病弱少女ノ生命裁判   作:夜琥

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牢屋敷からは3人称視点で描写していきます


4. 牢獄の目覚めと運命の分岐

冷たい石の感触が、背中に伝わってくる。

 

桜羽エマが目を覚したのは、見慣れた病室の白い天井の下ではなかった。

 

古びた石壁。澱んだ空気。そして視界を遮る、無機質な鉄格子。

 

「……っ!」

 

エマは、粗末な2段ベッドの下段から飛び起きた。

 

着せられている服も、見たこともない特別な服に変わっている。

 

(なんで……? ボクは、高校の入学式のために、病院から一時帰宅して……自分の部屋で寝たはずなのに……)

 

パニックに陥る頭に、忌わしい記憶がフラッシュバックする。

 

(……そうだ。ボクは、ずっといじめられてて……それで学校に行けなくなって……病気に……)

 

そう、自分がいじめの被害者だったから、こんな目に――。

 

いや、違う。

 

こんな場所、夢のはずだ。

 

(悪夢の、続き……?)

 

そうであってほしいと願いながら頬をつねるが、痛みだけが生々しく現実を突きつけてくる。

 

「ねえ、ここどこなのかな!?」

 

エマは鉄格子に縋りつき、必死に叫んだ。

 

遠くから、同じように閉じ込められたらしい、他の少女たちの悲鳴や怒声が聞こえてくる。

 

(よかった、ボクだけじゃない……)

 

エマが僅かに安堵した、その時だった。

 

「――静かにしてくれないか?」

 

凛とした、冷たい声が、背後から響いた。

 

エマの心臓が、嫌な音を立てて跳ね上がる。

 

ゆっくりと振り返ると、2段ベッドの上段で、一人の少女が起き上がったところだった。

 

艶やかな黒髪。紅い瞳。

 

その完璧なまでに整った横顔を、エマが見間違えるはずがなかった。

 

「……ヒロ……ちゃん?」

 

エマの中学時代を暗黒に貶めた、かつての幼馴染。

 

二階堂ヒロ――。

 

目が合ったヒロの方も、今までエマが見たことないほど大きく目を見開いていた。

 

ヒロはベッドからひらりと降り立つと、エマを睨みつける。

 

「……何故、君がここに?」

 

その声には、再会を喜ぶ響きなど微塵もなかった。

 

あるのは、明確な拒絶と――憎悪。

 

ヒロは、中学時代にユキを見殺しにしたエマと、こんな場所で再会したことに、嫌悪感を露わにしていた。

 

「あ……あのね、ヒロちゃん……ボクも、わからなくて……」

 

かつて呼んだ懐かしい呼称でエマが怯えながら呼びかけると、ヒロは忌々しそうに顔を歪めた。

 

その時だった。

 

『――私、ゴクチョーと申します。詳しい説明がしたいので、ラウンジに集合してください』

 

壁のモニターに、突如としてフクロウの化け物が映し出され、間延びした声を響かせた。

 

『監房の鍵を開けますので、看守の後についてきてください。抵抗とかは自由なんですが……命とかなくなっちゃうので……はい……』

 

ガシャン、と重い金属音がして、房の施錠が解かれた。

 

「ゴクチョー……? 看守……?」

 

エマが呆然としていると、鉄格子の向こう、通路の闇から、重々しい何かが近づいてくる音がした。

 

やがて現れたのは、ぼろぼろの黒衣をまとった、人間ではない「何か」

 

仮面をつけた異形――「なれはて」と呼ばれる看守だった。

 

「正しい説明がなされるのかな。それなら早く向かわないと……」

 

ヒロはエマを無視し、先に房から出て通路へと進む。

 

エマも慌ててその後に続いた。

 

通路には、エマたちと同じように、他の房から不安そうに出てきた少女たちが集まっていた。

 

「きゃああぁ! 触んな化け物ぉ! キモいから!」

 

「わかった、わかりました、行くから!!」

 

異形の看守に促され、少女たちがぞろぞろとラウンジに向かって歩き出す。

 

「待って……待ってよ、ヒロちゃん……!」

 

エマは、この異常な状況と、ヒロとの最悪の再会でパニックになりながらも、小走りでヒロの背中を追いかけた。

 

他の少女たちが見ている前で、エマはヒロの腕にそっとしがみついた。

 

