ウマ娘トレウマ短編集   作:篠平才斗

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 『スティルのド根性ダイエット計画――決意編』の続きになります。思ったより長くなってしまった。これを前後編に分けようかとも思いましたが、上手く分けられずにこの形となりました。

 デアリングタクトも好きなんですよ、元の馬もですし、ウマ娘のキャラクターとしても。思った以上のワイルドキャラで驚きましたが……実装楽しみですね、多分後一年くらいは待つことになりそうですが……松山騎手も好きでしてねぇ、あのジャパンカップで乗り代わりになった時は残念でしたが、後からマーカンド騎手への乗り代わりを進言したのが松山騎手だと知ってぐっと来ました。今はお母さんとして頑張っていますが、良い子を出して欲しいですね。



スティルのド根性ダイエット計画――山籠もり編

 それから数日後の土曜日。二人の姿は、とある山の中にあった。服装は学園のジャージ、その背には大きなリュック。スティルが背負っているリュックは、タクトが彼女に貸し出したものだ。中には着替えと、キャンプ用の道具が色々。

 

「いやぁ、嬉しいです。やっぱり中々、他の方は誘いにくくて。ハートさんとはよく行くんですが」

「こちらこそ、色々教えてくださって、ありがとうございます。楽しみにしていました」

 

 そう言いながら、スティルは辺りの景色に目をやる。緑が眩しい、秋に差し掛かってきた頃の山中。まだ街中はかなり熱いが、山の中は多少涼しい。そよぐ風も、心地よかった。

 

「でも、大丈夫だったんですか? 一週間は籠る予定ですけど、トレーナーさんとか、心配なさるんじゃ」

「大丈夫です。きちんと何をするかはお伝えしてありますし……トレーナーさんも、いい気分転換になるかもと」

「それなら、良かったです。……いいなぁ、専属のトレーナーさん、かぁ。私も、いつかそんな風に……」

 

 そういう彼女の表情は、きらきらと輝いていた。スティルはもう少し踏み込んだ話をしようと思ったが、それより先にタクトが言った。

 

「あそこに、まずテントを張りましょうか」

 

 見れば、確かに丁度木もなく平坦になっている空間があった。スティルはもとより、その辺りの事は素人だ。タクトの言う事には従うしかない。彼女の動きを見ながら、見よう見まねでテントを設営していく。

 

「ペグはしっかり打ち込まないと、です。風で吹っ飛んじゃいますから」

「な、成程」

「火は……この辺りで良いかな。あっちの方から、川の音がしますから、ちょっと行ってみましょうか」

 

 そう言いながら、彼女は悪戦苦闘するスティルに手を貸して、テントの設営を手伝っていく。もし彼女一人であれば、すぐにでも終わっていただろう。そう思うと、スティルは申し訳なく思う。

 

「ごめんなさい、手際が悪くって」

「初めてなんですから、手間取って当たり前ですよ」

 

 にっこりと笑って、彼女は言う。優しい子だなとスティルは思った。自然を愛する優しい少女。最も、内にはしっかりと熱い物も秘めているのだろう。

 

「それで、山籠もりはトレーニングの一環……とも伺いましたけど、どんな事を?」

「そうですねぇ。まずは、さっき言ってた川に行きましょう」

「分かりました。まずは、これをなんとか」

 

 

 スティルも頑張って、なんとかテントの設営が終わる。二人は荷物を置くと、そのまま少し山を下りて行った。なるほど、耳を澄ますと、ちらちらと川の流れるせせらぎの音が聞こえる。

 

「あ、あれですね。思ったより、大きいな」

 

 タクトが指を差す。その先には、川幅三メートルほどの清流が。

 

「あ、いますねぇ……ほら、見えます?」

「え? ……あっ!」

 

 スティルも川を覗き込み、目を丸くした。銀色の小さな魚が何匹か、そよそよと泳いでいる。

 

「タナゴですね。愛好家も多いんですって」

「確かに、可愛らしいお魚ですね……」

 

 スティルはしゃがみ込み、じっとタナゴ達を見つめていた。

 

「でも、この子達、今は数を減らしてるんですって。種類にもよるんですが。私にできる事があれば、何とかしたいですけど」

「そうなんですね……お詳しいですね、タクトさん」

「えへへ。好きですから、こういう事が」

 

 そう言いながら、彼女は水筒に水を入れていく。このまま飲むのですか、と訊いたスティルに、タクトは首を横に振って応えた。

 

「いえ、自然の水は寄生虫とかのリスクもありますから。だからそのまま生水を飲むのは危険です」

「エキノコックス……でしたっけ? 聞いた事はありますが」

「そうですね。エキノコックスは基本的に北海道ですが……ただ最近は愛知県の知多半島でも定着したってニュースもありましたし、それにエキノコックス以外にも色々ありますから。用心に越したことはありません。だから水は、持参するのが一番安全ですが……ただ、やっぱり足りませんしね」

 

 二人のリュックの中には、二リットルの水のペットボトルが一本ずつ。それに食料も多少あるが、缶詰と米が多少と言う位で、とても一週間は持たない。つまり、足りない分は現地調達という事だ。

