 

「だってそうです! ポーラを家政婦に呼んだのも、今のキスも! 全部、ポーラをドクセンしたいが為の行動です!」

 

「い、いやいやいや! お前を家政婦に呼んだのは、お前を不憫に思ってのことで……。今のキスだって……うぅん……なんつーか……意識が朦朧としていたというか……。や、病み上がりだし!」

 

「どうして、わざわざ住み込みなんですか……? 別に、通いでもいいのに……。キスだって……思わずしちゃったんですよね……? ポーラを愛おしく思ったから……失いたくないから……」

 

「いや……だからそれは……」

 

つーか、なんて傲慢な考え方を……。

普通、思っても口にするか……?

 

「……ポーラのこと、好きなんですよね?」

 

俺が答えられないでいると、ポーラは小さくため息をついて見せた。

 

「なんで……そうやって逃げるんですか……?」

 

「…………」

 

「そうする理由も、分からなくはないです……。でも……ポーラだけじゃなく、自分からも逃げるんですか……?」

 

自分からも……。

 

「……ユージさんの言う通りかもしれません」

 

「え……?」

 

「このままだと……きっと……お互い不幸になるかもしれません……」

 

「お前……何を言って……」

 

ポーラは、何かを決意したかのような表情で立ち上がると、一歩下がった。

 

「ポーラ……?」

 

「ポーラ……辞めます……」

 

「辞める……? 何を……?」

 

「提督の家政婦さんです……」

 

「え……」

 

ポーラは、もう一歩下がった。

 

「家政婦を辞めるって……。なんで急に……」

 

「その方が……いいと思います……。ポーラだってツラいです……。でも……ポーラが傍にいると……提督は甘えてしまいます……。本当に大切にしたいものがなんなのか、分からなくなっちゃいます……」

 

「俺が……本当に大切にしたいもの……?」

 

「ポーラは……提督に振り向いてほしいです……。ポーラのことが好きだって……ポーラのことを愛しているって……言ってほしいです……。でも、今のままでは、きっと言えないです……。ポーラを想う気持ちよりも、大事なものがあるから……」

 

ポーラが何を言っているのか、よく分からない。

それほどまでに、俺は動揺していた。

 

「ポーラが傍にいたら、いつまでもいつまでも、同じだと思います……。だから……ポーラは……提督にとって一番大事な人になれるまで……提督から離れます……」

 

また一歩、遠ざかる。

ポーラが離れる度に、言葉を失う。

 

「お、おい待てよ……。家政婦を辞めるって……今後どうすんだよ……?」

 

「自分で何とかします……。提督とも……しばらく会いません……」

 

「お前に出来るわけないだろ! 今まで出来なかったから、俺を頼った訳で……!」

 

「それは……ポーラを気遣っての言葉ですか……? それとも……ポーラを失いたくないから言ってますか……?」

 

その表情は、今まで見てきたどの表情よりも、恐ろしく、そして冷たかった。

 

「提督は……いつも自分勝手です……。ポーラが提督のことを好きだから、どうせ離れられないとでも思っているんですよね……? そう思っているから、その気持ちに甘えてきたんですよね……?」

 

「ポ、ポーラ……?」

 

「……もう、うんざりです。なんだか話していて……気持ちがサめてきました……。ポーラ……ほんとに提督の事が好きだったんでしょうか……? カンチガイだったのかもしれません……」

 

「は、はぁ……?」

 

「……とにかく、これでサヨナラです。もう……知りません……」

 

ポーラは背を向けると、ゆっくりと歩き出した。

 

「ま、待てよポーラ!」

 

車いすの――クソ、確かに言いやすいな――車輪に手をかける。

だが、重すぎてまったく回らない。

 

「ポンコツめ……!」

 

そうしている間にも、ポーラは離れてゆき――。

 

「待て! ポーラ!」

 

待てよ。

 

「待てって! おい!」

 

待ってくれよ。

 

「俺が悪かったって! なあ!」

 

頼むよ。

 

「そ、そうだ! まだ、ご褒美のデート、してないだろ! しよう! 今からでも!」

 

ポーラ。

 

「分かった! 言うよ! 言うから! だから――」

 

ポーラ――。

 

「行かないでくれよ……! ポーラ……!」

 

情けなく懇願する俺に、ポーラはようやく足を止めた。

 

「ポーラ……」

 

振り返ったポーラの表情は――。

 

「グッド・バイ……です……」

 

そう言って、ポーラは去っていった。

 

「嗚呼……なるほど……」

 

車いすに、深く腰掛ける。

 

「あの言葉は……こんなにも人を傷つけるものだったのか……」

 

情けなく、響の隠れている木陰に目をやる。

だが、もうそこに、響の姿はなかった。

 

 

 

「雨海提督……!」

 

その声に、我に返る。

 

「探しましたよ……。どうしてこんなところに……」

 

空は、すっかり夕焼けに染まっていた。

どうやら、あれからずっと、ここに放心状態で居たらしい。

 

「千歳……」

 

「……何か、あったのですか? なんだが、元気がないような……」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

「……そうですか。お体に障りますから、お部屋に戻りましょう? ね?」

 

