病弱少女ノ生命裁判   作:夜琥

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この話は本編のネタバレを含みますので、注意してください。
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本編クリア後、病弱エマ概念を知り、熱意のまま書きました。
後悔はありません。


1. かつての思い出、砂の落ちる方へ

(……ボクは、ヒロちゃんがいないとダメだなぁ)

 

放課後の教室。まだ西日が差し込む時間。

ランドセルに教科書を詰め込みながら、ボクはちらりと隣の席を見る。

 

艶やかな黒髪。筋の通った鼻筋。真面目な顔でドリルを解く、幼馴染の横顔。

ボクの自慢の幼馴染、二階堂ヒロちゃん。

 

ヒロちゃんは、ボクとは正反対だ。

成績優秀、スポーツ万能。

先生からも生徒からも信頼されていて、いつも堂々としている。

まさに完璧超人。

 

それに比べてボクは……うーん、ドジばっかり。

今日も、給食の牛乳を運ぶときにちょっとこぼしちゃったし。

 

「エマ。まだ終わらないのか?もう帰るぞ」

 

先に支度を終えたヒロちゃんが、少し呆れたような、でもやっぱり心配そうな顔でボクを見下ろす。

あ、その顔。ボク、ヒロちゃんのその顔、好きなんだ。

 

「うぅ……ヒロちゃん、待ってよぉ。この問題、わかんない……」

 

ボクは、わざと算数のドリルをヒロちゃんの前に突き出す。

本当は、もうとっくに解けている。

だって、ヒロちゃんが隣で教えてくれるって分かってるから、予習はバッチリなんだ。

 

でも、ボクはペンを握ったまま、うーんうーんと唸ってみせる。

 

「……はぁ。エマは仕方ないな」

 

ヒロちゃんは、やっぱり思った通りの反応をしてくれる。

「貸してみろ」とボクの手からドリルを抜き取ると、ボクの机にそれを広げた。

 

「いいか、エマ。ここの公式は、昨日教えただろう」

「う、うん……でも、なんかゴチャゴチャしてて……」

「ゴチャゴチャしている時こそ、一つずつ丁寧に解くんだ。ここを、こうして……」

 

ヒロちゃんの細くて綺麗な指が、問題の数字をなぞっていく。

ボクはその声が、匂いが、ボクだけのために使われているこの時間が、たまらなく好きだった。

 

「わかったか?エマ」

「うん!わかった!ヒロちゃんはやっぱりすごいなぁ!」

「……当たり前だ。これくらい、できて当然だ」

 

ヒロちゃんはフン、とそっぽを向く。

でも、その耳がほんのり赤いことを、ボクは知ってる。

 

ヒロちゃんは、ボクが「すごい」って言うと、いつも照れるんだ。

それが嬉しくて、ボクはいつもヒロちゃんを褒めた。

 

本当は、この問題だって解ける。

本当は、牛乳だってこぼさずに運べる。

 

でも、ボクが失敗すると、ヒロちゃんは必ずボクのところに来てくれる。

「エマは私がいなければ何もできないんだから」って、世話を焼いてくれる。

 

それが、ボクがヒロちゃんの「一番」になれる、唯一の時間だった。

 

「よしっ!じゃあ帰ろ、ヒロちゃん!」

「ああ。……まったく、エマは手が焼ける」

 

並んで歩く帰り道。

さっきまであんなに真面目な顔で勉強を教えてくれたのに、ヒロちゃんは校門を出ると、やっぱりボクの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。

 

ボクは、ヒロちゃんの隣が大好きだ。

ボクのこと、分かってくれてる。

ボクのこと、見捨てないでいてくれる。

 

この温かい手のひらが、この優しい声が、ボクを「ひとりぼっち」から守ってくれる。

 

(だから、ボクはヒロちゃんがいないとダメなんだ)

 

この幸せな時間が、明日も、明後日も、ずっとずっと続いていく。

小学生のボクは、当たり前のように、そう信じていた。

 

---

 

熱い。

息をするたびに、喉の奥が焼けるみたいに痛い。

身体中の関節がギシギシと軋んで、まるで自分の身体じゃないみたいだ。

 

(……つらいよぉ……いたいよぉ……)

 

ボクは、布団の中で小さく丸くなる。

目を開けているのもしんどくて、ギュッと強く閉じるけど、そうすると余計に身体の痛みがはっきりしてしまう。

じわり、と目の端に涙が滲んだ。

 

ボクは昔から、こうだった。

ちょっと無理をしたり、季節の変わり目になったりすると、すぐに熱を出して寝込んでしまう。

昨日、ヒロちゃんとドッジボールではしゃぎすぎちゃったせいかな……。

ヒロちゃんは、怒ってるかな。

「だから無理をするなと言ったんだ」って、呆れてるかも。

 

そう思ったら、また涙がこぼれた。

ひとりは、やだ。

ヒロちゃんに、会いたい。

 

(……ヒロ、ちゃん……)

 

意識が朦朧としてきた、その時だった。

 

「――マ。エマ。聞こえるか?」

 

