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本編クリア後、病弱エマ概念を知り、熱意のまま書きました。
後悔はありません。
(……ボクは、ヒロちゃんがいないとダメだなぁ)
放課後の教室。まだ西日が差し込む時間。
ランドセルに教科書を詰め込みながら、ボクはちらりと隣の席を見る。
艶やかな黒髪。筋の通った鼻筋。真面目な顔でドリルを解く、幼馴染の横顔。
ボクの自慢の幼馴染、二階堂ヒロちゃん。
ヒロちゃんは、ボクとは正反対だ。
成績優秀、スポーツ万能。
先生からも生徒からも信頼されていて、いつも堂々としている。
まさに完璧超人。
それに比べてボクは……うーん、ドジばっかり。
今日も、給食の牛乳を運ぶときにちょっとこぼしちゃったし。
「エマ。まだ終わらないのか?もう帰るぞ」
先に支度を終えたヒロちゃんが、少し呆れたような、でもやっぱり心配そうな顔でボクを見下ろす。
あ、その顔。ボク、ヒロちゃんのその顔、好きなんだ。
「うぅ……ヒロちゃん、待ってよぉ。この問題、わかんない……」
ボクは、わざと算数のドリルをヒロちゃんの前に突き出す。
本当は、もうとっくに解けている。
だって、ヒロちゃんが隣で教えてくれるって分かってるから、予習はバッチリなんだ。
でも、ボクはペンを握ったまま、うーんうーんと唸ってみせる。
「……はぁ。エマは仕方ないな」
ヒロちゃんは、やっぱり思った通りの反応をしてくれる。
「貸してみろ」とボクの手からドリルを抜き取ると、ボクの机にそれを広げた。
「いいか、エマ。ここの公式は、昨日教えただろう」
「う、うん……でも、なんかゴチャゴチャしてて……」
「ゴチャゴチャしている時こそ、一つずつ丁寧に解くんだ。ここを、こうして……」
ヒロちゃんの細くて綺麗な指が、問題の数字をなぞっていく。
ボクはその声が、匂いが、ボクだけのために使われているこの時間が、たまらなく好きだった。
「わかったか?エマ」
「うん!わかった!ヒロちゃんはやっぱりすごいなぁ!」
「……当たり前だ。これくらい、できて当然だ」
ヒロちゃんはフン、とそっぽを向く。
でも、その耳がほんのり赤いことを、ボクは知ってる。
ヒロちゃんは、ボクが「すごい」って言うと、いつも照れるんだ。
それが嬉しくて、ボクはいつもヒロちゃんを褒めた。
本当は、この問題だって解ける。
本当は、牛乳だってこぼさずに運べる。
でも、ボクが失敗すると、ヒロちゃんは必ずボクのところに来てくれる。
「エマは私がいなければ何もできないんだから」って、世話を焼いてくれる。
それが、ボクがヒロちゃんの「一番」になれる、唯一の時間だった。
「よしっ!じゃあ帰ろ、ヒロちゃん!」
「ああ。……まったく、エマは手が焼ける」
並んで歩く帰り道。
さっきまであんなに真面目な顔で勉強を教えてくれたのに、ヒロちゃんは校門を出ると、やっぱりボクの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。
ボクは、ヒロちゃんの隣が大好きだ。
ボクのこと、分かってくれてる。
ボクのこと、見捨てないでいてくれる。
この温かい手のひらが、この優しい声が、ボクを「ひとりぼっち」から守ってくれる。
(だから、ボクはヒロちゃんがいないとダメなんだ)
この幸せな時間が、明日も、明後日も、ずっとずっと続いていく。
小学生のボクは、当たり前のように、そう信じていた。
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熱い。
息をするたびに、喉の奥が焼けるみたいに痛い。
身体中の関節がギシギシと軋んで、まるで自分の身体じゃないみたいだ。
(……つらいよぉ……いたいよぉ……)
ボクは、布団の中で小さく丸くなる。
目を開けているのもしんどくて、ギュッと強く閉じるけど、そうすると余計に身体の痛みがはっきりしてしまう。
じわり、と目の端に涙が滲んだ。
ボクは昔から、こうだった。
ちょっと無理をしたり、季節の変わり目になったりすると、すぐに熱を出して寝込んでしまう。
昨日、ヒロちゃんとドッジボールではしゃぎすぎちゃったせいかな……。
ヒロちゃんは、怒ってるかな。
「だから無理をするなと言ったんだ」って、呆れてるかも。
そう思ったら、また涙がこぼれた。
ひとりは、やだ。
ヒロちゃんに、会いたい。
(……ヒロ、ちゃん……)
意識が朦朧としてきた、その時だった。
「――マ。エマ。聞こえるか?」
大好きな、声がした。
ボクは重たいまぶたを必死にこじ開ける。
ぼやけた視界の中に、心配そうにボクを覗き込む、ヒロちゃんの綺麗な顔があった。