「あぁ……」

 

それから何も言わず、千歳は車いすを押してくれた。

 

 

 

あれから数日が経った。

この間の記憶は全く無くて――ただただ、傷が治るのを待っているだけであった。

 

「明日、退院ですね」

 

「あぁ……」

 

「……ポーラの事、気がかりですか?」

 

俺は返事をしなかったが、それが答えだと知ってか、千歳は悲しそうな表情を見せた。

 

「お二人の間に何があったのかは知りません……。でも……いいのですか……? ポーラも提督も、会うどころか、お互いのことを話題にもしなくなっちゃって……」

 

あれからポーラとは会っていない。

響も気を遣っているのか、来ることは無かった。

 

「何があったのか……教えてくださりませんか……?」

 

千歳の問いに――その涙ぐむ表情に――俺はポーラと何があったのかを話した。

 

「それは……つまり……」

 

「……振られたって事だな」

 

そう言葉にした時、ようやく実感が湧いてきて、逆に安心している自分がいた。

 

「そっか……だからポーラは……」

 

そう呟いた千歳は、少し考えた後、申し訳なさそうに言った。

 

「……お体に障るかもと思い、ずっと黙っていたのですが、実は、ポーラは今、梅津雄二さんと一緒に行動しているんです」

 

「え……?」

 

あのポーラが、梅津雄二と……?

一体、何のために……?

 

「一緒にいる理由は分かりません……。でも……もし、雨海提督のことを諦めたというのなら――それが理由だとするのなら……」

 

『……もう、うんざりです。なんだか話していて……気持ちがサめてきました……。ポーラ……ほんとに提督の事が好きだったんでしょうか……? カンチガイだったのかもしれません……』

 

あの言葉に、嘘はなかったのか……。

心のどこかで、あれは俺に対する鼓舞というか、そういうものだと思っていて――どうせ、俺を好きだという気持ちは無くならないだろうと――。

でも――。

 

「雨海提督……」

 

「……そうか」

 

千歳は悲しそうに俯いた後、何かを決意したかのように、顔を上げた。

 

「ポーラは、雨海提督のことを諦めたのですね」

 

「……そのようだな」

 

「雨海提督も、同じですか……?」

 

答えに詰まる俺を、千歳は抱きしめた。

 

「千歳……」

 

「自分でも分かっています……。こんなこと……しちゃいけないって……。でも……」

 

より強く抱きしめる千歳。

 

「好きなんです……。貴方のことが……。きっと……貴方を振り向かせるには……ここしか……」

 

「ごめんなさい……」と謝る千歳。

抱きしめる手が、小さく震えていた。

 

「…………」

 

抱きしめ返してやったのは、同情か、それとも――。

でも、今は分からなくてもいいと思った。

今は、このぬくもりに身を寄せることしか、俺には出来なかったから――。

 

 

 

翌日。

千歳に付き添われ、家に帰った。

 

「ただいま」

 

声をかけても、家には誰もいなかった。

居間へ行くと、手紙が二通、置かれていた。

 

「雨海提督……」

 

一通はポーラ。

もう一通は響からであった。

 

「お世話になりました……か……」

 

ポーラからの手紙の内容は、それだけであった。

部屋も、もぬけの殻であった。

 

「ポーラ……」

 

響の手紙には、暁の家で世話になっていることと、ポーラと俺の問題が解決するまで、帰ることはないという内容が書かれていた。

 

「俺とポーラの問題が解決するまで……か……」

 

その『解決』が、何を意味しているのかは分かっている。

だとするなら、きっと、もう――。

 

「響にも……愛想を尽かされてしまったようだ……」

 

悲しく微笑む俺に、千歳は一瞬だけ憐憫の情を見せたが、すぐに明るく振舞って見せた。

 

「ポーラのことは分かりませんが、きっと、響ちゃんはすぐに戻ってきますよ。私からも、声をかけておきます。今は……これです!」

 

そう言って、千歳は大量の手紙を俺に渡した。

 

「郵便受けに入っていました。これ、全部ラブレターですよね? 相変わらずモテるんだ~」

 

そう言って、俺の頬を突く千歳。

 

「やめろよ」

 

「やめませーん。それで? どうするんですか? この手紙たち」

 

「……とりあえず、全部読んで、返信するよ」

 

「へぇ、律儀ですね。それとも、読んで、いい子がいたら、あわよくば……とか思っているんですか?」

 

「違うよ。今までは、返信どころか、読むことすらしなかったんだ。けど、それでは駄目だと思ってな……」

 

「どう返信するんです?」

 

「……俺の事は諦めてくれって感じの内容だ」

 

「そんなことで諦めてくれるんですか? その人たちは」

 

俺が黙っていると、千歳は手紙を一通手に取り、退屈そうにヒラヒラさせた。

 

「きっと、諦めさせるナニカ……一文だったり、写真だったりを送っていた……とか?」

 

それがなんなのか、千歳は分かっているのだろう。

苦虫を噛んだような俺の表情を見て、クスクス笑って見せた。

 

「どうするんです? もう、今までのテは使えないようですけど~?」

 