大好きな、声がした。

ボクは重たいまぶたを必死にこじ開ける。

ぼやけた視界の中に、心配そうにボクを覗き込む、ヒロちゃんの綺麗な顔があった。

 

「……ヒロ、ちゃん……?なんで……学校は……」

「そんなことはどうでもいい。それより、君は……ひどい熱だ」

 

ヒロちゃんが、そっとボクのおでこに手を当てる。

ヒロちゃんの手は、いつもみたいに少し冷たくて、すごく気持ちがよかった。

 

「学校を休むなんて、エマらしくないと思っていたが……。まさか、こんなになるまで我慢していたのか」

「ごめ……なさ……」

「謝るな。……ほら、スポーツドリンクと、食べやすそうなゼリーを買ってきた。起き上がれるか?」

 

ヒロちゃんは、ボクの背中にそっと手を差し入れて、ゆっくりと身体を起こしてくれる。

その手つきは、ボクが壊れ物か何かみたいに、すごく優しかった。

 

買っきてくれた冷たいドリンクを少しだけ飲むと、焼けるようだった喉が少しだけ潤う。

 

「……ありがと、ヒロちゃん。……おいし」

「そうか。……少しは顔色が良くなったな」

 

ヒロちゃんが、優しく笑う。

ああ、よかった。ヒロちゃん、怒ってなかった。

ボクが病気でも、ちゃんとお見舞いに来てくれた。

 

ボクは安心して、布団に横たわったまま、そばに置いてあったヒロちゃんの手をぎゅっと握った。

 

「……ヒロちゃん。……手、つないでて……」

「……仕方ないな、エマは」

 

呆れたような声だったけど、ヒロちゃんは優しくボクの手を握り返してくれた。

温かい。ヒロちゃんの手だ。

ボクのこと、見捨てないでいてくれる。

 

その安心感に包まれて、ボクはそのまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 

どれくらい眠っていたんだろう。

遠くで、お母さんと、ヒロちゃんの話し声が聞こえる。

 

「……ヒロちゃん、ごめんね。もう、そろそろ……。風邪、移っちゃうと悪いから」

「!いえ、私は大丈夫です。エマは……」

「いつもエマのこと、気にかけてくれてありがとうね。本当に、ヒロちゃんがいてくれて、あの子も……」

 

お母さんの声が、少しだけ震えている気がした。

ボクはまだ眠たいフリをして、うっすらと目を開ける。

ヒロちゃんが、名残惜しそうにボクの手を離して、静かに部屋を出ていくのが見えた。

 

(……行っちゃうんだ)

 

寂しいな、と思った。

でも、また明日になれば会える。熱が下がったら、また一緒に遊べる。

そう思っていた。

 

ヒロちゃんが帰って、少し経った頃だった。

 

急に、息ができなくなった。

 

「かっ……ひゅっ……!……はっ、……ぁ」

 

空気を吸おうとしても、喉が塞がったみたいに何も入ってこない。

さっきまでとは比べ物にならないほどの痛みが、胸を突き刺す。

 

(いたい、いたい、いたい!たすけて、お母さ……!!)

 

声にならない叫びと同時に、ボクの意識は、プツリと途切れた。

 

次にボクが目を覚ました時、そこはいつもの天井じゃなかった。

真っ白な、知らない天井。

ツン、と鼻をつく、薬の匂い。

 

(……びょういん……?)

 

身体を起こそうとしたけど、指一本動かせなかった。

ただ、視線だけをゆっくりと動かすと、ベッドのそばに、お父さんとお母さんがいた。

そして、知らない白衣を着た先生と、深刻な顔で何かを話している。

 

ボクが起きたことには、気づいていないみたいだった。

 

「――やはり、進行が早まっています。……このままでは、かなり厳しいかと」

「そん、な……先生、どうにかならないんですか!」

「……最善は尽くします。ですが…ある程度の、覚悟はしておいた方がいいかもしれません」

 

……かくご?

……なに、それ。

なんの、はなし?

 

「……エマ……。あの子、まだ、こんなに小さいのに……っ」

お母さんの、泣き崩れる声が聞こえる。

 

頭が、真っ白になった。

 

(ボク……どうなっちゃうの……?)

 

死んじゃう、ってこと?

もう、学校にも行けないの?

もう、お父さんやお母さんと、ご飯も食べられないの?

 

(――ヒロちゃんに、会えないの?)

 

ぞわり、と全身の血が冷たくなるのが分かった。

やだ。

やだ、やだ、やだ!

 

ボクは、まだヒロちゃんと遊びたい。

まだ、ヒロちゃんに「すごい」って言って、照れた顔が見たい。

まだ、あの温かい手で、頭を撫でてほしい。

 

(やだ……っ!ボク、まだ死にたくない……!)

(ヒロちゃんと、もっと、もっともっと、一緒にいたいよ……っ!)

 

涙がボロボロとこぼれて、シーツを濡らしていく。

でも、ボクの口からは、何の音も出てはくれなかった。

魔女裁判は起きる?(今後の展開に大きな影響が生じます)

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