ウマ娘トレウマ短編集   作:篠平才斗

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 本作もスティルインラブシナリオ、グッドエンドの独自解釈に基づきます、ご理解ください。

 スティルインラブのシナリオに対する意見として、時々見受けられる「スティルはトレーナーと出会わなかった方が良かったのではないか」「あの二人は出会ってしまったが為に、不幸になった」というもの。個人的には、どうもこれには賛同しかねていまして。自分が今まで触れてきた作品のせいかもしれませんね。例えば歴史ものと言うのは大体、主人公は平穏とは程遠い人生を送り、場合によっては若くして命を散らします。それを、不幸だと思いたくはない。織田信長も坂本龍馬も近藤勇も、下手に歴史の表舞台に上がらずに大人しく生きていれば、もっと長生きできたかもしれない。しかし、彼らにそうすべきだった、と、私なら口が裂けてもそんな事は言えないし、言いたくない。

 そんな思いがあり、最初は考察のような、論文的形式にしようかとも思いました。しかし、どうせなら小説仕立ての方が良かろうと。そういう訳でこういう形式になりました。歴史好きとしては、ノーリーズン出したかったってのもありますしね、ノースヒルズ繋がりでスティルとも公式で絡みがありますし。




平穏という幸せ 情熱に身を焦がす幸せ――スティルインラブ・ノーリーズン

 トレセン学園の、食堂。多くのウマ娘達が楽しそうな声を上げるその空間で、彼女は一人黙々と、どこか難しい顔をして食事をしていた。元々、彼女は食事のペースが遅い。大食いの娘ならすぐに食べ終わるだろう量を、彼女は小さな一口で、ゆっくりと味わって食べる。そんな彼女の姿を、ほとんどの娘は気にも留めない。最も、これは彼女にとって普通の事だった。あまり目立たない、そんな娘なのだ。しかし、その日は違った。

 

「おや、スティル殿ではないかぁ!」

 

 大声が、響いた。スティルは驚いて、声の主を見る。

 

「ノーリーズンさん……?」

「いやー、ヤエノと食事をしようと思うたのだがの、先約があると言うてフラれてしもうた。一人で食事も悪くはないが……折角なら誰かと食卓を囲みたいでは無いか。良いかの?」

「ええ、私でよろしければ、喜んで」

 

 スティルがそう言って、僅かにトレーを自分の方に引く。ノーリーズンは自分のトレーを置くと、スティルと向かい合う様にして座った。

 

「いやぁ、それにしてもスティル殿とこうして話をするのも久しいのお。なんでも、一時休学しておったそうでは無いか、どうしてまた?」

「あ……それは……」

 

 スティルは思わず言い淀む。他人に説明するには、余りにも特殊と言うか、複雑な事情。ノーリーズンもそれを察したのだろう、すぐに頭を下げた。

 

「いや、不躾であったな、すまぬ。無理に聞き出そうと言うのではない」

「い、いえ。心配して下さり、ありがとうございます」

「うむ……ああ、そうじゃ。これも、別に答えたくなければ、答えんでも良いのじゃがな」

 

 そう言いながら、ノーリーズンはすっと真剣なまなざしをスティルに向ける。スティルも思わず、背筋を正した。

 

「な、何でしょう」

「お主、何か、悩んでおるな?」

「え……?」

「一目で、分かった。明らかに食事を楽しんでいる顔では無いとな。ましてそなたは、しばらく学園を去っていたのであろう? 気になってな……どうじゃ、話してはくれまいか?」

 

 黄色い瞳を心配そうに煌めかせて、彼女は言う。面倒見のいい性格なのだ。スティルは悩み、そして彼女の厚意に甘えることにした。

 

「……では、よろしいですか?」

「おお! ワシに出来る事があれば、何でもしようぞ。スティル殿には、かつてコーラに合う菓子を選んでもらった恩義もある」

「そんな、恩義だなんて……では、その、相談なのですが。実は、先程から話題に出ている、休学の事とも関係が。……私の、トレーナーさんの事なのです」

 