「うるせぇ……。なんとかするさ……」

 

「何をするって言うんです?」

 

今までのように、ポーラの写真を送ってもいいが……。

 

『提督は……いつも自分勝手です……』

 

これ以上、迷惑かけられないよな……。

 

「……仕方ないですね!」

 

そう言うと、千歳は椅子に座り、手紙を読み始めた。

 

「おい」

 

「協力してあげます」

 

「え?」

 

「ポーラの代わり、この千歳が請け負います」

 

「ポーラの代わり……?」

 

「ですから、提督の恋人役ですよ。今までだって、そうしてきたのでしょう? 千歳の写真も使っていいですし、なんなら、諦めきれないって女の人がいたら、恋仲を見せつけに行ってもいいですよ?」

 

どう? とでも言うように、千歳はこちらを見つめていた。

 

「……お前に何のメリットがあるってんだ?」

 

「ポーラと同じことをすれば、ポーラと同じように好きになってくれるかなって」

 

「……千歳、俺は――」

「――分かっています」

 

千歳は、優しく微笑んで見せた。

 

「分かっています……。それでも……私なりに努力したいんです……。貴方に好きになってほしいから……。諦め……きれないから……」

 

「千歳……」

 

「……なんてね。これは戦争ですよ、雨海提督。提督がポーラの気持ちに向き合うのが先か、それとも、貴方が私を好きになるのが先か……。結果がどうであれ――待ち受ける先に別れがあっても――それが、惜別だったとしても――私はその結果を受け入れます。そう誓います。だから……」

 

千歳は俺を見つめると――その瞳は潤んでいて、顔は真っ赤であった。

 

「貴方の傍に……居させてください……」

 

頬を伝う涙。

その行方を、目で追う事をしなかったのは――。

 

「提督……」

 

千歳はそっと近づくと、俺を抱きしめ、そして――。

 

「千歳……」

 

「これは、私からの宣戦布告です……。次があるとしたら、その時は、きっと……」

 

千歳はニコッと笑うと、椅子に座り、手紙を開封し始めた。

 

「さて、そうと決まれば、早速取り掛かりましょう? 私も、提督が言いそうなキザな言葉を考えますから!」

 

ね? とでも言うように、千歳は開封した手紙をヒラヒラさせた。

その態度の切り替えに、思わず笑ってしまう。

 

「ようやく笑った」

 

「え?」

 

「提督の笑った顔、好きなんです。もっともっと、見せてほしいな~?」

 

揶揄う千歳。

けど、嫌味はない。

 

「そう簡単に見せるかよ」

 

「とか言って、なんだか嬉しそうですけど~?」

 

「俺を好きだと言ってくれる美人と、これから一緒に行動を共にするってんだ。嬉しくない男はいないだろ」

 

「ふぅん……。そういうこと、簡単に言っちゃうんですね……。こんなにラブレターが来るわけです……」

 

「照れてんのか?」

 

「……ちょっと、ですけどね。でも、これは戦争ですから。雨海提督の調略を見てきた私に、それは効きませんよー?」

 

「フッ……さすがだな」

 

「伊達に貴方を好きじゃないですから。強敵ですよ? 私は」

 

確かに、強敵かもな。

あまりの居心地の良さに、本当にコイツのことを――。

でも……。

 

「……俺はこの戦いで、ポーラへの気持ちに向き合うつもりだ。その為に、俺を好きで居てくれる女性たちを全て振ってみせる。その中には、お前もいることを忘れるなよ?」

 

「それが、提督の宣戦布告?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「……分かりました。じゃあ、始めましょうか。【惜別の戦い】を」

 

ラブレターをヒラヒラさせる千歳。

 

「あぁ、お手柔らかに」

 

「言ったはずです。手は抜かないと」

 

「フッ……そうだったな」

 

そう言って、俺たちはラブレターの返事を書き始めた。

 

「…………」

 

本当は、分かっているんだ。

ずっと、分かっていたんだ。

あいつへの気持ち――自分の正直な気持ちに――。

こんなことをしなくとも、俺は――。

でも、ずっと、逃げてきた。

ずっと、気付かないふりをしていた。

それだけの理由が、俺にはあったから。

それだけの理由を、大事にしていたから。

 

『それは……ポーラを失ってでも……大切にしたいものなんですか……?』

 

あの時はすぐに答えられなかったが、今は――。

答えるために、逃げないためにも、今は――。

惜別の戦い……戦争……か……。

 

「惜別の戦争……グッド・バイ・ウォーズ……なんてな……」

 

そう呟いた俺に、千歳は猫のような目を向け、ニヤニヤと笑っていた。

 

「……なんだよ?」

 

「いいえ、なんでも? グッド・バイ・ウォーズ……惜別の戦争……ブフッ!」

 

「てめぇ……」

 

「うふふ」

 

千歳は、心底楽しそうであった。

その笑顔に心を痛めなかったのは、きっと――。

 

「……いいから、さっさと返事を書けってんだ」

 

「はぁい」

 

待ってろ、ポーラ。

次に会った時には、きっと――。

 

 

 

 

 

 

――続く

 

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