「……ヒロ、ちゃん……?なんで……学校は……」
「そんなことはどうでもいい。それより、君は……ひどい熱だ」
ヒロちゃんが、そっとボクのおでこに手を当てる。
ヒロちゃんの手は、いつもみたいに少し冷たくて、すごく気持ちがよかった。
「学校を休むなんて、エマらしくないと思っていたが……。まさか、こんなになるまで我慢していたのか」
「ごめ……なさ……」
「謝るな。……ほら、スポーツドリンクと、食べやすそうなゼリーを買ってきた。起き上がれるか?」
ヒロちゃんは、ボクの背中にそっと手を差し入れて、ゆっくりと身体を起こしてくれる。
その手つきは、ボクが壊れ物か何かみたいに、すごく優しかった。
買っきてくれた冷たいドリンクを少しだけ飲むと、焼けるようだった喉が少しだけ潤う。
「……ありがと、ヒロちゃん。……おいし」
「そうか。……少しは顔色が良くなったな」
ヒロちゃんが、優しく笑う。
ああ、よかった。ヒロちゃん、怒ってなかった。
ボクが病気でも、ちゃんとお見舞いに来てくれた。
ボクは安心して、布団に横たわったまま、そばに置いてあったヒロちゃんの手をぎゅっと握った。
「……ヒロちゃん。……手、つないでて……」
「……仕方ないな、エマは」
呆れたような声だったけど、ヒロちゃんは優しくボクの手を握り返してくれた。
温かい。ヒロちゃんの手だ。
ボクのこと、見捨てないでいてくれる。
その安心感に包まれて、ボクはそのまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。
どれくらい眠っていたんだろう。
遠くで、お母さんと、ヒロちゃんの話し声が聞こえる。
「……ヒロちゃん、ごめんね。もう、そろそろ……。風邪、移っちゃうと悪いから」
「!いえ、私は大丈夫です。エマは……」
「いつもエマのこと、気にかけてくれてありがとうね。本当に、ヒロちゃんがいてくれて、あの子も……」
お母さんの声が、少しだけ震えている気がした。
ボクはまだ眠たいフリをして、うっすらと目を開ける。
ヒロちゃんが、名残惜しそうにボクの手を離して、静かに部屋を出ていくのが見えた。
(……行っちゃうんだ)
寂しいな、と思った。
でも、また明日になれば会える。熱が下がったら、また一緒に遊べる。
そう思っていた。
ヒロちゃんが帰って、少し経った頃だった。
急に、息ができなくなった。
「かっ……ひゅっ……!……はっ、……ぁ」
空気を吸おうとしても、喉が塞がったみたいに何も入ってこない。
さっきまでとは比べ物にならないほどの痛みが、胸を突き刺す。
(いたい、いたい、いたい!たすけて、お母さ……!!)
声にならない叫びと同時に、ボクの意識は、プツリと途切れた。
次にボクが目を覚ました時、そこはいつもの天井じゃなかった。
真っ白な、知らない天井。
ツン、と鼻をつく、薬の匂い。
(……びょういん……?)
身体を起こそうとしたけど、指一本動かせなかった。
ただ、視線だけをゆっくりと動かすと、ベッドのそばに、お父さんとお母さんがいた。
そして、知らない白衣を着た先生と、深刻な顔で何かを話している。
ボクが起きたことには、気づいていないみたいだった。
「――やはり、進行が早まっています。……このままでは、かなり厳しいかと」
「そん、な……先生、どうにかならないんですか!」
「……最善は尽くします。ですが…ある程度の、覚悟はしておいた方がいいかもしれません」
……かくご?
……なに、それ。
なんの、はなし?
「……エマ……。あの子、まだ、こんなに小さいのに……っ」
お母さんの、泣き崩れる声が聞こえる。
頭が、真っ白になった。
(ボク……どうなっちゃうの……?)
死んじゃう、ってこと?
もう、学校にも行けないの?
もう、お父さんやお母さんと、ご飯も食べられないの?
(――ヒロちゃんに、会えないの?)
ぞわり、と全身の血が冷たくなるのが分かった。
やだ。
やだ、やだ、やだ!
ボクは、まだヒロちゃんと遊びたい。
まだ、ヒロちゃんに「すごい」って言って、照れた顔が見たい。
まだ、あの温かい手で、頭を撫でてほしい。
(やだ……っ!ボク、まだ死にたくない……!)
(ヒロちゃんと、もっと、もっともっと、一緒にいたいよ……っ!)
涙がボロボロとこぼれて、シーツを濡らしていく。
でも、ボクの口からは、何の音も出てはくれなかった。
魔女裁判は起きる?(今後の展開に大きな影響が生じます)
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起きる
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起きない