 

「この山は、現地採取も許可されていますから、心配しなくて大丈夫です」

「は、はい」

「さて、食事も見つけましょう。タナゴも食べられなくはないですが……それより、大きなものを。ヤマメとかイワナとか、いたら良いですが……確か、ダイエットしたいって事でしたよね、LANEで仰っていましたが。そこは大丈夫だと思います、何しろここには、ハイカロリーなものなんてまずありませんし」

 

 凄いバイタリティだ、と思いながら、スティルは苦笑する。ついていけるだろうか。しかし、やるしかない。ここまで来たら、やり抜くしかないだろう。

 

 既に、日が落ちていた。ふう、と息を吐いて、スティルは石の上に腰掛ける。疲れた。体中が、疲労している。

 

「……やっぱり、ある程度トレーニングはした方が良いかも……」

「慣れない事すると、疲れますよね」

 

 タクトがそう言いながら、はいとコーヒーの入ったマグカップを渡す。お礼を言って、ぐっと飲んだ。爽やかな苦みが、喉にしみた。

 

「どうでした? 初日」

「ええ。大変でしたけど……でも、楽しいです。やっぱり、街にいては気が付けない事や、見られないものに出会えましたし」

 

 それは、偽らざる思いだった。ダイエットという目的を抜きにしても、ここに来て良かったと思う。あの後、二人は持ってきた網で上手く魚を確保し、それを焼いて食べる事が出来た。

 

「明日は、もう少し奥の方に行ってみましょうか」

「はい。意外だったのですけど、トレーニングらしい事はあまりしないのですね。山中を走るとか、そういうのを想像していたのですが」

「そうですね……走るなら、やっぱり学園の方が良いですよ、整備されていますし、道具もあります。山中で万が一大けがをすれば、大変ですしね。どちらかというと、メンタル面の話というか」

 

 タクトはそう言いながら、コーヒーをすする。

 

「自然に触れて、リラックスして、そして来るべき舞台に全力を注げる様に、整える。そういうイメージです。それに、山道を歩くのって、かなり体力も使いますしね。特別トレーニングっぽい事をしなくても、ある程度は負荷はかかりますし」

「そうですね……」

 

 そう言いながら、スティルはふっと上を見た。星空が、綺麗だった。山の暗く、澄んだ空気が、これほどまでに星空を鮮やかに写し出すとは。友人のネオユニヴァースが見たら、喜ぶかしら。そんな事を思った。

 

「でも、私、羨ましいです。スティルさんが」

「え?」

 

 唐突にそう言われて、スティルは戸惑う。タクトはくすっと笑って、続けた。

 

「やっぱり、憧れちゃいます。トリプルティアラ……それに、あんな素敵なトレーナーさんと、巡り会って」

「そ、そうですか?」

「そうですよ。私だけじゃないですよ、そう言っているの。今までトリプルティアラを達成された方は、何人かいらっしゃいますが……皆さん、ちょっとずつ違うというか。例えばジェンティルさんは強い、とにかく強い。アイさんは負けず嫌いで、どんな強敵にも立ち向かっていくようで。ラモーヌさんは、同性の私から見ても、はっとするほど美しくて。そんな中で、スティルさんは、なんというか……とにかく、あのトレーナーさんの為に、ですよね。見ていて、きゅんきゅんする位」

「え……」

 

 思わず、絶句した。確かに、トリプルティアラを取ろうと思ったのも、一度走るのをやめようと思った後にそれを撤回して走り続けたのも、彼の為だった。しかし、外から見ていて、そんなに分かりやすかっただろうか。

 

「そ、そんなに、私」

「分かりますよ。ジャパンカップなんて、もう完全に二人の世界だったじゃ無いですか」

「あうう……そんな、恥ずかしい……」

「恥ずかしがる事、無いですって。あんな風に私も、って思ってる娘、多いですよ、きっと。私はそうですし。……ねえ、スティルさん。私……私も、スティルさんみたいに、なれますかね」

 

 そう言って、彼女はふっと目を伏せた。

 

「正直言って、私、自信をなくしかけてもいるんです。周りには私より、ずっと凄い娘達がいて。先輩達だって、アイさん達は皆、日本や世界でも結果を出していて。あんな風に、私がなれるのかなぁって。正直、私あんまり、期待されてはいないと思いますし」

 

 スティルは与り知らぬ事ではあるが、実際デアリングタクトの評価は、ずば抜けた……という程では無かった。現に、最初の選抜レースでは、全く相手にされずに終わっている。

 

「今度の選抜で、なんとかチームには入りたいんですが」

「……運命」

 

 呟く様に、スティルが言う。その言葉を聞いて、タクトはぱっと顔を上げた。

 

「えっ?」

「人の出会いは、結局は、運命任せみたいなところがある、と思います。私はあの日の夜、運命の人に出会えた。……皆、どこかできっと、運命の人に出会うんです。それを、気が付けるか、つけないか。捕まえられるか、逃がしてしまうか。……タクトさんにも、きっと、現れます。だから、逃がさないで。部外者の無責任な言葉と思って頂いても結構ですが、私は、そう思います」