 そう言って、彼女は語り出す。自分が、彼の心身に多大な負担を強いてしまった事。それで彼は、一時命さえ危うい状態になってしまった事。その彼を救う為、一度は退学し、身を隠そうと思った事。それでも彼は自分を見つけ出し、そして共にあり続けると言ってくれた事。そして、時間をかけてここに戻ってきた事。

 

 それを聞いたノーリーズンは、嘆息して腕を組んだ。

 

「にわかには信じがたい話もあったが……しかし、外ならぬスティル殿の言葉じゃ、信じよう。それで、悩みは一体何じゃ? 聞いている限りでは、むしろ一件落着、万々歳……と思えるが」

「……トレーナーさんは、私を守りたかったと言って下さいました。会いたかったとも……。トレーナーさんが、私に深い……深い、愛情を持って接して下さっている事は、分かっています。あの方はお優しい、本当にお優しい方ですから。だから、体を壊してもなお、私の為に」

 

 言いながら、スティルの目には涙が浮かぶ。そう、そんな状況に、彼を追い込んでしまったのは自分だ。

 

「私の……私の、せいで。あんな素敵な方を……傷つけて、しまった。それが、ずっと悔いになっていて。トレーナーさんは勿論、私を責めは致しませんでした。でも、それが……それが」

「ううむ。なるほど、の……」

 

 ノーリーズンも、目を閉じて考え込む。彼女も流石に、ここまでの話だとは想定していなかった。しかし、想像を超える重い話だからと言って……いや、むしろだからこそ、彼女にここで退くという選択肢はない。

 

「いっそ、責めて欲しかった。お前のせいで、酷い目にあったと詰って下さった方が、いっそ……」

「お主のトレーナーは、お主を守りたかったと、そう言っていたのじゃな? 黙って消えたお主を、一切咎める事も無く」

 

 ノーリーズンの黄色い目が、スティルの瞳を覗き込む。スティルは小さく頷いた。

 

「その言葉を、お主は疑いたいのか?」

「い、いえ! ……いえ、でも」

「そうじゃろうな。お主の顔に書いてある。トレーナー殿を疑うなどしたくない、したくはないが、自分が彼に与えてしまった影響を思うと、良心が疼く。だから、したくはなくともつい彼を疑ってしまう。自分に気を使ってくれているだけでは、と」

 

 ノーリーズンはそう言いながら、ぐいと水を一口飲んだ。

 

「だがの。あまり、そう思い詰めるでない。それは却って、お主のトレーナー殿に対しても非礼であろう」

「……それは」

「そうさなぁ……スティル殿、お主、織田信長公は知っておるであろう。第六天魔王を自称した、戦国の英傑じゃ」

「……? はい」

 

 いきなり、何の話だろう。そう思いながらも、スティルは頷く。

 

「信長公はの。元は尾張……今の愛知県の西部の方じゃな、あの辺りの、さして大きくも無い大名に過ぎなかった。財力はそれなりにあった様じゃがの。そこから桶狭間で今川義元公を討ち、美濃の斎藤龍興公を追い、将軍を奉じて上洛し、多くの敵と戦い、討ち、遂には日本国そのものを手中にせんとした。その途上で、家臣明智光秀公に討たれ、亡くなった。まあ、この位は歴史の授業でやるところじゃが」

「ええ」

「で、ここからが本題じゃがの。……お主、お主がもし信長公だったとしてじゃ。本能寺で家臣に裏切られ、今その生涯を閉じよう……と言う時。何を思うかの?」

 

 そう言われて、スティルは想像する。元々彼女も、想像力は豊かな方だ。最も信長のような人物に感情移入する事は多くはないが、それでも想像は働かせられる。

 

「そう、ですね。もっと早く、不満に気がつけなかったか、とか。警備を増やしていれば、とか」

「それは、あったかもしれんのう。言うなれば反省じゃな。油断した、ここでむざむざ死なねばならぬとは……無念であったろうと思う。しかし、じゃな」

 