「ヒロちゃん! あの、あのね。色々あったけど、ヒロちゃんにまた会えてよかった。ボク、変わったんだよ。もう前のボクじゃない。またヒロちゃんと友だちになりたいんだ」

 

必死の言葉を遮るように、ヒロは、他の少女たち全員が見ているその通路の真ん中で、汚物でも触られたかのように、エマの手を荒々しく振り払った。

 

「っ……!」

 

「気安く触れないでほしい」

 

突き飛ばされ、エマはよろけて、冷たい石畳の床に小さく尻餅をつく。

 

(いたい……)

 

打ち付けたお尻よりも、手のひらを擦りむいた痛みよりも、何よりも。

 

他の少女たちが、「何あれ……?」とひそひそと囁きながら、エマとヒロを遠巻きに見ている。

 

その視線が、痛い。

 

ヒロは、床にうずくまるエマを、心の底から軽蔑するような冷たい目で見下ろした。

 

「忘れてもらっては困る。私は君が嫌いなんだ」

 

その瞳は、中学時代にエマの心を壊した、あの日の目と全く同じだった。

 

ヒロはエマに背を向け、今度はもう、立ち止まることなくラウンジへと向かってしまう。

 

(そんな……ヒロちゃん……)

 

公衆の面前で突き飛ばされ、拒絶されたエマの瞳に、急速に涙が滲む。

 

「ひとりになるのが怖い」という、エマが一番恐れていた記憶。

 

その冷たい感覚が、背筋を駆け上がってくる。

 

エマは、必死に涙をこらえ、手のひらの痛みも忘れたフリをして立ち上がると、ラウンジへと続く闇の中へと、とぼとぼと歩き出すしかなかった。

 

***

 

ラウンジには、エマたちを含めて13人の少女たちが集められていた。

 

誰もが不安と恐怖に怯え、互いに距離を取り、警戒しあっている。

 

個性的……というより、一癖も二癖もありそうな少女たちばかりだ。

 

エマは、ヒロから一番遠い場所で、先ほど負った心の傷を隠すように、小さくなっていた。

 

重苦しい沈黙の中、場にそぐわないほど明るい声が響いた。

 

「いやぁ~すごいですねっ! 突然牢屋で目覚め! 化け物に見張られていて! なんかすごいことが起こっているのを感じます! 高まっちゃいますよね~!」

 

水色髪の少女が、好奇心で瞳を輝かせている。

 

「なあにが、高まっちゃいますよね~、ですわ! やべーことになってるんですわ! もっと危機感を持った方が良いんじゃないかしら!?」

 

お人形のように可愛らしい小柄な少女が、かん高い声で反論する。

 

そのとき、くすりという声が響く。

 

「――いや、すまない。少し変わった喋り方だなと思ってね」

 

一歩前に出たのは、中性的な見た目の少女。

 

すらりと背が高く、まるで騎士のような凛々しさがある。

 

彼女のカリスマ性か、全員の視線が自然と彼女に集まった。

 

「みんな初対面だと思うから、良かったら自己紹介をしていかないか? 私は蓮見レイアだ」

 

レイアと名乗った少女が、小柄な少女に優雅に微笑みかける。

 

「……ふんっ、遠野ハンナですわ。お見知りおきあそばっ……お見知りおきあそばせせ?」

 

ハンナと呼ばれた少女は、顔を真っ赤にしてどもってしまう。

 

「はいはーい! 私は橘シェリーっていいますっ。事件があるところに私あり!この名探偵にお任せください!」

 

シェリーが元気よく手を挙げ、レイアが「実際に何か事件を解決した経験があるのかい?」と尋ねる。

 

「それはまだありませんね!」

 

「……そ、そうかい。少し頭が痛くなってきたな……」

 

レイアは苦笑いを浮かべ、次にヒロに視線を向けた。

 

「次に行こうか。……君、いいかな?」

 

「……二階堂ヒロだ」

 

ヒロは、それだけを短く告げると、遠くで怯えているエマを憎々しげに一瞥した。

 

その視線に射抜かれ、エマは「ひっ……!」と小さく肩を震わせる。

 

レイアは、二人の険悪な空気を察したようだったが、あえて何も言わず、エマに話を振った。

 

「……では、そこのキミ、名前を教えてくれないか?」

 

(さ、最初が肝心……! 自己紹介でボクの第一印象が決まるんだから、気合……!)