「スティルさん」

「タクトさんは、強いですよ。レースでとかではなく、芯の部分で。私はそう思います」

 

 そう言われて、タクトはぐっと何かを飲み込み様な表情をして、そして、言った。

 

「……ありがとう、ございます。私、頑張ります」

「応援していますね。きっと色々な困難があるでしょうけれど、頑張って」

「はい!」

 

 タクトはそう言って、弾ける様な笑顔を見せた。スティルも微笑んで、コーヒーをまた一口飲む。ぱちぱちと、焚き木が爆ぜる音が、静かな夜の山中に響いた。

 

 次の日からも、二人の山籠もりは続いた。山奥に入り、携帯用釣り竿で魚を釣った事もあれば、山菜を見つけて採った事も。時には雨に降られて、慌てて木の影に隠れた事も。その全てが、スティルには新鮮だった。そうして、瞬く間に日が過ぎて。七日目の昼頃、二人は山から降りて、その総合案内所の所まで向かう。そこには駐車場があり、スティルインラブのトレーナーが車で迎えに来てくれることになっていた。

 

「本当に、楽しかったですね、この一週間」

「はい。ハートさん以外の人と来る事はほとんど無かったので……尊敬する先輩と御一緒できて、楽しかったです」

「私の方は……その、ごめんなさい。元々、ちょっとダイエットしたいなんて、不純な動機で」

「いえいえ。切欠なんてなんでもいいんですよ。で、その目的は達成できましたでしょうか」

「うーん……測ってないので何とも。でも、身は軽い気がします、すっごく」

 

 そんな話をしている時、スティルがぱっと顔を輝かせる。

 

「あ、いらっしゃいました!」

 

 すっと車が二人に近づいて、窓が開く。相変わらずサングラスは手放せないが、それがワイルドに見えてカッコいい、と噂になっているのだと、そう言えばタクトが教えてくれた。……まず大丈夫だろうが、もう少し、アピールはした方が良いのかもしれない。彼は、私のもの、だと……。

 

「お久しぶりです、トレーナーさん」

「そうだね。この一週間、ほとんど連絡取れなかったから……あ、トランクに荷物置いて、乗って乗って」

 

 二人は荷物を置くと、スティルがドアを開け、タクトも乗り込む。トレーナーは車を発進させ、車内には和やかな空気が流れていた。

 

「私まで、ありがとうございます」

「いやあ、どっちにしても学生寮に帰るんだし、一人も二人も変わらないからね。それに、俺もちょっと君に会ってみたかったし」

「え?」

 

 タクトが、驚いて目を丸くする。スティルも驚いていた。彼はしばらく、専属指導はしないだろうと言っていたからだ。

 

「あの、それって」

「あぁ、俺が直接指導するって訳じゃないんだけど。君も結構話題になってるからね、俺もやっぱり気になってさ」

「ええっ!?」

 

 タクトは相当驚いていた。まさか、自分がそんなに期待されているとは思っていなかったのだ。

 

「次の選抜レース、俺も楽しみにしてるよ。頑張ってね」

「はい!」

「ふふ。私も、楽しみにしていますよ」

 

 彼女がそう言った時、ふと鼻にふわりと香ったにおいがあった。うん、と思って、あっと顔を青褪めさせる。

 

「あの……つかぬ事をお聞きしますが。何か、その、感じませんでした?」

「え?」

 

 トレーナーは呆気にとられる。タクトは少し考えて、ああと呟く。

 

「大丈夫ですよ、一応体はシートで拭いてますし」

「で、でも」

「……ああ、体臭の事? 俺は気にならない……」

「はっきり言わないでくださいっ!」

 

 顔を真っ赤にして、スティルが言う。一応毎日、寝る前に体を拭いてはいたが、当然風呂やシャワーなどには入っていない。いつもほどには、ケアできているとは言えないだろう。

 

「でも確かに、いつも君から感じる甘い香りはしないなぁ」

「うう……恥ずかしい」

「でも、言われなきゃ気がつかなかったよ。大丈夫。それに、君の汗の匂い位なら、俺は気にしないよ。今までだって、臭いと思った事なんてな……」

「い、い、今まで、その、臭ってたんですか!?」

「まあ、そりゃ多少はね……でも、それも君の努力の証だし」

 

 彼はそうフォローするが、スティルはその後ずっと真っ赤になって俯いたままになってしまった。タクトはうふふ、と笑って、自分の未来に想いを馳せる。……私も、いつかきっと、この先輩の様に、三つのティアラを。秋華賞を勝って、三つの指を掲げる自分を想像する。それを叶えるために、まずは次の選抜レースで結果を残さなければ。彼女は車に揺られながら、そう思いを新たにしたのだった。

 

 その日の夜。スティルはすう、と深呼吸をして、そっと体重計に乗った。たった1週間である、そんな劇的な変化はないだろう。ただ、多少は。そう思いながら、そろそろと目を開ける。ふうと息を吐いて、小声で言った。

 

「……やった♪」

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