 ぐっ、と水を飲み干して、彼女は言葉を続けた。

 

「己が生涯を、悔やみはせなんだと思う。例えば、じゃ。もし桶狭間の前に、さっさと義元公に降伏していれば。或いは濃尾を制覇して、そこで満足して武田信玄公辺りに従属していれば。少なくとも、本能寺で横死する事は無かった。もう少し、長生きできたかもしれん。しかし、仮にワシの目の前に信長公の霊魂が現れたとしてじゃな。そんな事を言えば、おそらく鼻で笑われるであろう。ただ汲々と、たかだか十年かそこらの生を貪って何とする、人間五十年、夢幻の如くなり……と」

 

 つまりじゃな、と言って、ノーリーズンは微笑んだ。

 

「お主のトレーナー殿の事を、ワシは正直、良くは知らん。だが、話を聞いている限り、相当お主に惚れ込んでおられるのであろう。お主の為なら、それこそ何もいらぬほどに。確かに、お主のトレーナー殿は、お主に出会わなければ、もっと平安で、平穏で、平凡なトレーナー人生を歩んでいたのかもしれぬ。じゃが、お主のトレーナー殿はきっと、それを望むまい。望まなかったから、お主を探し出したのであろう?」

 

 ノーリーズンの声が、染みるようだった。スティルはじっと、俯いてそれを聞いていた。

 

「幸せの形は人それぞれ。平穏で平凡な、普通の暮らしこそ最上と思う者もいよう。しかし、熱く、燃える情熱に身を焼かねば幸せを感じられぬ者もいる。それはもう性分じゃな。そういう性分の者が、無理に普通に合わせようとしても、苦しいだけじゃ」

 

 かつての自分が、そうだったのかもしれない。はしたない自分を隠そうとして、周りから目立たず、静かに。あの頃の自分は、いつも怯えていた。彼と出会って、人生が変わった。それは、間違いない。

 

「それでも、私は、彼を……傷つけて」

「その道を、選んだのはトレーナー殿じゃ。強制されたのではなく、自ら。傷ついても、お主を諦められなかった。優しい、トレーナー殿じゃ、そうであろう。お主も優しい、だから相手の傷を、我が事のように苦しく思う。それは立派じゃ。しかしの、それだけが優しさではない。そう思う。もし、スティル殿が本当に、トレーナー殿にすまなく思っているのなら……彼の言葉を信じる事が、恩義に報いる道ではないかの」

「……はい」

 

 スティルのトレーに、ぽつぽつと涙が落ちる。ノーリーズンはにっこりと笑って、優しく彼女の肩を叩いた。

 

「良いトレーナー殿を持たれたでは無いか! ワシの軍師殿の次に、良いトレーナー殿じゃ、のう!」

 

 にゃはっは、と癖のある高笑いをする彼女に、思わずスティルも釣られて笑う。

 

「おお、長話になってしもうた、すっかり味噌汁も冷めてしもうたな。いやすまぬ、こんなに長く話すつもりは無かった!」

「い、いえ。元々、私が相談を聞いて頂いたのですから」

 

 二人は食事を再開する。そこからは、他愛のない話をした。ノーリーズンは戦国時代を中心に、とにかく歴史に詳しい。そしてスティルは時代小説が特に好きな読書家だ。話が合うのはある意味で当然だった。

 

「帰蝶、濃姫様というのは、どの様な方だったかは良く分からないと言うのは本当なのですか?」

「おお、信長公の正室じゃな。その帰蝶という名も、江戸時代の創作と言われておるし、何時亡くなったのかも諸説紛々での……濃姫と言うのも、美濃から来た姫じゃから濃姫……というので、本名は分からぬのだそうな」

 

 そんな話をしながら、楽しく食事をした。自分は恵まれている。優しい想い人に、信頼できる友人達に囲まれて。そんな風に、スティルは思った。

 

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