 

エマは必死に震えを抑え、声を張り上げた。

 

「ボ、ボクは、桜羽エマ!」

 

エマが名乗った瞬間、ヒロが「……チッ」と、エマにしか聞こえないような小さな舌打ちをした。

 

(やっぱり……ヒロちゃんは、ボクのこと、許してくれてない……)

 

エマの表情が、再び絶望に曇る。

 

さっき床についた手のひらの擦り傷が、じくじくと痛んだ。

 

「わわわ、私の名前は、ひっ、ひっ、ひ…… 氷上、メルル、です……っ」

 

エマの不安そうな顔と、その手のひらから滲む血に気づいたのか、メルルは、おどおどとしながらもエマに近づいた。

 

「あ、あの……エマさん……け、怪我……」

 

「え?」

 

「さっき、廊下で……。よ、よかったら、これ……」

 

メルルが怯えながらそっとエマの擦り傷に手をかざすと、その手のひらが、ふわりと淡い緑色の光を放った。

 

(あったかい……)

 

光が消えた時、さっきまで痛んだ擦り傷が、血の跡も残さず、綺麗さっぱり消えていた。

 

「……すごい! 痛くない……! ありがとう、メルルちゃん!」

 

「は、はいぃぃぃ……! た、たいしたことじゃ……!」

 

メルルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

エマは、ヒロからの拒絶でささくれていた心に、小さな温かい光が灯ったのを感じた。

 

その後も、次々に自己紹介が続いた。

 

「あー、あてぃし? あてぃしの名前は沢渡ココね」

 

「けっ...…紫藤アリサ。おめーらと慣れ合うつもりはねーから」

 

「『わがはいは夏目アンアンである。以降、どうか話しかけないでいただきたい』」(スケッチブック)

 

「……黒部ナノカ」

 

「んーと、城ケ崎ノア」

 

「おじさんは、佐伯ミリアだよ……」

 

「私は宝生マーゴ。よろしくね」

 

「全員の名前が知れて何よりだよ。ここにいる意味は、私にもわからない。けれど、冷静に行動するべきだと思っている」

 

レイアが場を仕切ろうとした、その時。

 

『――皆さん、お揃いのようですねぇ』

 

あのフクロウの化け物とゴクチョーが目の前に現れた。

 

少女たちの間に、再び緊張が走る。

 

『では、さっさと説明をしていきますね……』

 

ゴクチョーは淡々と、絶望的な事実を告げ始めた。

 

『皆さんは【魔女】である可能性があると認定されました』

 

『いずれ【魔女】になる可能性があるとなると、野放しにはできませんので……』

 

『つまり皆さん、この世界に害をなす悪者ってことで……ご納得ください』

 

ゴクチョーは淡々と続ける。

 

看守は、かつて魔女になってしまった者の【なれはて】であること。

 

逆らったら殺すように洗脳してあること。

 

そして――

 

『面倒なことに、いずれ囚人間で殺人事件が起こるんですよ』

 

『殺人事件が起きた場合、【魔女裁判】を開廷します』

 

『【魔女】になった囚人は……あのー…… ……処刑しますので……』

 

処刑。

 

その言葉が、エマの頭を殴りつける。

 

(囚人……? 処刑……? ボクたち、殺されるの……?)

 

動悸が激しくなり、胸が苦しくなってくる。

 

重々しい沈黙の中、最初に一歩前に出たのは、ヒロだった。

 

彼女の紅い瞳は、ゴクチョーでも、他の少女たちでもない、ただ一点――入口で見張る看守を、「悪」として捉えていた。

 

ヒロの心は、中学時代に培われた強すぎる正義感によって、すでに燃え上がっていた。

 

彼女にとって、あの看守は断じて許容できない「悪」そのものだった。

 

ヒロは、ラウンジの暖炉に立てかけられていた火かき棒を、静かに手に取った。

 

その音に、ラウンジの反対側にいたエマが「ビクッ」と肩を震わせる。

 

「ヒロちゃん……? まさか……」

 

エマが青ざめた顔で呟く。

 

(ダメだよ、ヒロちゃん! そんなことしたら、ヒロちゃんが……!)

 

エマは、ゴクチョーの『命とかなくなっちゃうので』という言葉を思い出し、血の気が引いた。

 

あの化け物に逆らったら、殺される。

 

ヒロちゃんが、今、殺されようとしている。

 

「悪は死ね!」

 

ヒロが叫ぶ。

 

「死ね死ね死ね!」

 

その声は、エマが知っている幼馴染のものではなかった。

 

正義と狂気に取り憑かれた、冷たく研ぎ澄まされた声だった。

 

他の少女たちが悲鳴を上げる中、ヒロは看守へと向かって走り出す。

 

 

「やめてっ、ヒロちゃん!!」

 

エマは、叫んでいた。

 

もう、見ているだけはいやだ。

 

もう、失うのはいやだ。

 

ヒロちゃんに死んでほしくない。

 

たとえ、中学時代にボクを拒絶したヒロちゃんでも。

 

ボクを憎んでいるヒロちゃんでも。

 

それでも、ボクの大切な、たった一人の幼馴染だから。

 

その一心だけで、病弱な身体を顧みず、ラウンジの端から必死に床を蹴った。

 

ヒロまでの距離が、絶望的に遠い。

 

(間に合わない……!)

 

心臓が警鐘のように激しく脈打つ。肺が酸素を求めて悲鳴を上げる。

 

看守に向かって全速力で走るヒロを、エマもまた、息を切らしながら必死で追いかける。

 

ヒロが看守の目前に迫り、火かき棒を振りかぶる。

 

看守の異形の手が、迎撃のために腰の鎌へと伸びるのがスローモーションで見えた。

 

(あ――)

 

死ぬ。

 

その瞬間。

 

「ダメ――っ!」

 

エマは、もつれる足を叱咤し、力を振り絞ってヒロの背中に飛びついた。

 

全体重をかけた、みっともない突進だった。

 

「……エマ!?」

 

火かき棒が振り下ろされる、まさにその寸前。

 

ヒロの身体が、エマの衝撃でわずかにぐらつく。

 

「離せ! 私の邪魔をするな!」

 

ヒロは、攻撃の寸前に妨害され、燃え盛る憎悪を込めてエマを振り払おうとする。

 

「ダメだよ……! ヒロちゃんが、死んじゃう……! っ、かはっ……! げほっ、ごほっ……!」

 

極度の緊張と、限界を超えた疾走の負荷が、エマの身体を襲った。

 

喉から甲高い呼気が漏れ、激しい咳がこみ上げてくる。

 

(あ……まただ。胸が……痛い……息が、できない……っ)

 

心臓を氷の手で鷲掴みにされたような激痛が走り、視界が白く染まっていく。

 

エマは激しく咳き込み、呼吸もままならないまま、ヒロの腕を掴んだまま、その場にずるずるると崩れ落ちた。

 

「……っ!?」

 

ヒロは、振り上げた火かき棒を看守に叩きつけることもできず、足元で苦しそうに発作を起こすエマの間で、動きを止める。

 

彼女の「正義の執行」は、攻撃が看守に届く直前に「中断」させられる形となった。

 

看守は、エマが倒れたことでヒロの殺意が逸れたと判断したのか、無機質な仮面のまま、ゆっくりと鎌を下ろした。

 

『おやおや……。……まあ、看守に攻撃はしていないようですし、今回は見逃してあげましょうかねぇ。……それより、そこの方、大丈夫ですか?』

 

ゴクチョーの間延びした声が響く。

 

ヒロは、床に倒れ、激しく咳き込みながら酸素を求めるエマを、殺意にも似た憎悪の目で見下ろした。

 

(……またその手か)

 

中学時代の記憶が、鮮明に蘇る。

 

あの日、クラスの隅で愛想笑いを浮かべていたエマ。

 

その罪を自分が責めた途端、学校に来なくなったエマ。

 

いつだってそうだ。

 

この幼馴染は、自分が責められると、こうやって「弱者」のフリをする。

 

(あの時は不登校。……今度は、発作か)

 

ヒロにとって、エマの発作は本物の「病気」の証などではなかった。

 

自分の「正義」を妨害するために、周囲の同情を引こうと、この場で、このタイミングで倒れてみせる。

 

それこそが、エマの常套手段であり、最も悪質で、計算され尽くした「演技」であると、ヒロは確信していた。

 

今回もその「演技」によって、「正義」が邪魔された。

 

その事実だけが、ヒロの憎悪をさらに燃え上がらせていた。

 

(よかった……。…ヒロちゃんが、死ななくて……本当に、よかった……)

 

薄れゆく意識の中、エマは、安堵とあまりにも冷たいヒロの視線を、確かに感じていた。

魔女裁判は起きる?(今後の展開に大きな影響が生じます)

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